ROMANCE DAWN STORY   作:ヘビとマングース

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グランドラインへの準備

 ある店で、ナミは左手首につけた腕輪をじっと見つめていた。

 丸い形の透明のガラス、その中に指針があって、今はわずかに揺れている。

 

 正式名称は“記録指針(ログポース)”。

 グランドラインを航海するためには欠かせない物で、これがなければ島を見つけることさえ奇跡に頼るしかないらしい。事前にキリから教えられていた。

 

 それを腕につけ、ううむと唸る。

 使ってみなければわからない。少なくともイーストブルーで役に立つ物ではなさそうだった。

 

 「それがログポース? 大事な物なんだよね」

 「ええ。キリが言うには、グランドラインの島々は特殊な磁気を放っていて、それをこのログポースに記憶させるらしいわ。磁場が凄いから普通のコンパスだと狂わされちゃうらしいし、方向を見失ったら航海は一巻の終わり。絶対に持っておかないと」

 「なんだか難しそうだね」

 「平気よ。システムはわかったからあとは試すだけ。それに意外と単純そう」

 

 隣から覗き込んでくるシルクに説明してやり、ナミは微笑む。

 顔を見ればよくわかるがまだピンと来ていないようだった。

 

 グランドラインではこのログポースこそがコンパスとなる。航海には必要不可欠で、普通のコンパスが方向を見失うという性質上、失くしてしまえば死を意味するとまで語られる。

 

 イーストブルーとは違い、グランドラインは特殊な環境が数多い。

 島自体が特殊な磁場を持っているのが今や通例とされていて、航海のためにはこの磁気を利用するのが常套手段。一定期間島に滞在して、ログポースに“記録(ログ)”を溜め、一つずつ島を辿っていくことで前に進むことができるのだ。

 

 初めて見る品物だけに難しくも感じるだろうが、ナミはむしろ生き生きしている。新たな航海のための手法を知って純粋に喜んでいるようだ。

 これが無ければ何も始まらない。

 慎重に慎重を期して念のために二つ購入し、一つはナミの腕につけられ、もう一つはひとまず鞄に入れて運ぶ。戦闘などでもしもがあっても大丈夫だろう。

 

 「とりあえず航海に必要な物は揃えたわね。シルク、忘れてる物ない?」

 「えっと、海図を描く紙も買ったし、ペンとインクもあるし……うん、他の物も揃ってる」

 「これで一段落ね。次は服を買いに行きましょ」

 

 道の端に寄って予定を決め、嬉しそうにナミが言う。

 シルクも反発する理由がなくてすぐに頷いた。

 

 「お店、どうしようか。ここに来るまでいくつかあったよね」

 「いっそのこと全部見て回りましょうよ。目標は十軒。どう?」

 「そんなに? もう少し少なくてもいいんじゃ……」

 「せっかくこんな大きな町なんだもん。次の機会がいつあるかわからないし、グランドラインに入れば航海も危険になるわ。今の内に楽しんどかないと」

 「そうだけど、時間も限られてるよ」

 「さくさく見ていけばなんとかなるって。とりあえず行きましょ」

 

 ナミが先導して歩き出し、シルクがすぐ隣へ並ぶ。

 町を歩く人の数は多かった。喧騒もまた今まで歩いた町とは比べ物にはならず、特に少し前に立ち寄ったのが小さな町だったため、あまりの違いには驚いてしまう。

 新聞に載ったとはいえ、手配書が出ていない二人は笑顔で紛れれば気付かれない。

 ただ可愛らしい少女が二人、仲睦まじい様子で歩いているだけだ。

 

 「うちの男どもはファッションに興味がない連中ばっかりだからね。サンジくんは気をつけてるけど、買い物になると自分の仕事に集中するし。私たちがなんとかしなきゃね」

 「海賊だからね。みんな動きやすい恰好が好きなんだよ」

 「あんたも他人のこと言えないわよ? いっつも動きやすい恰好で気にしてないでしょ」

 「う、うん。あんまり女の子らしい恰好って苦手で……子供の頃から男の子と遊んでたから」

 「それなら私も変わらないわよ。まぁいいわ。私がプロデュースしてあげる。せっかく元が良いんだから可愛くならないとね」

 「別に、可愛くはないけど……」

 

