ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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家族

 港にあった大きな焚火の傍、人影は三つ存在していた。

 火を囲むように横並び。肩を並べて暖を取っている。

 少々冷える夜だがその火のおかげでなんとか耐えることができそうだった。

 

 電伝虫の通信を終えた後、しばしビエラは昔話をしていた。

 ガスパーデが町を襲撃した日、サラマンダー号と名付けられた蒸気船は彼らの手に落ちた。しかし彼らが乗り込むより先にボイラー室の管理を行っていたビエラは船を降りようとせず、勝手に住み着いて献身的な世話を続け、ボイラーを誰にも触らせず守り続けた。

 そしてその日、川の上流から流れてくる子供を助け、それがアナグマだったという。

 海賊の襲撃で混乱する町中では親を探してやることもできずに、悪いと思いながら他に手がないためどうしようもない。だから自らが育てた。

 

 その思い出は今や遠い過去であり、だが昨日のことのように思い出せる。

 色濃くも切ない一日。家族を失った代わりに新たな家族を得た。

 そう語るビエラは疲れてもいたが嬉しそうでもあり、アナグマが無事だったことに安堵している様子。落ち着いた声色で語っていたのもだからなのだろう。

 

 キリは火を見つめながらその声に耳を傾け、しばし肩の力を抜いた。

 その隣に座っていたのは、町に残っていた医者だという老人だ。

 

 ビエラにも負けず劣らずで細い体をしており、本人こそ不健康そうだが白衣を着ている。傍らには医療道具が入った鞄もあって、襲撃の後でも落ち着いてそこに座っていた。

 しばらく静かな時間が続いている。

 すぐ傍にある海も波間は穏やか。心が洗われるの如き一時。

 不思議な三人組は妙にその一瞬を気に入っていた。

 

 ビエラの話が終わった時、少しの静寂が生まれる。

 沈黙は決して重苦しくはなく、彼らは辛いと思っている様子ではない。

 次に口を開いたのは町医者だった。

 

 「海賊ってのは身勝手なもんさ。この町も元海賊って連中が多かった。おかげで治安は悪いし、毎日いざこざは絶えないし、あんまりいい環境じゃなかったね」

 「あんまり落ち込んでないのはそのせいですか」

 「まぁね。正直私は少数派だろうが、ちょっとばかりスカッとしてるんだ。あの威張ったじいさんたちが悔しがってるかと思うとね。こんな時だけは海賊様様だ」

 「場所や人によって評価は違うもんですね。ほんと人それぞれだ」

 

 壊れかけた木箱に腰掛けるキリは笑みを絶やさずそう言った。

 本来海賊は褒め称えるものではないが、人によっては称賛したり感謝したりもする。中には彼のように憧れる人間も居て、場所や環境が変わればその見方も変わり、絶対的な評価がない。だから人それぞれだ。海賊の捉え方は十人十色である。

 

 壊れた町は無人だった。山の向こう側にも集落があるらしく、大半の人間がそちらへ移動した。そうでない者は島を出たか、どこぞで野宿でもしているのだろう。

 辺りには人の気配がない。そのため会話の邪魔をする者も居なかった。

 

 また少し沈黙が生まれかけて、今度はビエラがキリへ問うた。

 彼もまた海賊。なぜそんな身分になったかが気になる。

 

 「おまえさんはなぜ海賊に?」

 「……初めは憧れから。気付いたらそこが一番居心地が良い場所になってて、他の生き方が馴染まなくなったからですかね。やめるチャンスはあったのに結局こうですから」

 「ほう、やめるチャンスも」

 「ボク自身は諦めようと思ったんですけどね。押しの強い男に引っ張られまして」

 

 笑みを深めて目を伏せる。

 自分でも知らぬ間に固執するようになっていた。もうこれ以外の生き方はできない。そのためには覚悟が必要で、そうなっていたのはいつからだったか。

 

 旅の始まりを思い出してまた仲間に会いたくなった。

 自分で選んで一人出てきたのだが、存外寂しいものだ。

 

 朝が来るまでまだ時間がある。海の方向に目を向け空の色を確認すれば、まだまだ夜の時間は長そうだと感じる。星々も美しく天に浮かんでいた。

 再会までにはもう少し時間がかかる。

 少し寂しくもあり、仕方ないとも理解するため、キリはふと席を立った。

 

