ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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小さな庭の住人

 ルフィは目の前にある風景に目を輝かせていた。

 鬱蒼と生い茂るジャングル。木々を薙ぎ倒しながら歩く巨大生物、恐竜。

 動植物の全てすら規格外のスケールを誇り、目に付く全てに感動して、疼き出す体を押さえられそうにない。彼は今にも駆け出しそうだった。

 

 前方にゆっくりと首をもたげ、木の天辺にある葉を食す恐竜が居る。

 大きく、雄大で、思わず目を惹かれる存在。それは生命の神秘を感じるに相応しかった。

 

 見上げるビビとカルー、イガラムは足を止めてピクリとも動けずにいる。だがルフィはそうではない。興奮を抑えられない彼は止める暇もなく動き出す。

 両手を伸ばして木々を掴み、縮む勢いを利用して跳び上がったのだ。

 

 「しっしっし! 恐竜ってでっけぇんだなぁ~」

 「あっ、ちょっと、ルフィさん!?」

 

 慌てたビビが声をかける頃には彼は恐竜の頭の上に着地する。

 素知らぬ顔で食事を続ける恐竜の上で仁王立ちした。

 

 本人よりも見ている方が悲鳴を上げる。

 下手をすれば攻撃されてもおかしくない状況で、悠長に景色を眺めている場合ではない。一帯にはその一匹だけでなく群れが居たらしく、よく見れば近くにも数匹存在している。すでに頭の上に立っているルフィにも気付いていて、不安を抱くのも当然。

 ビビとイガラムは心配からルフィへ声をかけていた。

 

 「早く降りてルフィさん! 怒らせちゃだめ! 危ないわ!」

 「ふざけている場合ではないぞルフィ君! これは命に係わる!」

 「いやぁ~いい眺めだなぁ。こいつらこんな風に見えてんだな」

 「そんなこと言ってる場合じゃなくて……!」

 「おまえらも早く来いよ」

 「行けるかァ!?」

 

 声を揃えて叫ぶ一方、やはりルフィに降りる気はなく、辺りをきょろきょろ見回して観察する。

 そこからは島の地形が一望できた。

 目に付く特徴がいくつか視界に入り、一つ一つ確認して小さく頷く。

 

 「あれって火山だよなぁ。それになんか穴ぼこの開いた山まであるぞ。変な島だなぁ~」

 「ルフィさんっ、いい加減にしないと――!」

 「他の恐竜も気付いている! 早く離れないと危ないぞ!」

 「なぁおまえ、メシ食ってねぇで向こうまで連れてってくれよ。草なんてうまくねぇだろ?」

 「お願いだから話を聞いて!?」

 

 恐竜の上でしゃがみ込んだ彼は、硬い皮膚をぺちぺち叩いて声をかけ始める。あまりにも軽々しい態度は友人と接するようにも見える様子だ。

 痛みを感じるほどの力ではないとはいえ、それとは別に恐竜が反応してもおかしくない。

 必死にやめさせようと騒ぐ二人の声を聞かず、ルフィは尚も恐竜に話しかける。

 

 「物は相談だけど、おまえあそこまで連れてってくれねぇか?」

 

 器用に上体を伸ばし、左手で帽子を押さえながらルフィが恐竜の目を覗き込む。

 見えてもおかしくない位置に来たのだが、そもそも興味がないのか、恐竜はそちらを確認しようともせずに木々の葉を食すのに夢中だった。おかげでルフィはううむと唸る。

 

 「そんなケチなこと言わずにさぁ、連れてってくれよ。あっちだよあっち」

 

 無数の穴が開いた奇妙な山を指差し、呼びかけるも、やはり無視をされてしまう。

 苦い顔になったルフィは伸ばした上体を戻して頭の上に戻った。

 

 ぐらりと揺れる。

 首を動かした恐竜は再び木の天辺にある葉に噛みつき、引き千切るようにして食べる。

 やはり聞いてくれる様子はない。

 仕方ないと、ルフィが頭を振った。 

 

 言葉だけでは聞いてもらえそうにない。それならと、両腕を伸ばして恐竜の首に巻き付け、力を入れてぎゅっと引っ張ったのだ。

 当然恐竜は苦しげに息を詰まらせ、口の中にあった葉を吐き出した。

 

 想像通りに動く人間ではないと知っていたが、流石にそこまでは予想外。

 地上に居るビビとイガラムは怒りを滲ませて絶叫していた。

 

 「そっちじゃなくて、ほらこっち」

 「あ、あっ、アホかぁぁぁっ!?」

 

