ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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アルビダ海賊団(2)

 ルフィは相変わらず食べ続けていた。

 すでに場の空気に耐え切れず、コックが料理をやめて距離を取っているがそれでも気にせず目の前の料理を食し続けている。

 咀嚼もまた早い。速度の変化はなく次々口の中へ放り込んでいく。

 いくつもの皿を空にするが勢いは尚も止まらなかった。

 

 その場にあるのは殺伐とした空気である。とても食事を続けられる状況ではなかったがルフィの顔色だけがまるで変わっていない。その代わり周囲の海賊たちや、或いは彼と対峙するアルビダの表情は厳しくなり、明らかに彼を睨みつけている。

 

 周囲に立って取り囲む海賊たちは武器を抜いて今にも襲い掛からんとしていた。

 言わば絶体絶命の環境で彼の態度はなんとも和やか。食事に集中する程度には器が大きかったということか。もしくは、ただ場の空気が読めないだけのバカかもしれない。

 その様子が気に入らないアルビダは大声を張り上げる。

 

 「舐めやがって。そこまで言うならやってみればいいさ。あんたたち、こいつを黙らせなァ!」

 

 おうッ、と威勢のいい声。

 サーベルを持つ男たちは一斉に駆け出し、ルフィへ目掛けて真っ直ぐ向かった。

 

 悪魔の実の能力者であっても剣で切られて無事なはずはない。彼のことを何も知らずに、そう決めつけて動き出していたようだ。彼らはまだ能力者について何も知らなかった。

 

 三十名を超える海賊たちの内、サーベルを手にする二人がルフィへ斬りかかる。

 何の能力かを詳しく知らずに動き出していたが、能力者の中でもゴム人間を相手にする場合には有効だった。打撃や銃弾を受けても跳ね返してダメージを受けないゴム人間は斬撃を弱点としている。海賊たちのサーベルが彼の肌に当たれば、或いは彼を倒すことすらできるだろう。

 

 太い腕で振り下ろされようとする剣に気付き、ルフィが動き出したのはそれからだったが、あまりにも動きが素早い彼は高く跳び上がって攻撃を回避した。

 空を切ったサーベルが机に激突し、力ずくでそれを叩き割る。

 

 一瞬の内の行動である。思わず姿を見失うほどで二人はすぐさま頭上を見上げた。

 くるくると回るルフィは尚も手に持った肉を食べており、むしゃむしゃと緊張感のない様子。動揺も怯えもなく見事に着地すると、肉を食べ終えて骨までバリバリと噛み砕く。

 

 腹はある程度満たされた。まだ満腹ではなく、料理もそこらにあるが今はいい。

 戦闘が始まったことに上機嫌となり、肉汁で汚れた指先を舐めた彼は楽しげに笑う。

 

 「うし。腹も落ち着いたし、やるか」

 「こいつ、速ぇぞ」

 「構うもんか。敵は一人なんだぞ!」

 

 今度は四方を取り囲んで一斉に襲い掛かる。強いとわかっても敵は一人。恐れることはない、逃げ場を塞ぐように動き続ければ倒すことは難しくないと考える。しかし今度はルフィが逃げず、その場に立ち止まったままで彼らを迎え撃った。

 

 目の中にある意思は強く、剣が振るわれようとも身軽な仕草で避けていく。

 反撃は一瞬。殴られ、蹴られた男たちが抵抗もなく宙を舞った。

 

 意識を刈り取るまでにかかった時間は数秒と存在しない。瞬きすればすでに四人の男たちが飛ばされていて、受け身も取れずに背中から地面へ落ちた。

 

 男たちは驚愕して動きが止まる。

 この少年、見た目以上の強さがある。警戒心は大きくなり、攻撃の手に迷いが生まれた。

 場は膠着状態に入り、上機嫌に笑みを浮かべるルフィに対し、緊張した面持ちの男たちはアルビダが見ている前でもすぐには動き出せなくなってしまったようだ。

 

