ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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祭りの気配

 ブルースクエアという島に着くまで、実に三日の時間がかかった。

 遠方にその姿が見える前から一行は異変に気付く。

 多くの船が同じ方向を目指し、島が見える頃には周囲に十を超える船があったのだ。

 

 全員がトレジャーバトルを目的にしているのだと推測できる。

 島の姿を目にした時には、その島には数えきれないほどの船が集っている風景が目に映った。

 

 ついに見えたブルースクエアの町を見つめ、羊の船首で胡坐を掻いたルフィはわくわくしながら声を発する。風に揺れる帽子を押さえてひどく嬉しそうだ。

 すでに多くの海賊たちが集まっている。果たして何が始まるのか。

 待ち切れずに彼はうずうずと膝を動かしていた。

 

 「見えたぞぉ~! トレジャーバトル~!」

 「こ、声がでけぇってルフィ!? 周りの奴らに襲われたらどうすんだ!」

 

 彼の傍では怯えた様子のウソップが膝を震わせており、非常に不安そうな顔だ。

 両極端な二人なのに仲がいいから不思議である。

 少し後ろで見ていたキリはくすくすと笑う。

 

 キリの傍、欄干に座って近くを走る船を見ていたチョッパーが口を開く。

 どうやら島に集まっているのは海賊船のみではなかったようだ。

 

 「キリ、あれって海賊船なのか?」

 「あれは違うね。黒い旗にドクロを掲げてない限りは海賊以外の何かだよ」

 「ふぅん。じゃあなんなんだろう」

 「色んな連中が集まってるみたいだからね。ギャングにマフィア、貴族に王族、少しはカタギも混じってるかな。ひょっとしたら政府の関係者も潜り込んでるかも」

 「でも海賊じゃない奴は何しに来てるんだ? だって海賊じゃなきゃ参加できないのに」

 「もちろん賭けさ。こういう大会だと誰が優勝するか、それを予想するだけで大金が動く。自分は努力せずに刺激を求める人間が多いみたいだからね」

 「へぇ~」

 

 チョッパーは興味を持って辺りを見回している。

 あれは海賊だ、あれは海賊ではない、と船を数えては判断を始め、思いのほか海賊ではない船が多いことに気付く。皆が賭けを求めているのだろうか。

 キリに向けられるチョッパーの疑問は多くなった。

 

 「賭けってそんなに楽しいのかな」

 「案外覚えない方がいいかもよ。身を滅ぼすことになるから」

 「そうなのか? じゃあなんでみんなやるんだろう。いっぱい来てるぞ」

 「彼らは魅力に憑りつかれてるんだ。ああなると地獄を味わう日も遠くないんじゃない?」

 「地獄かぁ……それは嫌だなぁ」

 「知らないままの方がいいこともあるさ。チョッパーはそのままでいいよ」

 「うん。おれ、賭けは知らないままでいい」

 

 チョッパーが頷いたことでキリが彼の頭を撫でる。帽子越しだがチョッパーは嬉しそうに頬を綻ばせて彼の顔を見上げた。

 船の前部にある喧騒を無視してそこだけを見れば和やかな風景だ。

 

 徐々に島が近付いてくる。

 そこはかなりの広さを誇る島であった。

 ゴーイングメリー号を含め、多くの船が向かっている港は横一直線に伸びて、数キロにも及ぶ。それでも集まった船の全てが並ぶ余裕はなさそうだが、今まで見た島の中では最も広い。それ以上に目に付くのはやはり数え切れないほど集まった船であった。

 あまりにも集まり過ぎて港に入りきらず、沖合で停めて小舟に乗り、町へ入る者も多い。

 

 さらにその島、不思議なのはその港や町の規模が大きいだけではない。

 島全体が町になっており、その周囲はさらに四つの小さな島がある。ブルースクエアは巨大な町の四方を囲う春夏秋冬の小島が特徴の島だった。

 彼らは小島の一つを通り過ぎて町へ向かう。

 

 すでに数え切れないほどの船が港で停泊していた。

 どうやらこのままでは進めなさそうだと、一行は甲板で難しい顔をする。

 

 「これじゃ島に近付けねぇぞ。小舟で行くしかねぇのか?」

 「そうするしかないわね。それじゃみんな、すぐに準備して町へ――」

 

