ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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トレジャーハント(3)

 シルクとチョッパーは砂浜を走っていた。

 広大な島の中、今頃仲間はどこに居るのか見当もつかない。探している暇などなく、始まってしまえば頼れるのは自分と相棒だけ。

 彼女たちも宝箱を探して、あちこちに視線を飛ばしながら走っていた。

 

 島中の至る所で海賊たちが争っている。

 宝を探す者、意味なく戦う者、どちらを向こうと戦いがあった。

 

 獣型で走るチョッパーは複雑な心境で周囲を見ていた。

 次々人が倒れていく。あまりにも荒々しい光景に、海賊という存在をさらに強く感じる。

 少なからず心を痛めているだろうチョッパーに気付いたようで、隣を走るシルクが声をかけた。

 

 「チョッパー、大丈夫? 油断しちゃだめだよ」

 「う、うん」

 

 シルクに怯えた様子はない。そうした景色にも慣れている顔だ。

 これが今の自分と彼女の違いか。

 正しく理解したチョッパーは顔つきを変えて呟いた。

 

 「海賊って、凄いんだな……」

 「そうだよ。みんな命を捨てる覚悟で来てる。私たちも頑張らなきゃ」

 「うん。おれ、頑張るよ」

 

 砂に足を取られながらも、気合いを入れて踏みしめる。

 チョッパーは鼻息も荒く歩調を速め、シルクは笑みを浮かべながらそれに付き合った。

 

 しかしそれから幾ばくもせず、仁王立ちで二人を待ち構えていた二人組と直面する。

 慌てて足を止めるとシルクにとって見覚えのある顔だった。

 明らかに彼女たちを標的にしている人物。左側に斧手のモーガン、右側にはエルドラゴ。かつてイーストブルーで戦った海賊が再び目の前へ現れた。

 

 「奴の仲間か」

 「本人が居ねぇってのは不服だがまぁいいだろう。まずは仲間からだ」

 「チョッパー、敵だよ。戦わないと」

 「おう! おれがシルクを守るんだ」

 

 相手が誰かなど聞きはしない。誰が相手だろうと目の前に立ちはだかったからには敵であり、戦わなければ一方的にやられるだけだ。

 獣型のまま足を広げ、力を溜めるように姿勢を低くした。

 シルクも剣を抜き、肩の力を抜いて身構える。

 

 身長の高い二人が並んで見栄えはそれなりだった。

 モーガンは近接戦闘が得意で、エルドラゴは悪魔の実の能力を持って、遠近両方を得意とする。相手にするには厄介な二人組であった。

 

 真剣な目で相手を見据えて対峙する。

 周囲からの邪魔はない。今は目の前の敵にのみ集中できた。

 

 先に動いたのはエルドラゴだった。

 大口を開けると光が集まり、ゴエゴエの能力で力が溜められる。

 その様にチョッパーは驚くが、シルクが声を発したことで即座に動いた。

 放たれたのは砲撃のような大声。閃光となった声が浜の砂を吹き飛ばしながら一直線に駆け、回避のために動き出した二人の間を通り過ぎていく。凄まじい迫力。当たればただで済まないとその一度があっただけで素直に思い知らされた。

 

 驚きながらも回避は上手く終えることができた。

 直後にチョッパーが敵へ向けて走り出し、援護するためにシルクは剣を構える。

 即席とはいえ、前衛がチョッパー、後衛がシルクと、すでに二人の間で役割が決まっていた。それ故にチョッパーは恐れることもなく前に出れて、シルクは自身の能力に集中できる。

 二人の動きは迷いを持たず、一瞬にして呼吸がぴたりと合う。

 

 地面を蹴りつけてチョッパーが真っ直ぐ走る。

 モーガンとエルドラゴは迎撃の構えを見せ、再びゴエゴエの能力が使われそうだ。

 援護のため、剣を振り抜くシルクは強風を起こして砂を巻き上げた。

 

 「鎌居太刀!」

 

 チョッパーを傷つけぬように、それでいて背を押すかのように走った風は、大量に砂を巻き上げて彼の姿を隠そうとする。モーガンとエルドラゴは驚愕して目を見開いた。

 吹き飛ばされた砂が彼らに襲い掛かって一気に視界が悪くなった。

 能力を使おうとしていたエルドラゴは口を閉じ、苛立った様子で能力の使用をやめる。

 その間に砂に紛れてチョッパーが彼へ接近していた。

 

