ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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GROWN KIDZ(2)

 城内へ駆け込んだワポルは見知った風景を確認し、迷わず目的地を目指す。

 逃げるようでありながら足取りは勇む様子。確固たる目的を持って足を動かしていた。

 

 「武器庫にさえ行けばあのカバどもを消し去れる。バクバク(ショック)“人間兵器”で一発だ」

 

 どたどた走って一階の奥へ進んでいく。

 道には迷わず、奥にあった大きな扉を見つける。

 ワポルは視界に入れた途端に笑った。

 

 「ま~っはっは! あそこにさえ行けばおれ様に敵う奴は居なくなる! おれ様の勝ちだ!」

 

 ワポルは扉の前に到達した。閉じられたままのその前に足を止め、にやりと笑い、自分の勝利を信じて疑っていない様子だった。

 早速閉じられた扉を開くため、鍵を探そうと考える。

 しかし自分が持っていただろうかと想い、咄嗟に表情が曇った。

 

 「いや、待て。鍵はどこに行った? おいチェス、武器庫の鍵はどこに――」

 

 振り返って普段居るはずの参謀が居ないことに気付いたワポルは、大口を開けて驚愕した。

 

 「あぁっ!? そういえばチェスは兄ちゃんの毒でやられたんじゃねぇか! あのアホ兄貴め、余計なことをしやがって! だから能力を使う時は気を使えとあれほど!」

 

 憤慨して地団駄を踏み、ワポルは苛立ちながら振り返る。

 鍵はない。ならば別の方法で開ける必要がある。

 深く考えなかった彼は大砲の腕を扉に向けたのだ。

 

 「ええい、ならば仕方ない! こうなったら自力でこじ開けてやる!」

 

 そこは武器庫。内部には大量の火薬もあり、引火する危険性も高いが、全く意に介さず。

 砲弾を放ったワポルは扉を吹き飛ばし、幸い爆発もせずに武器庫の入り口が開く。

 

 武器庫には大量の武器が保管されていた。

 一つも動かされることはなく、全てが使う者を失って沈黙を保つ。

 室内を見渡して、上機嫌になったワポルは今度こそ勝ち誇り、勝機を得る。部屋にある刀剣、銃火器を全て食せば彼自身が要塞と化して敵う者など居なくなるはずだ。

 彼は喜び勇んで一歩を踏み出した。

 

 その足が武器庫に入る前に、走ってきたチョッパーが体当たりする。

 油断していたワポルの横っ腹に、獣型の彼が頭突きを繰り出して、強靭な角で弾き飛ばされた。接近に気付かず、また突然の攻撃に驚いたワポルは勢いよく地面を転げ回った。

 

 「いでぇ~っ!? な、なんだぁ!?」

 「おれだ」

 「き、貴様はさっきのバケモノ! 誰に向かって攻撃したのかわかってんのか、おい!」

 

 起き上がったワポルが即座に砲口をチョッパーに向けた。

 冷静な目でそれを見るチョッパーは恐れず対峙する。

 

 「お前はもう王なんかじゃない。攻撃したって罪には問われねぇさ」

 「いいや問われる! 決めるのはおれ様だ!」

 「だったら怖くねぇ。おれは、ドクターをバカにしたお前を許す気はねぇんだ」

 「ほざけェ! お前なんか今すぐ処刑してくれるわ!」

 

 そう言ったワポルはひとまず武器庫の全てを食そうと、攻撃する前に踵を返して急ごうとする。咄嗟に気付いたチョッパーは即座に駆け出して彼の腹へ再び突進した。

 強烈な体当たりでまたしても体勢が崩れる。

 悲鳴を上げるワポルはあっという間に転んでしまった。

 

 「このっ!」

 「ギャアアッ!?」

 「お前にはもう何もさせねぇ。この城に手を出すな!」

 「ふざけるなカバ野郎! この城はおれの物だぞ! 中にある物も全ておれの物なんだよぉ!」

 