 ウソップとナミが顔を合わせて喋っている最中だった。

 突然砲撃音が聞こえ、港に停まっていた船が爆発し、連続して砲弾を受けた末に木っ端微塵になるまで破壊されてしまう。どうやら海賊同士の諍いのようだ。

 少し距離があっても怒号が聞こえてくる。

 二人は嫌な汗を掻いて、ぎこちない笑みを浮かべながら小声で話し始めた。

 

 「え、ええっと……これはどういうことかしら?」

 「さ、さぁ? なんかの手違いがあって爆発したとしか……」

 「海賊同士の潰し合いが始まったみたいだね」

 「スペース空いたじゃねぇか。あそこに停めりゃいいだろ」

 「正気か!? 今まさに戦闘が始まったんだぞ!」

 「そんなの無理よ! メリーまで沈められちゃうわ!」

 「いやナミさん、そうでもないみたいだ」

 

 平然と話すキリとゾロに二人が文句を言うと同時、サンジが煙草を手に呟く。

 彼に従って港を見れば、今まさに戦っていただろう海賊たちが謎の兵士たちに倒され、次々に沈黙していく。圧倒的な強さで暴動は一瞬にして鎮圧されてしまった。

 

 騒動は無くなったとはいえ、それはそれで問題だと思う。突然暴れ出すような海賊を圧倒的な力で押さえつけられる兵士がこの場に存在しているのだ。

 たとえそれが自分たちに襲い掛からずとも、存在するだけで怖いと感じてしまう。

 ウソップとナミはいつの間にか顔色を変えていた。

 

 「わぁ~、すごく強いのねぇ~……」

 「ほんと、頼りになるなぁ~……」

 「せっかく空いたからあそこに停めようか」

 「何かあってもあいつらが止めてくれるって話な訳だ」

 「どこの兵士かは知らねぇがかなり訓練を積んでるな。メリーは任せて良さそうだ」

 「やっぱり帰ろぉ~! こんなの危ねぇって! おれたちもメリーも!」

 「そ、そうね、参加するメンバーだけ降ろしてあとはちょっと離れて待機でもいいじゃない! 何も全員であんな危険な場所に行かなくても……!」

 「ダメだよ。勝率を上げるためにも一応全員参加じゃないと」

 「そんなぁ~!?」

 

 ナミとウソップはすっかり怯えてしまっているものの、メリー号は港へ近付いていく。

 さっきまで船があった場所へ到着すると船の残骸が辺りに浮いている。それが余計に恐怖心を強くさせたが、船上に居た大半のクルーが怯えを感じさせない。

 結局、彼らの意見は誰にも聞かれることなく消えてしまった。

 

 メリー号が停泊の準備を終えると同時、動きが止まってルフィが飛び出す。

 先に港へ着地し、石畳に草履で降り立ってペタンと間抜けな音を立てた。

 

 帽子を押さえて顔を上げれば広大な町と凄まじい人の数。

 太陽の光に照らされた町は想像以上に美しかった。

 暴力と欲望に彩られた海賊島とは違う。そこには海賊もそれ以外の人間も入り混じり、以前見た風景よりも健全さを感じて、むせ返るような死臭がない。石畳の地面にも家々の外観にも、町を歩いている人間の外見にさえ、海賊ばかりの風景とは違って清潔感があった。

 

 そして何より、その町にある賑わいは祭り特有のもの。

 非常に楽しそうで、空気を浴びているだけでもわくわくして体が疼いてくる。

 駆け出したくて堪らない様子のルフィは笑顔を輝かせた。

 

 「うっひゃ~っ。ここでやるのか、トレジャーバトルは!」

 「お、おいルフィっ、あんまり大声出すなって。誰が見てるかわからねぇんだぞ」

 「いいじゃねぇか別に」

 「バカっ。お前は賞金首なんだぞ。もうちょっと自覚を持てって」

 「うわぁ~広いなぁ~。それにすげぇたくさんの人だ。これが祭りっていうのか」

 

 慌てて降りてきたウソップとチョッパーが彼に並ぶ。

 それからゆっくりと仲間たちも降りてきて彼らの背後に追いつく。

 広大な港に立ち、前方には町へ続く大通りがあり、彼らが興奮するのも仕方のない光景だった。一行はしばし足を止めて周囲を見回し、あまりの広さに目を丸くしている。

 

