ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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Giant Warrior Pirates VS Straw Hat Pirates(2)

 真ん中山が見守る場所で、ルフィとドリーが激突していた。

 何度跳ね返されようと跳び上がり、目線を同じく、正面からぶつかる。

 ドリーはそんなルフィを存外気に入ったのか、何度かの直撃を受けながらも決して退かず、今や攻撃を受けることさえ厭わずに彼と殴り合っていた。

 

 「オオオオォ!」

 「んんっ!」

 

 振り抜く剣の腹がルフィの姿を覆い隠し、逃げ場を失くす。避ける手立てもない。

 ルフィは敢えて剣を蹴りつけた。

 伸ばした足が激突しても勢いは全く変わらないまま。

 押すような姿で吹き飛ばされ、ルフィの体は高速で宙を舞い、頭から地面に落ちる。危険だと感じるほどの轟音がして何度か地面を跳ねていた。

 

 勢いが弱まり、ごろりと転がる頃。

 追撃の危険を感じたウソップがパチンコを構え、瞬時にドリーの顔を狙った。

 

 「待ってろルフィ! 必殺、コショウ星!」

 「ぶっ、むおっ!? ふぁっ、ふあっ……ぶあっくしょん!」

 「悪ぃな師匠、これがおれの戦い方なんだっ」

 

 鼻に弾丸がぶつかって破裂した。中からは大量のコショウが飛び出し、彼の鼻腔をくすぐり、体の反射で自然とくしゃみが出る。そのくしゃみすら巨人らしく、雄々しく勢いがある。直接降りかかることがなくとも傍から見ているだけで驚く強さだった。

 

 巨人と言えど体の構造は人間と同じ。弱点も変わらなかった。

 あらかじめキリから教えられていた意味はあって、上手くいったことに彼は胸を撫で下ろす。

 

 敵の足止めに成功して、ウソップはカルーに連れられルフィの下へ急ぐ。

 辿り着く前に彼は勢いよく立ち上がった。ゴム人間であるとはいえ、何度となく地面や太い樹木に激突し、所々に擦り傷を負って、全身に傷を作った状態だ。

 息は荒れ、自身より大きく、そして強い相手と戦うとあって疲労感は普段の比ではない。

 だが彼は諦めようとせず、また戦い方を変えようともしなかった。

 

 もう何度地に叩きつけられたのだろう。

 ルフィの闘志は揺らぐ様子を見せぬまま、尚もドリーに立ち向かう意志が窺えた。

 

 思わずウソップは心配してしまう。

 なぜ彼はそこまで頑なになるのだろうか。

 作戦は事前に決まっている。今この場でルフィが一騎討ちでドリーを倒す必要はない。仲間の到着を待って全員で挑めばいいだけの話だ。

 

 ルフィに駆け寄ったウソップが彼の顔を覗き込む。

 視線はあくまでもドリーへ。滾る戦意に任せて挑もうとしている。

 違和感を感じずにはいられずに、思わず彼へ問いかけた。

 

 「落ち着けよルフィ、何も焦る必要はねぇんだ。みんなが到着すれば全員で戦える。それまで時間稼いでよ、少しは逃げても――」

 「いいんだ。これでいい」

 「でもお前、傷だらけじゃねぇか。無理すると危ねぇって」

 「おれは巨人のおっさんと決闘してんだ。おれはこれでいい」

 

 声をかけるがルフィの意志は揺らがない。

 ウソップの言葉を強く跳ね除けていた。

 

 くしゃみが治まったドリーが鼻に触れながら佇まいを変える頃、戦闘の再開だと感じる。

 ウソップはカルーに指示を出し、急いでその場を離れようとした。彼が本領を発揮するためには敵との距離を保ち、援護に努める必要がある。

 駆け出す間際、改めてルフィへ進言した。

 

 「やべっ、おれたちもう行くぞ。でもなルフィ、あんまり無理し過ぎんな。キリが言ってたみたいにこれは全員で勝つための戦いなんだ。お前だけが無理したってしょうがねぇぞ」

