ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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Swing it!(3)

 演習場全体に聞こえるほどの大声が聞こえたのはちょうど戦闘が止まった瞬間だった。

 キリとモーガンの距離が開くのを待っていたように、遠くから何かが飛んでくる。

 

 基地の方から飛んできたのはルフィだ。

 凄まじい勢いで飛来する様は砲弾にも似ている。どこからかゴムの反動を利用して飛んだのか、一直線に演習場へ向かってくるものの、着地が心配になる姿である。

 案の定、彼はゾロ目掛けて飛んでいるようで、撃ち出した今となっては止められそうにない。

 

 見ていたゾロは表情を変え、動けない状況をまずいと思う。

 しかし思ったところで動けないため、接近してくる彼を見続けるしかなかった。

 

 「おーいゾロ! 刀見つけたぞォ!」

 「おい、バカっ!? おまえどうやって止まる気だ――!」

 

 全員が手を止め、見守る中。

 想像通りというか、飛んできたルフィは磔にされたゾロに激突し、盛大な様子で轟音を立てた。ゾロが縛り付けられていた木材は壊れてバラバラになり、二人揃って地面へ転ぶ。

 

 転んだだけでなく多少の怪我も負ったらしい。

 勢いよく起き上がったゾロは頭から多少の血を流すも、あまりに驚きが大き過ぎて全く気になっていない。それよりも現在の気持ちを相手へぶつけてやりたくて仕方なかった様子。

 すぐ傍に寝そべる彼を睨みつけ、時間を置かずに大声で叫んだ。

 

 「てめぇ何やってやがる! いきなり突っ込んでくる奴があるか!」

 「いやぁ~びっくりしたぁ。思ったより勢いついちまってよ。やべぇなぁと思ったけど止まれなかった、ししし」

 「くそ、一体何考えてやがんだ。おかげで額が切れやがった」

 「まぁいいじゃねぇか。縄もほどけたし」

 「代わりに怪我したっつってんだろ。それでチャラにはならねぇよ」

 

 壊れた木材の傍へ並んで座って、二人の視線は同じ方向を見る。

 少しの距離を置いて目にするのはキリの背中と並び立つ海兵たち。戦力差は圧倒的で、それでも状況は拮抗しているようだ。乱れた統率は目で見てわかりやすい。

 瞬時に状況を理解したルフィは目を輝かせて声を漏らす。

 

 「おぉ~っ、盛り上がってんなぁ。キリも本気か」

 「あいつは一体なんなんだ。人の話は聞かねぇわ、悪魔の実の能力者だわで滅茶苦茶だ。まぁ、腕はそれなりみたいだがな」

 「キリは副船長だ。頼りになるぞ」

 「んなこと聞いてねぇ。ったく、おまえといいあいつといい……」

 

 ゾロは頭を抱え出したが、気にせずルフィは立ち上がる。

 背にはロープで縛った三本の刀を背負っていた。肩から提げるようにしていたそれを手に取り、ゾロに見せる。柄と鞘が黒い物が二本、白い物が一本。一人で三本も使うとは思えなかったがどれが彼の持ち物かわからず、ヘルメッポの部屋にあった刀を全て持ってきたのである。

 

 刀を見せられたゾロはふと怒りを霧散させた。

 本当に奪い取って来たのだ。海軍の基地に単身乗り込んで、怪我一つ負うこともなく。

 

 「ほら、おまえのどれだ? わかんねぇから全部持って来たんだ」

 「三本ともおれのさ……おれは三刀流なんでね」

 「そっか。んじゃこれで揃ったな」

 「いいのか?」

 「ああ。だっておまえの刀だろ」

 

 差し出されたそれを受け取るのに数秒かかり、戸惑いながら立ち上がって手に取る。

 奪われたのは刀のみで、鞘を提げるベルトまでは取られていなかった。受け取った三本をそこへ納め、腰の右側に刀をぶら下げれば、驚くほど気分が落ち着く。

 

 九日間の疲労が肉体にへばり付いて無視はできない。

 それでも武器を取り戻せば並み居る海兵たちにも負ける気はしなかった。

 眼光鋭く、自身を見つめてくる敵を睨み返す。するとそれだけで相手は肩をびくつかせて怯んだ顔つきに変わった。刀に手をかければ恐怖心はさらに大きくなって対峙した相手へ伝わる。

