真ん中山からもうもうと煙が立っている。
一度目の噴火があって少し。次の噴火が近いことを示しているのか、その様相は時間が経とうが少しも変化しようとしなかった。
その山が見える島の中央に二つの海賊団が集まっていた。
距離を置いて対峙し、戦いの直前、緊張感に包まれて静寂を感じている。
ドリーとブロギーは武器を携え、力を抜いてリラックスした状態だ。
対するは麦わらの一味。ルフィが先頭に立ち、数歩下がってキリが並んで、後方に仲間たちが立っている。皆が真剣な顔つきで程度は違えど緊張していた。
二人に立ち向かうのはカルーも含めて十人。
人数だけを考えればどちらが有利かは明白とはいえ、体長の違いが帳消しにしていた。
勝敗がどう転ぶのかは本人たちですらわかっていない。しかしどちらも負けるつもりはなく、自陣の勝ちを信じて疑わない様子さえある。
向かい合ってしばらく。
開戦の時を見計らっていた両者は静かに口を開き出した。
「エルバフの神の名の下に行われる決闘だ。覚悟はできているか」
「挑んだからには逃げ出すことは許されないぞ」
「ああ。覚悟ならもうできてる」
指を鳴らすルフィが答えた。
確かに表情には覚悟が窺えて、少し前に顔を合わせた時とは別人のよう。
納得済みの様子で二人の目を見つめ返していた。
ドリーとブロギーもそれを見て理解し、相手にとって不足はないと判断する。
「よかろう。では命懸けでかかって来い」
「手加減はなしだ」
「よぉし、やるからには負けねぇぞ。おっさんたちも覚悟はいいな?」
「ガババババ、活きが良いな」
「言った通りだろう。やはり怯えるような小僧ではない」
やるべきことはわかっている。会話はそう多くなかった。
二人が先に身構え、辺りは一瞬にして重苦しい空気に包み込まれていく。
ぐっと膝を曲げて力を溜めた途端、真ん中山が再び噴火し、耳をつんざく爆音を生み出した。
まるで開戦の合図を出すかのようだ。
普段はそこまで連続することも珍しいが、彼らの戦いを見守るかのように噴火して、その瞬間に二人が動き出し、溜めた力を爆発させるが如く飛び出した。
高く跳んで武器を振り上げ、力一杯振り下ろそうとした。
眼下には当然麦わらの一味の姿。巨大な剣と斧が空から降ってくる。
見上げる彼らは背筋を凍らせ、だが一部の者は怯えず、しっかりとその様を眺めていた。
「行くぞォ!!」
「全員散開! 回避だ!」
腕を振ってキリが叫んだことにより、全員が反射的に動き出した。
自分の数倍は大きい刃が降ってくる光景を目に、互いに助け合いながらその場を離脱する。彼らの武器はあまりにも大きく、どこに居ようと当たりかねない危険性を持つものの、一方であまりの大きさから小さな人間を狙うことは苦手な様子だった。
幸か不幸か、体のサイズが違い過ぎることが彼らを助ける要因となる。
麦わらの一味を捉え切れず、強かに地面を打った武器は思いもよらぬ爆風を生み出した。地面が全てめくれ上がるかのような衝撃が風となって辺りを駆ける。
直撃はせずとも余波を浴びてしまう。
飛ばされた彼らは木の葉のように宙を舞い、着地もままならぬ状態で地面を転がった。
「うわぁあああっ!?」
「ガババババ! 軽いなお前たち!」
「戦いの腕はともかく、体のでかさは覆しようがないぞ。さぁどうする」
奇跡的にも今の一撃を受けた者は居ない。或いは手加減した可能性がある。
それでも吹き荒れた暴風によって皆が散り散りになり、否が応でも状況は変わった。
地面を打った武器を持ち上げた二人は、如何にして決着をつけようかと辺りを見回す。
その中で唯一、即座に動き出す影に気付いた。
特に距離が近かったドリーは反射的にそちらを向く。
吹き飛ばされたのを利用して森へ入ったルフィが両腕を伸ばし、二本の木を掴んでいる。それだけならば受け身を取るためとも考えるが、伸びきった腕は彼を発射するかの如く力を溜めており、ルフィの目は一切の恐れを感じさせずにドリーを捉えていた。
その目を見ただけで伝わる。
彼が逃げ出すはずがないと理解して、ドリーは即座に迎撃態勢に入った。