 「ああ、わかってる」

 「おれたちが援護してやるからな! あと危ない時は助けてくれよ!」

 

 カルーが走って素早く離れていく。その速度は捉えることも難しいものだ。

 彼らが離れた後、ルフィはその場に立ち尽くしたまま。

 鼻を気にするドリーの視線を受け止め、口を噤み、凛とした顔で見つめ返した。

 

 「くそぉ、まだ鼻が痒い……コショウを武器にしたのか。まったく厄介なことをしてくれる」

 

 ドリーが口を開いても反応はない。

 じっと見つめるルフィを見やり、ふと表情を変えた彼は素朴な疑問を口にし始めた。

 

 「しかしわからん。なぜ出会ったばかりの我ら二人に拘る? それだけ傷を受けて退かない理由は一体なんだ。なぜおれの前に立ちはだかる」

 「それはキリが決めたことだ。おれが船長として認めたんだ」

 「ふむ、傘下にすることをか、決闘をか」

 「理由なんてよく知らねぇ。細かいことは全部あいつに任せてある」

 「お前が船長なのにか。またこれは妙なことを言う」

 

 ドリーは自身の髭を撫でながら考える。

 話していた時とは何かが違う。

 妙に真剣みを帯びていると言うのか、肌に感じる覇気が段違いで強くなっているのだ。

 おそらく何かがあった。離れていた数時間で変化があったのだろうと感じ、ふむと頷く。

 

 「お前は何を求めて海へ出た?」

 「海賊王」

 「そうだったな……噂には聞いたことがある。今の時代を作り出した一人の海賊を」

 

 それはかつて島に訪れた友に教わった話。

 海賊王と呼ばれた男は歴史上一人だけ、ゴールド・ロジャーという男。

 グランドラインにあると噂され、幻だとさえ語られた島、ラフテルへ辿り着き、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を見つけたそうな。

 

 彼らの時代にはまだ語られていなかった話だ。

 後にも先にもただ一人であって、それが簡単な道ではないと理解できる。

 

 これまで興味はなかったが、ここへきて俄然興味を持った様子。

 一時戦闘を中断したドリーは問いかける。

 自身も知らない、想像の範疇。だが敢えてルフィへ問うてみたかった。

 

 「険しい道だろう。本当にやれると思うのか?」

 「当たり前だ」

 「フッ、そうか。力のある言葉だ」

 

 ほくそ笑むドリーが髭から手を離した時、ルフィは一際強く拳を握る。

 

 「でもおれは、このままじゃだめだ」

 「んん?」

 「今のまま進んでも、この海は広くて、おれより強い奴もたくさん居る。おれが強くならなきゃ仲間が困るんだ。おれがあいつらを守るって決めたから」

 「なるほど。それが船長の覚悟というわけだな」

 

 経験ではない。想像の上でしかない判断ながら間違えてはいないだろう。

 その顔に覚悟を感じて、ドリーは剣を構えた。

 

 「キリはおれの仲間だから――」

 

 大上段に振り上げられる。

 ルフィはそれを見ながら自身も拳を握り、全身から余分な力が抜けていた。

 それでいて自身の想いを叫び、瞬間、辺りの大気が震える。

 

 「あいつが安心してここに居られるように、おれは、クロコダイルをぶっ飛ばすんだ!」

 

 両手で柄を持ち、流れるように姿勢を変えて、全身を使った力が込められた一刀。

 構えられた剣は全力で振り下ろされ、天を割るようにルフィの頭上へ迫る。

 それを視認した後で地面を蹴り、即座にその場を離れて、紙一重でルフィは回避し切った。そのまま動きを止めず、転がるように駆け出してドリーの下へ向かう。

 

 右足を軸足に決めて、ぐるりと体が回った。

 地を打った直後に素早く引き戻された剣が辺りを穿った。剣先を地面に沈め、真っ直ぐ走るだけで爆ぜていく。もはや台風すら気にならないほどの荒々しい光景があった。

 

