ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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月下の宴

 静寂が強くなる夜の時間。しかしその町はいまだに活気を失っていなかった。

 外からやってきた海賊たちを迎えて盛大な宴が行われている。

 町で一番大きな酒場には町に居る人間のほとんどが集まり、互いに食料や酒を持ち寄って、終わることのない馬鹿騒ぎをさらに盛り立てていたらしい。

 突如現れた麦わらの一味は、今やヒーローのような扱いだった。

 

 彼らはそれぞれが思い思いに過ごしている。

 それどころか騒ぎの中心になっている者が多かったようだ。

 

 ウソップはジョッキを握ってやけに上機嫌な顔つきとなっていた。町民を聞き手にして得意のホラ話を繰り広げ、自らの英雄譚を語り、表情が緩むのを抑えきれない。

 聞く者たちの反応が良いため、調子に乗ってしまうのも無理はないだろう。

 朗々と語られる彼の話は躊躇することがなかった。

 

 「そこでおれは言ってやったんだ。おれの仲間に手を出すな、ってな」

 「おぉ~。それで?」

 「まぁ勝負は圧倒的だったが、そこは卑劣な魚人ども。降参するふりをして急に襲い掛かってきやがったのさ。しかし英雄キャプテン・ウソップは全てお見通し。向かってくる敵をひらりと避けて得意の狙撃でズドン! 勝負は一瞬でついた」

 「すげぇ! 流石はキャプテン・ウソップ!」

 「ふふん。まぁそう大したことじゃねぇがな。そうそう、ちょうどその後におれが倒した魚人どもを傘下に引き入れることになるわけだが、この時の話がまた――」

 

 今宵のウソップは絶好調らしい。

 意識せずとも自然に動く口からは次々言葉が飛び出していき、わくわくしている面持ちの人々へ手に汗握る話を聞かせて、すっかり注目の的となっていた。

 

 しかし注目されていたのは彼だけではない。周囲の騒がしさは仲間たちによる物も多かった。

 

 ウソップとは別の席、テーブルへ勢いよくジョッキを置いたゾロは町に住む男と飲み比べをしている。すでに対戦相手は十人目。男が先に限界を迎えて倒れてしまったようだ。

 周囲で観戦する面々はどよめき、ゾロの勝利を盛り上げる。

 十人を倒して顔色一つ変えない様子には大層驚き、面白くなってきたと笑顔が咲いた。

 

 「うおおっ! すげぇぞあの兄ちゃん、十人抜きだ!」

 「よぉし次だぁ! 今度こそ勝てるぞ!」

 「どんどん行けぇ~!」

 

 ゾロは黙して多くを語らず、酒を味わいながらもただ淡々と飲み進める。

 また次の対戦相手が隣に座った。仏頂面でジョッキをぶつけ、さらに酒を通して喉を鳴らす。

 

 そこからそう離れずに、同じく飲み比べをしているのがナミだった。

 初めての航海で得たストレスを発散するかのように、彼女の方がペースは速い。対戦相手は女も男もやってくるのに一歩も退いていなかった。

 景気よく飲み干し、ジョッキを掲げる。

 こちらはゾロよりよっぽど楽しんでいる顔だ。

 

 「おりゃ~!」

 「こっちのお嬢ちゃんは十二人抜きだぁ!」

 「しかもすげぇハイペースだぞ!」

 「さぁ、次は誰? どんどんかかって来なさい!」

 

 心底楽しんでいるらしい彼女は尚も手を休めず、次々対戦相手を望んで飲み比べを楽しんだ。

 酒が好きなだけでなく負ける気のない勝負である。

 一つずつ勝利を重ねた結果、機嫌は良くなる一方だった。

 

 酒場の中央ではルフィが凄まじい大食いを見せつけていた。

 もはや数えるのも億劫なほどの皿を空にし、尚も手は止まらない。笑顔で両手を動かし続ける。

 

 「おかわり~!」

 「うおおっ、すげぇ! もう二十人前は食ってるぞ!」

 「しかもまだ余裕だ!」

 「一体どんだけ食えるんだぁ!?」

 

