ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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GROWN KIDZ(4)

 バクバクの実を食べた能力者は雑食人間となり、草でも岩でも、鉄でさえ食べられる。

 それだけでなくその気になれば人間ですら食べられるようだ。

 今、倒れていたはずのワポルが動き出し、彼らの視界の先でムッシュールを食べていた。妙な音が響いてどうやら咀嚼しているらしく、見ているだけで悪寒が走る。

 

 人が人を食べるなど、あり得ない。

 本来は動物であるチョッパーから見ても気味が悪かった。

 そう時間もかからず食べ終え、背を向けていたワポルの体が変形し始めた時、悪寒が強くなる。

 

 こちらもまた骨や肉が動く薄気味悪い音を立て始める。

 体はさらに大きくなり、ワポルハウスに更なる要素が付け加えられる。

 

 「これぞ究極の進化形態――」

 

 変身終了を告げるのか、口から煙を吐き出す。

 ゆっくり振り返ったワポルは笑顔だ。

 

 「完成! バクバク工場(ファクトリー)“ムッシュワポール”! これが最強の変身だぁ!」

 

 そう言った彼は両腕を広げ、大声で笑った。

 大部分はワポルを基礎としている様子。

 顔はワポルその物で、髪型はムッシュールのものに変わり、カバの毛皮を被り、さらに大きくなって見上げるほどの巨体。胴体はブリキで強固な造り。ワポルハウスを引き継いでいるらしい。

 どう変わったかは今一つ定かでないものの、少なくとも食べた事実は確かなのだろう。

 

 二人の人間が一つに融合したのである。

 その恐ろしさは外見ではなく、二つの能力にこそある。

 

 本来、悪魔の実は一人につき一つしか食すことができず、二つ食べれば死に至る。

 しかしそのムッシュワポールは融合した結果、バクバクとノコノコ、両方の能力を持ち、単純に二つ食べた者とは違い、体が弾け飛んで消えることもなく、一人の人間として完成した。

 完璧な融合は彼らに奇跡を与えたようだ。

 

 まだそのことに気付いておらず、チョッパーはルフィの傍に膝をついたまま動かない。見逃していいはずがないと思っているが、微妙な変化に気付きにくかったせいだ。

 呆然と見つめていると、上機嫌なワポルが笑い始めた。

 

 「ま~っはっはっは! 最初からこうしておけばよかったんだ! あのカバ兄貴じゃ能力は上手く使えねぇし、おれが利用してやった方がよっぽど効率が良い!」

 

 胸を張る彼は疲弊した二人、遠くに立つくれはを眺めた後、にやりと笑って語り出す。

 

 「ここまでおれ様をコケにしたカバどもは初めてだ。よって即刻貴様らは処刑! もはや手段は選ばねぇぞ……おれ様の力で、一度この島をきれいに浄化してやろう」

 「な、何をするつもりなんだ……」

 「まっはっは、カバ兄貴の能力を使うのよ。かつてこの島を恐怖のどん底に陥れた、胞子爆弾(フェイタルボム)を打ち上げてやる。それでこの島は終わりだ」

 

 勝ち誇った顔で言う彼に、チョッパーが驚愕して表情を強張らせる。

 彼は今何と言ったのだ。

 自分の国だと主張して執着していた国を、丸ごと壊すと言っていたのだ。

 

 正気の沙汰とは思えない。

 焦るチョッパーは思わず立ち上がり、肩を怒らせて叫ぶ。

 

 「お前、本気で言ってるのか!? この国には大勢の人間が居るんだぞ!」

 「だからどうした! どいつもこいつもおれ様に従わねぇ反逆者どもだ!」

 「そんなことしても王として認められるわけじゃない!」

 「この国の浄化にはなる! おれに従えん奴は全員死ね!」

 「無茶苦茶だ……やっぱりお前は、王様なんかじゃない……」

 「黙れバケモノが! お前にはそんなことを言う資格もない! 人間でもねぇバケモノが偉そうにしゃべってんじゃねぇぞぉ!」

 

