ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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海賊レース“デッドエンド”

 朝日が昇ろうかという頃。

 港で出航準備を整えていたメリー号は多少の戸惑いを抱えていた。

 

 特に表情が優れないのはナミである。

 胴元から受け取ったエターナルポースの指針を眺め、ミシェールに確認した話を思い出す。

 レースの出発点は現在地、ハンナバル。つまり町から出発することになる。だが指針が指し示す目的地は島の向こう側にあるらしかった。

 

 島の向こうにゴールがあるというのならなぜ町からのスタートなのか。

 これではそもそも船を出すことができないと考え、ナミが嘆息する。胴元やミシェールにも確認したのだが、スタート地点は間違えていないそうで、全く訳が分からなかった。

 

 「う~ん、おかしい。指針は山の向こうを指してる……」

 「それって、スタートは島の向こう側からってこと?」

 「でもミシェールもここで合ってるって言ってた」

 

 問いかけてくるサンジに返しつつ、ナミが語る。

 

 「この島にはたくさんの支流があって、何年かに一度、本流に合流するんだって。だけどその本流はあの山から流れてくる……これってまさか」

 「あの山を登るってことか? リヴァースマウンテンみたいだな」

 「状況が違うわよ。リヴァースマウンテンには大きな海流があった。ここにあるのはせいぜいが川よ? あの規模の水流を登るなんてこと――」

 「可能だ」

 

 疑問を明かし合うナミとサンジの声を遮るよう、堤防から声がかけられた。

 出航準備を続けていた面々も手を止めてそちらを見る。

 堤防を蹴る音の直後、軽い動作で船に飛び込む人物がある。シュライヤだ。ひらりと甲板へ降り立った彼は荷物を担いだまま、ナミへ目を向けて説明を始めた。

 

 「普段ならまずあり得ねぇだろうが、何年かに一回ってのはそういうことだ。あるメカニズムによって決められた時期にだけ、大きな潮の逆流と強い風が来る。それを使って山を登り、そこがスタート地点になる。他の連中も他の支流で待ってるはずだ」

 「やっぱり本当なんだ。理屈ではわかるけど、そんなこと……」

 「まぁ、何が起こっても不思議じゃねぇ海だ。納得しとこうよ」

 

 シュライヤが来たことは驚きもせず受け入れられる。

 わずかに微笑んだサンジも作業へ戻った。

 彼らの話は聞こえていたのだろうが、理解できず、朗らかに笑うルフィが言う。

 

 「要は不思議スタートってことだな」

 「いやわかってねぇだろ、おまえ」

 

 ウソップが彼の頭を軽く叩いたことで空気は緩和され、緊張感は少し薄らいだ様子。しかしまだ不安に苛まれているらしいウソップはナミを見て言った。

 

 「確かに山登んのは二回目だけど、ほんとに大丈夫なのかぁ? あの時だって一歩間違えればメリーが大破するとこだったんだぞ。しかも今はキリも居ねぇし」

 「あの時もキリは船ん中で居なかったじゃねぇか」

 「いやそうだけどもだ」

 「だいじょ~ぶ。なんとかなるって」

 

 ナミに言ったはずだったがルフィが答え、気楽に笑い飛ばされてしまった。

 いつも通りと言えばそれまでである。

 大きく溜息をついたウソップは返す言葉を失くし、納得するよりなかったようだ。

 

 「結局いつもこうなるんだよなぁ……」

 「よぉし野郎ども、準備急げ~! もうすぐレースが始まるぞ!」

 

 大声を出すルフィにつられ、皆の準備も慌ただしくなる。

 やはり慣れているためか作業は早く、瞬く間に帆が張られ、錨が上げられた。

 

 メリー号は少しだけ動いて島から海へ流れる川の前へ。

 ミシェールとシュライヤの話が嘘でなければ、その川を上って山の頂上まで行く。果たして本当なのかと誰もが島の全貌を眺めていた。

 

 そうして次第に空気も変わっていく中、作業を終えたビビはぽつりと呟いた。

 

 「本当に始まるのね……海賊たちのレースが」

 「危険な旅路になりましょうなぁ」

 

 隣に立つイガラムが神妙な面持ちで言う。彼女の身を案じるためか、できれば参加などさせたくはなかったが、今二人が乗っているのは海賊船。客人である以上強くも言えない。

 せめて何も起こらなければいいがと願うしかなく、苦悩する顔になる。

 そんな二人を見て、昨夜とは様子が変わっている二人を気遣い、不意にシルクが声をかけた。

 

