助けた人魚とヒトデは愛想も良く、はっちゃんに対して笑顔を向けていた。
よくわからないがまぁいいだろうと判断する。
はっちゃんが名乗ると、彼女らは友好の証か自らも名乗り始めた。
「私ケイミーっていうの。よろしくね、はっちん」
「おれは新進気鋭のデザイナー! ヒトデのパッパグだ!」
人魚の少女はケイミー。ヒトデはパッパグというらしい。
なんだか知らないが悪い人物じゃなさそうで、はっちゃんは警戒心もなく二人と話す。
「ニュ~。お前ら一体何してたんだ? イノシシの腹の中で」
「それが、私ったらドジで、よく海獣に食べられたり攫われちゃったりするの」
「攫われること三十回以上、海獣に食われること二十回以上だ……」
「大変だなぁお前ら」
「えへへ……」
はっちゃんは黄金の矛を六本の内、下にある一本の手で持ち、穂先を地面へ向けていた。これによって二人が怖がることもなく、感情のまま嬉しそうに彼へ向き合えた。
何はともあれはっちゃんは命の恩人。
そう考えている二人はうきうきしながら彼へ言う。
「はっちんには何かお礼しなきゃね。何がいいかな?」
「なぁハチ、お前欲しい物はあるか? お前は命の恩人だ。せっかくなら何か返してぇな」
「それならおれ、仲間が怪我をして寝込んでるんだ。精のつく物を食わせてやりてぇんだけど」
「う~ん、精のつく食べ物って何かな。あっ、ハマグリは?」
「ケイミー、ケイミー、それおれのメシだから」
「あ、そうだった。ごめんねはっちん、ハマグリはパッパグの餌だったよ」
「ニュ~、構わねぇぞ」
どこか緊張感のないやり取りである。
初対面のはっちゃんに対して恐怖心を抱くこともない。海獣に食われたり攫われたりする理由がわかる気もする状況であるが、呑気なはっちゃんはそんなことを想いもしなかった。
図らずも似たり寄ったりの三人が集まったと言える。
本人たちにそのつもりはなかっただろうが和やかな雰囲気の原因であった。
とにかくハマグリはもらえないようだ。
ハマグリが良いと言った訳ではないものの、それなら別の何かを探さなければならない。
腕を組んだはっちゃんは悩み始め、同じ姿勢になってケイミーとパッパグも頭を捻る。海にある精のつく食べ物とは一体何なのだろう。
「ニュ~、精のつく食べ物……」
「元気になる食べ物……」
「怪我が治る食べ物かぁ……」
あらゆる表現で考えるのだが思い付かない。無駄に時間だけが流れていった。
しばらくすると彼らへ近付く影が現れた。
ゆっくりはっちゃんの背後から近付いてくるのは三人組で、目を閉じた状態で考え込むために三人は全く気付いていない。真剣になるあまり目を開けることも忘れていたらしい。
結果的に接近はいとも容易く済んでしまって、しかしその時、接近した彼らが大声を発した。
「オウオウ、誰かと思ったおめぇ、ハチじゃねぇか!」
「ニュ?」
「きゃあ~っ!? また来たぁあああっ!?」
「人攫い~!? いや人魚攫い~!?」
ケイミーとパッパグが叫び出している一方、振り返ったはっちゃんは懐かしい顔を見た。
そこに居たのはかつての仲間、マクロという魚人だ。
懐かしい顔を見た途端に再会を喜び、諸手を上げて歓迎する。
「ニュ~! マクロじゃねぇか! 久しぶりだなぁ」
「おめぇこんなとこで一体何してんだ? アーロンと一緒に行ったんじゃねぇのか」
「そうなんだ。今アーロンさんが怪我しちまってよ、精のつく食べ物を探してるんだ」
「ハッ、ハチ、ハチ! ちょっと聞いてくれ、そいつら――!」
パッパグが何かを言おうとした瞬間、はっちゃんと二人の間に残りの二人が割り込み、視界を遮ってしまう。さらにはっちゃんが不思議そうに振り向こうとした瞬間、マクロが彼の肩に腕を回してぐいっと引っ張った。まるで内緒話をするように少し離れてしまう。
その間も二人は何か言いたげだったが、マクロの仲間に睨まれて言い出せない様子だ。
「まぁまぁ待てよハチ。そういうことならいい話がある。まぁ聞け」
「ニュ? なんか知ってんのか?」