 言うだけ言って、ワポルは城を見上げた。

 窓とその周辺が壊れた塔がある。そこにブリキング大砲があった。

 にやりと笑い、再びチョッパーを見た時には彼に対する怒りなど感じない。

 大事の前の小事というやつだろう。今となってはチョッパーに対する興味もなく、島ごと全てを滅ぼす気でいて、それ以外に興味がない様子だ。

 

 「あと必要な物はブリキングキャノン。あれを食えば全てが終わる」

 「ふざけるな! お前の思い通りにはさせないぞ!」

 「ま~っはっはっは! バケモノが何か言ってやがる! 王様に向かってずいぶん偉そうな口を叩いてやがるが、いいぜ、許してやろう。どうせあと数分の命だ」

 

 ワポルの両足、靴の底に、キノコの傘が生える。ノコノコの実の能力だ。

 それを使ってその場で跳ね、人とは思えぬ跳躍力を見せた彼は高く空へと跳び上がった。

 

 「止められるもんなら止めてみろ! 追いつけるならだがな! ま~っはっはっは!」

 「くそっ、ランブルボールで……飛力強化(ジャンピングポイント)さえ使えれば」

 

 大きくジャンプしたムッシュワポールは頭から塔へ突っ込み、広い肩幅で壁を壊しながら、無理やり塔の中へ入っていく。

 その姿を見送ってからチョッパーは思案した。

 劇薬を再度使うべきか、否か。今使っても期待したほどの効果は発揮しない。それでも、彼を追って止めるためなら賭けてみる必要もあるのかもしれない。

 

 逡巡する彼の腕を掴む手がある。

 辛そうに呼吸を乱すルフィだ。

 

 気付いたチョッパーが彼を見下ろした時、目が合った途端にパッと頭が真っ白になる。

 今すぐ息絶えてもおかしくないとさえ思うが、力強い眼差し。限界と感じるほど顔色は悪いというのに彼は力を振り絞ってチョッパーを見上げていた。

 

 「ハァ、チョッパー……」

 「ど、どうした?」

 「頼みが、ある」

 

 小さな声で必死に頼まれた。

 不思議と迷いを抱かず、チョッパーはその頼みに対し、頷くことで返答とする。

 

 一方、塔の内部に入ったムッシュワポールはブリキング大砲の前に居た。

 弾切れを起こしたそれを食せば、彼の体はさらに変形して“ムッシュワポールキャノン”と化す。そうなればもはや誰にも止めることは不可能。絶対最強の王になる。

 その時を思い浮かべ、ムッシュワポールは大砲を撫でながら上機嫌だった。

 

 「満足に敵も殺せねぇアホ兄貴にはもううんざりだが、胞子爆弾(フェイタルボム)だけは価値がある。こいつとブリキングキャノンさえあればもうおれに勝てる奴は居ねぇ。四皇も敵じゃねぇかもなぁ」

 

 自らが手に入れた力に酔いしれているのだろうか。

 うっとりした顔で呟く彼は余裕を誇り、一向に動き出さない。

 

 「この力を使って、今度こそおれ様はカバな海賊どもには負けねぇ最強の王国を作ってやる。当然国民はおれ様の命令に素直に従い、逆らう奴は全員処刑、そんな理想国家を――」

 

 理想を語っている最中だった。

 突如外から窓を割って塔内に飛び込んできた物体がある。

 ムッシュワポールは反射的に悲鳴を上げて部屋の入り口まで逃げ出した。

 

 「なんか来たァァァッ!?」

 

 体の向きを変えることなく後ずさりで素早く離れていき、飛び込んできた正体を見やる。窓を割った勢いで地面に転がったのはルフィだった。

 満身創痍で膝をつくことさえできず、ぐったりと倒れた姿。

 もう動けないだろうと思われる彼はチョッパーに投げてもらい、ここまで来た。

 