 肩を揺らして笑うルフィはゾロの隣に並び、同じく海兵を眺めた。

 

 「で、どうする? ここでおれたちといっしょに戦えば、おまえも政府に盾突く悪党だ。このまま死ぬのとどっちがいい?」

 「おまえは悪魔の息子かよ。ほんっとに性質が悪ぃ」

 

 ゾロが刀を抜いた。ゆっくりと鞘から刀身を抜き出し、両手に黒い鞘の刀を二本持つ。

 それを海兵へ向けるのかと思いきや、右手に持った刀はルフィへと向けられる。

 首筋に刃が触れそうな距離。

 今まで静観していたシルクは慌てて自身も剣を抜こうと力を込め、ゾロへ厳しい視線を向ける。

 

 「ルフィ!?」

 「いいんだ、シルク。大丈夫だ」

 

 殺気がないことを知ってか、ルフィは言葉だけでシルクを制した。それだけで安心できる状況ではないがひとまず動きを止めて見守ることにする。

 

 すぐには動き出さず、緊迫した空気で二人が視線を合わせる。

 ゾロは殺気を放っていたはずだ。だが殺そうとした訳ではないことはバレていて、ルフィは冷静に見つめ返してくる。ただ問いかけたかっただけだと知っていたとでも言うのか。あり得ないことだが彼を理解するのは難しく、細かな思考は即座に捨てる。

 

 相手を本気で睨みながらゾロが呟いた。

 

 「そこまで言うんなら上等だ。ここでくたばるくらいなら、なってやろうじゃねぇか、海賊に。だがな、最初にはっきりさせとくぞ」

 「なんだ?」

 「おれには野望がある。世界一の大剣豪になることだ。こうなっちまったら名の浄不浄も言ってられねぇ。海賊だろうがなんだろうが、おれの名を世界中に轟かせてやる」

 

 そう前置きした上で、嘘を許さぬ口調で言う。

 覚悟を問われていた。そう知りながらルフィは視線を外さない。

 

 「いいか、おれは腑抜けについていくつもりはねぇぞ。誘ったのはてめぇだ。野望を断念するようなことがあったら、その時は腹切っておれに詫びろ」

 「いいねぇ、世界一の大剣豪。海賊王の仲間ならそれくらいなってもらわねぇとおれが困る」

 「へっ……言うねぇ」

 

 添えられた刃は静かに下ろされた。

 シルクはほっと息を吐いて肩の力を抜く。不測の事態は免れたらしい。

 

 今度こそようやく敵に向かい合った。

 少し遅れて二人の横にシルクも並び、ルフィを挟んで三人が肩を並べて敵を見る。その様はいっそ壮観で、彼らの実力を知らない海兵たちだがわずかに息を呑む。

 

 戦闘の始まりを予感させ、立ち尽くしたまま動かず、機を窺っていたキリも背後の会話を耳に時を待つ。前方には肩を怒らすモーガン。彼との戦闘はもらったとばかりにその場を動かない。

 すでに自分の獲物だと判断した様子だ。

 それがわかっているのかルフィも何も言わなかった。

 

 戦闘の前の奇妙な沈黙。

 ふとルフィが後ろを振り返り、その場にそぐわない声色で呟く。

 

 「ところで、なんでコビーがいるんだ?」

 「今更!? み、みなさんを応援しに来たんです!」

 「そうだったのか。なんかおかしいなぁと思ってよぉ」

 「ルフィさん!」

 「ん?」

 

 再び前を向こうとしたルフィを呼び止め、コビーが必死の表情で叫ぶ。

 覚悟が決まった顔での一言は非常に力の入ったものだった。

 

 「ぼくには何もできませんけど、この海軍がおかしいってことだけはわかります。だからお願いします……こんな海軍、潰しちゃえ!」

 「しっしっし。おう、まかせろ」

 

 拳を鳴らしてやっと場が整った。

 並び立つ仲間に戸惑いはなく、後悔もない。むしろ戦闘を心待ちにしている雰囲気すらあった。

 背後を見ないまま手の中で剣を回したキリがルフィへと尋ねる。

 

