ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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“うるせぇ! 行こう!”

 ロープウェイは順調に上り、ドラムロックへ向かっていく。

 乗っている村人たちは険しい顔で武器を持ち、何やら覚悟した顔で、山頂にそびえ立つドラム城を見ていた。否、見るというより睨むような目つきである。

 その中には疲弊したドルトンも居て、息を切らしながらも自分の足で立っていた。

 

 「ドルトンさん、もうすぐだ。到着するよ」

 「ああ……」

 

 村人の声を聞いて、思わず出かかった言葉を呑み込む。

 城に着いたらみんなは隠れててくれ。

 いくら危険だといっても、覚悟して同行してくれた彼らに言える言葉ではない。志は同じ、ワポルを許せないという想いも一緒だ。ならば一緒に行かなくてどうする。

 

 守る。

 みんなを逃がすことを諦めた代わりに、自分自身に強くそう誓う。

 

 ドルトンの目に決意が浮かび、村人たちも同じ目をしていた。誰一人として今更逃げ出すような臆病者は居ない。居るのは国のこれからを憂う者だけだ。

 ワポルの支配に打ち勝つのだと、決意の表れか、彼らはしばらく口を開かなかった。

 

 ドラムロックに開けられた大穴へ入り込み、内部へ侵入する。

 ロープウェイの停留所だ。

 村人たちが一斉に下り始め、辛そうな顔をするドルトンには肩を貸し、突撃の準備は整う。

 階段を上って、入り口を開けて、その先はドラム城の側面に出る。城の左側、正面入り口は見えない位置。警備が居ない限りはそう気付かれる場所ではないだろう。

 慎重に歩いて階段を上り、入り口を開けられる位置に来て皆が足を止めた。

 

 リーダーはドルトン。彼の指示に従って攻撃に出る。

 振り返った彼らの視線に気付いたドルトンはすかさず頷いた。

 

 ボタンを押して、入り口が押し上げられる。視界は一気に開けて雪が降る空が見えた。

 全員が一斉に駆け出す。

 外へ出て雪原を走り、途端に銃を構えて周囲を警戒する。

 素人ながら互いを助け合う動きで、あらゆる方向に注意を向けていた。

 

 しかし、誰も居ない。警備も居ない。

 ワポルやムッシュールの姿はなく、彼らは訝しむ。少し後からドルトンが出てきたのだが感想は同じだった。これほど静かなのはどういう訳だろうと。

 

 敵は城内に居るのだろうか。そう思った時だ。

 城の裏側だろう方向から何かが走ってきた。

 

 「誰か来るぞッ」

 「人間じゃない!」

 「お前、そこで止まれェ! ここで一体何やってる!」

 

 前に居た村人たちが全員銃を構えた。

 その動作に、人が居たことに驚き、チョッパーは慌てて足を止める。

 

 奇怪な外見。小さな体躯。人間ではなく動物でもない。

 ワポルを見つけた時とは違った驚きが村人たちを襲っていた。

 そして同じくチョッパーも怯えており、向けられた銃口と人間たちに恐怖する。

 

 「おい……おい、やめろ! やめるんだ! すぐに銃を降ろせ!」

 「ドルトンさん、どうして――」

 「とにかく降ろせ! 彼は敵じゃない!」

 

 嫌な予感がした。同時に思い出したこともある。慌てたドルトンが腕を振り、銃を構えた村人たちを止める。彼の声を受ければ従わない者は居なかった。

 全員が銃を降ろす。

 とりあえずの危機は去り、警戒しながらも村人たちは攻撃の意志を消した。

 チョッパーは、緊張感から呼吸を乱しつつ、彼らを見つめて動かない。

 

 村人たちを押しのけてドルトンが一番前に立った。

 彼は驚いた顔でチョッパーの姿を見つめている。だが、その反応は周囲と違っていた。

 

 やはり見覚えがある。

 かつて、この地でヒルルクという医者が死んだ時に現れた相手。涙を流しながら拳を握り、当時は護衛隊長だったドルトンは王を守るためぶつかった。

 以来一度も出会うことはなかったが、今再びその姿を目にし、少なからず感情がある。

 

 「君は……」

 「居たぁ~!」

 

 言いかけた瞬間、凄まじい勢いで走ってくるルフィがチョッパーの後方に現れた。

 飛び跳ねるチョッパーは素早く振り返り、彼の存在にのみ集中する。

 