 やっと彼だと気付いたムッシュワポールは訝しみ、ルフィが動かないと知ると余裕を取り戻す。

 意気揚々と歩き出し、倒れたまま動かない彼に軽い足取りで近寄っていった。

 

 「誰かと思えば死にぞこないじゃねぇか。そんな体で何しに来やがった。ひょっとしてまさか、おれ様を止めようって? ま~っはっはっは! 止められるといいな、その体で!」

 

 歩く足取りはスキップ交じりである。

 ルフィの傍にやってきた彼は笑顔で見下ろして、腰に手を当てて上機嫌に笑う。

 それは彼を挑発するようで、侮蔑するための態度だ。

 

 「よぉし決めた。せっかく来たんだから有効活用してやる。新ドラム王国建国の祝砲を上げる前に貴様の頭を踏み砕いてやろう。どうだ? 王様に引導を渡されるのは嬉しいだろう?」

 

 上体を曲げて顔を近付け、これ見よがしに伝えた後は背を反らして笑い声を響かせる。

 そうしてムッシュワポールは右足を持ち上げて、ルフィの頭に狙いをつけた。

 

 「おれ様を舐めたツケはここで払っていけ! さぁ、お別れだ――!」

 

 力を入れて思い切り踏み抜こうとする。

 その瞬間、倒れたままでルフィがギロリと彼を睨みつけた。

 たった一睨み。動いてすらいない人間が睨んだだけだ。

 それなのにムッシュワポールは心底怯え上がり、思い切り悲鳴を上げて、足を振り上げたままの状態で後ろに倒れていく。そして尻もちをついてしまった。

 

 彼の目は死人のものではない。

 死の淵にあって、尚も生きようとする強い瞳。

 かつてワポルが見たことがない眼差しが、完璧に彼の心を折った。

 

 理屈ではない。肌で彼の強さを、言いようのない覇気を感じている。

 ムッシュワポールは慌てて立ち上がったが、もはや彼に対抗する力は持っていなかった。

 

 震える腕で体を支え、ルフィが立ちあがる。

 足はふらつき、激しく咳き込んでは吐血して、今にも倒れそうだ。しかし今のルフィは片時もムッシュワポールから目を離そうとはせず、強い眼差しで睨みつける。

 歯を食いしばり、後ずさりする彼へ一歩を踏み出した。

 

 振り上げた拳に力を込める。

 腕が震えるが関係ない。逃がさない、と決めたのだ。

 強く踏み出すと同時、彼は怯えるムッシュワポールへ強烈な一撃を放った。

 

 「おおおっ、おおおおおッ!」

 「ぶげぇっ!?」

 

 腹に一発。鈍い音を発して直撃する。

 

 「んん!」

 「かぺっ!?」

 

 頬にも一発。無理やり顔の向きが変えられ、痛みを感じて足がふらついた。

 

 「うおおおおおっ!」

 「ギャアアアアアッ!? も、もうやめっ――どぶへぇっ!?」

 

 そして最後に一撃。顎を下から打ち抜いて、彼の巨体を思い切り打ち上げる。

 ムッシュワポールの体は軽々と上がり、天井を貫いて屋根に突き刺さった。顔だけが外に出て体は室内に置いたまま。まるで生首のような姿で静止する。

 

 痛みに耐えて、鼻血を流して。意識を失いかけた彼はハッと気付いた。

 自身が居る塔の隣に風ではためく旗がある。

 桜吹雪とドクロ。

 バカにして、一度は折ろうとした旗が彼を見やり、無言でバタバタと揺れ動いていた。

 

 表現できない恐怖を感じる。無言で感じる圧力がその旗から醸し出されるようだ。

 彼が勝手にそう感じていただけかもしれないとはいえ、その目は恐怖に支配されていた。

 

