ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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動物王

 白い岩山の中腹付近、歪な円形の広場にて、動物たちが集まってひどく賑わっていた。

 輪になった彼らの視線には、モバンビーが持っていた服を着た新たな王が居る。

 貴族のようにも見えて、インチキな王様にも見える微妙な服を身に着け、明らかに困惑している様子のチョッパーが自分の体を見下ろす。

 正直、カッコいいとは思えない格好だ。

 

 端が破れた海賊旗は首に巻かれてマントのように。

 帽子の上から王冠が被せられ、ヘンテコだと思うそれを決して気に入っている訳ではなかった。

 

 「なんでこんな格好しなきゃいけないんだ……?」

 「だって君は新しい動物王なんだもん。それに相応しい格好をしなくちゃ」

 

 彼にその服を着せたモバンビーが笑顔でそう言う。

 やけに親しげな態度だが思い当たる節がなく、言っている意味がわからない。

 首を傾げたチョッパーは素直に質問した。

 

 「動物王って?」

 「君のことだよ。君はこの島の王に選ばれたんでしょ? “選定の鳥”に」

 「せんていの……? それってさっきの大きい鳥?」

 「そうさ! 選定の鳥は長い間この島を守り続けてる。彼に選ばれた動物はこの島の王になるのが決まりなんだ。つまり君は新しい動物王だ!」

 「動物王? えっ? そんなの、おれは違うよ」

 

 戸惑うチョッパーはぽつりと告げた。

 モバンビーを始め、驚愕した周囲の動物たちが目を見開く。

 

 「ち、違うって、どうして違うのさ。君は選定の鳥に選ばれたんだろ?」

 「選ばれたんじゃないよ。船で航海してたらいきなり連れて来られただけだ。どうしてここに来たのかもよく知らなかったし……おれは動物王なんかじゃない」

 「それじゃあ――」

 「おれは海賊だからね」

 「かっ、海賊!?」

 

 叫んだ瞬間、モバンビーは慌てて後ずさり、他の動物たちもチョッパーから距離を取る。

 一体なぜそこまで怯えられてしまったのだろうか。

 再びわからなくなり、思わず首を傾げると同時、怒った顔のカラスケが大声を発した。

 

 「てめぇ、この野郎! 動物王の名を語った海賊だと!? ふざけたことしやがって!」

 「みんなどうしたんだよ。なんでそんなに怒ってるんだ?」

 「この島に海賊は入っちゃいけねぇ! 人間もだ! 選定の鳥に連れて来られたから動物王かと思ったら、一体この島で何をするつもりだよ!」

 「ちょっと待ってよ、おれは無理やり連れて来られただけで、何もするつもりは――」

 「そんな……嘘だよねチョッパー。君は海賊じゃないだろ? 次の動物王なんだろ? でなきゃ選定の鳥が選ぶはずがない。君は何か間違えてるだけなんだ」

 「そんなこと言われても」

 

 怒られたり、泣きそうな顔になったり、勝手気ままに話を進められて訳がわからない。

 チョッパーは困惑し、返答ができなくなって黙り込む。

 

 動物たちは見るからに落胆している様子だった。

 勝手に期待した上に、説明もなく失望するとは失礼な話だが、なんとなく事情は伝わる。要するに彼らの勘違いだったようだ。

 それがわかっても答えは変わらないものの、チョッパーは悪いことをした気になる。

 

 モバンビーもまたがっくり肩を落としていた。古びた服を持ち出し、誰よりも歓迎してくれた彼だからこそ深く落ち込んでしまったのだろう。その表情には心が痛んだ。

 服を脱ぐ機会を失い、その格好のまま、チョッパーが彼へ問うてみる。

 

 「おれが動物王じゃなかったら、みんなそんなに困るのか?」

 「うん……僕らの王様が死んじゃったんだ。だからこの島を守ってくれる人が居ない。森の番人たちも頑張ってはいるけど、島に来た人間たちには困ってるんだ」

 「どうして人間に困るんだ?」

 「ここは動物たちの国だ。人間が島に入るのは昔から禁止されてる。島の動物たちを殺したり、食べたり、そんな連中ばかりだから、キリンライアンが追い払ってたんだけど……」

 「そのキリンライアンっていうのが、動物王だったんだな」

 「うん……優しい王様だった」

 

 モバンビーが悲しげな顔で俯くと、動物たちも落ち込んだ顔を見せる。

 よほど尊敬された王だったのだろう。重苦しい空気は何よりの説明になった。

 死は慣れないものだ。チョッパーもまた寂しそうな顔をする。

 

