ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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決闘

 最初の激突で、島が怯えているかのようだった。

 駆け抜けた衝撃の波が見る者に驚愕を与え、体だけでなく心を震わせる。

 それは巨人であるか否かを排除しても、余りある迫力を持った、誇り高き戦士の決闘だった。

 

 見ていたルフィが背からゆっくりと倒れ込んでいく。

 受け身も取らずに大地に倒れ、隣に居たビビが慌てて顔を覗き込む。

 

 「ルフィさんっ!? ど、どうしたの?」

 「いやぁ……まいった」

 

 呆然とした顔で小さく呟き、それでも二人の戦いから目が離れぬまま。

 海賊弁当に舌鼓を打っていた時とはまるで別人。何もかもが違っている。圧巻とも言えるその迫力には恐怖ではなく尊敬の念すら抱いていた。

 ルフィは目を丸くして、純真なままに言葉を口にする。

 

 「でけぇ」

 

 たった一言。

 ぼんやりしているだけでなく小さなそれはビビにだけ聞こえ、絶叫するイガラムやカルーの耳には届いていない。その前に二人が激突する音でかき消されていた。

 

 振り下ろされた斧が盾に受け止められる。

 姿勢を低くしたドリーが防御の一方、剣を握る右手に力を入れていた。

 重い一撃を受けた左腕に途方もない衝撃が走り、常人ならばとっくに潰されている。体勢が崩れて地面へ転がり、次の一撃で勝負は決しているだろう。だが長年渡り合ってきたドリーは正面から受けきり、さらにその体勢から反撃へ出ようとしていた。

 

 左腕を振って斧を弾き、直後に前へ踏み出して突きを繰り出す。敵の急所、首を狙った一撃。当たれば間違いなく勝負は決する。

 だがその攻撃を素早く構えた盾で受け流し、弾かれ、今度はドリーが体勢を崩した。

 筋力は互いに同程度。ならば勝負を決するのは力ではなく技である。

 

 全身のバネを使ってその場で跳び上がり、好機と見たブロギーが大上段から斧を振り下ろした。

 受ければ死。その一撃を目にして、ドリーは敢えて前へ出る。

 

 着地と同時に繰り出される攻撃。

 大地が揺れ、凄まじい音がしていた。

 剣を引く暇がなく、盾も間に合わない、そう判断したドリーは己の兜で斧を受けたのだ。頭突きの要領で正面からぶつかりながら、直後には上手く体を捩って力を逃がし、今まさに触れていた刃を受け流す。死を間近にした、刹那の判断による行動だった。

 ブロギーの攻撃を回避したドリーは、止まらずに彼へ突進を仕掛け、決死の覚悟で突っ込む。

 

 兜を着けたまま頭突きを叩き込む。しかも頭ではなく腹にだ。

 倒れ込むようなその動きは受け止めるには少々重く、体をくの字にしたブロギーは倒れ、続いて転がるようにしてドリーも地面へ倒れる。

 

 しかし寝転がっていたのはほんの数秒。

 瞬時に起き上がった二人は同時に武器を振り、互いの得物を激しく激突させた。

 

 「オオオォ!」

 「ガババババ! 冴え渡るなドリーよ! そう来なくては!」

 「おう! 海賊弁当とやらを食って力が漲るわ!」

 「なんの、おれも数年ぶりの酒で英気を養った! 今日こそは勝ちを頂く!」

 「ぬかせ! 勝つのはこのおれだ!」

 

 剣と斧が激突し、けたたましい音を発して、大気が揺れて衝撃波が駆ける。

 重々しい音が見る者の心まで震わすよう。

 素早く、的確に急所だけを狙う激闘は凄まじい迫力であった。

 

 一撃を受ければ死に至る。そんな緊張感が戦う激闘。

 繰り出される全てが必殺であり、些細な迷いで人生が終わるという時間が続いていた。

 

 遠目に眺めていたウソップはぶるりと震える。

 その衝撃に、一つ一つの轟音に、本能が刺激される気がした。海賊である前に男として生まれた意味を問われる気さえして、その姿にかつてない羨望を抱く。

 これだ。これだったのだ。

 膝を笑わせていたはずの彼の顔に笑みが浮かんで、畏怖と共に強い憧れがあった。

 

 訳も分からず、ウソップは独りでに動き出す口から言葉を吐き出した。

 