 「ようこそおいでくださいました!」

 「ん?」

 

 立ち止まっていると声をかけられた。

 振り返ってみれば小奇麗な格好をした男がにこにこ笑っている。応対したのは先頭の三人。彼は親しげな態度ながら礼儀正しく一行へ頭を下げた。

 

 「誰だおっさん」

 「私は主催のブルーベリータイムズ社の者でして、この場にて案内を担当しております。あなた方もトレジャーバトルの参加者とお見受けしましたが間違いありませんか?」

 「ああ。おれたちそのトレジャーバトルに参加しに来たんだよ」

 「おいおいルフィ、ほんとにいいのか? 実は罠かもしれねぇぞ」

 「ええっ、罠なのか? トレジャーバトルっ」

 「いえいえ、罠などではありません。我々はただ純粋に、このトレジャーバトルという大会を通して海賊のことをもっと世間に知ってもらおうと考えておりまして。発起人ロッキー・ハッタリーは中でも海賊が大好きな男でしてね、えぇ」

 「へぇ~、ハッタリさんはいい奴なんだな」

 

 その男の顔さえ知らないがルフィは機嫌よく笑っている。

 いつしかウソップも疲れ、やっと拒否することをやめようとしていた。

 

 「トレジャーバトル開始まではまだ時間がございます。町には屋台なども出ていますので、ひとまずそちらをお楽しみになってはいかがですか?」

 「屋台? 食いもんもあんのか?」

 「ええ、もちろん」

 「いやっほ~! 野郎ども、屋台に行くぞぉ~!」

 「いや待て、その前に! なぁおっさん、さっき船が爆破されてたろ。うちのメリーは大事な仲間なんだ。そんなことされたら当然困っちまう訳だが」

 「ご安心ください。この港はツヨス・ギーナ国の兵士によって護衛されています。先程は海賊同士の言い合いが始まったので敢えて静観した次第でして、乗組員が居ない船は彼らが全力で守ってくれる手筈になっているのです。心配はいりません」

 「ほんとか? いまいち信用できねぇな……」

 「大丈夫です。ツヨス・ギーナ国は近隣諸国で最も強い国。その強さは日々の厳しい鍛錬により強くなった兵士たちによるもの。彼らには海賊も手を焼きますよ」

 「手を焼くだけか?」

 「あまりに強過ぎては保証はできかねます」

 「じゃあだめじゃねぇか!?」

 

 男の発言にウソップが悲鳴を発した。直後に男は声を潜める。

 

 「いやね、我々もあくまで祭りとして盛り上げるために色んなツテや協力者に頼って開催にこぎつけた訳ですが、それだけに観戦者の安全の確保等には尽力しておりまして、その分参加を募る海賊は厳選された面子だったはずなんです。しかし何をどう間違えたのか、街中にはちらほら億越えの賞金首も見られましてね……」

 「お、億っ!? 例えばどんな奴が……?」

 「それが、例の有名な――」

 「行くぞチョッパー! 屋台にはうまいもんがいっぱいあるんだぞ!」

 「お~っ!」

 「ってちょっと待てお前ら!? 少しは緊張感持てよ!」

 

 ウソップが真面目に聞いている間にルフィとチョッパーが走り出してしまい、焦った彼も単独行動を許す訳にはいかず、慌てて後を追いかける。

 後ろに居た仲間たちも様々な反応を見せながら歩き始めた。

 全員で町へ入っていき、人で溢れ返る風景の中へ溶け込んでいった。

 

 確かに案内役の男が言う通り、祭りの様相を見せる町は盛り上がっていた。

 海にほど近い場所、四角形の広場へ到達した時、そこにいくつも屋台が出されており、それが十個や二十個でも足りないほど。多くの店が、ごった返す人を相手に商売をしていた。

 

 人の波に呑まれそうになりながらも三人は目を輝かせる。

 そこはかつてないほど楽しそうな風景に見えた。

 

 「祭りってすんげぇなぁ~! こんなにあんのか、屋台は!」

 「つーかすげぇ人だ。一度はぐれたら中々会えねぇぞ」

 「こ、こんなにたくさん人が居るんだな……祭りってすげぇや」

 

