ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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Crazy groundの王様

 喧騒に包まれる島内は非常に騒がしい様相である。

 騒がしいだけでなく、今まで訪れた島では見たことがないほどひどい光景だ。

 酒を頭から浴び、喉を鳴らして頬を緩めて。女の腰に手を回して笑い声が高らかに響き。道には料理だった物がぶちまけられて、よく見れば掃除する人間が居るが、驚くほど荒れていた。

 

 海賊に似合う風景と説明することもできる。

 ルフィは心躍った様子で生き生きと歩いているものの、いつ襲われるかわからない風景は緊張感を漂わせてもおかしくはない。

 ウソップは不安そうな表情でルフィの背後に続き、ナミとビビも周囲の風景に驚いている。

 やはり彼ら全員にとって初めての体験だったようだ。

 

 ビビは目を白黒させて周囲を窺っている。

 今まで培ってきた倫理観が一変するかのような光景だった。

 

 「こんな世界があったなんて。なんだか信じられない……」

 「確かに。私だって見慣れないわよ。これは絶対一人にならない方がいいわね」

 「カルーは大丈夫かしら。こんなに騒がしい場所なのに一人で船番なんて」

 「それは大丈夫なんじゃない? キリが言ってたでしょ、停泊してる船に手を出したら目の敵にされるって。よっぽどのバカじゃなければメリーには手を出さないわよ」

 「そうだといいけれど……」

 

 ナミに諭されるもののビビの表情は優れず。

 それも無理はないほど町並み、或いはそこに居る人々の姿は荒れていた。

 

 感心がないのか、ここまで声をかけられることはなかった。

 渡された手書きの地図を見ながらナミが案内しており、先頭のルフィはそれに従って歩いているらしく、迷いもせずに町の奥へ進んで、目的地に近付いてきているのだろう。

 

 山を登るようになだらかな坂道を歩き、やがて大きな建物が見えてきた。

 ナミが前方を指差し、目的地である酒場を見ながら言い出す。

 

 「あれが酒場みたいね」

 「しっしっし。まず肉食おう。にしても楽しい町ですなぁ~」

 「いや楽しくねぇよ。かなり荒れてるし、いつ襲われてもおかしくねぇし」

 「ほんと、かなりの荒れようね。耳が痛くなりそう。ビビは大丈夫?」

 「ええ。なんとか」

 

 ナミが気遣えばビビは苦笑し、多少気疲れした様子だが笑みを見せる余裕はあるらしい。

 バロックワークスへ潜入するほどの度胸を持っていても、これほど密接に海賊という存在を見た経験はなかった。そのため驚きもひとしおといった様子である。

 

 三人は戸惑いが消えていない表情ながら、ルフィは意気揚々と歩き続ける。

 そうして島で一番大きな酒場へ辿り着いた。

 

 「着いた! ここが一番でけぇ酒場か!」

 「あんまりでけぇ声出すなって! 注目されちまう!」

 

 勢いよく扉を開いて中へ足を運び、開けた場所が視界に飛び込んだ。

 地上五階建て、それだけでなく地面を掘って地下のフロアまで設けられているようで、一階から見れば上だけでなく下にも伸びて壮観である。

 店の中央が吹き抜けになって大穴が開けられ、縁には欄干、一番下まで眺めることができた。

 多くの人間、当然海賊だろうが、酒場らしく騒いで酒を飲んでいる風景だった。

 

 真っ先にルフィが欄干まで駆け寄り、吹き抜けから天井や一番下まで眺める。

 心が躍る風景だ。

 喧騒を耳にしながら初めての光景を目にて、彼の笑顔はさらに上機嫌になっていく。

 

 「うっはぁ~! すんげぇでけぇなぁ!」

 「こ、これが酒場か? なんちゅーでかさだよ」

 「すごい……海賊って、私の想像を遥かに超えてるわ」

 「海賊がって言うか、これは普通じゃないわよ。なんて規模なの……」

 

 四人で辺りを見回し、巨大過ぎる酒場に感嘆の声を出す。

 しかし笑顔で居れたのもほんの一瞬。

 一通り見回した後、突如悲鳴が聞こえてきたのだ。

 

 「ぎゃああああぁ~っ!?」

 「なんだ?」

 「悲鳴だろ今のはっ。まさか早速トラブルか?」

 

 声の出所を探して視線を走らせれば、二段下のエリアで騒ぎが起こっているらしい。

 あまりにも悲痛な声だった。感情を我慢しようとしないそれを無視することなどできない。必然的に興味を惹かれ、ルフィを除く三人は緊張するも、船長と同じく身を乗り出して覗き込んだ。

