ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ドラム編
アラバスタへ向けて≠緊急事態


 穏やかな波の海をメリー号が進む。

 空は快晴。心地の良い風を感じて気分のいい日和だ。

 

 メリー号の船尾にはゾロの姿がある。

 長い棒に分厚い重りを付けて、素振りをするように繰り返し振り下ろしては止める。自らの肉体を苛め抜き、さらに鍛え上げようと努力する様だった。

 上半身は裸で、全身に汗を掻いている。

 すでに数十分は降り続け、回数は二千回を超えていた。

 

 真剣な眼差しは海に向いているが、見るものはそこではなく、ここではないどこか。

 敢えて言うならばさらに先というところか。

 自らの成長を望み、更なる強さを見据えるようだ。

 

 (もっと強くならねぇと。それこそ巨人に勝てるくれぇに)

 

 ゾロは静かに考える。あの決闘を勝利とは思えないと。

 自分にもっと力があれば、一騎討ちで相手を斬り倒すことができたなら。

 目指すのは世界一の大剣豪。

 この程度では全く足りないと考え、彼は自分を責めるように厳しい鍛錬を続ける。

 

 (まだまだ甘ぇ……もっと強くならにゃあっ)

 

 彼は一人で黙々と鍛え続ける。

 しかしそれはいつものことでもあって、仲間たちが敢えて邪魔するような事態はあり得ない。そのため他の仲間たちは甲板で自由に過ごす者が多かった。

 

 はしゃぐ様子でルフィとウソップが駆け回っている。肩を組んで笑顔になり、先程見たドリーとブロギーの一撃が忘れられないのだ。

 気付けば自作の歌まで歌い始めている。

 彼らは偉大な戦士の姿に興奮し切っていて、今から夢を膨らませているようだった。

 

 「よぉしいいかお前ら、おれはいつか絶対エルバフへ、戦士の村へ行くぞぉ!」

 「お~! 行こ~!」

 

 ドタバタと騒がしく、楽しげに、疲れもせず駆け回る彼らは元気だった。

 マストの傍に居たシルクは微笑ましげにそんな二人を見ている。

 

 ふと視線の先を変えた時、マストにもたれるようにして座っているナミが目に映る。

 今日は特に静かだった。普段から騒ぐ人物ではないとはいえ、まだ出航してから幾ばくも経っておらず、航海に疲れたと言うには早いし、彼女は体力もある。

 具合でも悪いのかもしれない。

 その場へしゃがんだシルクはナミの顔を覗き込む。

 

 やはり顔色が悪い。

 よく見れば呼吸も荒いように感じられて思わず眉間に皺が寄った。

 心配した顔のシルクはやさしく彼女へ問いかけ、視線が合った瞬間に確信が強まる。

 

 「ナミ、大丈夫? 体調悪い?」

 「んん? あー……確かにちょっと熱っぽいかも。前の島ちょっと暑かったから、サンジ君がせっかく毛布持ってきてくれたのに起きたら蹴っ飛ばしちゃってたのよね」

 「風邪かな。寒気はある?」

 「そんなに心配しなくても大丈夫よ。少し寝れば治るから」

 

 苦笑する彼女はそう言うが、素直に受け止める気にはなれなかった。

 今まで軽く体調を崩すことはあっても、ここまで明確に顔色が悪くなったのは見たことがない。強がっているだけできっと辛いはずだ。皆に心配させまいとして我慢しているのかもしれないが、そう考えれば余計に心配が大きくなり、シルクは前のめりに彼女へ近付いた。

 

 そっと伸ばした右手で額に触れる。避けようとしたらしいナミは逃げきれずに諦めた。

 触れてみればより顕著だ。

 掌ではっきりわかるほど熱い。これで大丈夫など、信じられるはずがない。

 

 「やっぱり熱あるじゃない。大丈夫なんて嘘ついちゃだめだよ」

 「別にこれくらい、どうってことないわよ」

 「だめ。無理しちゃ体に良くないんだから、すぐ部屋に戻ろう。辛い時はゆっくり休まなきゃ」

 「はぁ……シルクには敵わないわね。わかったわよ、わかりました。ちゃんと寝ますぅ」

 「ちゃんと休めばすぐに良くなるから大丈夫。行こう」

 「あ、ちょっと待って」

 