「ゴムゴムのロケットォ!」
縮む腕を利用し、自らを撃ち出す。
勢いよく宙へ飛び出したルフィはドリーの腹を狙って頭突きの姿勢となる。
ドリーは余裕を持って身構えた。
「ふんっ!」
「うわぁっ!?」
向かってくる彼はドリーにとっては弾丸にも等しい。体の大きさといい、速度といい、真っ直ぐ飛ぶ様からしてもそう見えて仕方なかった。
恐るべきは、戦士としての胆力。
銃で撃たれたかのようなその状況下で、彼は一切心を乱さず、冷静に観察する。
そして高速で動いた左腕がルフィを捉え、装備した盾で強烈に殴り飛ばしたのだ。
ルフィの体は真っ直ぐ地面へ落ち、凄まじい音を立てて激突すると、土煙を上げる。
その頃にはすでに仲間たちも作戦のため、あらかじめ決めていた予定通りに動いていた。
しかし背後ではルフィが地面へ激突し、死んだのではないかというほどの衝撃、轟音が響く。心配するのも当然で、振り向く者も少なくなかった。
ビビは心配そうな顔で振り返り、目的のために走りながら困惑した顔である。
「ルフィさんっ!? そんな……」
「立ち止まっちゃだめよビビ! 私たちは自分の役目を果たすの!」
「そうですビビ様、我々はこの戦いに勝たねばなりません……!」
彼女たちは集団で走っていた。
向かう先にはジャングルがあり、姿を隠せる環境があった。
先頭を走るのはウソップ。その次にシルクが続き、ナミが居て、ビビとカルーが並ぶ後ろからイガラムがついて来る。
全員で木々の間に飛び込みながら、必死の形相でイガラムが叫んでいた。
「戦士の掟や彼らの事情はよく存じませんが、キリ君の言うことには一理ある! 我々の悲願を達成するためには彼らの力を借りなければならない! 皆で力を合わせなければ、バロックワークスを倒すことは叶わぬはずです!」
走りながらイガラムは覚悟した顔で伝える。
「生き抜きましょう! 生きて祖国に帰るのです! 国を救えるのは我々だけなのだから!」
「ええ……わかってる。わかってるわ」
「心配しなくていいわ。あいつらバカみたいに強いんだから、何があってもあんたたちをアラバスタへ送り届ける。それにね、七武海をぶっ飛ばす理由なら私たちにもあるの」
声をかけるナミに頷き返し、一同は同じ方向へ向かって駆ける。
ジャングルの中へ入ってその姿はすぐに消えた。
後ろをわずかに振り返ったシルクは不安そうに顔を歪める。
先程の広場に残った者を心配している訳ではない。もっと漠然とした、一味のあるべき形とでも言うべきか、以前とは何かが変わってしまった様子を不安に思う。
同意するのか、先頭を行くウソップが後方に居る全員へ言った。
「いいかお前ら、ルフィがやるって言ったんだ。もう考えてる暇なんてねぇ。とにかくキリの指示通りに動いて、この決闘に勝つぞ」
「だけど、ルフィは――」
「言うな。男が一度言ったことだぞ。もう取り下げられねぇんだ」
反論しようとしたシルクの声をぴしゃりと遮った時、ウソップもまた覚悟を感じさせる。ただついて来ただけの姿ではない。彼も決意した後だった。
この場で何か言うべきではないと判断したシルクはきゅっと唇を結ぶ。
後方には仲間たちを残してきた。
その方向をちらりと確認してから、彼女も思考を切り替えて前だけを見つめる。
戦いが始まった広場にはすぐに起き上がったルフィの他に三人が残った。
キリは紙を操ると鳥を生み出し、背に乗って翼をはためかせ、空中を飛び回っている。
地面にはゾロとサンジの姿があり、警戒しながらも戦意は揺らがず、ブロギーを相手に接近を試みようとしている最中。こちらは二人で力を合わせるようだ。
そしてルフィは、懲りずにドリーへ襲い掛かろうとする最中だった。
クルーの姿が減っていることには当然二人も気付いている。しかし追うつもりはない。
逃亡と作戦は別物だ。そう判断しているドリーとブロギーは去っていく一行を敢えて見逃して、向かってくる敵だけに集中する様子。
その小さな人間四人にも気を抜いてはならないと考えていたらしい。
木々を使って飛び、ドリーの視線に並ぶまで高く、ルフィが空へ身を躍らせる。