 「ねぇ、君は本当に動物王じゃないの? 選定の鳥に選ばれたのに?」

 「ち、違うよ。嘘じゃない。おれは海賊で、動物王にはなれないんだ」

 「どうして海賊になんてなるんだよ。どうしてあんな奴らに……!」

 「お前、海賊が嫌いなのか……?」

 

 両手をきつく握り、妙に怒りを感じる表情だった。チョッパーに対して怒りをぶつけている訳ではなく、この場に居ない誰か、おそらく海賊に向けられている。

 そんな顔をするということは海賊が嫌いなのだろうと思う。

 なぜ嫌うのかがわからなくて、そう質問するチョッパーは素直に理解できなかった。

 

 チョッパーを見ていた視線が再び地面へ落ちる。

 暗い表情になったモバンビーは小さな声で、恐る恐る言い出した。

 

 「海賊は嫌いだ……あいつらは人の大事な物を奪っていく。他人の気も知らないで、簡単に誰かを殺したりするような最低な奴らだ」

 「確かに、そんな奴らもいるかもしれないけど、そんな奴ばっかりってわけじゃ」

 「ねぇチョッパー、君には海賊なんて似合わないよ。君は人の言葉をしゃべれるけど動物だ。この島で一緒に暮らそう。動物王として僕らを守ってよ」

 「そ、そんなこと、できないって」

 「お願いだよ。新しい動物王が生まれなきゃこの島は人間に荒されるだけなんだ。現に今も外から来た連中が長老たちやたくさんの動物を怪我させてる」

 

 懇願するようなその一言にチョッパーの表情が変わった。

 

 「怪我? この島で何か起こってるのか?」

 「そうなんだっ。外から来た人間たちが変な動物を操って、色んな動物たちがやられてる。あいつら何の種類かわからないけどめちゃくちゃ強いんだ。森の番人でも歯が立たない」

 「そんな奴ら、おれでも勝てないよ。おれだってそんなに強くない……」

 「そんなことないさ! だって君は動物王なんだから!」

 

 モバンビーは拳を握って強く言う。同意するように動物たちも頷いていた。

 この時になってようやく歪な何かに気付く。

 どうやら彼らは“動物王”という言葉に対して並々ならぬ期待を寄せているようだった。動物王が居れば必ず勝てる、動物王が居ればそれだけで安心。そんなおかしな意味合いを感じる。

 

 ただの妄信ではない。それは狂った価値観だ。

 国とは王様が居ればそれだけでいいというものではない。チョッパーは自身が生まれ育った国を見てきたが故に、Dr.くれはの話を聞いたために、国がどういうものかを漠然と理解している。

 彼らの言葉は決して国を想うものではない。

 どちらかと言えばワポルの考えに近い何かを感じた。

 

 半ば無意識的にチョッパーは後ずさりをする。

 妙な感覚がして怖くなったのだ。

 

 彼の心境には気付かず、モバンビーは一歩近付いて彼に笑いかける。君が居れば大丈夫。そういった意志が笑顔に表れ、揺らぐことはない。この世の真理とでも思っていそうだ。

 周囲の動物たちも同じ様子。動物王を頼る態度があった。

 

 「海賊をやめて動物王になってよ。君は選定の鳥に選ばれたんだ。すっごく強いんでしょ? 君ならあいつらを島から追い出せる。そうしたらこの島にも平和が――」

 「それは、違うと思う」

 

 心優しいチョッパーは、彼らを傷つけるような言葉を吐こうとはしなかった。

 だがその考えには居ても立っても居られず、ついには行動に移してしまう。

 

 「チョッパー……?」

 「これ、返すよ。きっとおれが持ってちゃいけないものだ」

 

 着せられた服を脱ぎ、帽子の上から被せられた王冠も取って、揃って地面に置いた。

 首に巻いた海賊旗は一味にとって大事な物だ。置いて行ったりはしない。敢えて取る必要もないかとそのままにしておき、チョッパーは両手で帽子の位置を直した。

 

 その行動を見るモバンビーは信じられないものを見たという顔で。

 理解ができないらしく、気付けば声が震えていた。

 

 「ど、どうして脱ぐの? 王様らしい格好した方がいいかと思って準備したのに」

 「さっきも言ったけど、おれは王様にはならない」

 「どうしてっ。君は選定の鳥に選ばれたのに、動物王になる資格があるのに!」

 「おれがなりたいって言ったわけじゃないさ。勝手に連れ去られて、勝手に動物王になれって、そんなの王様を決める方法じゃない。お前たちは間違ってる」

 「間違ってなんかないよ! この島はずっとこうして守られてきたんだ!」

 「そうか。だったら王様はこの島の動物から選んでくれ。おれは仲間のところに帰らなきゃ」

 「チョッパー!」

 