 こうなればもうコックとの勝負だろう。ルフィは一切手を抜く気が無い。倒れるまで食ってやろうという気概さえ感じるが、果たしてその限界を本人が自覚しているのかすらわからなかった。

 とにかく彼は料理が運ばれて来れば即座に平らげ、次を待つ。

 勢いは衰えることなく笑顔は楽しげなままだ。

 

 さらに町民を驚かせるのが、いくつかソファを寄せ集めた空間で、数多の女性を侍らせるサンジであった。活気ある健全な騒ぎの中でそこだけが色っぽい様相を持っている。

 酒や料理など興味もない。

 緩み切った笑みを浮かべるサンジは傍に置いた女性たちに見惚れて、ひどい顔つきである。

 笑い声すら普段とは変貌していてだらしない物だ。

 

 「こっちの兄ちゃんは二十人の女を一斉に口説こうとしてるぞ! なんて勇者だ!」

 「一体なんなんだこの一味は!」

 

 町民たちの声が彼らの行動を後押ししているのか。

 五人は何を気にするでもなく、言わば海賊らしさを発揮して、自由に宴を楽しんでいる様子。

 

 少し離れてカウンターの席。

 酒が入ったグラスを持つシルクはそんな五人に呆れた目を向け、少し困った顔をする。その隣ではキリが五人に背を向けて座り、自身もまたグラスで酒を口にしていた。

 

 「みんな羽目外しちゃって。怪しいって思わないのかな」

 「怪しいと思いながら付き合ってるんだよ。まぁ一部は心から楽しんでそうだけどね」

 「そうかな。ねぇ、キリはどう思うの? 出会ったばかりの海賊といきなり宴なんて。何かあるんじゃないかなって思うんだけど」

 「う~ん、どうだろうねぇ」

 

 心配そうにシルクが尋ねるのだが、キリは緩い笑顔でさらりと受け流すのみ。

 普段ならばいの一番に警戒していそうな物なのに今日は違ったらしい。

 

 どこか様子がおかしいのではないか。妙に肩の力が抜けているキリの横顔を見てシルクが思う。緊張感がない姿はいつも見ているはずなのに何かが違うと見えてしまったのだ。

 しかし当人はどこ吹く風。彼女の疑念に答えない。

 グラスを揺らして氷を鳴らし、頬杖をついて目を伏せる余裕さえあった。

 

 「もしそうだとしても心配する必要はないよ。ゾロが警戒してる。任せておけばいい」

 「そう? でも一人じゃ大変なんじゃないかな」

 「本人はやる気だよ。新しい相棒と出会ったばかりだからね」

 「あ、そっか。刀のことだね」

 

 シルクがちらりとゾロを見る。

 一応腰から刀を外しているものの、遠くには置かず、誰にも盗まれないようにと警戒している。やはり何かがおかしいと感じている様子だ。剣士の本能だけではない所作を感じる。

 

 視線を戻してキリを見る。

 彼は気付いているのではないか。その上で敢えて言葉を濁している。

 なぜ。隠さなければいけない理由があるのかもしれない。

 シルクは眉間に皺を寄せてしまい、もやもやとした物を胸に抱えてしまう。

 

 「ゾロに任せておけば大丈夫なの?」

 「多分ね」

 「それが、キリからの指示?」

 「そうだよ」

 

 微笑みもそのままに軽く返事をされる。見せつけられるような余裕は崩せなかった。或いは崩さないようにと努めているのか。

 キリは彼女を見ずにぽつりと告げる。

 

 「この町にはゾロに勝てる人間なんて居ないよ」

 「そりゃ、ゾロは強いけどさ」

 「町の人間が束になっても勝てないね。断言する。まぁ任せてみなよ」

 「うん……」

 「シルクももっと羽目外してみたら? 航海で疲れてるんだ。それくらいしたって罰は当たらないだろうし、次のために英気を養わないと。みんながやってることは理に適ってるとも言えるよ」

 

