「んん! よい! よいよ! よく描けた!」
身の丈ほどはある大きな筆を持ち、至る所がペンキまみれになったルフィが叫ぶ。
彼は今、傷跡だらけのラブーンの頭を見ていた。
時間をかけて山のように大きなそこへ描かれたのは麦わら帽子をかぶったドクロだった。ルフィが主導でウソップは手伝っただけのせいか、思いのほか下手くそで、旗に描かれたマークとは些かの違いがある。良く言えば個性的で味のあるルフィらしい作風だ。
完成した絵を眺めて満足そうに頷く。
筆を置き、腰に手を当てて仁王立ちしたルフィはラブーンを見上げて語った。
「これが約束の証だ! おれたちはまたここへ帰ってくるから、その時まで元気で居ろ! 頭ぶつけてそのマーク消すんじゃねぇぞ!」
描いたマークを約束の証として、ルフィが笑うとラブーンが鳴き声を発して応じた。
答えはイエスに違いない。
涙が消えた彼の目は晴れ晴れとしている。
これからまた数年待たなければならないだろう。しかしブルックの話を聞いて希望が持てた。もう誰も残っていないと思っていただけに、生きる理由を見つけられて嬉しさを感じているらしい。
早く会いたいと心が躍る。
今や以前とは違った喜々とした様子が窺え、見ていたルフィも楽しそうに笑った。
ルフィとウソップが作業している間に時間が経ち、夕刻が近くなっている。あと二時間もしない内に夕日が見れるようになるだろう。島を目指すにはすぐ出航しなければならない。
その場で一夜を過ごす選択肢もあるだろうが、ルフィが望んでいないようだった。
出航するため、クルーたちは準備を行っている真っ最中。
ナミは席についてクロッカスと向き合い、グランドラインの航海に関して説明を受けていた。
「グランドラインの航海にはログが必要不可欠になる。これを見失えば方角はわからず、島に辿り着くには奇跡を頼るしかない。コンパスでさえ狂わされる海だからな」
「うん。仲間に言われて用意してきた。これのことでしょ?」
「そうだ。島に滞在しているだけでログは自動的に溜まっていく。指針が定まった時が溜まった合図になるだろう。ただしログが溜まる期間は島ごとによって異なる。注意することだ」
「長くてどれくらいになるかしら」
「年単位でかかる島もあったな。住民が居るようなら尋ねてみるといい」
「ログを溜めるだけで何年もかかるの? そんなの待てないわよ。特にルフィが」
「そういった人間に重宝される道具もある」
クロッカスはナミが身に着けるログポースを指差して言った。
「ログポースは島から島へ移るごとにログを書き換えるが、“
「なるほど」
「事前の準備を怠らぬことだ。ログの選択はこの海で生き残るために最も重要な物だからな」
クロッカスの呟きにナミが頷き、深く心に刻み込む。
四つの海とグランドラインは全く別物。噂は聞いたことがある。
今まで培った航海術が通用しない可能性さえあり、気を引き締めなければと考える。しかし未知の海域を前に、不思議と不安よりも好奇心が沸いてくるようだった。
ルフィに似たのかもしれない。彼女は思わず苦笑した。
「最初の航海は七つの磁気から一本を選ぶことになる。どれを選ぶかはおまえたち次第」
「最初だけ選べるってわけね。でも、そうしたら最後の目的地はどうなるの? それぞれ別の場所に辿り着くんじゃないの?」
「いや、最終的に辿り着く島はただ一つ。……小僧は海賊王になると言っていたな」
「ええ。ルフィは本気よ」
「ならば目的地は決まっている」
腕組みをしたクロッカスは、厳めしい顔になってその名を告げた。
「ラフテル。それが誰にも見つけられぬ島で、唯一海賊王だけが辿り着いた島。海賊王の称号を欲する者は皆がその島を目指している」
「ラフテル……」
「それじゃあ、その島にワンピースがあるんですか?」
ナミの隣に座って静かに話を聞いていたシルクが尋ねる。
するとクロッカスは一瞬目を伏せ、再び開いてから答えた。
「それは自分たちで確かめてくればいい。最も、ロジャー以外は誰にも辿り着けていないがな」
「そうですか……本当にあるのかな。ワンピース」