 「んん、調子いいぞ。やっぱ肉食ったからだな」

 「チッ、何やってんだい! 相手はたった一人なんだよ!」

 

 アルビダの叱責が入って肩がびくつき、また数人の男たちが動くも結果は同じ。

 ルフィの行動は素早く、狙いが的確で強力な攻撃が放たれる。ゴムの体を生かした強烈なパンチはピストルを思わせ、殴られた際にはどうしても体が宙を舞い、意識さえ刈り取られる。

 

 また同時に数人、その場に倒れた。

 この実力は嘘ではない。体感して知ったが本物である。

 ようやく彼の強さが伝わったのか、海賊たちには大きな動揺が広がる。しかしアルビダは怒りを増長させるのみで、退くつもりもなければ彼を許すつもりもない。怒りを示して金棒で強く地面を叩いた。ついに我慢できなくなった様子だ。

 

 「だらしない男どもだね! もういい、下がりな!」

 

 どうやらずいぶんな短気らしい。

 顔を真っ赤にし、業を煮やしたアルビダは自らが進み出て、振り返るルフィと目を合わせた。

 

 反応は上々。動きもいい。だが今まで彼女の金棒を受けて立っていられた者など一人としていないのである。捉えさえすれば勝負は一瞬でつく。彼女はそう確信しており、負けるつもりはない。決着は自分でつけられると信じてやまない様子だ。

 

 ルフィが彼女に向き直る。唇をきゅっと結んで真剣な眼差しが目についた。

 怯えずに立ちはだかれるのは見事だと思う。だからと言って脅威とは思えず、間抜けな顔のガキが一人、この後の光景が想像できているのかアルビダがほくそ笑む。

 金棒で軽く肩を叩き、大きな余裕が見える姿だ。

 

 「それなりに腕は立つようだねぇ。だけど喧嘩を売る相手を間違えたようだ。今なら泣いて謝れば許してやらないこともないけど、どうする?」

 「いやだ」

 「だったら死になァ!」

 

 鈍重な外見とは裏腹に、一足飛びで前へ出たアルビダは凄まじい速度でルフィへ躍りかかった。

 辺りに置かれていた机や椅子すら弾き飛ばし、その巨体は圧倒的な威圧感を放ち、ぶつかっただけで無事では済まないだろうと連想させる。しかも右腕には今にも振り下ろされようとしている金棒がある。彼女から伝わる恐怖感は凄まじいものだった。

 

 彼女の手下たちが戦慄する時、しかしルフィは微塵も恐れていなかった。

 猛然と振り下ろされた金棒は彼の脳天を狙っていた。それを見た直後一歩を動くだけであっさり攻撃が空を切り、轟音を立てて叩いた地面を陥没させる。

 金棒が土を抉って半ばほど埋まり、壮絶な攻撃力を見せつけた。

 ルフィはそれを見ても笑顔である。

 

 「おおっ。すんげぇなぁ」

 「チィ、ちょこまかするなァ!」

 

 すぐさま金棒を地面から抜き、振り上げる軌道でルフィを狙うもあっさり避けられ。

 彼の目はしっかりと彼女の攻撃を見切って、首を動かすだけで金棒が動く軌道から逃げていた。

 

 風切り音がひどく、鼓膜を震わす。

 間近を通り過ぎる金棒を涼しい顔で見送り、尚もわずかに足を動かすだけで避ける。

 さほど大きな動きはないというのに回避し続けていた。運動能力によるものか、それとも視力の良さか、彼女の攻撃は空を切り続ける。何度振ろうとも当たらない。

 

 その姿はあまりにも異質で、海賊たちは声を失くした。

 いまだかつて彼女の猛攻を避け続けられた人間が居ただろうか。

 いや、居ない。居るはずがない。

 誰を相手にしようともアルビダは自慢の金棒で一撃の下に片付けてきた。当たればまず間違いなく決着がつき、外したとしてもそれは怯え切った相手が転んだ時くらいしか経験がない。