 シルクがナミの手を引っ張り、力を貸して立たせてやる。

 その次に歩き出そうとするのだがナミが止め、持っていたエターナルポースを取り出した。

 海を眺めていたビビが心配して近付いてきたため、彼女に手渡すのである。

 

 「ビビ、悪いけどこれ、キリに渡しといてくれる? キリに任せれば大丈夫だから」

 「わかったわ。こっちは任せてゆっくり休んできて」

 「そうする。じゃないとシルクが怖いしね」

 「ナミが無理しようとするからだよ」

 「あはは、そうね……大丈夫、今から、ちゃんと――」

 

 ふらりと、唐突に足が揺れた。

 あっと思った瞬間にはシルクが手を伸ばしていて、すんでのところで受け止めた。

 ナミは唐突に意識を失ったのだ。

 狼狽する二人の声が辺りへ響き渡り、他の面々にも異変が伝わる。

 

 「ナミっ!?」

 「ナミさん!? みんな来て! ナミさんが!」

 「どうしたんだ?」

 「んナミさぁ~んっ! 何がありましたかぁ~っ!」

 

 傍に居たルフィとウソップは当然として、彼らに負けず劣らずの速度で船内からサンジが現れ、慌てた歩調で近付いてくる。それから少し遅れて船尾からゾロが、船内からキリとイガラムが姿を現し、カルーも不思議そうな顔でやってきた。

 全員の目に倒れたナミが映る。

 シルクに抱えられた姿は普段と違って弱々しく、呼吸も荒れ、ひどい顔色だった。

 

 次第に全員が気付き始める。ナミの体に異変が起こった。

 特にサンジなどは心配から激しく取り乱し始めて、普段の冷静さをかなぐり捨てて騒ぎ出し、それにつられてルフィやウソップも大声を出さずにはいられない。

 

 「ナミさんっ!? そんな、一体何があった!?」

 「熱があるみたいなの。今は、意識を失ったみたい」

 「意識を失うほどの熱ってどんなだよっ」

 「なんだ? やべぇのか? 病気か?」

 

 実感がないのか、ルフィが首をかしげていた。

 どうやら混乱している者の方が多く、冷静に状況を見れる人間の方が少ない。それだけかつて経験したことのない状況だ。

 

 とにかくナミの身が心配である。

 このまま甲板に置いていていいはずがなく、速やかに移動すべきだった。

 

 混乱する船上の空気を変えようとビビが口を開く。

 彼女は比較的冷静な状態にあって、医学とは呼べないまでも、看病の経験もある。

 こうした不測の事態にも耐性があり、どうすればいいかを理解している。そのためすぐにシルクと視線を合わせ、ナミを室内のベッドまで運ぼうと決めた。

 

 「まずはナミさんを運びましょう。ここに置いておくのは危険だわ」

 「うん、そうだね」

 「ナミさぁ~ん!!」

 「サンジ、大丈夫だから落ち着いて。水とタオルを用意してくれないかな。あと体温計」

 「わかったァ!」

 「お、おれも手伝う!」

 

 シルクの言葉を受けたサンジが駆け出し、手伝いのためウソップも走る。

 それからビビが不思議そうに覗き込んでくるルフィに目を向けた。

 

 「ルフィさん、ナミさんを運ぶのを手伝って」

 「わかった」

 「それとキリさん、これを……ナミさんから預かっていたの」

 「うん。針路はこっちに任せて、ナミを頼むよ」

 「ええ」

 

 ビビの手からキリへエターナルポースが渡る。

 受け取った彼は深刻な顔で、ひどく心配している様子だった。

 珍しい物を見た気がする。場違いとはいえそう思いながらもルフィに手伝ってもらい、ナミを運んで船内へ向かい、女子部屋へと入っていく。

 

 ナミをベッドに寝かせて布団をかけた。

 呼吸は荒く、頬は紅潮してひどく汗を掻いている。

 見るからに辛そうな姿にはシルクとビビも困惑してしまう。

 

 そう時間もかけずにサンジとウソップが部屋へ飛び込んできた。サンジが水の入った器を持ち、ウソップが体温計を持ってきたようだ。

 荒々しい足音でドタドタと騒がしい。

 思わずシルクが窘め、二人は瞬間的にぴたりと止まる。

 注意しながら持ってきた物を差し出し、受け取った二人がすぐ動き出した。

 

