ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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島を守る者

 空から二人が落下してくる。ルフィとキリは真っ逆さまに森へ突入していった。

 バキバキと接触した枝が折れ、身の危険を感じた瞬間、二人はそれぞれ近くの枝を手で掴み、徐々に勢いを殺しながら落下していく。すると地面が近付く頃には危険を感じなくなっていた。

 持ち前の運動神経で何とか勢いを殺し、無事に着地する。

 そこは視界の悪い森の中。背の高い木々と草が周囲を取り囲んでいた。

 

 ひとまず体に怪我はない。

 周囲を見回した二人は警戒しながら口を開いた。

 

 「くそぉ~、鳥め。ここどこだ?」

 「ずいぶん飛ばされたみたいだ。チョッパーはどこ行ったんだろう」

 「すぐに探そう!」

 「いや、さっきの攻撃は下から来てた。でも空には何も居なかったし、多分、この森から攻撃してきたってことなんだと思う。そう簡単にはいかないだろうね」

 

 チョッパーを心配するルフィは先を急ぎたがるが、キリがその足を止めさせる。

 話している間も妙な視線を感じていた。

 不意に口を閉ざした二人は周囲の音を聞き、森の中に潜む誰かの存在を感じ取ったのだ。

 

 「何だろうな、あれ」

 「わからない。人じゃなさそうだ」

 「お前たち人間か」

 

 頭上から声をかけられ、即座に二人が見上げる。

 彼らの傍にある木の上に声の主が居たようだ。

 

 太い枝に居たのは大きなオウムである。人間の子供程度の大きさがあるだろう。太った体は緑色の羽に覆われ、年老いた様子が伝わり、頭頂部だけが禿げていた。

 人語を操るはずのない生物だ。

 二人は驚くのだが、よく考えれば少し前にもしゃべる鳥や、或いはトナカイを見ているためにすぐ納得すらしてしまう。ハゲオウムを見上げた二人は冷静だった。

 

 「誰だお前。チョッパー知らねぇか?」

 「ここは人間が立ち入ることは許されぬ島。即刻出て行け」

 「そうはいかねぇよ。おれたち仲間をさらわれたんだ」

 「でかい鳥が連れてたトナカイだよ。見なかった?」

 「トナカイ……ではやはり、“選定の鳥”が連れていたのは動物か」

 

 ハゲオウムは唸るように呟いた。

 その一言で何か気付いたらしくルフィが声を大きくする。

 

 「お前なんか知ってんのか? 教えてくれ! チョッパーはどこに居るんだ!」

 「帰れ。島から出て行け」

 「おい! おれの話聞けよ!」

 「仲間を連れ戻したらすぐに島を出るから。どこに居るかだけ教えてくれないかな?」

 「お前たちに教えることは何もない」

 

 ぴしゃりと断じる強さを感じた。

 よほど嫌われているのか、取り付く島もないとはこのことだ。思わずルフィとキリは表情を歪めて言葉を止めるものの、黙ったままではいられず話し出す。

 チョッパーを見捨てては行けない、その一心で口調も厳しくなった。

 

 「じゃあいいよ。お前が教えてくれなくても勝手に探すから」

 「待て! 人間はこの島に立ち入ることは許されんぞ」

 「だったら教えてよ。何の説明もないならボクらは勝手に島に入る。チョッパーを探さないと」

 「それはできんっ」

 「ルフィ、行こう」

 「そうだな」

 「待て! この島に入るな! 森の番人の裁きが下るぞ!」

 

 怒りを露わにハゲオウムが叫ぶ。

 その一言が気になり、流石に無視する訳にも行かず、二人は足を止めて振り返った。

 

 「森の番人の裁き? どっかで聞いたことあんな」

 「脅しにしては基本的だけどね」

 「嘘だと思うか? わしはお前らのためを想って言っている。死にたくなければ奥に行くな」

 「いやだ。チョッパーを助けねぇといけねぇんだ」

 「それならお前たちは死ぬだけだ。森の番人の裁きでな」

 「森の番人、ねぇ……」

 

 キリが気の無い声で呟くと同時、ルフィが歩き出した。向かう先は当然森の奥。ハゲオウムの言葉など意に介さず先へ進んで、キリも当然だという態度で後ろへ続く。

 ハゲオウムは驚愕する。

 警告を無視して、死を恐れない姿は異常だと感じざるを得ない。

 翼をバタバタと騒がしくはためかせ、さらに警告の声は止まらなかった。

 

