ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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Crazy groundの王様(2)

 螺旋を描いて突き出された拳と、巨大な金属の塊でできた拳が激突する。

 時を忘れるほどの絶句。

 衝突の際に生じた轟音が耳に残り、見ている距離など関係なく、大気が揺れる瞬間を感じた。その一撃はまさしく酒場中の目を奪うには十分過ぎるほどの力を持っていたのである。

 

 正面から衝突したルフィとキッドは拳をぶつけて睨み合い、一瞬の拮抗で停止する。

 直後には弾かれたようにルフィが後ろへ跳び、二人の間に距離ができた。

 

 「ハッ! 言うだけあるってことか。おれの攻撃に耐えるとはな」

 

 地面を滑りながら着地するルフィを視界の中心に捉え、金属を纏わせた右腕を振ったキッドは口の端を釣り上げて笑う。ひどく上機嫌なその笑顔は悪魔にも等しく見えた。

 

 キッドが居たフロアでぶつかって数秒。再びルフィが駆け出したことで再開される。

 突如始まった戦闘は、当人たちが予想していた以上に長引きそうだ。

 実力は拮抗していると最初の一撃で理解した。この相手に勝つのは簡単ではないとすでに両者が認識しており、闘志は膨れ上がって、今や当初よりも表情が引き締まっている。

 どちらも退くつもりはなかった。

 

 前へ駆けるルフィは高速で両腕を動かし、予備動作を行う。

 動きの性質からおそらく連続攻撃。腕が伸びたことを理解した上、一瞬で判断したキッドはその場で仁王立ちになって敢えて待ち、迎撃のため腰を捻って拳を握った。

 

 「ゴムゴムのォ!」

 「オラァ!」

 

 敵が何かする前に叩き潰す。

 そう決めて巨大な拳が突き出された。

 

 迫る姿を見てルフィの表情が変化した。

 あまりにも巨大過ぎる。彼自身の肉体ではなく金属が寄り集まっている物とはいえ、腕の大きさはルフィの全身よりも大きい。その拳による一撃は凄まじい迫力だ。

 素早く繰り出す拳を連続で叩き込むものの、その程度では止められず。

 キッドの拳が正面から彼を捉えた。

 

 体が浮遊し、無理やり運ばれる。駆けた分をあっという間に帳消しにされた。

 それだけに留まらず、拳の勢いは止まらない。

 殴り飛ばされたルフィは壁に激突するまで殴り飛ばされた。

 

 「うっ、いてぇ……!」

 「余所見すんじゃねぇぞ!」

 

 激突した衝撃で壁さえも壊れ、半ば埋まるようにしてルフィの動きが止まっていた。それを見逃さずキッドが飛び出して追い縋る。

 巨大な腕を掲げて振りかぶっている。

 目にしたルフィは当然回避行動を取り、壁から抜け出して即座に地面を蹴った。

 

 轟音。キッドの拳が壁を破って突き刺さる。

 しかしルフィには当たらず、間一髪で避け切っていた。

 

 地面を転がって体勢を立て直し、すぐに駆け出してキッドへ迫る。

 彼の体は打撃によるダメージを受けない。だがキッドの腕は様々な金属の集合体で、ただ単純な打撃とはそもそも性質が違う。現在ルフィの体は殴られた拍子に、サーベルやナイフの刃先が皮膚を突き破って血を流させていた。

 敵の攻撃は通用する。それを知った上で尚も前へ出る姿勢は変えなかったようだ。

 

 腕は巨大で、尚且つ壁に刺さっている。

 すぐには動けないだろうと判断して地面を蹴って跳び上がった。

 

 「こんにゃろっ、ゴムゴムの!」

 「どうやら腑抜けじゃねぇらしいな。だが!」

 

 体を捻って腕を引き、金属の腕が素早く振るわれる。どうやら壁に刺さっていた部分だけ捨てたらしかった。そのため壁から抜くための労力を捨て、反応は予想よりずっと早い。

 まずいとは気付くが跳び上がったルフィに選択肢などないだろう。

 当初の予定通りに右足を振りかぶり、勢いよく伸ばして蹴りを放つ。

 

 「スタンプ!」

 「そんなもんが効くかァ!」

 

 蹴りは素早かったはずだが、タイミングが悪かったのか間に合わず。

 迫ってくる足ごとルフィの肉体を捉え、まるで裏拳を叩き込むが如く、長大な腕で殴り飛ばす。再び軽々と飛ばされた彼の肉体は酒場中央の大穴を越えて、同じフロアの反対側へ運ばれた。