 

 蝋燭が数本立てられて、壁の窪みを利用した薄暗い一角で悲鳴が起こっている。

 向かい合うのは二人の男。どちらも当然海賊だが、風貌はあまりにも違う。

 

 木製のテーブルを挟んで対峙しており、大柄の男が手の甲にナイフを突き刺され、テーブルに縫い付けられていた。表情は歪んで脂汗を掻き、強面の顔が今にも泣き出しそうになっている。

 当然右手からは血が流れてテーブルの上に広がる。

 

 それを行ったのは逆立った赤い髪を持つ青年だ。

 額にはゴーグルをつけ、上半身は裸で厚手のコートを羽織り、胸の前にはベルトでピストルを提げていて、今しがた使ったナイフも元はそこにあった物なのだろう。

 口元を緩め、その笑みはあまりにも凶悪。

 自分より体の大きい男を睨みつけて、青年は怒りの念を放ちながら笑っていた。

 

 ユースタス・“キャプテン”・キッド。

 それが彼の名前である。

 

 「どうした? 別に笑ってもいいんだぜ。ほら、笑えよ」

 「ひぃっ、ひぃいいいいっ!? わ、悪かった! もう笑わねぇ! 頼む、助けてくれ!」

 

 右手を貫かれた痛みが平常心を崩し、一瞬で恐怖に囚われ、支配される。

 男は命乞いするようにして叫んでいた。その声は酒場中に聞こえるほどの大きさで、気付けば喧騒は落ち着き始めて彼らに集中している様子。

 静けさが広まって、距離はあっても彼らのやり取りは聞こえてくるようだった。

 

 キッドは名前さえ知らない男の口を右手で掴み、無理やり黙らせる。

 その上で危険さを感じさせる声で呟いた。

 

 「おれの声が聞こえてねぇのか? どうした、笑えよ。面白かったんじゃねぇのか」

 「むごっ、がっ……!?」

 「それとも何か。こんな程度でびびっちまうくせに他人の野望を笑いやがったわけだ」

 

 徐々に怒りの念が増してくる。最初は静かだったそれが燃え上がるように巨大になり、いつしか目にも明らかなほど形相が変わっていく。笑みは浮かべているのに恐怖を感じさせる顔だった。

 

 左手でナイフを握ったまま、敵を逃がさないため捕らえた状態。

 キッドは唐突に右腕を掲げた。

 それだけで周囲の状況が変わってしまい、多くの人間が奇妙な光景を目にする。

 

 近くにあった金属がふわりと宙を舞っていた。

 まるで操られるようにキッドの右腕へ纏わりつき、ナイフや剣や銃、或いはフォークやスプーンでさえも彼の体にくっ付き、やがて金属の塊によって大きな腕が作られる。

 これから何が行われるかなど誰が見ても理解できる。

 捕まったままの男が涙を流して体を震わせた。

 

 「何の覚悟もしてねぇ野郎が……」

 「た、助けっ――!?」

 「舐めてんじゃねぇぞォ!!」

 

 巨大な腕が掲げられて、拳を握って勢いよく振り下ろされる。迷わず男の体を捉えると、下敷きになった木製のテーブルが破壊され、硬い石造りの床さえ陥没させてしまった。

 倒れた男はすでに意識を失いかけている状態だろう。

 それでも許さず、手からナイフを抜いて胸元へ仕舞い、左手で男の首を掴んで持ち上げる。

 

 注目を浴びるキッドの姿は明らかに異常だった。

 異様なほど攻撃的で並み居る海賊たちの中でも奇妙に光る。

 

 首を掴んで男を吊り上げ、再び金属の腕が拳を握り直す。

 辺りはいつの間にか彼らに注目して静まり返っていた。

 それを知るのか知らぬままか、キッドは気絶寸前の男を睨みつけて言った。

 

 「くだらねぇ。覚悟もできねぇ半端な野郎がケンカなんか売ってんじゃねぇよ。拳を突き出す勇気もねぇなら、陸の上で暮らしてろ」

 

 酒場中央の大穴へ近付き、欄干の向こう側へ放り捨てる。

 だがそれだけで許す気などない。

 高速で振り切った巨大な金属の腕が、まるで砲弾のように撃ち出された。

 

 「てめぇみたいな奴が一番ムカつくんだ。消えろ!」

 