 「おい貴様ら! 正気か!? 本当に死ぬつもりなのか!」

 「うるせぇ。おれたちは死なねぇし、チョッパーだって見捨てねぇ」

 「止めたきゃ止めてみなよ。策はあるんでしょ?」

 「くっ……仕方ない。どうなっても知らんぞ!」

 

 ハゲオウムの声を無視して歩く。

 木々の間を通り抜けようとした時だった。

 突然脅威が接近していることを感じ、二人は素早い動きでその場から飛び退く。

 

 どこからともなく、空気が激しく動く音が聞こえていた。そこに居ては危険だと判断した二人が何も言わずに跳んだ時、二人の間を猛烈な勢いで何かが通る。

 地面に激突し、衝突の際に大きな音を発して、草を押しのけ土が抉られた。

 それだけでなく丸い物が破裂したのか、少量の液体が辺りに飛び散る。

 

 着地と同時に振り返った。

 二人の目は即刻木の上へ向かう。

 

 細い枝の上、妙に手の長い猿が座っている。

 態度も悪く見え、だらしない姿勢でくちゃくちゃと口を動かし、右手には成熟したリンゴ。どうやらそれを投げつけてきたようだ。

 確かに直撃した地面を良く見れば粉々になったリンゴが散らばっている。

 先程空に居た時もぶつけられたのだと今になって理解できた。

 

 「なんだあの猿」

 「リンゴ投げつけてきたらしいね。あれが森の番人か」

 「こんにゃろ、やる気か? 急いでんだ。邪魔すんな」

 

 相手を侮蔑するように笑い、テナガザルはリンゴを一口齧る。

 それからすぐに右腕を振り上げて、齧ったばかりのリンゴを投げた。

 手を離れた瞬間にはトップスピードに達している。人間以上の握力がそうさせるのか、腕の長さが良い結果を生んだか、まるで銃弾。凄まじい速度で真っ直ぐ飛んでくる。

 

 狙われたのはルフィだ。

 彼は大きく跳ばずに数歩横へ動くだけで回避し、拳を握る。

 見上げる形で猿を睨みつけ、咄嗟に反撃を繰り出そうと動き出した。

 

 「舐めんな! ゴムゴムのピストル!」

 

 突き出された右腕が伸び、高速で拳が迫っていく。

 猿はその様を目視して別の枝に飛び移った。長い腕を使って素早く移動を終える。当然ルフィの拳は当たらず、すでに居なくなった場所を通過していった。

 次々枝を掴んで移動しながら、テナガザルは嘲笑うかのように声を発する。

 

 「キャッキャッキャッ!」

 「くそぉ~、笑うなお前ぇ!」

 「動きが速いね。止めようか?」

 「手ェ出すな! こいつはおれがやる!」

 「単純だなぁ、もう」

 

 怒ったルフィは能力を使おうとするキリを止め、自らがやると駆け出す。

 テナガザルを追って地面を走るのだが、相手は再び木に生っていた丸い果実を手にした。

 

 まるで人間が野球をする際の動き。

 果実を両手で持ち、頭より高く上げ、腕を降ろすと共に足が上がる。左足を前に踏み込んで勢いをつけるとスムーズな流れで全身の力が腕に集められ、投球を行う。

 野球のピッチャーのような鮮やかさだ。

 あいにく山育ちのルフィは野球をよく知らないものの、その動きは非常に人間に近い。

 

 決して太くはない枝で流麗な動きを行い、果実が投げられた。

 再び剛速球が迫る。

 正面から来る凶器を前に、彼は軽く跳んで胸を張り、大きく息を吸い込んだ。ゴムの体は見る見る膨らんでいき、果実が間近に迫る頃には丸々とした体になっていた。

 

 「ゴムゴムのォ~……風船!」

 

 膨らんだ体のど真ん中に果実が直撃する。回転するそれは常人が受ければただでは済まない勢いだったが、打撃が通用しないルフィにとっては大した攻撃ではない。

 背を丸めて柔らかく受け止める。

 その光景にテナガザルは勝ち誇った笑みを浮かべた。

 回転は止まってはおらず、ルフィの目は余裕を見せるテナガザルを捉える。

 