 「すごい汗……ただの風邪でここまで辛そうになるのかな」

 「シルクぢゃんっ、ナミざん()ぬのがなぁ……! なぁ、ビビぢゃんっ」

 

 心配のせいか泣きじゃくり始めたサンジが声を揺らしていた。

 本来ならば大丈夫だと伝えてやりたい。しかしなぜか、嫌な予感がしていた。

 シルクが体温計を脇へ差し込んでやる一方、ビビが彼女の汗を拭いてやる。

 顔色を見る限り、状況は決して良さそうではない。

 

 「おそらく気候のせいだとは思うけど……グランドラインに入った船乗りが必ずぶつかる壁、それが異常気象による発病。どこかの海で名を上げた屈強な海賊でも、これによって死亡するなんてことはざらにある話よ。ちょっとした病状でも、油断が死を招く」

 「うううぅっ、ナミざぁん……!」

 「だけど今まで大丈夫だったのに。グランドラインに入って少し経つんだよ」

 「確かに、年単位でこっちに居る人は慣れるかもしれない。でもあなたたちも含め、ナミさんが来てから一ヵ月も経っていないわ。慣れた人でも危険なのに、何があってもおかしくない」

 「そっか……それにしても、こんなに急なんて」

 

 気落ちした顔でシルクがナミを見つめる。

 今朝まで元気だったのだ。それが急に倒れてしまい、その変化に驚かないはずがない。

 

 命を落とす危険は、戦闘にだけあるのではない。今になってそれを実感したのだが、その時にはナミが危険な状態にあって、気付くのが遅過ぎたとも言える。

 自分たちの弱点は船医が居ないこと。

 専門知識もなくここまでやって来れたのが奇跡なほどで、改めて医者の必要性を理解する。

 

 「この船に、少しでも医学をかじってる人は居ないの?」

 

 振り返ったビビが尋ねる。

 サンジは腕で涙を拭っているものの、ルフィとウソップの二人と目が合った。

 彼らは全く同時に動き出して、寝込んでいるナミを指差す。どうやら医学を持っていると言えるのは彼女だけだったらしい。

 思わず唸って俯いてしまった。やはり危機的な状況だ。

 

 ビビが心得ているのは怪我の応急処置のみ。看病の経験はあっても病気を治す知識は持ち合わせてはいない。それはシルクも同じで、看病はできても他人を治療できるほどの腕はなかった。

 希望が潰えた気すらして、室内に重苦しい空気が漂う。

 

 その時、シルクがパッと顔を上げた。

 

 「キリはどうかな? キリなら医術の心得もあると思う」

 「お~そうだな。キリならなんとかしてくれるさ。おれ呼んでくる」

 

 シルクの問いかけにルフィが笑みを浮かべ、喜ぶ足取りで部屋を出て行く。

 もはや最後の希望だ。

 彼にどうにもできないなら他所で医者を探すしかないだろう。

 

 沈黙に包まれる。

 その中でシルクが体温計を手に取るが、結果を表示したそれを見て目が見開かれた。

 

 「四十度……!? かなり高熱だよ」

 「本当にただの風邪なのかしら。突然こんなに熱が上がるなんて……」

 「連れてきたぞ。これで治るかな」

 

 元気のいい様子でルフィが戻ってきた。後ろからはキリが続く。

 ルフィが途中で足を止めるのとは違いキリがベッドへ歩み寄って、傍らに座るビビとシルクを見つめる。状況を見れば仕方ないが緊迫した空気だ。

 

 「ナミはどう?」

 「熱が四十度あるよ。それにすごく辛そうだし……」

 「原因は何かしら。キリさん、医学の心得は?」

 「怪我の治療ならある程度できるけど、病気についてまでは学んでなかった。ボクも仲間も丈夫な方だったし、専門的なことは船医がやって、手伝いしかしなかったから」

 「そう……」

 

 最後の希望も潰えた、といったところか。

 ビビが俯いてしまったことで空気がさらに重くなった気がする。

 彼は悪くないとはいえ、期待していただけにこの状況では気落ちするのも無理はなかった。

 

 シルクがナミの額に濡れたタオルを乗せる。

 目を覚ます様子はない。それなのに辛そうな顔で、見ている方も辛かった。

 