 「船長、号令は?」

 「うし。野郎ども、戦闘だ! 思いっきり暴れろォ!」

 

 ルフィの雄々しい声に全員が答え、一斉に動き出す。

 最も早かったのはやはりキリだ。先頭に立っていたため動き出せば真っ先に敵へ接近し、武器を振って互いの獲物が激突する。紙の剣と斧手が触れ合った。

 二人の顔が近くなって、必然的に睨み合いも至近距離である。

 

 「てめぇら全員纏めて処刑だ! おれの命令に従えねぇ奴は死ね!」

 「殺したかったら殺してみなよ。その権利は持ってるんだからさ」

 

 激突した二人はすぐに離れてまたも戦い始めた。

 彼らの傍に近寄る者はない。海兵は誰もが戸惑いを露わに逡巡していた。戦うべきか否か、正常な判断を下せる者はおらず二の足を踏んでしまっている。

 斧手を振りながらもそれに気付いたモーガンが大声で叫んだ。

 

 「おまえらはロロノア・ゾロと麦わら帽子を始末しろ! おれの像を壊しやがった奴だ! 絶対に生かして帰すなァ!」

 「は、はっ!」

 

 命令を下されれば怯えながらも全員が動き出す。

 無数の人間がサーベルを振り上げてたった三人の敵へ向けて走ってくる。凄まじい光景だ。だがすでに覚悟を決めている三人は好戦的な笑みを湛えて待ち構え、今やコビーも決意を感じさせる強い眼差しでその光景を見ている。

 その場の空気は確実に変えられていた。

 

 訓練されているとはいえ、怯えたまま武器を持った人間と覚悟を決めた人間。

 どちらが強いかは明白。些細な動きにさえ違いが見えた。

 

 「面白くなってきた! ゴムゴムのォ――」

 

 満面の笑みを浮かべるルフィが前へ出て、おもむろに右脚を振り上げる。

 前方へ向かって繰り出される蹴りは向かってくる海兵に届かないはずだが、ゴムの特性によって急速に伸びていき、攻撃の範囲を一気に広げた。

 その光景には海兵やゾロが目を剥いて驚く。

 

 「な、なんだあれは――!?」

 「鞭ィ!」

 

 伸びた脚による蹴りが海兵の集団を蹴り飛ばし、十名以上から成る隊列が一気に突き崩された。蹴られた者たちは勢いよく飛ばされて地面を転がる。やられたのはほんの一部、まだまだ数は居るというのに、たったそれだけで士気は著しく低くなった様子。

 キリが能力者だと知ったばかりなのに、もう一人能力者を見つけたのだ。

 これだけで驚嘆に値し、物珍しい存在に動揺が走る。

 

 事情を知るシルクは冷静な思考で敵を見て、それも仕方ないと思うものの、驚いている人間は敵ばかりでなくもう一人。それも彼女のすぐ傍に居た。

 脚を戻したルフィの背を見つめ、ゾロが呆然と呟く。

 

 「今のは……まさか、おまえも能力者か」

 「おう。おれはゴムゴムの実を食ったゴム人間だ」

 

 振り返って笑う彼に溜息が出た。

 厄介だと思っていた二人はどちらも能力者。噂は聞いている。悪魔の実を食べた者は必ず海に嫌われてカナヅチになると。つまり海に落ちれば自力で助かる術はない。

 それでよく海賊をやろうと思ったものだと一人ごちつつ、三本目の刀を抜く。

 

 多少怯みはしたもののいまだ向かってくる敵が居た。

 彼らを相手にしなければならないだろう。そう判断してゾロは白い柄の刀を口に噛んで持った。

 

 「まったく厄介な奴らに絡まれちまったもんだ。どいつもこいつもめんどくせぇ」

 「一人ずつ分断させろ! 包囲して武器を奪うんだ!」

 「おいおまえら」

 

 三本の刀を構えた、独自の三刀流。その奇妙な姿で手拭いの下から覗く両目は恐ろしいほどギラついており、強い怒りを感じさせ、目にした者には腹を空かせた魔獣を思わせた。

 

