ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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月下の再会

 血ぶりをした後、納刀し、ゾロはそれなりに満足した様子で頷いた。

 

 「うし、終わり」

 

 辺り一面、彼に斬られたバロックワークス社員が倒れている。総勢およそ百人。一太刀も受けず圧倒的な光景で倒し続け、勝負はそう時間もかからず終わってしまった。

 

 屋根の上から辺りを見下ろす。

 多勢に無勢という状況で最初は心も躍ったが、結果は無傷の勝利。刀を試すことができただけマシという程度。当初の期待ほどは楽しめなかった。

 

 反面、手にした刀は素晴らしいと認識する。

 雪走は通常の刀よりよほど軽く、以前持っていたそれより扱い易い。

 三代鬼徹は驚くほどの切れ味を誇る。今まで出会ったことがないほど凶暴で、考えようによっては御し切るまでに慣れが必要かもしれない。

 それがわかっただけでも僥倖。立ち向かっただけの甲斐はあった。

 

 ようやく落ち着いて酒が飲めそうだ。

 ゾロがそう思った時、背後に倒れたMr.8が呻くように声を絞り出した。

 

 「うぅ……まさか、たった一人の剣士に我々が負けるとは」

 「まだ意識あったのか」

 「だが、ここまでの強さであれば、或いは……!」

 

 胴体を切り裂かれて倒れ、這う這うの体でMr.8は意識を保っていた。手放してしまうギリギリで繋ぎ止めたらしく、呼吸は乱れて、いつ気絶してもおかしくない危うい状態だ。

 何やら真剣にゾロを見ていた。

 不思議なのはその視線に敵意を感じないことだ。どこか懇願する素振りすらある。

 

 振り返ったゾロの表情は歪み、疑念を抱く。

 今の今まで殺そうとしていたはずなのになぜそんな顔になる。

 

 「待ちなさいMr.ブシドー! まだ勝負は終わっていないわ!」

 

 倒れたMr.8を見下ろしていると、横から声をかけられてそちらを向いた。

 いつの間にか二人が居る屋根にミス・ウェンズデーが立っている。傍には黄色い羽を持つ大きなカルガモが居て、呑気な顔で首から提げたドリンクを飲み、やけに緊張感がない。

 Mr.9とは別のパートナーらしい。

 人間と同サイズのカルガモの名前はカルーというようだ。

 

 彼女たちは攻撃を仕掛けようとして駆け出し、狙いを外して屋根から落ちたはずだった。

 間抜けなコンビだと見送ったばかりでもう戻ってきたらしい。

 再び現れた彼女と一匹を見るゾロはどことなく呆れた目つきである。

 

 「さっき落ちた奴らか」

 「私はまだ負けていないわ。さぁ、覚悟なさい!」

 「もう負けたようなもんだろ。さっきのもう忘れやがったのか」

 「あれは、この子が少し焦っただけで……! 次は同じ結果にはならないわよ!」

 「わかったわかった。いいからさっさとかかって来い」

 「くぅ、舐められているわね……あなたのせいよカルー!」

 「クエーッ!」

 

 当人たちは真面目なのだろうが、カルーのせいなのか、どこか緊張感に欠ける。

 彼女たちの相手をしなければならないらしく、ゾロはやる気のない顔で向き合おうとした。

 

 それを止めたのがMr.8である。

 倒れたままで表情を変え、態度は急変して敵意が消えている様子。どこか余裕が消えているようにも思えて必死な姿に見えた。

 Mr.8は突如ミス・ウェンズデーを制止する。

 

 「待て、ミス・ウェンズデー。少し話がしたい……」

 「え? Mr.8?」

 「剣士殿、あなたの腕を見込んで、一つお願いしたいのだが」

 「あ? いきなり何言ってんだ」

 

 話しかけられてゾロが怪訝な顔を見せ、決して友好的な態度ではない。しかし切羽詰まった表情を崩さぬ彼は退かずに言い切る。相当の理由があったらしい。

 仕方なくゾロはそれを受け止めてやることにした。

 