 苦しそうだったことで咄嗟にルフィが手を離す。悪いと思ったらしい。

 ただ、そう思った時には大人しいはずの種であるその恐竜は、苛立ちを感じていて。

 ギロリと目つきが変わった瞬間を、地上に居た二人と一匹が目撃していた。

 

 「あ、わりぃ。いやでも――」

 「ルフィさん、逃げて!」

 「すぐにこちらへ! 今すぐ逃げなければ!」

 「クエーッ!」

 

 必死に騒ぐその最中、恐竜が首を動かし、ポンとルフィの体を跳ね上げた。

 突然の行動だった。為す術もなく空中へ放り投げられたルフィはおおっと声を漏らして、怯えるどころかワクワクした様子で笑みを浮かべ、落下する体が回転する。

 そして一拍遅れて恐竜が大口を開けていることに気付き、直後に口の中へ飛び込んだ。

 

 呆気なくも一口で食べられたのである。

 見ていてぞっとするだけでなく、背筋が凍る想いだ。

 ルフィが死んだ。食われた瞬間を見たために恐竜を目にした瞬間以上の恐怖に囚われる。

 

 どうすべきかと考えることさえままならず、反射的に彼の名を呼ぼうとした時。

 一際大きい、地響きを聞いた。

 

 ズズンと大地が揺れる感覚。自身とは違った誰かの足音。どこからか突如やってきたそれは圧倒的な存在感で二人と一匹を驚かせ、嵐か台風か、それ以上の恐怖を伴って現れた。

 一足飛びで素早く接近。間合いに入ると同時に、全力で剣が振るわれる。

 鈍く光る長大なそれは時を感じさせずに恐竜へ近付き。

 瞬きさえ許さず、長い首を切り飛ばした。

 

 鮮血が舞って首が飛ぶ。長いそれはくるりと回りながら地面に落ちようとしていた。

 その中からルフィの姿が現れる。

 食道を通り、滑り台を滑るが如く、帽子を押さえて平然と宙へ躍り出た。何が起こったのか本人はわかっていないようで、不思議そうな顔をしている。

 

 落ちていくルフィを受け止めるべく左手が差し出される。

 慌てる様子もなく彼を助けたその手は、切り捨てた恐竜すら遥かに凌駕する、巨人だった。

 

 「ゲギャギャギャギャ! 久しく見ない活きの良い人間だな! 歓迎するぞ、客人よ!」

 「でっけぇおっさんだなぁ~。人間か?」

 「人間か、と来たか。ゲギャギャギャギャ! おれを見て怯えん人間は初めてかもしれんな」

 

 巨人は、兜を被り、右手には剣を、左手には盾を装備して、逞しい肉体の首元には青いマントを身に着けていた。まさしく戦士という言葉が似合う外見である。

 豪快に笑う姿は男らしさを感じさせ、言葉にはできない力強さがあった。

 恐竜を超える巨体に加えて凄まじい迫力だ。

 彼は肩に剣を担ぎ、左手の掌に乗るルフィを見て答えた。

 

 「我こそはエルバフ最強の戦士、ドリーだ!」

 「おれはルフィ。海賊だ」

 「おおっ、海賊か。まぁそうでなければあの首長に盾突こうとは思わんか。チビ人間だというのに面白い小僧だ」

 「おっさんもおもしれぇ奴だな。でけぇしイカス兜だ」

 「ゲギャギャギャギャ! 正直な奴だ、気に入った! ここまで恐れを知らぬ奴だとはな!」

 

 掌の上だが堂々と背筋を伸ばして、腰に手を当てて立つルフィに何かを見出した様子。

 天を見上げたドリーは豪快に笑った。

 それを見たルフィも気負うことなく上機嫌にしていた。

 

 突然の出会いながら彼ら二人は平然とした様子であっても、近くで一部始終を見ていた彼女たちは平静ではいられず、高鳴る心臓の鼓動が落ち着く様子すら見られないまま。

 ビビは力が抜けてへたり込み、カルーはあまりの衝撃に気絶寸前で倒れ込んでしまった。

 イガラムは咄嗟に冷静さを取り戻し、彼女の傍に膝をついて心配する。

 

 「ビビ様っ、お気をしっかり」

 「巨人族……噂には聞いてたけど、初めて見た」

 「ええ、私もです。それも、あの恐竜を一太刀で両断するとは」

 

 ルフィが無事だったことに安堵しつつも、驚愕の波が中々引かない。

 二人はカルーを心配する一方、巨人のドリーとルフィの動向を気にしていた。

 

 ずいぶん仲良くなっているらしい。焦りを募らせる二人をそっちのけに彼らは悠長に話して、とても大きな笑い声が辺りに響き渡っていた。

 襲われる心配は無さそうなのは嬉しいが、すぐに落ち着けと言うのも無理がある。

 