 「おれァ今機嫌が悪ぃんだ。死にたくねぇ奴は今すぐ逃げろ」

 「ひぃっ――!?」

 

 悲鳴も一瞬。先頭の二人が吹き飛ばされた。

 見れば気付かぬ内にゾロが間近に迫っていて、集団の足が止まる。軽々宙へ舞った二人の男は血を撒いており、胸から腹にかけて切り傷が作られている。

 ほんの一瞬、視認できたはずが止めることさえできずに接近を許してしまったらしい。

 あっという間に恐怖は浸透して全体へ広がる。

 

 格が違うと思わされた。

 伊達や酔狂で三本持っている訳ではない。彼の力は三本の刀によって発揮されていた。

 振るう腕は逞しく、技術を見せながら力強く振るわれる様はまさに豪剣。

 フェイントもなく真っ直ぐ向かってくる姿には恐ろしいほどの何かが纏われていた。

 

 「う、うわぁぁぁっ!?」

 

 誰かが悲鳴を発していた。だが声の主を探す暇もなくまた数名が切り裂かれ、地に倒れ伏す。バタバタと無残に倒れていく海兵は数秒ごとに増えていくばかりだ。

 集団の中にゾロを止められる者など居なかった。

 形を持った暴力である彼には抗えず、武器を振り上げることさえできずにいる。

 

 「てめぇらとは格が違うんだ。わかったらもう邪魔するんじゃねぇよ」

 

 刀を噛んだままそう言われる。

 もはや言い返す気力すらなくて、海兵たちは恐怖から立ちすくむばかりだった。

 

 「道を開けろォ!」

 「ぎゃあああっ!?」

 

 また数名が一斉に斬り飛ばされてついに悲鳴が抑えられなくなった。すっかりゾロに対する恐怖に支配された海兵たちは逃げ惑い、中には武器を捨ててしまう者まで居る。

 圧倒的な強さ。自分より数の多い敵でさえ赤子の手を捻るようである。

 戦意を失くした敵を前に、刀を下ろしたゾロは小さく鼻を鳴らした。

 

 あまりにも張り合いがない。

 今しがた斬った連中も死んではいないだろう。誰一人として本気で斬ってはいない。血は流れたが敵につけられたのは浅い傷ばかりだ。

 

 久々に刀を振ったのにこうも相手に手応えがなくては面白いとも思わない。

 ゾロは不意に戦闘中のキリへ目を向ける。

 

 紙を武器にする彼は剣を使ってモーガンの斧を弾いている。動きは身軽で身のこなしも中々。足捌きもこなれていて豊富な戦闘経験を思わせる。

 あれを相手にしたら楽しそうだと、凶悪な笑みが期待を表した。

 そんなゾロを見ていたルフィは傍に立つシルクと何やら話していたようだ。緊迫した場にそぐわない楽しげなやり取りが彼の耳にまで届く。

 

 「すんげぇなぁ三刀流。なぁ、あれシルクはできねぇのか?」

 「む、無理だよ。あんなことしたら普通顎外れるよ? なんで大丈夫なんだろう」

 「ゾロは顎が強ぇんだな。顎鍛えたらおれにもできるかな?」

 「うーん、どうだろう……でも人を切ったら衝撃も相当なはずだし、そもそも顎を鍛えるってどうやるのかな。あれはゾロだけの技だと思って諦めた方がいいと思う」

 「そうか? おもしろそうなのになぁ、三刀流」

 「ゾロがおかしいだけだよ、きっと」

 「おまえら真面目に戦えよ!」

 

 棒立ちになって和やかに話す二人にゾロが叫んだ。

 キリも含め、なぜ彼らは誰もが揃って緊張感がないのか。頭が痛くなる想いで体の力が抜ける。考えようによっては一人として普通の人間は居ないのかもしれなかった。

 そう思えば決断は性急過ぎたかと後悔を抱きかけて、頭を振る。

 一度決めたことだ、二言はない。

 

 しかし和やかな彼らにはどうにも力が抜けて。

 敵が向かってくる前で突っ立って居られる神経の図太さに溜息が出て、思わず助けに行こうかと思ったほどだ。だが動き出す決断をする直前、シルクが動く。

 ルフィへ迫ってくる海兵の前へ彼女が躍り出たのだ。

 

