ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ずっと友達

 一時はルフィに人質に取られたヘルメッポが、自室で解放されたことを機に演習場へ来ていた。

 どこから持ってきたのか一丁のピストルを手に、こめかみに銃口を当てて、ただ一人離れた場所に立っていたコビーを人質に取っている。

 意趣返しのつもりだろう。最も弱い者を狙う姿からは彼の性質の悪さが窺えた。

 

 緩みかけた場の空気は再びピンと張り詰め、全員の表情が引き締められる。

 注意が自分に集まったことを知って、ヘルメッポは大声で叫んだ。

 

 「てめぇら全員武器を捨てろ! おい海兵ども、そいつらを捕まえろ! じゃねぇとこいつの頭が吹っ飛ぶぞ!」

 「あ、バカ息子」

 「あいつはまた……」

 

 ルフィが呟けばゾロが続く。二人とも表情を歪めて忌々しげだった。

 どうやら場の空気が読めていないらしい。すでに決着はついたというのに、なんというタイミングで声をかけてくるのか。あまりにもタイミングが悪い。

 

 支配から逃れて、自由を手に入れて喜ぼうというその瞬間だったせいなのだろう。今や海兵は誰一人動こうとしない。全員が複雑そうな表情で、互いの顔を見合わせて逡巡している。ヘルメッポの命令は聞こえていたはずだが従おうとはしていなかった。

 それに気付かず、尚もヘルメッポは自信満々に言う。

 

 「おまえらもう終わりだな。いいか、おれの親父は海軍大佐で! まぐれで勝っちまっても本部からの応援が来る! もうおまえらに助かる方法なんてねぇんだよ! ひえっひえっひえっ!」

 「別におまえがすごいわけじゃねぇだろ。すげぇのは親父じゃねぇか」

 「うっ……!?」

 「おまえに何ができるんだよ」

 

 得意げに話したヘルメッポに違和感を感じ、歩き出しながらルフィが告げる。ひどく不用心で何も気にしない、ただの散歩のような歩き方。ヘルメッポへ真っ直ぐ向かっていく。

 途端に彼は怯え始めるが、引き金は引けず、気付けば膝が笑っていた。

 

 「く、来るなっ」

 「親父が誰とかおれは知らねぇ。止めてぇんならおまえがやれよ」

 「う、うるせぇぞ。おれに指図すんじゃねぇ!」

 「言っとくけどコビーはおまえより強ぇぞ。脅したって無駄だ」

 「くっ、うっ――」

 

 ピストルを見ても何一つ怯えないルフィに、今はヘルメッポが怯えていた。

 人質を取っているのになぜ躊躇わない。コビーが死んでもいいのかと考える。

 彼にとってみればその姿は異常で、権力にも力にも屈しない異常性が、今は怖くて仕方がない。初めて見る姿は彼の人生において関わり合いがなかった物だ。

 

 力を入れてピストルを握り直し、引き金にかけた指が震えた。

 その時、意を決した表情のコビーがルフィへ向かって叫ぶ。

 

 「ルフィさんっ!」

 「ん?」

 「ぼくは、ルフィさんの邪魔をしたくありません……死んでもっ!」

 「ししし。ほらな」

 

 ルフィは笑顔になった。

 覚悟を決めた顔になったコビーの一言を受け取って上機嫌である。

 

 もはやヘルメッポは負けを認めたかのようにガチガチと歯を打ち鳴らしていて、それでも腕は下ろせない。下ろしてしまえば、本当に負けだと認めてしまう気がして。

 負けたくないという気持ちがあった。勝てないとわかっていても、勝ちたいと思う。

 誰にも負けない人生だった。常に勝利してきた人生だったのだ。

 些細なプライドが邪魔をして命乞いさえできない。

 

 ルフィの歩みは着実に近付いていた。

 

 「おまえの負けだ、バカ息子。覚悟しろ」

 「くそ、くそぉ!?」

 

 必死に前を向いていたヘルメッポは、恐怖に支配されながらも確かにその光景を見ていた。

 なぜかはわからない。咄嗟に動いた右腕はピストルをルフィへ向けていて。

 伸びたゴムの腕に殴りかかられる一瞬、気付けば引き金は引かれていた。

 

 「ゴムゴムの――」

 「親父、早くそいつを――!」

 「ピストル!」

 「ぐぼふぁっ!?」

 