 「すげぇ……これだったんだよ、おれがなりたかった物は」

 「ウソップ? あんた、どうしたの?」

 「全部の攻撃が急所狙いの一撃必殺も、兜で斧を受けて避けんのもどうかしてるけどよっ。でもそれ以上に、おれはあんな戦士になりたかったんだ。勇敢なる海の戦士に!」

 

 両方の拳を握って、興奮した面持ちでそう語るウソップは子供のように純粋だった。

 純粋に憧れ、自身もそうなりたいと考え、彼の目は輝きを取り戻していた。

 同じ場所から眺めていてもナミには理解し難い考えだ。確かに二人の戦いには凄まじい迫力があるのは認める。しかし友と殺し合う感性には理解を示せない。

 

 もっと平和的な解決策はないのか、と思うのはきっと自分だけではないはずだ。

 ナミの目が座り込んだまま動かないキリを捉える。

 キリは何も言わず、ただ静かに二人の戦いを見守るだけだった。

 

 小さく嘆息する。

 味方になる訳ではないようだと気付いて、彼女は呆れた顔でウソップへ問いかけた。

 

 「つまり、巨人になりたいってこと?」

 「違う! お前何を聞いてたんだ! 何を見てたんだ!」

 「何って、そのままを見たつもりだけど」

 「これが真の戦いなんだ。おれが求めてた物だ。例えるなら、あの二人は自分の胸に戦士という旗を一本ずつ掲げてる。その旗は決して折られたくねぇもんなんだ。それこそ命より大事な」

 「ふーん……」

 

 納得していない顔のナミはつまらなそうに戦いを見るが、ウソップは対照的な表情。

 心底嬉しそうにしながら腕を組む。

 まるで自身も肩を並べるように胸を張って。

 

 「だから百年間もぶつかり続けてきたんだ! わかるか? これは紛れもなく、誇り高き戦士たちの決闘なんだよ! まさにこれなんだ。おれが目指していた物は」

 

 そう呟いたウソップはナミの視線にも気付かず、巨人たちを見つめて弾む声で告げる。

 

 「今になってようやくはっきりした形になった気がするよ。おれはいつかこういう誇り高い男になりてぇ。あの二人のような勇敢なる海の戦士に」

 「勇敢なる海の戦士、ねぇ」

 

 今一つピンと来ていない様子でナミがぼんやり呟く。近くに転がっていた丸太に腰掛け、自分の膝に頬杖をついて、退屈そうにしていた。

 女性には賛同が得られない話なのだろうか。

 やれやれと首を振ったウソップは呆れた顔になり、仕方なくキリへ振り返る。

 

 「まったく、どうしてわからないんだ。かなり分かり易く教えてやったろ」

 「べつに~。興味ないもん、私」

 「キリ、お前ならわかるだろ、おれの言いたい事」

 「ん?」

 

 今までぼーっとしていたキリがウソップの声に気付き、彼の方を見る。

 いつも通りに見えてどこかおかしい。そんな様子だったが二人とも指摘しようとはしなかった。

 

 「いや、悪いけどあんまり同意できそうにないかな」

 「キリも私と同じ意見だって」

 「え~? なんでだよ、男なら誰だって憧れるだろ。戦士の生き様だぞ」

 「理解はできるよ。そういうのが好きな人が居るんだろうとも思ってる。だけどどうしても、もったいないなぁって」

 「もったいない?」

 「仲間同士で殺し合いなんてさ、そんなの、やっぱり羨ましいとは思えないよ」

 

 そう言って苦笑する彼にハッとした。

 キリには仲間を失った過去がある。その上で、ブロギーが言った言葉を覚えていた。我が友にして生涯最高の好敵手。心から認めた相手と剣を合わせる、その興奮と物悲しさ。どちらも理解できる気がして、だが彼にとっては虚しさの方が勝るらしい。

 

 「ウソップは、ルフィと本気で殺し合うことになったらどうする?」

 「いや、それは……考えたくもねぇけどさ」

 「ボクにとってはそっちの方が大問題だ。誇りを捨ててでも守りたい物がある」

 

 姿勢を崩して座り直して、また表情が緩くなった。

 まざまざと変化を目にするが心配する心もあり、二人の表情がわずかに歪む。

 