 顔の向きを変えたキリに見つめられ、余計にシルクの顔が曇る。

 彼とはそれなりの付き合いになる。けれど何と言っていいのかわからない、気色の悪い感覚が胸の中に生まれて、おそらく隠し事のせいだろうとは思う。

 きっと聞いても答えない。それがわかって寂しかった。

 シルクは答えず、ふと喧騒の中心に居る仲間たちを見る。

 

 十三人目を倒したナミが意外にしっかりした足取りで近付いてきた。

 苦笑したシルクが応じ、朗らかな笑みの彼女と対面する。

 

 「なぁによシルク、退屈してんの? しょうがないわね、今日はもう飲みなさい。ぱーっとやるわよ! 疲れた時はこれが一番!」

 「ナミ、ストレス解消は良いけど、飲みすぎちゃだめだよ。体に障らないようにね」

 「何言ってんの、こっちは自由が資本の海賊よ? 飲みたい時に飲むのよ! 変な天候の海と変な船長の相手してるんだから、これくらいしたって怒られないわ!」

 「えっと、ひょっとしてスイッチ入ってる?」

 「ほぉら、あんたも飲みなさい! 今日は朝まで行くぞ~!」

 「わっ、ちょ、ちょっと――!」

 

 ずいぶん飲んだのだろう。足取りこそしっかりしているが、酒に酔って止め切れないほど上機嫌なナミに連れられ、シルクがカウンターを離れていく。

 半ば無理やりとはいえ相手が仲間ならば問題はない。キリは彼女を見送った。

 

 わずかに振り返って仲間たちを眺める。

 ウソップは身振り手振りでホラ話を披露し、ゾロとナミは飲み比べ。シルクは仕方なくナミの傍で付き合ってやり、ルフィは尚も大食いに挑戦。サンジはナンパに余念がない。

 騒がしい光景を俯瞰的に見て、思わず苦笑する。

 キリの笑みはひどくやさしい物に変わっていたようだった。

 

 いつの間にか個性的な仲間が増えたものだ。

 最初はルフィと自分だけだったのに、一つずつ島を訪れる内に肩を並べる人間が増えてきた。

 笑顔で楽しんでいる姿を見ていると肩の力が抜けてくる。

 

 守らなければならない。今はもう一人ではないのだ。

 

 そうして一人で佇んでいた時、見知らぬ女性が歩み寄ってきた。

 キリは何気なく笑いかけ、彼を目指してやってきたらしい女はそっと隣へ腰掛ける。

 

 「お邪魔してもいいかしら」

 「どうぞ。ちょうど寂しくなったとこだから」

 「ふふ、ありがとう。正直な人なのね」

 

 女は魅惑的なドレスを着ていた。サンジが集めた美女たちにも負けぬほど整った容姿を持ち、些細な仕草一つさえ美しく、まるでキリに甘えるかのように距離が近くなる。

 男であれば無視できない状況だろう。

 気付けば肩が触れそうな距離。キリは彼女の目を見て笑みを深める。

 二人して酒場の風景に背を向けて、寄り添って話し始めた。

 

 「あなたは騒がないの? みんな楽しそうにしてるのに」

 「十分楽しんでるよ。案外こういうのでいいんだ」

 「そう? さっきは寂しいって」

 「まぁね。でも今は寂しくない。君が来てくれたから」

 「あら」

 

 嬉しそうに笑った女が静かにキリの手を握る。気付かれるか否かという、自然な動作だった。

 きゅっと握ってくる力に気付き、二人の視線が合わさる。

 

 「意外に積極的なのね。真っ赤になって照れるかと思ってた」

 「そっちの方がいいならそうするけど」

 「ふふ、そのままでいいわ。男らしい人は好きよ」

 

 自然と距離は近くなり、声は小さくなる。

 周囲の者たちは気付いているのかいないのか、邪魔されることはない。

 女はしなだれかかる姿でキリへ寄り添った。

 