 窪みを利用した空間に滑り込み、多数置かれたテーブルや椅子をひっくり返す。

 そこに居た海賊たちは悲鳴を上げて逃げ惑い、被害を恐れてあっという間に逃げ惑う。

 

 見物するだけならまだしも巻き込まれたのでは堪ったものではない。そう思う程度には二人の激突は凄まじく、長年海賊をやっていても驚愕せざるを得ない迫力があった。

 しかも勝負はまだ終わっていないのだ。

 

 転がったテーブルを跳ね飛ばしてルフィが立ち上がる。

 帽子を首の後ろに提げ、目は憤りを表す。一方的に殴り飛ばされたのを快く思っていない。

 

 視線を受け止めたキッドは対照的に笑っていた。

 立ち上がってくる姿を見て苛立つどころか喜んですらいる。

 珍しく楽しい戦闘だ。ついさっき黙らせた男とはあまりにも違い過ぎる。これなら本気でやっていいだろうと考え、不意に金属を纏わせた右腕を掲げた。

 

 「3000万がどれほどのもんかと思ったが、予想以上じゃねぇか。頼むから簡単には潰れてくれるなよ。こっちも退屈してたんでなぁ」

 「よぉし、おまえ覚悟できてんだろうな」

 「へッ、そうだ。まだ折れるなよ……」

 

 壁に突き刺さっていた金属片が、それ以外の至る所にある金属が、カタカタと揺れ出す。

 独りでに宙へ浮かんだそれらは不思議と、キッドの右腕へと集まり始めた。

 

 「ハァァァ……!」

 「こいつ何の能力者だ? わけわかんねぇな」

 

 ルフィは窪みの中に立ったまま腕を伸ばし、両手で欄干を掴んだ。

 自らを撃ち出す準備を終えてキッドの異変を目にする。

 ただ腕を上げただけで金属を集めた彼の腕は、さっきの倍近くまで大きくなっていた。

 

 それを見ながらもルフィは迷わず飛び出す。

 ゴムの体質を使って銃弾の如く。真っ直ぐキッドへ向かった彼はすぐに腕を戻して拳を握る。

 

 「ゴムゴムのロケット!」

 「バカ正直な野郎だ。撃ち落としてやる!」

 「落とされるかァ!」

 

 真正面から向かってくる姿を目にして、キッドは掲げた腕を振り下ろした。

 軌道上にルフィが居る。当たって落とせばいいだけだ。そう思っていたのだがルフィは宙返りするように空中でくるりと回転しており、真上を見上げていた。

 関係ない。そう判断してキッドの動きは変わらず。

 ルフィは足を伸ばして振り切った。

 

 「ゴムゴムの鞭!」

 

 頭上から落ちてくる腕の横っ腹を蹴りつけ、無理やり軌道を逸らす。

 わずかとはいえ回避する可能性が見出せただろう。ただし尖った物が多いその腕を蹴って、そう浅くはない傷が彼の右脚に刻まれる。それでも構わないと歯を食いしばった。

 

 すぐさまキッドの傍にある欄干へ腕を伸ばし、掴む。ぐっと引き寄せるようにしてそちらへ移動すれば今度こそ回避できる位置だ。金属の腕は誰も居ない場所を通り過ぎようとしている。

 

 一方でルフィはキッドへ迫っており、間近にまで来ていた。

 接近してくる様は高速。常人ならば怯む物だが彼は決して動じない。

 振り下ろしかけた金属から右腕を抜いて、自らの肉体のみで迎え撃った。

 

 「ピストル!」

 「フンッ!」

 

 ガチャガチャと騒々しい音を立てて吹き抜けに落ちていく金属を無視して。

 ルフィが繰り出した拳は勢いよく伸びてキッドへ届き、だが掲げられた左腕に受け止められる。影響はほんのわずかに後ずさらせたのみ。ダメージが入った様子はない。

 

 吹き抜けからフロアへ戻り、腕を戻して再度向かい合う。

 どちらも仕切り直しは選ばずに、視線が合えば自ら走り出して接近した。

 

 「おおおおっ!」

 「ウオオオラァ!」

 

 接近すると両者同時にパンチを繰り出し、クロスカウンターの要領で互いの頬に突き刺さった。

 背をのけ反らせても拳は引かない。

 足を踏ん張り、その場に縫い付けた上、次なる打撃を送り出す。

 

