ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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アルビダ海賊団

 森の中にあるキャンプ地とは少し離れた海岸線。

 アルビダ海賊団の船、Missラブ・ダック号が停泊する位置からも少し離れて、船番として残っていた二人の男が海に向かって並んで立ち小便をしていた。

 

 わざわざ船の傍を離れたのは、船体に引っ掛けでもしたらアルビダによって殴り飛ばされてしまうため。自らの船長を恐れたためである。

 自分たち以外には誰も居ないそこで用を足しながら、話すのは己の船長についてだった。

 

 「なぁ、どう思う」

 「何が」

 「何がじゃなくて、船長だよ。いきなりキャンプだなんつっちゃってどうしたんだ? 野宿なんて嫌いだし、虫が出たらブチギレるだろ、あの人」

 「確かにな。ただの気まぐれなんだろ。これでキレなきゃいいんだが」

 「最近、居辛くなってきたなぁ。今月だけで何人ぶん殴られて怪我したか」

 「だな。このままこの船に居ていいのかねぇ」

 「つっても金は手に入るし。そう簡単にやめちまうと後々苦労するぞ」

 「あーあ。せめてキャンプじゃなくて町に入ってくれよ。そしたら女だって買えるのに」

 

 怖い船長が居なければ出てくるのは文句や不満ばかり。

 立ち小便を終え、船へ戻る最中も当然とばかりに言葉が止まらなかった。

 

 「まったく割りに合わねぇぜ。船長もあれできついしよぉ。せめて絶世の美女とかじゃねぇとやる気も起きねぇってもんだろ」

 「容姿が良いか、性格が良いかのどっちかは必要だろ。性格はきつくて体が丸いなんて最悪じゃねぇか。真逆だったら言うことなしだってのに」

 「ハハッ、違ぇねぇ。性格だけでも丸くなってくれりゃな」

 「まぁ言っても無駄だろ。おれたちの言うことなんざ聞く訳ねぇ」

 「他所に移るかなぁ。それも無理だろうなぁ」

 

 陸地と船を繋ぐ板を渡って甲板へ戻る。

 男たちは別段やることもないため、欄干の脇へ座って酒瓶を持ち上げた。

 

 船番が必要だと言ってもこの船を盗もうなどという輩はいない。懸賞金500万ベリーは最弱の海と呼ばれるイーストブルーで破格の部類だ。

 金棒のアルビダのマークに逆らう者が居るはずがない。

 その船に乗る以上、そうした驕りも持っていた。

 

 警戒心の欠片もなくまた酒盛りを始める。

 ちょうど彼らが椅子さえ用意せず甲板に座った時だ。

 

 誰も居ないはずの船で船室の扉が開き、何者かが現れた。

 すぐに二人が気付いてそちらを見る訳だが、仲間の誰かが戻って来たのかと思えば全く違って、なぜか見知らぬ少年がそこに立っていて、きょとんとした顔で二人の顔を見ている。

 しかも両脇には宝箱を抱えて。

 どこからどう見ても明らかに泥棒だとしか思えなかった。

 

 一瞬の静寂が重々しくあり、奇妙な沈黙の中で見つめ合う。

 ある時、くすんだ色の金髪を持つ少年が宝箱を落とし、すっと両手を見せて唐突に言った。

 

 「怪しい者じゃないですよ」

 「どう見ても怪しいモノだろうがッ!」

 「誰だてめぇ! おれたちの船で何してやがる!」

 

 どうやら逆効果だったようである。

 キリが放った一言は男たちを怒らせただけで、途端に肩を怒らせた二人が武器を抜き、腰に差したサーベルを持って剣先を彼に向ける。

 

 彼が誰であっても侵入者には違いない。武器を向けるのは当然だった。

 唐突に現れればその反応も当然であろう。キリは慌てず、至って冷静に声をかける。

 

 「いや違いますよ。別に泥棒とかじゃなくて、ただどんな船なんだろうとちょっと気になっただけで、探検してたんです。あ、もちろん悪いなとは思いながら」

 「てめぇが持ち出したそれは何だ」

 「宝箱には見えますね」

 「見えるじゃなくてその物だろうが! すぐに降りろ! さもねぇと痛い目見るぜ」

 「言っとくがおれたちは素人じゃねぇぞ。泣く子も黙るアルビダ海賊団だ」

 「アルビダ?」

 「ウチの船長に決まってんだろうが。そんなことも知らずに乗り込んだのか?」

 「船長はおれたち以上に怖いぜ。バレたらてめぇの首が飛ぶかもなぁ」

 

