ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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処刑台

 「いやぁ~食った食った。やっぱり肉食うと違うなぁ」

 

 店を出たルフィの一声目がそれだった。

 隣ではキリが呆れた顔で彼を見やり、溜息交じりに声をかける。

 

 「さっきクレープ食べたばっかりなのによく入るよね。人一倍食べてたよ」

 「甘い物は別腹だって言うじゃねぇか。あれ食ったから肉が食いたくなったんだ」

 「そういう意味だったかな? まぁいいけど」

 

 ローグタウンへ来て二人が初めて入った店は飲食店だった。

 普段と変わらない様子でルフィが肉を求め、それをキリが承諾したためである。とはいえ若干渋々であった。彼自身が腹が減っていなかったことも関係していただろう。

 それでも断らないところは彼に対して甘い態度があるからだ。

 

 ルフィの食事を終え、店を出て向かうのは当初の目的地。

 海賊王が死んだ処刑台を見る。

 すでにそこにはゴールド・ロジャーの姿などないが、何か感じ入る物はあるに違いない。強く興味を持って楽しみにしていたのはルフィの方だった。

 キリは以前、イーストブルーを旅立つ際に見た経験がある。

 従って気にするのはルフィのことだけらしい。

 

 「思ったより時間かかったよ。あとは真っ直ぐ行こう」

 「そんなに急がなくていいんじゃねぇか?」

 「急がなくてもいいけど、後々寄り道する可能性もあるからさ。事前に考えて動かないと」

 「そっか~。キリは頭がいいんだな」

 「ルフィが考え無さ過ぎるだけじゃないかな。しっかり頼むよ船長」

 「しっしっし、大丈夫だ。キリが居るからな」

 

 訪れたのはもう何年も昔の話。だが町の構造を考えればどこにあるのかは予想できる。

 キリの歩みに迷いはなく、軽やかな足取りでルフィを先導していた。

 

 大通りを歩いて前へ進むだけでおそらく目的地へ着く。

 処刑台は、海賊を公開処刑にして世に知らしめるために存在している。どこぞにひっそり隠されているはずもなく、町で最も目立つ場所に設けられているのが当然。

 歩いていると前方に目立つ広場が見えてきた。

 

 あそこだろうと当たりをつけ、ルフィがおぉっと声を出す。

 初めて話を聞いた時からずっと興味があった。

 また語り部となったキリの言葉が印象に残っているのである。

 

 自然と好奇心は大きくなり、ルフィの笑顔は輝く様相となっていった。隣を歩くキリは苦笑し、徐々に近付いて来る物を見ると、過去の記憶を思い出しつつあることに気付く。

 仲間との離別を機に過去の記憶に蓋をしていたが、近頃はそれを思い出す機会が多い。

 処刑台を見た日のことも映像として脳裏に蘇ってきた。

 

 「あれが処刑台か」

 「そうだよ。やっと着いたね」

 

 広場へ入って少し前へ進み、まだ距離がある位置で足を止める。

 二人の目には処刑台が映っていた。

 広場に入った人間なら誰でも見えるよう、高い位置にあって、不思議とどこかしら寂しげな風景に見える。今まで何人の人間がそこで死んだのか。

 

 かの海賊王、ゴールド・ロジャーもその一人。

 真剣な顔で見つめるルフィは、微笑むキリへ言葉を投げかけた。

 

 「ここから始まったんだな」

 「そう。この町が始まりと終わりの町って言われるのは、ロジャーが生まれて、処刑されて、死んだことで新たな時代が幕を開けたから。海賊王として一つの時代を作っただけじゃなく、死んだことで新時代を作り出した。彼は終わりの瞬間に始まりを生んだんだ」

 「新時代……」

 「ロジャーが海を駆け抜けた時、そして彼が死んだ時。世界はたった一人の人間に二度も大きく動かされた。彼を知る者は口を揃えて世界最高の海賊だったって言うよ」

 「キリも知ってんのか?」

 

 海賊王を、と言いたいのだろう。キリは肩をすくめて首を振った。

 

 「まさか。ボクが生まれる前にロジャーは死んでる。だけどその逸話は多いんだ。海賊やってれば自然と耳に入って来ることがあっただけだよ」

 「どんな奴だったんだろうな」

 「さぁねぇ……案外ルフィに似てるんじゃない? 自由を好んで支配を嫌ったらしいから」

 「そうか」

 

 やけに気の無い返事でぼんやりしている。

 不思議と雰囲気が変わって、ぽつりと小さく呟かれた。

 