 

 なのに今は、何度振っても当たらない。

 軽やかに舞うルフィに傷一つつけることができず、思わぬ光景にアルビダは汗を掻いた。

 

 なぜ捉えられないのだろう。理由は思い当たったがそれを肯定するのが怖い。自分と彼との実力差を考えることができずに、当たらないと知っても止めることができなかった。全力で金棒を振り続け、辺りの物を弾き飛ばし、地面を爆ぜさせて、凄まじい風を起こしながら前へ進む。

 

 散々周辺を荒らした後。ルフィが後ろへ飛び退いたことをきっかけに両者の距離が開く。

 着地したルフィは汗一つ掻かずに冷静な面持ちを見せ、対するアルビダは肩で息をしている。実力の差は明らか。流石に動揺を隠せなくなって思わずアルビダは呟いていた。

 

 「ハァ、ゼェ、バカな……あんた、一体――」

 「言っただろ。おれは海賊王になる男だ」

 

 握った両の拳をぶつけ、にっと口の端が上がる。

 こんな男は見た事が無かった。今まで彼女に勝てた男など存在しない。女でありながら腕っぷし一本でのし上がって来た海賊、それが金棒のアルビダだ。

 一撃も当てられない現状にひどい侮辱を感じ、ギリギリと歯を食いしばる。

 その時ようやくルフィが構えた。

 

 「んん、そろそろこっちからもいくぞ。覚悟はいいか、イカついおばさん」

 「だッ!? 誰がイカついおばさんだってェ!」

 

 疲労の色を見せ始めたアルビダが、再び猛然とルフィへ襲い掛かった。

 小細工は使わず真っ向勝負。真っ直ぐに向かってきた彼女を見据え、ルフィは逃げない。強く拳を握りしめ、攻撃も繰り出さずに待ち構え、口の端を上げていた。

 

 「生かしちゃおかないよ! 叩き潰してやるッ!」

 

 間近に迫って全力の一撃が振り下ろされた。

 その威容にも屈さず、ルフィは拳を突き出す。

 

 下から迎え撃つような軌道のパンチが金棒と激突する。鉄すら破砕させるそれを殴ると、硬い音が森中に響き、生まれた衝撃が辺りを駆け抜ける。肌をびりびりと震わせる風に尻もちをつく男も少なくはなかった。目を奪われる光景は確かにそこにあったのである。

 

 勝ったのはルフィだ。

 彼に殴られた金棒はアルビダの手を離れて宙を舞い、鉄であるにも関わらずくっきりと彼の拳で殴られた跡が残り、力なく回転しながら落下してくる。

 

 武器を殴り飛ばされた。まさか力で負けるとは思わず、アルビダは血相を変える。

 にやりと笑う小柄な少年。

 こんな男は知らない。これほど強い人間は見た事が無い。

 

 アルビダが戦慄する内にもルフィは拳を構えており、再度の攻撃がやってくる。今度は彼女の心を折るためでなくとどめを刺すため。言わばすでに勝敗は決していた様子。

 何もできずに立ち尽くしたアルビダは彼の姿をじっと見つめていた。

 

 「ば、バカな……!?」

 「ゴムゴムのピストル――!」

 

 勢いよく伸ばされるゴムの腕に、そこから繰り出されるパンチ。正確に彼女の頬を撃ち抜いたそれはたった一発で意識を刈り取る力を持っていて、男から見ても巨体だと思える外見は軽々と宙を舞っていた。その場に居た誰もが絶叫する。まさか、最強だと思っていた船長が殴り飛ばされる姿を見る日が来るなどとは思っていなかっただろう。

 

 森の中から響いた絶叫は広場の外まで届く。

 アルビダの巨体が地に落ちた時、衝撃音から全員が押し黙り、奇妙な沈黙が生まれる。

 攻撃の拍子に落とした帽子を拾い、かぶったルフィはゆるりと海賊たちを眺めた。

 

