ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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“人生は面白い”

 「ルフィ~っ!」

 「おぉ~い、アデル~!」

 

 港から大きく手を振る影があった。

 パルティアという島、崩壊した町とは正反対の位置にある町だ。

 反対側の町より幾分規模は小さいものの、栄えた様子がない訳ではなく、人口の建造物ばかりでなく自然の姿も見え、のどかな風景が広がっていた。

 

 ゴーイングメリー号は桟橋へゆっくり近付き、大手を振ってアデルが迎える。風呂に入って体を清めた後、女の子らしい服に着替え、肩まで届く髪を下ろして、以前とは全く違う姿。笑顔で溌剌として以前の陰りは見えず、ルフィたちを迎える態度も快かった。

 後方にはシュライヤとビエラの姿もある。

 病院を抜け出したビエラも体を清め、病衣を身に着けて自身の足でしっかりと立っている。薬を飲んで休めたおかげか、多少は血色も良くなっていたようだ。

 

 トラブルもなく着港し、メリー号の動きが止まった。

 まずルフィが飛び降りて桟橋に立ち、駆け寄ってくるアデルに笑いかける。

 

 ひとまずは無事だったらしい。

 メリー号にも損傷はなし。彼らは元気な姿で帰ってきた。

 要塞に行くと聞かされたからかなりの激戦を予想したのだが、さほど疲弊した様子もない。

 

 「みんな無事だったんだな。どうやって逃げてきたんだ?」

 「ししし、キリが勝手に逃げてきてたんだ。だから海軍とは戦わなかった」

 「ふぅん。なんだ、もっと大冒険かと思ったのに」

 「おれもそう思ってた。まぁいいよ、やっとみんな揃ったしな」

 

 上機嫌に笑うルフィの背後から、次々仲間たちが桟橋へ降りてくる。

 そこには見覚えのない顔もあった。

 

 「あれがキリ?」

 「ああ」

 「頼りになるんだよな」

 「そうだぞ。なんでも知ってるんだ」

 「へぇ……」

 

 続いて歩み寄ってくるのがキリだった。

 平然とした姿でルフィと肩を並べ、アデルを見てにこりと笑う。

 敵意の感じない顔だが妙にやる気を削がれる気がした。ふにゃりとして力が入っていない。子供のように朗らかに笑うルフィとは何かが違っている。

 多少戸惑いはありつつ、アデルは彼と視線を合わせてわずかに頭を下げた。

 

 「こんにちは。君がアデル?」

 「あ、うん……こんにちは」

 「色々あったみたいで大変だったね。まぁでも、問題はもう解決したのかな」

 「う~ん、一応は」

 

 後ろを振り返ったアデルは遠くで見守るビエラとシュライヤを見た。

 ルフィとキリもそちらに気付いて、二人の様子がそれぞれ違っていることを確認する。

 言葉で説明するのは難しいのだろう。

 なんとなく事情を察して、気安い態度でキリがアデルの頭にぽんと手を置いた。

 

 「家族は大事にした方がいいよ。色々あったんなら特にね」

 「うん……みんなは?」

 「ん?」

 「そういえばみんなの家族は? いいのかよ、勝手に海賊なんてやってて」

 

 苦笑するキリは隣に居るルフィや、傍を通り過ぎて町へ向かう仲間たちを見やり、少し困った顔で答える。この面子の家族については、どれもこれも話しにくい。

 面倒見のいいシルクがアデルを気にして近くに来た。

 彼女たちの顔を眺め、それからキリはアデルへ向き直る。

 

 「みんなも色々あったからね。だからここに居る」

 「そっか。海賊も人間だもんな」

 「どうしたの? 何の話?」

 「大したことじゃないよ」

 

 問いかけてくるシルクに笑みを返し、キリの手はアデルの頭から離れた。

 軽々しく触れる程度には仲が良くなったのだろうか。

 出会ったばかりだが気まずさはさほど感じず、二人を見たシルクがくすりと微笑む。

 

