ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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決起

 基地の傍を離れたルフィ、コビー、リカの三人は場所を移して話していた。

 人の姿がないとある街角。偶然見つけた階段に腰掛け、話すのはゾロについて。

 

 何やら事情を知っているらしいリカに詳しい事情を聞いていて、どうやら賞金稼ぎの彼が捕まったのにはそれなりに理由があって、けれど何もゾロばかりが悪い訳でもない様子。

 それをリカが熱心に語っていた。

 

 「お兄ちゃんは何も悪いことしてないのよ。私を助けてくれただけなの」

 「助けた?」

 

 小首をかしげるルフィへ頷き、ぽつりぽつりとリカが語り出す。

 

 「ちょっと前まで、あのヘルメッポって人が飼ってた狼が町の中を歩き回ってたの。怖かったけど、もし文句言ったりしたら大佐さんに怒られるから、誰も何も言えなくて。狼に怪我させられちゃう人もたくさんいた。お兄ちゃんと会った時も、私が狼に襲われそうになった時だったの」

 「そんな……海兵の身内の人間が、町民に危害が及ぶようなことをしてただなんて」

 「大佐はなんにも言わなかったのか」

 「うん。自分の子供のことは何も言わないから」

 

 すでにコビーは愕然としていた。てっきりゾロが犯罪相当の悪いことをしたから捕まったのだとばかり思っていたが、これではそういった現実でもないらしい。

 リカはさらに続ける。

 

 「それでね、私が助かったのは、お兄ちゃんが狼を斬ったからなんだ。私が転んじゃって逃げられなかったから仕方なく斬っちゃったんだけど、みんなも狼には困ってたし、町の人たちは喜んでたの。だけど、ヘルメッポって人はすっごく怒っちゃって……」

 「それでゾロが捕まったんだな」

 「うん……あ、でも死刑にはならないんだって。反省するためにあそこにいるけど、絶対釈放されるはずだって海兵さんが言ってた」

 「そうなんだ……だけど、一ヵ月もあんなところになんて」

 

 ゾロが死なないと伝えてリカが笑顔になっても、やはりコビーの表情は優れない。

 

 確かに理由はあった。だけどこれはやりすぎではないのか。素直にそう思ってしまう。

 非はヘルメッポにもあったはずだ。町民たちの安全を脅かすペットを町中で放し飼いにするなど海軍云々は関係なく、一人の町民として態度がおかしい。しかも話を聞く限り、怪我をさせられた人々は泣き寝入りをしていた様子。

 ペットを斬られて悲しむのは理解できるが、だからといってその責任をゾロ一人に負わせ、罰を与えるのはおかしいのではないだろうか。

 

 この町は何かがおかしい。特に海軍、モーガン大佐を取り巻く何かが。

 海軍への不信感を強めるコビーとは裏腹に、さほど表情に変化のないルフィが口を開いた。

 

 「うーん、じゃあ仲間にすんのは無理なのかな。一ヵ月も待てねぇし、約束なら連れ出すのもだめだろ。せっかくいい奴そうなのになぁ」

 

 腕を組んで得意ではない考え事を始め、自問自答のように呟く。

 ゾロを仲間に、と考えていたがあまり条件は良くない。本人が海賊になることを望んでいないし、約束を破って逃げ出す気もなく、強固な意志を確認すると連れ出すのは無理そうだ。

 諦めるべきか。しかし本心としては諦めたくない気持ちがある。

 

 一度キリとシルクに話してみた方がいいのかもしれない、と思った頃。

 ちょうどいいタイミングでこちらへ歩いて来るキリとシルクの姿を見つけ、パッと笑顔が咲く。

 

 「おーい、キリ、シルク! こっちだ!」

 

 立ち上がったルフィが大きく両手を振り、二人も小さく手を振り返す。

 やってきた二人はまた知らぬ間にリカの姿が増えていることに気付いて、次から次に出会いを見つける人だなとルフィに対して呆れた表情。きょとんとした彼女へ微笑みかける。

 

 「また新顔が増えてるね。まさか仲間、ってわけじゃないでしょ?」

 「ししし。リカっていうんだ。友達だ」

 「ふぅ、一体何があったんだか……えっと、よろしくねリカちゃん。私はシルクよ」

 