 ズドンッ、という銃声と共にヘルメッポは殴り飛ばされていた。

 間近で聞こえた銃声にコビーの肩が怯えていたが、自身が撃たれていないことを知ると自身の体を確認し、ほっと息を吐く。笑顔のルフィと目が合えば表情が緩んだ。

 放たれた銃弾はルフィへ放たれていたのだと気付く。しかし当たらなかったらしい。

 倒れたヘルメッポを見た彼は小さく呟いた。

 

 「なんだ、自分で戦えるんじゃねぇか」

 

 その一言が妙に気になったコビーは、倒れたヘルメッポをふと見つめる。もし彼が起きていて、ルフィの精悍な顔を見れば何を想うだろう。それだけが少し気になった。

 

 再び友人たちへと目を向けようとする。

 直後、コビーはふと見回した先でモーガンが立ち上がろうとしている姿を目撃する。

 ルフィの動きを見て拍手するキリの背後、怒気に包まれる巨体がゆらりと起き上がった。

 

 「おぉ~、いいねルフィ。お見事」

 「キ、キリさん危ないっ!? 後ろですっ!」

 

 ギロリと危険な瞳が睨みを利かし、鈍く光る斧手が振り上げられる。

 

 「おれは偉い……おれは、誰よりも強いんだッ!」

 

 振り下ろされようとされた一瞬、コンマ数秒の差で、剣閃が数度。再びモーガンの体から血が噴き出し、傷は浅かったものの、今度こそとどめとなって巨体が地面に倒れ伏す。

 再度決着はついた。

 

 キリは決着がつくまで背後を見ず。モーガンの傍では三本の刀を納めるゾロが居て、背後の光景を理解していたのか気軽に彼へ声をかけていた。

 

 「流石。良い腕してるよ」

 「物は言いようだな……新入りを顎で使う点についてどう思ってんだよ、副船長」

 「そう言われても別にボクが命令したわけじゃないしね。仲間が助けてくれたってだけだよ」

 「わかってやがっただろうが。めんどくせぇ野郎だ……」

 

 ようやくキリが振り返った。

 近くではゾロが不機嫌そうにしていて、もう一方を見れば思わず苦笑する。

 剣を振り抜いたはいいものの、少しばかり気まずそうにしていた。

 

 「まぁ、何も二人がかりでやる必要はなかったと思うけどね」

 「あ、あはは……つい、手が勝手に動いちゃって」

 

 ゾロとは対面になるよう、苦笑するシルクがモーガンの傍に立っていた。

 攻撃は全くの同時。隙だらけだったキリを助けようと二人同時に敵へ斬りかかったのである。

 

 思いのほか良いコンビネーションだ。

 何もしなかった自分を棚に上げてくすくす笑い、肩を揺らす。

 そうするキリは年相応の少年に見えた。

 

 ようやく場が鎮圧される。

 結果は海軍の敗北、たった四人の海賊の勝利。

 怪我をした海兵は多く、モーガンは倒れて、ヘルメッポもまた気絶している。損害は大きい。これが悪の限りを尽くす海賊相手であったならば由々しき事態だろう。しかし今この時ばかりは、海兵たちは武器を放り捨ててわっと盛り上がった。

 

 一人残らず笑顔になって騒いでいる。よっぽど嬉しいのか涙を流す者も少なくなかった。

 仲間がやられたというのに奇妙な光景である。

 想像していなかった反応にルフィは小首をかしげ、反対にコビーは表情を緩ませた。

 

 「なんだこいつら? 仲間がやられたのに喜ぶなんて変なの」

 「みんな、やりたくてやってたわけじゃないんだ……大佐が怖くて従ってただけだったんだ」

 「ふぅん。まぁどっちでもいいよ。とにかくおれたちの勝ちだ!」

 

 ルフィが両の拳を掲げて宣言し、戦闘は終了した。

 喜ぶ海兵たちの間を縫って歩いた三人も彼らの下へ合流する。顔を突き合せれば力を合わせて勝利を勝ち取った影響か、清々しい空気すら流れていて、不機嫌そうなゾロでさえ大人しく傍へ並んでいる。口や態度とは裏腹に彼らを仲間と認める心はあるようだ。

 

 全員が無事に勢揃いした。

 敵も味方も死人はなし。言わば完全勝利である。

 気楽な笑顔は誇らしげにも見え、皆の声は弾んでいた。

 