 「ルフィ、危ない!」

 「ん? そうか?」

 

 彼が弱くないことは知っているが能天気な態度を危惧して防御に入った。

 毅然として敵を見据え、斬りかかってくる敵のサーベルに剣を合わせると、上手く力を受け流してするりと刀身を鞘の上に走らせる。すると剣を振った海兵は思わぬ力を受けて態勢を崩した。

 後はいとも簡単である。ただ鞘で急所を殴りつけて意識を刈り取ればいい。

 顎を強打された海兵は滑り込むように地面へ転がった。

 

 相手が女性だと侮っていたか、後続の男たちは一斉に怯む。そのためシルクから前へ出た。

 彼女はまだ人を斬ったことがない。まだその勇気がなかったからだ。

 刀身での防御と鞘での殴打を主流戦法とし、鍛錬でも繰り返し復習してきた。だがゾロの姿を、戦い方を見て覚悟を決める。敵を斬る刃を持っていながら斬らないのはただの甘えだろう。

 

 海賊になって強くなると決めた以上、もう甘えは許されない。

 自らの意思で剣を抜いたシルクは猛然と敵に襲い掛かった。

 

 「やぁぁっ!」

 

 力が強そうとは見えない細腕。それでも正面から向かってくる。

 先頭に居た海兵は警戒して身構えるも、やはり躊躇いは残ってしまう。相手はまだ若い少女。たとえ武器を持って襲い掛かってこようとも切ろうとは思えない。

 

 果たして、そんな逡巡のせいだったか。

 素早い動きを見せたシルクは男の傍を通り過ぎ、その一瞬で腹を斬りつけていた。

 

 傷は浅い。だが刀身に血液が付着する。

 肉を裂く感触と血の匂い。

 わずかに動揺するがぐっと歯を食いしばって耐え、剣を振って敵を見た。刀身から剥がれた血液はべちゃりと地面へ落とされ、背後からは苦しげな声。本人としては初めての戦闘だと思う。今、海兵に剣を向けて、人を斬ったこの瞬間こそ、初めて自分が海賊になった瞬間だった。

 

 「シルクもすげぇなぁ。おれの仲間は頼りになる奴ばっかりだ」

 「おまえはいつまでサボってんだ。敵の数が多いんだぞ、とっとと戦え」

 「おう!」

 

 指揮は乱れているもののまだ相手に戦闘をやめる意思はない。やはりモーガンが倒れない限り、どれだけ兵を失おうとも戦闘が中断される様子はないようだった。

 

 従ってゾロとルフィもまた敵へ駆け出し、更なる戦闘を繰り広げる。

 状況を打開する鍵はキリだと、コビーも含めた四人全員が思っていた。

 総大将を彼に任せた以上、手助けはできない。

 自身の敵と戦いながらも彼らはキリの勝負を気にし、その動きを時折確認していた。

 

 「ぬぅん!」

 

 モーガンが腕を振る度、強烈な旋風が起こる。

 近くにある物を風だけで切り裂いてしまうかのような威容。遠目で見ているだけでも脅威だと感じるものの、キリは相変わらず軽い動きで避けていく。傷一つも負わずに余裕の表情だ。

 ふわりと舞って距離を開け、敵が機を窺おうと構えた瞬間に接敵する。

 

 まるで一つの舞を見ているかのようだ。

 彼の動きと周囲で空を泳ぐ紙片。幻想的な光景は見る者の心を奪う。

 

 「チィ、ちょこまかと……!」

 「うん。良い調子。やっとエンジンかかってきたかな」

 

 着地したキリはくるりと回って両手の剣を捨てる。

 空中で地面に触れる前にばらけた紙は宙を舞って、風に遊ばれながら彼の周囲で旋回した。

 

 不思議と気分が変わって上機嫌になっていた。

 数分戦い続けて疲労を感じてもおかしくないはずなのに、体の調子は尚も向上する。

 傍目から見ても紙の動きが良くなっていると感じた。見た目はただの紙片であることに変わりないにも拘らず、バサリと音を立てて動くそれは生物にも等しい。見た目がどこにでもある物なだけにこの状況では剣や銃よりよっぽど驚異的と思える。

