ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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予選一回戦 トレジャーハント

 誰も予想していなかったことに、朝の一時はけたたましいサイレンの音から始まった。

 起床を促す目覚まし代わりだったのだろう。

 船内に居た海賊たちは耳を押さえながら目覚めて、気分が悪い状態で起き上がり、何があったのだと顔をしかめる者ばかり。

 サイレンはしばらく続いた。そしてそれが終わった時、スピーカーから声が聞こえ出す。

 

 《おはよう海賊諸君! ついに待ちに待ったトレジャーバトルが始まるぞ》

 

 苛立ちを隠せなかった粗暴な男たちも、その一言によって即座に顔色が変わる。

 驚きを伴っているが待ちわびていた瞬間でもある。ついに戦いが許される時が来た。昨夜から体がうずうずしていたものをやっと発散できるのだろう。

 必然的にハッタリーのアナウンスに集中し始めていた。

 

 《外を見てくれ! トレジャーバトル予選の島がすぐそこにあるぞ!》

 

 その一言で数多の海賊たちが動き出し、部屋の窓から覗き込む者、身を乗り出す者、部屋を飛び出して甲板へ向かう者と反応は様々だった。

 まだ日が出たばかりの時間帯。

 太陽の光で海が輝くような光景の中、巨大な船“ゴージャス・ハッタリー号”のすぐ傍には、確かに広大な島がある。それも一つではなく二つだ。細く長く伸びた砂浜によって繋がれるように二つの島が隣接して大海原に立っている。

 

 船はその内の一つに向かっている。あれが予選の舞台。

 否が応にも海賊たちの士気は高まっていった。

 早くも船上は騒がしくなりつつあり、興奮している者も少なくはない。

 

 《予選第一回戦は題して、トレジャーハント! 今からルールを説明するぜ!》

 

 甲板に居る者たちは伸びる影に気付いて視線を上げた。

 実況兼解説、おまけに主催者で新聞記者であるハッタリーは船から見上げなければならない位置に居た。大きな鳥の背に乗り、その鳥は首からスピーカーを提げて、ハッタリーがマイクを握る。

 移動可能な実況席、ということらしい。

 

 船内及び甲板に居る参加者は全員がその声を聞く。

 いよいよ大会が始まる。そのルール説明が行われるのだ。

 

 島はすでに目の前にまで迫っており、体力のある者ならば泳いで辿り着くこともできるだろう。そうする利点が考え付かないために皆は大人しく待っているらしい。

 この時、参加者の一部は早くも理解した様子だ。

 すでにゲームは始まっていると言っていい。

 予選の内容が如何なるものであれ、あの島を舞台にするのは明言されている。尚且つ、参加者の大半が寝ていただろう時間に無理やり叩き起こした。朝の準備を終えている人間が居るとも考えにくいのである。この事実に気付いただけでも内容を予想することができる。

 

 つまりは勝ち抜け。早い者順で残っていくルールに違いない。

 朝の準備を悠長に行っていては他の者が先に条件を満たし、勝ち残りとなってしまうだろう。

 気付いた者は敢えて口にせず、黙って説明を聞こうとしていた。

 

 《ルールは簡単! 島に隠されている宝箱を見つけ、予選終了まで守り切れば勝ちだ! 予選終了は全ての宝箱が見つかるまでとする! もちろん見つからなければ予選はずっと終わらないから気をつけてくれ! 他の選手から宝箱を奪うのもありだ!》

 

 ルールを耳にして、あとはいつ誰が仕掛けるか。

 特に甲板に出ている者がそう考え始めていた。

 

 《一回戦で勝ち残れるのは全714組の内、300組!!》

 

 その一言は闘争心を煽るのにこれ以上ないほど効果的だった。

 参加者の顔つきが変化する。

 一回戦で400組以上が失格になる。これを聞いて冷静で居られるのはほんの一部だけだ。

 

 《はっきり言っておこう、ここで生き残れるか否かが正念場だと! 700組1400人の海賊たちがたった300個の宝箱を奪い合う! 早くも乱戦が期待されるぞ! お互い命を奪うことなく、しかし死ぬ一歩手前くらいならペナルティは課さないので頑張ってくれ!》