拳を強く握って腕を伸ばそうとする一瞬、ドリーの反応が間に合っていた。
後には退けない。ルフィは全力で右腕を伸ばした。
「ゴムゴムのピストル!」
「なんの!」
再び素早く左腕が掲げられ、前腕にある盾が拳を受け止める。
反撃まではコンマ数秒。
思い切り拳を弾くと同時に次は右腕が動いて、高速で振るわれる剣の腹が迫り、刃ではない部分がルフィを捉える。まるで壁が迫るような光景で、逃げる暇もなく激突した。
必死に防御しようと両腕を構え、身を縮めたが、そんな程度で防げる物ではなく。
凄まじい衝撃を全身に感じた彼は弾丸の如く宙を飛ぶ。
島の端まで吹き飛ばされるのではないか。そんな風にすら思える様子で飛んでいく彼を、ある時突如飛来した紙の鳥が受け止め、巧みに体を動かして背に乗せた。
激突の瞬間こそがくりと揺れたが損傷はない。ルフィの体はその上で落ち着く。
今度はドリーが驚く番だった。
先程から妙な人間が居るなと思っていた。それが今になって無視できない存在となる。
それが能力で作られた物と判断するまでにほんの数秒。
誰が操っているかを考えるのはそれよりも短く、辺りを旋回するキリを見てにやりと笑い、存外厄介そうなのだと気付いて剣先の向きを変えた。
「ほう、おかしな奴が居るな。あれは生物には見えんが空を飛ぶか」
「ルフィ、足場はボクが作る。気にせず戦ってくれていいよ」
「おう!」
短いやり取りを行い、即座にルフィが鳥の背を蹴った。
再び空中へ飛び出すと正面からドリーへ拳を向ける。
あくまで正々堂々戦うつもりだ。
彼らがそうしてドリーの注意を引いている間、ゾロとサンジはブロギーと対峙していた。
吹き飛ばされた距離を埋めるよう走りつつ、視線は敵の動きを警戒して、いつ仕掛けるべきかと考える思考もあったらしい。しかしそうしていたのもそう長くはない。
攻めなければ勝てるはずもないだろう。
恐れを知らぬ彼らは自ら仕掛けようとしていた。
「さっさと来いクソマリモ! 遅ぇぞ!」
「てめぇがいつまでも決めねぇからだろうが!」
ゾロは黒い手拭いを頭に巻いており、すでに両手に刀を持っていた。
前を走っていたサンジが急速に速度を緩め、ブロギーに背を向けてゾロを見る。足を止めたその瞬間に右足を掲げ、追いついたゾロが勢いを殺さず跳び、その上に飛び乗る。
体重や勢いに負けず受け止めたサンジは力を溜め、一瞬の後に蹴り出した。
「
運ぶように蹴り飛ばしたゾロは空中へ身を置き、最中に最後の一本を抜いて口に持つ。
三刀流の構えでブロギーに向かい、顔に迫ろうという頃に反撃が来た。
「ガババババ! やはり威勢がいいな、お前たちは!」
右手にある斧を振り下ろしてゾロを捉えようとした。
驚くべきことに、やはり彼らは、慌てる暇もなく反応してくる。その巨体で人間にも劣らぬ、或いは勝りすらする速度。重さも加えて脅威であった。
しかしゾロは刀を構えたまま飛び、回避を考える様子もなく斧と激突する。
三本の刀で自身の体よりも大きな刃を受け止めた。
当然受け止めきれるはずもなく、空中に居ては踏ん張ることもできずに、力で押し負ける。
ゾロの体は打ち返されるように吹き飛ばされ、体勢を整える暇もなく背から地面へ激突した。
重苦しい衝突の音を発し、滑るように数メートル移動する。
まるで地面を削るかのような動きで土煙が舞っていた。
当然の結果だとしてブロギーは笑みを浮かべた。戦士の決闘に手加減はない。力で彼を吹き飛ばしたことを勝ち誇り、斧を振り抜いた姿勢でゾロが消えた土煙を眺める。
その一瞬に、全力でサンジが駆けていた。
ゾロの体を撃ち出した直後からブロギーの足元を目指し、足の間を抜けて背後に出た。
踏み込みの動きが危険であったが注意を向けられていないことが幸いだっただろう。さほど危険を感じることもなく彼はブロギーの背面を眺める。
狙うべき場所は一つ。
地面を滑ってわずかに削りながら、なんとか勢いを殺すと足を止め、瞬時に目標を定めた。
狙いは関節。膝の裏。
全力で跳んだサンジは隙を見せるブロギーへ接近した。
「それも込みの作戦だよ!