 「でもやっぱりもったいないよ。あんなに元気なのに殺し合うなんてさ」

 「もったいないとか、そういう話じゃねぇんだよ。これは誇りの問題なんだ。きっとあの二人は誇りを捨てた瞬間に、自分が死ぬことより辛い想いをするんだぞ」

 「やめさせられないかな」

 「そりゃ無理だろ。止めていいもんじゃねぇし、何より本人が納得しねぇ。男同士の決闘だぞ」

 「エルバフの掟、か」

 「百年も続いた死闘だぞ? おれたちが何か言って止まるもんじゃねぇってことさ。そりゃ確かにおれだってあれほど偉大な二人を失うのは惜しいが、これは見守るしかないんだ」

 「掟に従えばいいんだよね?」

 

 少し弾むような声色で、様子が変わってキリが笑っていた。

 彼がそうしている時は悪いことを考えている気がする。

 何とも言いようのない不安に苛まれ、冷や汗を垂らしたウソップは恐る恐る尋ねてみた。

 

 「なぁキリ、つかぬことを聞くけども、変なこととか考えてねぇよな?」

 「変なことかはわからないけど、色々考えてるよ」

 「ちなみに今は?」

 「そうだね。巨人の怒らせ方とか、勝ち方とか」

 「は?」

 「決闘で物事全部決めてるなら、決闘で決めるしかないんじゃないかな」

 

 軽々しい様子でひどいことを言っている気がする。

 嫌な予感がしたウソップは焦り出し、味方だと思っていたナミまで顔色を変えた。

 

 「お、おいおい、変なこと言い出さねぇよな? そりゃわかる、お前の気持ちはわかる。あの二人が死ぬのを惜しいと思うのは至極当然のことだ。でもそれぞれ事情がある訳だからさ」

 「そうよ、変に口出ししないのが一番。手紙渡すんでしょ? あの二人にかどうかはわからないけど、とにかくこの島に住んでる人の話を聞いて、さっさと島から出ましょ」

 「見てなくていいの? 盛り上がってきたよ」

 

 キリが指し示して観戦を促した。

 咄嗟にウソップはそちらに目を向け、恐る恐る二人の戦いを見るものの、心ここに在らずという顔をしていて。ナミもまた何かが始まる予感がして不安を募らせる。

 その場においてキリだけが緊張感のない姿だった。

 

 彼らがそうして話している間も二人の戦いは激しさを増す。

 体を動かす内に、疲労が溜まって精彩を欠くどころか、さらにキレが増していたようだ。

 

 強い踏み込みで身を沈め、溜めた力を一気に爆発させるようにドリーが前へ跳ぶ。鋭く突き出す剣がブロギーの腹を狙っていたのだ。しかしブロギーは正面から盾で受け止め、踏ん張った両足をわずかに滑らせるも、負けることなく押し留める。

 動きの止まった一瞬ににやりと笑った。

 お返しとばかり、横薙ぎに振るう斧でドリーの眉間を狙う。

 

 生か死か、一瞬の判断で決まる。

 危険なその刹那を好いているかのように、不意にドリーが笑う。

 彼は迫る刃を目撃して、強く左腕を振り上げた。

 

 「せぇいッ!」

 「ぬうあァ!」

 

 横から迫る斧を下から殴り、力ずくで無理やり跳ね上げさせた。これにより軌道が変わってわずかに兜を掠り、九死に一生を得る。そして次は反撃のチャンスだ。

 即座に体勢を立て直したドリーは、振り上げる剣で姿勢の悪いブロギーの腕を狙った。

 

 関節に目を付け、切断しようという狙いである。

 気付いたブロギーは手の中で柄を動かし、刃の付け根を握った。

 

 「もらうぞブロギー!」

 「んんん、なんの!」

 

 振るわれる剣に対して、すんでのところで斧が間に合い、刃で受ける。

 まるで拳で受けるかのように、ギリギリのところで受け止めた。だが柄を短く持ったことで手に走る衝撃が凄まじく、耐え切れずに指が離れて宙を舞った。

 攻撃を防いでも斧が飛んでしまい、再びの危機に見舞われたのである。

 

 体勢が崩れて身の危険を感じる。

 好機と見るドリーはさらに前へ進み、冷や汗を垂らしたブロギーは、敢えて前へ出た。

 両者は互いに接近し、必殺の覚悟で腕を伸ばす。

 

 ドリーの剣が顔を狙って振るわれた。わずかに首を動かしたブロギーは慌てず、冷静に見据えた上で動き、真似をするように兜でそれを受ける。金属同士が触れ合う耳障りな音の後、巧みな動作で兜の上に刀身を泳がせて受け流した。