 首を動かしてメインマストの頂点を見たキリは、そこに掲げられた旗を確認する。

 マークは横向きのドクロにハートをあしらった珍しい形。しかしあいにくと覚えはない。つい最近手配書を確認したばかりだが、気にならないと無視してしまった可能性がある。

 

 ともかく本物の海賊には間違いないようだ。

 緊張感のないまま恭しく頭を下げた彼は二人に一礼し、おもむろに宝箱を抱え上げる。

 

 「そうですか、それはそれは大変な失礼を……じゃ、失礼しまーす」

 「おう。これに懲りたら二度と、ってこらァ! それを置いてけって言ってんだよ!」

 「盗む気満々じゃねぇか! 舐めてんのかガキ!」

 

 あっさり去ろうとしたキリを止めるため、前に回り込んで道を塞いだ二人は改めてサーベルの切っ先を突きつける。間近に刃を感じ、尚もキリの表情は変わらない。けれどようやく話を聞く気になったようで、やれやれと溜息をつきながらパッと宝箱から手を離し、二つを床に落とす。

 

 床に当たった拍子に蓋がわずかに開き、中から数枚の金貨がこぼれる。中にはそれ以上の金貨や装飾品が詰められていた。二人が見た事もないほどの量である。

 

 きっとアルビダの私室から盗み出してきたに違いない。彼らだって試した事が無いのに。

 羨ましいやら腹立たしいやら、二人の声は当然厳しくなった。

 

 「見ろ、中身も詰まってやがる」

 「こいつを独り占めしようって腹だったか?」

 「やだなぁ、そんなわけないでしょ。ただの勘違いですって」

 「てめぇ、この期に及んでまだ言い訳するか」

 「動かぬ証拠があるんだぞ。海賊から盗んで生きて帰れると思ってんのか?」

 「ハァ、わかりました。正直に白状しましょう」

 

 観念した、と告げて一言。

 笑みを湛えて語り出したキリは甲板の上を優雅に歩く。

 

 つられるように二人は剣を向けながらその足取りを追った。

 奇妙な状況だが今は気にならず、キリの一挙一動に注意を向け、片時も目を離さない。

 

 「実はつい最近、この辺りの海に来たある大物海賊が居ましてね。ボクはその部下。目につく宝は全て持って来いとの命令があったので、仕方なく忍び込んだ次第です」

 「大物海賊?」

 「バカ言え、ハッタリだろ。そいつの名前を言ってみろよ」

 「聞かない方がいいと思いますよ。驚いて腰抜かすだろうから」

 「言え」

 

 やれやれと首を振り、端的な言葉で告げられた。

 

 「赤髪のシャンクス」

 

 聞いた男たちは目を丸々と大きくし、思わず剣を取り落としそうになる。

 その名は知らない者がいないほどの大海賊。世界中に存在を知らしめる男だ。

 

 嘘だろうと思い込んで聞いたというのにあまりにもビッグネーム過ぎて平静を保てなかった。名前を聞いただけでも焦りが生まれて、二人は顔を見合わせる。

 

 嘘だったならばいい。だがもし本当だったなら。

 赤髪のシャンクスは大海賊の一人だが噂が立つことも少ない。所在地は知れず、ナワバリの位置も不明。自由に航海する男だと広まっている。グランドラインの後半に居るという情報が最も有力とはいえ、だからといってそれが真実だと証明できる者はいない。

 

 ここに来ていたとすれば大変な発見だ。

 もしもの光景に想いを馳せた彼らは体の震えを感じながら、目の前のキリに再び集中し始め、半信半疑ながら先程よりも興奮した面持ちで真偽を問うた。

 

 「う、嘘つけよ。赤髪がこの海に?」

 「あり得る訳ねぇ。あんな大海賊がなんで最弱の海に」

 「誰もがあり得ないと思ってるからこそ成功する偉業もありますよ。知っての通り彼は大海賊の一人で知らない人間の方が少ない。普段どこに行っても騒がれる人ですしねぇ、有名であればあるほど身を隠したくなる時だってあるんでしょ」

 

 知った顔で話す彼は堂々としていて、語る声に力がある。唐突で信じ難い話なのにそれが妙に真実味を強めるようで、聞いていた二人は徐々に本当だろうかと思い始めていた。

 さらに押そうとキリがしたり顔で言う。

 