 「我々は協力者を探していたのだ。腕の立つ協力者を」

 「協力だと? 散々殺そうとしといて何を今更」

 「これには、深いわけがあった。できれば我々を助けて欲しいのだが――」

 「流石ね護衛隊長。あなたの目利きは確かよ」

 

 Mr.8の言葉を掻き消すように、涼やかな声が割り込んできた。

 出所を探せばすぐに声の持ち主を発見する。

 

 ゾロが右側を向いた時、広い道を挟んで屋根の上、足を組んで座る美女が居た。

 屋根の縁に腰掛けて足を投げ出し、へそを露出する紫色の衣装と帽子を身に着けて、柔らかい微笑みを湛えている。視線はどうやらMr.8とミス・ウェンズデーを捉えていたようだ。

 どこかミステリアスな空気を纏った、不思議な雰囲気を持つ麗人である。

 少なくともつい先程の戦いには参加していなかった人物だった。

 

 二人は彼女の姿を目にした瞬間、ひどく驚いた様子に変わっている。おそらく知り合いだったのだろう。目にした途端には表情が緊張していたようだった。

 ミス・ウェンズデーが動揺した様子で思わず背をのけ反らせる。

 

 「ミス・オールサンデー!? ど、どうしてあなたがここに……!」

 「あら、いけない? 私がここに居ちゃ」

 「い、今、なんと……まさか私を、護衛隊長と呼んだかっ」

 「間違ってはいないでしょう? 護衛隊長イガラム。それにビビ王女」

 

 ミス・オールサンデーと呼ばれた美女は事も無げに言う。微笑みは一切崩れない。

 しかしその一言を聞いた二人、Mr.8とミス・ウェンズデーは硬直し、身動きできないほどの驚愕に包まれている。たった一言で明らかに空気が変わった。

 

 バロックワークスの社員は必ずコードネームを名乗っている。そこから考えるに、先程呟いた名前は彼らの本名だと推測できた。何やら仰々しい呼称は付いているが間違いないだろう。

 

 気のない素振りで聞いていたゾロは静かに二人を確認した。

 ビビ王女、と呼ばれたのは間違いなく女性であるミス・ウェンズデーである。ならば護衛隊長と呼ばれたのがMr.8、もといイガラムなる人物。

 どこかの国の重要な人物なのだろう。

 そんな立場の人間まで紛れ込んでいる辺り、バロックワークスの異常性を知った気がした。

 

 足を組んで頬杖をつき、ミス・オールサンデーは穏やかな口調で話す。

 

 「なぜ、その名を……!?」

 「彼が本当に気付いていないとでも思った? アラバスタ王国の王女と護衛隊隊長、国民が知らないはずがないあなたたちが組織に潜入したことを。彼の気まぐれで見逃されていただけよ」

 「そ、そんなっ。それじゃ最初から?」

 「おかしいとは思わなかったのかしら。サンディ島周辺で任務に就いていたあなたちが揃ってこのウィスキーピークへ来る指令を与えられた。王女と護衛隊長と知っているのにね」

 「何が言いたいっ」

 「あなたたちすら利用するつもりだったんでしょうね。今は潜入していても、いずれきっとアラバスタへ帰らなければいけない時が来る。その時には足が必要になるわ。頼りになる護衛がついて来るのなら尚のこと嬉しいはず」

 

 悔しげな顔でイガラムが歯噛みする。

 最初から全てバレていたようだ。これではただの道化ではないか。

 

 「最初から我々が負けると知っていたのか。その後で彼らに協力を頼むことも!」

 「聡明なあなたを信用してのことよ。あくまでも敵としてね」

 「あなたたちは、どこまで……!」

 「そうそう。私を尾行してボスの正体に辿り着いたようだけれど、あれも指示があったの。敵が誰かを知っていた方が行動力が増すだろうって」

 「バカにして!」

 

 正面から堂々と真実を明かされ、ビビが肩を怒らせて声を荒げた。

 ひどい侮辱だ。知った上で見逃されるだけでなく、知らぬ内に利用までされていたとは。

 ミス・オールサンデーはわずかに首をかしげて呟く。

 

