ざわつく町並みを素早く歩き、通り過ぎていくスモーカーは険しい顔をしていた。
部下からの報告で海賊が騒いでいると聞かされた。
場所は処刑台前の広場。かつて海賊王が死んだ場所。
海賊にとっては特別な想いもあるだろう場所だが、昔と今で違うのは、ローグタウンにはスモーカーが居ることである。彼と出会って町を出られた海賊などまず存在しない。その彼が居ると知りながら騒ぐというのは中々の度胸だった。
報告してくる軍曹を隣に置き、急ぎ広場へと向かう。
すでに部下への指示は終えている。一等部隊は港へ行って警戒を強化。二等部隊は武装して広場へ急行し、広場を隠密に包囲。残った者たちは射撃できる距離で待機を命じられている。
敵は町民までも巻き込み、包囲しているという。これを無事に助けなければならない。
視線まで険しく、態度も厳しい。
軍曹は久しく見る姿に怯えながら口を動かしていた。
「現在確認されているのは道化のバギー、獅子閃光エルドラゴ、そして以前取り逃がしたと報告があったモーガンまで居るそうです」
「元海兵が海賊に協力か。嘆かわしいもんだ。しかも高額賞金首が手を組みやがるとは」
「それから、手配書にない美女も確認されているそうで。金棒を持っているそうですが」
「敵であることは間違いないだろう。見逃すなと言っておけ」
「はっ。それと、処刑台には例の海賊、麦わらのルフィの姿もあります」
「奴も手を組んだってことか」
「いえ、それが……」
速い歩調で歩きながら、軍曹が言い淀み、スモーカーが振り返る。
視線を受けて黙っている訳にはいかない。
彼は意を決して報告した。
「麦わらはその、処刑寸前の状態でして。バギーに命を狙われている模様です」
「海賊同士の潰し合いか。他所でやりゃあいいものを、迷惑な話だ」
「麦わらの右腕と噂されている紙使いの姿も確認されています。現在モーガンとエルドラゴを相手に交戦中。苦戦しているようです」
「紙使い? あいつか」
呟いた直後、脳裏に手配書で見た顔が浮かんでくる。
良くない名前を聞いていた。故にその名前と顔だけは忘れられない。
舌打ちを一つ。スモーカーは前方に広場を見渡せる監視所を見つけた。
「たしぎはどこに行った。まだ見つからねぇのか」
「申し訳ありません。武器屋へ時雨を取りに行ったきり、戻ってきていないようで」
「チッ、のろまが。まだ緊張感がねぇのか」
素早く監視所へ入り、階段を上って家屋の屋根より高い位置へ達する。そこから処刑台がある広場を一望できた。大勢の人間もすぐに確認することができる。
処刑台の上に二人。道化のバギーと捕まった麦わらのルフィ。
広場の中央に三人。紙使いキリが軽やかな様子で舞い、エルドラゴとモーガンが二人がかりで仕留めようと奮闘している。勝負は中々決まらないようだ。
かなりの数の海賊たちが広場に集まった町民を包囲していて、現在は実害がないものの、危険がない訳ではない。真っ先に彼らを排除しなければならないだろう。
町民が人質にされてしまっているだけに、一手間違えれば大損害となる。
無実の人間が犠牲になることを良しとしないスモーカーは苦々しい顔で考え始めた。
「こりゃあまずいな。こっちが手を出せば奴らは市民に手をかけるつもりだろう」
「どうします。敵の数はこちらよりも多いですが」
「だがチャンスはある。混乱を待て」
「混乱?」
「これから麦わらのルフィの首が落ちる。海賊どもはそれを見たがってるはずだ。奴が仕留められたと同時に一斉に襲い掛かって無力化しろ。いいか、市民に手を出す暇を与えるな」
「了解しました。すぐに命令を伝達します」
周囲に複数居る海兵の中で軍曹が駆け出し、命令を伝えるためその場を離れた。
葉巻の煙を吐いて嘆息しつつ、スモーカーは唸る。
「少し待つしかねぇか。安全のためだ、我慢してもらう他ねぇな」
今すぐ手を出しては敵の思う壺。そうさせないためにはチャンスを待つ必要がある。
迅速に判断してスモーカーは腕を組んだ。
状況の変化を見逃さないよう、広場の光景をじっと見つめる。
