ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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トレジャーハント(2)

 「待てって、ゾロ! お前ちょっと待てって!」

 「さっさと来い」

 「そうじゃなくてなんでお前が先頭なんだよ! そりゃやべぇだろ、方向音痴!」

 「誰が方向音痴だッ!」

 

 島に上陸し、林を抜けて、茶色い岩場に到達したゾロとウソップが走りながら叫んでいた。

 辺りは足場も悪く、視界も開けている。それだけに誰かに見られている危険もあってウソップは不安を抱いており、さらに先頭はなぜかゾロ。このままただで済むはずがない。

 ウソップは必死にゾロを止めようとして、ようやく足が止まった。

 周囲にも敵の姿が見える。いつ襲われるかもわからず、不安は増す一方だ。

 

 「大体いきなりめちゃくちゃ過ぎんだよっ。宝なんてどこにあるのかもわかんねぇし、いきなりスタートでどいつもこいつも大混乱だ。おれたち生きて帰れんのかなぁ」

 「当然だろ。とりあえず宝を探すぞ。でなきゃ次に進めねぇ」

 「いやそりゃわかってるけどもだ」

 「方向がどうだの言ってられねぇ。とにかく走って宝を見つける」

 「それ、バカの考えって感じしねぇか?」

 「じゃあどうすんだよ」

 「ひとまず安全な場所を探して隠れるとか――」

 「行くぞ」

 「せ、せめてリアクションしろよ!」

 

 再びゾロの先導で走り出し、二人は移動を始める。

 海賊たちは宝箱の捜索に必死で彼らを気にかける余裕もない。というよりそもそも興味がないのだろう。少し話題になったとはいえ所詮ルーキー、相手にする必要がないと思っている。ゾロにとっては退屈だがウソップにとっては有難い状況だった。

 

 そこからそう移動する間もなく、彼らは広い川に到着する。

 勢いも殺さずにゾロが足を踏み入れたところでウソップが怪訝な顔をした。

 

 水深は浅いが当然靴もその中の足も濡れる。

 川幅が広く、二十メートルほどはあるだろうか。

 なだらかな坂になっており、山の頂上から湧き出る水が下ってきているようだ。

 

 川の中を歩いて対岸へ渡ろうとウソップも足を踏み入れる。

 改めて大変な競技だと感じて溜息が禁じえなかった。

 

 「海はともかく、川なんて久しぶりだな。しっかし広い島だ……こりゃ宝なんて簡単には見つかんねぇぞ。ルフィたちはどうなったんだろうな」

 「さぁな」

 「キリが居りゃ頼りになるんだけど、ここに居るのがゾロじゃなぁ」

 「てめぇはおれに斬られてぇのか」

 

 わずかに後ろを振り返り、幾分苛立った顔でゾロが言う。しかし本気で怒っている訳ではないと知っているためウソップも大きく反応しようとはしなかった。

 川の中ほどまで到達した時、不意にウソップが足を止める。

 

 「お、おい、ゾロ」

 「あ?」

 

 ウソップの声を耳にして立ち止まり、気配を感じて上流に目を向けた時だ。

 いつの間にか川の中に立って二人に敵意をぶつける相手が居る。

 

 あいにく見覚えがある。

 特にウソップは彼らから見て左側、キャプテン・クロは因縁の相手でもあり、以前にも再会を経験したが、何度会っても鳥肌が立つ。そんな相手なのだろう。

 その隣には直接会ったことはない首領クリークが居て、にやりという笑みを浮かべている。

 彼らが現在どういう立場にあるのか、すでに知っていた。

 

 咄嗟に二人が身構えて武器を手にする。

 このタイミングで現れた彼らが何もせずに立ち去るはずがない。

 警戒するが故に反応は速く、そのせいで奇襲の手は消え、クロとクリークも武器を構えた。

 

 「確か殺しはルール違反だったか」

 「そうだ。海軍へ突き出すと言っていたが」

 「おれたちゃ海賊。向かってくる奴は叩き潰すだけだ」

 「そしてルールを破ることに抵抗もない。全ては計画通りに事を進める」

 「おいおいおいっ、マジか!? ここでやり合う気かよ!」

 「そんなもん最初から予想できたろ。覚悟はいいかウソップ」

 「良くねぇ! 何一つ良くねぇ!」

 「じゃあ行くぞ」

 「だから話聞けってお前ッ!?」

 