 「ええい、小癪な……!」

 「このぉ!」

 「ぐほっ!?」

 

 獣型で前へ跳び、瞬時に人型へ変化したチョッパーがエルドラゴの頬を殴る。

 突然の攻撃。それも下から突き上げるような衝撃で、体格差もそうなかっただろう。

 想像以上だった衝撃を受けてエルドラゴは背から地面へ倒れる。ズズンと大きな音を立て、その頃に舞い上がった砂も全て落ちて、彼ら二人の姿が露わになった。

 

 即座にモーガンがチョッパーの背を狙う。

 右腕の斧手を振り上げ、背を見せて隙だらけのチョッパーを切り裂こうとした。

 

 当たれば再起不能もあり得る。しかしその動きはシルクにも見えていた。おそらく彼はその位置からでは止められないと思っていただろうが、彼女ならば攻撃も届く。

 チョッパーを狙ったことで隙だらけだった背を狙い、素早く剣が振り下ろされる。

 

 「繚乱・烈風!」

 

 吹き荒れた風は再び砂を巻き上げ、風とはいえ目に見える脅威となってモーガンへ迫った。

 その轟音、到底無視できるものではない。

 思わず攻撃の手を止めて振り返った彼が見た物は、砂を吹き飛ばして直進してくる強風。

 次の瞬間には斬り飛ばされて宙を舞っていた。強烈なかまいたちによって体を深々と切り裂かれており、地面へ落下してくる間にも鮮血が噴き出している。

 

 エルドラゴが起き上がると同時、モーガンが地面に落ちた。

 彼らにとって想像もしなかった事態であり、動揺は少なからず存在したらしい。

 

 「おのれ、ガキどもめ! 調子に乗っていられるのもここまでだ――」

 「ぐあぁっ!?」

 「あん?」

 

 ドゴン、と大きな音が聞こえ、エルドラゴが振り返ると、起き上がろうとしていたモーガンが陥没した地面の中心で気絶していた。驚いて思わず眉を動かす。

 チョッパーやシルクも驚いていて、明らかに彼らのせいではない。

 

 倒れたモーガンの傍に一人の男が立っている。

 身長は百八十センチを超えており、筋肉質だが細い体でほどほどに若い外見だ。

 短髪で色は黒く、ギラリと光る眼がとてつもない威圧感を放っている。

 何より、エルドラゴの倍はあるだろうかという巨大なハンマーを肩に担ぎ、その外見には似合わないほど巨大な武器でモーガンを倒したようだった。

 

 驚く面々の中で特にシルクの反応が大きかった。

 昨夜も見た顔だがまさか戦闘になるとは思わなかったため動揺は大きい。

 

 「“大連撃”ユージーン!? うそ、こんなところに……!」

 「なんだ貴様は。邪魔をするなァ!」

 

 怒りに包まれたエルドラゴが叫んで能力を使った。

 モーガンがやられた。それはいい。彼に対して別段愛着がある訳でもないのだ。彼がやられたからと怒ることはあり得ない。

 彼が怒るのはただ単純に邪魔をされたからだ。

 大きく開かれた口の奥から閃光が吐き出されて、真っ直ぐに敵を狙って突き進む。

 

 「ゴアアァッ!!」

 

 冷たい眼差しでそれを眺めた男、ユージーンは、両手で柄を握るとハンマーを振り回した。

 彼の体よりも大きい武器はエルドラゴの咆哮を受け止め、それだけで終わらず、強く振り抜くと無理やり掻き消してしまう。悪魔の実の能力を純粋な腕力で破壊したのだ。

 エルドラゴは驚愕し、シルクとチョッパーも大口を開けて驚いている。

 

 くるりとハンマーが回され、直後には攻撃のために振り抜かれた。

 一瞬にしてエルドラゴの体が捉えられて、強烈な勢いで殴り飛ばされる。

 彼も体は大きいのだが、耐えることもできずにあっさり宙へ浮いてしまい、砂浜から森の向こう側まで飛んでいって見えなくなってしまった。

 彼の姿を見送った二人は呆然として動けなくなってしまう。

 