 

 ハッタリーの口調から、そろそろ戦いが始まるのだと予感する。

 

 《早い者勝ちだ! 幸運を祈る! それではぁ~……》

 

 ぐっと体に力を込める者が居た。

 船内ではすでにドタバタと荒々しい足音が鳴り響いており、甲板を目指すか、或いは小舟を手に入れようとあちこち奔走しているのだろう。

 そんな戦いが始まる気配を感じながら、ハッタリーは大声で叫んだ。

 

 《トレジャーハント、スタートォ!!》

 

 船から花火が上げられる。

 空で破裂したそれは轟音を生み出し、ついにトレジャーバトル大会の開始を告げた。

 

 

 *

 

 

 「宝箱はどこだぁ~っ!」

 

 島へ入ったルフィとビビは森の中を走っていた。

 ハッタリーの説明によると、通称“古代島”と呼ばれる無人島らしい。広大であるばかりでなく多種多様な環境がその場にある。隠された宝箱を見つけるのは容易ではないはずだった。

 

 どこに隠されているのか、渡されたヒントはゼロ。頼ることは許されない。自身の経験と知識を頼りに発見しなければならず、それが海賊としての能力を示す方法になる。

 隠された宝を見つけるのは海賊の基本。

 これができないのなら本戦に残るほどの価値はない。それが予選の目的のようだ。

 

 ルフィとビビは、目的を決める訳でもなく走っていた。

 厳密に言えば海賊ではない少女と考えるのが苦手な船長。

 あまりにも風変りなペアである。

 しかしキリはこれがベストだと判断していた。ルフィを任せるならビビが良い。それはビビを守るためでもある一方、方向音痴な彼を導けるからだと考えている。確かに海賊経験が無い事は不安要素にもなり得るが彼女の真面目さならばなんとか上手くやるだろう。

 

 とはいえ、キリの考えが何であっても、ビビはいまだ緊張していた。

 考えもせずにひた走るルフィの背を追いながら表情が戸惑いを表しているのだ。

 

 「ちょっと待ってルフィさんっ。どこに宝箱が残されてるかわかってるの?」

 「ん? いや、知らねぇ」

 「だったら闇雲に走らない方がいいんじゃない? この辺りにないか慎重に探した方がいいわ」

 

 ルフィが立ち止まったことでようやくビビも一息つけた。

 エージェントとしての活動で鍛えられたとはいえ限度がある。

 気遣ってくれたおかげで全速力ではなかったが、それでもルフィの足は速い。きっと全力を出していれば追いつけなかっただろう。ビビは荒れかけた呼吸を整えながらそう思った。

 

 現時点でわかったことがある。戦闘においてはルフィに任せておけば心配ない。

 その代わり、それ以外の場面では自分がしっかりする必要がありそうだ。

 

 「んなこと言ってもよ、周り見てみろよ。あいつらだって宝探してるんだぞ。急がねぇとおれたちの分が無くなっちまうじゃねぇか」

 「それはそうだけど、このままでもきっと見つからないわ。何か手を考えないと。多分この予選はお宝を見つける力を見るためのもの。何か法則性があるはず……」

 「でもおれそんなの知らねぇぞ」

 「私もそこまでの知識は……どうすればいいのかしら」

 

 周囲には他の参加者たちの姿も確認できる。

 焦りたくなるのは必然、おそらく競争を煽る効果も考慮されたルールに違いない。集まり過ぎた参加者に比べて宝箱はたったの300個。見つけられなかっただけで半分以上が敗退になる。

 誰よりも先に見つけたいと思うのは極々自然なこと。

 それだけに冷静にならなければ、無駄に体力を消耗するだけだと思った。

 

 行動力のあり過ぎるルフィが深く考えようとしないため、ビビは自分が冷静になって考えなければいけないと思い、必死に頭を悩ませるのだが打開策は思い付かない。

 顎に手を当て、視線を落として真剣な表情のまま、苦しそうにすら見えてしまう。

 

 そこへ頭上から声がかけられた。

 バサリと翼を広げる音が聞こえて、見上げればすでに見慣れた紙の鳥が降ってくる。

 