 叫んだワポルが立ち上がり、向き合うこともなく逃げ出した。

 向かう先には階段。上階を目指すらしい。

 逃げ出したことに驚くチョッパーは一瞬虚を衝かれるが、理解すると慌てて駆け出し、後を追い始める。ほんの一瞬足を止めただけだったが開いた距離はそれなりのものだった。

 

 「待てッ! また逃げるのか!」

 「やかましい! 貴様を処刑するための作戦だ、カバめ!」

 

 全力で走って階段を上り、ワポルは脇目も振らずに上層を目指す。

 その顔は必死であり、本人は逃げていることを否定していたが、誰がどう見ても逃げているようにしか見えない。今や両腕の大砲を使おうという気すら窺えなかった。

 

 獣型のチョッパーは足が速く、跳ぶようにしながら追ってくる。距離はそう離れていない。

 蹄が地面を叩く音を聞き、距離が近いことを知るワポルはさらに肝を冷やす。

 

 「あそこに……あれさえ食っちまえば……!」

 

 どうやら確固たる目的があって走っているようだ。

 ワポルは城の天辺に伸びる複数の塔から一つを選び、内部へ続く階段を上っていく。

 当然チョッパーも彼を逃がさぬように追いかけていた。

 

 いよいよ扉が見えてくる。

 二人の距離は近い。焦ったワポルは走りながら考えた。

 

 本来ならば自分の城を壊すなどあり得ない。しかし今は急いでいて、尚且つ両腕は大砲になっており、ドアノブを捻って開けることはできそうにない。

 そこで仕方ないと思い、大砲を構えた。

 扉を吹き飛ばして勢いそのままに突入することを決めたのだ。

 

 「どけィ! このカバドアがァ!」

 

 八つ当たりするように叫びながら砲弾を発射する。

 砲弾は扉に当たった途端爆発し、木製のそれを粉々にして道を開いた。

 能力を使った影響で体が大きくなってしまったワポルが通るには些か小さいだろう。だが足を止める余裕もない彼は頭から突っ込み、壁を破壊しながら室内へ入った。

 あまりにも騒々しい行動に、チョッパーは思わず一度入り口で足を止める。

 

 体当たりで壁の一部が崩れたことにより、もくもくと煙が漂っている。

 目を細めたチョッパーはその向こう側を見ようとしていた。

 

 やがて煙が晴れ、ワポルの姿が見える。

 仁王立ちしてチョッパーに向き直っていた彼はなぜか笑顔で、今まで必死に逃げていた人間とは思えない風貌。疑問を持つのだがすぐにその背後に置かれた物に気付いた。

 

 部屋の隅に巨大な物体がある。

 それは兵器だ。

 砲口が複数ある大砲であり、カバをモチーフとして、巨大化したワポルと同程度にも思える巨大さを誇る。見るからに危険そうな代物であった。

 

 その前に立つワポルは自らの力を誇示するよう。

 先程とは打って変わってチョッパーを好戦的に見つめ、足を止めている。

 だが逃げ場を失くしたのも事実で、閉鎖された塔の中ではこれ以上逃げられないのも確かだ。

 

 「まっはっは……さぁ、処刑の時間だ。貴様はこれから、このロイヤルドラムクラウン7連銃弾(ショット)ブリキング大砲(キャノン)で死ぬのだ!」

 

 ワポルの大声が響き渡るが返答はない。チョッパーは敢えて黙ったままだった。

 完全に怯え切っていると判断したらしく、鼻を鳴らしたワポルは右腕を元に戻す。

 砲弾を放つためのレバーに手をかけ、いよいよ攻撃を行おうとしたのである。

 

 「さぁて後悔しやがれ。貴様はこの一撃で死ぬからだ! 消し飛べェ!」

 

 掴んだレバーを勢いよく下ろした。これで砲弾が放たれ、七つの砲口から砲弾が飛び出し、逃げる隙を与えずにチョッパーをハチの巣にする、はずだった。

 しかしブリキング大砲は全く動かない。

 空撃ちをするような間抜けな音が鳴って以降、それ以上の変化は得られなかった。

 

