《試合終了~!! たった今最後の宝箱がゲットされた! これで一回戦は終了だァ!》
その声が響いた瞬間、声が聞こえた直前に手に入れた宝箱を掲げ、ルフィが笑顔で叫んだ。
「よっしゃ~! 間に合ったぁ~!」
「ハァ、危なかった……ルフィさんの勘が無ければ見つからなかった」
ルフィの背後でビビが呼吸を整えようと努め、顔や服の所々が汚れた様子で大きく息を吐く。
現在二人が居るのは島の中心にそびえ立つ、最も高い山の中腹辺りにある洞窟で、規模は小さく少し進むと行き止まりだったが、そこにぽつんと宝箱が置かれていた。急勾配の岩肌を登っただけの価値はあった。他人が近付かなかったそこに最後の一つがあったらしい。
そこへ導いたのは勘に頼ったルフィであり、改めて彼に従ってよかったと思う。
結局バギーとアルビダには逃げられてしまった。逃げに徹した二人の能力の使い方は目を見張るものがあり、懸賞金の額とは異なる実力を感じることだろう。
一度はもうだめかと諦めかけたが、ルフィが諦めなかったことでなんとかクリアできた。
再びビビはルフィに感謝し、走り続けてよかったと実感する。
落ち着いて呼吸を整えようとする、その時。
ハッタリーの実況は尚も続いていた。
《それではこれより、予選二回戦を開始しまぁす!》
「ええっ!?」
「そんな、今終わったばかりなのに……!」
《予選第二回戦! クロスカントリー!!》
スピーカーで大きくなったハッタリーの声が聞こえる。
ルフィとビビは慌てて洞窟の外へ出て、山の上から島を見渡した。
大きな鳥の背に乗って島の状況を見ながらハッタリーがマイクを握って話している。その様を見ながらも驚きが隠せず、動揺しながらハッタリーを見つめる。
ルール説明はすでに始まっていた。
聞かなければならないと思い、動揺を押し殺して必死に耳を傾ける。
《島の北側に隣の島へ移るための細い砂浜が続いている! 通称“アスレチック島”へ移動し、様々な障害を乗り越えてゴールへ到達すれば勝ちだ! この競技で残れるのは100組! ここから200組が振るい落とされるぞ! 善は急げだ!》
「おいビビ、北ってどっちだ?」
「それならさっき通ったはずよ。それにここからなら多分見える。多分、あっち」
「あれか!」
ビビに指差してもらい、島の北側を見たルフィが目を輝かせた。
彼らが今居る古代島のすぐ隣、白く細長い砂浜で繋がった、縦に長い島があり、まるで蛇のような形で存在感を発揮していた。それが通称“アスレチック島”らしい。
《ただし絶対的なルールが一つ! それは今見つけた宝箱を守ること! 当然次の競技でも互いに妨害が行われるだろうが、宝箱を失ったペアはその時点で失格! ゴールに辿り着くことなくレースから排除されてしまう! どうやって排除されるかはその時のお楽しみだ! もちろん二人一組でゴールしなければゴールとは認められない! 二人一緒にゴールしてくれ!》
「先に辿り着いた100組だけが残れる……ルフィさん!」
「行くぞ! 一番にゴールしてやる!」
方角はわかった。
決意したルフィは迷わず飛び出し、宝箱を抱えて山の斜面を駆け下りる。頷いたビビも遅れず彼へ続いて、二人揃って島の北側、アスレチック島を目指し始めた。
そこへ辿り着く前に深い森を抜けなければならない。
目を凝らして見ればすでに何人かの人間が砂浜へ到達していて、急ぐ必要があった。
バサリと翼を広げ、ハッタリーを乗せた鳥は細長い砂浜へ向かう。
眼下を眺めて笑みがあり、この状況をひどく楽しんでいる様子だった。
彼は上機嫌に語って、鳥が首から提げるスピーカーが島中に声を伝える。
《さぁて、残念ながら宝箱を手に入れられなかった諸君、敗者専用の船を用意している。君たちはそちらへ向かってくれ。もうゴージャス・ハッタリー号には戻れないぞ。もしこの言いつけを守れずに隣の島へ向かうことがあれば、きっと大怪我をしてしまうから気をつけてくれ》
笑顔で楽しそうに告げて、宝箱を手に入れた海賊たちは必死に走っている様を見やる。
彼らの本気が伝わってくるため見ているだけでも心が躍った。