 悲鳴すら出せずに拳が当たり、男は無抵抗に運ばれ、壁に激突した。

 拳に押し潰されて壊れた壁に磔となる。気絶した男の体は無数の金属によって支えられて、一部は肉体を貫いて石の壁へ突き刺さっているらしい。

 その様を見ていた大半が顔をしかめ、一部は面白いと笑みを浮かべる。

 

 身を乗り出して眺めていたルフィたちは顔をしかめた部類だ。

 つまらなそうに腕を降ろすキッドの呟きが彼らの下まで届いた。

 

 「チッ。つまらねぇ野郎だ」

 

 苛立った声色で呟かれた一言に、思わずぞっとしてウソップが背筋を震わせる。

 今目にしている海賊は紛うことなく危険人物だ。何がきっかけで襲い掛かったか知らないが、どんな理由であれ殺す気だっただろう。現在地からではやられた男の生死さえわからない。

 

 逃げた方がいいのではないか。

 気付けばそう考え、迷わずルフィに問いかけ出す。

 

 「よし、帰ろう。この店はだめだなルフィ」

 「なんで?」

 「なんでも何も今見たとこだろっ! なんなんだあいつ!? 海賊なのはわかるけどよ、明らかにやべぇ奴だろ! 絶対関わっちゃいけねぇ人間だ!」

 「そうか? 別におれ負けねぇよ」

 「おいおいおいっ、妙なこと考えんなよ! トラブルはごめんだ! おれたちはアラバスタへのエターナルポースを手に入れに来ただけで、それ以上のことは必要ねぇんだから!」

 「あいつ強そうな奴だなぁ」

 「興味を持つなぁ~!! そうだ、肉食おう! おれの小遣いで奢ってやるぞ!」

 

 ルフィはすでにキッドへ興味を持っている顔だった。見つけたばかりの彼を強者と認めて、普通ではない力を見て好奇心が掻き立てられたようだ。

 

 そんなルフィを見つめ、こちらにこそ興味を持った人間も居たらしい。

 入り口の傍ら、窪みを用いた一スペースには複数のテーブルとイス、そこには一つの海賊団。

 前かがみで座っていた男が唐突にルフィへ話しかける。

 

 「あいつが気になるか?」

 「ん?」

 「名はユースタス・“キャプテン”・キッド。懸賞金はおまえより上。近頃じゃ頭一つ抜きんでた実力と凶暴性で名を売ったルーキーの一人だ。もっとも例の新聞で話題性じゃ敵わねぇがな」

 「誰だおまえ?」

 

 その男、白い豹を思わせる柄の帽子をかぶり、細身で目の周りには濃い隈。見た目からして危険な雰囲気を纏っていることがわかる人物だ。傍らには身の丈ほどもある長刀が置かれ、背後に居る部下だろう者たちは皆が揃いのツナギを着ている。中にはなぜかシロクマも居た。

 

 ナミが気付いた様子で短く息を呑む。先頭でルフィに声をかけたのは手配書で見た顔だった。

 近頃急速に名を上げている海賊の一人に違いない。

 

 確か名前は、トラファルガー・ロー。

 “死の外科医”の異名を持ち、起こした事件は数知れず。知名度で言えば先程聞かされたユースタス・キャプテン・キッド、或いは麦わらのルフィにも匹敵する。

 彼は何やらルフィに興味を持っている様子で、問いには答えず自らが尋ねた。

 

 「麦わら屋……おまえ、何人殺した?」

 「ひぃっ。な、なんだこいつ、薄気味悪ぃ……!」

 「“死の外科医”トラファルガー・ローね。なんでこの島にっ」

 

 ウソップとナミが呟くものの意に介さず、あまりの迫力にビビが硬直していることにさえ興味を持とうとせずに、ローはにやりと笑ってルフィを見つめていた。

 対して、ルフィも彼を見つめ返して唇を結ぶ。

 

 異様な空気である。

 沈黙が重苦しく、傍で見ていた三人は息を呑む。だがローの仲間はリラックスしたままだ。

 

 その時、空気を切り裂くようにして大絶叫が大気を揺らす。

 声を出したのはキッドであった。反応してルフィがそちらを見やり、つられて三人も、ローも大穴の下へ目を向け、三段下にある姿を見つめる。

 キッドは天井を見上げ、両腕を広げた姿。

 広大な酒場に居る全員へ聞かせるために声を張り上げていたのだ。

 

 「ここに居るてめぇらに宣言しておこう! おれはいずれ、海賊の王になる!」

 

 耳にした途端にルフィが眉間を動かした。

 直感で感じ取ったウソップが血相を変える。

 