 そこからは純粋なる殴り合いである。

 頬を殴って体勢が崩れ、姿勢が崩れかけるもその場で踏ん張り、敢えて逃げずに攻撃を受ける。この瞬間だけは意地だ。技術や冷静な振る舞いなど二の次で、ただ感情をぶつける姿。

 殴られる度に血が熱くなり、キッドはついに笑みを消して血反吐を吐いた。

 だがルフィはゴム人間。打撃には強く、ダメージはない。

 攻防の中でそのことに気付き、舌を打ったキッドは自ら後ろへ跳んだ。

 

 初めて退く素振りを見せたことでルフィが好機と見る。

 改めて両腕を高速で動かし、追撃のため連続で拳を突き出した。

 

 「ゴムゴムのォ……ガトリング!」

 「チィ――!」

 

 猛然と襲い掛かって、全身を叩く無数の拳。

 鍛え抜かれた屈強なキッドの肉体が宙へ浮かんだ。

 想像よりもダメージが大きい。先の殴り合いも加え、決して無視できる攻撃ではなかった。しかしキッドは地面に背が着くと同時に体を跳ね上げ、起き上がり、その場へしゃがむ。

 

 顔を上げた直後に目を見開く。

 すでにルフィは目前に迫り、後方に伸ばした腕を捻って、回転する拳を突き出す寸前だった。

 

 「ライフルッ!」

 

 強烈なパンチが腹を打ち、今度こそ勢いよく殴り飛ばされた。

 キッドの体はテーブルをひっくり返して地面を転がる。その場に居た海賊たちが驚き、迷惑そうにしていて、咄嗟に生まれた怒りのあまり武器を手にする者も居る。

 だがそれら全てを振り払い、勇ましく立ち上がったキッドは周囲の人間を弾き飛ばした。

 彼らが手にした武器が独りでに宙へ浮いてしまい、彼の周りで旋回するのである。

 

 悪魔の実を食べた、何らかの能力には違いない。ただその詳細は知れない。

 わかることは、何の変哲もない金属が反応しているという状況。

 ゴム人間であるルフィを切り裂くことは容易な相手だ。

 

 「妙な体しやがって。てめぇも能力者だな」

 「そうだ。ゴムゴムの実を食ったゴム人間だ」

 「ゴム? なるほど、道理で妙な感触しやがる訳だ。肌もゴムって訳か」

 「打撃なら効かねぇ!」

 

 ルフィが駆け出して正面から接近する。

 それを見たキッドは引き寄せたサーベルを両手に持った。

 

 「打撃は効かねぇか。だが腹の傷を見る限り、刃を受け止めるのは無理なんだろ?」

 「うん。無理」

 

 素直に頷きながら右腕を後方へ伸ばした。ルフィは尚も接近してくる。

 堪らずキッドも前へ出た。彼は剣士ではない。剣を使って敵を斬るよりも殴る方がよっぽど得意だろう。それでもこの場においては剣を使う方が有効だと判断した。

 剣と拳。互いに敵へダメージを与える方法だが、方法の慣れは違う。

 

 素早い接近と同時、ルフィが後方から引き寄せた腕を勢いそのままに前へ突き出す。握った拳はキッドの顔面を狙い、風を切って猛然と進んで、尋常ではない迫力だ。

 しかと見つめ、キッドはその一撃を完璧に見切って避ける。

 

 「ブレット!」

 「フン――」

 

 体は前に進んだまま、首だけを傾ければパンチが頬を掠って、少し皮膚を裂いて血が流れる。

 受ければただでは済まなかった。しかし現状、直撃はせずにダメージはない。

 好機を目にして今度はキッドが腕を振り上げる。

 

 両手に握った剣を使った連撃が繰り出された。

 彼の動きは剣士のそれではなく、ただ剣を握っただけの人間といった姿。そこに卓越した技術は感じない。それでも腕力や動きの速さ、これと決めた決断力は並みの人間の比ではない。見ているだけで迫力は相当の物。敵の命を奪うために容赦ない攻撃が行われていた。

 ルフィは避けられた腕を引き戻しながらも、慌てて後ろへ飛び退く。

 