 「怖い? ビビ」

 「え? あ、うん……どうだろう。自分でもわからないわ」

 「心配ならいらないよ。みんなが居れば大丈夫だから、もう少し楽しんで」

 

 シルクに微笑みかけられ、少しビビが驚いた表情になる。

 直後にはくすりと笑って肩の力が抜けたようだ。

 

 「そうね。もう少し楽しんでみる」

 「うん。ビビは笑ってる方が可愛いよ」

 「うーむ、危険はあるだろうが仕方ないか。その分私がビビ様をお守りせねば」

 

 彼らが安堵していた頃、しばらく待ってついに変化が現れた。

 メリー号が浮かぶ海面が揺れ出したのである。

 この変化にいち早く気付いたナミが表情を変えた。

 

 水面を見た訳ではない。それよりもっと確かなのは、肌に感じた風の変化。突発的に彼女は船の後方に目を向けて小さく叫んだ。

 

 「来るッ」

 

 予兆がある。これは間違いない。

 聞いていた話は間違いではなかったのだ。

 

 「みんな位置について! 風が来るわよ!」

 「おっ、レース開始か?」

 「野郎ども、ナミさんに従え! 急がねぇとオロすぞ!」

 

 ほんの些細な変化に仲間たちは気付いていない。そのため反応が一歩遅れるが、誰よりも早く理解したサンジが告げたことで船上は慌ただしくなった。

 どたばたと騒がしく駆け回り、航海のための立ち位置へ着く。

 全員の動きが止まった瞬間がその時だった。

 

 予兆、強い空気の揺れを感じて、船の後方から風が来るとわかる。

 海から山へ向けて駆け上がる強風。

 それは間違いなく突発的に起こる物ではない。だがそれは、突如として現れた。

 

 「来たわよ……!」

 「おっ、おおおっ――!」

 「振り落とされんなよてめぇら。あ、レディたちはいつでもおれのこと頼ってね」

 

 かくして、風は吹いた。

 転覆しかねないほど船体を傾かせ、帆が風を受け取って船が進む。同時に、時を見計らったかのように潮の流れが一変しており、その様は彼らを導くかのよう。

 

 島を登る川へ突入し、天然のトンネルを抜けた先、町の中へと出た。

 数え切れないほどの人間がレースの始まりを見ているのである。

 

 世にも盛大なパレードスタート。活気のある声援が山を登る船に向けられていて、数年に一度しかない大きな賭けに心を躍らせ、野次も数え切れないほど存在している。

 町どころか島中の人間がレースに注目していたのだ。

 もはや怒号とも呼べる声量に鼓膜を揺らされて、船上の人間はぶるりと震える。

 

 凄まじい迫力であった。

 天が割れるほど叫び声で溢れ、感じ入らずにはいられない。

 麦わらの一味は胸に秘めた期待から笑みを浮かべ始める。

 

 「す、すげぇ。おれたち結構注目されてんじゃねぇか?」

 「ししし、楽しくなってきたっ」

 

 普段は怖がってばかりのウソップでさえ武者震いして、ルフィは楽しそうに笑う。

 海流に乗って山を目指し、その途上は好奇心と希望に満ちた物だったようだ。

 

 登る道は一つではなく、いくつかの川が山頂まで伸びている。そのどれかのルートを通ってスタート地点である山頂まで辿り着くのだろう。

 当然、レースの参加者は彼らだけではなかった。

 

 町を挟んで向こう側、別の船が見える。

 見ていたサンジが確認していた。

 様々な形の船が存在する中、一際目立った海賊船が一隻。かなり大きなサイズで、帆には海軍のマークが描かれ、塗り潰すようにバツ印が描かれている。元々海軍の船だったのだろうとはそれを見れば明らかだ。ただ異質だったのは、船にある煙突から黒い煙が吐かれているのだ。

 

 蒸気船だろう、と当たりをつけた。

 初めて見たサンジは感心した様子で呟く。

 

 「へぇ、蒸気船か。珍しいもん持ってんな」

 「蒸気船?」

 「蒸気機関っつーもんで動く船さ。おそらくあの中には石炭を燃やすボイラーがあるはずだ」

 「帆があるのに火で動くのか? 変な船。不思議船だな」

 「まぁそれでいいよ」

 

 質問してくるルフィに返答しつつ、全員がその船を見る。

 真っ先に気付いたのはナミだ。

 妙なマークを確認して誰より早く気付いたらしい。

 

 「あれはガスパーデの船だわ。サラマンダー号よ」

 「蒸気船か。そんなのまで海賊船になってるとはなぁ」

 「元は海軍の船だしね。あいつは海軍を裏切って海賊になった男だから」

 「性質が悪そうだな。できれば関わり合いになりたくねぇや」

 