 ワポルは目を大きくする。

 驚いているらしく、口を閉じてしまい、大口を叩くことさえできない。

 試しに何度かレバーを引いてみるが、何度試してもやはり砲弾が放たれることはなかったのだ。

 

 ワポルの思考は完全に停止している。

 その様子を見て、呆れた表情のチョッパーが口を開いた。

 

 「無駄だ。そいつの砲弾は全部抜き取られてる。ドクターの墓には必要ない物だったからな」

 「んなぁにぃ!? き、貴様のせいかァ!」

 「もう終わりだ。これ以上逃げ場はないぞ」

 「うるせぇ~! そうだ、それならブリキングキャノンを食って、砲弾は別で代用を――」

 

 思考を切り替えたワポルは大口を開け、傍にあるブリキング大砲を食べようとした。

 まずいと感じたのだろう。駆け出したチョッパーが駆け出して、阻止しようとする。走る途中で獣型から人型へ変わり、地面を蹴って飛びついて、抱き着くように彼を止めた。

 

 「そうはさせるか!」

 「ギャアアッ!? 離せバケモノトナカイめ!」

 

 一個になった彼らは勢いよく窓へ突っ込み、ガラスを破って外へ出る。チョッパーがワポルを捕まえたままで急斜面の屋根へと転がった。

 雪を積もらせないための斜面を勢いよく転がる。

 危うく屋根から落ちそうになったが、ある時パッと離れた二人は辛うじて落ちずに済んだ。

 

 それぞれが必死に堪えて斜面で止まり、互いの顔を見る。

 死にかけたとあってワポルの怒声は以前より大きくなっていた。

 

 「あ、危ねぇ~っ! なんてことしやがるんだカバ野郎!」

 「もうお前の思い通りになんてさせねぇんだ。ここで決着をつけてやる」

 

 そう言ったチョッパーが先に体勢を立て直して、斜面の上で上手く立つ。

 ワポルは寝そべったままでそれを見る。

 チョッパーは人獣型になり、自らの帽子に手を突っ込むと、小さな何かを取り出したのである。蹄の間に挟んで持ったそれは黄色い丸薬だった。

 

 「これを使って三分間。その間にお前を倒す」

 「倒すだと? そんな飴玉でどうしようって言うんだ」

 「飴玉なんかじゃねぇ。これがおれの研究の成果だ」

 「戯けたことをぬかすなァ! こうなりゃこの場で処刑してやるぞ、罪人め!」

 

 起き上がったワポルはよろけながらその場に立ち、大砲を構える。

 足場が悪いためそう動くことはできない。回避は思考から捨てる作戦のようだ。

 対するチョッパーは丸薬を放り投げ、上を向いて落ちてくる丸薬を噛み、呑み込む。

 

 「ランブル」

 「死ねぇ!」

 

 轟音を放って砲弾が飛び出した。

 真っ直ぐ飛来する砲弾はチョッパーを目指し、狙いが逸れることはない。

 

 やがて屋根に激突して爆発を起こした。当たった箇所がわずかに抉れ、粉々になったはずだろうとワポルは笑みを浮かべて勝ち誇る。

 煙が立ち上り、チョッパーの姿は見えない。

 確実に勝ったのだと笑い声を響かせてすらいた。

 

 しかし彼の笑い声も空しく。

 背を仰け反らせていたワポルは空から降ってくる異物に気付いた。

 屋根に降り立ち、見事に着地したのは、間違いなくチョッパーだったのである。ただしその姿はこれまで見たことがないものに変貌していた。

 動物(ゾオン)系能力者が持つ変身形態は三つ。そのどれでもない姿で現れた。

 

 「うぎゃあっ!? なんだ貴様、まだ死んでなかったのか! それに……なんだその姿!」

 