 「おい」

 「ひぃっ!?」

 「まだやんのか」

 

 平坦な声で端的に告げれば、一人残らず即座に走り出した。その場から逃げようと我先に船を目指していくのである。しかしルフィの目にはそこに倒れたままのアルビダが映っていて。

 小走りで気絶したアルビダへ近寄ったルフィは、逃げ出す背中に向けて声をかける。

 

 「おい、待てよ!」

 「ひぃぃっ!? ま、まだ何かっ?」

 「このおばさん、おまえらの船長だろ」

 

 両手でアルビダの服を掴み、ぐいっと思い切り引っ張る。

 彼の細腕によって彼女の巨体は投げられた。目標とするのは当然彼女の部下たちである。

 またも大絶叫が響き渡った。

 悲鳴が終わらぬ内にルフィは金棒をも拾い、それもまた部下たちへ向けて投げる。他の何を差し置いてもそれだけは気になったらしい。

 

 「持って帰れ!」

 「ぎゃあああっ!? あ、危ねぇ!」

 

 どすんと落ちてアルビダの下敷きになった者たちも居たようだが、慌て過ぎて痛みも感じないのか、多くの者がすぐに起き上がって協力しながら運び始める。彼らの逃げ足は速かった。

 

 誰も居なくなった広場で腰に手を当てて立ち、ルフィは辺りを見回す。

 あいにく残っていた料理は全てひっくり返ってしまったようだ。無残な光景を見てもったいないと思う。しかし拾って食べるには土がついて流石の彼でも戸惑われた。

 

 仕方なく食事を諦め、少し離れた位置で気絶する少年に目を向ける。

 あれだけの騒がしさにも関わらず微塵も起きようとしなかった。

 眠ったままの彼に歩み寄り、傍に着くと膝を折ってしゃがみ込む。眠るというより気絶したという表情だった。白目を剥いて口からは泡を吹いている。

 

 けらけらと笑い、ルフィは彼の肩を揺すった。

 数度揺するとようやく反応を示し、ゆっくりと意識が戻ってやがて起き出す。

 

 その場へ座ったコビーは眼鏡の位置を正しながら辺りを見回し、傍でしゃがむルフィを確認し、広場の光景が一変していることを知って冷や汗を掻き始めた。アルビダたちの姿も見えず、手下たちも居ない。現状を理解できずに救いを求めるような目が向けられた。

 ルフィはにっと笑い返す。

 

 「助けてくれてありがとな。もう終わったぞ」

 「え、は、えぇ? あの、これは一体……」

 「おれはルフィ。海賊王になる男だ。おまえは?」

 「か、海賊、え? あ、ええと、ぼくはコビーです……初めまして」

 「おう。はじめまして」

 

 言葉を交わしてもまだわからず、コビーの混乱はさらに深まっていく。

 彼が落ち着くのに必要な時間は数分でも足りず、またルフィが細かく説明しようとしないため、まだしばらくは辺りの惨状を理解しようと頭を悩ませることとなった。

 

 

 *

 

 

 「ええっ!? か、海賊王に!?」

 「ああ。そのために海に出たんだ」

 

 広場を少し離れて森の中。

 たまたま見つけた太い丸太に腰掛けて、ルフィとコビーは話していた。

 語るのは自身が海へ出た理由。ルフィはいつもの通り恥ずかしげもなく海賊王になる夢を告げ、それを聞いたコビーはあんぐりと大口を開けて驚くばかり。あまりにも大きな話についていけず、理解が及んでいない様子。ただただ困惑していた。

 

 大き過ぎる夢に驚くコビーは否定するように首を横に振り始める。

 ルフィを否定するつもりはなかったが結果的にはそう見えてしまっていた。

 

 「む、むむ、無理ですよ! 無理無理無理! 海賊王っていうのはこの世のすべてを手に入れた海賊ですよ! このイーストブルーからグランドラインへ入って、最も危険な海を航海しなければならないんです! 誰にだってできることじゃないんですよ、無理です無理無理!」

