ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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ハリネズミの日々(2)

 珍しいことにナバロン要塞で警報が鳴り響いてからしばらく経った後。

 ジョナサンの執務室には二人の将校が立っていた。

 先程から言い合いが止まらず、目を閉じるジョナサンは疲れた様子で黙り込んでいる。

 

 帽子を被っている男がドレイク少佐。

 細身でひょろりとした印象の男が、シェパード中佐である。

 どちらもジョナサン中将の下で経験を積み、ここまで育てられたと言って過言でない海兵。能力や経験は申し分ない。基地を守るためには必要不可欠な存在だと言われている。

 

 そんな二人だが、問題がない訳でもない。

 ドレイクは異様なほど真面目で、シェパードは口と勤務態度が悪い。

 どちらも一長一短。そりが合わないのは以前から噂されていたことだ。一度言い合いを始めればどちらも退かなくなり、譲れぬ物があるのだろう、徐々にヒートアップしていく。その光景はいつも通りであるがそれだけにジョナサンも止めるのを面倒に想っているらしい。

 

 顔を突き合わせる二人はもうどれほど言い争っているのか。

 海賊が逃げ出した。少なくともきっかけはそれだったはずだ。

 今や責任問題にすら話が及び、両者は厳しい声を発し続けていた。

 

 「なぜ海賊が逃げ出したのです! シェパード中佐、一階の牢屋はあなたの管轄だったはず! 部下は海賊どもを見張っていたのではないのですか!」

 「ええい、交代の隙を狙われただけだ。大体そもそもを言えば、貴様が新人どもを簡単に受け入れるせいで指揮系統が混乱しているんだろう。これだけ人が多くては各々の役割を把握するだけで一苦労だ。奴らにとってはただでさえ慣れない仕事だと言うのに」

 「そのためにあなたが居るんでしょう! 部下の混乱を解いてやらねば!」

 「人が多過ぎると言っとるんだ! こっちまで混乱して指示を出すどころではない!」

 「やめんか、見苦しい。責任のなすりつけ合いはもうたくさんだ」

 

 はぁ、と重い溜息。

 ジョナサンが割って入ったことで二人の言い合いはようやく止まった。しかし代わりに今度はドレイクがジョナサンへ詰め寄り、身を乗り出して言い出した。

 

 「落ち着いている場合ではありませんぞ中将殿! ただちに海賊を捕らえなければ! ただでさえこの基地を不要だという声もあるというのに、こんな失態があっては……!」

 「わかっている。だから少し落ち着いてくれんか。うるさくてかなわん」

 「中将殿!」

 「あ~もう、何回も言わなくても自分の肩書くらい知ってる。はいはい、中将ですよ」

 

 熱くなるドレイクに反し、ジョナサンはやる気がないとも見える態度で力のない声を発した。

 彼は普段からこうなのである。

 今更珍しくもないが、状況が状況だけにドレイクの焦りが募り、顔を真っ赤にするほど怒っていたらしい。それを見てようやくジョナサンも考え始めたようだ。頭を掻きながら、やはり普段と全く変わらず緊張感のない声で二人へ言った。

 

 「紙使いと道化のバギーか。どちらもローグタウンで騒ぎを起こしたそうだな」

 「はい。仲間を捕らえることには失敗したらしく、一階に収監されていたのは二人だけだったようです。しかし気付いた時には手錠だけが残されていて……」

 「まだ見つかっていないのか」

 「全力で捜索を続けていますが、いまだ目撃情報はありません」

 「広いとは言っても敵地で上手く隠れているらしいな。ふむ、中々の手練れらしい」

 「感心している場合では――!」

 「まぁ少し落ち着け。常に冷静でなければ良い判断を下せないぞ」

 

 テーブルに肘をついて前のめりに、ジョナサンが話を主導し始めた。

 ドレイクも半ば反射的に冷静さを取り戻して、シェパードはフンと鼻を鳴らす。

 

 「ともかくまだ外へ出ていないのなら即刻見つけなければいかんな。後出しになるのもまずい。こちらも動き始めるとしよう」

 「いかがいたしますか」

 「敵の目的はおそらく脱獄だろう。それなら島を出るための方法を探すはずだ。まずドレイク少佐は港へ行って警備を強化。シェパード中佐は地下の牢獄を警備してくれ」

 「牢獄を? なぜあんな場所を」

 「あれだけ大勢の海賊が居るんだ。もし解放されてしまったら大事だろう」

 「確かに。しかしそこまで頭が回る相手ですかねぇ」

 

