ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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リトルガーデン編
太古の島“リトルガーデン”


 レンズの向こうに島の姿を確認する。

 徐々に近付いてくる影は確かな物で見間違うはずもなく、少し胸が高鳴りもしていた。

 自身の変化を如実に感じているということだろう。

 双眼鏡を下ろしたビビは、後ろへ振り返って仲間たちを見た。

 

 航海に慣れている彼らはいつも通り。

 ルフィとウソップはカルーと共に騒いでいて、ゾロは昼寝、ナミは椅子に腰かけて本を読みながら寛いで、他の面子は船内に居るらしい。

 

 晴れ晴れとした日に穏やかな時間。

 すっかりいつもと感じるようになった光景を見たビビはくすりと微笑んだ。

 

 「ルフィさん、島が見えたわ。前方に次の島よ」

 「なにぃ!? ほんとかぁ!」

 「おいおい待てビビ、そういう時海賊は絶対にこう言うんだ」

 「し~ま~が~見~え~た~ぞ~!」

 「こうやって大声で仲間に知らせるんだぞ。おまえも海賊なんだから、そろそろ慣れろよ」

 「えっと、私、海賊……?」

 

 苦笑しながらビビが二人を見ていると、声を聞きつけた面々が甲板へ出てくる。

 また一つの航海を終えた。グランドラインは東西南北の海に比べて過酷な環境にあり、天候や波の動きが変わり易く、航海が難しい。また海に潜む生物の種類や体長も違っている。島が見えるまでにも様々な困難があって、ようやく一息つけるのかと皆が安堵していた様子だ。

 

 ナミは自身が持つエターナルポースの指針を確認し、納得した顔で頷く。

 前方にある島は目的地に間違いない。

 傍にサンジやシルクがやってきて、彼女の安堵を確認しながら声がかけられる。

 

 「間違いないわね。あれがリトルガーデン」

 「手紙、届けなきゃいけないんだよね」

 「見たところ人気が無さそうな島だが……ほんとに人なんか住んでんのか?」

 

 近付いてくる島の姿に気付き、多少の違和感を抱き始める。

 最初に言葉にしたのはサンジだった。

 見るからに巨大な木々が島の全景を覆い尽くし、港が見えずに人の気配を感じないどころか、見える木の形さえ奇妙に思えて不気味な様相を感じる。

 少なくともこれまで見たことのある島とは異なる姿だ。

 

 まだ少し距離があるとはいえ、どことなく不穏な空気を感じる。

 特に臆病だと自称するウソップとナミは嫌な予感を感じ始めていた。

 

 船上にある表情は様々で、それぞれその島に対する感想も違っているらしく、ただ純粋に楽しそうにしている者も居れば、何を考えているかわからない者も居る。

 中でもキリは欄干に腰掛け、何を言うでもなく笑みを湛えていた。

 しばらくすると不安そうなビビが近付いてきて、少し思い悩む声で彼に質問する。

 

 「キリさん……前から思っていたんだけれど、私たち、このまま進んで大丈夫なのかしら」

 「どういうこと?」

 「だって、バロックワークスはこの一味の動向を探っているはずでしょう? どこかで待ち伏せしているかもしれない。前の島では何もなかったけど、次はどうなるか……」

 「それなら心配はいらない。待ち伏せも奇襲もないよ」

 

 予想とは違い、キリは思いのほかはっきりと告げた。

 不安そうにしていたビビだけでなく聞いていたサンジやナミでさえ首をかしげる。

 

 「どうしてそう言い切れるの?」

 「バロックワークスについて、よく知ってるからだよ。ボスの指令でオフィサーエージェントを集めたのはボクだ。戦い方も能力も知ってる。一組、二組来たところで害にはならない」

 「え……!?」

 「ボスもそのことは承知してる。だから手を出してこないんだ」

 

 ビビの反応は大きく、はっきり驚愕が表れるほど。よっぽどの事実を知ったのだろうと想像するのも容易くて、傍から見ていて気付くのも簡単だった。

 気になったサンジがビビへ尋ねる。

 

 「ビビちゃん、何を驚いてるんだい? そのエージェントってのは強い奴らなのか?」

 「ええ……バロックワークスでは、Mr.5からMr.1ペアまでをオフィサーエージェントと呼んで、組織ではトップクラスの実力者。Mr.0がボス、つまりクロコダイルだから、クロコダイルに次ぐ実力者たちが並んでいることになる」