 着地したチョッパーは異質な外見となっている。

 人間ではなく、獣でもない。その両方が入り混じった形。

 顔はトナカイに近くなり、上半身は厚い毛皮を持つのだが指先は人間のもので、逆に下半身は毛皮が薄くなっている一方で蹄を残したまま。さらには頭の角が消えていた。

 人型、人獣型、獣型、そのどれでもない。

 新たな変形を行って彼はその場に居た。

 

 本人はこの形態を飛力強化(ジャンピングポイント)と呼んでいる。

 跳躍力に秀でた形態で回避能力に長ける。

 速度もあり、攻撃こそ得意としていないが高速で迫る砲弾を避けることは難しくない。

 

 本来は存在しないはずの変形点。

 チョッパーはそれを我が物として操り、冷静な面持ちでワポルを見ていた。

 

 正々堂々を志したのか、彼の疑問に答えてやるため、驚き絶叫するワポルへ答えてやる。余裕を失ったワポルは絶叫こそしているがその声は聞こえていたらしい。

 決して大きな声ではなかった。

 どことなく冷淡な様子も感じさせ、チョッパーは真剣な声で語る。

 

 「ランブルボールは悪魔の実の変形の波長を狂わせる薬さ。5年間の研究で、おれは普段の3つに加えてさらに4つの変形点を見つけたんだ」

 「波長を、狂わせる……? そんなカバな話が……!」

 「その代わり効力は三分間だけだ。悪いけど、あっという間に終わらせるぞ」

 「ふざけんじゃねぇ! おれ様は王様なんだ! 終わらせていいわけねぇだろうが!」

 

 恐れおののき、ワポルは慌てて両腕を構える。

 砲口は確実にチョッパーを捉えていた。間を置かずに砲撃が開始され、轟音を響かせながら無数の砲弾を放ち、それらが一斉にチョッパーへ襲い掛かる。

 一発当たればもう逃げ出す暇はない。そんな砲弾の嵐だった。

 

 チョッパーは再度地面を蹴って高く跳ぶ。

 回避はそれだけで十分だった。

 放たれていた砲弾の嵐は、確かに当たりさえすれば敵を仕留められる威力を持つものの、同じ場所しか狙っていなかったせいで、その場から逃げてしまえば当然当たらない。

 砲弾が屋根を崩し始める頃、ようやく気付いたワポルは急いで両腕を空へ向けた。

 

 「ああぁ違う違う! あいつを撃たなきゃならねぇんだ!」

 

 ぐいっと両腕を上げ、大砲が空を向いて尚も砲弾を放ち続ける。

 チョッパーは天高く舞い上がっていた。

 常人ならざる跳躍力を持つとは言っても、所詮はジャンプ。一度跳んでしまえば後は落ちることしかできない。そう考えた通り、チョッパーは落下する最中だった。

 

 無数に放った砲弾は今度こそ彼を捉えるはず。

 勝機を確信したワポルは上機嫌に頬を吊り上げる。

 

 ちょうど笑った時、なぜかチョッパーの体が小さくなり、普段の人獣型に変化した。小さな体躯に変形したということはそれだけ的が小さくなったということだ。

 放った砲弾が見当違いの場所を通り過ぎ、落下するチョッパーに一発も当たっていない。

 

 「はっ!?」

 「頭脳強化(ブレーンポイント)診断(スコープ)

 

 頭を下に、真っ逆さまに落ちてくる。

 チョッパーはそんな最中に両手の蹄を合わせ、その間からワポルの全身を眺めた。厳しい視線はまるで彼の弱点を探ろうとするかのようだ。

 

 小さくなっただけで避けられてしまっては元も子もない。

 苛立つワポルは今度こそ敵を仕留めるべく、さらに砲弾を放とうと両腕に力を込めた。

 異常に気付いたのはその瞬間。

 計算せずに撃っていたせいで早くも弾切れを起こした様子だった。

 

 「えぇっ!? 弾切れ!? ちくしょう、なぜ誰も言わなかった! ……誰も居ねぇのか!」

 「見えた。顎」

 