 ベッドに近寄ったキリが彼女の顔を覗き込む。

 医術は持たないが、状況を分析する能力は長けている。これまでの経験や、現在と少し前の状況を考え、これからどうすべきかを決めようとしていたのだろう。

 突然の発熱。気になる一点はそこだった。

 

 「だけど急だね。どうしてナミだけ熱を出したんだろう」

 「それは、やっぱり航海の疲れが出たんじゃないかしら。グランドラインの異常気象は海賊だけでなく全ての船乗りを苦しめるわ。今までの疲れが出たとしか」

 「ナミは強いよ。少し考えにくい気はするけど」

 「それじゃどうして」

 「気になるのは熱が四十度もあるってことだ。これだけを考えてもあまり普通じゃない。それに昨日や今朝まで元気だったんでしょ?」

 「うん。いつも通りだったよ」

 

 シルクが答えたことでキリが真剣に考え込む。

 少しの間会話が止まったことがきっかけで、やけに重苦しい空気が醸し出されるため、ルフィは小声でウソップに言った。

 

 「病気ってそんなに辛いのか?」

 「いや、そりゃかかったことねぇし……」

 「実はおれも」

 「あなたたち一体何者なのっ!? 今まで一度も!?」

 「あ、みんなはちょっと普通じゃないから。人一倍元気なんだよね?」

 

 今までルフィがピンと来ていなかったのは病気にかかった経験がないからのようだ。それだけでなくウソップも自身の体では病気を知らないらしく、サンジも同意する。

 本当に人間なのかと疑う事実にビビが狼狽していた。

 初めて聞いたはずのシルクは平然としているが、やはり彼らはどこか普通ではないらしい。

 

 口を閉ざして考え込んでいたキリが振り返る。

 いまいち緊迫感のないルフィを見やり、教えてやるため言葉を吐いた。

 

 「簡単に言うと肉を食べる気力も無くなって、むしろもう食べたくないとすら思うのさ」

 「なにっ!? それは大変だ! おいナミ、お前肉食いたくねぇのか?」

 「お前の基準はそれか」

 「まぁあながち間違いでもねぇが、そういうことじゃねぇだろ……」

 

 即座に理解したらしいルフィが見るからに表情を変え、ナミを心配し始める。

 すぐ隣でその様を見ていたウソップとサンジは呆れてしまい、言葉も出ないようだ。

 

 キリが口を開いたことでシルクが彼を見る。

 状況を理解したとは言ってもルフィはやはり間の抜けた返答であり、こうした事態で頼るのならばキリだろう。彼の考えが聞きたかった。

 

 今は想像以上に由々しき事態である。

 自然と顔に焦りが現れた。

 

 「どうすればいいのかな……」

 「考えられる可能性の一つとして、前の島がある。リトルガーデンだ。あそこは恐竜の時代の生態系がそのまま残されていた。ボクらが知らない病原体が居てもおかしくはない」

 「そんな。それじゃあ、医者に診てもらったとしても治せるかどうか――」

 「えぇえええええっ!? 嘘だよなキリ! ナミさんは助かるんだよな!? なァ!?」

 「ナミは死ぬのかァ~っ!?」

 「ギャアアアアアッ!? 大変だァァァ!?」

 「ちょっとみんな、落ち着いて! 助からないって決まったわけじゃないんだから!」

 

 話の途中で焦りを募らせた三人が騒ぎ始め、止めるためにシルクの声も大きくなる。

 一方、静かに考えていたビビは何かに気付いた顔だった。

 視線はキリとぶつかる。

 騒ぐルフィたちに負けぬよう、決して大きな声ではないが彼に問いかけた。

 

 「医者を探すぞ! ナミを助けてもらおう!」

 「待てよ、その医者ですら治せるかどうかは微妙なんだぞ! そうだ、師匠たちならどうだ!? ずっとあの島に居たんなら何か知ってるかもしれねぇ!」

 「ナミざんじなないでぇ~!!」

 「みんな落ち着いてって! もうっ、騒ぐなら外に――」

 「ドラムなら……ドラム王国なら、助かるかもしれない……?」

 「うん。可能性があるとすればそれだけだ」

 

 ビビの呟きにキリが頷いて同意する。

 それを聞いて室内の喧騒がぴたりと止まった。

 助かる方法があると知り、冷静さを取り戻した彼らは詰め寄るようにして耳を傾ける。

 