 「だからあなたたちの任務は終わり。今までご苦労様。退職金は出せないけど異論はある?」

 「なぜ我々を見逃そうとする。そこまで知っていてなぜ始末しようとしない。バロックワークスのボス、Mr.0の正体を知ったビビ様の存在は、おまえたちにとっても弱点と成り得るはずだ」

 「ならないわ。だから見逃すの」

 

 突然、ミス・オールサンデーは彼らから視線を逸らして別の方向を見た。

 彼女から左手、ゾロから見れば右手。

 

 「彼の目的は二つ。一つはあなたたちが察知しているように“王国乗っ取り計画”。もう一つはすごく個人的な用事。あなたたちを使って呼び寄せたかったのよ。いつの間にか誰にも気付かれず姿を消したバロックワークス社員、“NAMELESS”を」

 

 そこには気付けば、パーカーのポケットに両手を突っ込んで立つキリの姿があった。

 彼を目にして、ミス・オールサンデーふっと笑みを深くし、ゾロは眉間に皺を寄せる。イガラムとビビもまた相手が誰か気付いているだけに困惑している表情だ。

 キリ自身、いつもの笑みを浮かべて立っている。

 

 「仰々しい名前だね。ただのお手伝いさんだよ」

 「フフフ、そうだったわ。お久しぶりねキリ。いつ以来かしら」

 「まだそんなに時間は経ってないはずだけどね。まぁでも、それなりに時間はあったか」

 

 呑気というのか、彼は和やかに話している。おそらく敵だろうと思う相手とひどく親しそうに。これだけでも想像できる物はあった。

 以前過去について尋ねた時、すぐにわかると言われた経験がある。

 なんとなく想像できた後になって、ゾロはキリを見つめて小さく呟いた。

 

 「どういうことだ……」

 「ネームレス、その名は聞いたことがある。バロックワークスの中で唯一コードネームが与えられていない人間。ミス・オールサンデーとは別の、もう一人のボスのパートナー」

 

 同じようにキリを眺めたイガラムが呆然と呟いた。かなり驚いている顔である。

 ゾロは彼を見下ろし、咄嗟に続きを促す。

 

 「おっさん、説明しろ。そのネームレスってのはなんなんだ」

 「意味はそのまま、コードネームがないことを表している。存在こそ社内に知られていたが、あくまで噂が流れるだけで誰も見たことがない謎の人間。性別さえ知られていなかった。しかし存在だけは伝わってきて、社内の人間はネームレスと名付けるようになった」

 「ボスのパートナーってのは」

 「バロックワークスは秘密主義。ボスの素性すら秘匿されている。それ故、ボスからの指令は原則ミス・オールサンデーが渡すのだが……表の仕事をするのがミス・オールサンデー、裏の仕事を遂行するのがネームレスだと言われている。奴だけは二人のパートナーを持つそうだ」

 「その片割れがあいつってことか」

 「しかしまさか、あんな若者だったとは」

 

 キリはミス・オールサンデーと視線を合わせ、静かに佇んでいる。異様な雰囲気だった。

 不思議と三人は彼らのやり取りを見守る。

 気になるというだけでなく、なぜか口を挟めない何かがあった。

 

 「やっぱり捕まえるのは無理だったようね。最初から予想していたけれど」

 「あれだけ分かり易く近付かれたら誰でもわかるさ。あ、でもウチのコックなら引っ掛かったかもしれないね。ボクよりよっぽど女好きだから」

 「あなたと一緒に居たあの子は?」

 「今頃一人で寝てるよ。悪いとは思ったけど薬はあの人に飲んでもらったんだ」

 「そう。あなたの弱点は知らなかったのね」

 「だって初めて会ったし。王女も隊長もボクのこと知らなかったくらいだからね」

 

 やはり彼もビビやイガラムについて知っていたらしい。

 驚いた拍子にビビが思わず割って入った。

 

 「それじゃあなた、あの時もう……!」

 「見た瞬間に気付いたよ。まぁ、そういうことなんだろうなって」

 「理解が早くて助かるわ。ボスからあなたに伝言がある」

 

 ビビに構う暇さえなく、キリがミス・オールサンデーに向き合う。大事な一瞬だ。

 