 落下の最中、チョッパーが小さく呟く。

 くるりと回転して上手く着地し、動きを止めたワポルを見つめる。

 

 弾切れで戦意を失ったかと思えばそうではない。肩を怒らせ、見るからに表情を歪め、憤怒を全身で表す彼は何かを閃いたらしく、すぐさま行動に移す。

 突然大口を開いて屋根を食べ始めたのだ。

 食べた物を血肉として利用するバクバクの実。どうやら食べた屋根を砲弾代わりにするつもりなのだろう。今のところ彼の武器は両腕の大砲、推測するのは容易かった。

 

 突っ立ったまま眺めるチョッパーは確信を強める。

 ついさっき見つけた弱点は間違いではない。

 もはや彼に迷いはなく、また敵に対する恐れもなかった。

 

 バクバクの実の真髄は食べることにある。

 何も食べなければ真の力を使うことはできず、言い換えれば、食べさせなければいい。

 そして人間が物を食べるためには顎の力が必要であり、特にワポルのそれはなぜかブリキ製。今にして思えばここが弱点だと教えているようなものだ。

 

 狼狽するワポルが屋根を食べるのを止めた時、チョッパーはまだ動かない。

 じっと敵を見据えたままだった。

 

 「ゲフゥ……よぉし、弾はできた。今度こそてめぇを吹き飛ばしてやる!」

 「ただの石だろう」

 「うるせぇ! そんなのはこれを食らってから言えってんだ!」

 

 構えられた大砲から弾が放たれる。しかし今度のそれは食べた屋根の欠片であり、材質は石、ただの岩石が飛んでくるのみだった。

 それでも十分な威力は持っているが、砲弾とは違う。

 チョッパーはその場を動かずただ変形した。

 

 全身の毛量が一気に増え、丸々とした様子はまるで毛玉のよう。

 飛来した岩石が勢いよくチョッパーに当たるものの、柔らかく大量の毛が跳ね返してしまい、彼自身の肉体には欠片もダメージが通っていない。

 激突の衝撃でぽよんと屋根を転がり、四足歩行で屋根に立つ。

 角もあり、四足歩行で、獣型に近い形態。しかしその毛皮は防御に適したもの。

 

 当たったはずだが全く痛がらず、あっけらかんとその場に立ってしまうのだ。

 視線が合った途端、ワポルはガタガタと震えずにはいられなかった。

 チョッパーは冷ややかな声で言った。

 

 「効かねぇ」

 「な、なぜ……!?」

 「毛皮強化(ガードポイント)は打撃を受け付けねぇ。石なんていくらぶつけても無駄だ」

 「こっ、このっ……!」

 

 為す術も無し、といったところか。

 チョッパーの言葉を受けたワポルはぐうの音も出ず、罵倒の言葉を投げることさえできない。

 目を血走らせて、追い込まれたのか、ワポルは叫びながらさらに岩石を撃とうとした。

 

 「うるせぇぇっ! そんなもん関係あるかァ! 一気に押し潰してやるッ!」

 「飛力強化(ジャンピングポイント)!」

 

 ワポルは自身が持つ全ての弾を使い、無数の岩石で相手を押し潰そうと考えたようだ。しかし一足先にチョッパーが形態を変え、高く跳び上がってその場を離れる。

 弾はすでに放たれていた。当然、無人の屋根を撃つだけ。

 標的を失った岩石は屋根に当たって弾かれ、わずかに破壊するだけだった。

 

 恐れを抱いた目でワポルが空を見上げる。

 上空に居たチョッパーは彼が見ている前で変形していった。

 

 「腕力強化(アームポイント)

 

 今度は攻撃力に特化した変形点だった。

 顔は獣型、肉体は人間に近く、両腕の筋肉が普段以上に肥大化し、手の先は蹄。鉄をも砕くと称する蹄を強靭な腕力から繰り出そうという姿。

 