山を駆け下り、森へ入ったルフィとビビは、先を急いで走りながらも話していた。
木々が視界を悪くして、草むらが道を隠して邪魔をする。それでも止まる訳にはいかない。ここで勝てなければアラバスタへの航路が途切れてしまう結果になるからだ。
改めてトレジャーバトルの辛さを思い知った気がする。それは単純な競技の過酷さのみでなく、休む暇を与えずに競技が続いたことではっきりした。
予選がいくつ用意されているのかは知らないが、次もきっと簡単ではない。
ビビは疲労感を覚えつつも、弱音を吐こうという意志は一切なかったようだ。
「一回戦が終わった時点で残っているのは300組。その中からたった100組しか残れない。次もきっと熾烈なレースになるはずよ。それに気になるのは途中にある障害物ね」
「関係ねぇよ。速く着いたらいいんだろ?」
「そんなに簡単なことじゃないわ。何か作戦はあるの?」
「とにかく急ぐ!」
「それは作戦とは言わないのっ」
呑気なルフィに苦言を言いつつ、ビビは不意に周囲を見回す。
森の中に数名、他の海賊が見えた。
知らない顔ならいくらでも見つかるが仲間の姿は見つからない。気にすることが失礼に値するとは理解しているものの、仲間たちがどうなったか、思わず心配してしまう。
「みんなは無事かしら……宝箱を見つけていればいいけれど」
「心配いらねぇよ。あいつらは自分でなんとかする」
「ええ……」
「なぁビビ。お前は何でもかんでも助けようとするだろ」
「え?」
「自分の国のこと考えて、おれたちのことまで心配してたらお前が疲れるだろ。おれたちのことは考えなくていい。全部自分で抱え込むな」
草むらを飛び越えながらルフィは笑みを湛えて気楽に言う。
ビビは走る速度はそのまま、彼の顔をじっと見つめた。
「作戦ならキリが考えてくれるし、航海のことならナミに任せりゃいい。メシはサンジが作ってくれて、怪我すりゃチョッパーが治して、落ち込んだらウソップが嘘ついて楽しませてくれるし、辛いことがあったらシルクに言え。強ぇ奴らが居たらおれとゾロでぶっ飛ばしてやる。そんでおれたちに言えなきゃちくわのおっさんとカルーに言え」
「ルフィさん……」
「お前が国を助けてぇなら何があってもおれたちが助けてやる。心配すんな。もう仲間だろ」
彼の言わんとすることが伝わり、ビビは笑みを柔らかくする。
一人で抱え込む必要はない。もっと仲間を頼れと言いたいのだろう。
にっと笑う彼の優しさに救われて、まだ油断できないとはいえ少し気が楽になった。
「ありがとう。私一人じゃ、きっと何もできなかった。みんなが居てくれるから戦える」
「礼なんかいいよ。まだなんも終わってねぇしな」
「そうね。本当に始まるのは、これから」
「メシ食わせろよ」
「え?」
「クロコダイルをぶっ飛ばしたら、腹いっぱいメシ食わせてくれ」
あっさりとした要求にきょとんとする。足は止めなかったがその瞬間に体の力が抜けた。
王女に対する要求が、ただメシを食わせてくれというもの。
微笑んだ彼女は快く受け入れる。
「ええ、もちろん。約束するわ」
「しっしっし」
不思議と疲労も忘れるかのようだ。少なくとも心は楽になっていた。
「そうだ、やっぱり賞品にエターナルポースと肉もらおう。ビビも肉食いてぇだろ」
「いえ、私は別に……」
「アラバスタが幸せになるにはお前が笑ってなきゃだめだ。うめぇ肉食えば笑いたくなるだろ」
無邪気にそう言う彼は本当に子供みたいな人物だ。
ビビは頷き、くすくすと笑いながら答えた。
「だけど二つも望むなんてだめよ。賞品はアラバスタのエターナルポースをお願いして、お肉はサンジさんにお願いしましょう。彼の料理はいつも美味しいから」
「そうだな。じゃあそうしよう」
「その前に優勝しなきゃいけないわ」
「それなら任せろ。絶対勝つ!」
気合いを入れ直したところで森を抜け、視界が開けた。
ついにアスレチック島へ続く砂浜を目前にする。すでに他の海賊が走っているのが見え、そこに居る人数だけでも多く感じる。
出遅れたと感じてしまう光景であり、二人の表情が引き締められた。
「見えた! あれが次の島か!」