 「無理じゃねぇよ。やってみないとわからねぇだろ?」

 「いいえ、わかります! これだけはもう無理なんですよ! 無理無理!」

 「むんっ」

 「あいたっ!?」

 

 少しむっとした顔のルフィがコビーの額を小突いた。力は入っていなかったがそれでも痛みはあって、咄嗟に小突かれた額を押さえ、コビーは驚いて体をびくつかせる。しかしそれによって冷静さを取り戻せたようだ。ハッと我に返ったコビーが血相を変えた。

 拳を突き出したままのルフィと目が合い、戸惑いがちに尋ねる。

 

 「ど、どうして殴るんですか」

 「なんとなくだ」

 「な、なんとなくって……まぁ別にいいですけど。えへへ、殴られるのは慣れてますから」

 

 自嘲するように笑って頭を掻く。そんなコビーに違和感を抱き、ルフィは首をかしげる。

 そう言えばアルビダと対峙した時、彼は叫んでいた。

 

 海兵になりたい。

 意を決した様子で叫ぶ彼の姿はなぜか鮮明にルフィの頭へ残っており、一種の尊敬すら感じたが今はあの時の覇気を感じない。ただの臆病で弱気な少年にしか見えなかった。

 

 慣れているという言葉と、海賊船に乗っていた事実が気になった。

 冷静になったコビーへ疑問の声がかけられる。

 

 「なぁ、なんでおまえ海賊だったんだ? 海兵になりたいって言ってたじゃねぇか」

 「あ……えっと、それはですね」

 

 佇まいを直してコビーが話し始める。

 やけに神妙な顔つきで、相当な理由があるのだろうと思われた。

 戸惑いながらだったが重々しく口が開かれる。

 

 「あれは二年前のことです……釣りに行こうと思ったぼくは船に乗ろうとしたんですが、あろうことか間違えて乗ってしまった先がなんと海賊船。ああいう人たちですからそりゃあ激怒してました。以来、ぼくは殺されない代わりに航海士兼雑用として働かされることに……!」

 「おまえドジでバカだなー。釣り船と海賊船間違えねぇだろ」

 「うぅ、そ、そうですよね。ほんと自分が嫌になっちゃうくらいドジでバカで……」

 

 落ち込んでしまうコビーにルフィはからからと笑っていた。

 ドジでバカだとは思うが別段嫌っている様子はない。それだけでないという姿はすでに見せてもらったからだ。彼に対しては守られたという印象もあって友人のように想っている。

 

 「でもあいつらもう行っちまったし、今なら海兵になれるだろ。行くのか?」

 「そ、そうですね……でも、ぼくなんかにできるんでしょうか。よくよく考えてみればぼくなんてダメダメだし、意気地なしで、海賊だってやりたくないのに二年間もやらされて……こんなぼくが海兵になったって、誰かを守ることができないのかも」

 「そんなのやってみなきゃわかんねぇだろ。おまえさっきおれを守ってくれたじゃねぇか」

 「あ、あれは、ただ必死で。もう自分が死ぬと思ったから、せめて最後にって」

 「だったら死ぬ気でやればいい。あの時のおまえならできるさ」

 

 元々自信を持たないのか、コビーは自分の未来を想像しただけで不安に苛まれて怯えてしまっている。そんな彼を見てルフィは気遣うでもなく素直に言った。

 自身の帽子を手に取り、それを見つめる顔は驚くほど穏やかだった。

 

 「おれは死んでもいいと思ってる」

 「えっ――?」

 「おれがなるって決めたんだから、海賊王になるために戦って死ぬんなら別にいい。くいを残さないように生きるって決めた。だから絶対諦めたりしねぇ」

 

 彼の表情に、言葉に衝撃を受け、コビーは絶句する。

 自分で考え付いたことはない。死んでもいいなど、考えたことはなかった。今までずっと死にたくないと思って何年も雑用を続けていたのだ。

 