 変身を終えたチョッパーは空から降ってくる。眼下には当然ワポルの体。

 この時、反撃をすべきという思考を忘れ、ワポルは腕を広げてしまっていた。

 開いた口が塞がらない。これから自分を襲う痛みが想像できるようだった。

 ワポルは必死に悲鳴を上げ、見上げすぎるあまりに体重が踵に集まっていたようだ。

 

 落下してきたチョッパーが右腕を突き出す。

 硬い蹄は、全く動けないワポルの額を強烈に打った。

 

 「このぉ!」

 「ぐほっ!? んなぁにぃいいっ!?」

 

 背面に体重を寄せ過ぎていたせいで、頭を殴られたワポルは、強烈な痛みを感じながら体勢が崩れてしまったのを知り、屋根から転げ落ちていく。

 着地したチョッパーはすぐにそれを追い、迷わず跳ぶ。

 二人は屋根から投げ出され、地面に向かって落ち始めた。

 

 「ギャアアアアアッ!? 死ぬぅうううううっ!? 助けてぇええええっ!?」

 「いくらドクターがお前を許しても! ドクターの生き方を笑ったお前を、おれは許さない!」

 「やっ、やめっ――ぎゃあああああっ!?」

 

 地面が近付く一瞬、二人の距離がゼロになった。

 両腕を引き寄せ力を溜め、チョッパーはワポルの顎を狙い、右腕を突き出す。

 目にも止まらぬ一撃は確かに彼の顎を打ち抜いた。

 

 「刻蹄――“(ロゼオ)”!!」

 「へぶぅ!?」

 

 顎を殴られた衝撃で意識が遠のき、さらにその勢いが加わり、落下のスピードが速まった。

 ワポルは頭から地面へ落ち、痛みを感じる暇もなく意識を失う。突き刺さるように頭から地面へ着地した直後、ゆっくりと仰向けに倒れていった。

 

 同じく落ちてきたチョッパーだが、こちらは着地がしっかりしていた。

 攻撃の直後に毛皮強化(ガードポイント)へ変形した後、地面に触れてぽよんと跳ねる。

 本人には全く痛みはなく、恐怖心もない。

 人獣型へ戻った直後、彼は自分の大事な帽子に触れ、その瞬間に薬の効果が切れた様子だった。

 

 「三分」

 

 帽子をぽんぽんとはたいて雪を払い、疲労も感じさせずに呟く。

 彼の目は倒れたワポルを捉えて、意識を失っているのを確認した。

 それから城を見上げて、風に揺れる旗を見る。

 

 あれだけの攻撃があってもドクロの旗は立っていた。

 信念。確認するように心の中で呟いて、チョッパーはふと目を閉じる。

 

 言いようのない想いが胸にいくつもある。数々の言葉が脳裏に現れ、海賊、信念、仲間と、彼がこれまで密に触れることがなかったものが確かに刻み込まれている。

 彼との出会いで知ったこと、思い出したことが、いくつもある。

 人知れずそう考え、目を開けたチョッパーは振り返った。

 

 もう一人を引き受けたルフィはどうなっただろうか。

 さほど心配もせず振り返った時、信じられないものを見て、表情が変わる。

 

 地面から隆起した菌糸の壁により、ルフィは拘束されていた。

 それだけではない。毒を受けたせいで一目でわかるほど顔色は悪くなり、意識を失っているのだろうかと思うほど脱力していて、動き出す気配が感じられない。

 

 背筋がぞっとした。

 彼が死んだかもしれないと考え、絶望してしまう自分に気付いた。

 居ても立ってもいられず、咄嗟にチョッパーは駆け出す。

 彼を救おうだとか、そんなことを考えていたのではない。ただその場で突っ立って見ていることができなくなって、気付けば勝手に体が動いて走り出していた。

 

 しかしその道に、今まで視界には居なかったムッシュールが現れる。

 

 「どこへ行く気だトナカイちゃん? おれの弟を傷つけて」

 

 振り上げたムッシュールの足が、チョッパーの顎を強烈に蹴り上げた。

 


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