 腹に触れたまま回転していた果実が見事に跳ね返された。

 勢いは殺さずに、むしろ速度は増すかの如く、一直線にここまで来た軌道をそのまま帰る。余裕だったはずのテナガザルは目を見開いて驚愕した。

 

 パァンと軽い音が鳴り響く。

 テナガザルの顔面に果実が直撃し、果実が破裂した音だった。

 

 たったの一撃。だがその一撃に込められた勢いは顔に受けていいものではない。

 白目を剥いたテナガザルは木から落ちていき、受け身も取れずに背中から着地する。

 流石に衝撃に耐えきれなかったのか、テナガザルは沈黙した。

 ルフィは大きく息を吐き出して元の外見に戻っていく。

 

 想像よりずっとあっさりした結末だった。

 喜びを噛みしめるルフィは拳を突き上げて叫び、キリはハゲオウムに振り返る。見上げた先ではハゲオウムが驚いていて、言葉も出ない様子だ。

 

 「おっしゃ~! 勝ったぁ!」

 「さて、森の番人は終わり?」

 「ええい、舐めた口を……勝負はこれからじゃ!」

 

 激昂したハゲオウムが翼を広げた。

 それに呼応するかのように木々の向こうから新たな影が現れる。

 二人も当然気付いてそちらに目をやった。

 

 「まだ来んのか」

 「結構面倒だね。急いでるのに」

 

 ルフィやキリより身長が高い草を掻き分けて、巨大な動物が姿を現した。

 やってきたのは白い体毛を持つ二メートル超のゴリラである。厳めしい顔でのそりと歩いて、胸の辺りを指で掻きながらやる気の無さそうな様子だ。

 二人は咄嗟に身構え、対峙する。

 

 ゴリラは腕をぐるぐる回して気だるげだった。

 だが目の前に来たということは戦うつもりはありそうだ。

 

 「でっけぇゴリラだなぁ~」

 「さっさと終わらせて先を急ごう。チョッパーが無事とも限らない」

 「そりゃそうだっ」

 「フン、そう簡単に倒されては森の番人とは呼ばれんわ」

 

 自信満々というハゲオウムの言葉を受けながら、気にせず二人は攻勢に出る。

 ルフィが駆け出して正面から立ち向かった。

 確かに相手は体が大きい。人間とはそもそも筋力が違い、普通であれば太刀打ちできる存在ではないだろう。だがルフィは全く恐れてはいなかった。

 平気な顔で見送るキリも同じくである。ルフィが負けるとは思っていない。

 

 「ゴムゴムのォ~ライフル!」

 

 接近する間から腕が伸ばされ、ぐるぐると捻じられていた。軽く跳んで勢いをつけると同時に後方へ伸ばした腕が前へ出される。それは回転を加えた強烈なパンチだった。

 猛然と襲い掛かるそれを見てもゴリラは動かず。

 しかし、腹に当たる、というその瞬間になってから素早く動いて、わずかな動きで回避する。華麗なステップで横へほんの少し動いただけだった。まるで人間のような動きでもある。

 

 空振りに終わったルフィの拳はその向こうにあった木を殴り、幹を破壊してあっさり倒す。

 驚愕したルフィは目を見開き、さらに素早い動きを見せるゴリラを注視する。

 

 胸の前で両方の拳を構え、ゴリラが軽快なステップを見せている。

 それはまるでボクシングの如く。横へ縦へと動く素早さは巨体に似合わぬスピードと、何より野生動物とは思えないテクニックを窺わせ、生来のパワーもある。

 動物が技術を覚えた時ほど厄介な状況はないと、彼はその身で知ることになった。

 

 背を丸めて姿勢を低くし、一瞬にして懐へ飛び込んでくる。

 ルフィは腕を引き寄せている最中で行動が遅れていた。

 そこへゴリラの大きな手によるパンチが目にも止まらぬ速さで飛び、ルフィの体を捉える。

 

 重々しい音だった。

 スピードのあるジャブが数発当たり、体勢を崩させ、それからストレートが頬に突き刺さる。

 その巨大な拳に込められた力は人間など比べ物にならない。急所を打たずとも体が揺れ、ルフィのゴムの体にはダメージがないとはいえ、その場に踏ん張るのは不可能だ。

 転んでしまった彼の体が勢いよく地面を滑る。

 ゴリラは両腕を上げて勝ち誇るように声を発した。

 

 「うげっ!?」

 「ウッホ! ウッホ!」

 

 ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ様は可愛らしくも憎たらしくもある。

 そんな一瞬、笑みを浮かべているかのような顔へ、突如、キリが振り上げた武器が迫った。

 

 紙で組み上げたハンマーはゴリラの顔よりも大きく、気付いた時には目の前にあって、構えていなかったゴリラが避けられるはずもなかった。

 顔面へ直撃。痛みが生じた直後、押し切られるようにして体がひっくり返った。

 ルフィが起き上がる頃にはゴリラが倒れて、形勢はまたも変化する。

 

 警戒するが故に後ろへ跳んで距離を取り、使ったハンマーを肩に担ぐ。

 キリは薄い笑みを浮かべる。

 ゴリラを見る目はどこか冷ややかでもあって、あからさまに呆れた口調で呟かれた。

 

 「相手を転ばせた程度で喜んでるようじゃ強いとは言えないね。勉強し直しなよ」

 「ウホォ~!!」

 「こいつめ、もう当たらねぇからな」

 

 拳を構え直したルフィが言うと同時にゴリラも起き上がり、怒気を発して腕を振り回した。

 やはり動物。直情的で安い挑発にも簡単に乗った。これなら冷静に考えて動くことなど不可能だろうと、手の中でくるりとハンマーを回したキリは勝機を確信する。

 確かに番人と言われる程度の力はありそうだが二人が苦戦するレベルではない。

 一度ルフィも相手の動きを見た以上、負ける可能性はさらに低くなった。

 

 ゴリラも闘志を漲らせて動き出そうとしている。

 反応するため二人は膝を曲げるが、森の向こうから大きな足音が聞こえた。

 どうやら相手は一匹ではないらしい。

 

 「ルフィ、新手だ」

 「またかっ」

 「そっちは任せた」

 「おう!」

 

 ほんの数秒で自分たちの行動を決め、迷いはない。二人は互いに背を向けた。

 草を押しのけて突如彼らの前に新たな動物が現れる。

 黄色と黒、二色の縞模様を持つシマウマが跳んできて、勢いよく突進してきた。先に動いてそちらに向かっていたキリが迎え撃ち、同じタイミングで動いていたゴリラにルフィが接近する。

 

 唐突な登場を果たしたシマウマだったものの、視界が開けると同時にキリの姿を捉え、その時には彼が持っていたハンマーを振り抜こうとしている瞬間で、しかも端々がバラケていた。

 まるで虫網のようにシマウマの顔がすっぽりと包み込まれてしまう。

 視界が白一色で染まり、驚いた彼は足をバタつかせて着地に慌てていたようだ。

 それさえも明確な隙となってしまい、さらに別の紙を取り出したキリは彼の四足を拘束し、胴体を蹴りつけて地面に転ばせる。目、鼻、耳に加えて前後の脚まで押さえられ、動けなくなった。

 

 シマウマとの勝負はあっさり決着がついた。

 キリは肩をすくめてルフィたちの戦いを見る。

 

 正面から向かい合い、手が届く距離に入ると同時に二人とも足を止めた。

 縫い付けられたかのようにその場を動こうとせず、接近戦で決着をつけるつもりだろう。

 両者が全く同じタイミングでパンチを繰り出し始めた。

 

 「ウッホォ!」

 「うおおおりゃあっ!」

 

 両腕が目にも止まらぬ速度で繰り出される。

 どちらも速いが、ルフィの方が上回っていた。

 彼の攻撃は反応できないほど速く、狙いも正確で、的確にゴリラの体に叩き込まれていく。分厚い胸板はダメージを通しにくいだろうが並みのパワーではないのだ。直撃する数が多くなる度にゴリラの表情が歪められていった。

 ではゴリラの攻撃はと言えば、時折当たるという程度のもの。

 攻撃しながら回避するルフィは確実に彼を圧倒していた。

 

 胴体に拳が直撃する度に、足が土を削りながら後ろへ下がっているのがわかる。

 怒りを露わにしたゴリラは大きく振り上げた腕でパンチを繰り出した。だがルフィの反応速度があれば、それほど分かり易い動きはむしろ避けやすくなる。

 振り抜いた拳を潜るように避け、カウンター気味のパンチがゴリラの顎を強かに打った。

 

 視界が揺らぎ、頭がくらくらした。

 ルフィが後方に腕を伸ばしながら跳ぶ。

 それは勝負を分ける一瞬。ゴリラは避けられる姿勢ではない。

 

