ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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新時代

 処刑台が崩れ落ちた。

 前触れもなくやってきた雷に打たれ、ほんの一瞬で倒壊。雷鳴の直後にガラガラと崩れる音が響いて瓦礫と成り下がり、しんと静まり返った辺りで、誰もがその場所に注目していた。

 どさりと落ちたのは黒焦げになったバギーの体。どうやら気絶しているらしい。

 

 それから数秒の間を空け、ひらりと落ちてきたのは麦わら帽子だ。

 平気な顔で歩み寄って右手で持ち上げ、頭へかぶる。

 ルフィはその後、変わらぬ笑顔を見せて楽しげに笑った。

 

 「しっしっし。やっぱ生きてた、もうけっ」

 

 ローグタウンに、雨が降り始めた。

 言葉を失った人々は呆然と立ち尽くし、ルフィの笑顔に驚く。怪我一つせずに元気な姿で立っている。気絶しただろうバギーとはあまりにも違う姿だった。

 

 見ていた全員が言葉を失い、驚愕してから平静を失くしたまま、動くどころか声すら出せない。耳が痛いほどの静寂を切り裂くのはルフィの能天気な笑い声だけである。

 その中で最も早く、心から安堵してキリが地面に膝をつく。

 全身を襲った疲労感はひどい緊張状態から解放されたせいでようやく感じられたのだろう。

 力が抜けて幼くなった微笑みは、彼の精神状態を色濃く表していた。

 

 「はぁ、ほんと……心臓に悪いなぁ」

 

 ぽつりと呟いて肩の力を抜いた。

 まだ近くには敵の幹部も居るが全く動いていない。平静を取り戻せる様子も皆無だった。

 

 キリを除けば最も早く正常な判断を下せたのは、監視所から見ていたスモーカーである。

 ルフィが生きていた。これを見ただけで表情が変わり、動揺するより先に判断する。

 彼は周囲に立っていた部下たちへ鋭く指示を出し、明らかに普段とは違った様子で声を荒げた。

 

 「今すぐ待機させていた兵を突入させろ! あいつだけは絶対に逃がすなァ!」

 「は、はっ!」

 

 肩を震わせた一人の海兵が駆け出し、部屋を出ていく。

 動揺は海兵たちにも広がっていた。誰もが終わりだと思っていたのに、奇跡的な出来事で助かってしまった海賊。まさかあの状況から生還するとは思っていない。

 状況を理解して青ざめている者も多い様子。

 特に焦りを見せていたのがスモーカーだ。隣に居たたしぎが尋ねずにはいられないほどだった。

 

 「ス、スモーカーさん、大丈夫ですか? なんだか顔色が――」

 「笑ったんだよ」

 「え?」

 「おれァ、ガキの頃に見たことがある。二十二年前、あの処刑台で死んだゴールド・ロジャーと全く同じだった……あいつは死の間際に笑いやがったんだ!」

 

 声を荒げるスモーカーもまた動揺しているのだろう。その顔からは余裕が消えていた。

 

 「あいつだけは逃がすわけにはいかねぇ。何としても捕らえるぞ!」

 「は、はい!」

 

 スモーカーはたしぎを連れ、急ぎ監視所を後にする。

 その後も監視所の中は慌ただしく動き、息つく暇もなくなってしまったようだ。

 

 雨が降り注ぐ広場が再び動き出したのは、潜んでいた海兵が海賊捕縛に乗り出した頃。

 武器を持った海兵たちが一斉に現れたことにより、海賊たちが応戦して一気に騒がしくなり、町民が逃げ惑って大混乱となる。この状況はもはや誰にも治められない。

 

 空気は一変する。

 その間にルフィがキリと合流。笑顔で気楽に声をかけた。

 

 「キリ、大丈夫か? 濡れちまったらだめなんだろ」

 「まぁね。でも走るくらいならなんとかなるよ」

 「おし。んじゃ逃げるか」

 「そうだね……ふぅ。しかしまぁ」

 

 へたり込んでいたためルフィに肩を借り、なんとかキリが立ち上がる。すると彼はじとりとした目でルフィの顔を見やって、拗ねた顔で頬を引っ張った。

 

 「なんであんなこと言うかな、この男は」

 「ししし、まぁいいじゃねぇか。結局生きてたし」

 「そういう問題じゃ……ハァ、もういいや。それより危なくなってきた。すぐに逃げよう」

 「おう!」

 

 肩から手を離して自身の足で立つ。

 全身が雨に濡れてしまって体の力が抜け、これ以上の戦闘は不可能だが自分の足での移動くらいはできるらしい。ふらりと揺れたキリの体はもう倒れなかった。

 ルフィは心配する素振りを見せるもあっさり手を離す。

 大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろう。無理に手を貸すことはしない。

 

 混乱する広場の中。二人が走り出そうとする前にゾロとサンジが駆け寄ってきた。ゾロは手拭いを外して腕に巻き直しており、サンジは火が消えた煙草を携帯灰皿に押し込む。

 二人の前にやってきてすぐ嘆息する様子だった。

 