 「わざわざ副社長が来るくらいだからそうだと思った。なんて?」

 「一言だけ。“アルバーナで待つ”と」

 「へぇ、なるほど」

 

 小さく頷き、その言葉を受け取った。

 キリは多くを語ろうとせず、ミス・オールサンデーも勝手に納得している様子で、必然的に話を聞いていた三人は置いていかれるような感覚に陥る。

 まだ全てを理解できた訳ではないというのに、二人は尚も言葉を掛け合う。

 

 「あなたがなぜ組織から逃げ出したのか、その理由は教えてくれないのね」

 「そんなに大それた理由じゃないよ。ただ社風に合わなかっただけかな」

 「それだけ?」

 「詳しく知りたいならボスに聞けば早いと思うけど」

 「聞いても教えてくれないのよ」

 「じゃ諦めた方がいいね。あれも中々面倒な人だから」

 「わかったわ。忠告ありがとう」

 

 肩をすくめて笑うキリは何かが違っている気がする。ゾロはふと違和感を覚えた。

 表情も佇まいも普段のまま。別段特別だとは思わない。それなのになぜか別人に見えてしまうような気さえして、何とも言えない心地に囚われた。

 

 ミス・オールサンデーが立ち上がる。

 用は済んだのだろう。後悔も残さずにその場を立ち去ろうとする素振りだ。

 

 「伝えたかったのはそれだけよ。王女様、もう心配しなくていいわ」

 「え?」

 「彼らがアラバスタへ連れてってくれる。どのみちそこを目指す理由があるの」

 

 向けられる疑念を込めた視線はまるで気にせず。

 振り返る寸前、再びキリへ目をやり、ミス・オールサンデー親しげに微笑みかけた。

 

 「また会うことになるんでしょう? 楽しみにしてるわ」

 「あんまりいい予感はしないね。まぁでも、手を抜くつもりはないよ」

 「フフ……彼に何か言いたいことはある?」

 「あぁ、それじゃ、お手柔らかによろしくって」

 「了解」

 

 クスッと笑って彼女は振り返り、無防備な背を見せて去っていく。屋根の上から降りれば建物の向こうに消えてしまい、視界で捉えることはできなくなってしまった。

 後には奇妙な沈黙が残され、場の動きが消えてなくなる。

 

 気配が消えた後になってゾロがキリへ視線を注いだ。

 何を言いたいかはわかっているのだろう。振り返った彼は視線で制し、先に二人へ目をやる。

 

 サンディ島アラバスタ王国、王女のビビと護衛隊長イガラム。

 まずは彼らと話さなければならない。

 軽々と屋根を飛び移って三人の前に現れて、何一つ変わらぬ笑顔でひとまず見回す。すでに三人が彼を見る目は変化していた。動揺と緊張、さらにそれ以外が色濃く見える。

 気付いていながら敢えて無視して、キリはビビとイガラムに目をやった。

 

 「そういうわけだから、ボクらなら協力できる。バロックワークスを止めたいんじゃない?」

 「え、ええ……でも」

 「まだ不可解なことがある。本物のネームレスならなぜMr.0に敵対を?」

 「ん~、説明してあげたいのは山々だけどさ、聞かせる相手はあと何人か居るんだ。あとにしてもらえると助かるんだけど。って言っても今のままじゃ信用できないか」

 

 困った顔で頭を掻く。そうする姿は平凡そうな青年だった。とても秘密結社の内側に居た人物とは思えず、思わず二人は顔を見合わせてしまう。

 キリは尚も詳細を語らない。

 

 「まぁ気に入らなければ適当なところで降りてくれればいいよ。とりあえずボクらはアラバスタに行くことになるだろうし、そこまで送ってから別行動になってもいい。だからまずは一緒にこの島を出よう。説明は船の上で全員にするからさ」

 「イガラム……」

 「やむを得ません。ビビ様、ひとまず彼らと行動を共にするべきです」

 「心配しなくても騙し討ちなんてしない。立ち向かう敵は同じだろうからね」

 