いつの間にか空は曇天に変わっていた。分厚い雲の色は黒く、天を覆い隠してしまっている。天候が崩れるまでそう時間はないだろう。
それを知ると同時に広場の戦闘に舌を巻いた。
キリの動きは常人とは違った物だった。
攻撃にしろ回避にしろ、動作の一つ一つが軽快で体重を感じさせない。そして手に持つ武器や周囲で動く物はおそらくただの紙切れ。遠目に見ても異質な姿だ。
納得したように呟き、あらかじめ得ていた情報を思い返す。
「パラミシア、能力者か。紙使いとはよく言ったもんだ」
「すみませんスモーカーさん! お、遅れました!」
「たしぎィ! てめぇ刀取りに行くだけでいつまでかかってんだァ!」
監視所へたしぎが駆け込んできた途端、スモーカーは激しく叫んだ。
叱られたことによって自然とたしぎの身が縮こまって、深々と頭を下げる。
「す、すみませんでした! あの、スモーカーさん、ご報告したいことが」
「なんだ。言ってみろ」
「は、はい。この町に麦わらの一味が居るらしくて、ついさっき海賊狩りが――」
「そんなことくらい知ってる。あれを見ろ」
「え?」
顎で示されてたしぎが広場を見る。真っ先に見つけたのがルフィの姿だった。
「あっ……麦わら!?」
「海賊どもが馬鹿騒ぎしてやがるんだ。市民が近くに居て今すぐには手が出せねぇ。隙を窺って一気に突入するぞ。おまえも合図を待て」
「わかりました。でもよりによってあの処刑台を使うなんて……」
「海賊王が死んだ処刑台、か」
腕を組んだスモーカーが呟いて、たしぎは真剣な様子で口を噤む。
一体何の因果か、海賊王が死んだ場所で一人のルーキーが殺されようとしている。しかも話題になっていたばかりで、ウェンディから警告されたばかりでもあった。
彼らはこの町を出てグランドラインへ入る。
その言葉を思い出し、機を窺う目は真剣な物に変わっていった。
広場では今も尚戦闘が続いている。
当初の予定とは違い、キリは攻めあぐねていたようだ。
敵は二人。上手く立ち回れば回避できると予想していたものの、考えていたよりずっと難しい。それもひとえに片割れであるエルドラゴの能力が厄介だからだった。
ゴエゴエの実の能力で強化された大声が面倒だ。
光線にして飛ばす能力も面倒だが、それ以上に手間を取らせるのが声量を大きく底上げし、大気を揺らすほどの大声で平衡感覚を奪われ、集中力を乱されるのが手に負えない。紙を耳に張り付けて塞いだところで遮断しきれず、隙を見せればモーガンが襲い掛かってくる。
なぜモーガンは無事なのだと見てみれば、彼は耳栓をしていて、特別性なのかそれだけで平気な顔をしている。従って苦しいのはキリとルフィ、そして市民たちだけだった。
事前に準備していたに違いない。自分たちだけを標的に待っていたのだ。
コンビネーションもそれなりの形にはなっていて、モーガンにしても以前出会った時より実力が上がっているような気さえする。修行でもしていたのかもしれなかった。
エルドラゴの大声で肉体に変化が生じ、その隙を狙ったモーガンの猛攻が迫り、何とか避け切るが状況の進展は見られない。無傷のキリだが自分が苦戦していると感じ取っていた。
せめてあの口さえ閉じられれば。
忌々しそうにエルドラゴを見たキリは大口を開けられた瞬間、右手から数枚の紙を投げ、開かれた口を閉ざすために紙を張り付けた。これにより口での呼吸は不可能となって動きが止まる。
即座にモーガンを睨んで牽制すると、やっと足を止める時間が作られた。
「ハァ、これで能力は使えないだろ。あの大声さえなければ――」
「ゴァァッ!」
再び大声が聞こえ、だが性質が違い、振り返ればエルドラゴの口から光線が放たれていた。
鉄にも等しくなるほど硬化していたはずだが、光線によって貫かれたらしい。気付くのが遅れて姿勢も悪く、咄嗟の判断でキリは転ぶようにして回避し、なんとか直撃せずに済んだ。
だが避けられたところで喜んではいけない。真っ直ぐ進んだ光線は町民を襲っていた。
数多の悲鳴。そして壁まで到達して大きな破砕音。
広場はかつてないほどの混乱に支配された。
