突然の苦難
ドラム島を出てから数時間。夜が過ぎ、新しい朝がやってきた。
いつもの如く、宴は朝方になるまで行われたものの、タフなクルーはもはや習慣となったその行動にも疲労を見せず、すでに起き出して活動している。
それぞれ思い思いに過ごす中、彼女もすでに目覚めていた。
女部屋のベッドにナミが座っている。
傍らには椅子の上に立つチョッパーが居て、どうやら彼女の熱を測っていたようだ。
受け取った体温計を見て、小さく頷いたチョッパーは笑顔を見せる。
「うん、よし。熱は下がったな。もう大丈夫だ」
「ほんと? あ~やっと普段通りの日常ね」
「でも無理はしちゃだめだぞ。油断したらまたぶり返すかもしれないし」
「わかってるわ。ありがとねチョッパー」
手を組んで前にぐっと伸ばして、ナミは体を伸ばしながら笑みを浮かべる。
ようやくベッドから離れられる生活が送れるため、嬉しさは一入だった。
苦笑したチョッパーは自分の医療道具を片付け始める。使用した物をテキパキと自身のリュックに詰めていき、現在は保管する場所もなく、自分で管理しているようだ。
リュックを背負って、椅子の上で立ち上がる。
にこにこしている顔は初めて会った時より愛らしかった。
航海に出たというだけでとても喜んでいる節がある。
本物の海賊になったのだという自覚が、彼の笑顔を以前より増やしていた。
微笑むナミは心配しながらも上機嫌な彼の言葉を受け止める。
「ルフィもそうだけど、ナミも体が強いんだな。熱が下がるまでもっと時間かかるかと思った」
「そう? 一緒にされたくはないけどね」
「でも無理は禁物だ。数日は大人しくしてくれよ」
「了解。私は言うこと聞けるから心配しないで」
ナミがそう言って肩を揺らすと、チョッパーは溜息をついてやれやれと首を振る。
「ルフィは何度言ってもじっとしてないから……」
「じっとできない人種なのよ、あれは。苦労するだろうけど頑張って」
「うん……そうだな。今はおれがこの船の船医だもんな。よし、頑張るっ」
チョッパーは小さな手をぎゅっと握り締めた。
真面目な性格だ。仲間の一部には少しでも見習って欲しいと思う程度には、一つ一つの物事に対して一生懸命に向き合っている。これもきっと、初めて仲間を得た影響だろう。
これまでは辛い出来事もあったのかもしれない。
だが今の彼は目を輝かせ、未来に希望を持っている表情だった。
「それじゃおれ甲板に行ってるよ。ゾロとシルクもじっとしてくれないんだ」
「うちは大体そんな感じだからね。これから大変よ」
「そうかー……でもいいんだ。おれ楽しいからっ」
「ふふ。そっか」
弾む声でそう言って、チョッパーは部屋を出て行く。
扉が閉まる頃にはナミも起き出してクローゼットへ向かった。
パジャマを脱いで服を着替える。一応自分を気遣って普段より少し厚手の服を選び、着替えが終わると気分も変わって、彼女も甲板へ向かった。
女部屋を出た瞬間、全身に風を感じた。
数日振りにメリー号の上で太陽の光を浴びて、気分は最高の一言だった。
ナミは俯瞰的に甲板を見渡した。そこにはいつもと変わらない日常がある。
それぞれが自由気ままに過ごして、休む者も居れば遊ぶ者も居る。
メインマストの近くではルフィとシルクが並んで座り、チョッパーと話していて、船の前部では他の男たち四人にカルーを加え、輪になってトランプで遊んでいた。
賑やかさは感じるもののうるさくはない。
皆が楽しそうにしていた。
キッチンへの扉が開いてビビが出てくる。後ろにはイガラムがついてきた。
二人ともお盆を持っていて、ジュースが入ったグラスが並んでいる。
まず先にビビがナミを見つけ、柔らかい笑みを浮かべた。
「ナミさん。もう体調はいいの?」
「うん。チョッパーにお墨付きもらってね」
「おっ、ナミが復活か」
「んナァ~ミすわぁ~ん!」
「ナミィ~! 肉食えるようになったか?」
「あのね。私はそもそもあんたほど肉を大事にしてるわけじゃないの」
そこかしこから聞こえてくる歓迎の声に苦笑しつつ、ナミは悪くない気分だった。