 次々土や岩が舞い、猛々しい攻撃は地形を作り変え、ルフィの体をも吹き飛ばした。

 しかし彼は諦めずに腕を伸ばし、何とかドリーの足を掴むことに成功する。

 

 伸ばした腕を縮めて急接近。目視で気付いているドリーだが、自身の脚に触れられているとあって迎撃がしにくく、今度は接近を許してしまう。

 足の間を抜けたルフィは即座に手を離し、次はマントを掴んだ。

 見逃さないようドリーがその場で振り返るのだが、マントに捕まったままの彼は見つけられず、さらに背面を取られたままだ。

 

 見逃した一瞬、ルフィがマントを利用して腕を伸ばし、縮める反動で跳び上がる。

 気配に気付いた時にはすでに顔の高さに達していて、遅れて振り返る彼と視線が合う。

 素早く拳を突き出したルフィは、ドリーの顎を打ち抜いた。

 

 「ピストル!」

 「ぬぅう……!?」

 「おおおおおおっ!」

 

 右腕を振り抜いた後、引き戻す勢いを利用して左の拳を突き出した。

 繰り出した攻撃は眉間に直撃し、痛みが駆け抜けると同時にぐらりと視界が揺れ、妙な浮遊感さえ感じた。彼の巨体に大きな影響を及ぼすことに成功したのである。

 

 それだけでは終わらず、更なる攻勢に出た。

 両腕を伸ばして兜を掴み、接近しながら攻撃を重ねるのである。

 

 「鐘!」

 「おうっ!?」

 「ロケット!」

 「うおぅ!?」

 

 首を伸ばして頭突きを一度。首を戻し、体ごと体当たりして頭突きをもう一度。

 あまりの勢いと顔への打撃にドリーの姿勢が崩れかけた。

 さらに押すためルフィは右腕を後方へ伸ばし、捻じることで力を溜める。

 その頃にはドリーも反応できて、剣ではなく盾での迎撃を実行した。

 

 「ライフルッ!」

 「せりゃあっ!」

 

 回転しながら突き出されるルフィの拳が頬を打つと同時、ドリーの盾が彼の全身を打って、互いの攻撃が強く相手へ叩き込まれた。

 ルフィの体は再び激しい様子で地面へ激突して。

 体勢を整えることすら考えずに反撃したドリーは、そのまま背から地面へ倒れた。

 ほぼ同時の着地で地面が揺れ、ウソップとカルーは肝を冷やす。

 

 巨人を力尽くで倒すルフィ。不可能と思えるタイミングで反撃するドリー。

 一連の動きを見ていても理解しにくい戦いだ。

 彼らにはどれほどの技量があるのか。恐ろしいと考える彼は顔色を変えていた。

 

 援護の必要はあるのだろうか。

 そう考えた時、先に起き出したルフィが上体を起こしたドリーへ飛び掛かる。

 

 座り込んだ状態ではあるものの、ギラリと目が光る様を見て反応できそうだと判断した。

 ここだ、とウソップがパチンコを構える。

 おそらくルフィは止まらない。だから彼を助けるため、援護するため、ルフィを止めることなく自身が攻撃を加え、ドリーに隙を作り出す。

 それが自分の役目だと理解して、ウソップは弾を撃ち出した。

 

 たとえ卑怯と言われても、それこそが自分の生きる道。

 たとえ前線で戦うことができずとも、自分にだって仲間を守ることはできる。

 今、それを証明すべき時だった。

 

 「必殺、赤蛇星!」

 

 撃ち出したのは仲間を集める時に使用した狼煙。

 斜めの軌道を描いてドリーの顔の前を通り過ぎて、視界を遮って天へ昇る。

 確かに本来の用途は緊急時に味方を呼ぶための狼煙であった。しかし要は使い方次第。ただの狼煙が視界を塞げば、それだけで敵は虚を衝かれる。

 