 立ち止まる三人に仲間たちが追いついてくる。

 大勢の人間が周囲で動くため、立ち止まっていることさえ難しい。

 咄嗟にルフィが振り返り、一番にやってきたキリを見てにかっと笑いかける。

 

 「キリ、小遣いくれ。屋台で色々買うんだ」

 「いいけどはぐれないようにね。ルフィは迷子になるんだし、もう見つからないよ」

 「わかった」

 「はいこれ。ウソップとチョッパーにもね」

 「おう、ありがとな。いやぁ~しかし祭りってのはやっぱりテンション上がるなぁ。何から始めりゃいいかまったくわからねぇ」

 「お、おれも何したらいいのかわからねぇや。ルフィ、どうするんだ?」

 「そりゃお前、色々なもん食うんだよ。行くぞ!」

 

 上機嫌にルフィが歩き出す。彼に触発されてウソップとチョッパー、一応念のためにと同行したキリが人の波を掻き分けて進んでいき、あらゆる場所に置かれた屋台を見た。

 流石に人の数が多い。気をつけていてもすぐ傍にある背が見えなくなりそうだ。

 ルフィは気にせずどんどん前進を続けて、その後ろに三人がぴったりくっついて歩く。しかし道中で右側にある屋台を見つけ、チョッパーがウソップへ問いかけた。

 

 可愛らしい看板を立てたカラフルな屋台である。

 何やら妙に惹かれる場所だった。

 

 「なぁウソップ、わたあめってなんだ?」

 「わたあめ知らねぇのか? 食っても美味い、作って面白い、甘い菓子みてぇなもんさ」

 「へぇ。うまいのか?」

 「そりゃもう。気になるんなら買ってみようぜ」

 「うん!」

 

 好奇心を刺激されたチョッパーを連れて、ウソップが右側へ移動していく。

 その際にキリは前方にあるはずの背を探したのだが、すでにルフィの姿は消えていた。

 はぐれることは予想していたとはいえあまりにも速過ぎる。彼のことを甘く見過ぎていたと後悔すらしてしまい、思わず自分を責めてしまう彼は溜息をこぼした。

 

 「もう居ないし。流石にもうちょっとかかると思ってたけどなぁ……」

 

 やれやれと首を振り、キリはひとまずウソップたちの下へ向かう。

 彼らはすでに屋台の前に居る。ウソップがチョッパーを抱え上げて店主と話していた。

 

 「おっさん、二つくれ」

 「はいよ。ところでそりゃなんだ? ぬいぐるみか?」

 「ぬいぐるみじゃねぇよ。おれの仲間だ」

 「よぉ」

 「なんだ、タヌキか」

 「タヌキじゃねぇよ!? トナカイだ!」

 「どっちでも一緒だろう」

 「全然違う!」

 

 チョッパーが喋っていることには一切驚かず、店主の男はわたあめを作り始める。専用の機械を動かしてザラメを入れ、割り箸を突っ込むとくるくる回し始めた。

 おおっと声を漏らす。

 機械から次々出てくる白い綿がくるりと割り箸に纏わりつき、どんどん大きくなっていくのだ。

 不思議な現象に見ているだけでも楽しい。ウソップが言っていた通りだとチョッパーは身を乗り出してその様を眺め、やがて完成した頃には目が釘付けになっていた。

 

 割り箸に白い繭のような物体が付着している。それが菓子なのだという。

 不思議な見た目でふわふわしていそうだ。

 

 ますます興味を惹かれたチョッパーは差し出されたわたあめを受け取ってすぐに口にする。

 とりあえず恐々と舐めてみた。確かに甘い。想像よりずっと美味しくて今度は思い切ってかぶりついてみると、ふわりと独特の感触で目を見開く。

 それは彼に衝撃を与えるほど美味なる物体だった。

 

 「うまっ!? 甘くてふわふわだ。なんなんだこれ」

 「これがわたあめだよ。やっぱ祭りといったらこれだよな」

 「すげぇうめぇ! サンジのお菓子もうまかったけど、これはちょっと違うな」

 「そういえばチョッパーって甘い物好きだよね」

 「あ~、サンジの菓子に食いついてたのもそういうことか」

 