 溜息をつきながらも笑顔を浮かべて、友好的な態度でシルクがリカの前へ赴く。少し膝を曲げて視線を合わせると、リカは恥ずかしそうにしながら頭を下げて返事をした。

 それからシルクは彼女の隣に座って和やかに会話を始める。

 女性同士なら恐怖心はないのか、すぐに打ち解けられそうな様子だった。

 

 一方でキリはふと真剣な表情になり、傍に立つルフィを見る。まるでリカには聞かせないかのように、一瞬シルクと目を合わせればわずかに頷き、その場を少し離れようとする。

 

 「ルフィ、それにコビーも。話したいことがあるんだ。ちょっといいかな」

 「ん? どうした?」

 「ぼくもですか?」

 

 キリにつられて二人の少女から離れ、角を曲がったところで足を止め、三人は立ったまま話を始める。その地点からなら先程梯子を立てかけていた場所も目視できた。

 

 リカの視線が無くなって、小さく息を吐いたキリは肩をすくめる。

 普段の力が抜けた様子ではなく、目の色を変えて冷淡な表情。何やら緊迫した状況を思わせる。自然とコビーは息を呑むが、ルフィの表情だけは緩んだままだった。

 

 「ゾロはどうだった?」

 「ああ、結構いい奴みたいだったぞ。まだ仲間にするかは決めてねぇけど」

 「うん。そっか」

 「あ、そうだ。おまえらに相談しようかと思ってたんだよ。ゾロのことどうするかなぁって思ってさ。なんか色々事情が――」

 「話したいのはそのことについてなんだ」

 

 キリがルフィを見つめて静かに告げる。

 

 「ゾロは明日、処刑されるらしい」

 

 はっきりと聞こえて瞬間的にルフィとコビーの表情が変わった。流石に今度は笑みが消え、目を大きく見開いて動きが止まり、思考が一瞬停止する。

 かなり衝撃的な言葉だった様子でしばしの間が生まれた。

 数秒間驚いた後、絞り出すような声でルフィが呟く。

 

 「え……なんで」

 「しょ、処刑って、どういうことですか!? だってリカちゃんの話では、一ヵ月間あそこに居れば無罪放免だって……!」

 「大佐の息子が吹聴してたらしい。決定したのもその人みたいだ」

 「大佐の息子、って……あの人だっ」

 

 俯いてコビーが呟いた言葉に違和感を覚えるも、今は気にしている場合ではない。

 動かないルフィを見やり、どうするかを問う。

 

 「幸い、処刑は明日だ。考える時間はあると思うけど決断しなきゃならない。仲間にするか、見捨てるか。海軍に喧嘩を売るか売らないかだ」

 「ちょ、ちょっと待ってください! その話、本当なんですか? ひょっとしたら誰かの勘違いかもしれないし、か、海軍の人間がそんなことするとは思えません」

 「おそらく本当だよ。この町の人間はみんなモーガン大佐を恐れてる。徹底的な恐怖政治で管理されてるみたいだ。息子は息子で傲慢になってるみたいだしね」

 「そんな……」

 「これも現実だよコビー。海軍だって一枚岩じゃない。これだけ世界が広くて海兵も多いと、正義の体現者は、案外一部だけだったりするからさ」

 

 コビーはがっくりと項垂れた。

 子供の頃から夢見ていた海軍の姿とは思えない。一方的に罪をかぶせて罰を与え、あまつさえ嘘をついて命まで奪おうとする。それを実行しているのが息子だとしてもなぜ大佐の地位に就く父親が止めないのだ。やりきれない想いで胸の内がいっぱいになる。

 

 何も言えなくて、だがそれでも黙ってはいられなかった。

 進言を続けようとするキリの声を遮り、思わず声が大きくなってしまう。

 

 「勝負は今日と明日、ゾロが処刑される前にどうするか決めて動こう」

 「やっぱり納得できません! リカちゃんの話を聞いてやっと確信しました……こんなの間違ってますよ! そりゃ他にも方法はあったかもしれないけど、人の命を助けたゾロさんを処刑するだなんて海兵のやることじゃない! しかも釈放するなんて嘘までついて――!」