 「困りごとかな? 船長」

 「あっ、キリィ!」

 「キリさん! どうしてここへ?」

 

 紙の鳥がバラケて二人が落下してくる。

 キリとエースは怯えもせずに楽々と着地して、二人に対して笑みを見せた。

 周囲のあちこちで騒がしい声が聞こえているものの、彼らだけが足を止めて冷静に話し合う。

 

 「なんとなくだよ。はぐれて喚いてるイガラムたちも見たし」

 「あぁ……イガラムたちとは、船を降りる前から別々に動いちゃったから」

 「見てたから知ってる。ルフィが飛んだんでしょ?」

 「この辺に居る奴らも先行して出てきた連中だな。それなりの連中ってことだろ」

 「問題はどうやって宝箱を見つけるか」

 

 キリが森の中を見回しつつ、状況を考えながら話し出す。

 

 「ヒントも何も寄こされてない。なら探すのは至難の業だね。適当に走りたがるのもわかる」

 「それじゃ見つけられないんじゃ……」

 「ただし今回はブルーベリータイムズが隠してるんだ。競技のためにね。無暗に探すよりかはその辺を考慮した方が良いと思う」

 「具体的には?」

 

 エースに問われた時、キリは辺りに視線を走らせていて、視界の端に映った何かに注目した。

 それは視界の悪い森の中を高速で走っている。

 

 「どっかその辺に適当に置かれてるか、海賊のセオリーに乗っ取って隠されてるか、もしくは島の動物が持ち運んでるか――」

 「島の、動物?」

 「ちょうど見つけちゃった」

 

 音と気配に気付いて三人もそちらを見た。

 草むらを抜けて岩を蹴り、高く跳んだりしながらも走るサギ。

 ビビがあっと驚いて声を発した。

 見覚えのある種、ワルサギ。それはアラバスタに生息する鳥類であった。

 

 「ワルサギ!? どうしてこんなところにっ」

 「さしずめ特別ゲストってとこかな。案外ここから近いのかもね、アラバスタは」

 「あ~っ! 宝箱持ってるぞ!」

 

 悪そうな顔をしているワルサギは翼で宝箱を抱えており、ルフィたちと目が合った途端ににやりと笑って、これ見よがしに背を向けて走り去っていく。

 なんとなく挑発された気分だった。

 ようやく目的の物を発見し、迷わずルフィが走り出す。

 

 「待てこんにゃろ~! 宝を渡せぇ~!」

 「あっ、ちょっと待ってルフィさん! 一人で行っちゃだめよ!」

 

 駆け出したルフィを一人にさせてはならないとビビも後を追う。

 ワルサギを追って離れる二人に、キリとエースは歩いて追いながら話していた。

 

 「おれも大概だが、お前も甘いな」

 「ん?」

 「ルフィにだよ。いの一番にあいつを探すくらいには気にしてるだろ」

 

 言われて、少し呆けた顔になってしまった。

 くすりと笑みがこぼれる。

 キリはエースの視線を受けた後で目を逸らし、笑みを湛えたままで返答した。

 

 「助けるって前に約束してるんだ。特にこういう細々したことはね」

 「そうか。お前らを見てると安心できるよ」

 

 二人を追って歩く道中、突然大きな声が聞こえてくる。

 

 「あったぞ! 宝だ!」

 

 何気なくキリとエースがそちらを見れば百メートル以上先、森の中で孤立したような大岩の上、宝箱を抱えて喜ぶ男が二人居る。ずいぶん分かり易い発言だった。

 まさか海賊が宝箱を見つけて何もしないはずがない。

 それは彼らとて同じだろう。

 キリが笑みを深め、懐へ手を伸ばそうとした時、エースがそれを止める。

 

 「大会ルールじゃ横取りもOK」

 「おれがやろう。準備運動もしとかねぇとな」

 

 そう言ってエースが軽やかに動いた。

 跳ねるように数歩歩いて、その全身が、一瞬にして炎に変化する。

 炎が宙を駆けていた。規模は小さく森を傷つけないよう配慮しながら、その軌跡は瞬く間にキリから遠ざかっていき、標的に気付かせる暇も与えず背後を取る。

 