 「それにウチの船長はイーストブルーに思い入れがあるんで。色々あったけど時期を考えて前々から戻りたがってたんですよ。それがたまたま今回のタイミングになりましてね」

 「なんだよ、その思い入れって」

 「いやいや、これ以上部外者に情報を明かすのはちょっと」

 「てめぇ、ここまで言っといて何をいまさらっ」

 「だって今は脅されたから答えただけで、あんまりぺらぺらしゃべり過ぎてもねぇ」

 「んだとぉ……」

 「もちろん仲間に話すのは、何も問題ないんでしょうけど」

 

 ひどくわざとらしい様子でキリが呟いた。さほど大きな声ではないものの、流し目で彼らのことを見やり、聞こえやすいようにはっきりと鮮明に告げた。

 聞き取れなかったはずはない。二人の表情が変わる。

 

 それはまさか、暗に可能性があると告げているのだろうか。赤髪のシャンクスの仲間になれる、そんな言葉に聞こえてしまった。きっと間違いではない。キリはそれを伝えようとしたのだろう。まるで二人に期待を抱かせようとするかのようだった。

 

 不安よりも徐々に期待の方が大きくなり、疑いきれなくて表情は変わりつつある。

 ひとえに自らの船長への不満を抱えていたせいだ。気に入らない奴は即座に殴って怪我人を何人も出し、部下を気まぐれに振り回して、見返りはごくわずか。不満を抱えるのは仕方なく、戦闘は少ないため楽ではあるが、その代わり心が躍るような出来事もずいぶん久しい。

 

 船を乗り換えるチャンスがあるなら試してみる価値はある。

 心は揺れ動いていて、冷静に考えたところで望む道は変わらなかった。

 

 「まぁでも信じてない人にこれ以上言ってもなぁ。もうしょうがないか。うん、わかりました。じゃあボクは退散します。多分もう会うこともないでしょうけど――」

 「ま、待て。本当なのか、赤髪の部下ってのは」

 「今の話、マジなんだろうな」

 「やっぱり信じてないんでしょ? 無理もないですよね。じゃ」

 「おい待てって! 信じる、信じるから教えろよ!」

 

 後悔も残さずあっさり帰ろうとするキリを押し留め、二人はついに彼に心を許した。

 にこにこ笑うキリは手を伸ばす彼らに振り返る。

 

 してやったりの顔が鬱陶しく感じるも、仕方ない。成り上がるチャンスをくれるというのだ。この機を逃す気は微塵もなく、大海賊の一味としておいしい想いをしたかった。

 二人はへらへらと気色の悪い笑顔を見せ、やけに親しい様子で声をかけてくる。

 

 「な、なぁ。さっきの話が本当なら赤髪に会わせてくれよ。じゃねぇとやっぱり信用しきれねぇってのもわかるだろ、な?」

 「赤髪のとこに行くなら宝も持って行っていいからよぉ」

 「そういうことなら、いいですよ。というよりもう近くに来てますけどね」

 

 キリが背後を指し示しながら言うと、驚く二人は慌てて駆け出し、欄干へ身を乗り出して海を眺め始めた。見えるのはいくつかの島の姿と大海原。帆船どころか小舟一つ見当たらない。しかしそれでも本当なのかもしれないと思う心があって、視線をあちこち走らせる。

 

 「どこだ? どこにいるってんだよ」

 「まさか嘘だったとか言わねぇよな」

 「本当ですって。島の向こう側に隠れちゃったかな」

 「どの島だよ、見えねぇぞ」

 「ほら、あっちですって」

 

 焦りを見せながら騒ぐ二人にキリが歩み寄る。

 微笑みを見せたまま、害のなさそうな姿だ。

 

 「どこなんだよ。おまえ、これで嘘だったら絶対たたじゃおかね――」

 

 片方の男が話している途中だった。突然、後ろからぐっと頭が押されて、力任せに船の外へ押し出される。身を乗り出していたのがまずかった。気付いた時には空中に居て、ぐるりと体が回転しており、頭から海に行く途上でキリの満面の笑みが見えた。

 

 騙された、と今になって気付く。しかし気付いたところでどうにもできない。

 二人は頭から海へ落ちて水柱を立てた。

 船上では一仕事終えたとばかりにキリがふぅと息を吐く。

 

