ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ブリキング海賊団(2)

 彼女たちの姿を見たドルトンは驚きを隠せなかった。

 あまりにもタイミングが良過ぎるが、彼にとっては救いであり、ココアウィードの人々どころかこの島にとっての救世主にさえ見えてしまう。

 

 別の村に向かったはずのゾロとシルクが現れた。

 武器を携える二人に大きな期待を抱き、ドルトンはごくりと息を呑む。

 

 「ゾロが方向音痴でよかった。そう思ったのは多分今日が初めてだね」

 「方向音痴じゃねぇ、おれは狙ってここに来たんだ」

 

 真剣な面持ちのシルクとは対照的にゾロは不機嫌そうな表情。

 少なくとも眼前の敵に怯える様子はなく、期待してしまう自分が居た。

 

 情けないとは思う。

 自らの行いによって生まれた失態を、島民ですらない外海の者に任せて、尻拭いを期待してしまっている。本来ならばこれは自分が行うべきものであるというのに。

 感謝の念は言葉にならないほど。

 余計に後悔は大きくなるが、今はその時ではないと考え、二人が死なぬよう強く願う。

 

 シルクが剣を抜いたことで彼らも敵と認識していたらしい。

 チェスとクロマーリモが素早く構え、ワポルへの道を遮って、彼女たちの前に立ちはだかる。

 やはり二人は怯えず、真剣な顔で三人を眺める。

 

 残っている兵士はまだ数名居るが脅威とは感じていないようだ。

 倒すべき敵は彼ら三人だと決め、動き出す準備のため体から余分な力を抜く。

 

 警戒するワポルが口を開いたのはその後だった。

 

 「なんだ貴様らは。まさかこのおれに逆らおうってわけじゃねぇよな?」

 「こちらにおわすのが誰かわかっているのか?」

 「ドラム王国の国王様であらせられるぞ」

 

 その一言に驚いた反応だった。

 シルクが先に口火を切り、ゾロはこれ見よがしに肩をすくめる。

 

 「国王? まさか」

 「おれァてっきり海賊かと思ったがな」

 「確かに海賊として行動していた時期はある。だがそれは身分を隠すためだ」

 「ワポル様が汚らわしい海賊になどなるはずがあるまい」

 

 にやけたクロマーリモの一言を受けてシルクの眉が動いた。

 表情こそ真剣なまま、だが彼女に火を点ける一言は確かにあっただろう。

 気付いているのはゾロだけ。面倒だと言わんばかりにやれやれと首を振る。

 

 彼女は自分が思う以上に海賊を好きでいる。だがそれはあくまでルフィのような自由を愛する海賊であって、無抵抗の市民をカモにする悪党、過去にモーガニアと称された連中は好んでいない。むしろはっきりと嫌っているほどだ。

 状況から見れば彼らがモーガニア同然の悪党であることは事実。

 その上海賊という存在自体を軽んじ、侮辱する彼らを好きになれるはずもなかった。

 

 顔をしかめた彼女は村を見回す。

 家屋はほとんどが倒壊し、食されたせいか残骸すら残らず、武装しているとはいえ村民が多く倒れている。辺りに広がった血液も多かった。

 ますます表情が険しくなり、再び彼らを捉える頃には敵意が隠し切れていない目だった。

 

 「ひどい……どうしてこんなことを。あなたが王様なんでしょう?」

 「そうだ。王様だから何をしても許される。それがこのドラム王国だ!」

 「やめとけ。話すだけ無駄だって言ってんだよ、あいつらは」

 「うん、そうみたい」

 

 ゾロに諭されてシルクは問いかけるのをやめる。

 話し合ったところで理解できそうにない。おそらく話が通じない相手だ。

 結果は結果。やるべきことは決まっている。

 彼らをこのまま野放しにはできず、ここで仕留める、そう決めてゾロと共に剣を構えた。

 

 明確な敵意をぶつけられたのである。

 即座に反応するチェスとクロマーリモは勝ち誇るように笑みを浮かべ、自分が負けるとは微塵も考えていない。それは油断だ。その笑みを見てゾロはつまらなそうに鼻を鳴らす。

 