 男たちの背後で炎が膨れ上がり、気付いた時にはエースの体が現れていた。

 所々をメラメラと燃やしつつ、火に包まれたエースは笑う。

 彼らが気付いて振り返った時にはすでに拳が振りかぶられた後だった。

 

 「悪いな。それ、もらってもいいか?」

 「ひっ、火拳の――!?」

 

 エースが両腕を振り下ろした。すると彼の腕から凄まじい勢いで火が走り、二人の体を一瞬で包み込み、痛ましい悲鳴が森に木霊する。

 それでも手加減した一撃だった。彼らが死んでいないのがその証明。

 男たちは大岩から落ち、地面を転がって必死に火を消すと、悲鳴を発して逃げていく。

 その間にエースが宝箱を回収した。

 

 「おっと危ねぇ。こいつは燃やす訳にはいかねぇからな」

 

 片足で上手く跳ね上げて右手で持ち上げる。

 高く掲げ、入手した宝箱をキリに見せながら声を大きくした。

 

 「おーいキリ、手に入れたぞ」

 「流石。楽ができて嬉しい限りだよ」

 

 この時点で二人は早くも予選勝ち抜けの条件を満たした。

 あとは予選終了の時が来るまで宝箱を守ればいい。それだけで次の段階へ進める。そして彼らから宝箱を奪うのは不可能だと相手に思わせる要因が、宝箱を持つ火拳のエースなのだ。

 勝ちはすでに決まったも同然だった。

 

 一方のルフィたちはワルサギを追っていた。

 ワルサギも鳥類。本来は空を飛べるのだがおちょくるためなのか敢えて走り続けている。

 ルフィはすっかり怒っている表情であり、冷静さは無い様子だ。

 

 後ろから追いかけるビビは苦い顔で考えている様子。

 ただ追うだけで捕まえられるほどワルサギは軟弱ではない。何か策が必要だろう。

 

 「待てェ~! 鳥ィ~!」

 「ルフィさん、ただ我武者羅に追いかけてもだめかもしれないわ! 何か方法を考えないと!」

 「よし、じゃあおれが腕伸ばして――」

 「その前に、試したいことがあるの」

 

 ビビは懐へ手を伸ばし、自身の武器を取り出した。

 小指にリングを嵌め、そこから糸が伸び、先端には孔雀の羽を思わせる形状の小さな刃物。

 まるでアクセサリーにも見えるがそれこそ彼女の武器であった。

 

 手首を回して糸を回す。遠心力によってそれはすぐにさほど労力も使わず回転を始める。先端にある刃物が回転を手助けするかのよう。この状態で触れれば敵を切り裂く。

 だがビビは航海の間、常々考えていた。

 自分はもっと強くならなければならない。そのためにこの使い慣れた武器を改造することに決めたのである。そして今は力を試すのにちょうどよいタイミングだ。

 

 「孔雀(クジャッキー)スラッシャー……」

 

 ワルサギは余裕綽々で背を見せて走っている。

 彼の体を狙い、ビビは回転する武器を素早く前へ振り抜いた。

 

 「ショット!」

 

 回転を止めて前へ伸びるよう、刃物が前方へ向けられた時、糸から離れて刃物だけが飛んだ。

 本来は近接戦闘用の武器。それを自分の意志で刃物を飛ばせるように改造した結果、遠くに居る敵を狙えるようになった。

 ワルサギは気付く暇もなく足を撃ち抜かれ、悲鳴を上げながら転ぶ。

 

 アクセサリーにも見紛う脆弱な武器だが、だからこそ敵の油断を誘う。

 狙った訳ではない。しかしビビは戦闘において役立つ武器を手にしていたのだ。

 

 咄嗟にルフィが笑みを浮かべて腕を伸ばす。ワルサギは転んでいた。捕まえるならば今しかないと思い、思い切り伸ばして落とした宝箱を奪おうとした。

 しかしまるで狙い澄ましたかのように、そこへ乱入者が現れる。

 

 「宝はもらったァ~ッ!」

 「ああっ!? 誰だァ! おれとビビの宝だぞ!」

 