「どうかしら。まぁ嘘だとしてもルフィなら探すだろうけどね」
ナミが目を向けた先ではルフィとウソップが片付けを始めている。使った道具を集めて運ぼうとしているところであり、暇そうにしていたゾロまで駆り出されていた。
本来は船長が聞くべき話だろうに、マイペースな姿である。
その時ふと、キリが居ないことにようやく気付いた。
ルフィが話を聞かないのは驚かないとしても、副船長たる彼は比較的話がわかる相手。今のような場面では真剣に話を聞いているのが常だったがいつの間にか姿がなかった。
狙った訳ではないだろうが、ちょうどサンジが紅茶が入ったカップを運んでくる。
不思議に思ったナミは彼に質問してみた。
「お飲み物ですレディたち。あまり根を詰め過ぎないように」
「ねぇサンジくん、キリは? なんか居なくなってるんだけど」
「さっきまで船の中でなんか探してたみたいだぜ。今アーロンの船に居るよ」
「アーロンの?」
ちらりと見れば確かにアーロン一味の船にキリが立っていた。
何やらアーロンと話しているらしい。彼女たちにその声は届かなかった。
キリは椅子に座るアーロンの前に立ち、手に持った手配書の束を見せている。
微笑んでいるが真剣な様子。
どうやら大事な交渉をしているようだった。
「全部で百枚。グランドラインに居る賞金首百人の手配書リストを作っておいた」
「で……それをおれにどうしろと?」
「解放の条件を変えようと思って。一対一の決闘でルフィに勝つか、或いはここにある百人の海賊を倒して海賊旗を奪ってくれば自由にするよ。それでどう?」
言い切るキリに眉が動き、アーロンが顎を動かすとクロオビが手配書の束を受け取った。
数枚めくり、そこにある顔をいくつか確認する。額は様々、数百万ベリーも居れば数千万の賞金首も居て、中には億超えの賞金首も用意されていた。
ざっと確認すれば確かに百枚ほど用意されているようだ。
標的は百人の賞金首。彼らの海賊旗を奪って力を証明すれば解放されるという。
アーロンはキリの顔をじっと見つめて動かない。
確認を終えたクロオビが話しかけるとやっと口を開いた。
「確かに百人。ランクの差はあるがどれも賞金首だな」
「こいつらを仕留めりゃ、おれは自由になれるのか」
「そうだよ。ただし市民への攻撃はなしだ。君らの悪評が立つようなら、ボクらが駆けつけて無理やりにでも抑え込む。作戦を立てておびき寄せたいなら敢えて攻撃するのもありだけど」
「フン。そんな必要はねぇよ」
クロオビから差し出された百枚の手配書を受け取り、ちらりと確認してからアーロンが言う。
目つきこそ睨んでいるが分かり合えない様子ではない。
「まずはこいつらを仕留めてやる。その次におまえらだ」
「意外に素直だね。あっさり受け入れるとは」
「おまえに従うわけじゃねぇ。誰でもいいからぶちのめしてやりてぇと思ってただけでな」
「あっそ。まぁそれでいいよ」
素っ気ない言葉を吐きながら、手配書を見たアーロンは良い機会だと考えていた。
今のままではルフィに勝てないことを理解している。必要なのは更なる力。そのためには百人の海賊を相手に武者修行というのもいいかもしれない。
人間を守れと言われるより、狩れと言われた方がよほどマシだ。
アーロンは静かに決意して火を灯していた。
その様を見たキリは安堵する。これなら裏切ることはなさそうだ。
話はまだ終わっていないようでその場を動かず。
キリは尚もアーロンへ声をかけた。
「ここからは一旦別行動にするよ。それぞれで動いて情報のやり取りをする。別々に動いた方が手に入る物が変わってくるからね」
「好都合だ。いつまでもてめぇらのケツを追う気はなかったからな」
「その代わり呼び出す場面があるから応じてよ。あくまでこっちが本船だから」
「フン」
鼻を鳴らしてそっぽを向くが否定はしなかった。分かりにくいが肯定なのだろう。
肩をすくめ、キリが苦笑する。
「念を押すようだけど今の君らは麦わらの一味の預かりだ。市民への攻撃は許可しない。海賊と海軍が相手なら何も言わないけど」
「ならてめぇらを襲おうが問題ねぇわけだな」