 

 剣を捨てた彼だがそれは形を変えただけで武器を捨てた訳ではない。すでに見せられた行動の節々から、異なる形となって襲ってくることは理解している。

 戦闘の放棄とはならず、モーガンもすでに承知していた。

 

 「長々待たせて悪かったね。そろそろちゃんとやるよ」

 「おかしなことを言う。今までは手を抜いていたとでも?」

 「いいや、本気で戦ってたよ。ただ動きが固かったのは認める。あれじゃ勝てないよね」

 「ふざけた小僧だ。勝てないと分かって負け惜しみか? 大口を叩くのも大概にしろ」

 

 怒りを滲ませてモーガンが駆け出す。

 直情的な様子で真っ直ぐ。ぶれることなく向かってくる。

 

 慌てずにキリは周囲から紙を呼び寄せ、二枚を右手の指に挟んだ。

 それを投げるように腕を振るう。すると彼の手から放たれた紙は、風に負けることもなく真っ直ぐな軌道を描き、反応できないほど素早くモーガンへ届いた。

 

 二枚の紙は彼の両目を塞ぐ。ぺたりと張り付いて間抜けな様子。しかし驚愕するには十分で、視界は一瞬でゼロになって何も見えず、一瞬動きが怯んだ。

 その間にキリは全力でモーガンの腹を蹴りつけ、巨体を軽々と吹き飛ばす。

 紙はすぐに剥がれて視界が戻ったが、あまりにも予想外の出来事に反応できず、痛みを覚えながら背中から落ちる。受け身は取れなかった。我がことながらひどく屈辱的な姿である。

 

 転んだもののすぐに起き上がり、立ち上がる。

 前方を見ればキリはその場から動きもせず、手には紙で作られた長い棍棒を持っていた。

 

 「もう準備できてるよ」

 「クソガキがァ……!」

 

 再びモーガンが前へ出て襲い掛かった。

 今度は下手な小細工などない。キリは手慣れた姿で棒を構えて待ち受ける。

 

 急速に接近し、何度目かで斧が脳天目掛けて振り下ろされた。

 すでに何度も見た軌跡である。素早く振るわれた棍棒で斧の腹を叩き、軌道を逸らす。

 無理やり軌道を変えられ、攻撃が空を切ったせいで態勢が崩れた。明らかに隙が生まれて、まずいとは本人も理解しており、次にやってくる攻撃を視認する。

 

 体を回して繰り出された攻撃がモーガンの後頭部を殴った。

 たたらを踏んで転びかける。だが今度は倒れない。寸でのところで態勢を立て直した。

 

 瞬きさえ許さずくるりと棍棒が回される。

 視認できた途端、素早く攻撃が繰り出されたことに気付いた。左の頬と首筋、胸、ほぼ同時に突きが当てられて痛みが生じる。体勢がぶれて痛みと怒りで表情が歪んだ。

 

 先程までは拮抗していたはずが、今は一方的に攻撃を当てられている。転ぶことはないとはいえ一方的に打撃を当てられたことがプライドを刺激したらしい。

 自分の方が強いはずだ。そう思う心が今もある。

 無視できない事実に憤りが止められず、怒声はさらに大きくなった。

 

 「クソがァ! 調子に乗ってんじゃねぇよ!」

 

 すぐさま攻撃に転じて斧手を振るも、攻撃は単調で速度は見切った。何度攻撃しようともキリの体に傷はつかない。

 巧みな技術と身軽な動きで防御は完璧。武器を合わせて押し負けることはなかった。

 

 力任せな攻撃を受け流し、立ち位置を変え続けて見事に回避する。

 キリが後ろへ跳び、距離を作ってもモーガンの攻撃は変わらず、あくまでも接近戦で始末しようとしていた。まさしく猪突猛進。今や見切られた斧手に脅威はまるで感じない。

 着地と同時、キリはにこやかに笑いかけた。

 

 「クソォ! おれはこの基地で最も偉い! おれより強ぇ奴など居やしねぇんだ!」

 「どうにも厄介な人だね。あの妄信でよく大佐になんてなれたもんだ」

 