 ほんの一瞬、わずかとはいえ隙ができる。

 今度はブロギーが左腕を思い切り振り抜き、ドリーの右手を殴りつけた。

 

 「うおおっ――!」

 

 盾を使って剣を持つ手に攻撃を与え、痛みによって表情が歪む。しかし剣は取り落とさない。勢いよく腕が振るわれたことで姿勢が悪くなり、たたらを踏む。

 すかさずブロギーが硬く握った右拳を振り抜いた。

 斧を手放そうとも戦意は折れず、むしろ負けん気が一層強くなった様子。

 体勢の悪いドリーの頬を打ち抜き、彼の巨体を殴り飛ばした。

 

 全体重を預けたパンチは半ば飛び込むようで、勢い余ってブロギーまで転んでしまった。

 倒れ込んだ二人の体が多くの木々を薙ぎ倒していき、わずか数秒で地形が変わって、島の生態系において上位に位置する巨大な恐竜さえ尻尾を巻いて逃げ出していく。

 

 その戦いは島の全土を更地に変えかねない、そうなってもおかしくない壮絶さだ。

 ルフィとウソップがそれぞれ違った場所に居ながら拳を握り、強い熱を感じながら見入る。

 

 腕をついて起き上がり、ほぼ同時に相手へ飛び掛かった。

 倒れた拍子にドリーも剣を手放してしまって無手となっている。

 二人の戦いは肉弾戦へと移行していたようだ。

 武器を手放した今となっても決闘は中断されず、決着を求めて拳を振りかぶる。

 

 先にブロギーの拳がドリーの頬を捉えた。

 全身を使い、上手く体重を乗せたパンチが左の頬を殴り飛ばし、わずかに姿勢を崩すものの、苦しげにしながら耐えた彼は強く地を踏みしめて反撃に出る。

 今度はドリーの拳がブロギーの腹に突き刺さった。

 ドスンと重みを感じる一撃で、低く呻いたブロギーは思わず息を詰まらせる。

 しかしどちらもダメージは二の次で、一撃でも多く相手に叩き込むため、動きを止めなかった。

 

 一進一退の攻防。その姿にはパワーがあり、スピードがあり、テクニックがある。

 ただの殴り合いとは呼べぬほどの迫力と、美しさとは違う、比較的泥臭い印象だが、それでも見る者の目を釘付けにする魅力が溢れていた。

 

 強く踏みしめた足を軸足にして、腰を捻りながら猛烈なパンチを繰り出す。

 互いの肉体に突き刺さったそれは気が遠くなるほどの衝撃であり、両者に足を引かせた。

 

 「うおっ、おおおおっ……! す、すげぇ!」

 「いけぇ~おっさん! 負けんなぁ!」

 

 別の場所に居るウソップとルフィが同時に叫んだ。きつく拳を握る彼らは二人の戦いに興奮している面持ちで、今や片時も目を離せなくなるほど熱中していた。

 見ているだけで熱くなるのだ。それぞれが自身と出会った人物を応援していた。

 

 そうとは知らぬまま、不意にドリーがにやりと笑った。

 殴られた箇所が痛んで、一瞬たりとも気を抜けない激闘で集中力が摩耗し、全身を鈍い疲労感が包み込んでいる。同程度の実力者と戦わなければこうはならないだろう。

 同じくブロギーも心地良い疲労感に包まれ、静かに口の端を釣り上げた。

 足を止め、拳を構えたまま見つめ合う二人は数秒のやり取りを始めたのだ。

 

 「この戦いも長くなった……そろそろ決着をつけようではないか」

 「おう。お互い、故郷が恋しくなってきた頃だろう」

 「エルバフへ帰るのは、おれだ」

 「いいや、勝利は譲ってもらう。故郷へ帰るのはおれの方だ!」

 

 強く踏み出し、同時に駆け出した。

 一瞬の内に距離を詰めて拳を突き出す。全く同じタイミングだが、結果は少し違っていて。

 ドリーは辛くも迫る拳を避け、ブロギーは盾を使って拳を受け止める。

 この差異がほんの少しの違いを生み出した様子である。

 

 鍛えた上に慣れているとはいえ、正面から盾を殴る羽目となったドリーの顔に違和感が生じ、右手の拳に少なからずの痛みを感じる。

 隙だと判断するには十分な時間だっただろう。

 即座にブロギーが左腕を振るって盾を動かすと、振り払われるようにしてドリーの腕が動いて、体勢を崩したため明確な隙が生み出された。

 