「ぬおっ!?」
膝の裏に強烈な蹴りが当たり、勢いに負けてがくりと折れる。
ダメージは相当なものでも骨や筋肉に異常はない。だがそれとは別で、自然と関節が曲がってしまい、自分の意志とは無関係に片膝をついてしまった。
ブロギーは自らの姿勢に驚くと、彼らに一瞬の猶予を与えてしまったようだ。
土煙の中からゾロの姿が飛び出す。
ギラリと光る眼がブロギーの目を捉え、あまりの迫力に心が動いた。
彼は素早く駆け、止める暇もなく地に着いた片膝に乗り、強く蹴って跳び上がる。
胴体、もしくは首だろうか。体格差があるだけに急所を狙うのは当然の思考で、跳び上がった姿と視線から狙いの場所を推測して、だが考える前に左腕が動いていた。
これは迎撃ではなく防御。
咄嗟の判断なのかブロギーの左腕が跳ねあがり、盾を構える。
一度跳んだからには狙いが替えられず、ゾロはそのまま構えた刀を盾に向かって振るった。
「鬼斬り!」
「そうはさせん!」
ガキィン、と金属音が響いた。
衝撃が伝わるものの、巨人の肉体を揺るがすほどではなく。
押しやるようにして後ろへ跳んだゾロは宙返りをして落ちていく。どうやら一度地に足を着けて体勢を立て直すようだ。ブロギーは右手に力を込める。
今度はこちらの番だと言わんばかりに斧が振り上げられていた。
しかし振り下ろす直前、ゾロが着地した瞬間。後方に居たサンジが攻撃を繰り出す。
「
「おうっ!?」
座り込んだままだった尻が蹴り上げられる。
片足で触れただけだが、強烈な攻撃は一瞬にして無数に叩き込まれただけでなく、巨人の体をあっさりと持ち上げ、ブロギーは一瞬の浮遊感を感じた直後に上半身から地面へ落ちていく。そして両手を尻へ運んでしまったため受け身も取れぬまま。当然尻へのダメージは地面に顔をぶつけた何倍もあった。
突然の事態を横目で確認したドリーは驚きを抱き、思わず笑ってしまった。
理由はいくつかある。自分たちを蹴り飛ばせる人間が居たこと、浮かせてしまったこと、尻を押さえるブロギーの姿が滑稽だったこと。
何にしても愉快だった。愉快な決闘だ。
代わり映えの無い毎日とは違った新鮮な光景である。
大笑いするドリーは構えることすら忘れ、密かに敵への称賛を抱かずにはいられなかった。
転んだブロギーの真後ろ、爪先で地面を軽く叩いたサンジは大きく息を吐く。
煙草は銜えていない。そんな場合ではないと判断したからだ。
彼の目は冷徹な色を携えてブロギーを眺め、勝ち誇ることもなく呟いた。
「こっちにおれが居るだろうが。忘れんなよ」
「ゲギャギャギャギャ! ずいぶん間抜けな姿だなブロギー。油断でもしていたか?」
「ぐぬっ、うおっ……!? やかましいっ、少し興奮し過ぎただけだ……!」
よっぽど痛かったのだろう。斧を持つ右手は離れるものの、左手は今も蹴られた尻を擦り、立ち上がりながらも痛みに耐える表情が印象的だった。
距離を置いたまま立ち、ゾロとサンジは眼光を鋭くする。
勝負はまだ始まってもいない。これで相手が本気になった。
本当の戦いは今から始まるのだ。
「流石、おれたちに決闘を挑んでくるだけのことはある。これだけの気概が無くては戦いにすらならぬだろうからな。むしろ有難いことよ」
「確かにそうか。しかしなんとういう蹴りだ、ドリーの拳に勝つかもしれん」
「何? それは聞き捨てならんな」
「だが事実だ。まさか人間に転ばされる日が来るとは思わなかったぞ」
ブロギーはサンジを見て称賛の言葉を送る。
一方、ドリーは自身が負けたという言葉が引っかかり、ブロギーに振り返っていた。
その瞬間を見逃すはずもなく、キリが操る紙の鳥が動き、ルフィが宙へ跳ぶ。
「おれの拳が負けただと? バカを言え、それはさっきのお前が惨めだったからそう思うだけだろう。おれの拳は誰にも――」
「ふんっ!」