敵は海賊。市民への攻撃も辞さない覚悟があり、それでも敵を倒そうとしている。
油断していたと言わざるを得ない。
これを見たキリは罪悪感を覚えずにはいられず表情を変える。地面を転んで起き上がり、的確な動作で自身の行動が制限されてしまったことを知った。
町民を傷つけないためには、自分が敵の光線を止めなければならないようだ。
「くそ、やりたい放題だな」
「また避けよったっ。おのれェ!」
怒り心頭といった顔でエルドラゴが駆け出して、それを見てからモーガンも前へ駆ける。
二人同時にキリへ襲い掛かり、エルドラゴは黄金で作られた鋭い爪を、モーガンは斧手で切りかかった。まずいと感じて両腕に紙を纏わせ、手甲を模り、硬化して攻撃を受け止める。
体重差があって姿勢を崩されてしまい、殴り飛ばされるような光景で背中から地面を転がる。歯を食いしばったキリは自ら後転し、しゃがんだ状態で顔を上げた。
追撃のため二人は眼前に迫っている。
体勢が悪く、防御と回避は間に合わない。
この判断により彼は両手を振って紙を飛ばし、無数に散らばった紙切れで敵の視界を阻害した。
「むおっ!?」
「チッ、小賢しい……!」
向かってくる紙の群れに驚いて足が止まった。それだけでなく一瞬体が硬直している。
地面を蹴って跳び出したキリがエルドラゴの顔面に蹴りを叩き込み、あまりの勢いで背を無理やり反らさせて、そのまま押し切るように蹴り抜いた。
エルドラゴはたたらを踏んで後ろへ下がり、その瞬間にキリは空中でモーガンを見る。
着地はまだ。モーガンは斧手を振り上げている。
しかしそうなると予想していたキリは攻撃の最中に紙の剣を握っており、迫り来るだろう攻撃を想定して自らも剣を振っている最中。ただやられるだけの気概ではない。
問題なのはやはりモーガンではなくエルドラゴだった。
たたらを踏んだ彼は体勢を整えるより先に大口を開き、大声を発する。
耳にキンと来る衝撃。
一時的な物とはいえ音が一切聞こえなくなった。
当然集中力も持続できなくなって、紙の剣がただの紙に戻ってしまう。視界が揺れて着地の姿勢もままならない。その一瞬を待っていたモーガンの攻撃が目の前まで迫っていたようだ。
考えるより先に左腕を差し出した。腕が服ごと真っ白に染まって、紙になった上で硬化され、奇跡的なタイミングでモーガンの斧を受け止める。
硬化していたおかげで切られはしなかったらしい。
思い切り殴りつけられたような衝撃で体が飛ばされ、勢いよく地面を転がる。
まさに九死に一生を得たと言っていいだろう。
起き上がったキリは冷や汗を掻き、今度は自分から後ろへ跳んで距離を設けた。
「危なかった……やっぱりあの能力がだめだな。くそ、せめてあいつさえ居なければ」
「おのれ、しぶとい奴め! モーガン、貴様手を抜いてるわけではないだろうな! なぜ腕の一本も切り落とせねぇんだ!」
「うるせぇ。おれに指図するんじゃねぇよ」
どうやら仲が良いという訳ではなさそうだ。二人は厳しい顔で声をぶつけ合っている。
付け入る隙はありそうだが、やはり警戒すべきはエルドラゴの能力。敵の力を軽んじて動けば敗北する可能性もある。そのため、キリは思考に囚われて動けなくなっていた。
目に見える位置に居るルフィが驚くほど遠い。相対する敵はたった二人、されど自身が思うよりずっと苦戦していて、対抗策を考えようにも連携が邪魔をして上手くいかなかった。
このままではまずいとわかっている。
視線は普段よりも厳しくなり、どうしようもないもどかしさを感じて苛立ちが増していく。
「何やってんだいあんたたち。仕方ないね。手こずってるようだからアタシも手伝ってやるよ」
「おぉ、アルビダ! 貴様のスベスベの能力があれば百人力だ!」
「どいてろ。こいつはおれが殺す」
冷静になろうとした時、アルビダが近付いてきて参加する。
これで敵は三人。聞けば彼女も能力者だという。
キリの表情はますます険しくなり、佇まいを正して再度彼らへの攻撃を始めた。
処刑台の上から見ていたルフィは仏頂面になって彼らの戦いを見ていた。