 「海賊王はここで処刑されたんだ。世界最高の偉大な海賊が死んだ場所」

 

 キリも同じく処刑台を見上げる。

 かつて、彼も同じようにその場所を見つめ、未来に想いを馳せた。

 

 夢と希望に満ちた未知なる海、偉大なる航路(グランドライン)

 ロジャーは歴史上ただ一人、その海を制覇した男。誰にも見つけられなかった最後の島、ラフテルへ到達し、海賊王の称号を得て、この処刑台で人生を終えた。

 

 感動とは違い、得られる物は情熱などというものではない。

 しかし見ているだけで得られた何かは確かにあって、ルフィもキリと同じ物を得ていたはずだ。

 

 拳を握る。

 まるで在りし日の王を見るかのように、ルフィの視線は一点を捉えて動かなかった。

 

 「海賊時代の、始まりの場所だ」

 

 ひどく静かな呟きだった。

 ここへ連れてきてよかったと思う。彼はきっと何かが変わる。

 キリはそう思って、ふと目を伏せた。

 

 かつては自分もそうだった。処刑を想えば時代が終わったことを知り、始まりを感じ取って、現在の大航海時代はこの場所から始まったのだと強く実感する。

 そうしてかつては決意した。自分も最高の海賊になると。

 ただし、そう誓った海賊たちは数多く居るだろう。その中で生き残れるのはほんの一握り。多くは何かしらの要因で海へ散って、名を残すことなく死んでいく。キリの仲間たちもまたそうだ。決意とは裏腹に、彼らは志半ばで死んでいった。

 

 時が経ち、もう一度海へ出た。海賊を再開させることを決めた。

 決めた以上は今度こそ。

 新たな決意を胸にキリが目を開く。

 

 「おそらく時代はまた変わる。その要因が何なのかはわからないけど、多分そう遠くない。まぁだからイーストブルーに帰ってきたってのもあるんだけどさ――あれ?」

 

 目を開いてから隣を見れば、なぜかルフィの姿がない。

 辺りを見回してすぐに発見する。

 気付けばルフィは処刑台の上に立っていた。

 

 「いやぁ~絶景だなぁ! これが海賊王の見た景色っ! そして死んだのかぁ~!!」

 「聞いてないし。乗ってるし」

 

 目を離してたった数秒。ずいぶん離れた場所に立って笑っており、高い場所から景色を見渡し、海賊王が見た風景を目にして上機嫌になっているらしい。

 キリは呆れた顔でじとっと見つめ、小さく溜息をつく。

 

 唐突な行動ですでに周囲はざわついていた。

 それも仕方ない。今や観光名所となった処刑台に上ることは禁じられている。その処刑台に上る人間が居れば注目されるのは当然で、感想を言う声も大きいため、無視する方が難しい。

 ルフィは広場に居る全員に姿を見られていた。

 そのルフィが今や賞金首。

 

 嫌な予感がする。しかし彼を責めることはできない。

 こうなるかもしれないとわかっていたのなら、責めるべきは止められなかった自分自身だ。

 肩をすくめたキリは歩き出し、処刑台に近付きながら表情を険しくする。

 

 「相変わらず自由だなぁ。今そんなことしたら気付かれるっていうのに。いや、言ってもしょうがないな。上手く対応できなかったボクが悪い」

 「おぉ~い! キリぃ~!」

 「はいは~い。なんで楽しそうかな、船長は」

 

 大きく手を振ってくるので手を振り返し、ゆっくり近付いていく。

 海軍基地がある町だ。あまり長くそうしていればおそらく気付かれてしまう恐れもある。急ぐ必要はあるだろうが、気楽さは彼も同じか、そう急ぐ素振りは見られない。

 別段焦らず、穏やかな微笑みのまま広場の中央まで足を運んだ。

 

 何気なくざわついている周囲を見た時、不審な影があることにキリが気付いた。

 外套を纏った怪しい人物が複数。一人や二人ではない、十人以上、或いは数十人が怪しい様子で広場の中に揃っていた。

 

 嫌な予感の正体はこれかもしれない。キリの中に違和感と危機感が生まれる。

 ウソップではないが、有名になった分、慎重になり過ぎてもおかしくない状況だ。

 

 歩調が速くなってキリが急ぐ。

 ルフィは現在、最も目立つ場所に居る。どこから襲われても不思議ではない。

 徐々に怪しい人影が増えている気がして、余計に違和感は大きくなっていった。

 

 「ルフィ、そろそろ行こう! あとそこ登っちゃだめだから早く降りて!」

 「ん? そうか?」

 