「がっ!?」
急接近したルフィが拳を振るい、至近距離からドリーの頬を殴った。
巨体が揺れる。
脳震盪でも起こしたのか、足元がふらつき、危うく倒れかけた。しかしすんでのところで立て直すことに成功して、大きな足音を立ててドリーの体は再び背筋を伸ばした。
痛みを堪えながら頭を振って気を取り直そうとする。
その瞬間、右腕に無数の紙を纏い、巨大な右腕を持ったキリが強烈なパンチを繰り出した。
ほんの一瞬の視界の揺れだった。それがきっかけで顔の正面を捉えられる。
顔面に受けた一撃は重く、硬く、まるで鉄の塊が激突したかのよう。
今度こそ体勢が崩され、体重が踵にかかって後方に倒れかけた。
すかさずルフィが跳んだ。
彼の周囲ではキリが操作する鳥が居て、必要があれば足場となり、危険と見れば傍を離れる。つかず離れずで足場となることに努めていた。
跳び上がったルフィは落下の勢いすら利用して両腕を後方へ伸ばす。
ドリーへ接近し、追撃を行おうとした。
しかしここでドリーの目に冷静さが戻る。
長年の経験がそうさせるのか、戦士の本能か、咄嗟に盾を構えていた。
「ゴムゴムの、バズーカ!」
「ぬぅあっ!」
突き出された掌底が盾に受け止められて、幾ばくもせず体勢も整えられた。
迎えに来た鳥の上に着地したルフィは、苦々しい顔でその場を離脱していく。
追撃が上手く当たらなかった。これが悪い方向に働く可能性もある。
やはりこの二人はそう簡単に勝てる相手ではないと再認識して、キリやゾロやサンジもまた同じ想いを抱き、姿勢を正して佇まいを変え、肩を並べる二人を見た。
ドリーとブロギーは苦戦を感じるどころか想像よりずっと楽しそうにしていた。
「ガババババ! どうしたドリー、油断でもしていたか?」
「ああ……予想外に効く。お前のパンチより重いかもしれん」
「ふん、まさか。言っておくが力では人間に負けるつもりなどないぞ」
「そうかもしれんな。だがどうやら、おれたちは自分が思う以上に油断していたようだぞ」
「確かに。それはおれも思っていたところだ」
改めて武器の握りを確認した後、二人の目付きが変わる。
今までも手を抜いていた訳ではないが、相手の戦い方を知った今、全てが同じではない。
彼らの中から迷いが消え去り、敵に対する心構えが完成された一瞬だ。
「今までの我らは謝罪する。ここからはさらに本気を出そう」
「楽しくなってきたな。さぁ、次はどう来る?」
普通の相手であれば、このまま押し切れる流れだ。予想外の攻撃やコンビネーションで一時的に彼らは驚愕し、冷静さを失っていたはず。その一瞬で勝ちを取れてもおかしくない。
この二人が恐ろしいのは、即座にその迷いを断ち切れる部分にある。
体の大きさ、持って生まれた戦闘センス、そういったものも脅威だろう。
しかしそれ以上に磨き抜かれた技術が、もはや完成された戦闘に対する心構えが、自らの油断を数秒で殺し切る強かさが、彼らを最強たらしめていた。
彼らにとっての幸運はこのまま勝利を攫えることだった。しかしそう簡単にはいかない。
それならそれで動きようはある。
当初の予定を使うのみ。その場に居る四人もまた冷静さを失っていなかった。
腕に力を入れ、目視で気付けるのはわずかとはいえ、筋肉が盛り上がった。
斧を振り上げるブロギーは地面へ攻撃を向けつつ、姿とは裏腹に静かな声で言う。
「今度はこちらから行くぞ」
強く地面を打ち、直後には刃で地面を削りながら斧が移動する。
地面を這うようにするため土煙が上がり、明確な軌跡が出来上がって、辺りに漂った。
目くらましなどではない。ただ単純に、異様なほどの体格差が戦いにくいため、地面に居る敵を狙うならばこうした方がいいと考えただけだ。
狙われたサンジはすぐに後ろへ跳び、続いて狙われるゾロも後方へ飛び退く。