 事実ドリーは驚いていて、一瞬ルフィを見失った。

 その一瞬を使って急接近すると、後方に伸ばした両腕を前へ突き出し、掌底が腹を打つ。

 ウソップの援護により、ルフィの一撃がドリーへ届いた。

 

 「バズーカァ!」

 「ごぅっ、がはっ……!?」

 「よぉし! 行けルフィ! 一気に決めちまえ!」

 「クエ~ッ!」

 

 チャンスを見出したこともあって、熱くなり拳を握るウソップが叫んだ。

 同じくカルーも翼を動かして声を発し、全力でルフィを応援している。

 

 できることはそれだけでもいい。

 その声は確かにルフィへ届いていた。

 不思議と力が漲る。彼の動きはさらにキレを増し、恐れを知らぬ姿で前へ出た。

 

 高く跳び上がるとドリーの体を見下ろした。

 本来は自分を見下ろすはずの巨体を上から眺めて妙な気分に陥る。しかし、そうも言っていられない。ドリーはすでに反応しようとしていて腕が動き出していた。

 それよりも先に、と思う。

 高速で突き出されるルフィの両手は無数のパンチとなって降り注いだ。

 

 「ゴムゴムのォ……ガトリング!」

 

 顔の前で両腕を交差させたドリーはそれら全てを受け止めた。

 防御したところで痛みは禁じ得ない強烈な攻撃。その一撃、一撃に途方もない力が込められているらしく、こうなれば体の大きさなど関係ない。拳が当たる場所に鈍痛が走った。

 痛みを伴う強烈な雨はしばしの間止まず、押し切られたことで体が倒れる。

 逃げるような素振りで再びドリーの体は倒れた。

 

 「ぬぅ……!?」

 「おおおおおおああああっ!」

 

 無数のパンチがドリーの体を殴り、打ち続け、ようやく切れ目が見えた。

 落下してきたルフィが彼の上でさらに跳び、更なる猛攻へ出ようとしたのだ。

 

 しかし一瞬の切れ目が命取りとなる。

 倒れたまま、地に背をつけた状態でドリーが剣を振るい、刃ではなく刀身を使ってルフィを殴り飛ばす。すでに空中に居た彼は回避もままならず、防御はしたが、堪えきれずに宙を飛んだ。

 

 激突した腕に痛みが走る。

 着地の姿勢を整えなければならないのだが、そんな余裕もない。

 ルフィは数秒、腕を交差させた姿勢で空を飛んでいた。

 このまま地面に落ちる、と覚悟した瞬間、そうなる前に柔らかい何かに受け止められる。ボフッと上手く力を逃がすような、上手な受け止め方だった。

 

 痛みを堪え、呼吸を乱し、目を開けたルフィの目に飛び込んできたのは白色。

 大量の紙が球体となって彼を受け止め、傍には紙の鳥に乗るキリが居た。

 

 「お待たせキャプテン」

 「ハァ、キリっ。それじゃあ――」

 「向こうは片付いた。あとはこっちの一人だけだ」

 

 空中で動きを止めたまま、ルフィとキリの視線が合う。

 同じくドリーも立ち上がって彼らの姿を視界に収めていた。

 その場には続々と麦わらの一味が集まってきて、しかしブロギーの姿は見えない。

 

 どこに居ようと姿が見えるような巨体である。ブロギーの姿が消えていた。彼だけがなぜかこの場に合流することはなく、状況は一気に変わってしまった。

 相手側は全員が揃い、ドリーだけが孤立している。

 表情を変えずにはいられず、嫌な予感が彼の精神を揺らした。

 

 「これはどういうことだ? なぜお前たちがここに……」

 「想像してる通りだよ。今頃は動けなくて困ってるんじゃないかな」

 

 柔らかい笑みを浮かべたキリの一言を受けて、ドリーの表情が一変する。

 信じられないという顔だった。だが事実この場に現れる気配はなくて。

 瞳が動揺するその時を狙い、キリが視線を送ると同時、仲間たちが動き出す。

 そうと気付かせない開戦の合図だ。

 

 キリの目がドリーを捉え、魅入られるように視線が外せなくなる。

 