 照れた様子でシルクが自分の髪を弄り始める。

 やはりこの手の褒め言葉には慣れていないらしい。動揺がすぐに伝わった。

 妹を見るような目でナミが微笑み、してやったりと肩を揺らす。

 

 「まったく、あんたって子は」

 「う、笑わないでよっ」

 「はいはい、ごめんごめん。一軒目見つけたわ。ほら、気を取り直して行くわよ」

 「もう……」

 

 しばし歩いて店を発見した。

 拗ねた顔をするシルクの背を押してやり、おどけたナミが少し歩調を速くする。

 

 ファッションに興味のない男性陣の分も含め、自身の楽しみのためもあって服を買わなければならない。しかもこれから長くなるだろう航海に備えてそれなりの量を予定している。

 時間がもったいないと店の入り口に辿り着いた。

 

 その時になって変化に気付く。空気の重さが変わったというのか、言葉では説明し難い、気候が変化する際に感じる独特の感触。それをナミが感じ取る。

 今、天候が変わろうとしていた。

 背を押すのをやめ、空を見上げたナミの様子に気付き、シルクが振り返る。

 

 「どうかした?」

 「気圧が変わった……一雨来そうね」

 「雨降るの? それじゃキリが困っちゃうね。水に濡れるとだめになっちゃうから」

 「あいつは本気になってない時は常にダメになってるでしょ。ま、心配いらないわ。航海士はこの私よ? どんな荒波でも航海してみせる」

 「ふふ、頼もしいね。そう言えるナミが好きだよ」

 

 事も無げに言うシルクに驚き、今度はナミが照れる番だった。

 どちらにしろ素直に褒められては照れてしまうらしい。

 急にナミが気まずげにしたのを見て、シルクが勝ち誇ったように微笑み、互いに顔を見合わせればくすくすと笑い合った。

 

 シルクにとっては、これほど親しくなった女性の友達は居ない。

 ナミにとっては母ベルメールや姉のノジコとも違った関係。

 信頼するこの人物と過ごす一時はなんとも楽しい物だ。姉妹のようだがそうではない、不思議な関係だとは思うものの、これこそが仲間なのだろう。

 

 「二人して何やってんだか。行くわよシルク、むしろここからが本番だからね」

 「うん。ナミに任せるからよろしくね」

 

 今度こそ二人揃って入店し、楽しみにしていたショッピングを始める。

 そう時間がないとはいえ急ぐ素振りはない。だからこそ二人は楽しもうと意気込んでおり、笑顔が絶えない時間となっていたようだ。

 

 

 *

 

 

 一人で市場を歩いていたサンジは、あらゆる物に意識を奪われながら進んでいた。

 知識としては知っているが、肉眼で見たことはない食材、知識にも無かった食材も数多くある。そして何よりついつい目を奪われてしまうのは通り過ぎていく美女たちだ。

 あらゆるタイプの女性が居て、顔立ちから服装はそれぞれ違い、そのどれもが美しい。

 彼の目を奪ってしまう誘惑がいくつもある。

 

 やはり大きな町は良い。そう思いながらサンジは悠々と歩いていた。

 左手には袋が提げられていて、先に買った調味料が入っている。あとは何か良い食材があればいいと探しているのだが、どうにも気が散って仕方ない。

 

 上機嫌な彼は女性を見ることこそ楽しんでおり、やけに歩調もゆっくりだった。

 

 「はぁ~、でけぇ町はいいなぁ。もう少し時間がありゃ声かけるんだが」

 

 先程からずっとうずうずしているが、時間がないと判断して我慢している。楽しくもあるし辛くもある状況。もっと時間があればと思わずにはいられない。

 

 流石に大きな町だけあって様々な人間が居る。

 アイスを買ってもらって喜ぶ子供と父親。ハンガーのような髪型をした店員。手下らしき小男を二人連れた、燃えるような逆立つ髪を持つ美女。

 市場へ歩いて来るまでだけでも色んな人間を見ていた。

 

 そして今、またしても変わった人物を見つける。

 前方を横切るように歩き去って行った男は、人混みの中でも目立つほど背が高く、その右腕は義手らしい。目を引くのはその義手が大きな斧だったことだ。

 

