ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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レース開始の朝

 騒がしい夜を終えて、喧騒もさほど変わらず朝がやってきた。

 海賊島の人々はいつも通りに動き始めて、でもいつもよりどこか浮足立っているような、多少の期待や興奮を思わせる様相で穏やかな一時を過ごしている。

 島中が馬鹿騒ぎしていた昨夜に比べてずいぶん落ち着いた風景だった。

 

 今日はレース当日である。

 そのため今日を心待ちにしていた人々の顔には、至極嬉しそうな顔があった。

 

 レースに参加する者は野心を見せ、賭けに興じる者は誰が勝つかと予想で盛り上がり、どちらにも属していない者でさえレースの話題に目を輝かせていた。

 デッドエンドの勝者は誰か。

 あちらが上だ、こちらが強い、などと語る声は一晩経っても尽きることはなく、レース開始の時間が近付くにつれて声は大きくなってすらいた。

 

 一方で麦わらの一味は全く緊張していない様子だ。

 起き出した宿でのどかに過ごしており、昨夜とは打って変わって落ち着いた風景。

 騒ぐことなく食事を終えた今、彼らはエントランスで向かい合っていた。

 

 「これからについてだけど、ボクは一旦船を離れる。ゴール地点で会おう」

 

 そう言い出したのはキリだった。

 唐突な提案は仲間たちに衝撃を与え、言葉を失くさせる。

 

 決して肯定的な雰囲気ではなかった。誰の顔にも驚きが見えて、中には途端に不安を色濃くする者もおり、特にルフィは嫌そうな顔をする。

 口を開いた時、誰もが彼と同じ想いだったはずだ。

 

 「離れるってどういうことだ? キリもいっしょに来るんじゃねぇのかよ」

 「色々事情があってね。レースの間だけさ」

 

 分かり易く不満を訴えてくるルフィを見てキリが苦笑し、肩をすくめた。

 そう言われるのも想定の範囲内。疑問を持つのは当然だろう。

 ただ、全てを明かせる状況ではないため、彼は人知れず言葉を選ぶ。

 

 「欲しい物があるんだ。個人的に動いて手に入れたい。直接的にはレースに参加しないし、今回メリーには乗らないけど、最終的な目的地は同じ島だ。向こうで会えるよ」

 「いや、急過ぎてわからねぇんだけどよ……向こうで会うって船は? それに目的もよくわからねぇし、ほんとに別行動すんのか?」

 「そうだよ。まぁ今回だけさ」

 

 ルフィに同意するようウソップが尋ねて、答えは相変わらず同じ。キリは微笑みを絶やさずに彼らの疑問をさらりと受け流し、態度を変えようとはしなかった。

 人となりは理解しているが、狙って船を離れるなど初めてのことだ。

 当然質問したくもなる。

 次に口を開いたのはサンジだった。煙草に火を点け、煙を吐き出しながら彼を見る。

 

 「まぁ、こっちとしてもおまえが裏切るなんざ思っちゃいねぇが、それにしたってわからねぇことばかりだ。わざわざ船を離れてまで欲しい物ってのは?」

 「ないしょ」

 「っておい、教えねぇのかよ」

 

 おどけて口を閉ざしたキリにウソップが思わず言った。尚も詳しい説明をしない。

 続けて、サンジが問いかける。

 

 「言えねぇことをしようってのか? そもそも、てめぇベビー5ちゃんに手ェ出しといてさらに単独行動だと? 今度はどこで何する気だ……!」

 「物凄い嫉妬の念を感じるね。別にいやらしいことはしないよ」

 「ええ。私が居るから必要ないわ」

 「いやそういう意味じゃないんだけど」

 「ええっ!?」

 

 キリの隣に並んで立っていたベビー5が大声を出す。何があったか、どうやらすっかり彼のことを気に入っているらしく、肩が触れるほど寄り添う姿は恋人にも見える。そして彼の発言に驚く姿は片時も離れたくないとでも言うかのようだった。

 

 昨夜から彼女は明確にキリへ好意を寄せている。

 常に傍を離れようとせず、どんな時も彼の隣で役に立とうとしていた。

 

 今もそうだ。

 無防備に立つ彼に腕を絡めて、不満を訴える目はわずかに潤み、何かを懇願するようである。愛らしい表情は年齢や外見よりも彼女を幼く見せ、サンジなどは目の色が変わっていた。