 「つまり幹部ってことか」

 「Mr.6以下、フロンティアエージェントでも手が出せない案件にのみ指令を受ける、その多くが謎に包まれた人たちよ。まさかキリさんが集めただなんて」

 「選別したのはボスだ。ボクは集めるよう言われて交渉しただけ、誰にでもできるよ」

 

 涼しい顔でそう言う彼は笑っていて、近付く島を眺めていた。

 

 「伝言があったでしょ。あれはボクらに追手が出されないことを意味しているし、同時に宣戦布告でもある。敵はボクらがアラバスタに到着するまで待ってるんだ」

 「アルバーナで、待つ……」

 「そこに全戦力が結集される。ボクらを叩き潰すためだけに」

 

 背筋がぞっとした。

 秘密結社であるバロックワークスの総力は知られていない。

 それでも、内部から情報を集めていたビビやイガラムにとって、その言葉がどれほどの恐怖となり得るか、間近で聞いている海賊たちは理解できない。

 

 同時に平然と語るキリにも驚きを隠せなかった。

 おそらく彼はビビやイガラム以上に敵の規模や強大さを理解しているはず。しかし恐れる様子は微塵もなくて、その平常心こそが恐ろしくも感じられた。

 

 「急がなくてもいいってのはそういう意味さ。ボクらがアラバスタに到着するまで絶対に内乱は起こらない。内乱が本格化するのは、ボクらと戦うその時だ」

 「どうして、そう言い切れるの……?」

 「ボクならそうするから。それとボクがそうするように指導したのが、あのクロコダイルだよ」

 

 笑みを浮かべたまま肩をすくめる彼に言葉を失い、彼女たちは顔を見合わせる。

 納得できるような気がする一方、少し複雑でもある。

 

 敵対している相手の元懐刀。

 彼が居るおかげで敵の手の内を知り、この先の行動を先読みして、作戦を予想することもできるとはいえ、やはりそれだけではすっきりできない何かがある。

 アラバスタの出身であるビビやイガラムだけでなく、話を聞いていた仲間たちも同じらしい。

 

 彼の強さの理由を知って、なんとも言えない気持ちを抱く。

 それを理解しているのかキリは多くを語ろうとしない。

 彼らの方へやってくるルフィやウソップを視界に捉えながらも、ふと笑みを薄めて呟いた。

 

 「そういう訳だから、無理して急いだっていい結果にはならない。それなら多少時間をかけてでも着実に前へ進んで、こっちもその間に準備しとかないとね。急ごうが遅れようがどのみち反乱が起こるのはボクらが到着したタイミングなんだからさ」

 「妙な状況だな。反乱を止めに行くはずが、おれたちが到着した時を狙って起こるのか」

 「そんな……それじゃあ反乱を止める方法はないの?」

 「いや、止める方法ならある。それこそボクらが止めないと」

 

 話している最中にルフィとウソップがやってきた。

 どこか真剣に話している顔ぶれを見て不思議そうにもしている。しかしどちらにせよ、二人の表情はそれぞれ違っていて、到着と共に何気なく声をかけた。

 

 「何の話だ?」

 「これからのことさ。頑張らなきゃねって」

 「ふぅん」

 「それよりおまえら、あれ見たか? なんかヤバそうな島だぞ……」

 

 青ざめた顔になったウソップが恐る恐る言い出す。

 隣に居るルフィが上機嫌な笑顔であるのを見るとあまりに対照的。

 いつものことで、上陸前に怖気づいたといったところだろう。

 

 「なんか見たことねぇ形の木とかよお、トカゲみてぇな顔した鳥とかよお、全体的な雰囲気とかにしてもよお、明らかにおかしいとこなんだ。あれは上陸しない方がいいんじぇねぇかなぁ……」

 「サンジ、弁当作ってくれ」

 「弁当?」

 「ししし、海賊弁当」

 

 笑顔で肩を揺らすルフィがサンジの名を呼ぶ。

 振り返った彼の表情は何を伝えたいかが明らかで、サンジとウソップが同時に表情を変えた。

 

 「冒険のにおいがするっ」

 「やれやれ、了解」

 「ちょっと待ってくれ! みんなには黙ってたんだが、実はおれは不治の病と言われる“島に入ってはいけない病”で――」

 「知ってるよ。でも死んだことなんてねぇだろ?」

 「キリ!」

 「もうどうしようもないね」

 「そんなぁ~!?」

 