 嘲笑するような顔でシェパードが答えた。

 逃げ出した二人は懸賞金を懸けられているとはいえ、どちらも五千万を超えず、また捕縛されている時点で大した脅威には感じられない。そんな驕りがあったようだ。

 その姿を見てジョナサンは嘆息する。

 やはり、脱獄された理由はきちんと存在しているらしかった。

 

 ナバロンは平和ボケしている。そう語る声は確実にあった。

 戦闘を経験していない海兵も多く、演習の経験はあれど、近海に出ても海賊と遭遇する機会は驚くほど少なかった。今回の一件もそんな日常が悪影響となったのだろう。

 

 敵はどこまで知っているのか。

 そればかりが気になった。

 

 もしも頭が切れる者だとして、現在の基地内の状態を知ったとして、敵陣の中で敢えて正面突破など考えようものなら、おそらくは止め切れない。本来ならば愚策のそれも、この基地ならば通用すると思われる。正面から立ち会って実力で止められるのはこの場に居る三人、ジョナサンとドレイク、シェパードくらいに違いなかった。

 

 本拠地であるはずのナバロンで、まさか自分が焦る日が来るとは思わなかった。

 表情は気のない様子ながらジョナサンはそう思う。

 此度の敵は如何なる相手か。その情報が欲しい心とは裏腹に、密かに期待する自分も居た。

 

 ともかく警戒しておいて損はない。

 シェパードとは違い、ジョナサンは慢心がない様子だった。

 

 「一刻も早く敵の現在地を見つけてくれ。武器の携帯も許可する。見つけ次第発砲、ただし殺さず捕らえて欲しい。部下にもそう伝えてくれ」

 「はっ!」

 「私は即座に処刑してもいいとは思いますがね」

 「そう言うな。海賊にも人権くらいやってもいいだろう」

 

 にっこり笑うジョナサンにシェパードがやれやれと首を振る。

 その態度にドレイクがまたしても突っかかりかけたが、先んじて止められたため事なきを得る。

 

 この三人がナバロンを支える柱なのだ。

 甘過ぎるほど態度が緩いジョナサン。

 どんな時でも真面目が過ぎるほど真面目なドレイク。

 不真面目な態度は目立つが意外と仕事はこなすシェパード。

 三者三様、特徴があり、海兵として掲げる正義もそれぞれ異なるのかもしれない。しかし彼らが力を合わせた結果、今日までナバロンが不落の要塞だったのは事実であった。

 今回もきっとそうなる。そんな想いがあったのも、或いは事実だったのだろう。

 

 ドレイクが敬礼して、退室のために踵を返した。

 同じくシェパードも形式として敬礼を行い、それに続く。

 その時、自然な様子でジョナサンも立ち上がった。

 

 「私も動くとしようか。あぁ、君たちはそれぞれの持ち場を頼むよ」

 「は? 中将殿も動かれるのですか。流石にそこまでの相手ではないでしょう」

 「まぁそう言わず。これでもやれることはあるだろうからな」

 

 にこにこと笑みを崩さず、呆気に取られた二人の間を通り抜け、一番早く廊下へ出た。

 いつも通りの制服で、腕まくりをして、腰には細い剣を一本。

 散歩にでも出るような軽い足取りで歩き出した彼はドレイクの戸惑いの声すら聞き流し、歩きながら考え事を始める。

 

 気になるのはやはり脱獄した二人。

 経験が多くないとはいえ、海賊を捕縛した経験はある。だが脱獄された経験は一度もなかった。監査役に調査を依頼したこの大事な時期に、である。

 

 少々、タイミングが良すぎるのではないか。

 不意にそう考える自分に気付き、まさかと思って頭を振る。

 

 今は身内を疑うより、逃げ出した二人を捕らえる方が先決なのは間違いない。そのためには二人の情報が欲しいと考えた彼はひとまず資料でも集めようかと考えていた。

 グランドラインではまだ大物と呼べない程度の懸賞金。それなのに話題性はある。

 彼らに関する情報が少なからずあるはずだと思い、まずは敵を知り、綿密な対策を取るのはその後の方が良い。楽しげな笑みはそう決めていた。

 