 「よし、バカの始末は済んだ。上がってこない内にとっととずらかろう」

 

 楽しげな笑顔のまま小走りで駆け出し、放置していた宝箱へ駆け寄る。落ちた衝撃で散らばった金貨も拾い上げて箱の中へ詰め、気合いを入れて二つを小脇に抱えた。

 見た目で想像していたより重い。それだけ中身が詰まっているということだ。

 

 箱を抱えて立ち上がったちょうどその時、開きっぱなしだった船室から誰かが出てくる。

 宝箱を一つ抱えて現れたシルクはすぐにキリを見つけ、不思議にそうに見つめた。

 

 「キリ? さっきから騒がしかったみたいだけど、何かあった?」

 「いや大丈夫。それより早くここから離れよう。ちょっと厄介なことになるかも」

 

 剣を腰に提げて、宝箱を持ち直しながらシルクがキリの傍まで歩いて来る。

 海賊稼業を始めると決めた以上、彼らが金を手に入れ、日々の生活を送るためには略奪するしかない。そのために海賊船を見つけて盗みに入ったのだった。

 

 初めは抵抗を見せたシルクも仕方ないと納得した様子。

 それでも何かを想うのか、ずっしり重い宝箱を持ち、物憂げに溜息をついていた。

 

 「なんか想像してたのとは違うなぁ。海賊って世知辛いんだね」

 「そりゃ海賊だって人間だから。生活費稼がなきゃいけないし普通に買い物だってするよ」

 「でもまさか略奪するなんて」

 「ピースメインだって略奪するよ。町を襲わないだけモーガニアよりはマシってだけ」

 「それもそっか……うん、でも大丈夫。私も強くなるって決めたからね」

 「要は慣れだよ。海賊だっていう自覚ができればもうちょっと変わるだろうからさ。今は多少我慢してもらうしかない」

 

 和やかに話しているが危機感がない訳ではなく、キリは先にシルクを船から降ろそうとする。

 しかし海に落ちただけで無傷の人間がいつまでも泳いでいるはずがなく。

 

 「それより早く逃げないと、面倒なのが戻ってくる――」

 「待てやコラァ!」

 

 激しい水の音がすると同時、船体をよじ登って来た二人の男が甲板へ戻った。振り返るシルクは状況が読めずにきょとんと目を大きくし、キリは溜息をつく。

 

 どうやらすっかり怒らせてしまったらしい。

 目がギラついて危ない雰囲気に、剣を持つ手に不必要なまでに力が入っている。

 

 これはただでは済まなそうだと思って、いっそ頭を殴っておくべきだったかと反省した。そう考えるキリは普段と変わらず緩い表情のままで、だからこそ男たちの怒りはさらに燃え上がる。

 悪びれるどころかのほほんと間抜けな顔を見せるなど、舐められているとしか思えなかった。

 

 状況が読み取れず、シルクだけは眉をひそめて困惑している。

 

 「ひょっとしてこの船の人? すごく怒ってるみたいだけど……」

 「遠くを見たがってたから押してあげたら、海に落ちたんだ」

 「ふざけんな! おまえがおれたちを騙して突き落としたんだろうが!」

 「ふざけやがって、てめぇただで帰れると思うなよ!」

 「ちょっと考えればわかることだと思うけどなぁ。海の皇帝って呼ばれてる赤髪のシャンクスがそう簡単にイーストブルーに来るわけないでしょ。来たとしたって盗みなんかまずしないって」

 「て、てめぇ!」

 

 力のない声で言ったキリに反応し、男たちは肩を怒らせて駆け出した。

 即座に反応したのはシルクである。おそらくキリが何かしたのだろうとは予想したが、流石に剣まで持ち出されては見過ごせない。

 咄嗟に重い宝箱をキリへ投げる。これには彼も慌てずにはいられなかった。

 

 「キリ、お願い!」

 「え? うわっ――!?」

 

 飛んでくる宝箱は凶器にもなって。

 両手が塞がっていた彼は額で受け止める羽目になってしまい、脳が揺れるほどの衝撃を受けて、どうしようもないまま勢いよくその場へ倒れ込んだ。

 

 背後を気にせず、腰の剣を取ったシルクは男たちの前に立ち塞がる。

 不思議と恐怖心はない。視界は鮮明で、体の状態も良く、思う通りに動く自信がある。

 前方に迫った男が剣を振り上げて襲い掛かって来た。以前ならば怯えて動けなかった可能性もあるが今は違うと思う。腰を落として、鞘と柄を握って待ち受ける。

 