 「所詮は趣味で海賊やるような連中か。こりゃ期待できそうにねぇな」

 「貴様ら、本当にワポル様に牙を剥く気か? 土下座して謝れば許してもらえるかもしれんぞ」

 「いいやだめだ、そいつらは死刑! ドルトンの処刑を邪魔した罰だ!」

 「だそうだ。残念だったな」

 

 ワポルの一声によってチェスとクロマーリモが身構える。

 応じてシルクとゾロも姿勢を変えた。

 

 「弓と拳か。問題あるか?」

 「全然。ゾロは?」

 「むしろ物足りねぇくらいだ」

 「他にも銃を持った人たちが居るよ」

 「関係ねぇよ。全く怖くねぇのが申し訳なくなる」

 

 余裕を窺わせる態度でゾロが頬を釣り上げた。その目はまさに獣。獲物を目にして喜ぶ様は常人であれば怯えてしまうのも当然であり、銃を構えた兵士が表情を強張らせる。

 両手に刀を持ち、いつでも飛び掛かれるという前傾姿勢だ。

 

 きっかけを作ったのはチェスだった。弓に番えた矢を唐突に放ってゾロを狙ったのだ。

 飛来する一本の矢を斬り捨て、前へ駆け出したのである。

 

 積もった雪が足を取るため動きにくい。だがある意味では修行にもなるかと思って上機嫌だ。

 動き出したゾロはチェスではなく、自身に近いクロマーリモを狙う。

 視線が合った瞬間に意図は伝わった。

 クロマーリモが走り出してゾロへ向かい、両者は正面から激突しようとする。

 

 ゾロが三本目の刀を口で持ち、三刀流を構えた一瞬、クロマーリモのグローブに刃が飛び出す。

 

 「ビックリマーリモ!」

 「牛針!」

 

 両手に持った刀が牛の角のように構えられる。

 素早く接近して互いに攻撃を繰り出しながら交差した。

 その瞬間、クロマーリモは刃が飛び出すグローブでパンチを繰り出し、ゾロは三本の刀で目にも止まらぬ斬撃を連続させる。手数で言えばゾロの圧勝。そして結果もまた違わず、素早くも的確に敵の体を捉えた彼の攻撃はクロマーリモに無数の傷を残した。

 

 通り過ぎた一瞬で血液が空を走る軌跡が生まれる。

 結果は火を見るより明らか。

 足がもたつき、姿勢を整える暇もなくクロマーリモが倒れ、その姿に味方が驚愕する。

 

 ワポルとチェスは驚きを隠せず、分かり易いほど表情を崩して声を漏らしていた。

 その一方でゾロは口の一本を鞘に納めながら、後ろに居る彼を振り返りもせず呟く。

 

 「がっ、はぁっ……!?」

 「手品は宴でだけにしときな。ここじゃ相応しくねぇよ」

 「クロマーリモ!? バカな……!」

 

 咄嗟の判断でチェスが弓を構え、矢の狙いをゾロにつけた。

 その瞬間に風が吹く。

 剣を振り抜いたシルクの能力により、突如襲い掛かったかまいたちが彼の矢を切り裂き、攻撃とも思えない突然の事態にチェスは心底驚いていた様子だ。

 

 「な、何ッ!?」

 「鎌居太刀!」

 

 再度振るわれ、横薙ぎの軌跡でかまいたちが走る。

 雪原に多少の影響を与え、波が揺れるかの如く、雪の上に風が通った跡ができた。だがそれに気付ける者はおらず、やってきた見えない攻撃にチェスが斬られる。

 気付けば腹を切り裂かれていて、痛みを感じた時には宙を舞っていた。

 彼の体はぼとりと落ち、半ばほど雪に埋もれて動かなくなる。

 

 能力者であるドルトンと同程度の実力を持つ幹部である。

 そんな彼らがあっさり倒され、ワポルの絶叫も止まることなく、辺りは恐怖で支配されていく。

 ついに兵士たちは恐怖心から後ずさりを始め、銃口を下げてしまっていた。

 

 「えぇえええええっ!? そんなあっさり!?」

 「あとは大将と雑兵か」

 「やっぱり許せないよ。さっさと倒しちゃおう」

 「へいへい。そこまでキレたお前は初めてかもな……」

 

 怒りを隠す気のないシルクと共に歩き出し、ゾロは溜息交じりに敵へ向かう。

 急いだ様子がない姿が恐怖心を増させる要因となった。

 兵士たちは怯えるのだが、逃亡はワポルが許さず、彼の命令が鋭く飛ぶ。

 