「ああもちろん知ってる。ちょうどこの近くだ。おめぇたこ焼きは好きだよな?」
「もちろん好きだぞ」
「ならこの地図を見ろ」
そう言ってマクロは懐から、水中でふやけている一枚の地図を取り出した。
はっちゃんはそれを受け取って興味津々に聞く。
「この近くに“伝説のたこ焼き”が眠ってるって噂だ。金になるかと思って地図を持ってた。これをおめぇにやるからよ、ぜひアーロンに食わしてやってくれよ」
「ニュ~!? 伝説のたこ焼き!? ほんとかぁ!」
「ああ、ああ、本当さ。でも誰かに先を越されないように急いだ方がいい。お友達はおれが保護してやるからよ、おめぇは先に一人で回収してきな」
「ありがとうなぁマクロ! やっぱり持つべきものは仲間だな!」
「いいから、行け、行け、なぁ。急いだ方がいいんだ。この噂は有名だからな」
「わかった!」
はっちゃんは大事そうに地図を持ち、どちらへ進めばいいかを確認して泳ぎ始める。後ろを気にしないように上手くマクロが盾となって二人を見ることもなかった。
突然はっちゃんが行ってしまうためにケイミーとパッパグが騒ぎ始める。
しかし彼女たちをマクロに任せた彼はとにかく急いでいたようだ。
「はっち~ん!? ちょっと待ってぇ~!」
「た、助けてくれぇ~! 違うんだ、こいつらは――」
「ヨウヨウ、静かにしとけよ。あのバカが気付いちゃったらどうするんだよ」
はっちゃんは全速力で地図が示す位置へ向かう。
航海術には詳しくないが地図の見方くらいは理解していた。ついにアーロンを元気付けられる美味しい食べ物が見つけられる。しかも伝説のたこ焼きというのだから彼も楽しみだ。
彼はにこにこと嬉しそうに、仲間たちが喜ぶ顔を想像しながら急ぐ。
辺りの風景はさっきまでより高速に後ろへ流れていった。
「これならアーロンさんも喜んでくれるだろうなぁ~。なんたって伝説だもんなぁ。今頃起きてるかもしれねぇから急がねぇと」
全力で泳いで近いと言われていた通り、想像よりずっと早くその泳ぎは止まった。
ついに伝説のたこ焼きが眠る場所へ辿り着いたのである。
しかし不思議なのは、地図が示す場所に居たのは海王類ほどもある大きなタコのみで。
伝説のたこ焼きを売っている店もなければ、伝説の宝が眠っていそうな遺跡もない。巨大なタコが不機嫌そうな目ではっちゃんを見上げており、はっちゃんは首を傾げる。
いくら周囲を見回しても伝説のたこ焼きらしき物は見当たらなかった。
この瞬間、顔つきを変えたはっちゃんは自分が騙されたのだと理解する。
一瞬にして燃え上がるような怒りが彼を支配する。
この怒りははっちゃん自身を騙したことに加え、ひいてはアーロンへの侮辱とも感じる。
ただアーロンに美味しいたこ焼きを食べさせたかっただけなのに。
今、彼の体にかつてない力が生まれていた。
「ニュ~、マクロ……許さねぇ……!」
はっちゃんはわなわなと震え始める。
それを見ながら、自分のナワバリに入られたことが気に入らなかったのか、巨大タコがのそりと足を一本持ち上げた。彼を殴り飛ばそうとでもしたのだろう。
それを見た瞬間にはっちゃんの怒りが爆発する。
「ニュァアアアアッ! マクロォ~ッ!!」
迫ってくる巨大な足を掻い潜り、はっちゃんは猛然とタコへ接近する。
驚愕して目を見開く様を見てもなんとも思わない。
彼の全力のパンチがタコの眉間を殴りつけて、三本同時の衝撃が一瞬にして彼を沈黙させる。
たった一度の攻撃で三発のパンチ。予想外の攻撃力にタコはあっさり気絶したらしい。
この時はっちゃんは普段以上の力を発揮していた。
単純な腕力といい、移動する際のスピードといい、いつもの姿とはあまりにも違う。
本人はそれを意識したつもりもなく、そうしようとした訳でもなければ、自分がいつもと違うことにすら気付いておらず、ただ単にマクロへの怒りで燃え上がるのみ。
海王類クラスのタコを一瞬で殴り倒しても、怒りは全く収まらなかった。
「絶対許さねぇぞォオオオッ!」