 ルフィの手が触れる寸前、突然飛んできた両手が宝箱を拾い上げてしまったのである。

 木々が邪魔して視界が悪い。ただ宝箱が奪われたことだけはわかった。

 慌てて二人はそちらの方向へ走る。

 逃げ出していくワルサギを無視して、二人は宝箱を持った人物を目にすることができた。それはルフィにとってあまりにも見覚えのある、真っ赤な鼻を持った男だ。

 

 「ギャ~ッハッハ! ザマァねぁな麦わらァ! こいつはもうおれのもんだ!」

 「なんだバギーか」

 「なんだとはなんじゃあハデアホがァ!? 他にリアクションはねぇのか!」

 

 立っていたのは道化のバギーである。

 何度かルフィと出会い、命を狙われていたはずの相手。その割にはルフィの反応はまたかと言わんばかりの呆れた顔で、怒りや憎しみは感じない代わりに驚きが無い様子に見える。

 もはや慣れてしまった相手、ということか。

 その表情が気に入らなかったらしくバギーは怒っている顔だった。

 

 「やはりここに来たな。だが残念だったなぁ、優勝するのはこのバギー様よ。ナバロン脱獄大作戦からこっち、ますます戦力を増やしているこのおれ様に、もう恐れる物は何もない。たとえ相手が憎き貴様でもな、ギャ~ッハッハッハ!」

 「お前なんでこんなとこに居んだ?」

 「ハデにふざけた野郎だ! てめぇを始末するついでに賞品を頂くために決まってんだろ!」

 「そりゃ無理だろ。優勝するのはおれたちだから」

 「黙れィ! てめぇのその根拠不明の自信が腹立たしいんだ……!」

 

 ガサガサと草を踏む音が聞こえ、バギーの隣へ、金棒のアルビダが並び立つ。

 絶世の美女。妖艶に微笑み、特にルフィを熱っぽく見つめる。

 肩に担いだ金棒は、本来ならば女が持つにはあまりにも無骨過ぎて似合うはずもないのに、彼女がそうしているとむしろ美しさを増すかの如く。

 

 ビビはその二人に警戒心を持っていた。

 特に気になるのはアルビダの存在。女でありながら海賊として堂々としており、己の美貌と実力に絶対の自信を感じ、まだ何もしていないその状態でも目を引く魅力に溢れている。

 

 ルフィの反応は粗雑で全く相手にしていないかのような姿。だが彼ほど割り切れなかった。

 彼らは強いと、ビビは判断していたようだ。

 

 対するルフィはバギーが宝箱を持っている事実をしっかり確認しながらも、さほど危機感を感じていない。おそらく理由を聞けば「バギーだから」と返答が返ってくるだろう。

 相手を甘く見ている訳でもなければ油断している訳でもない。

 それ故に理由が「バギーだから」である。

 仲間でもなければ味方でもなく、はっきり敵だと認識しているものの、かと言って不思議と以前ほどの嫌悪感はない。それだけ知ってしまったということか。

 

 ビビから見ていて奇妙な関係だった。

 互いに敵対心があるのにそれのみではない気がする。

 どことなくやる気が無さげにも見えるルフィの表情にバギーが腹を立てる一方、アルビダの表情は優しく、ルフィもまた敵に向けるほどの感情を持たない。

 こんな敵対関係は初めてだった。

 

 「久しぶりだねルフィ。アタシを覚えてるかい?」

 「ん? ん~どっかで見た気がするんだけどなぁ……だれだっけ」

 「やれやれ、相変わらず仕方のない奴だよ。前にも言っただろ? 金棒のアルビダさ」

 「あぁ、思い出した。悪魔の実を食って細くなったんだった」

 「ルフィさん、知り合いなの……?」

 

 恐る恐るビビが尋ねるとルフィはにかっと振り返った。

 

 「ああ。おれローグタウンでこいつらに殺されかけたんだ」

 「ええっ!? そ、そんな関係だったの? それなのにこの雰囲気って……」

 「あの時てめぇを始末してりゃ、数々の苦労をするはずもなかったんだ。だがまぁいい、本来なら今すぐ処刑してやりてぇとこだがルールがある。大会が終わった後がお前の最期だぜ」