 一日を終えて疲労感を感じる。休める時に休んだ方がいいと考えた。

 二人にもそう告げ、移動を始めることを提案する。

 港で一夜を過ごすのは流石に辛いだろう。せめて無事だった建物を探して屋根の下で休みたい。

 

 同意する二人も立ち上がり、歩き出そうとした。

 その寸前、海の方から奇妙な音が聞こえてキリが振り返る。

 

 夜の闇に包まれた周囲だが辛うじて見える物がある。特に振り返った先にあった物はかなり大きな物体で、大きな火があることによって見逃すはずがない。

 海の中から何かが顔を覗かせている。

 よく見ようとそちらへ歩を進め、覗き込んでみれば、顔を出していたのは大きなワニだった。体長およそ二メートル。大きな口と鋭い牙が見え、灰色の硬い表皮を持ち、爬虫類独特の細い瞳が闇夜の中で光るようで、口を半開きに間抜けな顔でキリを見ていた。

 

 驚く彼は思わず首をかしげる。

 

 「ワニ?」

 

 問いかけてみても答えが返ってくるはずもないが、ワニはじっとしたまま動かない。

 明らかにキリだけを見つめていて、他の二人には気付いてさえいない様子だ。

 

 嫌な予感がする。

 それがどこの誰であれ、どう見ても視線はぶつかっており、少なくとも獲物として認識された気がしてならない。でなければそれほど長い時間見つめ合うこともないはずだ。

 

 キリは気付かれないよう気をつけて一歩後ずさる。

 それに反応してワニがわずかに前へ進んだ。

 もう一歩下がれば、やはりワニは港へ近付き、ともすれば上がろうと狙っているらしい。

 ますます嫌な予感が強くなって、無視はできなさそうだと理解するしかなかった。

 

 ビエラと町医者もその威容には気付いており、当然の如く警戒している。だがキリにだけ注目していることには気付いていないようで、そこまでの余裕はなかった。

 

 「な、なんじゃあれは。わしらを狙ってるのか?」

 「あんな種類はこの辺りには居ないはずだが」

 「二人とも下がっててください。多分さっきからボクしか見てないんで」

 

 即座に判断してキリは自ら二人の傍を離れる。

 傍に居なければ彼らには被害が及ばない。そう願いたいものだ。

 淀みなく歩き出して、しかし港からはそう離れず、海を眺めながら警戒心は大きくなった。

 

 ワニもまた彼を追って泳いでいた。

 やはり他の二人には興味を示さずにキリだけを見ている。

 

 十分離れたと思った位置で足を止め、いよいよその存在と向き合った。

 そこまで分かり易く標的とされてしまっては逃げることもできないだろう。そう思うのは前にも似たようなことがあった気がすると思ったからで、あの時も突然の出会いで興味を持たれた。

 少々恐ろしいがつぶらな瞳は外見こそ違えど誰かを思い出し。

 人知れず戦うための準備をする彼は苦々しい表情だ。

 

 「ボクに何か用、だよね。でなきゃそんなに見つめないか」

 

 小さな呟きに応じるように、突如ワニが海中へ潜った。意図が伝わらない行動のせいかキリは少しだけ驚いて、かと言って止めるほどの行動でもないため、呆然と立ち尽くす。

 潜っていたのはほんの数秒だ。

 奇妙に頬を膨らませたワニは再び海面へ顔を出し、何を想ったか、口に含んだ海水を勢いよく吹き出してキリへかぶせようと狙うのである。

 

 「うわっ!?」

 

 反射的に地面を蹴って横へ跳ぶ。

 転がるように着地すると同時、港へ吹きかけられた海水は地面を叩き、辺りを濡らす。

 触れていればそれだけで動けなくなるところだった。回避は正しい判断だったが、冷静に考えれば何やら嫌な予想が立てられ、関わらない方がいい相手ではないかと思う。

 

 ただの野生動物が、ペラペラの実の弱点を知っているだろうか。

 

 これが他の二人を狙った攻撃であれば違った判断も下せる。しかしワニはキリだけを追い、彼の弱点である水で全身を濡らしてやろうと考えていたに違いない。でなければわざわざ後を追って、獲物を選んで、尚且つそんな面倒なことはしないだろう。