 「おまえら、神の存在って信じるか?」

 「バカなこと言ってる場合じゃねぇぞ。海軍が来た。とっととずらかった方がいいぜ」

 「逃げるぞ! 今度こそグランドラインだ!」

 

 ルフィが宣言して四人が走り出そうとする。

 至る所で戦闘が始まり、大騒ぎになっているが、だからこそ彼らへ向けられていたはずの注意が逸れている。今ならば簡単に逃げられるはずだ。

 

 気付かれない内に移動を始めたその瞬間。呆けていた面々が背後から声をかけてくる。

 振り返った彼らが見たのはキリと戦っていた三人の幹部だった。

 邪魔をされたことで足が止まり、特にサンジはアルビダの姿を見て目の色が変わってしまい、強く睨まれているところを確認すれば簡単には逃げられないようである。

 

 「待ちなルフィ! アタシから逃げるつもりかい!」

 「あの時のきれいなお姉様ァ~!!」

 「アルビダか。まいったなぁ、キリはもう戦えねぇのに」

 「ほっとけ。先を急ぐぞ。おいアホコック、盾になるなら止めねぇぞ、行ってこい」

 

 声をかけられるが気にせず逃げ出そうとする。

 それを見てエルドラゴが大口を開け、攻撃のために思い切り息を吸った。

 

 「逃がさんぞコソ泥めェ! わしの黄金を返せ!」

 「まずい、またあの攻撃だっ」

 

 咄嗟にキリが呟くも、防ぐ術はなく。

 エルドラゴはその口から眩い閃光を吐き出した。

 

 薄暗い中で一際輝いて攻撃が迫る。四人はその様をじっと見つめ、回避のために身構えた。

 しかし接触の前に誰かが間に割り込んできた。

 見知らぬ男は四人に背を向け、閃光を見据えて胸の前で両腕を交差させ、奇妙に指を絡める。

 なぜか閃光は男の眼前へ到達すると、何かにぶつかるようにして掻き消えてしまい、一瞬で消滅してしまった。どうやら男は四人を守るために割り込んだらしい。

 

 トサカのような特徴的な髪型を持つ、体格の良い青年。

 あいにく見覚えは無い。誰かの知り合いという訳ではなかった。

 名も知らぬ彼はエルドラゴの攻撃を無力化させた後、ゆっくり振り返り、その顔を見せる。

 

 四人は眉間に皺を寄せて驚いてしまった。

 理由は知らないが、なぜか彼は泣きじゃくっていたのだ。

 

 「おぉ、おぉぉぉ……! あ、あんた方、すげぇ人だっぺ……!」

 「なんだ? 誰だこいつ」

 「なんで泣いてんだよ」

 「しかも号泣だね。知らない顔だけど」

 「お、お、おれは、今、猛烈に感動してるんだべ……死を恐れずに啖呵を切ったお姿! 仲間を救おうという熱いお心! そして天から落ちた奇跡の雷! すげぇ衝撃だった。おれはあんた方、いや! あなた方がここで死ぬのはいやだと思った!」

 

 男は大粒の涙を流しながら熱っぽく語る。

 混乱する戦況の中で異質だと思いつつ、四人もなぜかそれを聞いていた。

 

 「おれらこの町のギャングで、海賊じゃねぇけども、微力ながらお手伝いさせて頂きてぇ! こいつらはおれに任せてくんろぉ! みなさんを傷つけさせたりはしねぇっぺ! そ、それとみなさんを先輩とお呼びしてぇんだどもよろしいでしょうか!」

 「えっと、味方?」

 「とりあえず害は無さそうだが、どうすんだルフィ」

 「別にいいんじゃねぇか? おい、おまえ名前なんていうんだよ」

 「はっ!? お、おれのようなもんに名前を聞いてもらえるだなんて恐れ多い! で、でもここで答えなきゃ一生名を呼んでもらえねぇかもしれねぇ……おれは一体どうすればっ!」

 「いいから早く言えよ。めんどくせぇな」

 

 ゾロとサンジが苛立っているらしく、キリはただ戸惑い、ルフィはからからと笑う。

 不思議と出会ったばかりの男は感動が止まらない様子だった。尚もエルドラゴが大声による閃光を放って攻撃するのだが、男の前にあるバリアのような壁が防いで遮断する。男はまるで気のない素振りなのに全くダメージを与えられていない。

 泣きじゃくる顔はルフィを見つめている。

 

 「お、おれの名前、バルトロメオって言いますぅ!」

 「ばる、ろめ?」

 「バルトロメオ」

 「バルトロメオ!」

 

 首をかしげるルフィへキリが囁いてやり、教える。するとルフィの顔がパッと輝いた。

 名前を呼ばれたことでバルトロメオはさらに大量の涙を流す。

 

 「ありがとな! ちゃんと礼言いてぇけど今はだめだ! また会おう!」

 「はっ、はいぃぃぃっ!」

 「急ぐぞ。かなり騒がしくなってきた」

 