 ただ、言われてみれば確かにアルビダに立ち向かった時。確かにあの時だけは死んでもいいと思っていたのかもしれない。

 あれが覚悟なのだろうか。

 正確なことはわからないが少なくともコビーはそう思い、ルフィの姿に自分の夢を見る。

 

 幼い頃から海兵になりたかった。叶いそうもないその夢を捨てたことは一度だってない。できないのではないかと思いながら、ずっとなりたいと考えていた。

 自分は、変われるのだろうか。変わりたいと思う。

 唇を噛んだコビーは震える声で恐る恐る呟く。自分にとって分不相応だとも思いつつ、やはり口に出さずにはいられなくて、拳を固く握りしめた。

 

 「ぼくでも……やれるでしょうか」

 「ん?」

 「海軍に入って、海兵になって……今までずっと無理だと思ってましたけど。こんなぼくでも、死ぬ気で努力すれば、悪い奴を捕まえたりできるんでしょうか……?」

 「知らねぇよ。おれはおまえじゃねぇし」

 「い、いいえ……いいえ! やりますよ! ルフィさんがやるって言ってるんだから、ぼくだってやってみせます! 死ぬ気で頑張って努力して、そしていつかは、か、か……!」

 

 勇ましく立ち上がったコビーは握った自分の拳を見つめ、意を決して言い放つ。

 その横顔を見てルフィの顔は穏やかだった。

 

 「海軍将校になってみせますッ!」

 

 勢いに任せた発言だったが確かに言い切った。

 叫んだ直後、急に顔を青ざめさせたコビーが足をふらつかせ、その場に尻もちをつく。

 分不相応だったと自覚して脚がすくむ。気付けば体が震えていて、自分の発言に驚いている様子で、手を見てみればこちらも自然にがくがく震えていた。

 今度は自己嫌悪から来る叫び声が響き渡り、それを聞くルフィは上機嫌だ。

 

 「うわっ、うわぁぁっ!? ぼ、ぼくはなんてことを……! 言わなきゃよかった、やっぱりそんなのできっこありませんよね! 恥ずかしいっ! 穴があったら入りたい!」

 「しっしっし。おまえおもしれぇ奴だなぁ」

 「す、すいません。ちょっと舞い上がっちゃって。ルフィさんとしゃべって気が大きくなったのかも。ぼくには、そんなこと――」

 「やってみろよ、コビー」

 

 恥ずかしげに頭を掻くコビーに向け、軽やかにルフィが言った。

 途端に驚く顔を向けられるも言葉は引っ込めず。思ったままに伝える。

 

 「おまえならやれる。おれはそう思うけどなぁ」

 「ほ、本当ですか? でも、何を根拠に」

 「知らん。根拠はねぇけどそう思った。なんとなくだ」

 「……は、ははは」

 

 彼の発言がおかしくてつい笑ってしまった。どうして根拠もないのにそれほどはっきり言えてしまうのだろう。ルフィも楽しそうに笑っている。

 理由はよくわからない。けれど彼にそう言われたらできる気がするのは不思議だった。

 

 いつの間にか震えは止まって体が自由に動くようになっていた。

 ゆっくりした動きで立ち上がったコビーがルフィの目を見つめて、今度は安堵にも似て落ち着いた微笑みを持ち、深々と頭を下げる。どうにも彼には伝えきれないほどの感謝がある。

 

 「ルフィさん、ありがとうございます。あなたに会っていなかったらどうなっていたか」

 「ん? おれはメシ食いに来ただけだぞ」

 「ぼく……やってみます。できるかどうかわかりませんけど、二年間雑用してましたし、我慢強さなら鍛えられました。また一から始めて、頑張ってみます」

 「ししし。そっか」

 

 ようやくコビーの表情も落ち着いたようで、穏やかな様相になる。

 両者は笑い合って静かな森の中に笑い声が広がっていった。

 