 やはり格が違う。

 これが懸賞金2億2000万ベリーの海賊。

 エースと比べれば格下になるかもしれないが、二人にとっては敵うはずもない相手だ。

 

 知らず知らずのうちにチョッパーは後ずさりを始めていた。

 絶対的な強者に睨まれ、何かを考えることもできずに体が怯えていたのである。

 

 「うわっ、わぁ……!?」

 「すごい、なんて怪力……噂通りの人だ」

 「それはお前たちの物か?」

 「え?」

 

 唐突に発せられたユージーンの問いに、訳も分からずシルクが聞き返す。

 彼は右腕一本で肩に巨大なハンマーを担ぎ、左手の指で地面を指す。そこには地面に埋まった宝箱がわずかに顔を覗かせていて、おそらくシルクのかまいたちで掘り起こされたのだろう、やっと質問の意味が伝わった。

 だがなんと答えていいかわからず、緊張で喉を鳴らして言葉に詰まる。

 

 「お前たちが見つけたならお前たちの物だ。だが奪い合うのもルール……悪く思うな」

 

 ユージーンは片手で巨大なハンマーを回し始める。

 回転する度に風が吹き、凄まじい迫力で威圧されていた。

 見ただけで恐怖心を煽られて、チョッパーは怯えてしまい、しかしシルクは両手で剣を構えた。

 

 「チョッパー! 戦おう!」

 「え? シルク……?」

 「逃げてばっかりじゃ強くなれないから、やれるだけやってみよう! 私たち二人で!」

 「う、うん!」

 

 高速で回転させたハンマーをびたりと止め、しっかり握って構えられた。

 右手一本で持ち上げて、前傾姿勢で二人を睨みつける。

 

 「そうか。手加減はできんぞ」

 「おおおおっ! おれはバケモノ! 強いんだァ!」

 「お前以上のバケモノなど、この海には数えきれないほど居る。見た目で判断しないことだ」

 

 人型の状態で両腕を広げ、自分を鼓舞するように空へ向かって叫んだチョッパーへ、ユージーンは冷ややかな声で簡潔に告げた。

 その言葉通り、少々チョッパーの姿が変わっていようが恐れてはいない。

 素早く仕留めるため一歩が踏み出された。

 

 どこからともなく音楽が聞こえてきた。

 戦おうとしていた三人はつい動きを止めてしまう。

 

 音が聞こえる方向を探って目を動かした時、森と砂浜の境目へ姿を現す男が居た。

 それは複数の音が重なる、音楽。

 不思議なことに男は楽器を持っておらず、自身の体が変化し、楽器になって音を奏でている。

 

 楽しげで、しかしそれだけではない音の波。複数を同時に奏でながら歩いてくる。

 三人は戦意を逸らされて彼が来るまで動けなかった。

 頭はシンバル。腕は笛。歯はピアノ。胸は太鼓。

 やっと足を止めた時、スクラッチメン・アプーは上機嫌に口を開き、自らの声で語り出そうとも音楽は止まらず、その目に映す三人を敵とも味方とも思っていない。

 

 「ようエッビッバッリィィ~! 楽しんでるかトレジャーバトル! アッパッパ~!」

 「お前は……“海鳴り”か」

 「相棒が見当たらねぇな“大連撃”。せっかくだから聴いてけ“戦う音楽”!」

 「悪魔の実の能力か……」

 「スクラ~~ッチ!!」

 

 アプーは両手で自らの胸を叩き、そこから大きな太鼓の音が聞こえてくる。

 

 「“(ドーン)”」

 

 小さく呟いた瞬間、突如ユージーンの体が爆発した。

 何をされたという認識もない。ただ音を聞いただけで全身が爆炎に包まれていて、気付いた時には凄まじい熱と痛みがあり、ユージーンの体はぐらりと倒れかける。

 まず先にハンマーが手から離れて落としてしまう。

 その直後、高く跳び上がったアプーがくるくる回りながらユージーンの真上から落下してきた。

 

 「アパパパパッ!」

 

 落下の勢いを利用して、両足で顔を踏みつけ、彼の体を無理やり倒す。すると勢いよく後頭部を地面に打ち付ける形になってユージーンの意識は刈り取られた。

 見ていたチョッパーとシルクは愕然とする。

 あれだけ強そうだったユージーンがほんの一瞬で倒されてしまった。鮮やかであり、同時に何が起こったかもわからない不思議な戦闘で、言うべき言葉が見つからない。

 