 キリも含めて仲間たちは困惑している様子だ。

 今や当然のようにそこへ立っているものの、本来彼女は部外者である。

 

 そんな周囲の反応すら一切気にかけず、ベビー5はキリの顔を見上げて言った。

 

 「私が必要なんでしょう、あなた。私ならいつでもOKよ」

 「チクショー!? おれも美女にあんなことを言われたい! ベビー5ちゃん、君のことはおれの方がよっぽど必要としているんだ! キリよりもずっと!」

 「え!? そ、そんな……私にはもうこの人が居るのに!」

 

 突然サンジが口を挟んだことにより、場の空気は一変してしまった。

 本題には関係のない話である。

 目をハートにしたサンジが彼女を口説き始めたことにより、ベビー5は頬を赤く染め、しかしその一方でキリの体に身を寄せ、肩に頭を預けた。

 

 甘える素振りにキリは小さく嘆息する。

 気分が悪くなる訳ではなく、むしろそれほどの美人が相手では良くなりもした。ただそれとは別として、場が引っ掻き回されたことに少し頭が痛くなる想いらしい。

 

 「やれやれ。なんだか上手くいかないね」

 「わ、私が必要なの? あぁでも、キリが私を必要としているのに、一体どうすれば……」

 「おれの方が君を愛せるさ! さぁベビー5ちゃん、おれの胸の中においで!」

 「そ、そんな、そこまで必要としているの? うぅ、私、どうすればいいの――」

 「ベビー5」

 

 その時、こちらも唐突に、今まで突っ立っていたキリがベビー5の肩を抱いた。

 サンジの目には嫉妬の炎が生まれ、周囲では呆れた溜息。

 頬を赤らめるベビー5の目はキリの顔に釘付けとなっていたようだ。

 

 「後で話そう。とりあえずそれまで静かにしててもらえるかな」

 「はい、あなた♡」

 「なぜあいつばっかりあれほどの美女に!? おれは悔しいぞちくしょうっ!!」

 「サンジ、ちょっと静かに。まだ大事な話の途中だから」

 「は~いシルクちゃ~ん! 静かにします♡」

 

 キリとシルクが諫めたことで再び空気が引き締まる。

 それを確認した後で、改めてキリが皆の顔を見回した。

 

 「必ず戻る。全員無事で会おう」

 

 多くを語らず、それだけを言われた。

 あまりにも説明不足。本来なら疑心暗鬼になっても無理はない。しかし仲間たちは彼のことをよく知っていて、真剣な声を聞けば不思議と説得されてしまいそうになった。それだけキリが裏切るという状況が考えられないということでもある。

 

 誰よりも先にルフィが頷いた。

 深く聞かずに送り出すことを決めたらしい。皆の視線は驚いていた。

 

 「わかった。ゴールで会おう」

 「ルフィ、いいの?」

 「キリが言うんだ。心配いらねぇさ」

 

 シルクの問いにも、振り返って軽く答える。その笑顔には全く心配が含まれていない。

 他の面子は少し不安そうにしているが船長の決定に逆らう者は居なかった。

 

 わずかだが室内の空気は変わりつつあり、独特の緊張感が生まれるかのようだ。一時的にとはいえ仲間の一人が自発的に船を離れるのは初めての事態。数人、顔色も変わりつつある。

 仲間たちの内、何名かの顔を見たキリが口を開いた。

 理解し合った彼らにかける言葉は忠告であって、決して心配ではない。

 一人ずつに目を止めて簡潔に伝えていく。

 

 「サンジ。この中で一番冷静に状況を見れるのは君だ。もしもの時は頼むよ」

 「あ? ああ」

 「シルク。この連中不協和音も多いから、上手く取り持ってやって」

 「あ、うん」

 「ナミのことは心配してないけど、戦闘だけは他の連中に任せていいから。ウソップはネガティブなのも良いところだけどさ、もうちょっと自信持っていいと思う。援護はよろしくね」

 「よ、よし。任せろ」

 「ちゃんとわかってるわよ。心配いらないわ」

 

 どこか戸惑っている様子もあったが、一人も欠けずに返事が返ってくる。

 それに気を良くして視線の先が変わった。

 