 すでに彼らの弱点は見つけていた。当初はただの推測と想像でしかなかったものが、ブロギーを倒したことで確信を得ている。

 百年間戦い続けた彼らは一人の戦士としては完成されていると言えるだろう。

 だが海賊団として見た時には、完成度は全く別物のように低くなる。

 長く一人で戦い続けた結果、二人のコンビネーションは決して良いものとは言えず、それぞれが自らの敵を討つという意志しか感じない。それで勝てる相手ならば問題ないが、仮に片方が敗北した場合、理解が及ばずに動揺するのも無理はなかった。

 

 一人一人が強いからこその慢心、油断、そして不安があり得る。

 彼らを強いと判断するからこそキリは弱い部分を見ていた。

 今、ドリーは相棒が敗北した事実を受け入れ難く、自身が追い詰められる以上の不安に陥った。

 

 故に、挑発の甲斐はある。

 精神が乱れた彼ならば、言葉一つで如何なる感情をも引き出せそうだ。

 

 「案外大したことないんだね、エルバフの戦士って」

 「貴様ッ……! 我が友を侮辱するか!」

 

 今の今まで冷静だったドリーが激昂する。

 頭に血が昇り、極端に視界が狭くなり、武器を持つ手にも必要以上の力が入った。つぶさに観察すればよくわかる。それは戦闘時には必要のないものだ。

 二人の絆が、弱点に変わった瞬間だった。

 

 島には二人の巨人のみ。

 百年間に渡る孤立は彼ら自身を強くする一方、弱くもしたらしい。

 

 ドリーは駆け出した。

 荒々しい姿で周囲を気にする様子は皆無だ。視界にはキリの姿しかない。

 その間に彼の足下、先んじて仲間たちが動いており、ドリーの動きに合わせてその行動を本格化させた。やはりと言うべきかドリー本人に気付く様子はない。

 気付いていないからこそ彼らの行動も大胆にできるようだった。

 

 「特用油玉だッ!」

 

 ウソップが投げつけ、地面にぶつかって割れた玉から油が流れ出る。決して規模は大きくないが奇妙に光る油が広がり、二つや三つも投げれば巨人が相手でも問題なかった。

 気付いていないドリーが荒々しい一歩でその地点を踏みしめる。

 瞬間、ずるりと右足が滑り、本人が驚くほど姿勢が崩れて後ろに倒れかけた。

 

 右足が上がって一見間抜けなポーズになる。

 待っていたとばかりにサンジが駆け出し、残る左足へ接近した。

 

 「サンジィ!」

 「おぉし任せろ。もも肉(ジゴー)シュート!」

 「ぬああっ!?」

 

 倒れないため必死に踏ん張ろうとした左足、ふくらはぎの辺りを強烈に蹴られた。

 足がぐるんと持ち上げられてしまい、両脚が地面から離れ、驚きながらも一瞬浮遊感を感じた後に尻もちをつく。ここまでは自分自身、何が起こったかわかっていない顔だ。

 唐突にその場へ座ってしまって、きょとんとした表情。

 すかさずキリに運ばれたルフィが接近し、呆けたままの顔を蹴りつけた。

 

 「ゴムゴムのスタンプ!」

 「うごっ!?」

 

 兜の額部分を蹴りつけられ、衝撃を受けて背が倒れていく。

 ドリーは無理やりその場に寝かしつけられてしまった。

 

 「よし、全員でやるぞ! ロープを持て!」

 

 ウソップが号令を取って即座に次の行動へ移る。

 彼はカルーの足の速さを使い、倒れたドリーへ素早く駆け寄ると、投げ出された両腕にロープを巻き付け、適当な拘束ながらもそれを仲間たちに手渡した。

 縛り付ける必要はない。少なくとも今はまだ。

 

 集まった全員がロープを握った。

 対してドリーは倒れたまま。訝しみながら起き上がろうとして強く引っ張られることに気付く。

 どうやらそのロープ、一時でも彼を起き上がらせなければ満足らしい。

 