 今や言葉を発することさえできずに旗を眺めているその時、外壁を上り、ルフィが現れた。姿を見た途端に耐え切れない様子でムッシュワポールが叫び出して、怯え始める。

 海賊旗よりよほど怖い。そんな相手だ。

 

 ルフィはムッシュワポールの目の前で足を止め、両方の拳をゴツンとぶつけた。

 

 「ギャアアアアアッ!? 来るなァァッ!?」

 「ハァ、ゼェ……何の覚悟もねぇ奴が、人のドクロに手ェ出すな」

 

 ルフィが両腕を伸ばし始める。自分の後方へ向かって限界まで。

 それが最後の一撃になるとムッシュワポールも理解していた。

 命乞いのためか、彼は半ば錯乱した状態で必死に口を動かし始めると、自らが助かる術を探して必死にルフィへ話しかけ始める。しかし彼はその声に耳を貸さない。

 

 「ゴム……ゴム……」

 「ま、待て!? よく考えろ! おれ様は王様なんだぞ!」

 「ゴム……ゴム……の」

 「ドラム王国は世界政府加盟国だ! おれに手を出すことは世界的大犯罪だぞ! 政府も海軍も必ずお前らを見つけて始末する! 生きて帰れるとでも思ってんのかァ!」

 

 ルフィの攻撃準備は整った。

 その状態で彼は一度動きを止め、冷静な声で答える。

 

 「関係ねぇんだぞ。王様だろうと神様だろうと、誰が偉くたって偉くなくたって関係ねぇんだ」

 「な、なにィ!?」

 

 ルフィは笑う。

 

 「おれは、海賊だからな」

 

 挑発的でもあり、子供のようでもあり、狂気さえ感じる笑顔。

 その発言は常識を持つ人間にとってはあり得ないもの。

 ムッシュワポールは驚きを隠せず、全身が震え上がってしまっていた。

 

 いよいよルフィが攻撃のため腕を引き寄せる。

 彼の攻撃が触れるその瞬間まで、ムッシュワポールは喚くのを止めなかった。

 

 「おい、ちょっと待て! お前に地位と勲章をやろう! だから……!」

 「オオオオオッ!」

 「わかった、副国王の座を――あああああああっ!?」

 

 数十メートル、かつて経験のない溜めから引き寄せられ、両腕が迫る。

 彼の攻撃は限界を超え、凄まじい速度でムッシュワポールを吹き飛ばした。

 

 「バズーカァ!!!」

 

 塔の先端ごと捉え、空へ弾き飛ばす。

 天高く飛び、島から離れ、空の彼方まで飛んでいく。巨体とはいえムッシュワポールの姿が見えなくなるのはすぐのことだった。

 見送ったチョッパーは何も言わず、ただ彼が消えた方角を眺める。

 

 戦いは終わった。諸悪の根源は国から弾き出されたのだ。

 深く息を吐き出して、肩の力が抜けていく。

 

 ルフィに気付いたのはそれからだ。

 同じく脱力し、もはや立っていることすらできなかった彼は屋根を滑り落ちてくる。

 あっと声が漏れ出る。

 気付けばチョッパーは反射的に走り出していて、受け止めようとしたのだろう。獣型になってまで急いで、彼の着地点に近付くと人型に変形する。

 

 落ちてきたルフィに飛びつき、その体をしかと抱きしめた。

 そのままの勢いで転んでしまうが敢えて自分が下敷きになり、必死にルフィを気遣う。彼はすでに意識を手放しているようで反応はなかった。

 

 腕の中に居るルフィを見つめる。

 ひどい顔色だ。毒が回ってまだ生きているのが不思議なほどひどい状態にある。

 一刻も早く治療しなければ手遅れになってしまうだろう。

 チョッパーは迷わず立ち上がって、城内へ入るため入り口へ走った。

 

 入り口付近に居たくれはは、彼が近付いてきた頃になって声をかけた。

 

 「いいのかい? そいつを助けても」

 「え?」

 