 乱暴に振るわれるサーベルを全て紙一重で避けていく。

 キッドの動きは凶暴でいて的確。腕のない者なら最初の一撃で仕留められていた。この場においては彼の剣の腕が拙いのではなく、一瞬の判断で最善の動作を行うルフィが優れているのだろう。

 剣の動きによって生ずる風に頬を撫でられながら、ルフィの顔は冷静だった。

 

 頭を狙った一撃を倒れ込んで避け、転がるようにして地面に両手を着く。

 反撃を試みたルフィは逆立ちに近い体勢から鋭い蹴りを放った。

 

 「ふんっ!」

 「チィ、ちょこまかと……!」

 

 腕を使って防御して、攻撃の切れ目を選んでルフィが一度距離を取った。重力を感じさせないほど軽やかな動きは猿を連想させる。身体能力はキッドより上だ。

 

 「鬱陶しい野郎だ。猿みてぇに動きやがって」

 「うるせぇ! 猿を舐めると痛い目見るぞ、燃え頭!」

 「ちまちまやってたんじゃ分が悪ぃ。ならこういうのはどうだ」

 

 ルフィが足を止めたのを見て、キッドはなぜか両手のサーベルを手放した。しかし重力に従って地面に落ちるはずの二本は、空中でふわりと動きを止める。

 切っ先は二本ともルフィを見ている。

 不思議な光景に首をかしげる彼へ向け、指揮するようにキッドが右腕を振った。

 

 「ブッ刺してやるッ!」

 

 突如、サーベルが空を飛んでルフィへ迫った。

 まるでピストルから放たれた銃弾。腕力で投げる速度より数倍は速い。

 目を丸くしたルフィは反射的に反応し、その甲斐あってかギリギリで避けることに成功する。一方で直撃は免れようと脇腹や腕を掠り、更なる少量の血が宙を舞った。

 

 「うわっ!?」

 「避けやがったか。だがいつまで避けられる?」

 

 右腕を持ち上げたキッドはさらに金属を浮遊させた。

 サーベル、ナイフ、ピストル、フォークやスプーンまで。海賊たちの得物、或いは最初から店に置かれていた物まで彼の支配下に入り、空中からルフィに狙いを定めるようだ。

 

 悪魔の実の能力による物とはいえ、やはり奇妙な光景である。

 見上げたルフィは険しい表情で額に浮かんだ汗を拭った。

 

 「くそ、変な能力だなぁ。今勝手に飛んできたぞ」

 「てめぇにだけは言われたくねぇよ。せいぜい刺さらねぇように注意しろゴム人間ッ!」

 

 腕が振り下ろされて一斉に金属が宙を駆ける。

 その様は圧巻。自らに迫る光景は驚くほどの迫力と圧迫感を感じた。

 しかしルフィは足を動かし、逃げるどころか前へ出て、嵐のようなその群れの中へ飛び込んだ。

 

 跳躍に近い様子で地面を蹴って、一歩、二歩、三歩と着実に前へ進む。服に触れ、肌を裂き、体の傍を通っていく物体は肉体にダメージを残して通り過ぎる。一歩間違えれば取り返しのつかないことになる危険な状況だ。それを知りつつ、動きに迷いはない。

 見開かれた目は理屈ではなくただ見たままを理解し、物体の着弾点を予想する。

 その軌跡を避けて足を置く場所を選び、ルフィは奇跡的な前進を行った。

 

 見ていた大半の海賊が驚愕する。

 自ら飛び込む度胸と技量は年齢など関係なく、彼の実力を感じさせ、尚且つ認めさせる物だ。

 

 能力を使役していたキッドもまた驚いているが、その程度で冷静さは失われていない。

 彼もまた目を大きく開けてつぶさに観察していた。敵を仕留めるための一瞬を。

 そしてその時を発見する。飛来する金属を潜り抜け、攻撃の機会を見つけたルフィが両腕を動かし始めたその瞬間、わずかに足が止まり、キッドはおもむろに笑みを浮かべた。

 

 「ゴムゴムのォ!」

 「そこだ!」

 

 キッドの頭上にあった数本のサーベルが撃ち出された。

 攻撃の雨が止みかけ、真っ直ぐ走るルフィの体に刃が突き刺さる。左肩、右脇腹、左太股、さらに高速で予備動作を行っていた右の拳。痛みと衝撃で一瞬表情が強張った。

 だが強い一歩を踏み出して、自らの体を顧みようとしない。

 迎撃を受けて尚ルフィは攻撃を行う。

 