 「文句がある奴は前へ出ろ! 一人残らずこの場で始末してやる! さっきの奴みてぇになりたい奴は居るか! それともここに居んのは根性無しばかりかァ!」

 

 更なる戦いを求めて挑発するかのように。

 高らかに声を響かせたキッドは辺りを見回して叫んでいた。目つきは鋭く、狂気を感じさせるほどの強さを映し、まだ満足している様子ではない。

 気付けば彼の周囲にある金属が揺れていた。

 

 ルフィはじっと彼を見下ろし、いつの間にか真剣な顔に変わっている。

 まずいと思ったウソップが彼を止めようとするのと同時、ローがキッドを見下ろして呟く。

 

 「フッ、噂通りの凶暴性だな。焦りやがって」

 「お、おいルフィ、わかってるよな? あんなの無視しときゃいいんだ、無視無視。わざわざ答えなくてもおまえが海賊王になるってことはおれたちがわかってる――」

 

 窘めようとしたのだろう。しかしルフィがウソップの声を聞き入れたようには見えない。

 ウソップに加え、ナミとビビも揃ってあっと声を出した。

 ルフィはひらりと欄干の上に立ち、絶妙なバランスを保ったままキッドを見下ろす。

 

 「おいおまえェ!」

 「フン、少しは骨のある奴が居たか」

 

 欄干の上で腰に手を当て、堂々と立つ。

 その瞬間、声を出したことによって酒場中の人間から注目されていたようだ。多くの視線が向けられるのだがルフィ本人は一切気付かず、今はキッドにのみ集中している。代わりと言わんばかりにウソップやナミが動揺を深め、目まぐるしく変わる展開にビビは全く対応できていない表情。

 

 きっかけはただ一つ。聞き捨てならないセリフを聞いた。

 目の色を変えたルフィが、キッドへ向けて言い切る。

 

 「おまえ、そりゃ無理だろ」

 「アァ?」

 「おぉいルフィくんっ、だから待てって――!?」

 「海賊王になるのはおれだぞ」

 

 心底呆れた、という表情だった。

 先程仕留めた男もそうだが、大抵は壮大な野望を語れば笑い出してしまうもの。今まで彼は何度か笑われた経験がある。しかし今、初めて笑わなかった男が現れた。

 そいつは確かに、おまえじゃ無理だと呆れていたのだ。

 キッドの顔つきが一瞬で変化して怒りに染められる。

 

 悲鳴を上げるウソップとナミがルフィを下ろそうとする中、静まり返った酒場にはその声もまた響いていた様子。その場に居る多くの者があっけらかんとした決意を耳にしている。

 新聞で見た顔だと気付くのも無理はない。一部の者たちはちゃっかり反応していた。

 

 彼らより一段上に居た海賊団は、船長が欄干に近寄ってルフィを見ていた。

 体格のいい体に黒い帽子と服装。顎には×型の傷。

 新聞で一躍話題となったルーキーの登場に沸き立つ酒場の中で、やけに冷静な面持ちのまま彼を見据え、事の次第を見守ろうとするかのような海賊が居る。

 

 「船長、あいつは例の……」

 「そうだな。海軍の不正を暴いた海賊」

 

 海賊、X(ディエス)・ドレークはどこか複雑そうな面持ちでルフィを見つめ、決して手を出すことなく行く末を見定めようとしていた。

 

 そこからさらに二段ほど上がり、入り口から見れば三段ほど高い位置にはスーツ姿の海賊たち。

 テーブルマナーを守って食事する小柄な中年の男が居て、部下が彼に報告する。

 

 「頭目(ファーザー)、麦わらです。例の新聞に載っていた」

 「騒々しい奴らだ。まぁいい、お手並み拝見といこう」

 

 煩わしそうに答えつつ、布巾で口を拭った小柄な男が立ち上がる。

 ファイアタンク海賊団の船長、カポネ・“ギャング”・ベッジもまた、傍観に徹することを決めたらしい。大穴へ歩み寄って眼下に見える二人の姿を視界に捉えた。

 

 多くの海賊たちが注目している。

 対象は二人、何かを始めそうなルフィとキッド。

 

 自然な様子で二人の間には剣呑な空気が流れ、当人のみならず周囲の者もそれを理解している。ついさっきの出来事から考えても戦闘が始まると見るのは当然だった。

 長らく二人は見つめ合い、言葉を止める。

 沈黙の後、やがてキッドが攻撃的な笑みを浮かべた。

 


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