 怯えるウソップを尻目に、メリー号は着実に島へ近付いていく。

 距離が近くなると島内へ続く川を見つけた。

 舵を切ったメリー号は川へ侵入し、足を止めずに島の中まで進む。鬱蒼と生い茂る深い森が間近に見えて、臆病でなくとも危険な雰囲気は感じられた。

 

 そこは見るからに未開の土地、いわゆるジャングルであった。

 幹が太い樹木が数え切れないほど立っていて、どこもかしこも緑で覆われ、耳を澄ませば数多くの鳴き声が聞こえ、大自然という言葉が嫌と言うほど似合う状態にある。

 少なくともナミやウソップは危険を望んでいなくて、嬉しい風景ではないらしい。

 それでも周囲の光景は彼らに恐怖心を与えているようで、確実に近くまで危険が迫っていると、そう考えずにはいられない心境に変わっていた。

 

 うずうずしている様子のルフィは欄干から身を乗り出して、キッチンに姿を消したサンジを待っている。彼の弁当を受け取れば今すぐにも飛び出していくだろう。

 彼ほどではないが楽しみにしている顔の者も居て、怯える者ばかりではなかった。

 

 船を進めて、どれほど経った頃だろうか。

 唐突にルフィが大声を出して、その声にさえナミとウソップの肩がびくついていた。

 

 「あっ! あれ見ろよあれ!」

 「ひぃっ!? て、てて、敵襲か!?」

 

 足を震わせながら振り返るウソップの目に飛び込んだのは、体長三メートルはあるだろう巨大な虎だった。顔を見た途端に凄まじい迫力を感じて思わず絶叫する。

 しかしどうやら様子がおかしかったようで。

 ウソップが気付く暇すら与えず、虎はよたよたと数歩進んだ後、川の傍で倒れてしまう。

 全身が血に濡れていて、もはや手の施しようがないほどの傷を負っていたのだ。

 

 「んなっ、なっ、なんちゅうでけぇ虎っ!? しかも全身血だらけじゃねぇか!」

 「あり得ないっ。ジャングルの王者が倒れるなんて、この島、絶対普通じゃない!」

 「あいつでっけぇなぁ~。食ったらうまいのかな」

 「呑気なこと言ってる場合かっ!?」

 「ルフィ、この島絶対危ないわよ! 舐めてかかると痛い目見るんだからね!」

 

 二人の忠告も聞かずにルフィは島を見つめていて、もはや彼を止めることは不可能。

 ナミとウソップはさらに悲鳴を大きくしていた。

 

 とはいえ、どちらにせよその島に用があって来たのである。どれだけ危険な環境であろうが上陸しない訳にはいかず、自らの身を守るためにも頼み事は聞いてやらねばならない。

 海賊島で受け取った、老婆からの手紙を島の住人に渡す。

 それをしっかり覚えているシルクが言った。

 

 「二人とも落ち着いて。この島に居る人を見つけて、手紙を渡さなきゃいけないから、どっちにしても上陸はしなきゃいけないよ」

 「う、それはそうだけど……」

 「確かに危険そうな島だよね。上陸するメンバーは選んだ方がいいかもしれない」

 

 そう言って何気なくキリを見る。

 頭を使う状況では大抵彼が指揮を執るものだ。信頼もしている。しかし視線に気付いた彼はシルクの目を見ると、苦笑して肩をすくめただけだった。

 

 少し様子がおかしい気がする。今日に始まったことではなく、少し前から。

 いつからとはわからないが感じ始めた違和感を覚え、シルクの表情はわずかに曇った。

 

 空気が停滞しかけた時になってキッチンからサンジが出てきた。両手には複数の包みを持って、どうやら全員分の弁当を用意したらしい。

 ぐるりと全員の顔を見回し、状況を確認してからである。

 各々違った表情なのを確認した上で声をかけた。

 

 「おら野郎ども、ご所望の弁当だ。有難く食え。ナミさんとビビちゃんとシルクちゃんには愛情が詰まったスペシャル弁当を♡」

 「ありがとうサンジ」

 「サンジさん、カルーにもドリンクを頂けるかしら」

 「ああ、いいぜ。もちろんさ」

 

 にやけた顔のサンジにビビが声をかけた。

 朗らかな笑顔を見てさらに頬が緩むものの、一方でその発言にイガラムが顔色を変える。

 嫌な予感を感じたようだ。

 

 「ビ、ビビ様、カルーのドリンクを心配するのは構いませんが、何かお考えなのですか? できれば早まったことは言い出さないでください。ここは危険が多そうですから――」

 「ルフィさん、私も一緒に行っていい?」

 「やはりそう来ましたかっ!?」

 「おう、いいぞ」

 