 ぼやくウソップにナミが苦笑している。

 気持ちは同じだ。何事もなく終われればそれが一番良いに決まっている。もっとも、ルフィを始めとした仲間たちが同じ展開を求めているとは思えない。たとえ平和を望んだとしても、結局は大事になりそうだと思うのは二人とも共通の想いであった。

 

 他の船にも目を向けると、有名な一団は他にもある。

 船も個性的なため見ているだけでも感嘆の声が漏れていた。

 

 進むにつれて道は広くなり、他の川と合流して、最終的には一本になるようだ。

 当初はメリー号しか居なかったはずの道に、数多の船が横並びになる。

 ルフィの目が輝き出し、次から次へ視線を移していた。

 

 「ナミ、あれは?」

 「“縛り首”のビガロよ。懸賞金1490万ベリー。一対一じゃ強いらしいけど」

 「うほぉっ、すんげぇ船首の船だ」

 「あれがアーロンのライバルっていうウィリー一味ね。海の上だと厄介みたい」

 「色んな海賊が居るな~。わくわくしてきた!」

 

 近くにやってくる船を見て、ナミに解説を頼み、次第に興奮が高まってくる。

 拳を握ったルフィは待ち切れない様子で肩を震わせ、その笑顔は輝かんばかりに好奇心を露わにしていた。いわゆる冒険のにおいというやつを感じ取っていたのだろう。

 海賊だけが参加を許されるレースには胸が躍って仕方なかった。

 

 斜面の角度も上がってくる頃に、最も大きな船が視界に入る。

 気付いたのはウソップで、後方から猛追してくるその姿に度肝を抜かれた。

 

 「な、なんじゃありゃあ!? でけぇ! 船っていうか船員がでけぇだろ!」

 

 見えたのは巨大な船をボートのように操る、巨大な二人の人間だった。その体格は明らかに常軌を逸しており、他の船など自らの足で踏み潰せそうな巨体である。

 あぁ、と納得した様子でナミが声を出した。

 事前に情報を仕入れていた結果、彼女は彼らのことがわかったようだ。

 

 「あれが巨人族よ。グランドラインじゃそんなに珍しくないみたい」

 「マジか……あんなのが普通に居るのか、グランドライン」

 「にっしっし、巨人かぁ。いいなぁ」

 

 次第に山頂が近付いてくる。それに従って多くの海賊船が集まっていた。

 そこを越えればいよいよレースが始まる。

 ルフィは拳を握って身震いした。

 

 「いよいよだ! みんな行くぞォ!」

 

 威勢の良い返事を耳にし、前には数多の船があるものの、ついにメリー号は山頂へ到達した。そのままの勢いで水流に身を任せ、山の向こうへ躍り出る。

 

 そこで予想外の事態が起こった。

 リヴァースマウンテンの航海を経験した彼らは、その時と同じく、てっきり水流に乗って山を下る物だと考えていた。しかしそうではない。山頂へ登った船は前方で忽然と姿を消すのだ。

 その光景を見た面々は表情に疑問を浮かべ、直後自らの体で体感する。

 船は、道が途切れたことで宙へ投げ出されていたようだ。

 

 水路は山頂で途切れていた。

 斜面を登っていた水は滝となって降り注いでいる様子。

 そのため、登り切った船は山頂から落ち始め、いくつも悲鳴が重なっている。

 

 これこそが海賊島の特徴、グランドフォール。

 水流が山を駆け上がり、滝となって反対側の町の水路へ降り注ぐ。

 数年に一度しか起こらない珍しい現象で、メカニズムもいまだ不明。わざわざその現象を調べようなどという輩は海賊の中になど存在せず、ただ珍しいことだけは理解して、これを利用して始められたのが、デッドエンドのパレードスタートだ。

 すでに歴史も長い。この現象を知らぬ者は島内には居なかった。

 

 しかし、別の航海で自信をつけていた彼らは別だったのだろう。

 まさかの事態に目をひん剥いて驚愕し、口からは自然に悲鳴が漏れ出て、動揺も大きい。

 口々に驚きの声を発して、船体にしがみつく余裕もない様子だった。だがそのままではまずいと気付ける者も数名居て、船上は浮遊感を感じた途端に騒ぎ出す。

 

 「道が、ねぇ……!?」

 「うそっ……!?」

 「全員船にしがみつけェ!」

 「落ちるぅぅぅぅっ!!?」

 