来た道を急いで戻っていく。怒りのせいなのか、先程来た時の全速力よりも早く、周囲の景色がゼロになってしまうほどの速度で先程の場所を目指した。
ケイミーとパッパグはどうなったのだろう。
今となっては全てが信用ならない。はっちゃんの速度はどんどん増していく一方だ。
行った時よりも早く戻ってきた。かかった時間は五分にも満たない。
先程立っていた場所へ目を向けると何やらパッパグが泣いていて、ケイミーもマクロ一味の姿も見えなかった。やはり嫌な想像が当たったのである。
急いでパッパグの下へ駆けつけて声をかける。
はっちゃんを見た途端、パッパグは涙を流しながらも喜んでいた。
「パッパグゥ!」
「あっ、ハチィ~! ケイミーが攫われちゃったよぉ~!」
「んなにぃ~ッ!」
パッパグの叫びを聞いてはっちゃんはまだまだ怒りを募らせる。
嘘をついた上に人魚を攫うとは。
これは流石に元仲間だとしても無視できず、彼は素早く決意をする。
マクロ一味を倒し、嘘をついたことを後悔させつつ、ケイミーを救わねば。
はっちゃんはパッパグの体を持ち上げ、自分の背中に掴まらせると急いで泳ぎ始めた。
「助けに行くぞ! しっかり掴まれ!」
「うおおおおんっ! お前男だ、ハチィ!」
最速の遊泳速度を誇る人魚族すらびっくりの、とんでもないスピードではっちゃんが泳ぐ。
パッパグが振り落とされないように掴まるだけで一苦労なほどだ。
そのスピードなら行ける。
マクロ一味に追いつくことができる。
パッパグは犯行がほんの少し前だと知っているため、彼らが去った方向を教え、少ししただけで海面に浮かぶ船底を見つけて、はっちゃんは鼻息を荒くした。
マクロの本業は“人攫い屋”である。
どうやらその船にケイミーが囚われているらしい。
一切スピードを緩めることなく、はっちゃんはその船底へ突進していった。
誰かを傷つけないようにと下げたままだった黄金の矛を構え、思い切り船底へ激突する。すると一瞬にして船が真っ二つに折れてしまい、はっちゃんは海上へ飛び出した。
あまりにも勢いが強過ぎて高々と空を飛んでいた。
一撃で粉々にされた船は早くも沈没しようとしていて、後部にあった水槽が傾いたことで中に居たケイミーが海へ逃げ出し、マクロたちは見るからに狼狽している。
状況は瞬く間に混乱の様相を見せていた。
「ケイミー! ケイミー!」
「パッパグ! はっち~ん!」
「ニュ~、マクロォ~! よくもおれを騙したなァ~!」
「ハッ、ハチ!? 一体何の話だ!」
「とぼけるなァ~!」
ケイミーが逃げたことを確認したパッパグが海へ飛び降り、いち早く彼女の下へ向かう。
その最中も落下していくはっちゃんはマクロ一味の三人から目を離さず、落下の勢いのまま彼らへ向けて拳を握り、頭から海へ飛び込みながら攻撃を行った。
「この嘘つきめェ! お仕置きだ、タコ焼きパ~ンチ!!」
「ま、待てっ――!?」
海面へ到達する一瞬で、三人の顔が全く同時に殴られていた。
彼らの体は海底へ向けて一直線に飛んでいく。
凄まじい衝撃が全身を駆け抜けて、痛みが意識を遠ざけ、心まで折られてしまったのか海中で姿勢を立て直すこともできない。そのままの勢いで彼らは海底に激突した。
はっちゃんが追いついた時、三人は尻から腰にかけてが地面に突き刺さって埋まっていた。
動けない上に意識が朦朧としている彼らへ近付き、はっちゃんがマクロの胸倉を掴みながら文句を言い始める。いまだに怒りは薄れず、せめて言いたいことは言ってやろうというつもりらしい。
「よくも騙したなぁ! しかもケイミーを攫いやがって!」
「う、うぅ、嘘じゃないのに……」
「ニュ~?」
マクロはそれだけを言って意識を失ってしまう。すでに他の二人も気絶していた。
はっちゃんは不思議そうに首を傾げる。
嘘ではないと言っていたが本当だろうか。
あの辺りを見回したところでそれらしき物は見当たらなかったのだが、どういうことだろう。
パッと胸倉を探し、はっちゃんは考え始める。