 「引っ張れェェェェっ!」

 「な、なんだ――?」

 

 視線を上げる。

 真上にはルフィとキリが居て、先程よりも高度を上げている。

 

 彼らはすでに決着をつけるため動いていた。

 翼を広げ、迷わず急降下を開始した紙の鳥に目を奪われる。

 まずいと感じるのだが、両腕を押さえられて、今ばかりは冷静な判断も下せない。予想外の展開が続いて完全に動揺が深まっていた。逃げられる状態ではないのである。

 彼は落下してくる二人を眺め、ただその時を待つしかなかった。

 

 「ゴムゴムのォ――!」

 

 ルフィの両腕が伸びる。天に向かって掌を見せ、限界まで伸ばした状態で落下してくる。

 準備を終えた後、ルフィは紙の鳥を蹴ってさらに加速し、ドリーへ近付く。

 落下の勢いを利用した攻撃は、届く前から彼に恐怖心を抱かせた。

 

 二人の距離が近くなった時、目にも止まらぬ速度で攻撃がやってきた。

 消えるかの如き速度で両腕が引き寄せられ、突き出される掌底が腹を捉える。

 

 「バズーカッ!!」

 

 地面に衝撃を走らせるほどの一撃が激突する。

 ドリーの体はわずかに跳ね、脱力して明確な隙ができた。

 

 落下してきたキリは自身が所持する紙を全て取り出し、辺りへ放ってドリーに降り注がせた。意思を持つかのようなそれらは彼の体に纏わりつき、拘束していく。

 全身を捕らえて動けなくなった。

 乱れた呼吸を落ち着けようとしながら、ようやく動けそうになった頃にはすでに遅い。

 

 揺らぐ視界で空を眺めて、ドリーは呻く。

 地面に身を横たえ、痛みが全身を駆け回り、力を入れても動けない。自由を奪われた状態だ。

 ぼんやりする思考で、自身は負けたのかと考える。

 

 こうして空を見上げる経験などいつ振りだろう。

 少なくとも、この百年の間にはない。勝負は一度も決しなかったからだ。どちらも勝たず、負けもせず、引き分けばかり続いていた。そのせいですっかり忘れてしまっている。

 勝利とは何か。敗北とは何か。

 思い出せないほど久しぶりに地に背をつけた今、彼は驚くほど穏やかな心境だった。

 

 体の上を歩いて顔の近くまでルフィがやってくる。

 彼を見上げたドリーは、にやりと口角を上げて見つめた。

 

 「どうするおっさん。もう動けねぇだろ」

 「ゲギャギャギャギャ……ガフッ、ゴホッ。ああ、そうだな……」

 

 不思議と悪い気分はしていない。

 良い戦いだったかと言われればどう答えてよいものか、判断に困る気がする。

 それでも、負けを認めず喚くような男ではありたくない。この戦いは良いものだった。いつ振りかの敗北を味わった今、そう考えた彼はふっと全身から力を抜く。

 

 反抗するつもりはない。

 自分はたった今、百年ぶりに負けたのだ。

 

 「ずいぶん、長く戦った……もうそろそろいい頃かもしれん。きっとエルバフの神はそう考えたのだ。いつまでも終わらないおれたちの決闘に業を煮やして」

 「しっしっし。そうかもな」

 「だから、そうだな……おれの、いや」

 

 ドリーが目を伏せ、静かな声で呟く。

 

 「おれたちの負けだ――」

 

 自身で認める最後の言葉。

 それを聞いた麦わらの一味がわっと喜びの声を発した。

 

 歪な形とはいえ、百年を超える長い戦いが終わりを迎える。

 今回の戦いはそう長い時間はかからず、気付けば日が落ちて夜が始まる頃だったが、全ての決着がつくには風情のある景色だったかもしれない。

 或いはドリーもそんな想いがあったのか。

 空に浮かぶ星々が、少し早く彼らを見下ろしており、リトルガーデンに静かな夜がやってきた。

 


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