 「撃てェ! あのカバどもを近付けさせるなァ!」

 「は、はっ! 全員構えェ!」

 

 ワポルの声に驚きながら隊長らしき男が命令を下す。すると戸惑っていた部下たちが動き、訓練された動きで素早く銃を構えた。

 焦ることなくシルクが動く。

 積もった雪に剣先を埋め、両手で柄を握ってぐっと力を込めたのである。

 

 「はぁあああっ……!」

 

 能力を使い、刀身に風が巻き付いた。

 その状態で彼女は強く剣を振り上げると同時にかまいたちを飛ばす。

 放たれた風は前ではなく上へ。空を目指した風は辺りの雪を巻き込み、大量に巻き上げ、一瞬視界は白く染まる。この瞬間、銃を構える兵士たちの標的が見えなくなっていた。

 

 標的を見失って発砲のタイミングがわからなくなる。

 舞い上がった雪によって視界が白くなり、兵士たちが狼狽する。

 その中を駆けていつしかゾロが接近していた。

 

 雪の壁を突き破るようにして彼が現れ、突然の接近に悲鳴がいくつも聞こえた。それを聞いても止まらずに前へ進み、迷わず振り切られた刀が敵を捉える。

 止められる度胸がある者はおらず、一方的に蹂躙されるのみ。

 ゾロが通るだけで鮮血が舞い、人がバタバタと倒れて、それでも手加減しているのだが彼らに気付く様子はない。一心不乱に悲鳴を上げて逃げ惑っていた。

 

 ワポルはその様を眺め、自身もまた悲鳴を大きくする。

 そんな彼の前にシルクが立ちはだかった。

 

 「ギャアアアッ!? よるなバケモノめ!」

 「一つだけ聞かせて。あなたたちが海賊だった時、こんな風に町を襲ったりしたの?」

 

 距離はあるが剣を突きつけ、シルクが尋ねる。ワポルは怯えながらも反応する。

 

 「と、当然だろうが! おれは王様だぞ! どこで何しようが何食べようが貴様らに文句言われる筋合いはない! 王様の命令に逆らう奴は死ね!」

 「あなたたちみたいな人が居るから――」

 

 構えた剣を振りかぶり、風が剣に纏わりつく。

 攻撃の気配を察したワポルは喚き始めるがシルクは止まろうとしなかった。

 

 「何の罪もない人々が怯えながら暮らさなきゃならないんだ……!」

 「ま、待てェ! そんなことしたらどうなるかわかってるんだろうな! ドラム王国は世界政府加盟国だぞ! 貴様政府に喧嘩を売るつもり――!」

 「ここはもうドラム王国じゃないよ。あなたが捨てたから」

 「あぁああああああっ!? 殺されるぅぅぅ!? 死ぬぅうううっ!?」

 

 シルクが剣を振り下ろそうとした一瞬、背後から声がかかって動きを止めた。

 さっき斬ったはずのチェスだ。

 傷ができた腹を押さえながら起き上がり、クロマーリモも足を震わせながら立ち上がって、二人は厳しい目でシルクとゾロを睨みつけている。

 自然と攻撃の手を止めたシルクは彼らに振り返った。

 

 すでに兵士たちは全滅している。

 残る戦力は彼らのみ。ゾロも立ち上がった二人を視界に納める。

 

 「ま、待て……!」

 「ワポル様に手出しはさせんっ」

 「まだやる気か」

 「どうしてそこまで」

 「わかっていないのは貴様らだ。国政に心は必要ない」

 「重要なのはシステムだ。ワポル様の圧政には意味がある」

 「私には、そうは思えないよ」

 

 二人の意見に顔をしかめたシルクは再び剣を構え直した。

 やはり彼らとは意見が合わない。国政を言い訳に暴論を振りかざし、王とは思えぬ立ち振る舞いで国民を苦しめ、挙句の果てには誰よりも先に逃げ出したのである。

 彼らに国を導く資格などないと思い、ここで王の暴走を止めるべきだと考えた。

 

 想いを強くするシルクに溜息をつきつつ、逃げる気のないゾロも彼らに刀を向ける。

 人助けは趣味ではないが仲間は別だ。やる気のない表情だが決して油断はしていない。

 