「もうかなりの人たちが渡ってるわ。急がないと」
「おう!」
砂浜へ入って細長い道へと走り出す。
前方には宝箱を抱えて走る他の参加者の姿があって、距離はそれなりにある。一回戦で散々走り回った後で追い抜くことは難しい。
さらに後方からも追ってくる者たちが居て、一瞬たりとも気が抜けない状況だ。
やはりまだまだ落ち着けそうにはない、慌ただしい環境だった。
先を急いでいるのだが砂に足を取られて、ある程度慣れているとはいっても速度は変わる。前の人間を追い抜こうと考えることさえ億劫になりそうだ。
それでも必死に足を前へ出し、残った体力を気にせず前を目指す。
細長い砂浜は左右を海に挟まれ、幅はせいぜい五メートル程度。
突如、左右で海水が跳ねた瞬間を、ルフィとビビは同時に目をやって気付いた。
それは、海から飛び出して砂浜へやってきた。
人間ではない。突然の登場ではあるが一目で外見は認識できる。
青い毛を持つ動物であり、彼らの前方を走っていた参加者へ襲い掛かり、数匹は高速で振り抜いた拳で屈強な男を殴り飛ばし、数匹は彼らから宝箱を奪って海へ潜ってしまう。
ぎょっとしてしまい、改めてまじまじと見つめる。
全身を覆う青い毛に兎のような長い耳。首の後ろと指の間に被膜があって、長い尾もある。
二人が見るのは初めてだったが、それはシーラパーンという動物だった。
「なんだありゃ。変な奴」
「ひょっとして参加者を襲うよう訓練された生物なのかしら……」
《奴らが姿を現したぞォ! 今回特別にブルーベリータイムズ社と契約してもらったレースの妨害者! 海を支配するのはシーラパーンの群れだ!》
「シーラパーン?」
《彼らは格闘が得意だから近付かれると厄介だぞ! 注意してくれ!》
頭上から聞こえるハッタリーの実況を聞きつつ、ルフィとビビは足を止めない。
砂浜には五匹のシーラパーンが仁王立ちしており、そのまま進めば当然鉢合わせになる。邪魔をするというのなら戦う必要があり、即座にルフィが目つきを変えた。
持っていた宝箱がビビへ手渡される。
どうやら彼が一人で戦うつもりらしく、その動きからシーラパーンにも意図が伝わる。
「ビビ、これ頼む」
「は、はい。ルフィさん、気をつけて」
「心配すんな。負けねぇよ」
渡した直後にルフィだけが速度を上げた。
両腕で予備動作を行い、一気に五匹を纏めて仕留めようとする。
「ゴムゴムの――」
その動きを見て嫌な予感がしたのか。五匹のシーラパーンが全く同時に地面を蹴り、自ら海の中へと飛び込んだ。左右に分かれて姿が消え、ルフィも驚いた顔で腕を止める。
どうやら逃げてしまったようだ。
しかしそう遠くには行っていないことがわかって、彼は歩調を緩めてビビを待つ。
「なんだ、あいつら逃げちまったよ。もう来ねぇのかな?」
「そんなことはないと思うけど――あっ、ルフィさん!」
「んっ」
進行方向に対して左側から、海水を跳ね上げてシーラパーンが飛び出してくる。
狙いはビビ。宝箱を直接狙ってきた。
瞬時に反応したルフィが地面を蹴ってそちらに跳び、着地する前から右足を伸ばす。ビビに向かって飛んでくるシーラパーンの腹を蹴りつけた。
何とか攻撃を止めて、シーラパーンは砂浜を転がる。
すぐに起き上がり、ダメージはさほどない様子であった。
彼らの後ろからやってきた海賊たちの道を塞ぐ状況となってしまい、後続の足が止まった。
シーラパーンは即座に判断を変え、跳び上がってそちらへ襲い掛かる。
必然的にルフィとビビを襲う脅威が無くなった形になる。前に進むならば今の内だ。ルフィが宝箱を受け取って前へ立ち、ビビを呼んで走り出す。
周囲の至る所でシーラパーンが飛び跳ね、海賊を襲い、阿鼻叫喚の様相である。
「行くぞ!」
「え、ええ」
想像以上に荒々しい光景でビビは恐怖心を抱く。
自由に海中を移動する動物。人間を呆気なく殴り飛ばしてしまう強さに驚きが隠せない。
彼らの存在があることで砂浜はひどい混乱状態にあった。
あちこちで参加者が襲われて、宝箱を奪われるか本人が気絶させられ、脱落者が増えている。この地点だけですでに十組以上が競技を続けられなくなっていた。