 「まっ、また来た!? しつけぇよお前!」

 「お前が逃げるからだろ!」

 「おれは、お前の仲間にはならねぇ!」

 「いやだ!」

 「ええっ!?」

 「おれはお前を仲間にするって決めたんだ!」

 「すごい勝手だ!? そ、そんなの、おれは知らねぇよ!」

 

 堪らずチョッパーも駆け出し、迷わず逃げ出す。

 もはや村人たちのことなど欠片ほども頭に残っていない。彼から逃げる、そのことだけに集中して必死に足を動かして、自身の力を全て注ぎ込んだ。

 

 村人たちは突然始まった追いかけっこにぽかんとしていた。

 何が起こったのかも、何がしたいのかも理解できない、そんな顔である。

 

 「待てぇ~! おれの仲間になれぇ~!」

 「ギャアアア~ッ!?」

 「お、おい」

 「ん? おぉ、おっさん。何してんだこんなとこで」

 

 チョッパーが瞬く間に遠ざかり、思わずドルトンが手を伸ばした時、彼の前を通り過ぎようとしたルフィが急に止まった。勢いを殺すために大量の雪が跳ね飛ばされて宙を舞う。

 完全に停止したルフィはドルトンに笑顔を見せる。

 ドルトンは困惑した顔で、恐る恐るという様子で問いかけた。

 

 「無事に着いていたんだな。仲間は無事か?」

 「ああ。医者にも診てもらったんだ。さっきのトナカイだよ」

 「トナカイ……そうか。彼はあの時の……」

 「んで、おっさんたち何しに来たんだ?」

 「あ、ああ。そうだった」

 

 ハッとした顔でドルトンが気持ちを切り替え、彼に尋ねた。

 

 「ここにワポルとムッシュールという男たちが来なかったか?」

 「ん~? あ、邪魔口とキノコか。あいつらならもう居ねぇぞ」

 「居ないだと? どういうことだ」

 「おれがぶっ飛ばした」

 

 その一言で村人たちが一斉にざわめき始めた。

 目標の人物が居ない。ワポルとムッシュールはこの場に存在しない。しかもルフィがぶっ飛ばしたというのだから簡単には信じられなかった。

 

 村人たちが口々に話す中、ドルトンは冷静になろうと努める。

 必死に頭を働かせて考える。

 彼が言っていることは本当かどうか。それだけでいい、それを知りたい。

 見回したところ確かにワポルやムッシュールの存在は感じられず、現に彼ら二人は元気に走り回っていて、敵の脅威を心配する感情は皆無といっていい。

 本当かもしれないと、徐々に信じ始める。

 

 「本当なのか……? もう、この島にワポルの脅威はないと……」

 「ほんとだよ。どっか飛んでいっちまったからな」

 

 特徴的な笑い声を発してルフィは自信満々に言う。

 辺りが静まり返った。信じようとしなかった者たちも現状を理解し、声を呑み込む。

 次の瞬間には全員が歓声を上げた。

 どうやら彼の話を信じるつもりらしい。ようやく自由を得たのだと大声が響き渡っていた。

 

 なぜ彼らが喜んでいるのかは正しく理解できていないものの、なんとなく楽しそうな雰囲気だと察してルフィは笑う。腰に手を当てて満足そうな顔だ。

 ドルトンも彼の話を信じ、ルフィを見つめて、しかし笑みはなかった。

 

 呆然とした顔で思考を働かせる。

 どうやって勝ったのだとか、よく無事だったなだとか、言葉はいくらでもある。だがそんなことを言うよりも先に彼へ伝えなければならない言葉があって、涙が溢れそうだった。

 その場に膝をつき、ドルトンはルフィへ向かって頭を下げる。

 周囲の驚きや疑問の声を聞くこともなく、心からの感謝を告げた。

 それはきっと、この場に居ない、先程去ってしまった彼へ対する想いも込められている。

 

 「すまない……そしてありがとう。我々はこの恩を一生忘れない」

 「ド、ドルトンさん……」

 「ドラムはきっと変わる。いや、変えてみせるとも。我々の手で――」

 

 雪にわずかな滴が落ちる。

 その声は確かに村人たちの心を変え、強い決意を生み出した。

 彼らもルフィへ頭を下げて口々に、大声で礼を言い始める。辺りはより一層の喧騒で包まれた。

 