やはりこうでなければならない。
仲間に迷惑をかけるのも、自分だけベッドに隔離されるのももう飽きた。やはり彼らの傍で気ままに過ごしているのが居心地がいい。しばらく離れていた分余計にそう思う。
彼女の隣でビビは嬉しそうに笑い。
自分が用意したジュースを皆に見せて声をかけた。
「みんな、少し休憩にしない? ジュースを用意したの」
「えぇ~っ! ビビちゃんが作ってくれたのぉ~!」
「お前のためじゃないけどな」
「サンジ、顔がひどいことになってるよ」
「元からだろ」
「黙れ野郎どもッ! てめぇらの声は必要としてねぇんだよ! ビビちゅわ~ん! もちろんいただきまぁ~す!」
「サンジさんには、私が」
「げっ、おっさん!?」
船首の傍に集まってトランプをしていたサンジ、ウソップ、キリ、ゾロ、そしてカルーの下へはイガラムが赴いて、何かを警告するように怖い顔で丁寧に手渡していく。
苦笑したビビはその間にナミと、それからルフィたちの下へ向かう。
ルフィとシルク、期待しているチョッパーにも手渡し、全員の手に行き渡った。
別段乾杯する訳でもなく、礼を言いながら口に含む。
「うんめぇ~なぁ~これ。ありがとなビビ」
「ううん。これくらいしかできることないから」
「そんなことないよ。ビビがみんなを気にかけてくれるから助かってるもん」
礼を言ったルフィに笑みを見せるビビへ、グラスを傾けるシルクが言う。
目立つか否かではない。自由に動く人間が多いだけに、彼女が仲間たちを気遣ってくれることはシルクにとっても有難かった。素直に告げるとビビは恥ずかしそうにする。
「そんなことないわ……でも、そうだとしたら嬉しいけど」
「大丈夫だよ。ビビも私たちの仲間だから」
シルクの笑顔を見るとビビの表情も朗らかになる。
認めてもらえる嬉しさがあった。彼女も敢えて否定するようなことはしない。
二人がそうしている間にチョッパーとルフィは欄干の傍に移動する。帆に風を受けて進む自身の船を眺めていたようだ。
初めての帆船。初めての航海。
興奮したチョッパーの目は輝いていた。
「船ってすげぇなぁ~。どうして沈まないんだろう」
「そりゃ船だからな」
「船は沈まねぇのか?」
「当たり前だろ。だって沈んじまったら海賊できねぇじゃねぇか」
「そっか~」
船体の側面や海を眺めながら呑気に話している。
あいにく口を挟む者が傍に居ないため、気楽に考えたルフィの適当とも言える説明が訂正されることはなかったが、チョッパーはひどく楽しそうにしていた。
ドラム島を出たのは初めてだ。
目に付く全てが新鮮に見え、雪が降らず晴れた青空も心地がいい。
海を眺めた後で空に目を向ける。
雲一つない晴天。美しいブルーに心を奪われる。
チョッパーの表情は好奇心に満ち溢れた。
もっと高い場所から眺めてみたい。
そう思ったチョッパーの視界にはメインマストが映り、試しに上ってみたいと思う。
「ルフィ、マストに上ってみていいか?」
「もちろんだ。おれに聞かなくてもメリーのどこに行ってもいいぞ」
「じゃあおれ、ちょっと上ってくる!」
「あ、チョッパー、グラス持っててあげるよ。気をつけてね」
「うん!」
飲みかけだったグラスをシルクに渡して、生き生きした様子でチョッパーがロープを上り、メインマストの天辺を目指していく。三人はそれを見送った。
いつの間にか彼の姿に気付いていた四人も、トランプに集中する一方で語り出す。
「エンジョイしてるなぁ、チョッパーの奴」
「島から出たことねぇっつってたからな。そりゃ物珍しいだろうさ」
「ダウト」
「あっ、クソ」
キリが呟くとサンジが苦々しい顔になり、場に置かれたカードを回収する。
続いてカルーが一枚カードを捨て、再びウソップが口火を切った。
「そういやあいつって人間で考えると何歳なんだろうな?」
「さぁな。トナカイの友達なんて居ねぇし」
「あの様子じゃガキって感じはするけどな」
「ダウト」
「チッ――」
「クエ~」