 その瞬間、両足で地面を蹴ったブロギーが頭を前にして飛び込んだ。

 笑みを浮かべた状態でドリーに頭突きを喰らわせ、互いの兜が激突する。

 

 ガツン、と大きな音だった。

 ただでさえ巨大な体で彼の方が体積も大きい。とても受け止められる物ではなく、ドリーは激突の痛みを感じながら背から倒れ込み、その上にブロギーが倒れ込んだ。

 

 滑るように動いて木々を倒し、動きが止まると同時。

 自身の真上に居るブロギーの肩を掴んだドリーは、倒れた状態から彼を投げ飛ばした。

 巴投げの要領である。

 足を使って重い体を押し上げて、勢いそのままに宙へ放り投げた。巨人が自身の意志に反して宙を舞うのはまさに圧巻。ブロギーは驚きの声を発していた。

 そして冷静さを取り戻す暇もなく背から落ち、密林が一部、景色を変える。

 

 地震と間違えるほどの大地の揺れだった。

 ブロギーが落ちた衝撃で観戦していた者が驚き、ルフィは手に汗握って笑うが、興奮していたはずのウソップを含め、ナミやビビは小さな悲鳴を発する。

 人間の戦いなど比べ物にならない。それを見る目は素直な驚愕を示していた。

 

 「ぬぅ……!」

 「おおおおっ!」

 

 背から落ちたブロギーが立ち上がる頃、先に駆け出したドリーが彼へ肉薄する。

 拳を強く握り、これで決める心積もりだった。

 反射的に目を光らせたブロギーが体を起こした時、両者は最後の一歩を強く踏みしめる。

 

 攻撃のタイミングは全くの同時。

 繰り出したパンチが顔へ突き刺さり、言いようのない痛みが全身を駆け巡る。

 

 相手の顔に拳を触れさせたままで、わずかな静寂があった。

 両者は沈黙し、立ったまま動かなくなった。

 沈黙が途切れたのは数秒の後。

 ぐらりと体を揺らしながら、二人の体はゆっくり倒れていく。

 

 「7万3466戦――」

 「7万3466引き分け、か……」

 

 ドリーとブロギーは同時に倒れた。

 疲労感から動く気が失せ、また決着がつかなかったことを悔しく思いつつも、不思議と晴れ晴れした想いもあり、気分は悪くない。

 天を見上げて大の字に寝転んだ彼らはとても大きな声を響かせ、笑った。

 

 「ゲギャギャギャギャ! また決着つかずか!」

 「ガババババ! やはりしぶといな、友よ! 今日こそはと思っていたのに!」

 

 今の今まで手加減無しで本気の殺し合いをしておきながら、決闘が終われば笑い合える。そんな関係がもう百年以上も続いていた。彼らにとってはこれが当たり前だ。

 むくりと起き出し、その場に座る。

 彼らが倒れたことで辺りは開けた場所に変わっていた。

 二人は笑顔を向け合い、互いの健闘を称えながら、今は友として語り始める。

 

 「そう言えば酒を飲んだと言っていたな。客人か?」

 「そうだ。チビ人間に頼んで分けてもらってな。おれたちには小さいが、その一口は格別だぞ。まだ残っているからお前にも分けようと思うのだが」

 「おお、それは有難い。実はこっちにも客人が居てな。海賊だそうだ。海賊弁当と恐竜の肉を交換したのだが、これが格別だった。まぁ量は少ねぇがな」

 「ああ、同じ船の仲間だろう。こっちは船を見つけたんだ」

 「そうだったか。いやしかし酒とは有り難い。もう何年口にしていないのだろうな」

 「ガババババ、すぐに呑めるぞ。では一度こちらへ来てくれ」

 「客人に感謝を。有難く譲り受けるとしよう」

 

 慣れた様子で会話をして、立ち上がった二人は共に歩き出す。

 いつ以来かは思い出せないが、かつてと同じく肩を並べ、ブロギーの家へと向かい始める。

 

 仲が悪い訳ではない。かと言って一言に良いと言うほどの関係でもないのかもしれない。

 彼らの関係はエルバフの者にとっては当然でも、異なる国で育った者には理解し難い物だろう。

 それでも、命を賭けた戦いと、決闘が終われば肩を組むことすら躊躇わない姿が、ウソップという人間に与えた影響は計り知れないほど大きな物だったことは事実だ。

 


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