 彼らは驚くほどリラックスした状態だというのに、圧倒的な強さでワポルの部下たちを倒し、幹部でさえ敵わない力を持っている。唯一の脅威と考えていたドルトンでさえ一瞬で倒してみせた二人が、まるで赤子の手をひねるように吹き飛ばされたのだ。

 今更立ち上がったところで敵うはずがない、というのがワポルの正直な感想。

 彼がそう思っていると知ってか知らずか、チェスとクロマーリモは自身の主へ叫んだ。

 

 「お逃げくださいワポル様! ここは我々が!」

 「こいつらは我々が仕留めます故、ひとまず安全な場所へ!」

 「そ、そうか。それならおれ様は失礼して――」

 

 起き上がった二人を見ていることで、ゾロとシルクは背を向けていた。これ幸いとワポルはその場から逃げ出そうとして、理解はしているが奇襲を警戒して振り返れずにいる。

 その時、ワポルの指示でその場を離れようとしたロブソンの隣を何かが走った。

 

 二人が見ている前でチェスとクロマーリモが目を見開く。

 それは決して良い感情から来る反応ではなかった。

 

 「なっ、なぜ……!?」

 「お待ちを! それは流石に我々でも――!」

 

 彼らの反応で異変を感じ取ったが、その頃にはすでに遅く。

 言葉を最後まで聞き取る暇さえ許さず、後方から迫った何かが背にぶつかり、風のようなそれに押されてゾロとシルクは勢いよく雪が積もる地面へ倒れた。

 そしてそれはゾロとシルクだけでなく、チェスとクロマーリモにも襲い掛かったようだ。

 四人全員がその場に倒れて、周囲の景色が一変する。

 

 ゲホッ、と思わぬ咳が出る。

 妙な息苦しさを感じたゾロは顔をしかめながら顔を上げ、辺りを見回した。

 

 何かが舞っているらしい。

 雪とは違う何かが空気中を漂い、白銀の世界で紫色のそれがよく見える。

 どうやらそれは胞子だった。

 奇妙な色の胞子が辺りに散布され、倒れた四人は胞子を吸い込んでしまったのだろう。

 

 息苦しさが増している。咳が止まらない。

 よく見れば他の三人も苦しむ顔だ。

 咄嗟に口元を押さえたゾロは自分の掌を見やり、目を見開く。

 

 掌には自身が吐き出しただろう血がべっとり付着していた。

 

 「あぁ……? なんだ、こりゃ」

 「んなっ、なぁにぃいいいいいっ!? おいおいマジか、こりゃあ!?」

 

 ワポルが大騒ぎしている。その声を半ば無視するようにゾロがシルクの様子を窺った。

 いつの間にかシルクは見るからに顔色を悪くして、呼吸するのも辛そうに見え、起き上がるのはおろか目を開けることさえ不可能なほど苦しんでいる。

 声をかけようと口を開いて気付いた。

 大きく咳き込んだゾロの口から大量の血が吐き出されたのである。

 

 どうやら毒だったらしいと理解したのはその後だった。

 チェスとクロマーリモもまた力なく倒れ、ジタバタともがいている様子である。

 確認した後、ゾロの腕から力が抜け、自身もその場へ倒れ込む。

 

 毒の胞子を浴びなかったのはワポルだけ。彼だけは怯えた顔で騒いでいた。

 ロブソンの後方から誰かが歩いてくる。

 横に並び、やけに楽しそうな笑顔を浮かべるのは長身の男で、彼に気付いたことで驚きながらもワポルが慌てて呼びかけた。

 

 「な、何やってんだよ(あん)ちゃん! こんなとこで毒使うなんてよぉ!」

 「いやぁ~わりぃわりぃ。こう寒いとトイレが近くなってなぁ。遅くなっちまった」

 「そういうこと言ってんじゃねぇんだよ!? おれに当たったらどうすんだ!」

 

 現れたのはおかっぱ頭でピンク色の髪、長身で細身の男性、中年の域には達するだろうか。

 男の名はムッシュール。

 ワポルの実兄であり、長らく国を離れていた人物だ。

 

 彼はノコノコの実を食べた“キノコ人間”。

 体内で胞子を生み出し、肉体をキノコに変えるパラミシアの能力者だった。

 