 捕食したいのなら手っ取り早くその鋭い牙で噛みつけばいい。

 そうしないところを見ると、目的は別にありそうだ。

 

 避けられたと見るやワニは再び海中へ姿を消す。

 小さく舌打ちした後、警戒するキリはすでに戦闘を行う心構えだった。

 

 もう一度水を撃ってくるか。

 ただ口から吐き出しているだけとはいえ、その勢いは鉄砲にも等しい威力を持つ。目視だけで理解した。あれは能力の有無に限らず当たってはいけないと。

 

 そのため優先的に回避を考え、どこから来ても驚かないよう視界を広く保っていた。

 しかし予想とは違い、姿を現したワニは飛び出す勢いを利用して天高くまで跳び上がる。

 水滴を撒き散らし、理解した瞬間にはキリを見下ろす位置。

 彼はその場から水を吹き出した。

 

 「マジかっ」

 

 迫ってくる水流はレーザーの如く。

 考えもせずに跳ばねば間に合わない速度で、辛くも回避したキリは地面を転がる。数秒前まで彼が居た地点には水流が走り、水とは思えぬ衝突の音を発した。

 直撃を避けても跳ねる水滴があまりにも多い。

 避けるキリは慌てふためき、必死になってそこから離れる。

 

 空中へ躍り出たワニはそのまま港へ上陸し、ドシンと重そうに着地する。

 威風堂々と仁王立ち。

 そんな立ち振る舞いで素人のはずがない。

 

 転がったキリが起き上がるのも待たず、素早く前へ駆け出して、跳ぶようにして接近してきた。

 体を捻って長い尻尾を振り、凄まじい迫力にキリは大量の紙を盾にして防御する。

 

 何層にも重ねた紙を腕で支え、回避が間に合わないため、尻尾を受けた。その瞬間になって後悔する。腕から全身へ走った衝撃はとても耐えきれる物ではない。

 硬化した紙もなんのその、ダメージは大きく。

 殴り飛ばされた彼は港のすぐ傍、倉庫だっただろう大きな建物へ突っ込んで姿を消した。

 

 「キリッ!? 何が起こっとるんじゃ……大丈夫か!」

 「ビエラさん、危ない。我々にはどうすることもできない。近付かない方がいい」

 「そ、そうじゃが、しかしっ」

 「下手に手を出しても邪魔になるだけだ。今は行かない方が得策だろう」

 

 狼狽したビエラの肩を掴み、町医者が冷静に押し留める。

 彼の判断は正しかったと言える。慌てた状態で駆け寄ったところで危険に身を晒すだけ。それはきっとキリに迷惑をかけるだけだ。助けたいのならチャンスを待たなければならない。

 

 全ての動きが見える訳ではない。まだ夜の闇も濃く、明かりが届かない位置へ移動している。

 それでもその轟音は凄まじい物で無視できるはずもなく、彼の動揺も仕方なかった。

 

 瞳を揺らすビエラは拳を握って待つ。

 彼はガスパーデを倒し、ビエラとアナグマを救ってくれた男。

 感謝しきれないほどの情がある。死なせたくはない。何かがあれば制止も振り切って駆けつけ、救い出すつもりであった。

 今はしばし待ち、ただ願うことしかできないようで、悔しく想いながら闇の向こうを見守る。

 

 キリはすぐに瓦礫を蹴り除けて姿を現した。

 見た目のインパクトと違って大きな怪我はないらしい。変わった見た目は服の汚れだけだ。

 口元を拭い、目つきが変わる。

 どうやら本気で戦う意識に変化したようだった。

 

 両手に剣を握って、いつでも動ける準備を整える。

 本気でやらねば命を落としかねない相手だ。そう判断した以上は手加減できない。

 観念した様子のキリであったが、直後には奇妙な音を聞いた。

 

 それは羽音だ。どこからともなく耳に入り、やけに大きい物だと理解した時、考えるまでもなくまずいと感じる。目の前には巨大なワニが居るからだ。

 この状況下で普通の生物が近付いてくるはずもないだろう。

 背後にあったそれを見るため振り返れば、やはり巨大な何かが視界に映る。

 闇に溶け込むような色は漆黒の羽。体長二メートルほどの巨体を持つ鳥はどうやらカラスで、視認しにくい様は自然と脅威に感じさせた。

 