その間に海中へ戻ってきたケイミーとパッパグは妙にはしゃいでいる様子だった。
はしゃぐ理由の一つに、まずはっちゃんがケイミーを助けてくれたことがある。騙されたとはいえ一度は離れてしまったが故に彼が傍に居る安堵はとてつもなく大きい。
二つ目に船が壊れて海中へ落ちてきた財宝だ。
マクロ一味の財宝を受け止め、腹いせ代わりに持っていくことにしたようだ。
怖い目にあった直後とはいえ二人は上機嫌そうに寄ってきてはっちゃんに礼を言う。
「ハチ~! ありがとう! お前はやっぱり良い奴だ!」
「ごめんねはっちん、また助けてもらっちゃって。でもありがとう」
「いいんだ。おれも騙されて腹が立っただけだ」
はっちゃんは笑顔で二人を迎え、ケイミーとパッパグも嬉しそうな顔になる。
宝箱が二つと中身が詰まった大きな袋が一つ。
重そうなので受け取ってやり、その後はっちゃんが二人を誘う。
「おれ探し物があるんだ。せっかくなら二人も来てくれねぇか?」
「いいよ。だってはっちんにはお礼しなきゃ」
「一度ならず二度も助けてもらったからなぁ。お前にはもう頭が上がらねぇよ」
「気にすんな。それに場所はもうわかってるんだ」
そう言ってはっちゃんは泳ぎ始め、先頭になって先導を始める。
「ニュ~こっちだ。来てくれ」
「うん」
「どこ行く気なんだ?」
「見てくれればきっとわかるよ」
三人で移動を始めて、先程タコを仕留めた場所へ向かい始める。
今度はもう急いだりしない。奪った宝と黄金の矛を持ってゆっくり泳ぎ、穏やかな雰囲気を湛えて辺りの風景を楽しむ余裕も戻ってきた。
ケイミーとパッパグも落ち着いたようだ。
すっかり恐怖心を忘れ、マクロ一味のことも頭に残らず、二人ははっちゃんに話しかける。
彼についての方がよっぽど興味があったらしい。
「はっちんは強いんだね。ねぇ、どこから来たの?」
「魚人島の出身だぞ。でも何年かイーストブルーに行ってたんだ」
「あ、そうなんだ。私たちも魚人島で暮らしてたんだよ」
「何を隠そう、おれこそ魚人島発祥、クリミナルブランド社の社長兼デザイナーなんだぞ」
「なんか聞いたことあるなぁ、それ」
「パッパグは凄いデザイナーなんだ。私も将来はデザイナーになりたくて弟子入りしたの」
「魚人島に帰るなら一緒に行こう。お前はいい奴だし強い。無事に帰れたらうちの会社が総力を挙げてお礼するぞ」
ゆったり泳ぎながらはっちゃんが振り返った。
彼の一言に返答しなければならなかったのだろう。
「ニュ~、おれは魚人島には帰らねぇんだ。仲間と一緒に旅してるからな」
「そうかぁ。まぁでもしばらくはおれたちも一緒に行っていいかな?」
「いいぞ。きっとみんなも納得してくれると思う」
「やったぁ! みんなで旅するの、なんだか楽しそうだね」
ケイミーが喜んでにこにこしており、パッパグも上機嫌にくるくる回っていた。
頼もしいだけでなく優しいはっちゃんとの旅は楽しそうだ。
喜ぶ二人を見てはっちゃんも嬉しくなって頬を緩ませる。
そうしてしばらくすると目的地が見えた。
彼らは気絶した巨大タコを見つけ、途端にケイミーとパッパグが驚愕する。
「きゃあ~っ!? おっきなタコぉ~!?」
「食われるぞぉ~!?」
「大丈夫だ。もう気絶してる」
驚いて飛び上がる二人を尻目に、はっちゃんは再びその辺りの散策を始めた。
伝説のたこ焼きはやはりここなのだろうか。しかしどこを見てもそれらしき物は見当たらず、あいにく人も居ないため知っていそうな人物すら見つからない。
その時、タコの頭がわずかにズレているのが見えた。
はっちゃんは宝を置いてそこへ近付く。
気になったのでとりあえず頭頂部を掴んでぐいっと引っ張ってみる。すると蓋のようにそこが開いてしまう。それを見てまたしてもケイミーとパッパグが絶叫した。
はっちゃんはさほど驚かずに中を覗き込む。
中には大きな壺があり、しっかりと蓋がされていた。
一瞬にしてこれだと理解できたはっちゃんが笑顔を輝かせる。
「ニュ~! これだぁ~!」