 今しがた四人に、或いは先に倒れていた兵士たちに降りかかったのは、彼が生み出した毒胞子。毒キノコが持つ胞子を生み出して体外に放出する技だったのだろう。

 毒はかなり強力らしく、吸い込んだ者は一人も欠けずに苦しみもがいている。

 辺りは一瞬にして痛々しい光景に変えられていた。

 そうさせたのは子供のような笑みを浮かべるムッシュール一人の力である。

 

 一人遅れていた兄が到着したのだがワポルは落ち着きを取り戻せない。

 理由ならばある。確かに彼は三幹部より強いだろうが、育った環境のせいか思考は子供その物であり、良く言えば純粋で悪く言えば頭が悪い。危険な能力をあっさり使い、胞子を飛ばすという性質から考えても今のように味方を巻き込む危険性が高いのに、本人にその自覚がなかった。

 

 弟を溺愛している様子なのはワポルにとって得とはいえ、危険人物には変わりない。

 ワポルが心配するのは放った毒胞子が自分に届くか否かだ。

 すでに受けた者たちを心配する様子はなく、自身の兄に文句を言い始める。

 

 「前にも言っただろぉ、風に乗って簡単に動くから簡単には使うなって!」

 「お前めちゃくちゃ言うなぁ。簡単なのか簡単じゃないのかどっちなんだよ」

 「簡単に飛ぶから簡単に使うなって言ってんだよ! わかんねぇのかよ!」

 「あーもう、うるせぇなぁ。別にいいだろ、とりあえず敵っぽい奴は倒したんだから」

 「こうしちゃいられねぇ。ここに居たらおれまで巻き込まれちまうっ」

 

 慌てたワポルは手綱を使ってロブソンの向きを変えさせた。

 

 「兄ちゃん、早く乗ってくれ! 急いで城へ帰るぞ! おれたちの城へ!」

 「バカヤロー、お兄たまと呼べと言ってるだろうが」

 

 ムッシュールがひらりとロブソンに飛び乗り、ワポルの後ろに座る。

 直後には逃げるように踵を返し、ドラムロックがある方向へ走り始めた。

 その場に残されたチェスとクロマーリモが必死で声をかけるものの、彼らの声が聞こえたところで足を止めようとはせずに、さらにロブソンを急がせてその場を離れる。

 

 「お、お待ちください、ワポル様……」

 「我々を、た、助け……」

 「うるさぁい! それくらい自分でなんとかして来い! 先に城に行ってるからな!」

 「そんな……」

 

 必死で持ち上げた腕が落ちて、彼らは気絶した。

 二人を乗せたロブソンは素早くその場を離れていき、毒を受けることなく姿を消す。

 

 一連のやり取りを耳にしたゾロが残る力で首の向きを変える。

 シルクが倒れていた。

 顔色が悪くなった彼女は目を閉じ、動かない。すでに意識はなさそうだ。だが黙っていられる状況でもないためゾロが呼びかけ、必死になって起こそうとする。

 毒を吸い込んだ後に雪の上で眠るなど見過ごせる状況ではないだろう。

 

 「おいシルク、生きてんのか、起きろっ。こんなとこで寝てる場合じゃねぇぞ」

 

 そう言う彼だが、意識が遠のきかけている。

 体内が異様な状態なのは自覚できた。妙な動きとでも言うのか、ただ横たわっているだけで呼吸がし辛く、胸のざわめきが止まる瞬間はない。

 繋ぎ止めていたはずの意識が自分の意志に反して手放されそうになった。

 重い瞼が完全に落ちる寸前、彼は悔しげに呟く。

 

 「ちくしょう……不甲斐ねぇ」

 

 意識がぷつりと途絶え、ゾロが意識を失う。

 これで全員が気絶してしまった。

 その場で動く者はおらず、胞子が風に流されて消えた後でも静寂に包まれたままである。

 

 しかし数十分と経たず人がやってくる。

 先程ムッシュールがやってきた方向から二十名ほどの人間が歩いてきたのだ。

 

 現れたのは手術着を身に着けた男たちだった。マスクや手袋、サングラスまでかけ、皆が同じポーズで歩いてくる。

 人々が倒れている光景を見ても落ち着いたままで、怯えた様子はない。

 何を想うのか、彼らは互いに何も言わず、毒に倒れた者たちをじっと見ていた。

 


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