 その姿を見てすぐ、ぎょっとした顔のキリが憎らしげに言う。

 

 「カラス? 二対一ってことだね」

 

 迫力のある鳴き声を発して、カラスは大きく羽ばたいて突進してくる。

 常人では反応しきれない速度に硬い嘴。感じた風は背筋を凍らせる物で恐怖に値する。

 咄嗟にキリは振り返り、剣を交差させて防御の姿勢を取った。

 

 体感する姿は想像よりもずっと速い。視認できるほど生温くない。驚く瞬間には目の前に居て、強かに剣を打ったのは嘴ではなく翼。伸ばされたそれが衝突と同時にキリの体を持ち上げる。足を踏ん張っていたのに効果も薄く、いつの間にか彼は空中に放り出されていた。

 全身を襲う衝撃が体勢を立て直すことすら許さない。

 吹き飛ばされるキリの体は、カラスが通り過ぎて上空へ移動しても止まらなかった。

 

 空を飛ぶ体はあまりにも軽い。止めようがないのも仕方ないだろう。

 だがそれとは別に、そのまま止まらなければどうなるか、想像するのは難しくない。

 

 飛んでくるキリへ向かってワニが飛びついた。

 思い切りジャンプした後、閉じたままの長い口を武器に見立て、上から下へ振り下ろす。

 狙った通りに彼の体は叩き落とされ、地面へ強く激突する。背から落ちたことで息が詰まり、一瞬だが意識が遠ざかりかけた。かなりの激痛で動きが鈍るものの、じっとしてもいられない。追撃が来る前に起き上がるとキリは自らワニへ斬りかかった。

 

 体を回転させて独楽のように剣を振る。

 硬度は鉄、性質は刃。当たれば硬い皮膚さえ裂いてみせる自信がある。

 ただ予想外だったのはワニの運動能力だ。彼は軽く跳ぶと後ろへ回避してしまう。

 

 タイミングは悪くなかったはず。敵の虚を衝いたことは間違いない。

 それなのに避けられたのは経験の差か、動きを見切る目の良さか、或いは生物としての筋肉の違いかもしれない。何にせよ、攻撃を空ぶったキリの体は無防備に晒される。

 愕然とした表情に変わり、想像もしていなかった状況に全身が震えた。

 

 大きな隙を見逃すはずもなく、空からはカラスが接近してくる。

 横を通り過ぎる瞬間に翼で打たれ、キリの体は受け身も取れずに地面を転がった。

 

 「ぐっ……!? くそ、なんて強さだ。二匹とも速過ぎだろ」

 

 苛立ちを隠し切れずに荒々しく吐き出す。

 戦っていい相手ではない。わずかなやり取りで判断していた。

 しかし相手は見逃してくれないようで。

 上空を旋回するカラスと正面で仁王立ちするワニ。どちらも好戦的にキリを見ていた。

 

 (まともに戦って勝てる相手じゃない。と言ってもあの連携だ。どっちかに集中しても必ず邪魔が入る。せめて一匹ずつなら……)

 

 自身の不利を冷静に分析し、どうすればこの場を打開できるかを考える。今の彼は必死だった。ここで負ければ仲間に会えなくなるとさえ思っている。

 

 その考えは正しかったようだ。

 確信を得たのは、海から新たな巨体が現れた瞬間。

 港に上がり、地に足を着けてすぐ体を振って水を飛ばす、一匹のシロクマを見つけた。以前海軍の軍艦まで彼を攫った経験があるドニーである。

 

 その姿を見てようやく確信が得られた。

 

 「あぁ、やっぱりそういうことか」

 

 ぼんやり呟く声に力は入らず、呆れた様相すらある。

 つぶらな目をキリに向けたドニーは嬉しそうに手を振り出した。

 

 「それ以外ないかと思ってたけど、まさか当たるとは。何しに来たのかは一つだよね」

 

 肩をすくめて問いかければ、ドニーもまた他の二匹と同じく身構える。戦闘の意志はありありと見えた。できれば違って欲しかったが想像通りの行動だったらしい。

 溜息をつくキリはやれやれと頭を振る。

 逃がしてもらえそうな雰囲気には思えない。

 どうやら、自力で逃げる以外この場をやり切る方法はなさそうだ。

 