 唐突な問いかけに足が止まる。今すぐルフィを助けたいが、その一言は無視できない。

 チョッパーは不思議そうにくれはを見つめて立ち止まっていた。

 

 「そいつはね、海賊なんだ。決して善人じゃない。自分勝手を自由と呼んで、必要があれば簡単に他人を傷つける。人を治す医者とは対極に居るような奴さね」

 「うん……」

 「現にこの国は海賊たちに傷つけられた。ワポルだけじゃない、黒ひげって奴にもね。こいつを治して同じことが起こらないとも限らないんだよ? そいつは海賊だからね」

 

 押し黙ったチョッパーはルフィの顔を見つめる。

 彼は海賊。海賊がどんな連中かも大体は知っている。

 出会ったばかりの彼の全てを理解した気にはなっていないし、そんな奴じゃない、と強く言えるだけの自信もない。ただそれでも、自分の意志が変わらないことだけは確かだった。

 

 「だけどおれは助けたい」

 「この国がまた危険に晒されてもかい? また誰かが傷つくよ」

 「こいつはそんな奴じゃないよ。それにもしそんな奴だったとしても、おれが倒す」

 「口だけならなんとでも言えるさ。あんたも全身傷だらけじゃないか」

 「そうだよ。確かに甘いかもしれない……だけど」

 

 顔を上げたチョッパーが真正面からくれはの目を見つめた。

 

 「助けられる命があるのに見捨てるなんてこと、おれはしたくない!」

 

 くれはは、何も答えなかった。

 唇を噛んで黙ったチョッパーは再び駆け出し、ドラム城の中へと消えていく。

 

 彼の姿が完全に見えなくなった頃。

 くれははやれやれと首を振って呆れた表情。

 不意に空を見上げ、ぽつりと呟いた。

 

 「親に似ちまったのかねぇ。まったく面倒な話だ」

 

 そう呟く顔には薄い笑み。

 いつしか吹雪が弱まっていた。徐々に雲は晴れつつあり、どうやら雪は止まなそうだが、今夜は月が見えるだろう。ちょうど満月の日だったはずだ。

 晴れつつある空を見ながら、くれはは誰にでもなく声をかける。

 

 「あんたのせいさ、ヤブ医者。あいつは立派に育ってるよ」

 

 ちらほらと、徐々に速度が変わってゆっくり雪が降ってくる。

 腕を組んでそれを眺めたくれはは小さく鼻を鳴らした。

 

 そうしていると奇妙な物が視界に入る。

 バサバサと羽音を立てて飛んでくる物体。鳥なのだろうが、形が崩れてひどい外見だ。羽を動かす度にひらひらと体から何かが離れ、今にも墜落しそうなほど弱っている。

 どうやら宙を舞っているのは紙だ。

 鳥の背には二人の人間が居て、片方の少年が慌て、片方の少年はぐったりしていた。

 

 「よぉ~しここまで来たぞ! もう目の前だ! ほらキリ、頑張れ! もう着くぞ!」

 「あー墜落しそう……」

 「おい頼むぞ!? ここまで来たんだからもうちょっとだけ頑張れって! 休むならあそこに着いてからでいいじゃねぇか! ほら、誰か居る! 人だ!」

 「ウソップ、ちょっと代わってくれない……?」

 「何をどうやって!? お前にしか動かせねぇんだから頼むよ! ほらもう少し!」

 「うっ、吐き気がしてきた……」

 「医者が居るから大丈夫だ! むしろ吐け!」

 

 騒々しい様子で近付いてくる。

 そして彼らはフラフラと危なげにドラムロックの頂上へ到着し、すでに限界だったのか、滑るように着地した。その衝撃で紙の鳥はバラバラになってしまい、二人も投げ出される。

 

 ごろりと転がり、起き上がったウソップはいの一番に空に向かって手を合わせた。

 よっぽどの感動だったようで涙さえ流し、生きる実感と共に感謝の言葉を口にする。

 