 「ドラム王国はグランドライン随一の医療技術を持っている。そこに居る医者なら、四十度の熱を出してようが謎の病原体にやられてようが治せるはずだよ。多分ね」

 「最後の一言が不安だが……ナミさんは助かるんだな?」

 「助けられる。奇跡的にエターナルポースもあるんだ。これが最後の希望になる」

 「よっしゃあっ!」

 「急ぐぞドラム王国~! ナミを助けてもらうんだぁ~!」

 「わかったから静かにして! ナミが寝てるんだから!」

 

 またしても三人が騒がしくなり、怒ったシルクがついに能力を使って彼らを吹き飛ばす。室内をごろごろ転がってようやく静かになりそうだ。

 ふぅと息を吐いてシルクが席に座る。

 すぐに起き上がる三人はまた戻ってくるが、今度は不用意に騒ごうとしない。

 

 静けさを取り戻した後で改めて確認する。

 現在の目的は一つ。ナミを医者に診せて病気を治すこと。

 そしてそのためにドラム王国を目指さねばならない。

 

 しかし不安もあった。

 それを口にするキリは不安を募らせるようだった。

 

 「エターナルポースがある以上、ドラム王国に辿り着けるのは間違いない。問題なのはそこに着くまでの道のりだ。目的地がわかってることと航海が上手くいくことは別問題」

 「今はナミが居ないから」

 「航海士が居ると居ないじゃ大違いだ。ここまではナミが全部やってくれてたけど、彼女が居ないことで出てくる影響は大きい。正直、ボクじゃ力不足だろうね」

 「それでも行くしかねぇんだろ。それにおれたちの中じゃキリが一番任せられる」

 

 ウソップの言葉に視線を落とし、手の中にあるエターナルポースを見る。

 航海術を専門的に学んだ訳ではない。確かに一人で航海することもあった。だがそれはあくまで己自身を守ればいいだけであり、同時に、その頃は自らの命を捨てていいとさえ思っていた。

 状況が違う。

 今は仲間の命を守らねばならず、死にたがりの一人旅ではない。肩に重責がのしかかり、自らのミスが皆の命を危険に晒すことを実感する。

 

 それでもやらなければ。

 小さく息を吐き、顔を上げた彼は仲間の顔を見回した。

 

 「やるしかないね。時間がどれだけ残ってるかはわからない。ナミの体力が尽きればアウトだ」

 「その前にドラム王国に着く」

 「医者を探して、ナミさんを助けてもらう」

 「ついでに船医を見つけるのもいいかもしれない。ドラムの医療技術が常にあるなら安心だ。とにかくみんな、ここが正念場だよ」

 「おう!」

 

 元気よくルフィが頷くと共に、他のみんなも力強く頷く。

 今こそ力を合わせる時。ナミを守り、助け、誰一人欠けることなく先を目指すのだ。

 

 「看病はシルクとビビに任せる。協力が必要ならすぐに言って。誰を使っても構わないから」

 「うん、わかった」

 「任せて」

 「他は全員船を動かすよ。全速前進、可能な限り早く到着しよう」

 「よぉし!」

 「任せろォ!」

 「待っててくれナミさん、おれが必ず助けるからね……!」

 

 四人は勇む足取りで女子部屋を後にする。

 残った二人は苦しげなナミの顔を見つめた。

 

 いつになく緊迫した状況だ。これまで敵に直面して戦う機会も多かったが、相手が病魔では守ることも難しく、こればかりは医者に任せるしかない。

 見守るしかないというのは自分が病気になるより辛い気がする。

 今できることは限られているため、二人は慎重に彼女の看病へ全力を注ぎ始めた。

 

 その間に男たちが操船し、速度を上げる。

 ドラム島に着きさえすればナミを助けられるはず。

 目的が定まったことで士気が上がり、彼らは忙しなく甲板を駆け回った。

 

 「医者舵いっぱ~い! ナミを助けに!」

 「さっさと動けクソども! ナミさんが苦しむ時間を一秒でも短くするんだぞ!」

 

 病状がわからない以上、どれほど危険なのかがわからない。そのため急ぐ必要がある。

 メリー号は全力で海原を駆け、まだ見ぬ医療大国を目指した。

 


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