 「ありがとう麦わら! 恩に着る!」

 「今日のことは忘れねぇ!」 

 「もしまたワポルが来たとしても、今回みたいなことにはならねぇさ!」

 「そうだ、おれたちが守っていくんだ! おれたちの国を!」

 

 喜びを噛みしめる彼らの声を笑顔で受け、ルフィは全て聞き入れた。

 楽しそうに、上機嫌な姿はまるで子供のようだ。

 

 「しっしっし――あ。そうだ、チョッパーを仲間にしねぇと。じゃあなおっさん!」

 「あ、おい……」

 

 軽く言ってルフィは走り去ってしまった。やはりというかチョッパーを追っているようで、その理由を知らないドルトンは不思議そうにその背を見送るのみである。

 とにかく危機は去ったのだ。

 立ち上がった彼の表情も柔らかくなる。

 

 そこへ、どこから来たのかくれはが現れた。

 彼女は喜びで声を上げる村人たちへ言う。

 

 「喜んでるところ悪いがね、このままじゃあんたたちは無駄足だよ。ワポルはもう居ない。その兄ムッシュールもね。どっちもあいつが吹っ飛ばしちまった」

 「Dr.くれは。いつの間に……」

 「せっかくだから仕事をやろうじゃないか。全員こっちへ来て手伝いな」

 

 笑う魔女に唆され、彼らは首を傾げながら動き始める。

 疑問はあったが抵抗はない。彼女の厄介さはよく知っていたからだ。

 

 そこから少し離れた場所。

 城の正面に回り込んだルフィは首を振って辺りを見回す。

 ドルトンと少し話している間にチョッパーを見失ってしまった。脚力そのものは互いにそう変わらないはずなのだが、それだけに一度離されてしまうと見つけるのが簡単ではない。

 ルフィは険しい顔になって立ち止まった。

 

 辺りを見回すのだが姿は見えない。

 逃げられてしまったようだが諦める気にはなれず、それでも視線を走らせる。

 彼は鼻息も荒く苛立った様子で呟いた。

 

 「くそぉ~、どこ行ったんだ? なんで仲間にならねぇんだよ」

 「あ、居た居た」

 「おぉ~いルフィ~」

 「ん? あっ!」

 

 立ち止まって周囲を見回していると、城の正面にある扉をくぐってキリ、ウソップ、ナミの三人が現れる。三人とも防寒着を身に着けて、ナミもしっかりした足取りだ。

 ルフィはパッと笑顔を浮かべる。

 チョッパーのことも忘れていないが、仲間に会えたことが嬉しく、特にキリやウソップとはまだ会っていなかったらしい。突然現れた二人に驚いている顔だった。

 

 「キリィ! ウソップ! お前らなんでこんなとこ居んだ?」

 「後追い組でね。ルフィが寝てる間に来たんだ」

 「大変だったらしいな。毒でやられたとか聞いたけど、ピンピンしてねぇか?」

 「チョッパーに治してもらったからな」

 「だからってそんなすぐ動けんのかよ。ナミはまだ完治じゃねぇんだぞ」

 「私とルフィを一緒にしないでよ。こっちが普通なの」

 

 キリやウソップは和やかに微笑み、心外だと言わんばかりのナミは少し拗ねた顔だ。

 彼らが揃っているということは今すぐにでも船に戻れるという状況だろう。

 なんとなく意志は察したが、ルフィは言われる前に彼らを止め、まだ行けないと言い出す。

 

 「お前らちょっと待っててくれよ。まだチョッパーが逃げてんだ」

 「まだなの? やっぱり誘い方が悪いんじゃない?」

 「逃げる相手を追っかけてる訳だからな。ほとんど狩りだぞ」

 「非常食にされると思ってるんじゃないの?」

 「んなことしねぇよ。そりゃちょっとは思ったけど」

 「思ったのかよ!? やめてやれ!」

 「そりゃ逃げるのも当然よね……」

 

 ウソップとナミが揃って溜息をつく一方、キリは苦笑するだけだった。

 彼はルフィを見て肩をすくめながら質問する。

 

 「事情は知らないけど、逃げてるんじゃ勧誘は難しいんじゃないかな。なんとかできる?」

 「できるさ。お前らあれ見たか?」

 「どれ?」

 「ほら、あれだよ」

 

 そう言ってルフィが城の天辺を指差す。三人が揃って見上げると、そこには風に吹かれて揺れるジョリーロジャー。桜吹雪が描かれた物だ。

 旗を見ながらルフィは笑顔で語る。

 