一瞬で辺りの地形が変わってしまった。走って移動するのは困難なほど大きな溝ができている。
巨人にとっては大した窪みでなくとも人間には無視できない地形。
ゾロとサンジは舌打ちし、今度は彼らを狙って振り下ろされる斧から逃げ回る。
同じ頃、ドリーも剣を振り回してルフィとキリを狙っていた。
こちらの二人は空を飛び回る。そのため狙いもつけにくく、なかなか捉えることができない。
彼らの体格の違いは大きな影響を見せている。
幸いにも、巨人から見ればあまりにも小さな彼らは狙いにくく、攻撃を当てるのが難しい。
不幸にも、人間から見れば巨大な彼らはそう簡単には倒せず、攻略法が見出せない。
一進一退と言えば聞こえはいいが、要はどちらも攻めあぐねていたようだ。
海賊として暴れ回っていた頃の二人ならばいざ知らず、戦士の誇りを刺激され、戦士たれという想いで武器を振るう彼らは卑怯な手を使おうとしなかった。
それが勝負を長引かせている。
同じ程度の技量を持つ巨人とのみ戦い続け、おそらく腕は上がったが、経験は歪になった。
人間を相手にどう立ち回ればよいか、今やすっかり忘れてしまったらしい。しかし百年間に及ぶ決闘が彼らの技量を高め、心構えを完璧なものとし、常に冷静に動ける覚悟を与えた。これを切り崩すことは簡単ではないため、難しいのは相手も同じ。
しばしの間同じ状況が続く。
巨人の二人が攻撃に努め、矮小なる人間は回避行動に集中した。
状況が変わらずにどちらも決め手となる一瞬を窺っている様子である。
転機が来たのは、ドリーとブロギーがそろそろ動き出そうかと考えた頃だった。
ウソップがカルーに跨って広場に戻り、大声を出した時だ。
「キリィ~! こっちは準備できたぞォ!」
「クエ~ッ!」
ウソップとカルーの声が届き、縦横無尽に空を駆けながらキリがそちらを見た。
状況を判断する。現状、四人には余力があり、それは相手も同じだったが、先を考えれば良い状態だろう。今ここで一か八かの賭けに出るのは悪くない。
能力を使役する一方、キリがルフィに目を向けた。
気付いた彼もドリーから目を離し、キリに注意を向ける。
「合図だ。ここからはウソップがサポートに入る。問題は?」
「ない!」
「それじゃ当初の予定通りに。しばらく離れるけどすぐに戻るよ」
「わかった。キリ!」
ルフィが彼の名を強く呼んだ。真剣な視線が交わり、揺らがぬ覚悟を伝える。
「勝つぞ!」
「……うん」
力強く頷いて、二人はそれぞれ別の鳥に乗りながら同時に急降下を始める。
地面が近付くとルフィだけが飛び降り、確認するとキリは彼が乗っていた鳥をバラし、手元に戻しながら急上昇する。
向かうのはウソップが待つ方角だ。
「ゾロ! サンジ!」
「ああ、わかってる」
「遅れんなよ!」
急旋回したキリが突如ブロギーへ接近した。
視線は同じ高さ。どうやら顔を狙っているらしい。
攻撃を続けていた彼が咄嗟に防御を意識する。その瞬間を狙い、地面ではゾロとサンジも彼への接近を始めていて、それぞれの位置から攻勢へ出た。
盾を構えた瞬間に危険を感じ、雰囲気の変化を知った。
何か仕掛けてくる。
そう考えた時にはキリが迫っていて、自らの意志で迎撃を選択し、斧を振り抜く。
風を切る刃は猛然と襲い掛かるが、空中戦を得意とする彼は紙一重でその一撃を避け、傷一つ受けることなくブロギーの顔の横を通り過ぎた。
攻撃が来ると思っていた彼は虚を衝かれて目を見開き。
その時にはすでに足元にゾロとサンジが居て、彼らの攻撃が飛んできた。
「猛進! 猪鍋シュート!」
「龍巻き!」
「ぬうあっ!?」
両足の脛に強烈な一撃。耐えようのない痛みが走る。
彼らは鍛え上げた肉体を持っていたが、格闘家ではなく、部位ごとに鍛えた訳でもない。何より彼らの攻撃は鍛えられた人間の肉体にすらダメージを与える。