 処刑台に向かっていくキリの前へ、突如、大柄の男が割り込んだ。

 こちらも外套を纏ってフードをかぶり、顔を隠している。だが隠し切れず露わになった右腕、大きな斧手はなんとも分かり易く、即座に気付いて表情が変わる。

 腕を確認して顔を見上げた。すると視線が合って、その人だと認識する。

 

 キリは咄嗟に叫ぶのだがルフィには顔が見えておらず。

 状況が理解できていないため、処刑台の上で突っ立ったままだった。

 

 「ルフィ! そこから離れるんだ!」

 

 叫んだ直後、ルフィの体は真上からの衝撃を受け、倒れ込む。

 処刑台でうつ伏せになり、首と両手首を処刑用の器具で押さえつけられてしまう。

 

 咄嗟の出来事で訳も分からず、気付けば動けなくなってしまっていた。

 目を白黒させるルフィはやっと理解できてから声を大きくする。

 これではまるで、彼が処刑されてしまうかのような状況にしか思えない。

 

 「はっ!? なんだこりゃ!」

 「ふっふっふ、よぉし、上手くいったな……ローグタウンへようこそ、麦わらのルフィ。歓迎してやるぜ。おれ様たちがドハデになぁ」

 「ん? 誰だ?」

 

 気付けば傍らに一人の男。外套で顔と姿を隠し、だが下から見上げれば赤い鼻が特徴的ですぐ目についてしまう。人の顔を覚えるのが苦手なルフィでも見覚えがあるとわかった。

 

 ルフィを捕らえた後になって、男は勢いよく外套を脱ぎ捨てた。

 そして道化のバギーとしての素顔を露わにした上で、上機嫌で声高らかに叫ぶ。

 露わになったのは自らの勝利を確信して勝ち誇った笑顔だ。

 

 「ぎゃーっはっはァ! 待たせたな麦わら、ここで会ったが百年目ェ! 今日こそてめぇの首を刎ねてやろうと待ちわびていたこのおれはそう、道化のバギー様よ! 観念しろォ!」

 「なんだバギーか」

 「よぉし、ふざけんなこのすっとんきょーがッ!? てめぇ今の状況がわかってんのかコラァ!」

 

 前に大柄な男が立ち、視界を塞がれた状況でも、騒がしい声はキリの耳にも届いてくる。ただしどうやらルフィは慌てていないようだ。

 彼らの姿を確認できないまま緊張感が増していき、声は尚も騒ぎ続ける。

 まるで芝居を見るかのように、広場に居た町民までもがその様子を見守っていた。

 

 「やはり来やがったな、この町へ。ここはグランドラインに最も近い町だ。その昔はグランドラインへ入る海賊たちがこぞってこの町へ立ち寄っていた。てめぇも必ずそうするだろうと踏んでた甲斐があったぜ。おれ様の目論みは見事に的中した!」

 「なぁ、おまえなんでこんなとこにいんだ? おれがぶっ飛ばしたのに」

 「その体勢でまだわかんねぇのかアホが!? その仕返しに来たに決まってんだろ!」

 「あぁそういうことか。いやいきなりでよ、びっくりしたとこだった」

 「フン、余裕ぶっこいてられんのも今の内だ。今に処刑が始まる。だがその前に……我が連合の力を見せつけてやろうじゃねぇか! 待たせたな野郎どもォ! ドハデに騒げェ!」

 

 バギーが高らかにそう言った直後、広場に居た大勢の男たちが外套を投げ捨てる。

 武器を掲げ、ピストルを空に向けて発砲し、大いに叫んで存在感を知らしめた。どうやら広場はすでに包囲されていたらしい。町民まで巻き込まれる形で逃げ場がないことを理解する。

 当然町民たちは悲鳴を発して逃げ惑い、広場全体が大混乱となった。

 

 辺りの状況を確認してキリが歯噛みした。

 もっと警戒すべきだっただろう。海兵の存在だけを気にしていたが、まさかリベンジを誓う海賊たちが現れるとは夢にも思っていなかった。

 尚且つ、目の前に立った男。

 元海兵で捕まったはずの人物、斧手のモーガンもまた外套を捨て、驚愕せずにはいられない。

 

 「モーガン大佐……どうしてここに」

 「生きる理由を失くした。おまえらのせいでな。だから理由を見つけただけだ」

 「それが復讐? 否定はしないけど、わざわざ海賊になるなんてね」

 「今となってはなんでもいいのさ。おまえらを殺せるならなんでもな」

 