 巨人族、特にエルバフの戦士という名は世界中に轟いている。

 寿命は人間の三倍はあり、成長速度は二分の一。巨大な体は十数メートルにも及び、長い手足は辺りの環境を破壊するのも簡単で、特に名を上げた彼らは広く知られている。彼らエルバフの戦士の行いにより巨人族は野蛮な種族だと思われているほどだ。

 

 今ここで暴れられたら敵うはずがない。そんな心配もある。

 至近距離で向き合っているルフィがこの場に居る全員の生命線であった。

 頼むからドリーを怒らせるなと、心配の目が向けられる。

 

 「この島に来た客人は久方ぶりだ。お前たちおれの家に招待しよう」

 「ほんとか? じゃあおっさん、恐竜肉食おう。あ、でも海賊弁当もあるんだったな」

 「んん? 海賊弁当? 美味いのか、それは」

 「当たり前だ。おれの船のコックが作ったんだぞ、うまくねぇわけねぇじゃねぇか」

 「ほう、それは興味があるな。ではどうだ、おれが取った肉を分けてやるから、お前の言うその海賊弁当、交換しちゃみねぇか?」

 「そりゃいいな。よし、そうしよう!」

 「お前たちも来い。どうせ人間には食い切れねぇほどの肉があるんだ、一緒に食え」

 

 そう言ってドリーは上機嫌に笑って、ビビやイガラムに視線を落とした。

 何もルフィにだけ言っている様子ではないらしい。

 これから一体何が起こるのか。不安に駆られて思わずビビがカルーを抱きしめるが、彼はまだ先程の光景によるショックが抜け切らず、泡を吹いて倒れたままだった。

 

 

 *

 

 

 その大きな焚火は、彼らにとっては火災のようで。

 巨人にとっての小さな焚火を前にして、人間とはこれほど違うのかと、価値観の相違や改めて体の大きさを確認して、驚きも一入と言ったところだ。

 キリ、ナミ、ウソップの三人は巨人の家へと招かれ、食事をご馳走になるところだった。

 

 彼らの前に現れたのは巨人族の男、ブロギーと名乗った。

 丸々としているが強靭な肉体にわずかな鎧を纏い、穴の開いた山に無骨な盾と斧を立てかけ、角のついた兜を被り、マントを身に着けている。

 戦士然とした姿で、どことなく愛らしさも感じるがまさに強者。

 ウソップとナミは心底怯えて、縮こまって先程から口を閉じたままだ。

 

 ブロギーは現在、久しぶりに会う人間と語らうため、恐竜の肉を焼いている。

 丸焼きにしただけのそれは料理とも呼べず、豪快な様。

 緊張する二人の横に並んで、すっかり焼けた肉を眺めるキリはのほほんとした顔だった。

 

 「そろそろいいだろう。さぁ焼けたぞ、客人。ぜひ食ってくれ」

 「ありがとう。それじゃ遠慮なく頂こうかな」

 「ん? そっちの二人はどうした?」

 「二人とも食べないの?」

 「い、いえ、ちょっと食欲が……」

 「もうちょっとしてからで……」

 

 青ざめている二人は動き出さない。仕方なくキリだけが動いて、自身の数倍はあるだろう巨大な肉から一部分だけを切り取り、それにしても大きいが、肉の塊にがぶりと噛みついた。

 多少硬い気もするが肉汁が一気に口内へ広がる。

 これはこれで悪くない。頬を緩めるキリは幸せそうだ。

 

 ナミとウソップが信じられないといった顔で彼を見るが、ブロギーは満足そうにしている。

 彼はメリー号から譲り受けた酒樽を指先で持ち、ぐいっと煽って中身を飲み干した。

 体が大き過ぎて量は少ない。しかしいつ振りかさえ忘れた酒の味は極上だった。

 

 ぷはぁっと一言。にんまり頬が緩む。

 たったそれだけで酔うはずもないとはいえ、久しぶりの酒に気分が良くなり、客人も気前が良いため何年振りかというほど上機嫌である。

 ブロギーの目は心底嬉しそうに小さな人間たちを眺めていた。

 ちらりと見上げたキリが気付いたらしく、口元に付いた油を拭いながら顔を上げる。

 

 酒をくれと言うから分け与えた。その甲斐はあったと言っていいだろう。

 食事の手を止めた彼から語り掛ける。

 