 「うおっ、すげぇ腕。あれ本物の斧じゃねぇのか?」

 

 思わず呟くがその頃には男が遠ざかっていく時だった。路地へ消えてすぐに見えなくなり、感心した様子で溜息をつくものの届くはずがなかった。しかし男なら興味もないためすぐに忘れる。

 

 再び食材を探すために方々へ視線を向け、店先に並べられた食材を見る。

 どれを見ても興味が沸く。自然と頭の中でレシピを思い出し、或いは即席で考え、表情は柔らかくなってひどく楽しそうだった。

 

 その中で一つ、一際彼の興味を引く物があった。

 魚屋の前を通りかかった時、店先に置かれていた巨大な鮮魚が目に飛び込んでくる。

 見たことがない種類だ。思わずサンジは足を止めてしまい、目を奪われた。

 

 「こりゃすげぇ。おいおい、なんだこのファンキーな魚は」

 「らっしゃい」

 

 パンと手を叩いた店主に迎えられ、正面からその魚を見てみた。

 体長は人間の二倍ほどあるだろうか。明らかにサンジよりも体が大きく、ヒレが普通の魚よりも長く伸びて垂れていて、象にも似た長い鼻と牙を二本持っている。

 特徴的で一度見れば忘れないだろうその姿。

 しかし奇抜過ぎて本当に美味いのだろうかと思ってしまう。

 

 店先に並んでいる以上はそれなりの物なのだろう。

 あいにく知識がないため、サンジは興味を持って店主へ尋ねた。

 

 「ちと悪ぃんだが、こいつは売り物だよな? 初めて見た」

 「そうだろうな、この辺りじゃ見ねぇ魚なんだ。こいつァエレファントホンマグロ。どうやら南海から泳いできたらしいんでェ。そこをおれが一本釣りよ!」

 「おまえが釣ったのか。大した腕してやがる」

 「どうだいあんちゃん、興味があるなら切ろうか?」

 

 問われたサンジは顎に手を当て、じっと魚を見つめる。

 未知なる巨大魚、エレファントホンマグロ。

 非常に興味をそそられる。

 

 「いや、丸ごともらう」

 

 好奇心を抑え切れずにそう告げた。切り身を一部だけもらうだなんてもったいない。それほどのサイズなら全部丸ごと自分で調理してみたいというのがコックの本音だった。

 気前の良い発言に店主の機嫌も良くなる。

 商談成立。再び手を叩いて店主がエレファントホンマグロに手を伸ばそうとした。

 

 「まいど。あんちゃん気前いいねぇ。ひょっとしてコックかい?」

 「ああ。しかも一流のな」

 「だっはっは、それなら丸ごと買いたいってのも納得だ」

 「しかしこいつを一人で運ぶのは大変だな。悪いが船まで運んでもらえるか?」

 「あいよ。うちの若いのを使ってくれよ。今すぐ行けるかい?」

 「まだ買いたいもんがあるんだ。一通り回って来るからその後でいいか? 船まで案内するよ」

 「よしきた。それじゃ後で寄ってくれ。こっちはいつでもいいからよ」

 「悪いな」

 

 まだ買い物を続けるため預けたまま。

 約束だけしてサンジは歩き出し、再び買い出しへと戻っていった。

 

 通りがかる様々な店を眺めながら、次は何を買おうかと考える。

 一味の仲間は度を越えた大食漢が一人居て、他の面子も思いのほかよく食う。欠片も残さず食べ尽くされるのはコック冥利に尽きるというものだがこれが続けば日々のやり繰りも難しい。おそらく規格外のエレファントホンマグロだけでは足りないだろう。

 

 魚は手に入れたが他にも必要な物だってある。

 他の食材は何がいいか。考えながら視線はあちこち彷徨った。

 

 「良い相手だな、エレファントホンマグロ。あれだけで何食分かはできるだろ。あとは野菜と、フルーツも欲しい。ルフィがうるせぇから肉も買ってやらねぇと」

 

 文句を言うかのような口調で呟くが、忘れていないところを見ると嫌とは思っていないらしい。

 女性にしかやさしくないと思われることが多く、それもある意味間違っていないとはいえ、彼は仲間に対する気遣いを忘れる男ではなかった。

 