 「ねぇ、あなた海賊なんでしょう? 宝探しとかしたことあるの?」

 「あるよ。その時は財宝を見つけたりもした」

 「本当? 船乗りは嘘つきだって話も聞いたことあるわよ」

 「本当だよ。残念ながら証拠はないけど」

 「どうして?」

 「海に沈んじゃったんだ。その頃は小舟だったから、乗せすぎてだめになって」

 「うふふ、そう。なんだか面白そうな話ね」

 

 振り払われなかったからだろう、女はさらに大胆になってキリの肩に頭を寄せた。やはり彼は抵抗せずにそれを受け入れて微笑んでいる。

 

 「もっと詳しく聞きたいわ、あなたの話」

 「ボクでいいの?」

 「あなたがいいのよ。一人で居る姿を見て、ほっとけなくなっちゃった」

 

 その時になってキリが彼女の手を握り返す。

 女は気を良くした顔だった。

 

 「寂しさを埋めてあげたいの。今夜だけでもいいから」

 「有難い提案だね。こんな美女に誘われたら、断る理由はないよ」

 「うふふ。ありがとう。ねぇ、来て」

 

 女が彼の手を引き、席を立った。

 その後二人は人知れず酒場を抜け出して外へ出る。

 

 夜は深まり、晴れた空には月が浮かんでいた。

 酒場を離れれば辺りはひどく静かで、どことなく寂しさを湛えるほど。そもそも住んでいる人間が少ないのかもしれない。人の姿が見えないどころか人気すら感じなかった。

 女に手を引かれて、キリはされるがままでついていく。

 

 少しばかり風が冷たく、薄着も相まってわずかに体が震える。キリは細身で、数年間鍛えた成果もあって筋肉質な体つきをしており、脂肪が少ないため寒さには強くない。

 繋いだ手に力を入れれば女が嬉しそうに笑った。

 

 「寒い? そろそろ冬が近いの。もう少し我慢してね」

 「我慢すればどうなるのかな」

 「もちろん、あたためてあげるの。もうわかってるくせに」

 「一応聞いておいた方がいいかと思ってさ。勝手に勘違いしてるだけじゃ恥ずかしいでしょ」

 

 笑顔を向け合って手を繋ぎ、やがて二人は一軒の家の中へ入る。

 すぐに見つけた階段を上って二階の一室へ足を踏み入れ、前方にはベッドを見つけた。二人が寝転んでも余裕がありそうなサイズである。それだけで想像力が掻き立てられた。

 

 ようやく手を離してキリはベッドへ座るよう勧められる。

 彼女は何かしらの準備があるようだ。

 

 「ワインはいかが? ちょうど良い物が手に入ったの」

 「お酒はなんでも好きだよ。飲み過ぎるとまずいけど」

 「あら、好きなのに弱いの?」

 「酔いはしないけど力が抜けちゃって。気をつけるようにしてるんだ」

 「そう。なんだか不思議な話だけど、少しくらいなら大丈夫なんでしょ」

 

 先にキリがベッドの縁へ腰掛け、女の背を眺める。

 彼女は部屋の隅へ向かい、ワインセラーから一本のワインを取り出してそれを見せた。

 

 再び背を向け、グラスの準備をする。

 その際、用意したのは一人分だけで二つは持たず。

 ワインの瓶とグラス一つを持ち上げる直前、胸の谷間に手を突っ込んだ彼女はそこから小さなカプセルを取り出して、自ら口に含むと舌の裏へと隠した。

 

 振り返った時には妖艶な笑みが見せられていた。

 女はキリの下へ移動し、目の前に立ってグラスへワインを注ぎ込む。

 

 「そのままで居て。飲ませてあげる」

 「ありがとう」

 

 彼は心底嬉しそうにしている。分かり易い笑みだ。

 それに気を良くした女はグラスを傾けて自分の口にワインを含み、少し転がした後、飲み込まず口に含んだままキリの肩に両手を置く。

 

 太ももの上に座って正面から見つめ合い、微笑みを持ったまま静かに顔を近付ける。

 躊躇いを持たずに二人の唇が合わさり、わずかに口を開いて。

 