 「おおおっ――ブレットォ!」

 

 顔面に直撃。彼の巨体は殴り飛ばされた。

 あまりの勢いで木の幹を壊して倒し、地面を跳ねて、それでも体は止まらない。その姿は鬱蒼と生い茂る草の向こう側へと消えてしまった。

 

 ハゲオウムはあんぐり口を開けて物を言えなくなっている。

 その間にルフィは大きく息を吐き出していた。

 

 「ふぅ~。終わりか?」

 「さて、どうだろう。知ってる人はあそこに居るんだけどね」

 「ぐぬぬぬ……! 貴様ら一体何者だ」

 「おれたちは海賊だ」

 「海賊? モバンビーが嫌いな奴らだ。尚更この島で好き勝手させる訳にはいかん」

 

 怒っている顔のハゲオウムはバサバサと翼を動かす。

 何の意味があるのだろうと思っていた時、またしても草むらが揺れた。

 

 どうやら森の番人とやらは層が厚いらしい。

 呆れながら見ていると、現れたのはこれまた珍獣、どこかの島を思い出す。

 雄々しい鬣と胴体には白色の縞模様。漆黒の体毛を持つ動物は世にも珍しいライガーと呼ばれる生物だった。鋭い牙と爪を持ち、獰猛そうな顔つきで二人を見ている。

 

 今度は威風堂々という雰囲気が伝わり、さっきほど簡単にはいきそうにない。

 拘束されて地面に転がり、ジタバタもがくシマウマの傍でそう思う。

 気付けばテナガザルやゴリラも起き上がって、今度は一斉に襲う気のようだった。

 

 一匹ずつ冷静に対処すればそう問題もなく勝てるはずだ。しかし厄介なのは全員が力を合わせた時であることは想像も難しくない。

 剛速球を投げるテナガザルに、ボクシング並みのテクニックを持つゴリラ。

 シマウマは無力化したままだが今は新手のライガーも居る。

 必然的に警戒心が増した二人は互いの距離も近く、敵の姿を見回す。

 

 この場で最も恐ろしいのはライガーだ。

 不思議とリーダーの風格すら感じ、彼を見ている時間も多くなる。

 

 「森の裁きはそう簡単には抜けられん。再度言うが、島を出るなら今の内だ」

 「いやだ」

 「仲間を奪われたままじゃ出られないね」

 「それならもう言わん……やれ!」

 

 指示するためハゲオウムが叫んだ途端、真っ先にキリが動いた。

 何度か腕を振って紙を複数飛ばし、ハゲオウムを狙ったのだ。

 おそらく偉い立場に居るのだろうが、彼自身を脅威とは感じていない。それでいてこれだけの面子に指示を出せる存在。狙われたところで不思議ではないだろう。

 ハゲオウムの嘴に紙が巻かれ、無理やり口を閉じた上に胴体も拘束された。

 動けない彼は木の上からぼとりと地面に落ちてくる。

 

 「しばらく黙ってろ。何も話せないなら尚更だ」

 

 これで統率が乱れれば御の字だ。

 冷徹に考えるキリの目には、動物たちが怒気を発した雰囲気が伝わってくる。

 簡単とはいえ作戦は成功。彼らは冷静さを失った。

 

 いの一番にライガーが動き出した。

 キリの姿しか見えていないかのような動きで真っ先に狙い、唸り声を上げながら走ってくる。それを見たキリは後ろへ足を運びながら大量の紙を空へばら撒いた。

 指で指揮される紙片たちは瞬く間に形を変え、独りでに折り鶴となっていく。

 辺りには無数の折り鶴が浮いていた。

 

 「百式武装“千羽鶴”」

 「おおっ、すげぇ~」

 

 呑気に言うルフィに剛速球の果実が迫るも、首を上げるだけで避けてしまう。地面にぶつかると破裂して果汁が辺りへ散らばり、苛立つテナガザルは舌打ちしていた。

 それから間を置かずゴリラがルフィへ向かって走る。

 ライガーは相変わらずキリを狙っていて、その空間は非常に騒々しくなっていた。

 

 大口を開けて牙を剥き出しに迫るライガーを視界に納め、恐れもせずにキリが指を振る。

 足が地面に着いた瞬間を狙い、右の前脚と後ろ足へ、横から高速で動く折り鶴が激突した。

 耐え切れる衝撃ではなく、移動の油断を衝かれて姿勢はあっさり崩れてしまう。

 