再びキリが呟いた時にゾロが舌を鳴らし、場のカードを取る。
先程からやけにキリが仕掛けていた。
展開が同じになりつつあり、呆れたウソップが話を変える。
「さっきからキリばっかりダウトしてねぇか? そのくせ自分は減らしてるし」
「こういうの結構得意で」
「お前も嘘つきだからな。あと意外にカルーが減らしてやがる……」
「クエ~ッ!」
「おれらは鳥以下か」
「なんか腑に落ちねぇな」
手札を増やす一方のゾロとサンジは顔が苦々しく、一進一退を繰り返すウソップは真剣に考えながらも表情は柔和で、上手く減らしているキリとカルーは上機嫌だ。
時折そうして遊んでみれば互いの性格や特技がよくわかる。
たかがゲームとはいえ相手をさらに深く知るにはいい機会だ。
キリやウソップなどは手先が器用で嘘をつくのも上手い。頭を使うゲームでは特に力を発揮するため勝率が高かった。ゾロやサンジも頭が悪い訳ではないのだがどうにも運が悪い。ルフィが参加したこともあるのだがルールを守らないせいで問題外である。
彼らが白熱したゲームを繰り広げる中、チョッパーはメインマストの展望台に到着した。
空を見上げ、さっきよりずっと近くなるがまだ遠い。
彼は喜び、思わず身を乗り出した。
「うわぁ~、すげぇ~。空も海も広いんだなぁ~」
ドラム島から見た景色とは違う。
島の姿が見えず、水平線まで全てが海で、空はどこまでも広がっていた。
ヒルルクが言っていた通りだ。海は広い。世界から見れば自分なんてちっぽけな存在で、海へ出て世界を知れと言われた理由もこれならばよくわかる。
ついに自分は海に出たのだ。
改めて実感した彼は歓喜しており、マストの天辺を見上げる。
風に揺られてバタバタと音を立てる黒い旗。麦わら帽子を被ったドクロが描かれ、この船が海賊船だということを証明しており、自分たちは海賊なのだと表している。
不思議と嬉しくなった。まるで生まれ変わったかのような心境である。
「海賊かぁ……」
感じ入るように小さく呟く。
いつしか笑みも消え、真剣な眼差しで旗を見つめた。
不安はない。今あるのは好奇心と期待だけだ。
海賊として旅をしてもっと医者の腕を磨く。いつかは夢である万能薬になる。今は傍に居ない恩人のためでもあり、今や仲間たちのためでもあり、覚悟を新たにした。
その時、フッと影が差す。
頭上に何か大きな物体があるらしく、気になったチョッパーは即座に見上げた。
メリー号の真上に巨大な鳥が飛んでいた。体長は五メートルほどもあって、妙にカラフルな羽を持った上に嘴は長く、歪に曲がっている。見たこともない種類だった。
あまりの大きさにチョッパーはあんぐり口を開け、感心する声すら失う。
下に居る者たちも気付いていた。
危険な動物かと警戒心が生まれて悲鳴も少なからず上がる。
「な、なんだァ!? でっけぇ鳥ッ!?」
「すんげぇ~!」
「ちょっと、いきなり何なの!? まさか私たちを襲う気!?」
ウソップとナミが悲鳴を上げていて、ルフィが興味を持った顔で見上げている。
ゾロやサンジも見上げるのだが、キリはトランプに集中しているようだった。
「なんだ、でけぇな」
「あれが食材になりゃ数日は安泰か。いや、ルフィが居るんじゃ一日が限度かな」
「はい、キングね」
「ダウト」
「あ、やべっ」
「そんな場合かお前らっ!?」
「クエ~っ!?」
初めて表情を変えたキリが場に出されたカードを回収する。
全く焦っていない彼らをウソップが叱りつけるものの、さほど相手にされず、指摘されても動じない彼らは手札の確認などしていた。その隣ではカルーがトランプを捨てて走り回っている。
脅威と感じるのも無理はないが、チョッパーはなぜか笑顔だった。
溢れてくる冒険心がそうさせるのかもしれない。巨大な鳥に手を振って友好的に声をかける。
「おぉ~い! お前どこに行くんだぁ~? どこか近くに島はあるのか?」
まるで友達のように話しかけ、鳥の目がちらりとチョッパーを確認した。
徐々に高度を下げ、近付いてくる。
チョッパーは近くなっても大きく手を振る。