 二人はそのままベッドへと倒れ込んでいった。

 

 

 *

 

 

 数時間続いた宴は深夜になる頃、ようやく落ち着いていき、町は静寂に包まれた。

 散々騒いだ後で麦わらの一味が眠りに就いたのである。

 町民たちが落ち着けたのはそれからであり、あまりにもパワーのある宴ですっかり疲弊した表情が多い。人々は一味を残して酒場を後にし、一度外へ集まった。

 

 ウィスキーピークの町民、総勢百名といったところか。

 何やら先程とは表情が違って冷徹な雰囲気すらあり、怪しげな雰囲気が漂う。しかし彼ら自身はそれをおかしいと思っていない。皆が意志を同じくしていたようだ。

 

 町長、イガラッポイが集まってくる皆を見回し、辺りの静けさを確認する。

 麦わらの一味が気付く様子はなかった。

 

 「やっと落ち着いたな。ここまでは作戦通りだ」

 「うっぷ……よく飲み、よく食べる。めんどくさい作戦だよ」

 

 イガラッポイの呟きに反応したのは大柄な肉体を持つシスターだった。男顔負けの巨体で筋肉が大きく盛り上がっており、非常に力強い印象を受けるが女性のようだ。

 彼女は頭巾を取ってその場へ捨てると、うんざりした顔でイガラッポイを見る。

 

 「あんなガキどもにここまでする必要があったかい? 港に着いた時点でたたんじまえばよかったんだ。あの程度の連中ならそう時間もかけずに殲滅できただろう」

 「そう言うな、ミス・マンデー。これも最重要任務のため。それに奴らを甘く見ない方がいい」

 

 イガラッポイが声をかけた大柄な女性、ミス・マンデーはふんと鼻を鳴らす。

 納得した様子ではない。それを見てイガラッポイは説明を重ねた。

 

 「どうだか」

 「手配書は見たか? あの麦わら帽子は3000万。金髪は2000万ベリーの賞金首だ」

 「3000万? あいつが?」

 「例の新聞に載った海賊だ。何をしでかすかはわからん。何より奴は無傷で捕らえろとの命令だからな。大事を取って損はない。ターゲットは?」

 「首尾よく誘き出した。今頃はお楽しみなんじゃないかい?」

 「とにかくこれで我々の任務も無事終わる。他は好きにしていいらしい。3000万ベリーは海軍に引き渡して賞金をもらうとしよう」

 

 嘆息したミス・マンデーは短い髪の頭を掻き、真剣な目で問いかける。

 それに対してイガラッポイ、コードネームMr.8は冷徹な表情と顔で答えた。

 

 「他の連中はどうする」

 「奴らに用はない。殺せ」

 「了解……」

 

 ミス・マンデーが小さく頷き、ちらりと見た方向にはいつの間にかMr.9やミス・ウェンズデーの姿がある。彼らもまた頷いて同意する様子だった。

 

 事態は終焉を迎えるかと思われた。

 辺りには剣呑な空気が漂い、すでに全てが終わったという思考すらある。

 そこへかけられた声は、どうやら家屋の屋根から降ってきたようだ。

 

 「悪いがもう少し寝かしてやってくれねぇか。昼間の航海で疲れてんだ」

 「何ッ――!?」

 

 Mr.8が真っ先に反応して声の出所を見上げる。

 半月を背負い、刀を掲げて胡坐を掻く男、ロロノア・ゾロが居た。

 彼は今しがた酒を飲み過ぎて眠っていたはずだ。しかしそこに居る姿からは酔いなど微塵も感じない。平静を装っている訳でもなく、至って平然とその場の面々を見回している。

 

 Mr.8に続いて動揺は一気に広がっていく。

 当然視線はゾロ一人に注がれて、物々しい雰囲気が辺りを包み込んだ。

 

 歓迎の町に似つかわしくない雰囲気である。これを感じ取ったゾロは凶悪そうに微笑み、うずうずしている様子で彼らの視線を全て受け止めた。

 驚いている素振りはない。むしろ喜々とした佇まいを感じる。

 数多の視線を受けて彼は上機嫌。

 刀を抜いている姿から見ても、嫌な予感ばかりが静かな町へ広がっていた。

 