 一人で廊下を歩いていて、正面から雑用らしき海兵が歩いてきた。

 警報が鳴った直後で騒がしい基地内で、掃除道具が入ったカートを押している。

 制服をきちんと着こなす一方、帽子を目深にかぶり、武器を携帯する様子はない。ここまで弛んでいるのかと驚きさえした。流石に見て見ぬふりはできず、足を止めたジョナサンが声をかける。

 

 背は高くない、細身の少年だ。

 声をかけられて彼は顔を上げて、ジョナサンだと気付いて即座に敬礼した。

 

 「あ、お疲れ様です」

 「こんな時まで掃除かね? 今は非常事態だ。君も脱獄した海賊を探しに行ってくれ」

 「そのつもりだったんですけど、先輩に言われて、まずこれを片しに行くところなんです」

 

 敬礼したままの彼を手で制し、やめさせる。

 その後でまじまじと見れば想像していたより若い。まだ幼ささえ感じさせ、基地内で見るには珍しいほどの年頃ではないだろうか。見た目だけでそう判断してしまう。

 ただ、よくよく考えれば間違ってはいない気がした。

 発する声やジョナサンを前にしてまるで緊張していない態度、素人くさい佇まいから見ても、海兵としての経験はさほどではない。おそらく新兵なのだろう。

 

 近頃、ナバロンにも新兵が入ってきたばかりだ。

 緊張感の無さはそのためだろうと考えて、ジョナサンは苦笑する。

 

 「君は新兵かね」

 「はい。まだここの構造が理解できてなくて」

 「ハッハッハ、それも無理はない。このナバロンは対海賊用に構成されているからな。外からの攻撃に対して強く、内部からは逃がさない。覚えるのは大変だが努力してくれたまえ」

 「はぁ。地図とかあれば楽なんですけどね」

 「それも一度は考えた。しかしもし海賊の手に渡ってしまえばせっかくの対抗策が台無しになってしまうだろう? だから断念したのだよ。少なくとも基地の中には一枚も残していない。どうやら今回はその姿勢が役に立ちそうだな」

 「あぁ、なるほど」

 「本当は作るのが大変で断念したんだがね。何せここは複雑すぎる」

 「そっちが本音ですか」

 「ハッハッハ。まぁそんなこともある」

 

 緊急時だというのにからから笑い、やけにジョナサンは上機嫌だった。その様子は目の前の海兵が思わず困ってしまうほど。何が楽しいのか終始笑っている。

 困った結果、肩をすくめる少年は自ら尋ねた。

 このままでは埒が明かないと思ったのかもしれない。尋ねればジョナサンはすぐに答えた。

 

 「あの、失礼ですけど、これどこに持って行けばいいですかね」

 「あぁそれかね。少し手間だが一階まで運んでくれるか」

 「一階ですね。わかりました」

 「そこまで行けば誰かに聞けばわかるだろう。と言っても今は非常事態だ。君もすぐに部隊に合流して警備に努めなさい」

 「了解しました」

 

 最後に敬礼を行い、再びカートを押して少年が歩き出そうとした。

 現在地は最上階である。一階を目指すには少々時間も必要で、すぐに動き出すのも頷ける。

 しかし蓄えた髭を撫でるジョナサンは彼を呼び止めた。

 

 「あ、それともう一ついいかね」

 「はい、なんでしょう」

 「君はどうやって牢から逃げ出したのかな? 紙使いくん」

 

 その一言の後、両者は同時に動き出した。

 目にも止まらぬ速度でジョナサンが腰の剣を抜き、風さえ切り裂く刃が空を駆ける。

 少年は素早く地面を蹴り、後ろへ跳んでその一撃を見事に避けた。しかしあまりの速さで完璧に避け切ることは難しく、かぶっていた帽子のつばがスパンと切れてしまう。

 

 滑るように着地してからすぐ、やれやれという顔で帽子が捨てられた。

 完全に顔を晒したキリは笑みを浮かべ、同じく微笑むジョナサンと視線を交わらせる。

 