 「アデル、印象変わったね。もうすっかり女の子だ」

 「あ、うん。おれは嫌だって言ったんだけど、町の奴らがさ」

 「すごく似合ってる。可愛いよ。あとは話し方だね」

 「え~、いいよ、このままで。今更変えるのめんどくさいし」

 「そう? せっかく女の子らしくなったのに」

 

 慣れた様子で話す二人にキリは多少の驚きを抱く。

 ずいぶん仲の良い姿だ。自分が居ない間の出来事が気になってくる。

 容姿は似ていないが二人は姉妹のようで、見ていて微笑ましい。

 

 シルクとアデルが話す様を見ながら、キリの目は再びルフィを捉えた。

 からから笑う彼も真剣な声に気付いて首の向きを変え、キリの顔を見る。

 

 「準備を整えたらすぐに島を出よう。海軍基地も近いし、追手が来たら厄介だ」

 「そうか。じゃ全員揃ったしそうしよう。肉買おうぜ、肉」

 「ナミに頼んできなよ。ちょうど今は機嫌良さそうだから」

 「そうだな。お~いナミ~!」

 

 元気よく駆け出したルフィを見送る。

 彼は普段と何も変わらず、見ていて安心する姿だ。

 

 不意に海を眺めたキリは空を飛ぶ影を目にする。

 大きな黒い物体はカラスなのだと認識した。翼を開いて島に近付いており、だが目指しているのは港ではないらしく、当然キリを目指している訳でもないようだった。

 いつかを思い出し、キリは決断する。

 おそらく向かっているだろう地点を目視で予測し、歩き出したのだ。

 

 唐突な彼の行動に気付いてシルクが呼び止める。

 また何も言わずに行ってしまうつもりか。些かではあるが心配する表情であった。

 キリは立ち止まらずに振り返り、回るようにしながら足を動かし続けて彼女を見る。

 

 「キリ、どこか行くの?」

 「すぐ戻るよ。出航準備よろしく」

 「また一人で……いい加減にしないとみんな怒るよ」

 「今度はすぐ帰るから」

 

 振り返って小走りで駆け出す。

 自由気ままなのはルフィだけではない。キリもそう変わらなかった。

 呆れた顔のシルクは小さく溜息をついて、それでも無理に止めようとはせず見送る。

 

 しばらく走り続けたキリは一度町の中へ入り、しかしそこで止まらずに、通り過ぎて町を出る。向かったのは町の傍にある崖の上だ。そこですでに羽を休めていた。

 大きなカラスの傍に立つ美女の姿がある。

 どちらも見覚えがあって、複雑な心境ながらキリが自ら歩み寄る。

 

 「あら、奇遇ね。また会っちゃった」

 「よく言うよ。わかった上で来てるくせに」

 

 振り返るウェンディがヒューを撫でながら笑みを見せた。

 まるで親友に会った時のような気安い態度。慌てもしなければ驚きもしない。初めからこの場に来ると知っていた風な気すらする。

 そんな態度を見てもキリが驚くことはなかった。

 

 以前もこうして会ったことがあった。ちょうど今と同じように海軍から逃げた後で。

 今回の一件で疑念が強まっている。

 確信は得ているが、直接聞いてみたかったからここに来たのだ。

 

 ヒューの羽を撫でてやって動きのないウェンディへ、どこか気のないキリが言う。

 不服そうとでも言うのか、仲間に見せる表情ではなかった。

 

 「あの手錠、わざとだよね」

 「何のこと?」

 「ボクが能力者だって知ってる君が、海楼石と普通の手錠を間違えるはずがない」

 

 初めからいくつも疑念があった。

 わざわざ自分の仕事について説明し、基地内にはないはずの地図まで見せ、隠し金庫の存在を知らせる。本来なら隠して然るべしの海軍の汚点を、捕まえたばかりの海賊に教えるのだ。しかも濡れていた体が乾いた後には、手錠が鉄製であることに気付き、能力の使用にも制限がない。

 何かしらの意図を感じてしまうのも当然である。

 