 ゾロがすらりと刀を抜いて両手に持ち、慌てるウソップも鞄から素早くパチンコを取り出した。

 すでにクロは両手に“猫の手”を装備して、クリークは“大戦槍”を思い切り振り回す。

 どちらも迎撃の準備は十分。

 宝箱とは関係がないとはいえ戦闘が始まろうとしていた。

 

 彼らはこのためだけに大会へ参加したのだろう。一切の迷いがなく、宝箱を探そうともしない態度には確固たる意志があり、大会とは無関係だと感じられる。

 衝突は必然だった。逃げたところで追われるのならここで止めるしかない。

 

 「ちくしょー、なんでこんな目に……」

 「気合い入れろよウソップ。こんな程度は今までいくらでもあっただろ」

 「あって堪るか!」

 「左はお前に任すぞ。もう手の内はわかってるだろうしな」

 「ま、マジか……ああくそっ、やるしかねぇのか」

 「こいつらに勝てねぇようじゃ先はねぇぞ。どうせ次はバロックワークスだ」

 「ハァァ~憂鬱だ」

 

 二人が話しているとクロが膝を曲げていた。

 来る、と感じた瞬間、彼の姿が掻き消え、辺りに風が吹く。

 ウソップがぎょっとして目を見開いた。それと同時にゾロは眉間に皺を寄せ、咄嗟にウソップの首根っこを掴んで引っ張り、突然の回避行動を行う。

 

 「ウソップ!」

 「おわぁっ!?」

 

 ぐいっと引っ張られた瞬間、彼の傍を風が通り過ぎた。その時には頬がわずかに切れていて、少量とはいえ血を流し、ぞっとしながら目を向ければ背後にクロの姿がある。

 無音の高速移動“抜き足”。やはりその速度は健在である。

 反射的に怯えたウソップは声を発して、ゾロがパッと手を離すとその場に転びかけ、慌てて姿勢を正して彼の方に振り返った。反対にゾロはクリークと対峙する。

 

 「よく避けたな。だが、君に止められるかね? ウソップくん」

 「ち、ちくしょう。いつまでも昔のままだと思うなよっ」

 「その調子でそっちは任すぞ」

 「フン、ガキども二人か。くだらねぇ。すぐに叩き潰してやる」

 

 にやりと笑うクロの挑発に乗り、ついにウソップは覚悟を決めて目つきを変えた。

 背中で変化を感じたゾロは好戦的に笑い、自身は背後を気にせずクリークへと駆け出す。

 

 改めて向き合って、ウソップは深呼吸を繰り返した。

 まず最初に考えるのは、自分一人で勝てるのだろうかということだ。

 シロップ村での戦いではシルクが彼を倒し、ローグタウンでは逃げただけ。航海をする中で変わったものがあるとしても、一人で勝てるという絶対的な自信はない。

 しかしやらなければ。

 勝てないなら彼らと一緒に航海することはできないとさえ考える。

 

 左手にパチンコを持ち、右手には鞄から取り出した弾丸を握っていた。

 覚悟はできている。たとえ勝てないにしても逃げ出すことだけはあり得ない。

 その強い眼差しを見てクロが小さく鼻を鳴らした。

 

 「確かに以前とは違うかもしれんな。だがまさか勝てるとは思っていないだろう?」

 「お、おれはもう変わったんだ。今は本物の海賊だ!」

 「声が大きいだけでは海賊はやれん。本物が何かを教えてやろう……」

 

 再びクロが動き出そうとした時、危機感を感じたウソップは素早くパチンコを構えた。

 

 「海賊やるのが怖くて逃げ出した奴に言われたくねぇよっ! 必殺! 煙星!」

 

 狙ったのは自身の足下。地面に弾が当たった瞬間、その地点を中心に広く煙幕が広がる。

 クロはぴくりと眉を動かした。

 彼の姿が見えなくなったことと、挑発だろう言葉を聞いたことが原因だろう。多少の変化は認めるが強くなったとは言い難い。彼はまだウソップを甘く見ていたようだ。

 

 「それで隠れたつもりか? 無駄な足掻きだ」

 