傍らではバギーが勝ち誇り、勝利を確信して上機嫌。余裕綽々の状態でルフィに言う。
「案外あっけねぇもんだぜ。おまえを殺すために集めた戦力だが、ほとんど使わずに勝っちまったなぁ。どうだ、せっかく見物人が居る。言い残す言葉があるなら聞いてやるが?」
サーベルを持つバギーは首に刃を突きつけた。
それでもルフィはつまらなそうにするばかりで何も言わない。
「だんまりか。まぁそれもいい。哀れな海賊一匹死んだところで世界は変わりはしねぇ」
「おれはッ」
そろそろ処刑を。
剣を持ち上げかけたところでルフィが口を開いた。
よく通る声で町民、海賊、海兵たちまでその声を耳にし、当然キリにも届く。
ルフィは勇ましい様子で大いに叫んだ。
「海賊王になる男だ!!!」
空気を震わす絶叫。死の間際にして度肝を抜く言葉が吐き出された。
多くの町民たちがその一言で絶句し、海賊たちは薄ら笑い、バギーは頬を引きつらせて怒った。
「てめぇ……言うに事欠いて何言ってやがる! 海賊王だと? 笑わせるな! かつてその名を手にした男の名を知らねぇわけじゃねぇだろう! ロジャー船長は偉大な海賊だった! ちんけなてめぇがあの人と同じ場所で死ねるだけ感謝しろよクソゴム!」
両腕が掲げられ、剣が構えられる。
目には見えないがルフィにも気配でそれが伝わった。ぐっと歯を食いしばり、もがくために全身へ力を込める。だがやはり拘束器具は外れずに徒労に終わってしまう。
危険な雰囲気を感じてキリが叫んだ。だが目の前の三人に阻まれ、手は届かない。
「ルフィ!? くそ、おまえらどけェ!」
「ぎゃはは、よく見ておけ紙使い! てめぇの船長の最期をなァ!」
「その処刑、待て!」
「あん?」
鋭い声が聞こえてバギーの動きが止まる。振り返れば広場へ走り込んでくる人影が二つあって、片割れのサンジには見覚えがないが、頭に黒い手拭いを巻いて刀を持つゾロには覚えがあった。
船長を助けたいのだろうがそう簡単にはいかない。
勝ち誇るバギーは彼らを見て笑った。
「来たな、ロロノア・ゾロ。止めたきゃ止めてみろ! 間に合えばいいがなァ!」
「あの処刑台さえ斬り倒せば……!」
「クソ、どけェ! ザコに用はねぇんだよ!」
広場を包囲していた海賊たちが反応して迎え撃つ。
圧倒的な数の利を持ちながら彼ら二人は止められない。実力の差により前進が続いていた。
それでも処刑台には届かない。あまりにも数が多過ぎて普通に歩くより時間はかかる。
キリもまた、幹部級の三人に止められて立ち往生していた。
時同じくして、広場を見渡す家屋の屋根に、三人が到着していた。
先行するシルクが手すりの傍へ駆け寄って足を止める。
広場を見回すと混乱している様子が理解できた。怒号が響いて戦闘が繰り広げられ、処刑台には動けない状態のルフィの姿。それだけで漠然と事態を理解する。
すぐに追いついたウソップとナミに振り返り、シルクは焦った顔で告げた。
「あそこ! ルフィが捕まってる!」
「す、すげぇ数の海賊じゃねぇか!? 何がどうなってこうなってんだよ!」
「まったくもう、ちょっと目を離した隙に問題起こすんだから!」
三人が手すりから身を乗り出して処刑台を確認する。
かなりの距離があった。
しかしできることはあるはずだとシルクが剣を抜いて、隣に立つウソップへ視線を送る。
「ウソップ、ここから狙撃できる?」
「流石にこの距離は無理だ! ピストルでも弾が届かねぇぞ!」
「大丈夫、私が風で後押しするから。飛距離は伸ばせるよ」
「そ、そうか。よし、ならやってみよう。このままルフィが死ぬなんてごめんだ!」
促されてウソップもパチンコを手に持ち、意を決する。
長距離狙撃で難易度は高いが、ルフィの処刑を黙って見過ごすなどできるはずがない。この一発は間違いなく成功させなければ。自分に言い聞かせて弾を番える。
シルクもまた剣を構え、能力を使用した結果、剣に風が纏わりつく。
それを阻止しようと声がかけられた。
背後からの声は冷たく、聞こえた瞬間に三人の肩が震える。
「そこまでにしておきたまえ。君たち自身の寿命が縮まる」