 キリは、今回の出来事で気付くことがいくつもあった。

 ここでの出会いは偶然じゃない。

 彼女は嘘をついている。

 そしてこの場で質問したところで、真実を言うはずもないことも予想できていた。

 

 「そんなはずないでしょ? ただ間違えちゃっただけ。どんなイメージ持たれてるのか知らないけど、これでも意外とそそっかしい部分があったりするのよ、私」

 「島にある軍艦が盗まれたらしいね。君の船も?」

 「いいえ、私の船は近くをパトロールしてたから助かったの。危なかったわ」

 「それって偶然?」

 「もちろん。まさか盗まれないように離しておいたとでも?」

 

 涼しい顔で答えるウェンディに嘆息した。

 面の皮が厚いと言うのか、自身のことを棚に上げ、キリはわずかに険しい顔だ。

 

 「ボクの母親、だっけ。おじいさんにずっと追われてたんだよね」

 「ええ」

 「それって、ほんとはどういう関係だったの?」

 「おかしなこと言うわ。海賊と海兵の関係なんて一つじゃない」

 

 平然と言うがそんなはずはない、と思う。

 全て計算ずくの行動だった。でなければ自分の船だけ助かったなど、あり得ない。他の人間ならいざ知らず彼女が相手なら特に。

 

 想像できたことがある。

 以前聞かされた、自身の母と彼女の祖父の話。

 ひょっとしたら自分たちはその二人の行いをなぞっているのではないか。

 今まさにこの瞬間、対峙しているのに捕まえられない状況と、二度捕まったのに上手く逃げられた経験を考えて、突拍子もなくそう考えていた。

 

 強く追及したところで答えないだろう。時間を無駄にするだけだ。

 視線を外したキリの目は海を映した。

 

 我ながら嫌な関係だ。傘下になったアーロンとも違う、過去をよく知るクロコダイルとも違う、歪で複雑な関係。一言で言い表すことは難しい。

 きっと彼女は継続を求めていて、今後もなんだかんだと出会う機会はあるのだろう。

 キリがどう思おうがおそらくは変えようがなかった。

 

 しかし今回のことで興味が出てきた気もする。

 家族を大事にしろ。アデルにそう言ったばかりだ。

 すっかり忘れていたが、よくよく考えれば自分もまだ失ってはいないらしい。

 

 海を眺める彼は誰に聞かせるでもなくぽつりと呟く。

 

 「家族、か……」

 「興味でてきた? 私で良ければ、昔話でも聞かせてあげるけど」

 

 腕を組み微笑んで、ウェンディが嬉しそうに尋ねる。

 聞かせたいのだろうと思う声色だったものの、その声はキリの心までは届かず。

 結局は自嘲気味に笑って、晴れ晴れとした表情を見せた彼は肩をすくめた。

 

 「いや、いいよ。流れに身を任せるさ」

 「そう。ちょっと残念」

 

 ウェンディが納得した様子で微笑んだ。

 そちらを見ようとせずに背を向け、キリは来た道を歩き出す。

 

 「ねぇ」

 「ん?」

 

 その刹那、足を止めて振り返ることなく、キリがウェンディへ問いかけた。

 

 「また会うかな?」

 「ええ。きっとね」

 「そっか」

 

 もう会いたくないなどとは言わない。

 次に会った時は、その時こそ確信が得られる気がする。

 それまで待ってみるのもいいかもしれないと思って、そう思える程度には心も穏やかだった。

 

 キリがその場を去っていき、ウェンディがその背を見送る。やはり捕まえる気はない。

 想像した通りいつかと同じような状況となった。

 二人は別々の道を歩み、しかし交わることを恐れず、再会の瞬間から逃げるつもりはない。次はいつになるのだろうと考えながら、徐々に距離が離れていった。

 

 

 *

 

 

 しばらく経った後、アデルは桟橋で手を振っていた。

 出航したゴーイングメリー号がパルティアから離れていくのである。

 停泊もほどほどに準備を終え、彼らは次の航海へ漕ぎ出した。レースが終わり、アデルの問題も解決できてもう留まる理由がない。そのため次なる冒険を求めたのである。

 