 他の船に続くようにしてメリー号も落下を始めた。

 強い風が吹き上げる。しがみついていなければ空に放り出される衝撃を感じ、まるでこの世の終わりを感じるかのような、絶望を味わう長い一瞬である。

 

 時間にしてたったの数秒。だが体感ではもっと長い。

 メリー号は麓にある川に着水した。

 長い滞空時間ですっかり恐怖を味わったが、これで終わりではないのだ。

 へたり込んで放心している仲間たちへ、心底上機嫌なルフィが叫ぶ。

 

 「いやっほ~! 始まったぁ~! 海賊レースだぁ~!」

 

 叫んだ直後、大砲の砲撃音が木霊する。

 前方に居た海賊船が一斉に砲撃を始めていて、互いの船を狙っているらしい。直撃する音、爆音が響き、壊れた船の残骸が水路へ飛び散って水しぶきを上げた。

 その後も砲撃は止まらず、次から次に轟音が鳴り響く。

 

 デッドエンドにルールはない。一番先にゴールへ辿り着いた者が勝者だ。

 敵船への攻撃など当然の妨害で、着水と同時に他の船へ襲い掛かる海賊団も少なくなかった。

 

 大砲による攻撃はそこかしこで行われ、中には自らの船を敵船に横付けし、直接乗り込んで襲う一味も居る。船上での戦いは水路を駆け下りながらで忙しない様子だ。

 放心していた麦わらの一味もようやく我を取り戻し、その光景に目を大きくする。

 

 「おおっ、やってるやってる。元気だなぁ~あいつら」

 「っていうかいきなりかよっ。まだ島も出てねぇってのに」

 「ま、無理もねぇな。ルール無用なんだからいいじゃねぇか」

 「呑気に言ってる場合じゃないわよ!」

 

 呆けていられる状況ではなかった。

 先程まで顔面蒼白だったナミだがなんとか気を持ち直し、冷静になって指示を出し始める。

 今はキリが居ない。それだけ自分がしっかりしなければという自覚があったようだ。

 

 「サンジくんとシルクで後方の確認! ウソップとイガラムは大砲の準備! ゾロ、針路は私が見るから舵取り任せた! ビビは左右から敵が来ないか見張って! ルフィは今すぐメリーの頭から降りろォ!」

 

 素早く、的確に指示を出し終え、仲間たちが即座に動き出す。しかしルフィだけはいつの間にかメリー号の船首の上に座っていて、前方で起こる戦闘に肩を揺らしている。危機的な状況であるのは間違いなさそうなのだがまるで緊張感がなかった。

 ナミの怒号が飛ぶものの彼だけはその場で振り返る。

 

 「いやぁ~早速おもしろいですなぁ。ナミ、一番前に行くぞ! 優勝するのはおれたちだ!」

 「だったらあんたも手伝いなさい! この先道が曲がりくねってるわよ!」

 「おう!」

 

 ようやくルフィも甲板へ戻ってきて操船を手伝い始める。

 メリー号の上は一気に騒がしくなり、攻撃を受けないためにと船体を動かした。

 

 その頃になってシュライヤが口を開いた。

 今まで黙り込んでいた彼はナミへ視線を送って、何やら緊迫した様子を醸し出す。

 レース開始と同時に想うことがあったらしく、その声色は重苦しい。

 

 「おまえら、ガスパーデは見逃すなよ。あいつを常に注意しとけ」

 「え? 何よ急に」

 「あいつが正攻法で勝ちに来るわけがねぇんだ。必ず何か策を隠してやがる」

 

 やけに真剣みを帯びた口調だった。

 何かを知っているような、事実知っているのだろうが、強い意志が感じられる。

 見られたナミは思わず止まってしまう。しかし今はそうも言っていられない状況であり、まずは安全を確保すべきだろうと即座に判断した。

 

 「そうしたいのは山々だけど、先に沖へ出るのが先決でしょ。船の安全を確保しなきゃ何も始められないわ。そこまで言うならあんたも手伝って」

 「チッ、仕方ねぇな」

 「ヤードを保って! 絶対に船体をぶつけるんじゃないわよ!」

 

 ナミの指示が飛んで再び仲間たちが動き始めた。

 周囲では今も変わらず船が沈められていき、いつ自分たちがそうなるともわからない。

 そんな中でひどく楽しそうに、ギャーギャーと騒がしく駆け回っていた。

 

 水路は狭く、前へ進めば進むほど距離が近くなり、戦闘は激化する一方である。

 その中で生き残るため、麦わらの一味はメリー号を駆って前へ出た。

 


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