 「美味しいんだね、恐竜の肉って。想像したこともなかったけど案外イケるよ」

 「気に入ったか。この島にはいくらでもある。いくらでも食ってくれ」

 「でもちょっと大き過ぎるね。ウチの船長ならまだしも、全部は食べられないや」

 「ガババババ、それは仕方ない。お前たちチビ人間とは体のでかさが違うからな」

 「だから悪い気もするよ。ボクらならその酒樽一つで結構満足だったりするからさ」

 「ああ、確かに。だが久しく酒を口にしていなかった。ただ味わえただけでも嬉しいんだ」

 

 空になった酒樽を置き、次の一つを持ち上げた。

 ブロギーは遠くを眺めて静かに言う。

 

 「この島に居るのはおれともう一人のみ。稀に外から人間が来ることもあるが、人間には過酷な環境らしくてな。大概は外へ出ることなく死んでいったよ」

 「恐竜が居るくらいだからね。無理もないか」

 「時折寂しくもなるし、特に酒は恋しくなる。この一杯がとても至福だ」

 「そんな想いまでしてなぜここに? イカダでもなんでも作って外へ出ればいいのに」

 「ああ……」

 

 ブロギーの目はキリを見下ろす。

 

 「離れられない理由がある。おれはここで、決闘をしているのだ。もう百年にはなるか」

 「ひゃ、百年!? 巨人の寿命ってどんだけあんだよっ」

 「それじゃ、百年もここで決闘を?」

 「そうだ。あそこに山が見えるだろう」

 

 思わずウソップやナミも口を挟んだ。するとブロギーがある方向を指差す。

 大きな山がそびえ立っている。

 人間にとっては巨大なそれも巨人にとっては大したサイズではないのだろう。胡坐を掻いて座っているが大きな物を見る目ではなく、平然と話した。

 

 「真ん中山だ」

 「あれは、火山?」

 「あの山はよく噴火する。それを決闘の合図として百年、この島で決闘を続けてきた。これまでで7万と3465戦、全て引き分けに終わっている。決着がつくまでは村に帰れない」

 「どうしてそんなことを……」

 「掟があるからだ」

 「掟?」

 「そう、戦士の掟だ」

 

 いつしかウソップやナミも真剣に話を聞いていた。キリも表情が変わっている。

 ブロギーはそんな彼らへ語って聞かせた。

 

 「我らの村、エルバフには掟がある。互いに引けぬ争いがあった時、エルバフの神の審判を受けるのだ。エルバフの神は常に正しい者に加護を与え、生き残らせるからな」

 「神の加護を? それと決闘にどんな関係が」

 「神の加護を受けるために、決闘で勝負をつける。簡単に言えばそういうことだ」

 

 ブロギーの言葉にナミは絶句した。どうやら理解を得られなかったようだ。

 

 「どんな掟よ。ただの喧嘩で百年もこの島に居たの?」

 「まぁ、理解はできんかもしれん。だがおれたちはそうして育ち、そうして死ぬ」

 「戦ってる相手は? 知らない相手じゃないんでしょ」

 「我が友であり、生涯最高の好敵手よ」

 「どうしてやめないのよ、友達同士で殺し合いなんて。別にやめようと思えばいつだって――」

 「いや……おれはわかる気がする」

 

 戸惑う様子のナミに対して、呆然とするウソップが呟いた。

 ブロギーを見上げてわずかに汗を掻き、上手く言えない感情の奔流が起こる。

 

 その時、彼が真ん中山と呼んだ火山が激しく噴火した。

 決闘の合図だ。

 顔を上げたブロギーの様子が一変する。目つきが鋭くなり、温厚そうな顔が変わって、纏う雰囲気が今までとはまるで違っていた。

 変化の様を見ていたウソップは体を震わせる。

 

 「理由とか、そういうんじゃねぇんだ、戦う理由は」

 「そう。誇りだ」

 

 立ち上がったブロギーは己の斧と盾を持ち、ゆっくり歩き出す。

 一歩踏み出す度に地面が鳴き、動植物が動き出して、辺りの風景が一変する。

 見送る三人は圧巻とも言える姿に息を呑んだ。

 

 向こう側からもう一つの人影が見える。

 彼らが知らない、真ん中山を目指して進んだドリーがブロギーの正面へ立った。

 

 島の中央で向かい合う二人。

 どちらも戦士であり、誇りを胸に武器を携える者。

 これまで決して手を抜いていた訳ではない。彼らは常に死ぬ気で、真剣に戦ってきた。それでも決着がつかなかったのは死力を尽くした結果が引き分けだったからである。

 

 「理由など、とうに忘れた!!!」

 

 同時に動き出した両者が武器を振るう。

 ドリーが剣を振り下ろし、ブロギーが斧を振り抜く。

 それらは真正面から互いの盾によって受け止められて、凄まじい衝撃が大気を揺らす。

 再び、命を賭ける決闘が始まった一瞬だ。

 


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