 「またアタシに奇跡を見せてくれるんだろう? 期待してるよ、ルフィ」

 

 よくわからない二人だ。

 バギーはルフィを殺したがっていて、アルビダは応援しているような気がする。

 事情が呑み込めないビビは眉をひそめて困惑するばかり。

 そのまま彼らが逃げ出そうとした瞬間に、ようやくルフィが宝箱の件を指摘した。

 

 「それおれたちが見つけた宝箱だぞ。返せよ」

 「お前らのだぁ? なんだ、どっかに名前でも書いてんのか?」

 「書いてねぇけど」

 「だったらてめぇらのもんだとは言えねぇなぁ。奪った奴が勝者なんだ。いちいちてめぇの了解取ってて海賊なんざやれるかァ!」

 「じゃあおれもお前から奪うだけだ」

 

 左足を一歩前へ出し、腕が振りかぶられる。

 その一瞬で見るからにバギーの表情が変わり、全身が硬直していた。

 

 「ゴムゴムのピストル!」

 「ぶぉへぇっ!?」

 

 素早く伸びてきたパンチがバギーの顔面を殴り飛ばし、その拍子に彼の体がバラバラになって辺りへ散らばった。どうやら驚きと衝撃から能力を使ってしまったようである。

 宝箱は地面に落とされる。

 回収しようとビビが動きかけたが、当然彼女より近いアルビダが先に持ち上げた。

 

 「やっぱりあんたの拳はいいねぇ……今度はアタシに思い出させてくれるのかい?」

 「お前またっ」

 「欲しいなら追ってきな。これはただの戦闘じゃないんだよ」

 「ちくしょ~っ! よくもやりやがったなクソゴム! だがてめぇの誘いにゃ乗らねぇぞ、宝を持って逃げ続けりゃそれだけで勝ちなんだ!」

 

 体が浮遊してきたバギーがバラバラのままで叫ぶ。

 彼の一言にアルビダが頷いたことでビビが一足先に気付いた。

 戦うつもりがない。彼らは逃げる気だ。

 

 「ルフィさん! 彼らは逃げるつもりよ!」

 「逃がすかっ」

 「バラバラフェスティバ~ル!」

 

 ぶつ切りになったバギーの体が木々を避けて飛び回る。

 ルフィとビビはその光景に驚き、一瞬とはいえ動きが止まった。

 

 「ギャーッハッハッハ! 視界の悪い森の中、奪えるもんなら奪ってみろ! アルビダ、宝箱をこっちに寄こせ!」

 「はいよ」

 「おい待て!」

 

 バギーの手が宝箱を受け取り、宙を浮遊しながら森の奥へと移動していく。選択するのは逃げの一手のみ。戦おうという意志は全く感じられない。

 先にバギーのパーツが離れていき、その時アルビダはサンダルを脱いでいた。

 軽く跳んだアルビダが地面に着地すると同時、あまりにもスベスベなその素足は、地面にある障害を全てするりと受け流してしまい、摩擦をゼロにして滑り始めた。

 

 これが彼女の移動方法。

 スベスベの実の能力者だけに許された、独自の全速力なのである。

 

 「摩擦ゼロ! スベスベシュプール! 追いついてごらん」

 「くそぉ、待て! 宝を返せェ!」

 「あっ、ルフィさん! 一人で行動しちゃだめ、私も行くわ!」

 

 逃げ出した二人を追ってルフィとビビも走り始める。

 視界が悪ければ足場も悪い。そんな中でも能力者である二人は上手く道を選び、自らの能力を有効的に使えるよう考え、行動していた。

 ルフィと共に追いかけながらもビビは真剣な目で考える。

 

 能力があるか否かではないだろう。どれだけ先を読めるかだ。

 アラバスタに到着するまでにルフィほど強くなるのは不可能だろう。

 それならば考え方を変える必要がある。今よりも強くなりたいと思うが正攻法では時間が足りずに間に合わない。必要なのは力ではなく新たな戦い方だった。

 この大会はそのための良いチャンスだとも考えられる。

 

 最後のチャンスだと考え、決意が改められる。

 ビビは敵である二人とルフィの背を追いながら、表情は以前にも増して緊張していた。

 


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