 大の字に倒れたユージーンの顔の上に立ち、アプーがバッと長い腕を上げる。

 着地成功と言わんばかりの表情で、二人はぽかんとしていた。

 

 「ざ~んねん。居たな、お前以上のバケモノが」

 「2億ベリーのユージーンが、一瞬で……」

 「つ、強ぇんだな、あいつ」

 

 感心する二人はしばし危機感も忘れて見入っていた。

 アプーがユージーンの上から降りる。

 二人に体を向けて見やり、瞬間的に二人も警戒して身構えるが、彼はもう音楽を奏でなかった。

 

 「お前ら昨日見たな。麦わらの仲間だろ」

 「そうだけど……」

 「心配すんな。おれはお前らの副船長に期待してんだ。どうこうしようってつもりはねぇ」

 

 アプーはちらりと森のある方角を確認し、そこから自身の仲間が出てくるのを見つけた。

 

 「オラッチはもう宝も見つけてるからなぁ。そいつはお前らのもんだ」

 「船長! また勝手に行動して!」

 「どうして、助けてくれたの?」

 「どうしてかって? そんなもん決まってるだろ」

 

 駆けつけてくる仲間の方向へ歩き出しながらアプーはにやりと笑う。

 

 「そっちの方が面白ェからだ。祭りは楽しくやるもんだろ?」

 「あんたはいつも楽しみ過ぎですから! こっちの身にもなってください!」

 

 部下に叱られながらもアプーは軽い足取りで去っていき、二人は驚きを隠せない。唐突にやってきて唐突に去っていく。敵なのか味方なのかわからなかった。

 少なくとも、彼が来なければ無傷で済まなかったことだけは確かだ。

 

 ハッと気付いたシルクは慌てて埋まった宝箱を掘り起こした。

 驚きを隠せないチョッパーが振り返り、彼女の行動の意味が分からずぼんやり見つめる。

 

 「チョッパー、ぼーっとしてる暇ないよ。気をつけないと他の敵が来る」

 「つ、次? そっか。手に入れてもまだ終わりじゃないんだな」

 「今度はこれを守らなきゃ。私たちも行こう」

 「う、うん」

 

 幸いと言うべきか、見晴らしの良さを警戒してか、いつの間にか他の海賊は姿が見えない。

 シルクが宝箱を抱えて走り出した。

 チョッパーは人型のまま彼女の後ろに続き、その場を離れる前にちらりと倒れた敵を眺める。

 

 モーガン、エルドラゴ両名を一撃で倒した2億ベリーの賞金首、ユージーン。

 そのユージーンをほんの数秒で倒したアプー。

 

 世界は広い。

 お前以上のバケモノは数え切れないほど居る、という言葉が嘘ではないのだと実感した。これはそう言うのも当然だと思える光景だったのだろう。

 チョッパーは戦慄し、大きな不安を持ちながら森へ向かった。

 

 

 *

 

 

 所変わって竹林。

 まだ宝箱が見つけられずに居たナミとサンジは少しだけ焦り、必死に目を凝らして走っていた。

 

 「んナミすわぁ~ん! 疲れてないかい? おれがおんぶしてあげるから~!」

 「バカ言ってないで早く見つけて! このままじゃ失格よ!」

 「あ~いっ!」

 

 視界の悪い竹林の中を走り、葉が敷き詰められた地面を踏みしめて進む。

 一回戦がスタートしてからしばらく経つ。

 宝箱は300個あるらしいのだが、まだ残っているのだろうか。先程まで居たはずの海賊が周囲に見えないことも不安を煽る。これで見つからなければ失格だ。

 

 ここに至るまで数度の戦闘を行っているものの、相手になったのは宝箱を持たない者ばかり。

 余計な時間を使わされた。そのせいでナミは苛立っていたようだ。

 今から間に合うのかと、そればかりが気にかかる。

 

 ビビが今日までどれほど不安に苛まれていたかを知っている。

 この大会で必ずエターナルポースを手に入れなければならない。普段怖がりな彼女が逃げようともせず覚悟を決めていたのは大事な仲間のためであった。

 ただ、焦りや覚悟とは裏腹に宝箱は見つからず。

 走り続けた疲労もあるというのに、息を切らしながらもまだ探さなければならない。

 