 抜き足を使ってクロの姿が消えた。

 臆することなく煙幕へ突っ込み、ウソップが居るだろう位置へ向かう。しかし敵を狙ったはずの攻撃は煙を振り払うのみで手応えがない。

 

 驚愕したクロが周囲に目を走らせながら足を止めた。

 速度を殺すために強く地面を踏みしめるのだが、その際に違和感を感じる。

 

 靴を貫き、足の裏に鋭い痛みが走ったのだ。

 慌てふためいて足を動かせば、その辺りはどこに足を置いても足に痛みを感じ、何かが刺さる。

 堪らずその場へ転んでしまった。

 今度は背中にまで突き刺さり、地面に寝転んでからそれがばら撒かれたまきびしのせいなのだと気付き、川の水をバシャバシャと跳ねさせながら逃げるように転げ回る。

 

 正面から戦って勝ち目がないことなど最初からわかっている。そしてそんな戦い方は自分らしくないことをウソップは誰よりも自覚していた。

 欲するのは勝利。そのために敢えて姿を隠し、誘い込んだ上にまきびしをばら撒いた。

 煙の中で身を潜めていた彼は苦しむクロから目を離さなかったのである。

 

 「ぐおぉっ……!? チィ、卑怯な手を――!」

 「必殺! 三連火薬星!」

 

 地面に伏せた状態で三発をほぼ同時に放つ。

 ちょうどクロも近い体勢だった。そのせいで逃げることもできず、突如襲ってきた弾丸は彼の体へ直撃し、顔面と胸元、足に当たって爆発する。

 大した衝撃だ。もはやまきびしのことなど気にならなくなるほど気が遠くなりかけた。

 小さいとはいえ爆発している。体に走る痛みは尋常ではない。

 

 好機と見てウソップが素早く立ち上がった。

 パチンコを仕舞う代わりに鞄の中へ手を突っ込み、ハンマーを取り出す。

 彼が接近する頃、クロはよろよろと起き上がろうとする最中だった。

 

 「ウソ~ップ……!」

 「がはっ、ま、待てっ……!?」

 「ハンマーッ!!」

 

 飛び込むようにジャンプをして、起き上がりかけた後頭部を思い切り殴りつけた。衝撃でクロの顔面は地面へ叩きつけられ、先程の火薬星も合わさって今度こそ気を失う。

 如何に実力が上であろうと、不意を衝かれて急所を殴られては耐えられない。

 そもそも、クロは体を鍛えて打たれ強さを誇っている訳ではない。最も優れているのは脚力。細身で身軽なため打たれ弱さが目立つのが弱点だった。

 

 卑怯と言われても仕方ない戦法。しかし結果だけを見ればウソップの勝ち。

 誰に非難されようと結果が全てだ。それが海賊の生き方。

 

 勝利を自覚したもののがくがく膝が震える。

 少なからず忘れがたい因縁がある相手に自分が勝った。信じられないが確かに倒れていて、気絶しているらしく全く動かない。水の中で完全に伸びていた。

 倒れた相手を見つめ、徐々に喜びが湧いてきて、ウソップは思わず跳び上がった。

 

 「よ、よ、よっしゃあぁっ! 勝った! キャプテン・クロに、こんなあっさり……!」

 

 両腕を突き上げて歓喜に酔いしれ、上機嫌で振り返る。

 嬉しさのあまり報告しようとしたのだろう、ウソップの目はゾロを捉えた。

 

 「は~っはっはっは! 見たかゾロ! おれ一人で見事敵を――」

 「ぬぅん!」

 

 クリークが振り下ろした大戦槍が地面を叩き、爆発を起こして水を跳ね飛ばした。

 ゾロは後ろへ大きく跳んで距離を開ける。

 あまりの迫力に言葉を呑んだウソップの傍で足を止め、苛立った様子で舌打ちしていた。

 

 「チッ。斬れねぇな、あの鎧……」

 「バカめ、当然だ。こいつはウーツ鋼で出来ている。そんなちゃちな刀で斬れる訳ねぇだろう」

 「まだまだおれの腕が足りねぇな。こんな程度も斬れねぇんじゃ」

 「減らず口を」

 「よぉ~しゾロ、おれが援護してやるぞ! 前は任せた! 敵をおれに近付けるなよ!」

 「ああ、わかったよキャプテン」

 