 真っ直ぐ向かってくるモーガンに対し、キリは棍棒を捨てた。

 ばらけて紙に戻った後、すぐさま別の形が作られる。無数の紙が寄り集まって、完成したのは四足歩行の動物を模した外見、狼に見える。

 意思を持たないそれも、キリが指を振れば意思を持つかのように動き出す。

 駆け出した紙の狼は人間より速く走ってモーガンへ飛び掛かった。

 

 「邪魔だァ!」

 

 地面を蹴り、上半身へ飛び掛かったが斧手によって狼が斬られた。途端にただの紙に戻ってばらけてしまい、血の一滴もなく散って、姿が消える。代わりにモーガンの目の前には大量の紙がばら撒かれていた。攻撃こそ防いだが瞬間的に視界が狭まる。

 

 それを見越してか、気付けばキリが間近に迫っていた。

 狼と同じく地面を蹴って跳んでいた彼は、勢いのままにモーガンの顔面へ蹴りを食らわせる。

 

 体格差があっても虚を衝かれては反応しきれない。

 体重が後方へ流れてまた無様に地面を転がる羽目となった。今度はすぐに立ち上がらず、地面に背中をつけたままでキリを睨む。

 余裕綽々な彼の姿には怒りしか感じない。ただただ腹立たしかった。

 

 「ぐっ、がっ……!?」

 「腕は悪くないけどね。相手に当たらないなら不便なだけだよ、その右腕」

 「クソ、なぜ当たらねぇ……あんなガキ一匹に」

 

 モーガンがゆっくり立ち上がり、厳しい視線でキリを睨む。

 実力の差はあるのだろう。だがそれを認めるか認めないかは別だった。余裕を称えて微笑む彼が気に入らず、その笑みを崩したくて仕方ない。

 倒されたところで戦意は消えずにさらに膨れ上がった。

 やはりキリが気にすることはなく、笑みを湛えたまま足元の紙を能力で宙に浮かばせる。

 

 「あっていいはずがねぇ、おれが負けるなどあっちゃいけねぇんだ……!」

 「そろそろ決着つけようか。だいぶリハビリも済んだし、もう十分だ」

 

 操られた紙はキリの手の中でさっきの棍棒よりも大きな武器となる。

 槍の柄に斧の刃を取り付けたような武器。

 長大な戦斧を手にして、紙製のそれは鉄製の武器より軽く、尚且つ硬度では負けていない。

 キリは軽々とそれを振り回し、構えた。

 

 「鉛紙武装“ハルバード”。ただの紙でも斧にだって負けないよ」

 「たかが紙でおれが負けるか。おれは海軍大佐のモーガンだ!」

 「だから、支部でしょ。本部大佐になってからそれ言いなよ」

 

 全力で駆け出してくるモーガンを目にし、同じくキリも駆け出した。

 両者が前方から接近して攻撃が届く距離に入り、同時に振るって、二人は交差する。

 傍を通り過ぎて武器を振り切った状態。

 

 しばし動きが止まった。だがほんの数秒で結果は現れる。

 モーガンの胸から血が噴き出し、大きな傷ができてぐらりと体が揺れた。白目を剥いたモーガンはその場へ大の字になって倒れ、気を失ったのだ。

 勝敗は決した様子である。

 

 キリはかすり傷一つなく立っており、武器をばらけさせてただの紙に戻すと辺りへ落とす。

 両手を垂らして深く息を吐く。さほど疲れを感じさせる顔色でもない。圧倒的な勝利を手に入れた後でもさほど喜ぶ様子ではなかった。

 

 戦闘の終わりを感じて場の空気が一変する。

 モーガンの敗北とキリの勝利。二つを理解して海兵たちは自然と武器を下ろし始めていた。

 

 誰もが喜ぼうとしている。圧政の終わりに、権力の暴走に。

 敗北は彼らにとって絶望ではなかったようだ。

 呆然と誰かが呟きかけた時、演習場に声が響き渡った。

 

 「終わった、のか……? これで、モーガンの支配が――」

 「まだだッ!」

 

 鋭い声に全員の注意が惹きつけられる。

 視線の先では、ヘルメッポがコビーのこめかみにピストルの銃口を当てていたのだ。

 


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