 イガラムの驚きもそっちのけにルフィがあっさり頷いた。

 慌ててイガラムがビビの前に立ち塞がり、心配から熱心な説得を始める。

 

 「お待ちくださいビビ様! それにルフィくん! 護衛としてビビ様を危険な目に遭わせるわけには参りません! ここは大事を取って船で留守番を……!」

 「いいじゃねぇか、ビビが行きてぇって言ってんだから」

 「なりません!」

 「ねぇイガラム、心配してくれるのは有難いわ。だけどもう子供じゃないの。自分の身くらい自分で守れるし、バロックワークスにだって潜入した。守られるばかりじゃないわよ」

 「しかし!」

 

 心配性の彼を納得させるのは容易ではなく、それでもビビはにこりと笑って言う。

 

 「大丈夫よ、カルーも一緒だもん」

 「クエッ!?」

 「あの、本人すごくびっくりしてるんだけど」

 

 いつの間にか連れていかれる予定だったらしく、初めて聞かされたカルーが驚愕する。口をあんぐり開けて目が飛び出さんばかりの表情、明らかに怯えている顔だ。

 ビビは気付いていないだろうが、見ていたシルクは苦笑した。

 

 そう言われてはイガラムも少し考え込む。

 カルーはビビの相棒。長く苦楽を共にしている。

 戦いを好まない性格であることは知っていて、ビビに対する友情や愛情もあり、普段は臆病だが心の内には強い勇気も秘めている。超カルガモという種であるため足も速い。もしもの時は彼女を連れて逃げるだろう。そういう意味では信頼している。

 だからと言って快く送り出すのも難しかった。

 

 「ぐぬぬ、確かにビビ様のお言葉もわかりますが……! しかし私は心配で心配で!」

 「いいじゃないか。行かせてあげなよ」

 

 しばらく黙っていたキリが口を開き、いくつかの視線が彼に向く。

 イガラムを見るキリはそっと船の前方を指差した。

 

 「そんなに心配なら自分で守ればいいだけの話さ。それに、船が安全とは思えないけどね」

 「は?」

 「ちょっと待てキリィ! 今のは聞き流せないぞ! メリーも安全じゃないのか――!?」

 

 動揺したウソップが大声を出したその時。

 森の木々が次々倒壊していき、重々しい足音と共に、船の前方に巨大な生物が現れた。

 メリー号にも劣らぬ体躯、二足歩行のトカゲ、と言うべきか。とにかく巨大で獰猛そうな顔つきの生物が進行方向へ躍り出て、鋭い牙をギラリと光らせるのである。

 

 当然、驚かないはずがない。

 ウソップとナミが悲鳴を発して、ビビやイガラム、シルクが息を呑み、ルフィは笑顔で目を輝かせながらその存在に見入っていた。

 

 「ギャアアアアアッ!? 出たぁ~っ!?」

 「きょ、恐竜!?」

 「恐竜!? すんげぇ~なぁ~!」

 

 それぞれのリアクションは異なっていた。

 初めて見る恐竜。絶滅したとも語られていたその存在は彼らに大きな驚きを与え、ある者には純粋な恐怖心を叩き込み、ある者には冒険心を刺激させ、皆の視線を一身に受ける。

 大口を開けて、どう見ても彼らを餌と認識している様子だった。

 

 名称さえ知れない恐竜を、そのままにしておけない。

 身を守るためには排除する必要があるだろう。

 

 怯えた様子もなくゾロが駆け出す。

 手はすでに刀の柄を握っていた。敵は巨大だが、大きさなど気にしていないらしい。

 甲板を蹴り、鱗にも近く硬質な皮膚を視認したところで、素早く刀を抜いた。

 

 鮮血が舞う。

 身を捩った恐竜は悲鳴のような声を発し、力が抜けてその場へ倒れ込む。

 大量の水を跳ね上げて川の中に横たわった。

 ゾロは倒れた体の上に着地、納刀する。一瞬の勝負だったが肝を冷やす一場面で、船上では静かに胸が撫で下ろされ、大きく息を吐く者も少なくなかった。

 

 「こりゃあ……でけぇトカゲか? 食えるんなら大収穫だが」

 「しっしっし、恐竜肉もうまそうだなぁ~。サンジ、晩飯に取っとこう」

 「そうするか。だがその前に船を停めねぇと。船底に穴でも開いたら厄介だぞ」

 「そりゃそうだっ。おぉいみんな、急いでメリーを止めるぞ!」

 