 「あれがチョッパーの旗なんだ。あいつは海賊がどういうもんか知ってる。命懸けで守ろうとしたんだしな。きっと行きてぇに決まってるさ」

 「つってもよう、現実として逃げ続けてるわけだろ? そりゃお前の願望じゃねぇのか?」

 「んなことねぇ! あいつだって海賊だ!」

 「また始まったよ」

 「こうなったら曲がらないからね」

 「お気の毒に……」

 

 自信満々に言うルフィを間近に見て、三人はそれぞれ違った反応を見せる。

 ウソップは呆れて口を閉ざし、キリは苦笑して肩をすくめ、ナミはわざとらしく溜息をついて手を合わせる。なんにせよ彼らがチョッパーに対して同情しているのは確かだった。

 

 そんな話をしている最中だった。

 キリが気付き、控えめにそちらを指差して全員に教える。

 

 姿を隠したはずのチョッパーが立っていた。

 今度は隠れることもなく仁王立ちし、四人を視界に納めて冷静な面持ち。

 ルフィは笑顔で彼を見るものの、周囲に居る他の三人は緊迫した空気を感じて、笑顔で迎えるという訳にもいかない。一緒に連れて行ってくれと言いそうな雰囲気ではないのだ。

 むしろ断りに来たかのような。

 そんな空気だと感じる。

 

 上機嫌に一歩を踏み出したルフィを見やり、チョッパーは静かに口を開く。

 その様は怖がって逃げていただけの先程とは別人のようだった。

 

 「チョッパー! おれの仲間になれよ!」

 「お前、もうちょっと他の誘い方知らねぇのかよ」

 「無理だよ……おれは一緒には行けない」

 「無理じゃねぇよ! 楽しいのに!」

 「いや意味わかんねぇから」

 

 あまりにも一直線過ぎる勧誘が続き、時折ウソップが口を挟む。

 しかしルフィの態度は変わらず、チョッパーも表情を変えようとしない。

 そう思った時だった。

 チョッパーが表情を変え、ぐっと歯を食いしばった後、戸惑いながらも声を大きくする。

 

 「だって……だっておれは、トナカイだッ! 角だって、蹄だってあるし……青っ鼻だし! おれは人間の仲間でもないんだぞ! バケモノなんだ! おれなんかお前らの仲間にはなれねぇ! だから……お礼を言いに来たんだ……!」

 

 思うままを叫び、俯いたチョッパーは声を落ち着かせる。だがどこか寂しげな様相だった。

 

 「おれはお前たちに感謝してるんだ。誘ってくれて、ありがとう……」

 

 顔を上げて、ルフィを見た。

 三人は彼の顔を見て表情を変える。今にも泣き出しそうな、無理やり取り繕った笑顔があって、それが彼の本音だとはとても思えない。だが指摘する者は一人も居なくて。

 ルフィはじっとチョッパーを見つめていた。

 

 「おれはここに残るけど、いつかまたさ……気が向いたらここへ――」

 「うるせぇ!! 行こう!!!」

 

 それは、突然の言葉だった。

 拳を振り上げたルフィは大声で叫び、迷う彼の心を正すかのように、辺りに響き渡る。

 

 うるせぇ。そんな勧誘はかつて聞いたことがない。

 自分たちの時でさえもう少しはマシだったと三人は苦笑する。それでも彼を責める気になれないのはおそらく、チョッパーの反応を見たからだろう。

 

 見る見るうちに目に涙が溜まっていく。

 きっと彼は苦悩していた。隠していた本心があった。

 一緒に行きたいという気持ちはあっても、彼らの邪魔になるのではないか、迷惑になってしまうのではないか、そんな迷いがあったのだろう。本心を隠し通してでも彼らに嫌われたくなかった。だがルフィの言葉が彼の迷いを一瞬にして吹き飛ばしたのだ。

 

 涙が溢れる。

 堰を切って出てきた感情が、もう自分でも止めることができない。

 チョッパーは震える腕を空に掲げる。

 ルフィと同じように突き上げて、感情のままに叫んだ。

 

 「うっ、おおっ……おおおおおおおっ!!!」

 

 明確な言葉ではない。関わりがない者が見ればただ叫んでいるだけなのかもしれない。

 けれどそこに居る彼らには伝わっていた。

 それは言葉ではなかったが明確な意志表示で、新たな仲間が加わった瞬間であった。

 


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