「おぉ~い――ん?」
そしてある時、巨大な鳥の足が、むんずとチョッパーの体を掴んだ。
軽々と持ち上げて連れ去ろうとしたのだ。
「ギャアアアアアッ!?」
「ええっ!? チョッパーが食われかかってる!?」
「チョッパー!?」
連れ去られかけて咄嗟にチョッパーが必死に手を伸ばし、海賊旗を掴む。しかし引っ張る力が強過ぎるせいか、マストに括りつけられた海賊旗が破れ、頼みの綱が無くなる。
チョッパーは巨大な鳥に捕まってしまった。
メリー号からあっという間に離れていき、流石にクルーたちは全員が激しく狼狽する。
宣戦布告もなく、予兆すら見せずに連れ去ってしまった。
目的が読めないこともあり、そのまま行かせては危険と判断するのも当然。
即座にルフィが全力で腕を伸ばした。
鳥ではなくチョッパーを掴んで引き寄せればいい。目的は取り戻すことだった。
そう考える彼が動くと同時に、トランプに興じていた四人も動き出し、咄嗟に立ち上がる。
キリがルフィの下へ駆け出しながら指示を出し、指示を受けたウソップがパチンコを手にする。相手が巨大であるだけに協力しなければならない。彼らに迷いはなかった。
「チョッパー! お前、おれの仲間に何してんだ!」
「ウソップ、狙撃だ」
「お、おし! 任せろ!」
ルフィの腕が伸ばされたのだが、鳥は急に姿勢を変える。彼の腕を避けたのだ。
あっさりと空を掴んだ腕は目標を失い、引き戻された。
まさか避けられるとは想像もしていなかったウソップは狼狽する。
距離はあってもルフィの速度に反応できる鳥。これが普通であるはずがない。
パチンコを構えたウソップは迷わずに弾を放ち、鳥の翼を狙う。言うなればそこが鳥類の最大の弱点だ。大事な翼を傷つけられて飛び続けられないだろうと思っていた。
「必殺! 火薬星!」
ウソップが弾を放つと同時、鳥は再び奇妙な動きを見せる。
まるで見えているかのように体を回転させ、姿勢を変えて弾丸を回避した。結果的に巨大な鳥はルフィ、ウソップ両名の攻撃を避け、無傷で飛行を継続させている。
その動きに迷いはなく、メリー号が進む方向へ、メリー号より速く飛んで行った。
攻撃が当たらない。全て最小限の動きで的確に避けられている。
狼狽するウソップはぎょっとして目を見開いた。
嫌な予感がしていたためだろう。キリはすでに紙の鳥を作り終えており、その背に乗って、唯一空を飛べる彼が鳥への接近を試みようとしていた。
飛び立つ前にルフィを呼ぶ。
「ルフィ、追うよ。この距離じゃ多分何しても無駄だ」
「わかった!」
「どういうことだよあいつっ!? なんで避けられるんだ!?」
「かなり普通じゃないね。頭の良さはルフィ以上かも」
「なにぃ!? お前失礼だぞキリ!」
「んなこと言ってる場合じゃなくて早く行けって!」
翼を広げて空へ飛び立つ。
ルフィも背に飛び乗って二人で鳥を追い始めた。
どんどんメリー号から離れていく。それだけ鳥に追いつこうとしていた。
確かにメリー号よりも速いが巨大さが祟って速度はそう誇れるものではない。本来は飛行に特化していない能力でも十分に追いつくことができそうだ。
紙の鳥の背でルフィが準備するように指を鳴らす。
手を伸ばしてチョッパーを救おうと試みた。
「ル、ルフィ~!? 助けてくれぇ~!」
「待ってろチョッパー! 今助ける!」
高速で手を伸ばし、チョッパーを掴もうとする。だが再び素早く回避されてしまった。
やはりその鳥、視界に入っていない場所からの攻撃さえも予測している。
腕を戻したルフィとキリはまさかの事態に苦々しい顔になった。
「くそっ、また避けられた……!」
「どうやら当てるのは無理そうだね。チャンスを待とう。あれ見て」
「ん? あ、島だ」
「あそこに向かってるみたいだ。巣に戻るのかもしれない。隙を見せる瞬間はきっとあるはず」
「そうか。よし」
空中戦を中断して後を追うことに集中する。いつの間にか前方には島が見えていて、巨大な鳥はその島を目指しているらしい。ならば着地の瞬間か、速度を緩めた時を狙った方が良い。