 「貴様なぜそこにっ。酒場で寝ていたはずでは……!?」

 「剣士たるもの、如何なる時も酒に呑まれる馬鹿はしねぇもんさ」

 「くっ、おのれ……!」

 

 想定外の事態にMr.8が舌打ちし、彼に対して忌々しそうな視線を向ける。

 同じく周囲では、ただの町民だと思っていた者たちが年齢、男女を問わず武器を手にしていた。

 

 「つまりこういうことだろ。ここは賞金稼ぎの巣。意気揚々とグランドラインへやってきた海賊たちを出鼻からカモろうってわけだ」

 「黙っていれば楽に逝けたものを……よもや自力で気付くとは」

 「賞金稼ぎざっと百人ってとこか。相手になるぜ、“バロックワークス”」

 

 穏やかな声で何気ない一言。だがその声で全員が驚愕する。

 狼狽した人々は口々に声を漏らし、大きなどよめきが生まれていた。

 それを見下ろすゾロは言葉を止めずに続ける。

 

 「なぜ、わが社の名を……」

 「大した話じゃねぇ。昔おれも似たようなことをやってた時、おまえらんとこの下っ端にスカウトされたことがある。当然蹴ったけどな。その時ある程度知ることはできたさ」

 

 視線を厳しくする一同を気にせず、ゾロは朗々と語った。

 

 「社員たちは社内で互いの素性を一切知らず、コードネームで呼び合う。ミスターなんちゃらってのがそうだろう。もちろんボスの正体も謎。どこに居るのかさえ知らされていない。ただ忠実に指令を遂行する犯罪集団、バロックワークス。へっ、秘密だったか?」

 「よくもまぁそこまで……その下っ端とやら、余計なことをしたものだ」

 「良い機会だ。ちょうどこいつらを試してぇと思ってたんでな。全員おれが相手してやる」

 

 笑みを深めたゾロは立ち上がると刀を抜いて両手に持った。

 右手には雪走、左手には三代鬼徹。彼らのデビュー戦を飾る相手に犯罪組織の構成員が百名。獲物としては十分だろう。質はともかく数はそれなりに満足できそうだ。

 

 秘密犯罪会社、バロックワークス。

 並び立つ構成員は彼が放つ危険な雰囲気に反応し、慣れた挙動で武器を構える。

 

 もはや隠すつもりもなく、全員の敵意がゾロの一身へぶつけられていた。意識が切り替わって戦闘を覚悟したらしい。その方が好都合だと彼も肩を回して準備する。

 自らも覚悟を決めて、Mr.8は彼を見上げて口を開いた。

 不遜な態度は結構。しかし百人を相手にするのはたった一人。負けるつもりなど微塵もない。

 

 「いや、お見事だ。身内の不手際があったとはいえ、我々の秘密をそこまで知った外部の人間はおそらく君くらいの物だろう。是非とも君を称賛したい、海賊狩りのロロノア・ゾロくん」

 「おれたちの情報も入手済みってわけだ」

 「しかし我々は秘密結社。知られた以上は消さねばなるまい」

 

 拍手の後、冷たい眼をして彼へ告げる。

 

 「また一つ、サボテン岩に墓標が増える……」

 

 Mr.8がそう言ったことで、ゾロはふと島の特徴とも言えるサボテン岩へ目をやった。

 常人より視力が良い彼でも肉眼では捉えられないが、サボテン岩とは大きな岩に無数の墓標が立てられた物。そこにあるのはサボテンの針ではなく、この町で始末された者たちの墓だ。

 

 ゾロを始末し、今まで通りにそこへ埋葬する。

 そう決意してMr.8が叫んだ。

 

 「やれェ!」

 

 一斉にバロックワークス社員たちが動き出す。

 それを見てからようやくゾロも動き出し、ひどく楽しそうに屋根を蹴った。

 


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