 「女ァ、邪魔すんな!」

 

 相当頭に来ているのか、そのままの勢いでシルクへと襲い掛かる。

 頭を狙って思い切りサーベルを振り下ろし、彼女を切ろうと迫った。慌てず、シルクは両手を頭上へ掲げ、降り注ぐ刃を受け止める。

 刀身を隠したままの鞘に激突し、ギィンと硬い音。

 

 手に走る衝撃を理解しながら、慣れた動きでシルクは腕を引いた。受け止めるというよりも受け流す仕草。するりと鞘の上を走ったサーベルは彼女を傷つけることなく空を切り、思わぬ姿勢を強いられたせいか、男の体勢が一瞬で崩れた。

 

 互いにダメージはない。が、優位に立ったのは明らかにシルクの方。

 転びかけた状態で傍を通り抜ける男を狙い、両手で柄を持って思い切り剣が振るわれた。

 まるでバットを振り抜くかのような姿勢。全力の一撃は男の後頭部を強かに打った。鞘に納まっていたため刃で斬られることはないものの意識を刈り取るには十分な衝撃が走る。

 痛みを感じる暇があったかどうかさえ定かでない状態で、勢いよく転んだ男は意識を失った。

 

 「て、てめぇ、何しやがる!」

 

 続いてもう一人が襲い掛かってくる。同じくサーベルを頭の上まで掲げて、腕力に任せた隙だらけの構え。さほど腕が立つようには見えなかった。

 

 以前、ルフィとキリの戦闘を見たのは無駄ではない。

 相手は本物の海賊。しかしあの時の二人に比べれば全くすごいとは思わない。

 

 自分の剣を持ち直したシルクは右手で柄を、左手で鞘を握る。

 距離が狭まって相手が剣を振り下ろす。その動きを冷静に見極めて、勢いよく剣を抜くと同時、露わになった刀身で素早く的確に敵の攻撃を受け流した。

 

 甲高い金属音と共に力の行き場を見失った男が転びかける。

 その一瞬、逆手に持った鞘が思い切り振るわれたのだ。

 

 シルクの一撃が男の顎を的確に捉え、全力で殴りつけた。

 よろよろと数歩前へ進み、頭を揺らす彼はおそらく脳を揺さぶられていただろう。視界が奇妙にぐねぐねと動き、やがて冷静さを取り戻すこともできず意識を手放す。

 

 時間にして一分もかからぬ数十秒。

 シルクは己の力のみで自分より体格のいい男二人を倒し、ふぅと息を吐いてから剣を収めた。気絶した男たちが起き上がらないことを確認して、それからキリを振り返る。

 

 「もう大丈夫だよ。ごめんねキリ、いきなり投げちゃって」

 「あー、うん。できればこの重さを理解した上で考えて欲しかったけどね」

 「ご、ごめん……」

 

 キリは床に倒れていた。

 放り投げられた宝箱を受けて鼻を打ったらしい。鼻先を赤くした彼がぼんやりした顔で言う。当然とばかりにこの時は笑みが消えていて、どこともなく空を眺めていた。

 振り返って初めて気付いたシルクが申し訳なさそうに頭を下げる。

 

 両手が塞がっていてはそうなるのも無理はない。

 倒れた彼へ近付き、顔を覗き込む。別段怒っている訳ではなく、目が合えばふっと笑った。シルクはそれで安堵し、手を貸してキリが起き上がるのを待つ。

 

 その場に座って、倒された男たちを見た。

 鮮やかな手並みだったのは近くで見て重々承知している。細身の女性ながら戦闘の腕は立ち、力を受け流す姿は堂に入っていた。想像よりずっと頼もしい姿に思えて彼女を見直す。何年も修行してきた成果はきっちりと形になっているらしい。

 座り込んだままキリはシルクを見上げ、笑顔で伝えた。

 

 「やるねシルク。助かったよ」

 「うん。って言っても、キリなら簡単に勝てたでしょ?」

 「さぁどうかな。ルフィと違って血の気は多くないんだよ。シルクが居てくれて助かった」

 「んー……ひょっとしてめんどくさいだけ?」

 「まぁそうとも言うけど」

 