「警戒しとくよ。この先の海はイーストブルーほどやさしくないし、魚人島出身ならそれはみんなも知ってるはず。情報のやり取りはこまめにしよう。ハチ、連絡の時は頼むよ」
「わかったぞ。おれに任せてくれ」
船で一番話がわかるはっちゃんに声をかけて、承諾を受けたことで安堵する。
電伝虫での通信は彼に任せておけば安心だろう。アーロンその他一部の魚人では話す気もなさそうな素振りが見えるものの、はっちゃんならば安心できる。
当初の予定よりずっと良い状態で航海を始められそうだった。
「助かるよ。情報をもらえるだけでも大きな手助けだ。この海は特に不思議が多い」
そう言ってキリは海を眺め、微笑みはそのままでわずかに寂しそうな目をした。
懐かしき海へ帰ってきた。
もう二度と来ることはないと思っていたが、これからはここで生きていくことになる。
不意に海を見た時、人の姿が二つ見えた。
島が見える位置ではないというのに泳いでいる。
岬の方向へ向かってきているようで、海上で船が壊れたのかもしれない。体力はあるのか、見るだけでわかるほどかなりのスピードで迫ってきていた。
とはいえ、一応溺れているらしい人間である。
キリは表情を変えて咄嗟にはっちゃんへ叫んでいた。
「ハチ、人が溺れてる! あの二人の救助を!」
「ニュ~、任せろ!」
勢いよく船を飛び出して海へ飛び込む。
はっちゃんは人間よりも速いスピードで海を泳ぎ、素早く二人の下へ辿り着いた。
どうやら男女のコンビだったようだ。
二人を抱えたはっちゃんが戻ってきて、海から飛び出すと陸地へ上がった。
気になったキリもすぐに船から飛び移ってそちらへ向かう。
仲間たちも歩み寄ってきていた。
はっちゃんが手を離し、ようやく確認できたのは二人の人間。
地面にへたり込んだ男女は奇抜な格好をする変わった人物だった。男は派手なスーツを着て王冠をかぶり、女性はぐるぐる模様の服を着て水色の髪をポニーテールにしている。
どちらも必死な姿で乱れた呼吸を整えようと努めていた。
その二人を見た瞬間、キリは目を見開いて驚愕を露わにする。
しかし集まってくる仲間の中で彼の反応を知ったのは、目敏く気付いたゾロだけだった。
「ゲホッ、ゴホッ……ハァ。いやすまねぇ。船が壊れちまって」
「ハァ、あなたたち海賊ね? 私たち町へ帰る途中だったの」
「よければ乗せていっちゃくれねぇだろうか」
「いやいや、いきなりだなおまえら。まだ名乗ってもねぇぞ」
唐突に話し始めた二人にウソップが呟き、眉間に皺を寄せる。
二人が名乗ったのはそれからだった。
「すまねぇが訳あって名は明かせねぇ。おれを呼ぶ時はMr.9と呼んでくれ」
「私はミス・ウェンズデーと」
「おい、怪しいぞこいつら」
「そうね。名前は明かせない、船が壊れてここまで泳いできた? すっごく嘘っぽい」
正座するような二人に対して、ウソップとナミが腕を組んで疑えば、途端に二人は肩をびくつかせて狼狽した。あからさまに怪しい挙動である。
ひょっとしたら自分たちでも無理があると感じていたのかもしれない。
気付けば冷や汗をだらだら流しているようだった。
ますます信じられる話ではなくなり、ナミがジト目で彼らに詰め寄る。
反射的に二人は背をのけ反らせてしまう。
「完ッ璧に怪しい。あんたたちまさか、私たちをカモにしてお宝奪おうって魂胆じゃないの?」
「ままままさかっ!? そ、そんなことするはずがないだろう!」
「そ、そうよ! それに私たちは船まで壊れて……!」
「それじゃなんで壊れたの? 理由は?」
「え、ええっと」
「岩礁に乗り上げて……」
「この辺りには岩礁はない。海流を見ればわかるわ。それなのに岩礁に乗り上げたなんて、あんたたち一体どこから泳いできたのかしらねぇ。まさか何キロも泳いだとか言わないわよね?」
「うっ、ぐっ」
どうやら嘘が苦手なようだ。
Mr.9はぐうの音も出ずに硬直してしまい、ミス・ウェンズデーは顔面蒼白となっていた。
対照的にナミは勝ち誇った表情。彼らの企みを未然に防いだと感じており、事実彼女の詰問が一味を守る結果を生み出したのだろう。ルフィが相手ではこうはならない。