それこそ秘伝のタレなのだと理解し、壺を大事そうに持ち上げる。
“伝説のたこ焼き”とはつまり、“伝説の素材”である巨大なタコが“伝説のタレ”を隠し持ってるということを表現しているようだった。
何にせよ、伝説のたこ焼きを作るための素材は集まった。
はっちゃんは心から喜び、驚愕して叫ぶ二人へ満面の笑みを向けた。
黄金の矛、マクロ一味の宝、伝説のたこ焼きの素材とタレを手に入れて。
はっちゃんはケイミーとパッパグを引き連れ、自分の船へ戻ろうと泳ぎ出した。
これならアーロンも笑顔になってくれるだろうと自信がある。笑顔のはっちゃんはにこにこと上機嫌さが明確に表れていて、傍から見ていても気分が良くなるほど。
タコを引っ張るはっちゃんの顔をケイミーが覗き込む。
「はっちん、嬉しそうだね」
「ニュ~、アーロンさんも喜んでくれそうだからな。やっと見つかって嬉しいんだ」
「よっぽど好きなんだね、そのアーロンさんって人のこと」
「おれたちにとっては兄貴みたいな人だからな。ちょっと怖いけど仲間には優しいんだ」
「そのアーロンって名前、どっかで聞いたんだけどな。どこだったかな……?」
笑顔で話すはっちゃんとケイミーの傍で、首を傾げるパッパグが呟く。
その名は彼らの出身地、“魚人島”において半ば伝説的とも言われる悪童の名前なのだが、すっかり忘れてしまったのか思い出せる気配がない。
はっちゃんの仲間ならまぁいいかと思い、結局は考えるのをやめてしまった。
とにかく今優先すべきは“伝説のたこ焼き”である。
素材は手に入れた。宝もある。
これから他の材料と調理器具を揃えてアーロンに食べさせるのだ。
ひとまず彼らは調理器具を求めているようだった。
大きなタコを引きずりながら進んで、いつの間にかまた景色が変わりつつある。
前方左側、ケイミーが大きな沈没船を見つけた。ボロボロになって海底に沈んでおり、大きなガレオン船だったため嫌でも目につき、気になる。
ケイミーが二人へ教え、ちょうど注目した時さらに気になる物を見つけた。
「ねぇはっちん、パッパグ、あれ見て」
「ニュ?」
「難破船か。しかもあれは……誰かの村か?」
よく目を凝らしてみると沈没船の周囲、或いは真下、ハチマキナマズたちの村があるようだ。上から落下してきたガレオン船によって潰されてしまって、皆が困っている顔である。
あれではまともな生活も送れないだろう。
気になった三人は荷物を持ってそちらに近付いてみることにした。
やはり村が押し潰されている。
ナマズたちの表情は暗く、ずいぶん気落ちしている様子だ。ひょっとしたら今日の出来事ではないのかもしれない。数日前に起こったのなら彼らの疲弊した顔も納得できた。
「ひどい……これじゃご飯を食べたり、安心して寝られないよ」
「難破船ばっかりは防ぎようがないからなぁ。海賊も海軍も商人だって居る訳だし」
二人の声を聞きながらはっちゃんはハチマキナマズの群れを見ていた。
小さな子供が腹を空かせて母親に泣きついている。
それだけが妙に頭に残ってしまい、じっと見つめる彼は押し黙った。
「はっちん、なんとかしてあげられないかな――?」
振り返ったケイミーが試しに聞いてみたその瞬間だった。
はっちゃんは引きずっていたタコを置き、タコの頭に乗せていた宝を持って全力で泳ぎ出す。
「ニュ~~ッ!!」
「え~~っ!? びっくりしたっ!?」
「どうしたハチ!? その行動に何の意味が!」
「はっち~ん!」
脇目も振らずに真っ直ぐ泳いで全速力で去っていく。
突然の行動で意味がわからず、焦るケイミーとパッパグが声をかけても止まらない。
彼はそのまま遠くなり、やがて背中すら見えなくなってしまう。
失意のハチマキナマズたちは気にする余裕もないらしく、彼らの叫びにも反応は見せず。
残された二人は、見捨てられたのだろうか、と不安になった。
はっちゃんは二度も、一度目は偶然だったとはいえ、二度目は確実にケイミーを助けようと力を貸してくれた。その人がなぜ逃げてしまうのだろう。