 「ハッ、捉えたァ! こいつで――!」

 「攻城砲(キャノン)!!」

 

 動かした両腕の反動を使い、両手で突き出した掌底は予想だにしない威力を孕む。

 キッドの腹を捉えた一撃は意識を失いかけるほど強烈だった。

 

 受け身を取る余裕もなく、数十メートルは宙を飛んで壁に激突する。

 衝突の瞬間に凄まじい轟音が起こった。

 そこにあった空気が一変するほどの一撃。にやけた顔で観戦していた者たちはキッドの勝ちだと予想していたようだが、その予想を裏切ることができたらしい。

 

 息を乱して立つルフィは体に刺さった剣を抜き、足元へ捨てた。

 大量の血が流れ落ちて床に溜まる。ダメージは相当な物だ。

 そうとは感じさせずに表情を引き締め、深く息を吐いて毅然として立つ。

 

 崩れ落ちるように壁を離れ、しゃがんでいたキッドは床に手を着き、俯いている。そうしていたのはほんの数秒のこと。ゆっくりと顔が上げられる。

 憤怒を表す表情は、敵を見定めた途端に笑みへ変わった。

 気付けば瞳の中に狂気が生まれている。良くも悪くも彼の中から余裕が消えている様子で、並々ならぬ破壊衝動に突き動かされるような、今までの比ではない何かを感じた。

 

 キッドはゆっくり立ち上がり、笑みを浮かべたまま、込み上げてきた血が吐き出される。

 

 「ゴホッ、ゲホッ……てめぇ」

 「海賊王になるのはおれだ。おまえなんかに負けてられっか」

 「上等だ。その言葉、後悔すんなよ」

 

 緩慢な動作で両腕が広げられた。直後、異様な空気の動きを感じる。

 先程と同じく、酒場の中で多くの金属が動いているらしい。だがその規模や数は今までとはあまりにも違う。まるで酒場中の金属が集められるかのような強さだ。

 押さえていなければ飛んで行ってしまう。今回はそれほど強烈だった。

 今や無数の金属がキッドの下へ集まり、両腕へと纏わりついて新たな武装を作っていたのだ。

 

 以前に見せた物より大きな両腕と成る。

 自身の本気を見せた後、キッドは静かに身構えたルフィを睨んで口を開いた。

 

 「おまえはおれが潰す! 今、この場でっ!」

 「だったら、おれはおまえをぶっ飛ばす。海賊王は一人で十分だ」

 「抜かせェ!」

 

 駆け出したキッドが猛然と挑みかかり、ルフィもまた地面を蹴って拳を振りかぶる。

 今となっては空気も変わって息を呑む人々に見守られた衝突の一瞬。

 突如、二人の間に割り込む人影があった。

 

 「そこまでだ!」

 

 両腕に付けた手甲、右手のそれから鎌が飛び出し、振り抜かれたキッドの腕を側面から叩き、狙いを逸らした巨大な金属の腕が地面を抉って凄まじい轟音を立てる。それだけでなく全く同時の瞬間に、鎌を仕舞った左手ではルフィの拳を受け止めていた。

 たった一人の男が二人の攻防を止めたのである。

 突然の乱入に二人の視線が変わり、それどころか酒場の空気が再び一変してしまった。

 

 二人の間へ華麗に着地したのは、仮面を着けた男だ。

 ボサボサの長い金髪が後部から飛び出して、両腕に取り付けた武器もひどく異質と、風貌は見るからに怪しい。奇妙な仮面が人間性を感じさせないのも大きいだろう。

 

 キッドの右腕、キラーという。

 彼は船長の暴走を止めるために割り込んだようだ。仮面はすぐにキッドを向く。

 

 「キラー! てめぇなぜ邪魔しやがった!」

 「落ち着けキッド。おれたちは小競り合いを起こしに来たのか? 目的を忘れるな」

 

 荒ぶるキッドを制止するべく冷静な声で問いかけられる。しかし気性は治まらず、歯を剥き出しにする彼は分かり易いほど怒りを露わにし始めた。

 一方、ルフィはと言えば様子がおかしい。

 なぜか目を輝かせてキラーを見つめ、いつの間にか力が抜けて少年然とした顔に戻っていた。

 

 「うおおっ!? お、おまえ、仮面じゃ~ん! いいなぁそれ! かっくいぃ~!」

 「ん?」

 「アァ?」

 「それどこで買ったんだ? おれも欲しいなぁ~!」

 