 二人が肩を並べてクリークに立ち向かう。

 ウーツ鋼の鎧に隠し持ったいくつもの武器。自由に走らせればクロの方が厄介だが、こうして川の中で対峙すれば、おそらく彼の方が面倒だろうと思った。

 ゾロは苛立ちを隠して刀を握り直し、ウソップは意気揚々とパチンコを構えた。

 

 その時だった。

 突然川の上流から宝箱が流れてくる。

 

 それだけならば大して驚きもしなかったかもしれない。問題はその次だ。

 激しい走りで水を跳ね上げ、特徴的な巨体が走ってくる。

 どうやら宝箱を追ってくるらしく、ずいぶん必死な形相だった。

 

 「ウッキィ~ッ!」

 「な、なんじゃありゃあっ!?」

 

 奇声を発しながらやってきた大男は宝箱のみに集中していた。

 水に流れる宝箱はクリークに向かっているのだが、全く気にした気配がない。

 ウソップは驚愕し、ゾロとクリークはぽかんとした顔で彼を見ていた。

 ようやく大男もクリークに気付き、大口を開けて叫び出す。

 

 「あぁっ! 邪魔だ邪魔だ! どけどけェ!」

 「何ィ? てめぇ、誰に向かって生意気な口を――」

 「おれの宝だ! どけェ!」

 

 宝箱がクリークの足下へ近付いた時、大男が勢いよく跳んだ。右腕を振り上げた状態でクリークへ飛び掛かり、彼が反応できないほどの速さでパンチを振り抜く。

 拳は頬へ突き刺さり、クリークの巨体があっという間に殴り飛ばされる。

 空中で数度回転した体は数メートル飛んだ末に地面へ落ち、川を出て陸地で動かなくなった。

 

 殴った後に姿勢を正して、彼はそのまま宝箱を拾おうと狙っている。

 絶叫するウソップはともかく、冷めた目で見ていたゾロの下へ宝箱が流れてくる。

 大男の手が届く前に拾い上げてしまい、空を掴んだ彼は勢い余って地面を跳ねながら彼らの傍を通り過ぎていった。その度にバシャバシャ音が鳴り、トビウオのようである。

 振り返る二人は呆れた様子で大男を見ていた。

 

 「なんだ、あいつは」

 「でっけぇなぁ。猿みたいな顔してたぞ」

 「何ィ!? 誰だ、おれを猿だと言った奴は!」

 「ぎゃあああっ!? 殺されるぅぅっ!?」

 

 転んだせいで全身水浸しになりながらも立ち上がった大男は、怒っているかのような顔で叫び、即座に振り向くと二人を視界に納めた。

 反射的にウソップが怯えるものの、なぜか直後に彼は頬を綻ばせて照れ始める。

 

 「おいおい、バカ言うんじゃねぇよ。そんなにおれは“猿あがり”か?」

 「は?」

 「何言ってんだあいつ」

 「ウッキッキ! そんなに褒めるんじゃねぇよ! いくらおれが“猿あがり”だからって!」

 

 褒めたつもりはないのだが。

 揃ってそう思う二人はふと彼から目を離し、互いに顔を見合わせた。

 

 「こりゃ一体どういう状況だ」

 「わからねぇけど、おれたちあいつを褒めてたらしいぞ。猿あがりって何だ?」

 「おれが知るか。あいつが猿みてぇなのは確かだがな」

 「よせやい、褒めるなよ! おれはそこまで“猿あがり”じゃねぇ!」

 「だからなんだよ、猿あがりって」

 

 その大男、猿やゴリラに似た外見で、腕は太く、額にはサングラス、耳にはヘッドホンがある。巨体は黄色いオーバーオールに包まれて、なぜか尻尾らしき物もあった。

 確かに猿に見える。

 猿という言葉は彼にとって褒め言葉なのか、口にする度に心底嬉しそうだった。

 

 ピンときたウソップはあることを思いついた。

 困惑して面倒そうなゾロを止め、彼が前へ一歩を踏み出す。

 

 「なぁ、あんたに一つ確認したいんだけど……なんでそんなに“猿あがり”なんだ?」

 「お、おいおい、よせよ! 猿あがりなんかじゃねぇって」

 「いいや、おれはこんなに“猿あがり”な奴を見たのは初めてだ。あんたほんとにスターだよ」

 「ウッキッキィ! バカ野郎! そこまで人を褒めるもんじゃねぇよ!」

 「いや猿だろ、お前は」

 