倒れた海賊の傍を通り抜けて先を目指す。
左右の海を見ればシーラパーンが顔を出して泳いでいるのが確認できて、今もまだ自分たちが狙われているのだとわかる。不安に思うビビにルフィが言った。
「ビビ! 心配すんな、前だけ見てろ!」
「前を?」
「何があってもおれが守ってやる! まっすぐ進め!」
導きながらルフィが強く言ってくれるため、ビビは力強く頷いた。
彼が居るのなら迷わず進むことができる。
雑念を振り払い、覚悟を改めたビビは目つきを変え、踏み出す足に力を込めた。
左右の海で、波が変わろうとしていた。
シーラパーンが集団で泳いでいるらしく、その動きによって新たな波が作られている。
彼らが知る由もなかったが、シーラパーンの特徴の一つに、自らの泳ぎによって“うさぎ波”を作ることができるというものがある。一匹では決してできない芸当だが群れが居れば簡単だ。
気になってどちらも確認したビビは冷や汗を垂らす。
海流が変わり、波を作った後、シーラパーンは一斉に海中に姿を隠す。
「何か来るわ!」
「ん? 何かってなんだ?」
潜ったシーラパーンが一斉に海上へ飛び出してきた。高いジャンプと共に海流が跳ね、両側から砂浜へと襲い掛かる。シーラパーンと海流が同時にやってくるのである。
ルフィとビビは驚愕の声を発し、逃げようとするのだが範囲が広い。
慌てて地面を蹴って跳ぶのだが逃げ切れず、滝のように降ってきた海流に呑まれ、押されるがままに地面を転がる。そして姿勢が崩れたところでシーラパーンが接近してきた。
優先するのは宝箱を持ったルフィ。
頭を振って水滴を飛ばす彼にシーラパーンの尻尾が振るわれ、思い切り殴り飛ばされた。
「ぶほっ!?」
「ルフィさん!」
頭を殴られて勢いよく転んでしまい、それでも宝箱は離さない。
勢いを利用してすぐさま起き上がって、攻撃したシーラパーンを睨んだルフィは迷わず動いた。
逃げられないのなら戦うまで。両手で宝箱を持って回転し、遠心力を利用して腕を伸ばすと、宝箱を武器にしてシーラパーンを殴ったのである。
「こんにゃろォ!」
胴体に当たり、飛んでいったシーラパーンは海へ落ちる。しかしすぐに海面へ顔を出して、外見から見てもダメージが大したことないのは分かり易い。
怯えるどころか驚いてさえいないようで、かなりのタフさが予想される。
同じくシーラパーンに襲われるビビが、自身に向かってくる一匹へ向けて攻撃を行う。
独特の武器を回転させ、相手のパンチを避けながらカウンターで腹へ一撃を入れた。
「
糸の先に付けられた刃物で胴体を切り付け、わずかに切り傷をつけた。
大したダメージではなかったが、警戒心を強めたシーラパーンはギロリとビビを睨み、素早くその場から退いて海へ飛び込んだ。
相手は強い。戦っていてはいつまで経っても進めないだろう。
戦わずに先を急ぐべきだ。
咄嗟に判断したビビはルフィへ振り向き、彼の名を呼ぶ。
ルフィは相変わらず襲ってくるシーラパーンを宝箱で殴り飛ばしており、彼女に呼ばれなければ動かなかっただろう。そういった意味でもビビが組んだ意味はあった。
途切れることのないシーラパーンの襲撃により、細長い砂浜の全域が混乱に包まれている。
他の参加者が次々脱落している。今が絶好の好機だ。
「先を急ぎましょう! 今なら追い上げられるわ!」
「おしきたァ!」
宝箱を頭の上に掲げて持ち、鼻息も荒く駆け出すルフィを先導してビビが走る。
至る所で海水が跳び上がって滝の如く降ってくる。それを避けながら、シーラパーンを警戒しながら、道中倒れた海賊たちを飛び越えて次の島を目指していた。
まだ競技が始まってさえいないというのに、凄惨な光景が広がっている。
一体この先にどんな試練が待つのか。想像するだけで表情が変化した。
海水で濡れた髪を掻き上げ、ビビは周囲の環境に注意し続ける。
再び海でシーラパーンの群れが泳いでいた。まだまだ攻撃の手を緩めるつもりはないらしい。
ぐっと歯噛みし、どうすれば避けられるのだろうと考えを巡らせる。少々濡れたところで気にはしないとはいえ、もし海に引きずり込まれればルフィは抵抗できない。それだけはだめだ。かといって海へ潜って戦おうとすれば敵の思う壺。