 妙に親しげな顔で話しかけられていた。

 雰囲気が変わったことにキラーが驚いているらしく、キッドも怒気を霧散させる。

 どうやら戦闘を続ける空気ではない。

 狙った通りか否か、どちらにしても彼ら二人を止めることができたようだ。

 

 キラーは動きを止めたキッドを見て再度忠告する。

 それはまるで、ルフィとキリの姿を見るようでもあった。

 

 「麦わらは手を引くそうだ。おまえもここまでにしておけ。決着をつけたいなら、レースで」

 「チッ……興が削がれたぜ」

 

 腕に纏っていた金属が全て落ち、その場に山となって広がる。ガチャガチャと騒がしい音を響かせていた。その場に留まれなかった物は吹き抜けから階下へと落ちていったらしい。

 

 身軽になったキッドは肩を動かした後、ルフィを見た。

 さっきよりも落ち着いているが敵意は感じる。中途半端な中断でフラストレーションが溜まってまだ満足できておらず、不満は強く感じる。

 それはルフィも同じとはいえ、敢えて口には出さず。

 今はキッドが伝えてくる言葉を受け取った。

 

 「おい麦わら。このままじゃ終わらせねぇ、てめぇとはきっちり片を付けてやる。ここに来たからには目的はレースだろう」

 「ん? レース?」

 「ゴール地点で待つ。決着はそこでつけてやるよ」

 

 そう言うとキッドは迷わず背を向け、歩き出した。

 キラーもルフィをちらりと確認してから後へ続こうとする。

 気付けば彼らが向かう先、仲間だろうと思われる面子が立っていた。

 

 「必ず来い。言ったはずだぞ、おまえはおれが潰すとな」

 

 酒場を出るため、彼らは歩き去る。

 レースとは何だろう。そう思うため尋ねてみたかったが、聞く前に行ってしまった。しかしまた会うだろうと察してそれでいいと思い直す。

 ルフィは血に濡れた手で麦わら帽子をかぶった。

 

 ひょんなことからしばらく続いた戦闘がようやく終わりを告げた。

 上のフロアで見ていたウソップとナミは胸を撫で下ろして安堵しつつ、怪我をしたルフィを心配し始めて慣れを感じさせる。その傍でビビは今も混乱したままだ。

 

 ウィスキーピークでゾロと戦った時、なんて強い人間だと思ったのが数日前。これならクロコダイルにも勝てるのかもしれない、とさえ思っていた。

 しかし今見た景色はどうだ。

 賞金稼ぎ百人を打ち破ったゾロの姿を忘れさせるほど、異常な強さと覚悟を見せる激闘。ゾロが本気だったかどうかもわからないが、やはり彼が船長と仰ぐルフィの強さは本物らしい。キッドの強さと合わせて言い表せないほどの驚愕と感動で声を出すことができなくなっていた。

 

 自分はまだ世間知らずだった。

 今になって強くそう思い、高鳴る胸の鼓動だけを感じて静かに立ち尽くす。

 

 「お、終わった、よな?」

 「滅茶苦茶よあいつら……ルフィと互角に戦うなんて普通じゃない」

 「とりあえずルフィのとこに行こうっ。あいつ怪我してるし、できるならさっさと出ようぜ」

 「そうね。ビビ、行くわよ」

 「え? あ、は、はい!」

 

 文句を口にしながらも慣れているらしい二人に連れられ、ビビは合流のため駆け出した。

 端にある階段を目指して移動し、入り口の傍を離れる。

 

 三人が行ってしまった後で、入り口付近の窪みに居たローは刀を持って立ち上がる。

 視線は眼下。突っ立っているルフィを見下ろす。

 面白い物を見たという感想を抱いている。周囲の人間と違って驚きは少ない。話題性のある人物なのだからこれくらいはやるだろうと想像していたからだ。

 

 この場は十分だろう。

 冷静に判断して店を出る決断をした。

 彼が動けば同じスペースに居た仲間たちが席を立ち、文句も口にせず後ろについて来る。

 

 「見物は終わりだ。行くぞ」

 「アイアイ。キャプテン、あいつらどう思った?」

 「それなりに面白ェ奴らだ。いずれまた会うだろうな」

 

 それは彼らを認める発言でもあった。

 何を考えるのか、薄く笑みを浮かべるローは小さく呟き、仲間を連れて酒場を出た。

 


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