理由がわからずに二人はただ困惑するばかり。
「パッパグ、どうしようっ。はっちんどこ行っちゃったんだろう」
「わ、わからねぇよ、そんなこと。あいつ、帰ってくるのかな……」
「きっと帰ってくるよ。考えがあったからどっか行っちゃったんだよね? そうだよね?」
「そうだと思う……そうだといいんだけど」
不安を募らせる二人は何を言えばいいのかもわからない。静かにその場で待ち始める。
帰ってくるかどうかもわからない彼を信じて、ハチマキナマズの村を動かなかった。
*
待ち始めてから数時間は経っただろうか。
いつからか待ち疲れて海底に寝そべり、眠ってしまっていた二人へ声がかけられる。
重い瞼を持ち上げると、二人の傍にはっちゃんが居た。
「ニュ~。おはようだぞ、二人とも」
「あ、はっちん……」
「おおっ!? ハチ、どこ行ってたんだよ! ケイミー、ちゃんと起きろ! ハチだぞ!」
「あぁ~っ、はっちん! 帰ってきてくれたんだね!」
「待たせて悪かったな。ちょっと二人に手伝って欲しいんだ」
はっちゃんはにこりと笑い、顔を見合わせた二人は訳も分からず頷く。
「じゃあおれは先に行ってるから、近くの小さい島に来てくれ。すぐ傍だから海面から顔を出したらすぐわかると思うぞ。それと、ナマズたちをみんな呼んできてくれ」
「みんなって、全員?」
「そうだ。準備して待ってるからな」
「う、うん」
何のことだかわからないままとりあえず納得する。
はっちゃんは海面へ向かって泳いでいき、その背はあっという間に遠くなった。
状況が理解できないものの、任されたので二人は動いてみる。
先にハチマキナマズの村へ立ち寄って、魚類と話せるケイミーがパクパク口を動かし、海上へ来るようにと意志を伝えた。彼らもぽかんとしていたが案外素直に従って移動を始める。
二人も急いで海上へ向かってはっちゃんの下へ向かう。
確かに海から顔を出すと近くに島が見えた。木が一本だけ立つ小さな島である。
驚いたのは、そこに店があったことだ。
海を眼前に台を置いて、そこには“たこ焼き”と書かれており、はっちゃんが慌ただしく六本の腕を動かしている。素早く手慣れた動きでたこ焼きを作っているようだった。
ケイミーとパッパグは思考を停止させる。
しかし、直後にはにっこり笑い、顔を見合わせると大慌てで彼の下へ向かった。
「はっちん!」
「ハチ! お前って奴はよぉ!」
「ニュ~、二人とも忙しくなるぞ。こっちで手伝ってくれ!」
「は~い!」
「任せろぉ~!」
海から飛び出したケイミーとパッパグも台の裏側へ回り、手伝い始める。
ケイミーは用意されていたバンダナを頭に巻き、パッパグは自分に良さそうな丸い足場に乗る。
それから三人は息を合わせて作業を始めた。
はっちゃんがたこ焼きを作る作業を一手に引き受け、出来上がったたこ焼きをパックに詰めるとパッパグへ手渡され、彼が伝説のタレやマヨネーズ、かつお節、青のりをかけて完成する。さらにそれらはケイミーへ渡されて、爪楊枝を刺すとハチマキナマズたちへ手渡した。
恐る恐る近寄ってきた彼らはその匂いを嗅ぎ、その見た目を確認して涎を垂らす。
もはや我慢することはできない様子で、皆がそれを受け取っていった。
ナマズたちは美味なるたこ焼きを食して涙を流した。
その味が、彼らの優しさが、空腹に幸せを与えて表現できないほどの嬉しさを得る。一度食べ始めればもう止めることはできない。必死になって食べ続けた。
もはや落ち込んでいる者は一匹も居なくなって、皆が笑顔に包まれる。
空腹だったハチマキナマズたちの食事は短時間で終わるものではなかった。
それでも、はっちゃんたちは笑顔を絶やさず、彼らの腹が満たされるまで作業を続ける。
ハチマキナマズたちはこの出来事を忘れずに深く感謝し、生涯忘れないだろう。
苦難の末に突如現れ、生きる喜びと希望を与えたたこ焼き屋は彼らの中で伝説となり続ける。
そうとは知らずはっちゃんは、ケイミーは、パッパグは充実感を感じて心から笑っていた。