 キリの蹴りがライガーの顎を蹴り上げた。

 無理やり口を閉じさせられ、さらに回し蹴りを顔の側面へ叩き込まれて地面へ転がる。

 

 ルフィにもまた敵が迫っていた。

 先程驚異的な一撃を叩き込んだはずだがまだゴリラはピンピンしており、大ぶりにはなるものの強烈なパンチを放ってくる。そしてそれを避けようとすれば、テナガザルが果実を投げてきた。今度は完璧なコンビネーションを見せて非常に厄介だ。

 避け切れずにルフィの腹へゴリラのパンチが直撃し、彼の体は宙へ投げ出される。

 

 「うえっ……!? くそ、こんにゃろう!」

 

 すぐに受け身を取って着地して、真っ直ぐゴリラに向けて駆け出した。

 その時にはテナガザルが果実を投げようとして、咄嗟にキリが折り鶴を動かす。

 ルフィのみを見ていたテナガザルはすでに投球モーションに入っていて、横から来た折り鶴に気付く暇もなく、側頭部を打たれて悲鳴を上げながら木から落ちた。

 

 さらに右腕を振り上げたゴリラにも折り鶴が迫る。

 しっかり踏ん張った足を狙い、膝の裏に激突した結果、力が抜けてかくんと曲がった。驚愕して間抜けな顔になった彼は拳が繰り出せず、そこへルフィの蹴りが伸びた。

 

 「スタンプ!」

 「ウッホォ!?」

 

 またしても顔面を蹴りつけられて背を仰け反らせた。

 驚くゴリラへさらに接近し、ルフィは両手で肩を掴むと飛び掛かる。

 その頃には起き上がったライガーがキリへ襲い掛かっており、そちらに集中するキリからの援護が無くなるが、ルフィは気にせず攻撃を行う。

 敵を拘束したまま、下半身のみをぐるぐると巻き始めた。

 

 「ゴムゴムのォ~……」

 

 巻いた下半身が戻る力を利用して、遠心力が使われた。

 ルフィはゴリラを勢いよく投げ飛ばしたのである。

 

 「ボーガンッ!」

 「ウホォ~!?」

 

 重い体が空を舞って、投げられた先にはテナガザルが居た。どうやらルフィは計画的に投げ飛ばしたらしく、驚愕する彼の体に激突して、二匹揃ってどこかへ飛んでいく。

 上手く着地したルフィはちらりとそちらを確認し、すぐにキリの方へ目を向けた。

 

 激しく、素早く動くライガーが所狭しと動き回って、キリは的確に反応して回避している。

 時に折り鶴を当てて動きを阻害し、時に先を読んで動きを止めることはない。

 周囲を取り囲んだ折り鶴は敵を攻撃する物であり、身を守る物であり、仲間を援護するための物でもある。周りを取り囲まれた時点で敵を思い通りに動かさないための技だ。一対一であろうが敵が複数居ようが関係なく、自身は常に優位に立つことができる。

 確かにライガーは他の三匹に比べて強いが、生き残るだけなら脅威と思うほどではない。

 

 両者の動きを見て、援護のためにルフィが駆け出す。

 どちらも速い。常人なら割り込むこともできないだろうが彼ならできる。キリに集中しているらしく少しも目を向けないライガーへ接近し、攻撃を繰り出した。

 鋭く突き出された蹴りが横っ腹を強かに打つ。

 

 「んにゃろうがァ~!」

 「ガルルルッ!?」

 

 腹を蹴られたライガーは驚いていたようだが、さほどダメージを受けた様子はない。

 体はわずかに揺れただけ。想像以上のタフさだった。

 血走った眼がルフィの姿を捉え、明らかに怒った顔をしている。

 ぽかんとした彼は素直に感心している表情だ。

 

 「重いなぁ~こいつ。全力で蹴ったのに」

 「感心してる場合じゃない。ほら回避」

 「ガルルァッ!」

 「おわっ!?」

 

 即座にライガーが右の前脚を振り、反射的にルフィが後ろへ跳ぶ。

 ダメージはあったはずとはいえ、全く影響なく動いている。

 これは時間がかかりそうだとキリが舌を打った。

 