 サンジの一言に驚いたウソップが冷静になり、全員へ指示を出して船を停める。メリー号は錨を下ろして川の真ん中で動きを止め、倒れた恐竜の間近にあった。

 船体に傷が付くことは免れてウソップもほっと一息つく。

 

 状況は整い、ひとまずの危険は去った。

 海賊弁当を詰めたリュックを背負い、嬉しそうなルフィが皆を見回す。

 

 「よし、そんじゃ早速上陸だ。行くぞキリ!」

 「先に行ってて。後で追い付くよ」

 「え~なんで?」

 「手紙を取って来ないと。ちょっとだけさ」

 

 呼ばれたキリは笑顔で躱す。

 ルフィは不服そうにするものの、ほんの一瞬のことで、すぐに考え直して表情を変えた。

 視線の先はカルーの背に跨ったビビへ向けられる。

 

 「んん、わかった。後で絶対来いよ。ビビ、もう行けるか?」

 「ええ」

 「それじゃ行くぞ。冒険だ!」

 「暗くなる前には帰るから」

 

 ルフィとビビを乗せたカルーが飛び出し、陸地に降り立って元気よく駆け出した。

 その様を見て、一歩遅れたイガラムが慌て出し、彼もまた急いで欄干を蹴って船から降りる。

 

 「お、お待ちくださいビビ様! 私も行きます! なんとしてもお守りせねば!」

 「ふふ、イガラム早く」

 

 イガラムも加わって三人と一匹、早くも鬱蒼と生い茂る植物の向こうへ姿が消えた。

 残る者も考え始める。

 船に残るか、上陸するか。全員が離れるのも考え物だが島の規模が知れない。遠目で見た限りではかなり広そうにも感じて、町も見当たらない、そんな島で人を探すには人数が必要になる。

 シルクがちらりとキリを見るも、やはり彼は指示を出そうとしない。

 彼は言葉通り手紙を取りに船内へ向かった。

 

 己の判断で動いたゾロが恐竜の上から陸地へ飛び移る。

 無事に着地すると首を回し、辺りを見回して呟いた。

 

 「おれも散歩でもしてくるか。退屈はしなさそうだしな」

 「あ、待ってゾロ。私も行くから」

 

 咄嗟に言ってシルクが飛び移る。彼の隣へ追いつき、一緒に行こうとした。

 大した反応こそないもののゾロに突っぱねる様子はない。

 彼女が来るまで待ち、隣に並んでから口を開く。

 

 「別におれ一人で大丈夫なんだがな」

 「恐竜のことは心配してないよ。でも道がね」

 「またそれか」

 「いい加減自覚した方がいいんじゃないかな。もうみんな知ってるよ」

 「うるせぇ」

 

 軽口を叩きながら歩き出し、二人がジャングルの奥へ進もうとする。

 その背へ手を振ってサンジが声をかけた。

 

 「おい待て待てゾロ、おまえ散歩ついでに食料でも探して来い」

 「あ? 肉ならそこにあるだろ」

 「バカ言え、肉だけが食料じゃねぇんだ。とにかく食えるもん取って来い。あ、シルクちゃんもついでに見ててくれるかな?」

 「うん。探してみるよ」

 「仕方ねぇな。ボンクラコック君が見つけられねぇやつを取ってきてやるよ」

 「ちょっと待てコラァ!?」

 

 やれやれと言わんばかりに歩き出すゾロの背へサンジの怒鳴り声が飛ぶ。

 また始まった、とシルクは頭を抱えてしまう。彼らはいつもこんな調子で喧嘩を始める。有事の際には力を合わせるが、それ以外は大体こうだ。

 振り返ったゾロとサンジが睨み合い、気付けば剣呑な雰囲気が漂っていた。

 

 「おれに何ができねぇって? 口の利き方には気をつけろよクソ野郎。むしろ食料確保に関しちゃおまえの方がお荷物じゃねぇのか」

 「事実だろ。現におれは肉を獲った」

 「おれならあの倍は獲れる」

 「ならおれはその三倍だな」

 「上等じゃねぇか。口だけかどうか、狩り勝負で決着だ」

 「ちょっと、二人とも」

 「本気でやってもいいんだろうな?」

 「当然だ。負けた時の良い訳にはできねぇぞ」

 「そりゃこっちのセリフだ」

 

 シルクは嘆息する。

 いつも通りと言えばそれまでとはいえ、こうも変わらないと尊敬さえできる。

 島の危険な環境など顧みず、二人は我先にと歩き出し、その後ろからシルクが続く。どうやら監督役は彼女が務めるようで、別行動ではないことにひとまず安堵した。

 