 キリとウソップが納得したように話す最中もチョッパーはわたあめに夢中なまま。

 こんなにも美味い物があったのかと驚きは隠せない。

 二人は微笑ましそうに彼を見つめ、いつの間にかすっかりルフィとはぐれたことを忘れており、しばらくして先に思い出したキリがやる気の無さそうな声で告げた。

 

 「そういえばさ、ルフィとはぐれたよ」

 「何? もうか? 道理で声が聞こえねぇと思ったら」

 「ゾロに負けず劣らずの方向音痴だからね」

 「しかも人の話を聞かねぇときた」

 「まぁゾロと違って騒がしいところを探せば見つかるよ、きっと」

 「そうだな。それじゃどっかが騒がしくなるまで待って――」

 「うんまそぉ~っ!!」

 「……早速だな」

 「ほんと、分かり易くて有難いよ」

 

 キリが苦笑し、ウソップが溜息をつく。その肩ではチョッパーが腹這いのような状態で乗ってわたあめを食しており、早々に自分の分を食べ終えるとウソップが買った物を譲ってもらう。どうやら相当気に入ったようだ。

 彼らははぐれたルフィを探して移動を始めた。

 まだ広場の中には居たようで、人の波を掻き分ける必要はあったがすぐに見つかる。

 

 至る所にある屋台の中の一つにルフィが魅入られている。

 追いついた彼らが声をかけると、妙に嬉しそうな彼が振り返った。

 

 「何やってんのルフィ」

 「見ろよキリ! たこ焼きだ!」

 「いやその前に気付くことあるだろ、お前……」

 「無理そうだよ。たこ焼きしか見えてないみたいだから」

 「ん? 何が?」

 

 言われたルフィはわからないらしく、改めて屋台を見た時、店員を確認した。

 そこに居る人物が見覚えのある相手である。

 ルフィがようやく店員、テキパキ働くはっちゃんに気付いて、思わずぽかんとしてしまった。

 

 「あっ、ハチじゃねぇか。何やってんだお前」

 「ニュ~、やっと気付いたのか。遅ぇなお前」

 「なんでたこ焼き屋なんだ。海賊から足洗ったのか?」

 

 不思議そうにしたウソップが尋ねると、はっちゃんはパックにたこ焼きを詰めながら答える。

 

 「海賊はやめてねぇよ。ちょっと色々あって副業的に始めたんだ。せっかくなら食ってくれ」

 「ちゃんと食えるもんなのかぁ?」

 「ニュ~、当たり前だろ。おれは“伝説のタレ”を見つけたんだ」

 「なんか美味そうだなぁ~」

 「まぁとりあえず試してみるか」

 「代金はいらねぇよ。お前らおれたちの親分だからな」

 「ほんとか? お前いい奴だな」

 

 はっちゃんが笑顔で言うため、ルフィたちも表情を緩めて嬉しそうにしていた。

 店長であるらしい彼はあっさり決めてしまい、少し振り返って屋台の裏へ声をかける。すると垂れ幕を潜って見覚えのない二人がやってきた。

 

 「ケイミー、パッパグ、ちょっと手伝ってくれ」

 「はーい」

 「いらっしゃーい。お客さんか?」

 

 やってきたのは人魚であるケイミーとヒトデのパッパグだ。ケイミーはシャボンの浮き輪に体を通した上でわずかに浮いて泳いでいる。

 唐突な登場であり、同時に珍しい人魚である。

 ヒトデが喋っていること自体不思議ではあったものの、それよりもこの場では彼女の存在が気になってしまい、四人は揃って驚きを露わにする。

 

 グランドラインに居たというキリでさえ人魚を見たのは初めてだった。

 本当に存在したのかとすら思い、身を乗り出すのも無理はない。

 特にキリを除く三人の反応が大きかった。

 

 「すんげぇぇ~っ! 人魚だ!」

 「ほんとに存在したんだな……しかもそれ、浮き輪か? 陸でも生活できるんだな」

 「ヒトデがしゃべってるぞ。なんでだ?」

 「おれの友達なんだ。色々あってたこ焼き屋の手伝いしてくれててな」

 「お客さん? たこ焼き一パック五百ベリーになりまーす」

 「ニュ~、こいつらはいいんだケイミー。おれたちの親分だからな」

 「え?」

 