 滑るようにルフィが着地する。

 背筋を伸ばして立った時、不意に頭上で動く影が見えた。

 

 「なんだ――あっ!?」

 

 ルフィが悲鳴に近い声が発する。

 素早い動きでパッと麦わら帽子が取り上げられたのだ。

 わざわざ首にかかった紐を気にして、掬い上げるようにして取り、帽子を奪った小柄な動物は素早い動きで木に登っていく。よく見ればそれはアライグマだった。

 枝の上に立つと両手で抱えた帽子を見やり、自分の頭にかぶってしまう。

 当然ルフィが怒らないはずがなかった。

 

 「あ~っ!? 何やってんだお前! おれの帽子返せェ!」

 「ルフィ?」

 

 ライガーの攻撃を避けながらキリがそちらを見れば、もはや声は聞こえていない。

 ルフィはアライグマに向けて右腕を伸ばしていた。

 その場に居ながら腕だけが高速で接近してくる光景を見て、アライグマは軽い動きで別の枝に飛び移り、あっさりとルフィの手から逃げてしまう。

 

 苛立ちはさらに増すばかりだ。

 伸ばした腕で枝を掴み、地面から足を離したルフィは縮む勢いで木の上に跳び上がった。

 

 慣れを感じさせる動作で枝の上にしゃがみ、怒る目がアライグマを見据えている。しかし相手は全く恐れていない顔で帽子を気にして、気に入ってしまったようだ。

 そのまま盗まれる訳にはいかない。彼はまるで動物のように飛び掛かる。

 

 「それはおれの宝だぞ! 返せェ!」

 「ちょっと待ったルフィ。一人で勝手に動いたら――」

 

 アライグマが帽子を持ったまま枝を飛び移って逃げ出す。ルフィはそれを追っていった。

 キリの声が聞こえていない。

 宝を奪われたのだから当然と言えば当然だが、はぐれるのはまずい。

 決して良い状況ではなかった。

 

 「流石にこれはしょうがないか。追うしかない」

 

 ライガーが振るう腕を避け、一大決心したキリは考えを改める。

 自身もルフィを追うべく、右腕を振ると今まで使った全ての紙を自身の下へ呼び寄せ、集まり切らない内から走り出す。もはやライガーの相手をするつもりなどない。

 当然シマウマやハゲオウムも解放されることになるがそれでもいいだろう。

 そんなことよりもルフィを一人にする方が危険だと思った。

 

 地面を駆けてルフィの背を見失わないよう注意しながら追いかける。

 その後ろからはライガーが迫り、強靭な脚力によって気付けばいつの間にか背後に居た。

 

 唸り声が近く聞こえる。同時に空を走る紙が戻ってくる。

 キリは跳ぶようにしながら振り返った。

 ライガーが大口を開けて目の前に居るものの、慌てずその手に紙を纏う。

 

 倍ほどに大きくなった右腕でライガーの頭を殴りつけた。硬化された紙の腕は頭部に凄まじい衝撃と痛みを与えて、地面に叩きつけられた挙句、ライガーは数秒地面に倒れる。

 まだ気絶はしていないが走り去る時間はあった。

 キリは倒れた体を冷たい目で睨み、簡単に背を向ける。

 

 「邪魔するな。もうお前と遊んでる時間はなくなったんだ」

 

 全ての紙を回収し終えて、キリは再び紙の鳥を作って背に乗り、低空を飛び始めた。

 ルフィとの距離は少し開いてしまった。しかし彼がアライグマを狙って暴れているのだろう、至る所で轟音が響いて木々が倒れている。その方向へ進めば見つかりそうだ。

 

 彼が移動を始めて数秒経ってからライガーが立ち上がる。

 怒りを露わにし、今にも走り出そうとしている。

 その傍へ奇妙な色のシマウマと、ハゲオウムがやってきた。

 狼狽した様子のハゲオウムは去っていった二人に怯える顔を見せる。

 

 「まずいぞ、人間が島の奥に向かっている! キリンライアンが死んだこんな時に……! 奴らにこれ以上の好き勝手を許してはいかんっ。すぐに追うのだ!」

 

 ライガーとシマウマが同時に駆け出す。ハゲオウムも空を飛んで同じ方角を目指した。

 現時点で次々木が倒されている。放っておけば何をされるかわかったものではない。

 人間を警戒しているらしい彼らは、外敵を排除するために全力で急いだ。

 


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