 肩をすくめる彼を見てただ困惑するしかなく、ビビとイガラムは口を噤む。

 信用できる相手と決まった訳ではないが勢いのままに決定し、協力する関係となったらしい。自覚もそこそこにビビはイガラムへ駆け寄って傷ついた彼を助け起こす。

 

 キリがちらりとゾロを見た。彼もまた事情を深く知らないため、表情は厳しいが多くを語ろうとせずに、今は待ってくれている様子。首を振って嘆息し、すぐに思考を切り替える。

 伊達に同じ船に乗っていない。扱い方は互いにわかっているらしかった。

 ゾロが先に口を開いてキリが答える構図となる。

 

 「で、どうすんだ?」

 「そうだね、もうこの町に居る理由がない。今すぐ島を出よう」

 「今すぐ? 大丈夫なのか、例の……ログってやつは」

 「考えがある。長くこっちに居れば見えてくる航海術ってのもあるんだよ」

 

 歩き出して視線の先を変えたキリは、倒れているMr.9とミス・マンデーを見た。

 

 「Mr.9、ミス・マンデー、さっさと起きなよ。頼みたいことがある」

 「な、なぜおれたちが起きていることをっ」

 

 声をかけられてすぐMr.9ががばりと起き上がり、舌打ちしたミス・マンデーも立ち上がった。

 どちらも比較的傷は軽かったらしく、ミス・マンデーは女性だったこともあって体を斬られてはおらず、峰打ちで一時的に気絶してしまっただけのようだ。

 

 彼ら二人を見たキリは屋根から飛び降り、通りへ立って警戒心もなく近付く。

 ダメージが残る姿で立つ二人を見つめて話しかけた。

 

 「真剣に話聞いてるとこ見ると協力は期待できそうかな? 二人は今後どうする?」

 「ど、どうするって」

 「手を貸すか貸さないか。今ならまだ忘れることはできると思うけどね」

 「そりゃあ、なぁ……」

 「乗りかかった船だ。それなりに長く組んだからね、友達を助けてやりたいって気持ちはある」

 

 覚悟した表情のミス・マンデーが答えたことで、Mr.9も納得した顔で頷く。

 話を聞いている内に覚悟を決めたらしい。二人の顔はすでに迷いを捨て去っており、頷いて理解したキリは彼らに微笑みかけて言葉をかける。

 

 「それじゃ手伝ってもらおうか。先にアラバスタへ向かってて」

 「アラバスタへ? でも、どうやって向かえばいい。エターナルポースだって持ってないぞ」

 「自分でなんとかしてよ。本気でやる気があるならさ」

 「はぁ!? そんな無責任な! 手伝えって言ったのはおまえだぞ!」

 「逃げるのは自由だよ。現地集合。現れないならそれはそれだ」

 「お、おい……本気か? 作戦会議はもう終わり?」

 

 簡潔に話し終えてキリは傍を離れてしまい、まだ屋根の上に居た三人を見上げる。またしても指示は簡潔で有無を言わさぬものだった。

 

 「ゾロ、みんなを連れてメリーへ行こう。寝てるようなら運ぶよ」

 「めんどくせぇな。叩き起こしゃいいんだ」

 「夜だから寝るのは当たり前さ。二人もこっちへ」

 

 ビビとイガラムを呼んで彼は歩き出そうとした。Mr.9とミス・マンデーは困惑しているようだがそのまま放置され、あっさり背を向けられてしまう。

 

 多くの人間が倒れ、静まり返った通りを歩く。

 ふと見回せば突っ立って居る二人が視界に入った。

 ナミとシルクである。ゾロが酒場を出る時には眠っていたはずだったが、演技だったのかもしれない。二人とも両手には盗み出してきた金品を手にしている。

 

 ブレない姿勢にはキリも苦笑する。しかし二人はどこか寂しげな表情だった。

 理由は理解している。そのため説明を急いだりはしない。

 他の三人は心底安堵して眠っているのだろうと判断し、すぐに視線を逸らして笑みを深める。

 

 「さぁ行こう。これから忙しくなる」

 

 歩き出して彼女たちの傍を通り過ぎ、酒場へと入っていく。

 キリの背を見送った面々は複雑な心境で、声をかけることさえできなかった。

 


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