 はっちゃんがそう言うとケイミーが首を傾げ、そろばんを弾いていたパッパグも手を止めた。

 今日までの航海で色々な話を聞いている。彼らがある海賊の傘下であることも。

 親分、といったからには彼らの傘下になっている様子で、まさか海賊だと思いもしなかった少年たちを改めて眺め、驚いた二人は声を大きくする。

 

 「えぇ~っ!? あなたたち海賊だったの!?」

 「そんな風には見えねぇのにな」

 「お前こそ変な奴だな。手袋か?」

 「ヒトデだ!? どう間違えたらそうなるんだよ!」

 「まぁこいつらにもたこ焼き食わしてやってくれ。もう仲間だしな」

 

 多少の驚きはあったとはいえ、二人はよしと気合いを入れて準備を始める。

 出来立てのたこ焼きがパックに詰められ、パッパグがソースやマヨネーズを塗り、ケイミーがかつお節や青のりをかけて、完成した物に爪楊枝を刺す。

 

 一人ずつ手渡して、彼らは一斉に食べ始めた。

 たった一個ですぐにわかる。これは絶品、彼らが知っているたこ焼きではない。

 特にチョッパーはたこ焼きを食べること自体初めてだったようで、涙さえ流しかねない感動を覚えると頬を緩ませ、ほぉぉと感嘆の声が漏れ出る。

 同じく他の三人も感動を覚えていたようだ。

 

 「うんめぇぇ~っ! やばうまっ!」

 「おおっ、確かにこりゃうめぇ!」

 「んんほむっ、たこ焼きってうめぇんだなぁ~……!」

 「言うだけあるね。これなら繁盛してるでしょ」

 「ああ、結構みんな来てくれるんだ。おかげで材料の調達で忙しくてな」

 

 熱さに戸惑いながらもルフィは早々に食べ終え、ウソップとチョッパーも次が待ち遠しくて堪らないらしく、口に入れるのが恐ろしい熱さでも気にせずがっついた。

 一人冷静に食べるキリは、即座に次を求めたルフィを見て表情を変える。

 

 「うめぇぞハチ! おかわり!」

 「ちょっと待ったルフィ。せっかく商売してるんだからタダ食いはまずいって」

 「ニュ~、いいんだ。お前らは仲間だからな」

 「そういう訳にもいかないって。商売は商売として成功させないと。このままだと全部食べ尽くしかねないし、一度酒場に行って肉でも食べない? ボクが奢るから」

 「え~? 屋台は?」

 「その後でも時間はあるさ」

 「んじゃいいぞ。やっぱり肉も食いてぇよな」

 「そういう訳だから、資金稼ぎ頑張って」

 「ニュ~……それはいいんだけどな」

 

 唐突にはっちゃんが表情を暗くし、恐る恐るキリへ問いかける。

 

 「その、ナミも来てるんだろう?」

 「もちろん。流石にこっちに来るかまではわからないけど――」

 「あぁっ!?」

 

 話している最中に背後から大声が聞こえた。人混みの中で喧騒に埋もれてもはっきり聞こえる。

 四人が振り返れば、やはりそこに居たのはサンジだ。

 胸元を手で押さえて両足が震え、見るからにおかしな姿で立っている。

 予想はできるが、彼の目にはケイミーが映っていたらしい。

 

 「に、にに、人魚!? ほ、本物か!? なんという可愛らしさ、いやいや神々しさだ! おれが君を見た瞬間の衝撃といえばまるで雷に打たれたが如く! そう、この雷の名は、“恋”!!」

 「おい、アホが来たぞ」

 「今日も全力でアホだね」

 「キリそれ食わねぇのか? じゃあおれにくれ」

 

 どうやらサンジの目にはケイミーしか見えていないらしく、素早い動きで彼女に近付く。

 そっと手を握ってやけに凛々しい表情だ。

 仲間たちが傍で見ていることにも気付かず、悦に入った顔でケイミーへ語り掛け、不思議とそれだけで幸せそうだ。声も普段より弾む様子を見せている。

 もはや慣れているため、全く気にしないルフィはキリからもらったたこ焼きを頬張っていた。

 