 「よぉしおまえら。勝った後は宴やるぞ。知ってるかゾロ、海賊は宴するんだ」

 「海賊じゃなくても宴はするだろ。とにかく一刻も早くメシが食いてぇ。九日間何も食ってねぇと流石にぶっ倒れそうだ……」

 「大丈夫だよ。きっとリカちゃんが先に準備してくれてるから、もうちょっとだけ我慢してね」

 「それまで倒れないでよゾロ。重そうだから捨てていくよ」

 「てめぇ、マジでぶった切ってやろうか」

 

 笑顔を絶やさず声を掛け合う彼らは良いチームに見えた。

 傍から見ているコビーの目には特に眩しい物を見るようにも思えて、羨ましいという気持ちも少なからずある。自分が海兵になるという夢を持っていなければ、彼らと共に海賊をやる未来があったのかもしれない。それはそれできっと楽しかっただろう。

 

 けれど、すでに道は分かたれた。

 今から夢を変える気はなく、少し離れて四人を見る。

 何かを想わせるその距離だったが、ルフィのたった一歩によってあっさり詰められた。

 

 「コビーも来るだろ? 宴くらいいっしょにやってもいいよな」

 「あ、はい。リカちゃんにも報告したいですし」

 「そうだ、せっかくならこの基地の奴らも呼ぼうぜ」

 「ええっ!? だって、みなさん海賊でしょう?」

 「いいじゃねぇか、なんか知んねぇけどみんな喜んでるしよ。こうなったら町のみんなも呼んでパーッとやろう! 宴は人数多い方が楽しいもんな!」

 「そんなことってありますか……海賊と海軍は敵同士なのに」

 

 呆然とそう呟くもルフィは笑って返すだけ。

 仲間たちへ振り返り、うずうずしている様子であっさり告げられる。

 

 「しっしっし、みんなで手分けして準備するぞ。宴だァ!」

 

 ルフィの気まぐれな一声により、盛大な宴が始められようとしていた。

 

 

 *

 

 

 これまで沈黙を保ち、羽目を外すことのなかったシェルズタウンが大いに騒いでいた。

 盛り上がりはかつてないほどで、たった一人の海兵が倒れただけで驚きは凄まじく、喜びは堪えきれない。モーガンの敗北は全町民に大いなる自由を与えた。

 

 自由を謳う町民たちは海賊の導きに従って大いに騒ぎ、盛り上がる。

 しかも喜びを露わに騒いでいるのは町民ばかりでなく海兵もだ。

 長らく権力による支配を受けていた。今日、ようやくその支配から解き放たれたのである。以前から多くの不平不満を抱え、やりたくない命令にも従うしかなかった海兵たちには大佐を倒した海賊を恨むどころか、感謝すらしているのが目に見えた。

 

 町民、海兵、そして海賊までも入り混じって宴が行われている。

 支配から解き放たれて感じた自由はなんとも尊い。これを嬉しく思わないはずがなかった。

 笑顔で溢れる町はかつてないほどの大歓声に包まれていた。

 

 そんな風景の中で飯をたらふく食い、酒が入ったジョッキを傾けるゾロは九日ぶりの食事で飢えを満たし、空にしたジョッキを機嫌よく地面へ置いた。

 頭の手拭いは左腕に巻き付けられていて、先程よりは緩んだ表情が確認できる。

 初めて笑みを見せた彼は思いのほか若々しい様子に溢れていた。

 

 「ふぅー、食った食った。流石に九日も食わなかったらやばかった」

 「じゃあやっぱり元々一ヵ月は無理だったんだな」

 「おまえはなんでおれより食が進んでんだ……」

 

 ゾロの隣では次々料理の皿を空にしていくルフィの姿がある。ゾロも他の人間に比べればずいぶん食べていたが彼はすでにその倍以上を食している。

 その細身にどれだけ入るのか。九日間の空腹を満たしたゾロよりも上に行くとは末恐ろしい。

 

 呆れて物も言えないゾロの隣、リカがくすくす笑う。

 命の恩人が無事に帰ってきてくれてよかった。今浮かべられる笑顔には安堵が窺える。

 

 「お兄ちゃん、お腹いっぱいになった?」

 「まぁな。やっと人心地ついたぜ」

 「よかったねリカちゃん。頑張って作ったおにぎり食べてもらえて」

 「うん!」

 