 以前にも増して威圧感を感じる。吹っ切れたことで余計な邪念が消えているのか。服装は違えど外見は以前のまま、しかしまるで別人のように思えてしまう。

 人知れずキリはまずいと感じていた。

 

 後ろへ数歩下がって距離を取ってから処刑台を見る。

 ルフィは相変わらず能天気な顔。騒ぐ海賊たちを盛り上げるバギーはうるさいほど笑っている。

 

 彼らは彼らで話していたらしいが、海賊たちが大騒ぎして町民へ威嚇するため聞き取れない。そのせいで彼に声をかけることさえ無駄に終わりそうだった。

 狙い通り、状況はバギーたちの思う通りになっているのだろう。

 そうとは知らず、ルフィは能天気にバギーへ話しかける。

 

 「おれ、死刑って初めて見るよ」

 「てめぇが死ぬ本人だよ!?」

 「なにィ!? ふざけんなーっ!!」

 「てめぇがふざけんなァ!!!」

 

 状況を理解したのは今だったようだ。

 ようやく自分が殺されると知って騒ぎ出し、海賊たちの雄たけびにも負けずルフィの絶叫が響き渡る。しかし首と両手を封じ込まれてしまった今は逃げることができない。

 気分を良くして、バギーが両腕を広げて高らかに宣誓した。

 

 「これより、ハデ死刑を執り行う!!」

 「いやだぁ~!」

 

 ルフィは動けない。それは目視で理解した。

 従って死なせないためにはキリがなんとかするしかない。

 

 懐から無数の紙が独りでに出てきて、キリの手の中で小さな槍となる。サイズだけを見れば矢と言っても相違ない。限界まで空気抵抗を失くすため、何も装飾の無い姿で硬化された。

 それを投げつけようと腕を振りかぶる。

 しかしそうはさせまいと、一足早くモーガンが接近して腕を振り上げていた。

 

 右手の義手は鋭利な刃を持つ斧。

 素早く振り下ろされてくる様を目にして、咄嗟に反応して槍で受け止め、軌道を変えさせる。衝突の瞬間にかなり衝撃があった。腕がビリビリと震えて歯噛みする。

 モーガンの斧は地面へ落ち、石畳を叩き割って欠片を散らばらせた。

 無視していい一撃などではない。

 いつ振りかでその強烈な一撃を目の当たりにして、油断してはいけないと思い知らされた。

 

 「何をするつもりだ。おまえは黙って見ていればいい」

 「悪いけどそうはいかない。死なせたくない人なんだ」

 

 町民が動揺する中、モーガンは再度斧を振るった。

 横なぎに迫るそれを見て背を反らし、紙一重で回避する。そうしながら同時に更なる紙を取り出して操り、手に持っていた槍に重ねることで、剣を作り出した。

 

 長く付き合う気はない。大事が起こる前にルフィを助けるため、すぐに回避する気だった。

 体勢を整えたキリが剣を振り、モーガンの斧手に打ち合わせて足を引かせる。

 

 それだけで十分だと判断した。

 今はモーガンよりもルフィの救出。バギーを倒して助けなければ。

 そう思って素早い動作、隙を衝いてモーガンの隣を通り抜け、処刑台へ向かおうとする。

 彼を回避することは成功したはずだった。身の置き方による一瞬の攻防で完璧に抜き去り、視界が開ける。しかしそれすらも予期していたのか、予想外の攻撃が迫った。

 

 視界が開ける一瞬、耳に響くのは途方もない大声。

 あまりの声量で聴覚を麻痺させるそれに驚き、声の出所を探すことすら難しくさせ、瞬時に辺りを見回せば迫ってくる光線がある。相手は素早く、避け切れる距離ではなかった。

 驚愕する一瞬、キリの腹に光線が直撃して、常人より軽い体があっという間に吹き飛ばされる。

 

 「キリッ!?」

 

 処刑台から見ていたルフィが叫ぶ。この瞬間だけは自分の心配などしていられず目を剥いた。

 

 キリは勢いよく地面を転がり、呻きながら腹を押さえる。

 貫通はしていない。

 ダメージは大きかったが、直撃したまま運ばれて壁に激突することはなかっただけマシだろう。

 周囲の町民への配慮すらない、無慈悲な一撃である。幸い被害はなかったようだが、今の一撃や大声だけで町民たちは大きく取り乱し、逃げ出そうと騒ぎ始める。だが広場自体が大勢の海賊たちによって囲まれているため、それは叶わぬ願いとなった。

 