 背の高い竹が日光を遮り、薄暗いというほどでもないが他の場所に比べて視界の悪さはある。

 辺りを見回し、やはり目立つところに無さそうだと溜息がこぼれた。

 

 「ハァ、まったくどこにあるのよ。この私が見つけられないなんて……」

 「足止めされてる間に目立つ物は取られたのかもな。だとすれば残りは難易度が高い」

 「まだ残ってるわよね?」

 「終了の条件が全ての宝箱が見つかることだからね。まだ合図がない以上は残ってるはずだ」

 「そうね……早くなんとかしないと」

 

 見るからにナミの余裕が無くなっていることはサンジも気付いている。

 体力的にではなくおそらく精神的に。負けることを恐れて余計な体力を使っているのだろう。

 柔らかく微笑んだサンジは走りながらも彼女へ言った。

 

 「大丈夫さナミさん。きっと見つかる、なんて軽々しく言うつもりはないが、仲間が居る。うちの連中はレディを除いて厄介な野郎ばかりだがやる時はやる奴らだ」

 「それはわかってるけど……」

 「全部ナミさんが背負い込む必要はない。それはビビちゃんも一緒だ。おれたちはおれたちにできることをやる。それだけでいい」

 「うん……」

 「なぁに、もしもの時はあいつらのケツを引っ叩いてやればいい。それも立派な協力さ」

 「ふぅ……そうね」

 

 足は止めなかったが意識を切り替えることはできて、ナミもようやく笑みを浮かべた。

 

 「ありがとうサンジくん。やっと頭が冷えたわ」

 「いやいや、そう大したことじゃ」

 「でも私、別に諦めた訳じゃないからね。絶対見つけて二回戦に進むわよ」

 「はぁ~いナミさぁ~ん!」

 

 先程よりもやる気が湧いて、不思議と力が漲ってくる感覚。

 二人は速度を速めて走る。

 

 数分とかからずにナミがあっと声を発する。前方、ふとした瞬間にようやく宝箱を発見し、見上げれば竹の細い枝に引っ掛けられる形で宝箱がぶら下がっていた。

 思いのほか見つけやすい状態で置かれているのである。

 まさか罠ではないかと思うものの、逃す訳にはいかないと考えるのも仕方ない。

 

 二人は笑みを浮かべ、そちらに向かう。

 少々高い位置にあった。

 サンジが跳ぼうとするのだが、それを押し留めたナミが自身の武器を組み上げる。

 

 「やっと見つかった。これでおれたちもクリアできそうだな」

 「待ってサンジくん。私がやる」

 「え? ナミさん?」

 「ウソップが変な技ばっかり用意してたけど、これなら使える」

 

 ウソップが作ったナミの新しい武器、“天候棒(クリマ・タクト)”。

 水色の短い棒が三本。それらを様々な形に組み合わせて使用する武器らしいが、先程あった乱戦の中で説明書を見ながら試してみたところ、使える技はほんの数個。

 ただしそれは、ウソップの説明に従えばの話だ。

 

 三本にはそれぞれ役割があり、吹いたり振ったりすると、“熱気泡(ヒートボール)”、“冷気泡(クールボール)”、“電気泡(サンダーボール)”という性質の異なる気泡を生み出すことができる。

 航海士として気候を熟知するナミにとってはこれだけで強力な武器になる。

 使ったのはたった一度の戦闘。その間に数度使うだけで理解できた。

 この武器の強みは、三つの気泡を操り、上手く組み合わせ、周囲の気圧や温度、湿度を人為的に操作することで天候を操作することにある。

 

 他人が持てばただの宴会芸用の道具。

 それをナミが持てば利用価値のある武器に変わる。

 

 ナミは素早く二本の棒を十字に組み合わせ、最後の一本を柄のように取り付けた。

 両手で柄を持ち、バットを振るように天候棒(クリマ・タクト)を振り抜く。

 先端にあった十字の二本をブーメランのように飛ばし、真っ直ぐ宝箱へと向かっていった。

 