 リカの隣にはシルクが座り、胡坐を掻いて笑顔で語り掛ける。笑い合っている姿は姉妹にも見えるほど仲が良い様子だ。やはり同性であるためか、すでに親密になったらしい。

 

 和やかな時間が流れていた。

 戦闘はすでに遠く、いざこざがない穏やかな時間。

 珍しく楽しそうにしている町民たちを見るだけでも笑顔になる。

 宴の雰囲気はいつまでも壊れることなく続く。しばしのどかな時間が流れていた。

 

 「ル、ルフィさーんっ!」

 「んあ?」

 

 基地がある方角から聞こえてきた声にルフィが振り返る。走って来たのはコビーだった。

 何やら慌てているようで彼らの前で足を止めると肩で息をする。

 少し落ち着きかけた頃、笑顔で伝えられた。

 

 「やりましたよ! 今、海軍の人に頼んできたんです。海軍に入れて欲しいって。そしたら、雑用ですけど、入隊を許可されたんです。ぼくが海軍に入れたんですよ!」

 「お、そうなのか。しっしっし、これで敵同士だな」

 「はい、そうですね……確かにそうですけど、このご恩は一生忘れません。あなたたちに出会えたからぼくは変われたんです」

 

 意を決した様子でコビーがルフィを見る。何やら真剣な表情だった。

 

 「ルフィさん、ぼくらここで別れちゃいますけど……これからもずっと友達ですよね?」

 「当たり前だろ。ずっと友達だ」

 

 心配そうな顔から一転して笑顔に。

 思わず感涙しそうになってコビーは慌てて腕で目元を擦った。

 それを見ながら微笑むゾロとシルクが声をかける。

 

 「何泣いてんだよ海兵。そんなんでおれたちを捕まえられんのか?」

 「いいじゃない。コビーは感動屋さんなんだよね」

 「あ、ははは……すいません。もう泣きませんよ。ぼくだってたくさん努力して、勉強して、修行して、強くなってみせます。次に会った時、みなさんに胸を張れるように」

 

 涙を拭って、今度は笑顔で。

 全員の顔を見回したコビーは元気な声で言った。

 

 「いつか必ず、海軍将校になってみせますから」

 「ああ。でも負けねぇぞ。次に会った時は海賊と海兵だ」

 

 ルフィが右腕を伸ばして拳を向けてきたため、一瞬虚を衝かれるが、理解して拳を突き出す。互いの拳がこつんと触れて、まるで誓いを立てるようだった。

 海賊らしくはないが約束というのも悪くないだろう。

 苦笑するゾロとは違い、シルクは微笑ましくその姿を見守っていた。

 重大な瞬間が終わった時になって、彼らへと声をかける人物が近付いて来る。

 

 「話がまとまったところで、そろそろ出発しようか」

 「お、キリ。どこ行ってんだ?」

 

 しばらく姿が見えなかったキリは右手に古びた紙を持ち、ひらひらとそれを振っている。

 いつも通りの笑みのまま、気楽な声で告げられた。

 

 「近場の町までの海図。必要な物はまだまだあるし、一つ一つ手に入れていかないとね」

 「ここで色々もらっときゃいいんじゃねぇか? そんなに急がなくてもよぉ」

 「タダメシがあるからそう言ってるだけでしょ。色々あったとはいえここは海軍基地がある町。いつまでも海賊が居たら都合が悪いんじゃない?」

 「んー、それもそうか。じゃ、行こう」

 

 決断はあっさりしていた。

 ルフィが言えばゾロやシルクも続いて立ち上がり、いつ旅立っても文句はなさそうな姿。嫌がる素振りなどない。だが傍で見ていたリカはそうではないようだ。

 自身も立ち上がって彼らを見つめ、寂しそうな顔を見せる。

 

 「みんな、行っちゃうの?」

 「ごめんね。私たち海賊だから、いつまでも一緒にはいられないの」

 「せっかく仲良くなれたのに……」

 「心配しないで。一生会えなくなるわけじゃない。必ずまた会いに来るから」

 

 膝を折って目線を合わせ、彼女の頭を撫でながらシルクが言う。するとリカも視線を合わせて、そっと右手を差し出した。

 

 「じゃあ、約束」

 「うん。約束だね」

 

 小指と小指を結んで約束し、笑顔を見せ合った二人は肩を揺らした。

 それから見送りのためにとついて来るコビーとリカと共に、全員で歩き出して、口々に声をかけてくる町民たちに言葉を返しながら港へ向かった。

 