 「この出会いは奇跡だ……おれは君に、恋をしてしまった」

 「こい? 鯉ってするものなの?」

 「ケイミー、ケイミー、それ多分コイ違い」

 「まぁいつも通りだな」

 「うん。想定内」

 

 すっかり有頂天なサンジに冷めた目を向けつつ、見回すと他の仲間たちもやってきた。

 ナミの姿が見えた時、はっちゃんは少し困った様子で笑みを浮かべる。

 

 「ハチじゃない。あんた何やってんの?」

 「ニュ~、ナミ……たこ焼き食わねぇか? おれが作ったんだ。味は良いと思うんだけど」

 

 どことなく緊張した空気がある一瞬。

 その二人に関しては些かマシであるとはいえ、そもそもは因縁のある相手。久々の再会を経てはっちゃんは緊張してしまっているようでどこかぎこちない。

 ナミは腰に手を当て、少しじとっとした目つきだ。

 それだけで怯えているらしく、はっちゃんはさらに緊張した。

 

 「ニュ~……」

 「いただくわ。一つちょうだい」

 「わ、わかったぞ」

 

 慌てて彼自身で用意して、店の前に立ったナミへ手渡された。その頃になるとケイミーやパッパグも彼の異変に気付いており、なぜ冷や汗を掻いているのかわからないという顔をする。

 たこ焼きが入ったパックを受け取ったナミはすぐに食べ始めた。

 しばし無言で咀嚼し、はっちゃんが恐る恐る尋ねる。

 

 「ど、どうだ?」

 「……うん。美味しい」

 

 不機嫌そうな顔から一転。笑顔でそう告げられた。

 安堵と共に嬉しくなったはっちゃんはようやく肩の力が抜け、今度は声を弾ませて話す。

 

 「そ、そうかっ。好きなだけ食ってってくれ。お前らから金は取らねぇからよ」

 「いいの? あんたも一応商売でやってるんでしょ」

 「いいんだ。お前らは仲間だからな」

 「そう。じゃあせっかくだし遠慮はしないけど」

 

 ナミが小さく肩を揺らして、はっちゃんも嬉しそうに笑っていた。

 ひとまず危機感は遠ざかった様子である。

 相変わらずサンジが騒がしいとはいえ見ていなくとも大丈夫だろう。今はこの場に他の仲間たちも集まっている。離れて良さそうだと判断したキリはルフィの手を引いた。

 

 「それじゃ行こうか。もうはぐれないようにね」

 「よし、肉食おう、肉」

 

 目を離すから勝手にどこかへ行ってしまうのであって、それなら手を引いてやった方がよっぽど安心感がある。上機嫌なルフィの手を引っ張り、キリは町の奥を目指して歩き出した。

 情報収集の基本は酒場。

 きっかけはルフィの腹を満たすためであったが別の目的もある。

 彼らは場所も知らぬ酒場を探そうとした。

 

 しかし歩き出して数分とせずに。

 周囲は人混みで視界も悪い中、唐突に現れた人影に彼は反応できなかった。

 

 「あなた!」

 「はっ?」

 

 突然正面から抱きしめられ、よく見れば見覚えがあり、それがベビー5だと気付く。

 海賊島で出会ってよくわからない内に好かれた相手だった。

 途端にキリは困惑し、ルフィはあっと声を発して、ベビー5は嬉しそうに彼の胸へ頬ずりする。

 

 「あぁっ、やっぱりここへ来たのね。会えて嬉しい」

 「えっと、なんでこんなところに……」

 「キリ、お前船長の許可なく結婚するなって言っただろ」

 「いやだから結婚してないんだって」

 「えぇっ!? してないの!?」

 「なんで驚くかな、そこで……」

 

 図らずも妙な二人に前後から挟まれ、キリは溜息を禁じえない。

 がっくりと肩を落とした後に観念して呟いた。

 

 「はぁ……とりあえず移動しよう」

 

 背に両腕を回してがっちりホールドしているベビー5は離れそうにない。振り払おうとしたり撒こうとしても無駄なのだろう。なんとなくだがその後の展開が想像できた。

 キリは力のない声で言い、二人を連れて歩き出す。

 


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