 その二本は、振れば熱気泡(ヒートボール)冷気砲(クールボール)を生み出すもの。

 回転した結果、温かい気泡と冷たい気泡が空中で混ざり合い、気流を生み出し、天候棒(クリマ・タクト)が宝箱に接触して動きを止めた瞬間、爆発的な風を生み出した。

 これも先程使って試してみた。強い衝撃を受けて枝が折れると宝箱が落下してくる。

 サンジは嬉しそうに声を発して、この武器に手応えを感じたナミも笑みを深めた。

 

 「おおっ! ナミさんすごい!」

 「よし、やっぱり使える」

 

 ブーメランのように飛ばした二本が戻ってくる間、宝箱は高い位置から落下してきた。

 その時である。

 竹を掴んでは空を飛び、突如姿を現した大男が空中でその宝箱をキャッチしてしまったのだ。

 

 「ウッキィ~! 捕まえたァ~!」

 「あぁっ!?」

 「ちょっと! それ私のお宝!」

 

 素早い動きでやってきたマシラはキャッチした宝箱を左手のみで小脇に抱えて、にんまり笑う。まだ二人には気付いていない様子で純粋に嬉しそうだ。

 そうなると怒り狂うのがサンジである。

 ナミの努力を無下にするような横入りを見て、彼の怒りはかつてないほど燃え上がった。

 

 「てんめぇ~! ナミさんの活躍も知らずに何やらかしとんじゃクラァ!」

 「ウキ? 何言ってんだ、奪い合いもルールだろ」

 「この猿野郎! いいからそいつを返しやがれ!」

 「猿!? おいおい、お前もおれを“猿あがり”と呼ぶのか! ウッキッキ!」

 

 落下の最中、姿勢も崩さず落ちてくるマシラを目指し、サンジは強靭な脚力で高く跳び上がる。

 空中において二人の距離は一気に縮まった。

 

 「クソ猿野郎がァ!」

 「そんなに褒めんなって! だがいくらファンの頼みとはいえ、こいつは譲れねぇ。じゃねぇとおれたちが負けちまうからな」

 

 着地を待たず、互いに空中で攻撃を行う。

 サンジは跳んだ勢いを利用して強烈な蹴りを繰り出した。

 右腕をぐるぐる回したマシラはパンチで迎え撃ち、正面から激突する。

 

 「腹肉(フランシェ)シュート!」

 「猿殴り!」

 

 衝突した瞬間、互いの体に凄まじい衝撃が駆け抜ける。

 とても耐え切れるほどの威力ではなく、互いに顔を歪ませ、次の瞬間には撃ち出されるように両者互いに後方へと吹き飛ばされた。

 

 「うおっ!?」

 「ウキィ~!?」

 「うそっ、サンジくんと互角!? なんなのあの猿……!」

 

 サンジはナミの傍まで吹き飛ばされて地面を転がり、なんとか姿勢を立て直して膝をつく。

 一方マシラは宝箱を抱えたまま、激突しただけで何本か竹を折りつつ、どこかへ消えてしまう。

 

 角度が悪かったのか、一瞬にしてマシラがどこへ行ったのかわからなくなってしまった。しかしまだそう遠くないはず。舌打ちしたサンジは逃げられる前に追おうと立ち上がる。

 駆け出した時、同じことを考えていたナミも走っていた。

 

 「すまねぇナミさん、おれのミスだ……!」

 「謝らなくていいわよ。まだ間に合う。一回戦が終わる前に取り返せば――」

 

 走り出した瞬間、しかし、空に上がった花火が轟音を発した。

 その一瞬は驚愕で包まれる。

 二人で示し合わせた訳でもないのに立ち止まってしまい、見開いた目が空を見上げ、信じられないという顔でその花火が意味するものを探ろうと考えていた。

 嘘であって欲しいと思ったところで、結果は変わらず。

 スピーカーを通したハッタリーの絶叫が古代島に響き渡った。

 

 《試合終了~!! たった今最後の宝箱がゲットされた! これで一回戦は終了だァ!》

 「なっ!?」

 「うそでしょ!? このタイミングで!?」

 

 それは無情な宣言であって、彼らに絶望感を与える一言であった。

 呆然と立ち尽くすナミとサンジは信じられず、しかし終わってしまった今、結果を変えることなどできはしない。一回戦は終わってしまったのだ。

 素直に受け入れることができないのか、二人はしばらくその場から動けなかった。

 


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