 「ゾロ、あとよろしく」

 「……おう」

 

 腕を組んで不機嫌そうに頷かれる。彼は比較的理解してくれている方だろう。それでも全てを理解している訳でもなくて、あとは彼の感覚に任せるしかない。

 最後にキリの目はルフィへ向けられた。

 

 「それと、ルフィ」

 「おう」

 「思う存分楽しんで」

 「しっしっし、当たり前だ!」

 

 間を置かず即座に返事が来た。

 ルフィは上機嫌そうな姿で彼の行動を認め、送り出そうとしているらしい。

 どうやら皆も不安や不満といった感情を消し去ったらしく、徐々に表情は変わっていく。笑みを浮かべられる程度には安堵できたのだろう。

 

 傍から見ていて、ビビやイガラムには理解できない時間がある。それもどれだけの時間を共有したかによって変わるのかもしれない。

 

 少し離れた位置に立つ三姉妹にしても、彼らを見ていて不思議な感覚に囚われている。

 言葉を必要としない関係。よほど信頼していなければそうはならない。

 まだ若いのにずいぶん達観しているなと、多くの海賊を見てきただけに思った。

 

 よし、と頷いてルフィが振り返る。仲間たちを眺め、船長として決定は素早かった。

 

 「そろそろ行くか。キリ、おれたち先に出るぞ」

 「気を付けてね。生半可じゃないから」

 「負けねぇよ。海賊王になるからな」

 「くくっ、そうだった。あぁそうだ、忘れるとこだった」

 「ん?」

 

 キリが懐から取り出した物をルフィへ投げ渡す。宙を飛んだそれは右手の中に納まった。

 

 「なんだこれ? エターナルポースか?」

 「困った時は使って。デッドエンド、甘くないよ」

 「んん、よくわかんねぇけどわかった」

 

 ルフィは受け取ったエターナルポースをズボンのポケットに入れる。

 その時すでに仲間たちは入り口へ向けて歩き出しており、待つ様子はない。やり取りを見てすらいなかったようだ。慌てることもなくルフィがそちらへ歩き出す。

 ベビー5を伴ったキリも外へ出て、皆を見送ろうと背を見つめる。

 

 不思議な気分だ。横に居るのではなく一人だけ残ろうとする自分に違和感を持つ。

 かつての光景を思い出しそうになる。

 しかしそれでもキリは彼らの傍を離れ、自分だけその場を動かなかった。

 

 外へ出てから一行が振り返り、足を止めたキリを見る。

 表情は様々。先頭のルフィは笑顔で彼に向き合っていた。

 

 「ゴールで再会だ。絶対来いよキリ」

 「もちろん。案外こっちの方が早いかもね」

 「いいや、おれも負けねぇよ。またあとでな」

 「うん。あとで」

 

 軽く手を振ってやると、歩き出した一行は港を目指して遠ざかっていった。

 しばらくその背を眺めた後、大きく息を吐いたキリはようやくベビー5に向き直る。

 

 問題は彼女だ。

 様々な危険性を持っている人物。好かれているらしい事実は決して損ではないが、不確定要素が多過ぎる。まだ完全に信頼してしまうだけの材料は揃っていない。

 それを差し引いても妙に好かれてしまっているため、扱いに困る、というのが正直な意見だ。

 

 ただし、キリは仲間たちが思う以上に彼女を受け入れている節がある。

 戸惑う態度は素直な反応であるものの、冷静な思考は失われていないようだ。

 彼女を味方にするのは悪くない展開だと思っている。

 

 海賊王への道筋を考えた時、避けられないであろう障害がいくつか。

 それは海の皇帝と呼ばれる“四皇”の存在であり、海賊を捕縛すべく襲ってくる海軍本部であり、海賊を狩る海賊、七武海である。これらは長らく海の覇権を得るべく争っていて、世界情勢を見れば今でも続いていた。そう簡単に終わるものではないのだ。

 つまりこれらの存在を乗り越えるにはそう簡単でないということになる。

 そして海賊王になるには、これら全てを超えなければならない。

 

 その内の一角、七武海。

 これから敵対するサー・クロコダイルもそうだが、厄介な敵は他にも居る。

 