 「リカちゃん、待って!」

 

 拳を握りしめて強く叫んでいた時だった。何がきっかけだったか、飛び込むように角を曲がったリカの姿が見え、しまったと辺りの空気が重くなる。

 リカは驚愕して表情を強張らせていた。

 

 慌てて駆けつけたシルクが抱きしめるも、顔の筋肉がぴくりとも動かない。

 呆然と立ち尽くすコビーや何も言わないルフィを見つめ、声が出ないようだった。

 

 数秒、時が止まったかのように沈黙が続く。

 何秒か経ってようやく、必死に喉を動かし、リカが声を出した。

 

 「お兄ちゃん……処刑されちゃうの?」

 

 悲痛な声だった。

 キリは視線を外して、彼女を抱きしめるシルクはぎゅうっと腕に力を入れ、何も言えずに目を閉じる。子供に聞かせる話ではなかった。二人はそう思う訳だが、事情を知る二人はそうではない。

 

 リカとゾロとの関係性を知ってしまった後だ。

 一瞬で変化してしまった表情がとても悲しく思えて、なんとも言えない感覚を得る。

 コビーはばつが悪い顔を見せ、ルフィは何も言わずにじっと彼女を見た。

 

 「え、だって、海兵さんが大丈夫だからって。すぐ自由にしてもらえるからって、言ってたのに。罰は受けるかもしれないけど、そんなの軽いものだって」

 「あ、あの、リカちゃん――」

 「お兄ちゃん、死んじゃうの? どうして、何も悪いことしてないのに……」

 

 そこまで聞かされればなんとなくでも事情はわかった。少なくともリカがゾロに対して友好的な態度を取っているのは確実で、尚更聞かせてはいけなかったと気付く。

 止められなかったシルクは特に強く後悔して、大事そうにリカの体を抱き寄せた。

 シルクの胸の中、色を失ったかのような声で静かな呟きが続けられる。

 

 「私のせいなのかな……」

 

 視線は下へ。地面を見つめながら言う。

 小さな体は弱々しく、見ている方が辛くなった。

 

 「私が、ドジだから。あの時転んじゃったりしたから、お兄ちゃんが助けてくれて、それで死んじゃうの……? うっ、だって、大丈夫だって、言ってたのにっ」

 「違う。あなたのせいじゃないの。あなたのせいじゃない」

 「大丈夫だって、死なないって、言ってたのに……!」

 

 ついにリカの目から大粒の涙が流れ始める。

 ボロボロととめどなく、一度こぼれだしたそれを止める術はない。

 次から次へと溢れ出ると同時、後悔の念はさらに強くなる。気付けば訳も分からず自分を責める言葉を吐いていて、悲痛な表情は何よりも心を痛めさせた。

 

 「ひっく、いやだよぉ。まだちゃんとお礼も言えてないのに、こんなお別れなんて……!」

 「リカちゃん……」

 

 シルクが声をかけるとリカの視線が上がった。

 ルフィを見つめて、今度は確かにはっきりとした口調で言った。

 

 「ルフィお兄ちゃん」

 「なんだ?」

 「ゾロお兄ちゃんを、たすけてよ……!」

 

 涙ながらにそう言われた時、時を待たずにルフィは笑った。

 

 「いいぞ。その代わり、ゾロはおれがもらっていくからな」

 「ル、ルフィさんっ」

 

 非常に楽しそうな笑みを見て、いつしかリカの涙は止まったようだ。自分で言ったことながら驚きは大きく、あまりにも力強い一言に心が落ち着いた。

 

 いとも容易く告げてルフィは早くも背を向ける。

 ゆっくり歩き出して向かう先は、すぐ傍に見える海軍基地。

 先に動いた彼は当然とばかりに背後へ声をかける。

 

 「キリ、シルク。行くぞ」

 「了解。やっぱりそっちになったか」

 「ちょっとルフィ、まさか海軍を相手にするの?」

 「ああ。ゾロはおれの仲間にする」

 

 呼ばれてすぐキリは歩き出し、ルフィの後へ続く。一方でシルクは戸惑いを持ってすぐに動き出す訳でもなかったが、事情を理解したためか、拒むことはしない。

 体を離したリカの肩に手を置き、正面から見つめる。

 