 妙な空気を纏って姿を消す三人を見送って、甲板に残っていたウソップとナミが溜息をついた。

 同時に息を吐き出して、互いの存在に気付き、見つめ合うこと数秒。

 

 気付けば自分たちしか残っていない。戦闘力に不安が残るメンバーが二人だけだ。互いにそう思っている上に自覚もあるため、瞬く間に不安に苛まれてしまう。

 絶望した顔でウソップがナミを見つめ、泣きそうになりながら声を絞り出した。

 

 「頼りねぇ~……」

 「それはこっちのセリフよ!」

 

 自覚はあるが、あまりにも失礼な一言にナミが怒鳴った。

 直後に二人して重苦しい溜息を吐き出し、がっくり項垂れて脱力する。

 

 少し黙り込むとその間にも何かの鳴き声が聞こえる。おそらくは遠い場所、近くはない。それでも聞いたことの無い声が多く混じっていて気が気ではなかった。

 話していないと不安に押し潰されそうになる。

 何か話そうと考えた時、ふと思い出す事柄があってナミの表情が歪んだ。

 

 「そう言えば、聞いたことある。リトルガーデン」

 「ん? この島の名前か」

 「うん。でもどこでだったかな、ちょっと前に……」

 

 その頃になって扉が開き、船内へ入ったキリが戻ってきた。

 振り返って彼の姿を見つけた途端、安堵する二人は泣き出さんばかりの顔で、慌てた歩調で彼の下まで駆けつける。応じるキリは緩い笑顔のままだ。

 

 「キリィ~!」

 「あんたは船に居てくれたのね! ありがとう!」

 「すぐに出るよ。手紙も取ってきたからね」

 「あぁっ、そうだった!?」

 「ちょっと待ってよ、私たちを置いていく気!? 今度襲われたら助からないわよ!」

 「じゃあ二人も一緒に行く? 人間の居ない船を襲う恐竜は居ないだろうし、この島にはそもそも人が住んで無さそうだ。多分船番無しでも大丈夫だと思うけど」

 「それはそれで……」

 「恐怖心は増すと言うか……」

 

 仕方なさそうに肩をすくめる彼はあっさり言った。

 

 「自分で選ぶしかないよ。とりあえずボクはルフィたちを追うから――」

 「わ、わかった! 行くよ、行った方が安全なんだろ!」

 「見るからに危なそうだけど……キリが居れば大丈夫よね。私を優先して守りなさいよ」

 「おれは!?」

 「自分でなんとかしなさい。男でしょ」

 「男だって強い奴ばっかじゃねぇんだよ!」

 

 騒がしい二人に苦笑した一瞬、ズズン、と地面が揺れた。

 恐竜ではない。さっきの恐竜には感じなかった揺れである。

 さらに大きな何かが現れる予兆だと認識して、素早く二人がキリの背に隠れ、辺りを窺った。

 

 「な、なんだ今の? 地震じゃねぇよな?」

 「足音、じゃないわよね。アハハ、まさかそんな大きい動物が居る訳――」

 「そう言えばボクも聞いたことあるよ。リトルガーデンには近付くなって話」

 

 辺りを警戒しながら唐突にキリが言い出した。

 自然と二人の目は彼を見やり、気になる言葉の続きを無言で促す。

 

 「この島に到着した人間は大半が帰って来なくなる。最初は過酷な環境だからと思ってたけど、人が住んでるって話を聞いて思い出した。昔読んだ、ある冒険家の本」

 「あっ。そ、それ、私が読んだのも多分同じ」

 「な、何が書かれてたんだ、その本に」

 「“リトルガーデン”と名付けられた由来、それは――」

 

 話す間に木々が大きく揺れ、その姿が現れた。

 天から見下ろすかのような巨大な体躯。覗き込むのは人間の顔。

 それは間違いなく巨人族の人間であった。

 

 ナミとウソップは声なき声で悲鳴を上げて、キリは笑顔で見つめ返す。

 対するは巨人族の男、鎧を身に着けている姿を見ればおそらく戦士。

 

 遥か昔、この島を訪れたある冒険家が言った。

 あの住人たちにとって……まるでこの島は小さな庭のようだ。

 冒険家の名はルイ・アーノート。

 巨人島“リトルガーデン”と名付けた人物は、彼らという住人に出会ったことで名を考えたのだ。

 


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