 別れを告げると改めて走り出し、広場を離れようとする。彼らが動けば当然アルビダやエルドラゴやモーガンが反応するも、やはりバルトロメオが立ち塞がった。

 彼が作り出すバリアが全てを阻み、攻撃は無効化され、追撃は行えなかったようだ。

 

 「そこをどけ! わしはあいつらから黄金を取り戻すんだ!」

 「うるせぇー! てめぇら如きが麦わらのルフィ先輩の邪魔すんじゃねぇ! あの御方はいずれ海賊王になられるんだべ!」

 

 後続をバルトロメオ、或いは彼の仲間だろうギャングたちに任せ、四人は駆ける。

 広場の混乱が深まっていたのはどうやらギャングたちの乱入があったからだ。最初からそこに居たのか、それとも途中から参加してきたのかは定かではないが、バルトロメオの指示に従ってのことだろう。今や海賊と海兵がぶつかる戦場に陸のギャングが参入している。

 さらに逃げ惑う町民たちも彼らにとっては味方と成り得た。

 

 混乱が深まったことで注目される機会がめっきり減り、四人はすぐに広場の出口まで到達する。

 濡れたことで疲弊した顔のキリを気遣いつつ、騒ぎの中心を抜け出すと同時、前方からは逃げ出してきたらしい他の三人も合流できた。

 ウソップは安堵した様子で涙を流して、ナミとシルクの顔にもほっとした笑みが浮かぶ。

 

 「ルゥ~フィ~!!」

 「ウソップ! シルク! ナミ! おまえら無事だったか!」

 「てめぇこの野郎ッ! 寂しいこと言ってんじゃねぇぞ、バッキャロー! 海賊王になるならまだまだ死ねねぇじゃねぇか、コンニャロー!」

 「あっひゃっひゃ! わりぃわりぃ、いやぁ~ほんとだめだと思ったんだよなぁ」

 

 まだ騒ぎに近い場所で足を止め、互いの顔を見合わす。

 一時はどうなることかと思ったものの一人も欠けていない。いつもの面子が揃っている。

 次に考えるのはローグタウンから逃げることだ。

 素早く判断したナミが口火を切り、参謀たるキリへ意見を求める。

 

 「安心するのはまだ早いわよ。すぐにこの町を離れなきゃ。キリ、それでいい?」

 「うん、急ぐよ。ただしまだ待ち伏せの可能性もある。できるだけバラケてメリーに戻ろう」

 「もう海軍も動いてるよ。急がなきゃメリーも危ないかも」

 

 シルクが皆に促したことでそれぞれ頷き、意志を統一する。

 まだ危険は去っていない。メリー号に乗り込んで海へ出るまでは、否、今は嵐が来ている。海に出てからも気を抜くことができない状況だった。

 本当に助かったと安堵できるのは、町を抜け出して嵐の下を抜け出した時。

 目を見合わせて全員が理解し、やがて行動に移される。

 

 動き出すのは早かった。

 まず先にゾロが駆け出して、先頭で行こうとする彼を見てシルクが慌てた。

 方向音痴の彼を放っておく訳にはいかない。自分で道を選んだなら尚更のこと。

 考えるより前にシルクがゾロを追いかけていた。

 

 「とにかくおまえら、油断すんじゃねぇぞ。ゆっくりしてる時間はもうねぇんだ。全員メリー号まで足を止めるな、いいな!」

 「ちょっと待ってゾロ! 一人で行くと危ないよ! 道に迷うから!」

 

 遠ざかっていく二人を、殊更シルクの背を見てサンジが手を伸ばすが、止め切れず。

 残念がるような素振りの彼は頭を振って考えを変え、自身もまた走り出す。

 その際、声をかけたのはナミだけだった。

 

 「あっ、シルクちゃん! おれが守ってあげたかったのにマリモなんかのために……! 言ってても仕方ねぇか。ナミさん、こっちへ! ナミさんは必ずおれが守る!」

 「お願いよサンジくん! か弱い私を怪我させないように!」

 「あ~いっ!」

 「おぉい待ってくれサンジくぅん!? か弱いおれも守ってくれぇ!」

 

 駆け出したサンジとナミに続き、ウソップもまた二人と共に去っていった。

 残ったのはルフィとキリだけである。

 ゾロとシルクが右手の道へ駆け出して、左手にはサンジとナミとウソップが向かった。ならば自分たちは正面の道だろうとルフィがキリへ振り返る。

 

 「行けるか? 無理ならおれがおぶってやるぞ」

 「流石に走るだけなら大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 「そうか。うし、急ぐぞ!」

 「メリーが無事とも限らない。アーロンたちが上手くやってくれてるといいけど」

 

 ルフィとキリが駆け出して人の姿がない大通りを走っていく。

 背後にあった喧騒はどんどん遠くなっていった。

 

 嵐はさらに激しさを増していく。

 ただ彼らにとって幸いだったのは、風は西へ向けて吹いていて、グランドラインを目指す船には追い風となること。まるで天候まで彼らの背を押すかのようだ。

 突如現れた嵐に見舞われ、ローグタウンの混乱はより一層深まるばかりであった。

 


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