 笑顔で見送るアデルとは裏腹に、少し離れた位置に立つシュライヤは複雑な表情だ。

 腕を組んで表情は暗く、他者を寄せ付けない雰囲気がある。

 そんな彼の隣にビエラが並んだ。

 

 「浮かない顔じゃな」

 「ああ……おれはまるで道化だな」

 

 自嘲気味に笑みを浮かべ、目を閉じるシュライヤは静かに語り出す。

 

 「ガスパーデを殺すためだけに生きてきた。全て投げ打ってそれだけを考えてきたが、結局、何もできずに終わっちまった。おれはこれから何のために生きればいい」

 「何を言っとる。生きがいなんざそこら中に転がっとるさ」

 「そうは言うけどな」

 「試してみてからでも遅くないんじゃないか? 現にほら、残された物はまだある」

 

 ビエラが見つめる先にはアデルが居る。

 言いたいことはわかっている。真剣に考えてみた時もあった。だが触れる物全てを傷つけてきた過去を思い出さないはずもなく、近くに置いていいはずがないと思ってしまう。

 その心情を知らずか、アデルは振り返って。

 小走りで駆けてくる彼女があまりにも眩しくて直視できそうになかった。

 

 「神様ってのは粋なことをなさる。わしはおまえさんに同意することはできんね」

 「おれには、そんな資格なんて――」

 「資格なんているもんか。おまえたちは血を分けた兄妹だろう。家族が一緒に暮らすのに資格は必要ない。お互いに対する思いやりさえあればな」

 

 やってきたアデルがシュライヤの前に立った。

 真剣な顔でじっと見上げて、視線を逸らしそうになった彼も、彼女の目を見る。

 ふとした一瞬。

 彼女が意を決して呟いた。

 

 「にいちゃん」

 

 瞬間的に記憶が蘇る。

 八年も前のこと、彼女にそう呼ばれていた日々が脳裏に浮かび上がった。あの頃の景色や匂い、町並みの喧騒や彼女の笑顔、全てが思い出された。

 

 動揺したのも束の間、アデルがそっと右手を差し出してくる。

 彼に向かって腕を上げて、握手を求めるように。

 

 自分の感情が暴れ出すのがわかった。

 強く歯を食いしばって、意識せず左手がくしゃりと髪を掴む。

 おれでいいのかという想いがある。迷いがある。しかしアデルの顔には決意だけがあり、迷いもなければ嫌だという悪感情もなくて、全てを包み込むような愛を感じた。

 いつの間にかシュライヤは目を潤ませていたようだ。

 

 もはや尋ねることもできなくて。一方で確かに心は動いていた。

 八年間ずっと感じていた孤独感が消えていく。

 彼女に呼ばれただけで許された気がして、シュライヤの右腕が震えた。

 

 戸惑いは拭いきれないほど大きかったに違いない。それでも彼は手を伸ばした。

 自分より小さな手を、大勢の人間の血に汚れて、触れてはいけないと思っていた自分の手でやさしく握り込み、その感触に驚き、胸がいっぱいになる。

 肩を震わせる自分を情けないと思いながら、彼は妹の手を取った。

 

 「人生は面白い。生きていればこそきっといいこともある」

 

 やさしく微笑んで二人を見守るビエラが小さく呟いた。

 アデルも年相応の可愛らしい様子で笑い、長らく続いた緊張状態から解放され、ようやく心からの笑顔を見せることができるようになったらしい。

 

 一件落着といったところだろう。

 少し離れて三人を見ていた人影はそっと港から離れていった。

 

 町に入ってそう時間が経つ間もなく、ある人物に声をかけられる。

 足を止めたウェンディは警戒心もなく振り返った。

 そこには彼女の探し人、自身が信頼する副官が立っており、どことなく怒っているらしい表情。やっぱり怒られるのだなと思いながら保身のため、できる限りの笑顔を振りまいた。しかしそれを見ても副官の厳しい表情は変わらないのである。