 言わばベビー5との出会いは奇跡であり、彼女の存在はキリの言葉次第で如何様にも変わる。

 敵を穿つ矛か、或いは自らの身を滅ぼす刃か。

 まだ扱い慣れていないのは事実。しかし友好的に接していれば悪い人間とは思えず、或いは、状況次第によっては本当に仲間になるかもしれない。全ては可能性であった。

 

 試してみる価値はある。

 冷徹に考え、決断し、最善の手を選ぼうとしているらしい。

 微笑みを湛えながらキリは嬉しそうなベビー5を見つめていた。

 

 「さて、あとは君の問題だ。とりあえず一旦帰りなよ」

 「そんなっ!? 私は必要じゃなくなったの!?」

 「そういう意味じゃないけどさ。ボクもこれから忙しくなるし、ちょっと事情があって一緒にはいられない。仲間のところへ帰った方がいいよ」

 「私はあなたの役に立ちたいの! なんでも言って、なんでもするから!」

 「はぁ……もう」

 

 キリは疲れた顔で頭を抱えた。

 これである。頼み事は断らないという彼女だが、それでいて強く主張することも少なくない。昨日出会ったばかりだというのにこうしてわがままを言うことも一度ではなかったのだ。

 まるで拒絶されるのを、捨てられることを恐れるかのような。

 そんな素振りに違和感を覚えたが意見は変えず、キリは提案をやめない。

 

 「別に今生の別れじゃないんだ。また会えるって」

 「うぅ、でも……」

 「仲間は大事にした方がいい。いくらジョーカーの身内でも、この海じゃ何があるかわからないから。色々あるかもしれないけど仲良くしときなよ」

 

 そう言って髪を撫でられた。

 ベビー5は少し困惑した顔になる。

 

 なんて儚げな顔をするのだろう。仲間を大事にしろと言い、彼女の頭を撫でるキリの顔は、微笑んでいながらひどく悲しげにも見えてしまった。

 意識していないのか、あまりに無防備すぎる。

 思わず胸が痛んだ。

 

 急にベビー5が右手を動かし、服の胸の辺りを掴んだのを見て、ハッと気付く。

 すぐにキリはくしゃりと笑うのだが、余計に分かり易かっただろう。瞬時に笑みを緩めたということは隠したかったという行動に他ならない。

 

 何か嫌なことを思い出していたのか。

 今度は自分の気持ちを優先せず、ベビー5が頷いた。

 

 「わかったわ。あなたの言う通りにする」

 「悪いね」

 「でも、お願いがあるの」

 「何?」

 「欠片でいいから爪をちょうだい。そうすれば仲間の下へ帰るから」

 「爪を?」

 

 いまいち要領の掴めない要求だ。しかし大した頼みではない。

 キリは頷き、右手を差し出す。

 途端にベビー5の笑顔は輝くようだった。

 

 彼女の右手の人差し指が姿を変えて、鋭い刃に変化する。

 事情は聴いていた。彼女はブキブキの実を食べた全身武器人間であり、自身の意志で全身を武器に変化させることができるらしい。それも完璧に操っている部類の能力者だ。

 戦えば強いと、些細な挙動で感じ取った。

 しかし今は敵対していないため、敢えて手を出さずに見守る。

 

 ベビー5の指がキリの爪を欠片だけ削り落とし、自らの手に握る。

 まさに至福の表情。心底嬉しそうに笑った。

 

 「ありがとう。これならあなたとずっと一緒に居られるわね」

 「あ、ああ……そうだね」

 

 幸せそうに言う笑顔には末恐ろしい物を感じたが、それで満足なら言うことはない。否定もしないし、気味悪がったりもしない。キリは即座に同意した。

 

 そっと体を離して正面から見つめ合う。

 動き出したベビー5はしかしまだ歩き出そうとせずに、まだ言いたいことがある様子。

 無理に促さずキリが待つ。

 

 「もう一つだけ、わがままを言っていい?」

 「聞けることなら」

 「次に会った時は、あなたの話を聞かせて。もっと深く知りたいから」

 「……そうだね。じゃあ、次に会った時の約束だ」

 「ええ。必ずよ」

 

 軽い足取りでベビー5が歩き出した。

 キリはその場に残って見送る。

 

 「もう行くわ。きっと仲間のバッファローが私を探してる。すぐに行かなきゃ」

 「うん。道中気をつけて」

 「また会いましょう、あなた♡」

 「いや、あなたって呼び方は変えないかな、やっぱり」

 