 「心配いらないわ。私たちに任せて。きっと戻ってくるから、リカちゃんは家で待っていて。危ないから来ちゃだめだよ」

 「お姉ちゃん、戦うの?」

 「うん。お姉ちゃんたちね、海賊なの」

 「海賊?」

 

 シルクも立ち上がって、小走りで二人の傍まで駆けつける。

 迷いも持たずに三人揃って海軍基地へ向かい始めた。

 呆然と立つリカはその背を見送ろうとしていたが、歩き去る前に、コビーが大声を出す。

 

 彼らを心配するがため。いまだ己の信念を見出せないせいでもある。

 たった三人で海軍に挑もうとする彼らが無謀に見えて、死なせたくないと心が騒いでいた。

 

 「ま、待ってくださいよ! 正気なんですか? 相手は海軍で、そりゃみなさんは海賊でしょうけど、正面から戦って無事に済むわけありません! こんなことしたって根本からの解決になるかどうかもわからないのに……」

 「コビー、おれたちは海賊だ。海軍がどうとか、そういうのは知らねぇ」

 「う、それは確かに……」

 「だからよ、海軍のことはおまえがなんとかすりゃいい。いつか海軍将校になるんだろ?」

 「あ……は、はいっ」

 

 独特な笑い声を響かせ、彼は再びコビーに背を向けて歩き出す。他の二人も間を置かずに後ろへ続いた。恐怖心など欠片も無くて、悠々と歩く姿には目を惹きつけられる。

 立ち尽くすコビーは三人の背を見て胸の鼓動を高鳴らせていた。

 

 認めてもらったと、自惚れていいのだろうか。

 今の言葉には試されているような、同時にそれだけの力があると言われているような気がして、嬉しがっていいものか否か、こんな状況でわからなくなる。

 緊迫した空気は置き去りに、彼らは笑顔を消さぬままに去っていった。

 

 「うし、ゾロに会いに行こう。まずはあいつを説得しねぇとな」

 

 基地はすぐそこに見えていた。そのためすぐに塀へと近寄って、侵入はそこからだと決める。

 ゾロを見つけた地点まで辿り着いて、まずはルフィが慣れた様子で跳び上がり、塀の上に立った。それからゴムの腕を伸ばして二人を引き上げてやり、三人同時に降りる。

 

 隠れるつもりもない堂々とした侵入だ。

 磔にされているゾロが気付かないはずもなくて、呆れた表情で睨む気すら失くしている。

 堂々と歩いて来る彼らを見る以外にやることはなく、目の前に立たれてようやく声をかけることにした。それも仕方ないからで興味を持っている訳ではないらしい。

 

 「おまえ何しに来やがったんだ。今度はぞろぞろ連れて来やがって」

 「なぁ、縄といてやるからおれたちの仲間にならねぇか?」

 「人の話聞いてんのかてめぇは。勧誘ならもう断っただろ。興味ねぇんだ」

 「それじゃおれが困るんだよ。もうおまえを仲間にするって決めたんだから」

 「あぁ? 勝手なこと言ってんじゃねぇ」

 

 ゾロの目がルフィの後方、両側から挟むようにして立つ二人を見る。

 パーカーのポケットに手を突っ込んでにこにこ笑っているキリと、腰にはサーベルを提げたシルク。どちらも軽装で海賊らしさはさほどない。仲間であることはすぐにわかったようだ。

 二人の顔を見回して鼻を鳴らし、再びルフィを見やって厳しい声で言う。

 

 「そいつらおまえの手下ってわけか。今度は全員で説得でもする気か?」

 「そういや紹介してなかったっけ。こっちがキリで、こっちがシルクだ」

 「よろしく」

 「シルクだよ。よろしくね」

 

 キリがひらひらと手を振って、シルクも笑みを浮かべて挨拶を終える。緊張感のない面々だ。おそらくはルフィが船長だろうと予想するが、トップがこうなら仲間も同様なのかと考える。

 

 考え始めて馬鹿馬鹿しいと頭を振った。

 仲間になる気はないのに彼らのことを考える必要はない。

 