 多少とはいえ距離ができて、一方が背筋を伸ばしたまま右手に持つ剣を突き出すと、一方は何をするより先にカートを引き寄せ、対峙する。

 いつ気付いたのか。

 上手く擬態したつもりだったがやはり将校はそこまで単純ではないらしい。

 危険性について考慮し、敢えて大胆に動いてみたつもりだったが、キリは小さく嘆息した。

 

 「流石にバレるか、これじゃ。自分じゃ意外とイケてると思ったんだけどね」

 「ハハ、イケてはいたさ。ただ私もこの道長くてね。海賊の変装くらい見破れんでどうする」

 「おかしいなぁ、ここまではバレずに来れたのに。まぁ、愚痴を言っても仕方ないけど」

 

 言いながら指を伸ばして右腕を振り上げる。

 掃除道具を跳ね除け、カートの中から大量の紙が舞い上がった。バサバサと音を立てるそれらは一瞬で視界を遮り、意志を持つかの如く独りでに動き、二人の間にある空間を埋める。

 視界がゼロになり、一瞬とはいえキリの姿を見失いかけた。

 逃がす訳にはいかない。警戒心を持ちながらジョナサンは剣を構える。

 

 「ほほう、これが紙使いの所以か。ずいぶん面白い能力を持っているものだな――」

 「指揮紙演舞・花!」

 

 身の丈ほどもある紙の塊、花びらのような形のそれが、猛然とジョナサンへ襲い掛かった。

 切る訳でもなく殴る訳でもない、体当たりにも近い攻撃。同時に視界を塞ぐ役割もある。素早く迫りくる姿は迫力があり、回避か迎撃か、どちらにしろ無視はできない。

 

 真っ直ぐ振り下ろされた刃がいとも容易く紙の花びらを切り裂いた。

 二枚、三枚と続けて迫るがあっさり切り裂き、その場から動かずに視界が開ける。

 

 驚愕したのはその瞬間だ。

 迫る紙が無くなって前方が見えた時、くるくる回って飛来する筒状の物体がある。

 ダイナマイトであった。

 当然火は点けられた状態であり、すでに導火線はミリ単位にまで短くなって、逃げる暇も与えないかとでも言うかのようにジョナサンへ向かってくる。

 

 さらに向こうを見れば、キリはカートに乗って、紙の狼がカートを押して走っている。

 不思議と永遠にも感じる刹那、遠ざかっていく彼の楽しげな笑みが目に焼き付いた。

 思わずジョナサンも笑ってしまい、即座に後ろへ飛んだ。直後に間を置かず爆発。凄まじい炎が轟音と共に廊下へ広がり、強い熱風が辺りを駆け抜けた。

 

 爆風に背を押されて走る力とし、キリはその場を素早く離れる。

 自らは走ろうとせずカートに足をかけ、後方から能力で生み出した紙の狼が押してくれる。

 小さなタイヤが大きな音を鳴らして危険な様相だが、今更止まる暇などなかった。

 

 海兵の制服を身に着けたまま、平然とした顔でキリが廊下を爆走する。

 その姿はどう見ても異様で気付かぬはずがなかった。

 

 たまたま通りがかっただろう海兵が一人、前方の曲がり角から唐突に現れた。向かってくるキリの姿にはすぐ気付き、背を仰け反らせて驚愕する。

 一方のキリは全く気にせずに進み続けるようで。

 両者が接近する瞬間、カートの底に隠していたピストルを持ったキリが口を開き、再度の驚愕で身を強張らせた海兵へ急接近していく。

 

 「はいは~い、清掃中ですよ~。どいてくださーい」

 「な、なんだあれはっ!? 敵か!? 味方か!?」

 

 動揺して動けずにいるところへ銃口を向け、即座に引き金を絞る。

 銃声と同時に放たれた弾丸は真っ直ぐ飛来し、狙い違わず海兵の脇腹を穿った。

 鋭く短い悲鳴。鮮血が飛び散り、膝から力が抜けて、彼は敵前であるにもかかわらずふらりと足を揺らす。その傍を通り過ぎる間際、ピストルの銃口付近を持ったキリがグリップの部分で海兵を殴りつけた。側頭部に痛みを感じた彼の体は勢いよく倒れる。

 