あいにく今は逃げるしかなくて、二人の表情は優れない。
シーラパーンたちが海中へ潜った。
海流と共に襲うつもりだろう。追い抜いてしまったため今は標的が自分たちのみ。
ぐっと海面が盛り上がり、直後、爆発するように海流が空へ跳び上がった。しかし今度は先程とは違う変化があり、飛び出してきたのはシーラパーンだけではない。
それは空中で身を捻り、手に持った長大なノコギリを振り回す。
周囲に居るシーラパーンの肉体を深々と切り裂き、一瞬にして数匹を倒した。
自身の右側にある海、二人はその存在を見上げていた。
ノコギリを振り回して落下してくる。
それは久方ぶりに見る傘下の頭、アーロンだった。
「シャーッハッハッハ! 麦わらァ!」
「あ! アーロン!」
ドスンと重々しい音を立てて砂浜に着地し、立ち上がってルフィを睨みつける。ルフィもまた彼を見ていて気付かなかったが、ビビが左側を警戒すれば、そちらからはっちゃんが現れて同じくシーラパーンを倒していた。四本の手に剣を持ち、一本に黄金の矛を、一本は宝箱を抱えている。
目的がどうであれ、助けられたのは事実だったようだ。
アーロンは笑みを浮かべてルフィの顔を見下ろしている。
不思議だったのは、これ見よがしに敵意をぶつけながら今すぐ襲おうという態度がないことだ。
彼は思いのほか冷静な様子で話し始めた。
「てめぇを潰す良い機会だ。おれが勝った時はてめぇが死ぬ時だ。忘れるな」
「いいよ。どうせ負けねぇから」
「チッ、相変わらずムカつく野郎だぜ……」
そう呟くとアーロンは目を逸らしてしまい、戦おうとはせず先を急ごうとする。
その態度に首を傾げたルフィは素直な疑問を口にした。
「ここでやらねぇのか?」
「せっかくなら衆人環視の中で殺してやる。どうせてめぇは本戦まで来るだろ」
「しっしっし、そうか。じゃあまた後でやろう」
にやりと笑うアーロンへ言い返し、ルフィも上機嫌そうに笑う。
「この大会が人生最後の娯楽だ! せいぜい楽しんでろ! シャーッハッハッハァ!」
アーロンは再び海へ飛び込み、人間には持ち得ない遊泳速度で先を急ぐ。
それを見てからはっちゃんも後を追って海へ向かった。
「ニュ~、待ってくれよアーロンさん。麦わらぁ、そういうことだからまたな」
「ああ。お前らも頑張れよ」
はっちゃんが海へ飛び込んで海中に姿を消した。
立ち止まっていた二人は見送った後で顔を見合わせ、再び出発する。
数匹のシーラパーンが倒されたとはいえまだ全滅した訳ではない。急がなければ他の場所からもまた集まってくるだろう。当然歩く余裕はなく走り出す。
「そういえばルフィさんって、傘下の海賊団が居るのよね……さっきの人たちがそう?」
「ああ。そうしようって言ったのはキリだけどな」
「まだルーキーの域を出ないはずなのに、凄いわ。ひょっとしたら、あなたたちなら本当に海賊王になれるのかもしれない……」
「何言ってんだ、ひょっとしたらじゃなくて海賊王になるぞ、おれは」
しししと笑ってルフィは上機嫌そうだ。
傍から見ていると仲が悪いのだろうかと思ったものの、アーロンとの会話があっても不機嫌になる様子はない。それによって彼の器を見た気がする。
ビビは以前、ナミやシルクから聞かされていた。半ば無理やり傘下にしたアーロン一味はナミにとっては親の仇なのだと。
その頃にはナミがあっけらかんと話すため不思議に思ったが、彼を見て思う。
ルフィが居るから笑えるのだ。
本来なら心配すべき事柄や、憎しみで受け入れられないという提案も、この仲間たちが居るから受け入れることができてナミは笑っているのだろう。
或いはそれが王の風格なのかもしれない。
前々から凄い人だと思っていたが、ビビはこの時にルフィの見方を変えた気がする。
今は二人一組のペア。
自分は彼を頼るし、ルフィに頼ってもらわなければならない。それだけの力が必要だと思う。
些細なこととはいっても一つ試練を乗り越える度に成長できる気がする。
シーラパーンが全力で追ってくる砂浜を、ルフィとビビは弾む足取りで駆け抜けた。