 その横ではぴくりとも動かないキリが雪に埋もれて倒れていた。

 

 「おお神よ! おれたちを生かしてくれてありがとう! 生きてるって素晴らしい!」

 「あー疲れた。急に吹雪くんだもんなぁ……」

 「お前もありがとうキリ! よく頑張った! お前が諦めなかったおかげでおれたちは死ななかったんだぞ! 偉い!」

 「どうも」

 「いやぁ~しかし急に天気が変わった時は焦ったぜ。ちょっと降ってるくらいならなんとかなるかもしれねぇって言うから出発したのによ。最初から最後まで予想外――ん?」

 

 しゃべっている途中でウソップがくれはに改めて気付いた。

 先程も気付いたのだが、立派な城の前に立つ人間。そして年老いた女性。

 噂の魔女ではないかと思うのは当然である。

 くれはは驚いた顔のウソップを見やり、笑顔で自分から問いかけた。

 

 「若さの秘訣かい?」

 「いや、聞いてねぇ」

 

 予想外にも親しげに声をかけられたことに驚く。

 外見は若々しい老婆。さほど怪しい人物とは思えないし、襲ってくる気配もないため危険ではないのだろう。ウソップが安堵して話せるのも納得だった。

 キリは倒れたまま、顔を上げることさえできず聴覚に頼って状況を知る。

 

 「なぁばあさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ――」

 「口の利き方には気をつけな。あたしゃまだツヤツヤの130代だよ」

 

 質問しようとした瞬間、ぴしゃりと制止される。どうやら呼び方が気に入らなかったらしい。

 ぽかんとしたウソップは何気なくキリを見下ろす。

 

 「あー、なんか気に障ったらしいぞ」

 「女性に年齢の話はタブーって噂だしね。触れない方が身のためだよ」

 「だな」

 

 突っ伏したままのキリから助言を受け、素直に頷いたウソップは態度を改める。しかし彼を起こしてやろうというつもりはないらしくてくれはに目を向けた。

 彼女は腰に手を当て、距離を保った状態で彼の話を聞く。

 

 「ここに麦わら帽子かぶった男が来てねぇか? オレンジ色の髪の女を背負って」

 「ああ、来てるよ。今治療中さ」

 「ほんとか!? よかったぁ~、ルフィもナミも無事だったんだぜ!」

 「あいつらの仲間かい?」

 「そうだ。同じ海賊団の仲間さ。船長はルフィだけどな」

 「なら一応教えといた方がいいか。あの坊主も治療中だよ。毒を受けちまってね」

 「な、なにっ!?」

 

 ウソップが驚愕して目を見開いている頃、キリはずりずりと顔の向きを変えていた。

 力が抜けて動けない彼も気にせず、ウソップはくれはに問いかける。

 

 「それじゃあ、国王とその兄貴が……!?」

 「心配しなくていい。麦わらの坊主があいつらを吹っ飛ばしちまったよ」

 「ルフィが?」

 「その時に受けた毒を今治療してる。これで心配事は消えたかい? あんたらの船長が死ぬことはないよ、あたしの弟子が診てるからね」

 「そ、そうか。敵はルフィがぶっ飛ばして、毒も治るんだな。ならよかった……」

 

 ほっと胸を撫で下ろしたウソップはキリを見る。

 

 「全部問題は解決だってよ。なんだよ、一足遅かったな」

 「ひょっとして喜んでる?」

 「まさか。むしろ出遅れたことが悔しくて堪らねぇくらいだぞ、おれは」

 

 状況を理解して、全ての不安が取り除かれた様子だった。

 ルフィは治療を必要としているが、ナミは治療されていて、ここに向かっているという情報があったワポルとムッシュールはルフィによってすでに空の彼方。

 ひとまず安全は約束されたと言っていい。

 あからさまに安堵したウソップは涼しい顔でキリに答えた。

 