 振り向いた彼は辺りを見回し、船を探し始めたようだ。しかし広大な島は海が遠く、メリー号がどこにあるのか、島の終わりがどこなのかさえも見えない。

 そちらを向いたまま、モバンビーに背を見せて言う。

 やはり言わずにいられなかったのは、彼が初めて出会った動物たちを心配するからだろう。

 

 「おれが生まれた国の王様は、身勝手で、わがままで、王様だと思えるような奴じゃなかった」

 

 唐突な話を始められてきょとんとする。

 真意を掴めないモバンビーは黙り、背を見つめてその言葉を耳にした。

 

 「おれが知ってる王様は国中の医者を追い出したり、医学を自分だけのものにしたり、苦しんでる人を嘲笑って助けようとしなかったり、国が海賊に襲われると誰よりも早く逃げ出したり。とにかくそんなことをする、最低の人間だった」

 「そっか、チョッパーも苦労したんだね。でもこの島に居ればそんなことはないよ」

 「もっと良い王様が居ればいいって思ってたんだ。でもドクトリーヌは、良い王様が居ただけじゃ良い国にはならないって言ってた」

 「ん? どういうこと? 良い王様が居れば良い国になるでしょ? だってキリンライアンが動物王だった頃はこの国はとっても幸せだった。島の外から来る敵はキリンライアンが追い払ってくれるし、困ったことがあったらキリンライアンが解決してくれる。そんな幸せな国が――」

 「それって本当に幸せなのかな?」

 

 チョッパーは真剣な顔で振り返る。ぽかんとするモバンビーの目を真っ直ぐ見つめた。

 

 「王様って何だろうってずっと思ってた。幸せな国って何だろうって。その時ドクトリーヌが教えてくれたんだ。良い王様が居るだけじゃいけない。優しい国民が居るだけでもだめ。王様と国民が手を取り合った時だけ、国は幸せになれるんだって」

 「王様と国民が、手を……?」

 「どっちか片方だけじゃだめなんだ。信頼できる仲間が居なきゃ、王様だって何もできない」

 

 それが長年考え続けた答え。

 彼自身、己の祖国を憂い、なんとかできないのかと考えていた。ヒルルクが考えていたように国を救うことができたならどれほど幸せだろうかと。だからこそ考え、わからないことがあればくれはに質問して、自分なりの答えを出そうともがいていた。

 

 彼らの話を聞いてようやく確信に至った気がする。

 必要なのは仲間だった。

 一人で足掻いていても幸せにはなれない。本当に必要なのは信頼できる仲間だ。

 

 チョッパーの目に迷いはない。強い覚悟だけが映されていた。

 その目をまじまじと見たモバンビーは戸惑い、恐れを為すかのように後ろへ足を伸ばす。

 

 「なんとかしてやりたいと思うけど、仲間が心配してるから帰らなきゃいけないんだ。それにおれは王様にはなれない。おれには大事な、海賊の仲間が居るから」

 「あっ……」

 

 視線を切ってチョッパーが歩き出す。

 ひどいことを言ってしまったかもしれない。

 つい彼らを否定するようなことを言ってしまったが、これで少しは変わってくれればという想いもあって、複雑な心境ながらチョッパーは振り返ろうとしなかった。

 この島の住民が変わらなければ国が変わることはない。

 あとは彼らの問題だと、心を鬼にしてその場を去ろうとする。

 

 少し歩いて、さてどこから岩山を降りようと考えていた時だった。

 モバンビーが大きな声を出し、反射的にチョッパーが振り返る。

 

 「待って……待ってよ! しょうがないじゃないか! 僕らだってなんとかしたい、わかってるんだよ! 誰かに任せてるだけじゃだめなんだって!」

 

 振り返ったチョッパーの目に、地面を睨みつけるモバンビーの姿が映る。

 心を鬼にすると決めたばかりなのに。

 彼の足は不思議と動かなくなってしまって、モバンビーから目が離せなくなった。

 

 「だけど、僕らには力がないんだ……人間が持ってる武器には敵わないし、今までたくさんの仲間が死んじゃったり、攫われていった。どうしたらいいかだってわからない。だからキリンライアンがいつも助けてくれて、でも、キリンライアンも死んじゃって……」