驚いて振り返れば声の主が見つかった。
猫の手を装備し、肩にコートをかけたキャプテン・クロが視界に入り、掌で眼鏡の位置を直す素振りまでそっくりそのまま。本人なのだと理解するのも不思議ではなかった。
シロップ村での戦いで見た相手だ。当然見覚えがあって三人は驚愕する。
なぜここに居るのか。
考えさせる暇もなく屋上には続々と海賊たちが現れた。
ニャーバンブラザーズを始めとしたクロネコ海賊団の面々が雄たけびを上げながら三人を包囲してしまい、逃げ場のない屋上で追い詰められてしまう。
ウソップとナミが悲鳴を上げ、咄嗟にシルクが二人を背に庇って剣を構えた。
自身を倒した相手である。クロは冷徹に彼女を見つめる。
「この辺りの屋根は我々が手中に収めている。ウソップくん、君が狙撃を試みるだろうと予想していたからね。無事に帰りたいなら何もしないことだ」
「キャ、キャプテン・クロォ!? なんでこいつがこんなとこに!」
「ちょっと待ってよ!? 私たち三人しか居ないのよ! 大勢で囲むなんて卑怯じゃない!」
ウソップとナミが動揺していて、もはや落ち着いて狙撃している場合ではない。
シルクはクロを見つめて表情を険しくする。
「何もしなければ、無事に帰れるってこと?」
「もちろん。手は出さないと約束しよう」
「嘘。海賊はそうやって敵の油断を誘うんだよ。私たちも海賊だから、よく知ってる」
「そうか。では嘘をついたことを謝ろう」
クロが両腕を広げ、部下たちも武器を振り上げた。
「一味全員、ここで死んでいけ」
「ギャアアアアッ!? こ、こっちも大ピンチじゃねぇか!?」
助けに来たはずが自分たちまで窮地に陥ってしまった。これによりウソップは耐え切れずに叫び出し、呼応するかのように状況は悪化している様子である。
全ては計算済みの行動。好転する兆しは見られない。
攻めあぐねる麦わらの一味を見渡したバギーはひどく上機嫌だった。
これで復讐が終わる。あとは麦わらのルフィの首を切り落とすのみ。仲間たちは自らの船長を救うことができず、失意の内に敗北することとなるだろう。
再びバギーの剣が振り上げられた。
「さぁ、フィナーレだ。別れの挨拶は済んだか? 麦わらァ」
「ふざけるな! まだ終わってない!」
その一言が聞こえたか、咄嗟にキリが叫んでいた。
入れ代わり立ち代わりで繰り出される猛攻に耐えながら、彼の目は処刑台を睨んでいる。息もつかせぬ攻撃の中で生きているのも異常だが、それでも彼の意識は処刑台にのみ向けられていた。
初めて見る表情と声色にルフィが息を呑んだ。
じっとキリの姿を見つめ、静かな様子で表情から感情を消す。
「これからだって時に、ハァ、こんなところで終わってたまるか! ルフィ! 必ず助ける!」
「……だそうだが、何か返答は?」
にやりと笑ってバギーが問えば、ルフィが視線を上げて広場を見渡す。
そこには怒号が広がっていた。いくつもの音と声があった。
処刑台から全てを見つめ、やがて静かに語り出す。
「ゾロ。サンジ」
次々海賊を倒し、前進してくる二人だがいまだ届かず。
強いと知って集まってくる敵に阻まれて微塵も休む暇がない。
「ウソップ。シルク。ナミ」
処刑台から見て真正面の建物、屋上には三人の姿が見えた。
辛い足場で戦っているようで落ち着きがなく、危なっかしくも動き回っている。
「キリ」
そして最も近い位置。届きそうで届かない距離。
自身が選んだ一人目を見つめた後、ルフィはにっと口の端を上げた。
後悔など全くしていない笑顔で、いつもの声色で告げられて。
騒がしい広場の中でも、不思議とその一言はしっかりと仲間たちに届いていた。
「わりぃ。おれ死んだ」
驚愕。直後にバギーが剣を振り下ろす。
その一瞬はやけに遅く見えて、誰もが彼の笑顔と、最期だろうという瞬間を見つめる。
刃を止める物はなく、バギーの行動を止めるものはなかった。
だからこそルフィの最期だと感じる者は多かったのだ。
しかし、天がそれを許さなかったか。
突如空から落ちた一筋の雷が処刑台に直撃し、閃光と轟音が辺りを包み込んだ。