 呆れたゾロが呟くと同時、大男は両腕を上げると力こぶを見せつけ始める。

 

 「おれは“サルベージ王”マシラ! 相手がファンなら宝箱を奪うわけにもいかねぇよ! そいつはお前らにくれてやる!」

 「誰がファンだ……」

 「ははぁ~、ありがとうごぜぇますマシラ様。あなた様の“猿あがり”ぶりはこれからみんなにお伝えいたします。このご恩は一生忘れません」

 「ウッキッキ!」

 

 恭しく頭を下げるウソップを眺めて、大男、マシラは嬉しそうに歯を剥き出しにして笑う。

 何度かポーズを変えた後、自身が見つけた宝箱を二人に譲った彼は奪おうともせず、その場を離れることを決めたようだ。ゆっくり歩き出しながら川を出ようとする。

 

 「さぁて、それじゃおれは別の宝を探さねぇとな」

 「ありがとうごぜぇました。これからも頑張ってくだせぇ」

 「それじゃまた会おうぜ。今は忙しい。サインと撮影は、その時にな」

 

 白い歯を一層強く輝かせて、マシラは地面を蹴って高く跳び上がった。

 川の中から一瞬にして近くの木へ到達し、枝を掴んで次の木へ飛び移り、見る見るうちに遠ざかっていく。その速度や動作はまさに猿。動物その物と言っていい。

 奇声を発しながら行ってしまうマシラを見送り、二人はなんとも言えない顔で呟いた。

 

 「猿だったな」

 「ああ。猿だ」

 

 とにかくウソップの機転で宝箱は手に入れたのである。

 おだてた結果戦闘は回避され、無駄な体力を使っていない。満足したウソップが笑顔になる。

 

 「まぁ何にしても宝はゲットだ。あとはこいつを守れば一回戦はクリアだな」

 「そう上手くはいかねぇと思うがな」

 「だからさっさとどっかに隠れようぜ。こんだけ広い島なら隠れ場所はいくらでもあるだろ」

 「おれはそうは思わねぇけどな」

 

 宝箱を持つゾロが視線を逸らして別の方向を見た。

 ウソップもそちらを向く。

 明らかにこちらを目標に走ってくる海賊たちの集団が確認でき、状況を考えれば、どう頭を捻ろうとゾロが持っている宝箱を狙っているようにしか思えない。

 

 「あったぞ宝箱ォ!」

 「そいつを寄こせェ!」

 「げぇええっ!? こっち来るなァ!」

 「広かろうが参加者の数が多い。どこへ行こうが敵は居るぞ」

 「呑気に言ってる場合か! 逃げるぞゾロォ!」

 「へいへい。了解だよキャプテン」

 

 水を掻き分けて走り出し、ウソップを先頭に二人は川を離れる。

 後方からは数多の海賊。追いつかれれば戦闘は免れない。

 怯えているウソップとは対照的に、ゾロは好戦的に笑って、その時を待ち望むかのよう。

 唐突に宝箱を投げたかと思えばウソップへ渡した。

 

 「ウソップ、これ持ってろ」

 「は? うおっ、投げんなよ!」

 「あいつらはおれが仕留めてやる。そいつは任せたぞ」

 「よぉ~し行ってこい! 宝はおれが死守してやる! クロの野郎もぶっ飛ばしたしな!」

 

 強い踏み込みで勢いを殺したゾロは、突然逆方向へ走り出し、敵の集団へ向かった。

 ウソップはそこから少し離れ、立ち止まると観戦に努める。

 もしもの状況に備え、宝箱を抱えた状態で彼らの戦いを眺めた。

 

 やはりゾロは強い。

 集団を相手に一人で善戦している。敵を斬り、時には殴り飛ばして、圧倒的な強さを誇る。

 

 確かに方向音痴という弱点はあるものの、彼とコンビになったことは幸運だろう。今見ている強さがあれば優勝も夢ではないのではないか。

 自身が一人でクロに勝ったこともあり、ここへきてウソップもわくわくし始めたらしい。

 仲間と戦うことさえなければ優勝もできる。彼のやる気は今こそ倍増していた。

 


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