 動けないキリは雪の冷たさに触れつつ、ふと思う。

 脳裏に浮かんだ素朴な疑問を、冷静な声でウソップへとぶつけた。

 

 「それはよかったよ。ところでさっきから思ってたんだけど」

 「どうした?」

 「そろそろ起こしてくれない? 全身が冷たいんだ」

 「あ、それもそうだな。すっかり忘れてた」

 「君は意外にひどい奴だよ」

 

 悪い悪い、と軽く謝りながらウソップがキリの肩を掴み、体を起こしてやる。

 多少面倒ではあったが座らせてやることに成功した。

 頭の上や顔にも雪が付着しているため手で払ってやり、きれいになったところで彼もやっと安堵できた様子だ。ただし雪で体が濡れてしまったせいで体は動かせない。

 

 ウソップにもたれるようにしたところで二人が落ち着いた。

 ふぅと一息ついた時、キリとくれはの視線が交わる。

 

 彼女は息を呑んでいたようだ。キリの顔を見た瞬間に佇まいが変わり、少なからずの驚きが表情へ表れて、しかし二人が気付く前に消してしまう。

 おかしいと感じたキリは不思議そうに彼女を見ていた。するとなぜか微笑まれる。

 

 「こりゃ珍客だ。どんな巡り合わせなんだろうね」

 「え?」

 「なに、ちょうどいいと思ってたところさ。あんたたちあの二人の仲間だろう? 一つ聞くがあの船長は金を持ってんのかい?」

 「いや確実に持ってねぇと思うけど」

 「ああ、治療費だね」

 「やべっ。そういや金持たすの忘れてたな……」

 

 どうやら今この瞬間、治療費を請求されているらしいとわかった。

 慌てたウソップに対してキリは取り乱さず、妙に余裕がある態度を崩さない。

 

 「キリ、お前金持ってんのか?」

 「さっき使っちゃった」

 「使ったってどこで? 店になんか寄ってねぇぞ……ま、まさか、あの鳥かっ!?」

 「だってどんどん剥がれていっちゃうし、応急処置が必要で」

 「もったいねぇ。で、残金は?」

 「手元にはゼロ」

 「マジか……」

 「大丈夫だよ、ボクの小遣いだけだし。船に戻れば生活費はちゃんと保管してるよ」

 「それじゃここの支払いは?」

 「誰かに持ってきてもらおうか」

 「お前、おれたちが何のためにここに来たと思ってんだ」

 

 彼らの会話で金を持っていないことは伝わった。だがくれはも喉から手が出るほど治療費が欲しかった訳でもないため、溜息をつくとあっさり考えを変えてしまう。

 金はそこまで必要ではないらしい。

 その代わり、二人へ声をかける彼女は別のものを要求した。

 

 「どうせそんなことだろうと思ったさ。それじゃこっちに来てもらおうか」

 「え? なんかあんのか?」

 「代金の代わりだよ。人手が要るんだ、武器庫の大砲を外へ運びな」

 「大砲? なんでそんなもん」

 「つべこべ言わずに働きな。それとも金は払えるのかい?」

 

 そう言われ、押し黙ったウソップはキリと目を合わせる。

 

 「……運ぶか」

 「あ、ボク動けないんで、よろしく」

 「はぁ!? お前それはずるいだろ!」

 「ここまで頑張ったのはボクなんだよ? ちょっとくらい休ませてくれても」

 「それとこれとは別問題じゃねぇか。あの時は緊急だったわけだし」

 「でもどのみち動けないけどね」

 「くそぉ、おれも能力者になりたい……」

 

 くれはが歩き出したため、仕方なくウソップはキリを背負い、城内へ向かって歩き出す。

 敵の脅威は去ったとはいえ苦難は続くのだろう。

 ぐったりして動けないキリを運んでやる最中、ウソップは自分が貧乏くじを引いている気がして仕方なくなり、大きく溜息をついた。

 


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