出会って早々、奇妙な雰囲気が漂っていた。
出鼻を挫かれた姿の二人は見るからに動揺しており、やはりただ溺れただけではない。
ナミの疑念は確信へ近付き、今度は海を眺めてみる。
近場で船が壊れたというならその残骸の一つも見えていいだろうに、海にはそれがない。至って平穏な姿があって異物など浮かんではいなかった。
或いはラブーンに探してもらってもいいかもしれない。きっと何も見つからないだろうが。
ここへ来て逃がさないとばかりに、ナミの追及は一層強まった。
「それじゃ壊れた場所はどこなのよ。その辺で壊れた割には木材一つ浮かんでないし、もっと遠くで壊れたんならこんな場所まで泳いでこれるはずない。この岬に海賊が来ることを知っていて、見えない位置で船を停めて、溺れてると見せかけて泳いできたならまだわかるけど」
「ぎくぅ……!?」
「グランドラインへ入るにはこのリヴァースマウンテンを使うのが常識よ。それさえ知ってれば待ち伏せするのなんて難しくないし、下調べしておけば船を隠せる場所だって見つけられる」
「ぎくぎくぅ……!?」
「つまりあんたたちは、溺れたふりをして私たちを騙しに来た、何らかの悪人。違う?」
「ぎくぎくぎくぅ……!?」
顔を青ざめさせるばかりか体まで震え始めた二人に厳しい視線が突き刺さる。
ナミは笑みを浮かべているが目は笑っておらず、腕組みをしたウソップも呆れた表情。シルクは戸惑っている様子だが、困惑した表情をしていても奇襲に備えて身構えており、サンジも同意しているらしく助け舟は出さない。たとえ相手が美少女でも茶化したりはしなかった。
ルフィは何を考えているかわからず、二人をじっと見つめる。
いつも通りでなかったのが残る二人だ。
ゾロは表情を険しくして口を噤み、キリはあろうことか彼らの意見を受け入れる。
「そこまでにしときなよナミ。怯えちゃって可哀想だ」
「なんでよ。憶測だけど多分間違ってないわ。私のお宝を狙って来たのよ」
「そうだとしても目的がわかってれば対応のしようはある。とりあえず聞いてみようよ」
「危険な目に遭うのは嫌よ。待ち伏せされそうだし」
「相手が悪人なら逆に奪ってやればいいさ。ボクらは海賊だ、儲け話になる」
「とりあえず聞いてみるわ」
「変わり身早っ!?」
自分の意見を急旋回させたナミにウソップが驚き、思わず叫ぶ。キリに説得されて気付けば彼女の目にはベリーしか映っていなかった。
ナミの追及が終わったことでルフィが二人の前に立つ。
予想外に静かな表情でじっと見つめていた。
「んで、おれたちにどうして欲しいんだ?」
「町まで乗せてってもらえればそれで十分です、はい! それ以上は何も望まねぇ!」
「もちろん騙し討ちなんてしません! 私たちは町に戻れればそれでいいんです!」
「そうか。じゃいいぞ」
返答はあっさりしたものだった。頭を下げた二人だけでなくウソップまで驚愕する。
「ルフィ~!? おまえよく考えろって、明らかに怪しいんだぞ! こいつら何か狙ってる! おれもナミの意見に賛成なんだ、危険な目に遭うのはごめんだぞ!」
「危険かぁ……やっぱりウソップもそう思うか?」
「当ったり前だろ! じゃなきゃ出会った直後に船乗せてくれなんて――」
「やっぱり危険な方がおもしろそうだよなぁ~」
にかりと笑ったルフィの顔を見て、ウソップは目が飛び出しそうなほど驚いた。
危険だと言われてさらに興味を持ったらしい。
想定外の状況でウソップはすっかり怯え切っていた。
「お、おまえ、危険だと知ってて行く気かよ!? おまえのことはある程度理解してたつもりだがそれはいけねぇ! そんなことしてたら命がいくつあっても足りねぇぞ! いいか、船長は仲間の命を預かる立場なわけだから、ある程度は危険を回避する方向性を――」
「そうかぁ、危険なのかぁ~。冒険の匂いがするなぁ~」
「お願い船長、話を聞いてっ!?」
ルフィはやさしげな笑い声を発して歩き去る。すでに今から楽しみにしている笑顔だ。
その態度が何とも恐ろしく、不安に駆られたウソップは尚も必死の説得を続ける。