 立ち上がったキリが今度こそ声の主を見つけた。

 燃えるような赤い髪を持つ偉丈夫。金の鎧ではなく、銀の鎧を身に着けているが、話には聞いていた男だ。ルフィが交戦したというエルドラゴが彼の視線の先に立っている。

 声を使った能力者だとは知っている。だが問題はそこではない。

 

 バギー、モーガンに加え、エルドラゴ。

 賞金首が二人に支部とはいえ元海軍大佐が一人。異様な三人組だ。同時に現れていることから彼らが協力関係であると察するのは難しいことではなく、考えてみれば部下の海賊たちも数が多い。

 仕返しに来たと言っていた。

 彼らは手を組んだのだ。自分たちを始末するため、立場の垣根を超えて。

 

 「バギー海賊団にエルドラゴ一味。それにモーガンか……厄介なことしてくれる」

 「それだけじゃないよ紙使い。ここにはアタシも居るからねぇ」

 

 忌々しそうに呟くと返答が出された。人垣を越えて処刑台の前へ出てくる人間も居る。

 ひどく美しい女性だった。

 均整の取れた肉体に整った容姿、涼やかな声。どれを取っても完璧だと思える見栄えで、ただ異質だったのはあまり似つかわしくない金棒を肩に担いでいることだった。

 

 見覚えのない顔だ。キリの眉間に皺が寄って考え込む。

 顔を覚えるのは早いほうだと自負していたが、どれだけ考えても思い出せない。

 

 知らなくて当然。そんな顔で笑った女性は処刑台へ向き直ってルフィを見た。

 美しい顔には笑顔がある。

 やけに親しげな笑みには違和感も覚えるが、彼女は愛しい人を見るように微笑みかけていた。

 

 「知らなくても無理はないさ。でも、あんたは覚えてるはずだよねぇ、ルフィ。アタシの顔を初めて殴った男なんだから。あんたの拳……感じたわ」

 

 自らの頬を撫で、うっとりした声で語られた。

 その美声は慌てふためいていた町民たちさえも魅了し、呆然と見入らせてしまって、すでに魅力を知っている海賊たちまで声を漏らして感嘆する。

 

 しかしルフィは誰だかわかっていない様子。

 見下ろす彼女を認識しているのだが表情は冴えなかった。

 

 「誰だおまえ?」

 「わからないのかい? それも無理はないかもしれない。アタシは少し変わったのさ。あんたと別れた後にスベスベの実を食べてね」

 「スベスベの実? おれと会ったことあんのか」

 「仕方ない男だね。アタシの名は、アルビダ。これで思い出せたんじゃないかい?」

 「アルビダ?」

 

 拘束されたままルフィが首をかしげる。

 脳裏に蘇る顔があった。アルビダならば覚えている。だが明らかに彼女ではない。

 疑念は余計に強まってしまい、そんな訳がないと首を振った。

 

 「嘘つけよ。アルビダはおまえみたいな美女じゃねぇぞ」

 「そう、前まではね。アタシはスベスベの実を食べて変わったと言っただろう? 前と今の大きな違いはあんたが気付いた通り、そばかすが消えたこと」

 「いや、そこじゃねぇ」

 

 いやいやと手を振るが取り合ってもらえず、悦に入ってアルビダは上機嫌にしている。

 かつては丸々太っていた彼女はスリムになって帰ってきた。あまりの変貌ぶりにルフィが全く気付けなかったほどである。まるで別人、同じ人物とは思えない。

 しかも彼女自身は大して変化がないと思っているらしく、それもまた厄介だった。

 

 離れた位置から見ていたキリは、やり取りを耳にしながらさほど気にせず、密かに子電伝虫を取り出す。眼前に居たモーガンとエルドラゴはしかし気付いていただろう。

 

 周囲を敵に囲まれた状況。ルフィは人質に取られ、処刑寸前で絶体絶命。

 一人で打開するには難しい状況だ。

 仲間を呼ぶために番号を入れ、子電伝虫から声が出る。

 

 モーガンはそれをじっと見ながら止めない。

 一方エルドラゴは苛立つ素振りを見せるものの、こちらも止める素振りはないようだった。

 

 「仲間を呼ぶ気か? どうせ無駄だ。てめぇらとは戦力が違う」

 「わしの黄金を返せ、コソ泥どもがァ! ただでは済まさんぞォ!」

 「まずはルフィの救出。こいつらの相手は面倒だ……さっさと撒いてお開きにしよう」

 

 子電伝虫の口からがちゃりと聞こえたことで、通信が繋がったことを知る。

 キリは仲間へ簡潔に状況を告げ、すぐに処刑台前の広場へ集まるよう告げた。

 


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