 

 「ずいぶん待たせてくれましたね、大佐。また遅刻ですか」

 「あら素敵なドレス。やっぱりあなたは何を着てもきれいよね」

 「他に言うことはありませんか?」

 「ごめんなさい。ちょっとゴタゴタがあったのよ。これでも急いだつもりなの」

 「ハァ、まったく。少しは私の苦労も感じて欲しいところですがね」

 

 呆れた顔で溜息をつく彼女は普段にも増して不機嫌そうだ。

 ひょっとしたら普段と違う服装がそうさせるのか。

 ドレスで着飾り、別人と想えるほど外見が違うものの、本人的には気に入らないらしい。

 不機嫌そうな副官は最も苦手とするもので、ウェンディは多少気を使いながら話す。

 

 「気に入らなかったの? せっかくきれいなのに。普段着にどうかしら」

 「こんなに動きにくい服で休暇を過ごせと? 実用性に欠けますし、何より性に合いません」

 「貴族に憧れたことはない? 少なくとも私は似合ってると思うけど」

 「遠慮しておきます。それより話すことがあるでしょう。仕事は終わりましたか?」

 

 どうやら無駄話は欲していないようだ。

 ぴしゃりと言われてウェンディが身を縮め、笑みを絶やさず答える。

 

 「ええ、しっかり終わらせたわよ。ただ想像通りかどうかはわからないわね」

 「逮捕はしたんですか?」

 「ううん。だって証拠がないんだもの」

 「そうですか。まぁあり得る話だとは思いましたが」

 「相手がジョナサン中将だからね。多分最初からそれが目的だったのよ。不正の噂はあるけど証拠は何もない、って私に報告させるつもり。確かにこれじゃ本部も疑いようがない」

 「体よく利用されたわけですか」

 「その代わり基地はめちゃくちゃだったけどねぇ~。どこまで計画通りかわからないわよ」

 「唯一想定外の事態があるとすれば、彼の暴れっぷりですか」

 

 何かを理解している様子で副官が頷き、少し困惑した表情になった。

 

 「こんなことを続けていると、いつかあなたが足元を掬われますよ」

 「その時はその時。大丈夫。私はおじいちゃんの背中を見て育ったから」

 「もっと緊張してください。あなたは楽観的過ぎる」

 「それだけじゃないってちゃんと知ってるでしょ?」

 

 ふふっと小さく笑ったウェンディが歩き出して、仕方なく副官も続いて歩く。

 大きな規模ではない町中を進んで、ヒューが待っている崖を目指す。

 道中も二人は周囲を気にしつつ話を止めなかった。

 

 「そういえば良い物見ちゃった。やっぱり家族って大切よね」

 「なんですか、突然」

 「彼がね、あの人に興味を持ったみたいなの。真剣な顔なんてそっくり。思い出したから、久々に会いたくなっちゃった」

 「やめておいた方がいいでしょう。それこそ危険な賭けになります」

 「わかってる。ほんと、いつになったら会えるのかしら」

 

 町から離れ、山道を登りながらウェンディはスーツの内ポケットへ手を入れる。

 手を出した時、そこには小さな紙が握られていた。

 

 「でも今はこれがあるから」

 

 微笑む顔は美しく、まるで慈しむかのよう。

 深い情が感じられた。

 

 それは、彼方の海賊を指す紙片ではない。少し前に別れたばかりの少年を示す物だ。

 以前自分の船に招待した時、密かに爪を切り取っておいた。今回はそれが役に立った形で、またいつかは利用する時が来るだろう。だが少なくとも、用もないのに使うつもりはない。

 使うべき時は心に決めている。だから、誰にも知られる訳にはいかない。

 

 掌の上で紙片が動く。そちらの方向には海があった。

 また出会うこともあるだろう。

 その時を心待ちにして、ウェンディはビブルカードをぎゅっと握り締めた。

 


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