 人々は温かく、町の雰囲気はとても良い物だ。

 先頭を歩くルフィは笑顔で街並みを眺める。

 

 「じゃあ行くか」

 「ゾロ、腹ごなしは済んだ?」

 「ああ、ばっちりな。今ならおまえだって斬れるぜ」

 「やだよ、そんなの。ボクに何か恨みでも?」

 「どの口がそう言ってんだ。人が縛られてんのをいいことに散々言いたい放題言いやがって」

 「まぁまぁいいじゃないか。そんな過去のことは水に流そう」

 「てめぇが言うんじゃねぇよ!」

 「しっしっし、おまえら仲いいなぁ」

 

 キリとゾロの軽口も相変わらず。周囲の喧騒にも負けていなかった。

 港へ赴き、船へやってきた彼らは後ろからついてきて惜しむ人々の声に負けず、早々に乗船してしまう。と言っても小さな船だ、目線はそう変わらない。

 

 船にはキリとシルクが買い揃えた物が運ばれている。

 多めに用意された食料、水が入った樽、人数分の服が数着。前もってゾロを仲間にすることまで考慮していたためか、本来用意するはずだった量よりも多めに設定されている。これもアルビダの船から奪った宝で払われていたのだ。

 

 出航準備など数十秒で済む。

 港へ繋がるロープを回収。そして帆を張ればそれだけで出航だ。

 

 まずロープを外し、船が自由に動けるようになってから船員は町へ視線をやった。

 多くの町民が集まっている。それだけでなくいつの間にか海兵たちもやってきており、先頭にはコビーとリカの姿。涙はない。笑顔で見送ろうとしてくれている。

 

 「おれたち行くよ。また会おうな、コビー」

 「はい。ルフィさんたちも大変でしょうけど、頑張ってください」

 「またね、お兄ちゃん」

 「おう!」

 

 軽く手を振り、帆が張られる。

 風は西に向かって緩やかに吹いていた。速度は出ないが着実に前へ進むだろう。

 出航の瞬間、ルフィは海賊らしく大声で叫ぶ。

 

 「出航だァ~!」

 

 雄々しく空へ響かせ、船は走り出した。

 まだそう遠くへ行ってしまう前にコビーが最後とばかりに大声を張り上げる。

 

 「みなさん、ありがとうございました! このご恩は一生忘れません!」

 「全員、敬礼!」

 

 手の甲を相手に見せる海軍の敬礼。それを行ったコビーに続き、海兵が全員同じく敬礼をする。海賊に向かって敬意を表すなど、そう滅多に見られる物ではない。

 船上では口々に彼らの姿を見た感想を言葉にしていた。

 

 「すごい……ほら、みんな敬礼してるよ。なんだか不思議な光景」

 「海賊に敬礼する海兵があるかよ。まったく、何考えてやがんだか」

 「それだけモーガンが怖かったってことだよ。それにウチは魔獣を引き取ったわけだし、そりゃあ感謝してもらわないと」

 「てめぇ、まだ減らず口が止まんねぇか」

 「おもしれーやつら。うし、また来よう。世界を一周して海賊王になってから」

 

 ルフィの決意を聞いてしばらく。

 船室にあった荷物の中から酒瓶を取り出してきたキリが、全員へジョッキを渡す。

 宴を抜け出しての出航だ。それだけならまだしも、今は仲間が増えたばかり。

 仲間たちの顔を見回して笑顔を浮かべる。

 

 「それじゃ、せっかくだからゾロの歓迎会でもやる?」

 「あ、いいね。宴も途中で抜け出してきちゃったから」

 「つっても歓迎会で酒はこれっぽっちか?」

 「とりあえず形だけでもさ。ほら船長、音頭取ってよ」

 「おう、まかせろ」

 

 四人で円を描くように座って、ルフィに合わせてジョッキを掲げ、一様に時を待つ。

 

 「えー、それじゃゾロを仲間に迎えまして……かんぱーいっ!」

 

 かんぱい、と全員で声を合わせ、一斉にジョッキがぶつけられた。

 中身がこぼれようとも気にしない。ただ笑顔で上機嫌に笑い合った。

 

 まだまだ小さな船だが、仲間が一人増えて、自覚だけは一人前の海賊。

 旅は順調に進んでいるに違いない。

 新たな航海へ乗り出す面々の顔は期待に輝いていた。

 


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