 「モバンビー……」

 「動物王が居なきゃこの島で住むことはできなかった! 僕らは動物王が居たから今まで生きてこれたんだよ! 他の国がどうか知らないけど、動物王は必要なんだ!」

 

 余裕のない顔でモバンビーが叫ぶ。

 それからすぐ、乱暴な歩調で歩き出したモバンビーはチョッパーに追いつき、彼の手を握ると強く引っ張って歩き始めた。歩き去ろうとした方角とは逆の方向に向かう。

 

 「来て!」

 「ど、どこ行くんだよ」

 「見せたい物があるんだ!」

 

 ぐいぐい引っ張り、山を下りていく。

 坂道を下ると森へ入って、迷いもせずに奥へ進む。

 

 引っ張られている間、チョッパーは敢えて何も言わなかった。モバンビーの真剣な横顔を見ていると何も言えなくなり、止めてはいけないのだと感じている。

 彼の歩調は速くなる一方。

 必死について行って足を止めた時、彼の目の前には古びた廃墟があった。

 

 「これは……?」

 「僕の船だよ。この船に乗ってこの島に流れ着いたんだ」

 

 半壊し、ほとんど形を成していない船が目の前にある。

 小舟と呼んでも差し支えないほど小さな物で、屋根がある一室だけ存在し、中を覗き込んでみると外観と変わらず壁や床が崩れて、物が散乱しており、ひどい有様だ。

 もうずいぶん長い間放置されていただろう。

 人が乗れる状態ではなく、まさしく過去の遺物と化していた。

 

 「父さんと一緒にこの船に乗って航海してたんだ。だけど父さんは殺された……海賊に」

 「えっ? 海賊、に?」

 「うん……」

 

 じっと船を眺めながら、静かな声で語られる。

 

 「嵐の夜に、突然海賊に襲われて、父さんが殺された。僕は何もできなくて、怖くて」

 「そうなのか……」

 「わかってるんだよっ。僕が強くならなきゃいけないんだってことは……でも」

 

 モバンビーの手がそっと胸を押さえる。

 そこに刻まれた深い傷跡はその時についたものなのだろう。

 トラウマになっているはずだ。今よりも幼い頃に父親が殺され、その瞬間を目撃してしまった。子供が受け止められるほど簡単な出来事ではない。

 

 チョッパー自身も、大切な人を失う痛みや苦しみを理解している。

 そのせいか、他人事とは思えず、彼の小さな声に眉根が寄せられていた。

 

 「怖いんだ……! 戦おうとしたけど、自分が死ぬのも、仲間が死ぬのも怖くて、結局何もできなかった。最低だよね。それなのにチョッパーには戦わせようとしてる」

 「気持ちはわかるよ。おれだって戦うのは怖いし、できれば戦わないのが一番だ。島を出たのは初めてだから、怖いものなんてたくさんある」

 「チョッパーも?」

 「うん。だけど、ルフィたちに出会って、思ったんだ」

 

 チョッパーはモバンビーへにこりと微笑みかける。

 優しい表情を見て彼は驚きを露わにした。

 

 「怖がってたって何も変わらない。でも勇気を持ってやってみたらさ、案外楽しいんだ。最初は怖かったけど今は心から海賊になってよかったって思う」

 「だって、海賊は……」

 「みんながみんなそうじゃないよ。ルフィたちはいい海賊なんだ」

 「海賊に良い悪いってあるの?」

 「う~ん、わからないけど、少なくともルフィたちは安全だ。確かに戦うことはあるけど、無暗に他人を傷つける奴らじゃない。みんな優しいんだ」

 「そう……」

 

 モバンビーは言葉に詰まるも、すぐに強い眼差しで訴えかけた。

 

 「だけどチョッパーは動物じゃないかっ。それなのに人間と一緒に居ていいの?」

 「それはそうだけど」

 「この島には動物しか居ないんだ。チョッパーより珍しい動物だっていっぱい居るよ。僕らも仲間だろう? 海賊をやめてさ、みんなで一緒に暮らそうよ」

 「そういうわけには……」

 

 熱意を感じる口調だったが素直に頷く訳にはいかない。困った様子のチョッパーは言葉に詰まるものの、意志ははっきりしており、どう答えようかと迷う。

 そんな静寂の一瞬、奇妙な声が聞こえた。

 

 「やっと見つけたぞぉ~……奴の船だ」

 

 咄嗟に二人は森へ振り返る。

 どこかから異質な感情を含む声が飛んできた。

 おそらくは森の向こう。まだ姿は見えていないが近くに居る。

 二人は怯えるように身構えて、周囲の森へ視線を走らせ始めた。

 


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