 勢いよく手を振りながら小走りで駆けていく。身体能力が高いのか、ベビー5の背は見る見るうちに遠くなっていった。その背中に溜息をつきつつ、顔には苦笑がある。

 残されたのは彼一人。だがこれこそ望んでいた状況だ。

 

 両手を天へ向けて体を伸ばし、ぐぐぐと筋肉が伸びる感触。

 腕を下ろして、一呼吸。

 

 ようやく準備は整った。

 ここからは仲間のためであり、同時に彼個人の戦い。失敗は許されない。

 再び一人になって覚悟は決まった。

 キリは歩き出す直前に後ろへ振り返る。

 

 宿の入り口の前、三姉妹が立って見送りに来ていた。

 それぞれ違った表情。ミシェールは微笑み、マギーは無表情だが少し眉をへの字にして、アニタは仏頂面でそっぽを向いていた。

 

 「ボクも行くよ。ありがとう。お世話になりました」

 

 軽く頭を下げて伝える。

 頭を上げて、彼の笑みは三人に向けられた。

 ミシェールとマギーが頷き、穏やかな表情で返答する。

 

 「体に気をつけてね」

 「あまり、無理しないように……」

 「また来るよ。みんな揃ってね」

 「ふふ、楽しみにしてるわ。またみんなで宴しましょうね」

 

 肩を揺らすミシェールがそう言った時、そっぽを向いていたアニタがわずかにキリを見た。

 彼もそれに気付いて視線を合わせる。

 

 「キリ兄ィ」

 「うん?」

 「……死なないでよね」

 「はは、わかってるさ」

 

 言い終えてすぐ振り向いた。彼女たちに背を向け、歩き出す。

 今生の別れでもあるまいし。

 そう思うのだが、なぜか不安は胸の内にあって、何とも言えない心境である。信用しているが心配もしている。特に彼の様子を見た後では。

 

 昨夜、様々な話を聞いた。

 イーストブルーで出会った海賊に勧誘され、共に生き抜くと誓い、再びグランドライン制覇を目指すことになった経緯も。東の海だけでなく世界に衝撃を与えた航海についても。

 

 楽しそうに冒険の話をする彼を見て安堵した。

 けれど同時に、危険性を孕んでいることにも気付いている。

 

 キリはルフィに依存し過ぎている。

 

 離れていく背を見つめる三人は無事に再会できることを願ってやまない。

 いつかどこかで、何かが起こらなければいいが。

 完璧に自身の感情を隠して見せた彼にはそう思って仕方なく、不安は消え去らなかった。

 

 歩き出したキリは港に向かうことなく、港から見て右側にある一帯、普段滅多に人が立ち寄らない岩場を目指していた。間違えた訳ではなく目的地に定めていたのである。

 誰も居ないはずのそこになぜ向かうのか。

 待っているからだ。そこに船を停めている者たちが。

 

 健常な足で歩いてものの数分。半ば小走りのような足取りだった。

 高い岸壁から海を見下ろした時、谷間になったそこには水面に浮かぶ潜水艦があって、そこに目的でもある海賊が居た。

 

 ちらりと岸壁の上を見上げ、彼らも気付いた。

 腕を組んで立っているのは船長トラファルガー・ロー。

 背後には航海士ベポや、ペンギンやシャチ、他の仲間たちも居る。

 潜水艦ポーラータング号の甲板にずらりと並び、一味勢揃いで待っていたらしい。

 笑みを浮かべたキリはそのまま崖から飛び降りた。

 

 紙の体は軽く、重力の影響を受けながらも常人とは違った様相で落ちてくる。ハートの海賊団に所属する船員たちはおぉっと声を揃えたが、ローだけは反応せず。

 すたんと軽い音が鳴る。

 キリはポーラータング号の甲板に立ち、真っ先にローに目を向けた。

 

 「行くぞ」

 「あいあい、キャプテン」

 

 平坦な声におどけた様子で答える。

 先にローが扉をくぐって船内へ入り、次にキリが続いた。

 他の面々も次々船内へ入っていく。

 

 甲板から人の姿が消えてから、ものの五分も経っていなかっただろう。

 エンジン音を立てて動き出した潜水艦は、瞬く間に潜行を開始したのである。

 


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