 ともかくゾロの態度が変わる気配はなくて、あくまでも口から出るのは拒否の言葉ばかり。

 眼差しは鋭さを取り戻しつつあり、冷静に話し合いを、とも言わせてはくれないようだ。

 

 「何をしに来たんでもいいがとっとと帰れ。おれはおまえらの仲間にはならねぇ」

 「おまえ剣士なのに剣持ってねぇんだな。なんでだ?」

 「人の話を聞けっつってんだろ」

 「ルフィ。普通囚人に武器を持たせたりはしないよ。多分海兵に取られたんじゃないかな」

 「あ、そっか」

 「てめぇも無視して話進めてんじゃねぇ」

 

 なぜこうまで人の話を聞かないのか。

 後ろから進言するキリに耳を傾けたルフィはあっさり振り返り、彼へと向き直って話し始めてしまう。何やら作戦会議のようで、もはやゾロの意見を聞く気はない。

 

 頭痛すらしそうで深く溜息をついてしまう。

 項垂れてしまったゾロにはシルクが気遣う言葉をかけ、すでに役割は分かれた様子。おそらくこの瞬間に、それぞれに己のすべきことが自然と見えてきた結果であろう。

 

 「ごめんね。ルフィは結構勢いで動いちゃうだけで、悪気はないの」

 「それはそれで問題だろ。どうなってんだこいつら」

 「あはは……ちょっと一緒に居れば悪い人じゃないってわかるんだけどね」

 

 二人が話している間にルフィとキリの作戦会議も終わったらしい。

 わかった、と言わんばかりに手と手を打ち鳴らし、ルフィが笑顔で頷く。

 

 「そうか。じゃあ基地に忍び込んで剣を奪ってくりゃいいんだな」

 「そうそう」

 「んで、ゾロ。おれがおまえの剣を取り返してきてやる」

 「へぇそうかい。そりゃありがてぇな」

 

 すでにゾロには彼と真面目に話そうという態度がなく、おざなりな対応で適当な返答を出していただけだった。しかしルフィは本気で話していて嘘の一つもつく気がない。

 

 「だからおまえはおれから剣を取り戻したかったら、仲間になれ」

 「はぁっ!? てめぇが一番性質悪ぃじゃねぇか!」

 「よーし、そうと決まったら行ってくるぞ。キリ、あとは頼んだ」

 「いってらっしゃーい」

 「お、おい待て、本気か!? 本気で基地に侵入するつもりかよ!」

 

 元気よく走って行ったルフィが背後を振り返ることはなかった。

 咄嗟に心配するゾロの気など知らず、キリは見送るために手を振っていて、つられたのかシルクまで同じようにルフィの背へ手を振っていた。

 

 奇妙な三人組だ。

 正気の沙汰とは思えず、どことなくぐったりした姿のゾロは疲労を色濃くした。

 九日間突っ立っていたせいではない。厄介な奴らに会った、理由はただそれだけだ。

 

 「おまえらバカなのか。海軍相手に戦争でも吹っ掛ける気かよ。黙って帰ってりゃそれでよかったのに、なんでおれに関わる」

 「船長が君のこと気に入ったらしくてね。理由はそれだけかな」

 「なんだそりゃ。くだらねぇ理由で死ぬ気かよ」

 「さぁね。基本的に何考えてるかわかんない人だし、なんにも考えてなさそうだし。理解するのは無理なんじゃないかな。でも多分、死ぬつもりなんてないよ」

 「どうしてそう言える」

 「ルフィは海賊王になる男だ。ここで死ぬほど柔じゃない」

 

 自信満々にそう言われた。キリの言葉や眼にはそう信じて疑わないという強さがあり、何とはなしに奇妙に思えるものの、ただ鼻を鳴らして受け流す。

 

 わずかな沈黙が生まれた瞬間、剣の柄に触れたシルクが言った。

 助けに来たのにいつまでもゾロを磔にしたままなのも気が引ける。そういった意味で彼を解放しようとしてやり、すぐに剣を抜こうとした。

 止めたのは他ならぬキリだった。

 