 無邪気に笑うキリに呆れてシルクが苦笑する。ルフィが目立つためあまり気付いていなかったがこちらはこちらでそれなりに厄介らしい。

 命を落としかねない状況で一体何をめんどくさがったというのか。

 どうやらルフィとは対照的な一面を持つようだ。

 

 呆れた一方で仲間に褒められたことは嬉しい。

 役に立てそうでよかったとシルクはあどけない様子で微笑む。

 彼女の隣、立ち上がったキリは早速宝箱を持ち上げた。

 

 「とりあえずこの船から離れよう。誰かが戻って来たらまた厄介なことになる」

 「そうだね。私たちの船までちょっと歩くし」

 

 シルクもまた宝箱を持ち、二人揃って船を降りる。

 彼らの船は少し離れた場所に停泊させていた。何も考えずに上陸しようとするルフィを制し、慎重を喫しようとしたキリの判断である。

 

 船へ戻ろうとする二人はさほど急ぎもせず歩き、ふと森の方角を眺める。

 無事に略奪を終えて宝を手に入れて、次に考えるのはこの場にいないルフィのことだった。

 

 「あとはルフィの方か。一体どこ行ったんだろ」

 「ねぇ、ひょっとしてルフィが言ってたうまそうな匂いって、さっきの人たちのことじゃないのかな。今頃どこかで鉢合わせてるかも」

 「可能性は大いにあり得るね。いや、むしろそうなってないとおかしい気がする」

 「どうして?」

 「騒動を起こすのが得意そうだからさ。思えばルフィと出会ってから毎日退屈しないからなぁ。大渦に呑まれて辿り着いた無人島で財宝を見つけ出して、船が沈んでまた遭難。助けてもらったと思ったら今度は町が海賊に襲われて……」

 「そ、そっか。大変だったんだね」

 「これから先が心配になってくるよ。ひょっとしたらそういう星の下に生まれたのかもね。多分ルフィと一緒だと楽な航海なんてできないんだろうなぁ」

 

 陰鬱とした顔で重苦しい溜息をついたキリはがっくり肩を落とす。

 苦笑したシルクは空気を変えようと彼へ問いかける。

 

 「だけどルフィ一人で大丈夫かな。もし敵と会ってたりしたら」

 「うーん、大丈夫だと思う。その辺の奴に負けるような実力じゃないよ」

 「それはそうかもしれないけど、もしものことだってあるかも」

 「もしもがあっても死ぬことはないよ。それより心配すべきは道に迷わず帰って来れるかってところだね。前に無人島に居た時も獲物を狩るより帰ってくる方に時間かかったんだから」

 「ひょっとして方向音痴?」

 「多分ね。本人も認めてるし間違いないんじゃないかな」

 

 話しているとキリの表情も柔らかくなったようだ。

 静かな森を眺めてその場にいないルフィを想いつつ、やはり苦労が多そうだと考える。しかし航海を始めてみた今、久々となる海賊稼業を楽しく思っているのも事実だった。

 苦労をかけられるのも悪いことばかりではない。

 気を持ち直してそう考え、キリは再び笑顔で前を見る。

 

 「あとで探しに行くよ。じゃないと帰って来れない可能性がある」

 「うふふ、そうだね。キリは副船長だから、しっかりルフィを見てないと」

 「それもどうかと思うんだけどなぁ。なんか貧乏くじ引いてない?」

 「仕方ないよ。そういう役職でしょ」

 「代わりたいなら代わるよ」

 「ふふ、遠慮しときます」

 

 仲も良さげに歩く二人はすでに肩を並べることに違和感を持たない。

 出会ってからの時間も関係なくすっかり仲間となっている様子。互いへの信頼も窺えた。

 

 以前は海賊をしていたキリとは違い、シルクには戸惑いもあったはず。しかし今この瞬間は見えなくなっていた。ルフィとキリ、気のいい彼らといっしょに居たせいだろうか。確かにあったはずの彼女なりの海賊像は良くも悪くも壊されていて、徐々に順応しようとしているらしい。

 良い変化なのか、悪い変化なのか、略奪を終えたばかりの今でも笑っていられた。

 

 幼い頃から見守り続けていた町民たちにとっては想像もしたくない変化なのかもしれない。ただ彼女の心からの笑顔を見れば、少なからず喜ぶ人々も居たはずだ。

 くすくすと肩を揺らすシルクはとても楽しそうだった。

 


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