 右足を引いて、どう動くかを見極めようとしたその瞬間。

 急降下して背後を取ったカラスが猛然と迫ってきた。

 

 キリは、迫る巨体を視界に入れるのが精一杯で、避けることは不可能だった。

 硬い嘴が背に激突し、反応する暇もなく空へ運ばれる。

 受け取ったのはワニだった。カラスに運ばれてくるキリの体を、自らの口の上に乗せ、勢いよく背を反らすことで空へ高く跳ね飛ばす。

 

 その時にはすでにドニーが跳び上がり、空中で待っていた。

 飛んでくるキリを受け止めてしっかり抱きしめ、くるりと天地が逆転し、頭から落ち始める。真下には海があった。脳天から共に落下していく。

 

 「うわっ、ちょ、待った――!」

 

 悲鳴を発するがすでに遅く。

 高く水柱が上がって、彼らの姿は暗い海中の中へと消えていった。

 

 全身が水に包まれ、力が入らなくなる。

 必死に口を閉じて我慢するものの、やはり呼吸ができなくては限界があり、苦しさは紛れない。

 限界を迎えたキリは口を開け、泡ぶくを吐き出した。同時に大量の海水を飲み込んでしまい、表情は苦しげに歪んで、徐々に意識が遠のいていく。

 

 そうなってからドニーは海面へ浮上した。

 足をバタつかせて上へ向かい、海面から顔を出すと即座にキリが呼吸を始める。

 何度も咳き込み、ぐったりした様子だが九死に一生を得たようだ。

 

 「ゲホッ、エホッ! ハァ、ハァ……あーまたこれか」

 

 水に浸かってしまったため力が入らない。紙の体には水が沁み込んでいき、そうでなくともカナヅチの体だ。こうなっては自分ではどうしようもない。

 勝敗は決した。

 改めてドニーはキリの頭を撫で始め、愛でるかの様子。非常に嬉しそうだ。

 

 彼はそのまま海を泳ぎ始めて島を離れていく。

 ワニも海へ飛び込んで傍を泳ぎ、カラスもまた同じ方向を目指す。

 

 抵抗できないキリは向かう先を想像できていて、嫌そうな顔でげんなりする。

 

 キリを連れた三匹は颯爽と島を離れようとしていた。

 見守っていたビエラは思わず身を乗り出し、しかしどうしたものかと逡巡する。

 一方で町医者は首を振り、もう諦めていた顔だ。

 

 「キ、キリっ! あいつら、一体どこへ……」

 「やれやれ、一体どうしてこうなったのか。これではもう追いかけられん」

 「そんな、助けてもらったばかりだというのに……そうじゃ! 電伝虫であいつの仲間に連絡を取れば――ええい、番号がわからんかっ!」

 

 慌てふためくビエラが見る先で、辛うじて確認できる影はどんどん小さくなっていく。

 もう手が届かない距離だ。助ける方法はない。

 今や悔しげに眺める他はなく、病気とは異なる要因で、彼はその場を動けなかった。

 

 ドニーの肩に担がれて運ばれるキリは空を見ていた。

 目には普段の力がない。自棄になっている風体にも見える表情である。

 

 「ねぇ、どこ行くの? これから仲間に会う予定だったんだけど」

 

 問いかけても答えてはくれず、鳴き声さえ発されなかった。

 少し寂しく、それ以上に物悲しく、海の冷たさを味わいながらさらに前へ進む。

 

 「困ったなぁ……」

 

 観念した様子の彼は目を閉じた。

 抵抗ができない以上はぼやいても仕方ない。ならばせめて回復を望んで、運ばれながら不貞寝してやることを決めたらしい。

 しばらく意識を手放し、キリは眠りに就き始めた。

 

 目的地に着いたのはそれから三十分以上経った後だった。

 唐突に揺れが大きくなったことに気付き、眠っていたキリが目を覚ますとそこはすでに船の上。軍艦に乗せられて甲板へ転がされたようだ。

 

 重い瞼を押し上げ、大の字になった態勢から空を見る。

 そこには嬉しそうな笑顔があった。

 

 「いらっしゃい。歓迎するわよ、紙使いくん」

 

 嫌味なくらいの上機嫌さで、苦い顔をしたキリは腹いせ代わりに再び目を閉じた。

 


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