強烈な蹴りが骨に響く痛みを与え、斬撃を伴う衝撃波が螺旋を描いて肌を裂く。
この痛みに耐えることはたとえ戦士であっても難しい。
ブロギーは悲鳴を上げ、思わず逃げるように跳び上がった。
その隙に三人は踵を返し、ウソップが来た方角へと向かい始めたのである。
「いっでぇぇぇ~!?」
「ウソップ、ルフィを頼んだ」
「任せろォ!」
駆け出したカルーに乗って、ウソップがドリーへ向かっていく。そちらではすでにルフィが戦い始めていて一騎討ちの様相だ。
援護のため、今ばかりは怯える様子もなく駆けつける。
カルーが走る速度も気にせず、パチンコを手にして構え、弾を撃ち出し始めた。
その間にゾロとサンジの二人がジャングルへ飛び込んだ。
キリだけは高度を上げてブロギーの目の高さにまで到達し、木々の上から彼へ振り返る。
来い、と言うかのようだ。
今しがた手痛い反撃を受けたばかり。見逃すという手はあり得ない。
ブロギーは彼らを追うことを決め、重々しい足音を奏でて走り始めた。
振り返ったキリが再び背を向けて空を飛ぶ。
この瞬間、想像通りだ、と彼は勝機を得ていた。
戦士という肩書を持ち、その誇りを抱く彼らはそこらに居る海賊とは生き方が違う。だからこそ次の行動が読み易い。敵を逃がさないからこそ誘き出すことも簡単だ。
誇りがあるから強くなり、だが時として弱点にもなる。
やると決めたならどこまでも冷徹に、冷酷に。
目を爛々と輝かせるキリは冷たい眼差しでブロギーへ振り返った。
突然翼を開いて振り向いた紙の鳥を注視して、何か来るのだろうとブロギーが警戒する。
まだ追いつけてはいない。彼は想像以上に逃げ足が速かった。
しかし立ち向かう覚悟ができたのなら十分。
正面からぶつかり、撃破する。その覚悟で斧が構えられた。
「ようやく反撃か! さあ行くぞ! 薙ぎ払ってくれる!」
キリは動きを止めて滞空していた。
雄々しく叫び、ブロギーが真っ直ぐ駆ける。
すでに斧は構えていつでも攻撃を繰り出せる状態。距離が詰まれば一瞬で勝負を決められる。決して間違えてはいない自覚があって、勝負を決めにかかる動きだった。
その時、彼が目を離していた足元で変化があった。
ジャングルの中は視界が悪い。鬱蒼と生い茂る木々が視界を遮り、高い草むらが物を隠す。
そこに潜んでいたのは先に森へ入った面々だ。
ブロギーが彼らの前に足を置いた瞬間、突如地面が陥没し、がくんと全身が揺れた。
巨人の足を捉えるほどの大きな落とし穴である。
右足が嵌ったブロギーは呆然として、信じられないといった顔でまだ理解が追いつかない。もう百年以上生きているが、落とし穴に嵌った経験は初めてだった。
無理やり体勢を崩され、両膝を地面についてしまう。
まだ理解できていない様子の彼に、すかさずゾロとサンジが背後から接近した。
身を隠しただけの価値はある。もはや避けられる暇などない。
「
「おうっ!?」
自らの脚力で跳び上がったサンジが、背中を連続で蹴りつけた。
形容し難い威力と衝撃にブロギーの体が倒れていく。
彼は思わず両手をついてしまい、一瞬動きが止まった。
続いてゾロが彼の背中に飛び乗り、さらに跳んで、頭にかぶった兜を狙う。
三本の刀を振り上げ、落下の勢いを利用しながら全力の一撃を叩き込む。
「虎狩りィ!」
「おおうっ!?」
ガィン、と奇妙な音がして、頭突きをするように額から地面にぶつかった。後頭部を殴りつけられたのである。そうなるのも当然で今度こそうつ伏せに倒れた。
頭をぶつけた拍子に地面についた両手も離れてしまったらしい。
彼の体は完全に地面と触れていた。
それを確認してからキリが飛来する。
自身が乗っていた紙の鳥も加え、隠し持っていた大半の紙を使い、ブロギーの首の後ろに巻き付けるようにして拘束し、両手首に枷のように巻き付け、端を地面へ突き刺す。