二人は油断することなく鳥に追いつこうと速度を速めた。
徐々に距離は詰まるのだが付かず離れずの状態が変わらず、決定的な瞬間は来ないようだ。
その間にもチョッパーの悲鳴は響き渡っていた。
島に近付いていく。
どう思っているのかは知らないが鳥は反応する気配を見せない。迎撃する動きがないのならひとまずついていくことに問題はなさそうだ。
ついに島の真上に到達する。
鳥はしばらく真っ直ぐ飛んでいたものの、突如急旋回して彼らに向かい合った。
やる気の無さそうな目が二人を捉える。
顔つきこそ穏やかそうで敵意は感じないというのに、その動きは明確な攻撃性を感じた。
二人の表情が変化する。
速度を変えずに高速で接近してくる脅威を目にし、二人同時に反応していた。
「ルフィ、迎撃よろしく!」
「おう! ゴムゴムのォ~ピストル!」
半ば反射的にルフィが右の拳を突き出した。腕が伸びて鳥の顔面に向かって接近する。
巨大な鳥はチョッパーを掴んだまま、くるりと回転し、回避した。顔の傍をルフィの腕が通り過ぎていって、その腕を辿るかのように接近していく。
キリが腕を振って紙の鳥が動きを変えた。
急速に落下を始め、翼を畳んで力を抜くと一瞬にして鳥の視界から消える。
危うくルフィが落ちかけたがキリが服を掴み、二人は急な突進を上手く回避した。次は攻撃に出る番だと視線を上げて、急な動きで目を回しているチョッパーを確認する。
敵を倒す必要はない。チョッパーを取り戻すことができれば良かった。
鳥の動きはさらに大胆なものになっている。スピードは想像以上で、体が大きいため小回りは利かないが、その分当たればただでは済まない。
敵をつぶさに観察する二人の表情は厳しいものだ。
特に空中では回避を一手に引き受けるキリは一瞬たりとも気が抜けなくなる。
「完全に見切ったか……」
「くっそぉ~、もう一回!」
「無理だよ。多分普通にやっても避けられる。ボクが注意を引くからその隙に――」
相手との距離を保って旋回しながら話していた時。
突如、紙の鳥がガクンと揺れ、下からの衝撃に突き上げられる。
二人は目を見開いて驚き、一際キリが驚愕していたようだ。
まるで砲弾でも撃ち込まれたかのような揺れを感じて、わずかに紙が剥がれて形が崩れ出す。
「なんだぁ!?」
「攻撃だ! でもどこから……!」
言っている最中にもう一度衝撃が走った。
どうやら下から何かがぶつかっているらしい。それはわかったが防ぐ術がなく、回避しようとした動きに完璧についてきた。原因がなんであれ避けるのは簡単ではない。
さらにもう一度。攻撃を受ける度に紙が剥がれ、形を保つのが容易ではなかった。
その間に急旋回した巨大な鳥が向かってくる。
目視で気付いたルフィが慌ててキリに言うものの、彼自身も下からの攻撃に耐えることに集中していたのか、先程よりも反応が遅い。
「キリ! 危ねぇ!」
「掴まって!」
咄嗟にキリがルフィの腕を掴んで、鳥をバラシて、空中に舞った紙を集めて盾を作る。一直線に突っ込んできた鳥の嘴が激突し、硬化したおかげで貫かれることはなかったが、空中では堪えることもできずに勢いよく吹き飛ばされてしまう。
二人の体に直撃することはなかった。
だが少なくとも今から紙の鳥を作るのは不可能そうで、散らばった紙と共に落ちていく。
「ルフィ~! キリィ~!」
頭上からチョッパーの悲痛な声が聞こえてくる。
助けられなかったことを申し訳なく想いつつ、今更体勢を立て直すことはできない。
二人の姿は森の中へ消え、木々が邪魔して目で追うことすらできなくなり、チョッパーは完全に彼らの姿を見失った。
それでいて彼も抵抗はできず、島の中央へ向けて運ばれる。
どうやら鳥は明確な目的を持っていた。
やがて眼下の風景を眺めるチョッパーの視界に、岩山に集まる数多の動物の姿が見えた。
もしかしたら人が居るのだろうか。
そう思う瞬間、パッと体が離されて、彼は悲鳴を上げながら島の中へと落ちて行った。