どうやら船長の方針に従って、Mr.9とミス・ウェンズデーを受け入れることになったらしい。
サンジは美少女と行動を共にすることで上機嫌になっており、ナミは大金を手に入れるチャンスかもしれないと目を輝かせ、二人を見たシルクは困った様子で苦笑していた。
「鬼が出ようが蛇が出ようが関係ねぇさ。よろしくミス・ウェンズデー」
「ねぇあんたたち、貯金はいくら? その町って裕福なのかしら」
「ナ、ナミ、その質問はちょっとどうかな……」
親しげとも宣戦布告とも取れる言葉を受けて二人は困惑していた。
しかし余計なことを言えば失敗する可能性もある。咄嗟の判断で口を噤むのも無理はない。
一度はその場を離れようとしたルフィが踵を返して戻ってきた。後ろからは説得中のウソップがついて来るのだが一切気にせず、Mr.9とミス・ウェンズデーを見る。
聞き忘れていたのだ。
自分たちが向かうべき場所はどこなのか。
「そういやおまえらが住んでる町ってどこなんだ?」
「ルフィさんってば、おれの提案も聞いて――!」
「あ、あぁ……ウィスキーピーク。別名、歓迎の町さ」
Mr.9がにやりとした顔で告げた。するとルフィの顔はパッと輝いて喜びを露わにする。
「歓迎の町っ。おもしろそぉ~!」
「か、歓迎? なんか想像してたのと違うな……案外危険じゃねぇのか?」
「危険なんてまさか。ウィスキーピークは音楽と酒が有名な町だ。海賊たちもよく立ち寄る」
「へ、へぇ……それなら大丈夫そうに聞こえるけど、いやでも」
ウソップが悩む素振りで考え始め、ルフィは心底楽しそうに肩を揺らす。
それから彼らはウィスキーピークについて、同時にこれからの航路について話し始めた。
集団から少し離れた位置、キリは敢えて遠ざかって俯瞰的に見ていた。
いつの間にか笑みが消えている。
普段見たことがない、感情が見えない無の表情。目にすれば印象に残る様相だった。おそらくは仲間たちが見ていないと知って変わったに違いない。
気付いていたゾロは彼の隣に並び、敢えて顔を見ずに声をかける。
「おまえあいつらのこと知ってたのか?」
「なんで?」
「あいつらの顔を見た瞬間に様子が変わった。名前も聞いてねぇのにな。あの速度で気付くってことは事前に知ってねぇと無理なタイミングだろ」
キリは表情を変えずに応じた。
ゾロの目つきは鋭く、以前にも味わったような雰囲気に包まれる。
「グランドラインに長く居たんだろ。だったら知ってるんじゃねぇか」
「そういうゾロは何か知ってそうだね」
「まぁな。で、どうなんだ」
「さぁ、どうだろうね」
「何を隠してやがる」
厳しい声で問いかけた。いつになく真剣な表情である。
それでもキリは多くを語らず、肩をすくめてようやく柔らかい笑みを浮かべる。
「今にわかるよ。ウィスキーピークに行けば」
「あ?」
「グランドラインにはもう来ないつもりだった。でももう一度来ると決めた時から、こうなることはわかってた。どうあっても無視することはできない」
「話したがらなかった例のアレか」
「ボクが居れば面倒になる。捨てていくなら今の内だよ」
儚げに笑ってそう言われた。
キリの視線がゾロの横顔を見るが振り向かず、前を見たまま彼が答える。
憮然として薄ら怒りさえ感じさせた。
「アホか。くだらねぇこと言ってんじゃねぇ」
「そう」
キリが頷く。小さな動きでそれ以上の反応はなかった。
「なら行ってみるしかない。話さなきゃならない時はすぐに来るよ」
「……そうか」
頭を振ったゾロは嘆息し、それ以上の追及をやめる。
やめはしたがその場を動こうとはせずに、腕を組んで厳しい顔、遠くを眺めた。まるで何かを思案するような素振りである。
いまだグランドラインに入ったばかり。それなのにキリの様子は一変している。
仲間が死んだことを思い出して動揺。何かを隠す素振り。
イーストブルーではなかった物だ。
果たしてこれは良い変化か。彼の表情に陰りを見たゾロは嫌な予感を覚え、以前気付いた通り、あの時の嫌な予感さえ間違いではなかったと思わざるを得なかった。