 その頃になって草や木の枝を踏みしめ、音を立てながら近付いて来る気配に気付いた。

 振り返る二人を見つけてキリが声を発する。

 

 「あ、居た居た。おーい、ルフィ~」

 「おぉ、キリ」

 「やっと見つけた。迷ってるんじゃないかと思ってたけどこんなとこに」

 「わりぃなぁ。色々あったんだ」

 

 草むらを掻き分けてやってきたキリが二人の前に立ち、ルフィは笑顔だが、見知らぬ顔にコビーは戸惑った様子。眉根を寄せて不安を露わにしていた。

 何も気にした様子はなくキリは彼を見つけ、わずかに首をかしげる。

 

 「で、こちらの人は?」

 「コビーだ。おれの友達」

 「へぇ。君はちょっと目を離した隙に色んな騒動を巻き起こすね」

 「そうか?」

 「向こうで荒らされたキャンプ地があったけど、あれも?」

 「まぁな。イカついおばさんをぶっ飛ばしたんだ」

 「いかついおばさん? ひょっとしてさっき聞いたアルビダって人かな」

 

 顎に手を当てて考え始めたキリだったが、すぐに思考を切り替え、現状を見る。

 よくは知らないがこの島に人の気配はない。見た目や気弱そうな様子から島の住民ではないと推測できた。友人だと紹介されたコビーを置いていく訳にもいかないだろう。

 彼にとってもすでに目的は達成したのだ。いつまでもこの島に居る理由はない。

 次はどうするかと問おうとした折、先にルフィがキリへ頼んだ。

 

 「なぁキリ、コビーを送り届けてやりてぇんだけどいいかな。こいつ海兵になるんだってよ」

 「海兵? ボクらの仲間じゃなくて?」

 「ま、まさか! ぼくに海賊なんて無理ですよ」

 「ふぅん。わざわざ敵になる人を送り届けるなんて」

 「いやか?」

 「ううん。ただ変わった人だなぁって思ってさ」

 「いいんだ。友達だからな」

 

 上機嫌に笑うルフィと違ってキリは苦笑して肩をすくめた。たったそれだけの挙動で彼らの関係性が窺えるような気がする。なぜか見ていて安心できる様相だ。

 

 ルフィもまた立ち上がってコビーの隣に並ぶ。

 出発したいとは思うものの、目的地は定まらず、また定めようにも近海について知識もない。

 海軍支部へ送り届けようにも位置がわからないため、すぐには動き出せなかったようだ。ルフィほど楽観視できないキリがまずそれを尋ねる。

 

 「って言っても、あいにくこの辺りの海には詳しくないからどこへ向かえばいいかわからない。向かうんならやっぱり海軍の基地でしょ?」

 「うーん、それもそうか。コビー、おまえ知らねぇか?」

 「あ、はい。一応知ってますけど」

 「ほんと?」

 

 あっさり答えたコビーに二人が驚く。

 この件に関しては恥ずかしがることもなく、自信を感じる声だった。どういうことだと見つめれば照れたように頬を掻きながら答え始める。

 

 「一応、アルビダの船に居た時は航海士も兼ねていたので。この辺りのことはよく知ってます」

 「マジか。おまえすげぇなぁ」

 「やっぱり航海士は偉大だね。ボクらも早く仲間にしないと……ねぇコビー、ウチの船で航海士やらない? あいにく海賊だけど」

 「えぇっ!? いやいや、それは流石に……!」

 「あっはっはっは」

 

 彼らのやり取りにルフィは大笑いする。キリとコビーもすぐに距離感を縮めたようだ。

 確かにキリの言う通りだった。海の上を旅する以上、航海術を持っていなければ話にならない。キリもある程度は対応できるものの専門で学んだ訳ではなく、特にイーストブルーの地理には疎いのが現状。一刻も早く仲間にしたいところだった。

 だが今はそんなことだってどうでもよくなり、気分も良く次の島を目指すことだけ考えていた。

 


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