 「ルフィが戻ってくる前に縄切っとこうか。もしもの時すぐに逃げれた方がいいでしょ?」

 「まだいいんじゃないかな? なんか反抗的だし」

 「おい」

 「でも助けに来たんじゃない。このままじゃ海兵が来た時に危ないんじゃ」

 「その時はボクがなんとかするよ。とりあえずルフィが帰ってくるまでこのままにしとこう。色々あるけどそっちの方が面白そうだ」

 「てめぇ、この縄が解けたら一番に斬ってやる」

 

 敵地へ侵入した上で軽口を叩くキリに対し、ゾロは凶悪な笑みでもって宣言した。

 気楽な微笑みが癇に障る。

 今まで出会ったことのない性質の人間に嫌な予感しかしなかった。

 

 キリへの不信感を露わにしていると、シルクは納得した様子で剣から手を離してしまい、すっかり諦めてしまう。これには不思議とゾロも舌を鳴らした。助けて欲しいと思っていた訳ではなかったのに。おそらくキリの思う通りになって気に入らないといったところだろう。

 沈黙が生まれかけたところで、突然キリが間抜けな顔で声をもらした。

 

 「あっ」

 「どうしたの?」

 「いや、そういえばルフィって方向音痴だったはずだなぁと思って。海軍の基地って内部は入り組んでるだろうし、仮に剣を取り返してもちゃんと出てこれるかな」

 「そ、それって結構重要なことじゃない?」

 「うーん、ミスったなぁ……まぁでもいいか。困ったら壁壊してでも出てくるでしょ」

 「手助けは?」

 「必要ないと思う。とりあえず死にさえしなかったらどこかからは出てくるよ」

 

 何とも適当な発言だ。これにはゾロだけでなくシルクも呆れてしまった。

 緊張感の無さで言えばルフィに比べて勝るとも劣らない。その余裕は緊迫した状況で頼もしくもあって、一方では思わず気が抜けてしまいそうになる。

 

 心配事が無くなった後、さらにキリの勝手な行動は続く。

 服が汚れるのも気にせずゾロの目の前に胡坐を掻いて座り、柔和な笑顔で彼を見上げた。

 

 「さて、ルフィが帰ってくる前にちょっと話でもしようか。確か海賊狩りって異名で呼ばれてたんだよね。何人くらい海賊狩ったの?」

 「知らねぇよ。いちいち数えてたわけじゃねぇ」

 「ふむ。腕は立ちそうだね。有名になるくらい狩ってたなら度胸もありそうだ」

 「この話し合いは必要か? おまえらとっとと帰れ。海軍に捕まっても知らねぇぞ」

 「心配いらないよ」

 

 投げかけられた言葉は心配からだろうと気付きながらあっさりと受け流して。

 揺らぎない表情でキリが言いのけた。

 

 「ボクらは強いからね」

 「……あぁ?」

 

 それは初めて会った時のルフィと同じ言葉。あの時彼はここに居なかったはず。

 よっぽどの自信家か、或いはバカか。どちらにしても面倒な人間には間違いなくて、やりきれずに溜息をつき、なんとなく顔を背けて目を閉じる。

 

 ルフィが船長ならば、おそらく彼がナンバーツー。厄介な一団も居た者である。

 これなら一人でやることもなく突っ立っていた方が楽だったかもしれないと考え、尚もキリの気軽な声は聞こえてきて、苦笑するシルクだが止める気はなさそうだ。

 

 「なんで賞金稼ぎになろうと思ったの?」

 「金が必要だったんで適当に捕まえてただけだ。別になりたかったわけじゃねぇ」

 「じゃあどうして海へ?」

 「まるで尋問だな……探し物がある。そいつを探して海へ出たが、簡単に見つけられるもんじゃねぇし、村がどこにあるのかわからなくなっちまったんで海賊を捕まえて生活費を稼いだ」

 「ひょっとして迷子? ルフィと一緒か」

 「その呼び方するんじゃねぇよ! 誰が迷子だ!」

 

 いつしか緊迫した空気など消え失せていた。

 演習場では楽しげな笑い声と怒りを滲ませる声が響き、ひどくのんきな様相に変わっている。その場にある空気の重さまで変わったようで気楽なそれには三人の体の力も抜けていた。

 


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