即席ながら拘束具だ。
硬化されたそれは簡単には抜け出せず、また無理やり押しのけるには姿勢が悪い。ブロギーは辛そうに歯を食いしばって、無駄と知りながら力を込めた。
右足は落とし穴に嵌り、首の後ろと両手首を押さえられた。
それだけでは終わらない。木々の間から現れた仲間たちが全員でブロギーに殺到したのだ。
ウソップとカルーを除いた代わりにゾロとサンジを加え、総勢六人。
互いに力を貸し合いながら巨大な丸太を、蔦を使って作られた長いロープを運び、巨大な彼の体を拘束し始める。体に巻き付け、地面に丸太を打ち付けて杭代わりにし、肘や膝、関節を捕らえて逃げられないようにきつく結んでいく。
まるで工事現場のような様相だった。
あらかじめ決めていた通りに素早く動いて、その光景は見る見る内に完成していった。
どんどん動けなくなるブロギーは不安を募らせ、表情を変える。
顔の正面には地面があり、周囲を見ることもできない。屈辱的な姿勢で押さえられていた。
そんな状態のまま、近くからキリの声が聞こえて、姿を見ることも叶わぬまま声を出す。
「自分が強いと自覚してる奴ほど、足元を掬い易い。君の敗因はボクらを恐れなかったこと。それともう一つ、一対一の決闘に慣れ過ぎて相棒を頼らなかったことだ」
「くそっ、なんという侮辱……! 討ち取られるならばわかるが、まさかこれで勝ったと言うつもりか! それならばせめておれの首を取れ!」
「思い上がるなよ巨人族。理想ってのは実力が伴う者のみが口にできる“現実”だ。戦士の誇りを自慢したいなら敵に勝ってからにしろ」
「ぐぅっ……!」
「負け犬は正義を語れない。ここはそういう海だよ」
どうやら顔の傍までキリが歩いてきたようだ。
近くなった声が平坦な様子で伝えてくる。
「ボクらは戦士じゃない、海賊だ。勝負事に卑怯なんて言葉は存在しない。毒を盛ろうが闇討ちを仕掛けようが、勝った人間だけが胸を張って生きられる」
より一層声が冷たくなる一方、彼は穏やかに微笑んでいた。
「今ここにあるものだけが事実。キミの負けだ」
ブロギーが強く拳を握る。
その頃になれば彼の拘束はほとんど完了していて、紙の代わりに両手や首まで蔦を巻き、今や全身が縛られている状態となっていた。
完璧に動きを封じられた状態のブロギーを置き、キリが歩き出す。
振り返ることもなく拘束のための紙を回収し、それでもブロギーは動けない。
勝敗は決していた。
負けた本人が何と言おうと、何を想おうと、今更動くことはできず、殺してはならないというルールがあるため死を乞うたところで無駄。一行はその場を離れようとしている。
誇り高き決闘はどこへ行ったのか。
苦心する彼の脳裏にキリの言葉が刻み込まれ、悔しさに支配され、ただ自分の無力さを嘆き、這いつくばったままで後悔する他なかった。
己の力が、足りなかった。
敗北の味を思い出して、ブロギーは呻くことすらできなくなる。
敵に背を向け、先頭に躍り出たキリが歩き出す。
浮かぶ笑みは飄々としているが末恐ろしく、何を考えているのかまでは見透かせない。
それでも仲間たちは後ろへ続いた。
「さあ、もう一人だ。勝ちを取りに行こう。もうこの戦いに負けはない」
確信を得た様子で呟く彼に背筋が凍る。
一体どこまで見えているのか。
周囲にある顔は複雑に歪むものの、一部はすでに覚悟もしていて、彼の後ろに続くことも躊躇わない。キリの真後ろにはゾロとサンジが続いていた。
一行は来た道を急いで戻り、ドリーの下へ向かう。
そこではきっとルフィとウソップ、カルーが戦っているはずだった。
彼らを助け、勝利を得る。
そうなるまであと少しの問題。もはや迷っている時間さえない。
急ぐ一行はブロギーを置き去りに、ひたすら真っ直ぐ走り続けた。