 あまりにも迷いがなく、その上強烈だった。

 意識を失いかける彼は必死になって遠ざかるキリの背を見つめる。

 

 「ぐっ、やはり、海賊……! 報告、しなければ……」

 

 自身がやられたことはいい。見つけたのだと誰かに知らせなければならない。その一心で彼は薄れていく意識を必死に繋ぎ止め、誰かに伝えたいと考えながらキリが去った方向を睨んだ。

 ちょうどその時、電伝虫を利用した館内放送が始まる。

 あぁ、誰かが伝えてくれるのだ。安堵する彼の耳に聞き慣れない声が飛び込む。

 

 《あーあー。え~報告します! 逃走中の海賊を一階西側の廊下にて発見! 外へ向かっている模様です! みなさん今すぐ武器を持って外に向かってくださーい!》

 「一階、西側だと? どうなっている……ここは四階の北側だぞ」

 

 安堵から一点、館内放送の報告に違和感を持って表情が歪んだ。

 ついさっき見つけたキリについてではないのか。

 放送を行うのは三階。質問しに行くことさえできず、彼は意識を失ってしまう。

 

 「一体、誰なんだ、あの声は……」

 《みなさん急いでくださーい! 敵は凶悪犯なので一人や二人じゃ足りませんよー! さっさと全員で取り囲んじまってふんじばりましょー!》

 

 三階の一室、報告を終えて電伝虫の受話器が置かれた。

 嬉しそうな声で報告していたのはキリと同じく海兵の制服を身に着けたバギーである。

 敵など見つけていない。思い付きの嘘の報告だ。

 基地内を混乱させることが目的であり、上手くいったと微笑む彼は次の一手を考え始める。

 

 「いい感じで進んでやがるぜ。それじゃそろそろ次に行くとしようか」

 

 四階で起こった爆発の音は聞こえていた。それをきっかけに動き出した様子だった。

 室内には昏倒させられた海兵が一人。今は誰の視線もない。ゆっくり考え、心を落ち着ける時間も余裕もあり、焦る必要は微塵も感じられない状況だ。

 バギーはあらかじめ入手しておいた子電伝虫を取り出し、通信を始める。

 かける相手は地下で待っているはずの海賊たちだった。

 

 「待たせたな野郎ども! 戦いの時は来た! 今こそおれたちが自由を取り戻す時だ!」

 《待ってたぜキャプテン・バギー!》

 「さぁおっぱじめるぞ。牢屋に入れられてる奴ァ全員連れ出して港へ向かえ! 軍艦を奪ってここからおさらばするんだよぉ! ドハデに暴れろォ!」

 《ウォオオオオオッ!!》

 

 発破をかけられた海賊たちの雄たけびが聞こえる。

 この勢い、たとえ相手が歴戦の猛者でも止められるはずがない。バギーは勝利を確信していた。捨て駒程度になればと思っていた彼らと共に脱出する気になっていたのだ。

 

 (くっくっく、間抜けどもめ。てめぇらにどこまでできるかわかったもんじゃねぇが、もし本当に軍艦を奪えた時は一緒に逃げてやろう。できなきゃおれ一人で抜け出すか)

 

 通信を切る頃には悪そうな顔でくつくつ笑っていて、恐怖心など一切ない。

 腰掛けた椅子の背もたれに体重を預け、ふんぞり返る暇さえあった。

 

 「さぁて、あとは隠し金庫を見つけて大金を奪ってやるだけだが、キリの野郎は本当に見つけられんだろうなぁ。せっかくこんなとこまで来たんなら手土産の一つも欲しいが……最悪の場合、あいつを見捨てて逃げる必要もあるな」

 

 誰も聞いていない空間で呟いて笑みを深める。

 彼はキリを信用した訳ではない。

 同じ脱獄仲間ではあるものの、やはり彼はルフィの右腕。恨みがある相手の仲間だ。もしもここで志半ばで倒れることがあったのなら、それはそれでルフィへの意趣返しになるのではないか。一人になって考えてみるとそんな考えも浮かんできた。

 

 助けてやるか、見捨てるか、どちらに転ぶかは本人の働き次第。

 どちらになるとしても心構えはできている。

 席を立つバギーは自らも動き出すため、辺りに注意しながらひっそりと廊下へ歩き出した。

 


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