 仲間が体調を崩さないよう栄養のバランスを考えなければならない。

 尚且つ、ルフィは肉が好物で頻繁に催促してくる。

 彼らの要望をある程度は満たしつつ、自分の役目を果たす。中々難しいことに思えてやりがいがある。一流コックにとってみれば面白いとさえ感じる仕事だった。

 

 今日の昼食、そして夕食は何にしようか。

 買い物の最中から考えつつ、さらに視線を彷徨わせる。

 すると彼の目は人混みの中から的確に美女を見つけ出し、特別光る人物を見つけた。

 

 「おほぉっ、なんつー美女! 美しいだけじゃなく神々しい!」

 

 思わず声にしてしまうほどの衝動。あれほどの美女を見逃すはずがない。

 気付けばサンジだけでなく近くに居る人間はほとんど彼女に振り返っている。男のみならず女性までも魅了する美貌。どう見ても一人だけ雰囲気が違っていた。

 手に金棒を持って担いでいるのが気になるものの、そんなことさえどうでもよくなる。

 

 一瞬、サンジは逡巡してしまう。

 買い物を続けるか、それとも思い切って声をかけてみるか。

 

 ほんの数秒の思考に集中し、判断しようとしたまさにその一瞬に声をかけられる。背後から、しかも振り返らずともわかる男。有頂天だったサンジの機嫌は急激に下落していく。

 

 「お~いサンジ!」

 「また鼻の下伸ばしてんのか」

 「アァン? なんだ、このちっとも嬉しくねぇ声は」

 

 振り返ればやはり見知った顔。ゾロとウソップが近付いてくる。

 サンジはあからさまに嫌そうな顔をして彼らを迎えた。

 

 「おまえらかよ。ナミさんとシルクちゃんならよかったのに」

 「悪かったな、男で。もう用事終わったのか?」

 「まだだ。さっきでけぇのを見つけたが、ルフィが居るんじゃ足りねぇだろ。それに魚人どもは買い出しなんてしてねぇだろうし、念のために考えてやらねぇとな。おまえらは?」

 「あぁ、ゾロの方は終わって、おれはあと何軒か回ろうと思ってるとこさ」

 

 ウソップが答えて、見ればゾロの腰には三本の刀がある。対してウソップは両手にいくつかの袋を抱えているもののまだ終わりではないらしい。

 女性でないことにはがっかりしたが、良いタイミングではあるだろう。

 気を取り直してサンジが表情を柔らかくした。

 

 「ならちょうどいいか。おいゾロ、ちょっと手伝え。荷物運びくらいできんだろ」

 「なんでおれが」

 「暇そうにしてっからだよ。食いっぱぐれたくなきゃ仕事しろ」

 「酒は」

 「てめぇで運べばあるかもな」

 

 やれやれと嘆息するも、いつものように喧嘩を吹っ掛けることはなかった。意外にも手伝う気持ちはあるらしい。ゾロは納得した様子で何も言わなかった。

 

 同行する相手がルフィならば道に迷う危険もあって承諾できないが、サンジならば心配もないためウソップも納得する。任せておけばいいだろう。

 話は纏まったのだがすぐに動き出そうとはせず、ウソップは辺りを見回して神妙な面持ち。

 今まで一人で行動していたサンジへ呟くように伝えた。

 

 「やっぱり例の新聞があったからおれたち注目されてるみてぇだぞ。なんかさっきからひそひそ言われてる気がすんだよな。妙に視線感じるし」

 「へぇ。せっかく注目されるならレディの方がいいな」

 「んなこと言ってる場合かよっ。この町、めちゃくちゃ強ぇ海兵が居るみてぇだし、おれたちも実は海兵に会ったんだ。なんとかバレなかったけどさっさと逃げた方がいいぞ」

 「心配したって見つかる時は見つかるもんさ。もっとどっしり構えてろよ」

 「お、おまえ、おれのびびり具合を見くびんなよ!? 怖ぇ物は怖ぇんだ!」

 「はいはい」

 

 煙草を手に持って煙を吐き、肩を揺らして笑ったサンジは気軽に背を向ける。

 そうまで言うなら急いでやった方がいいだろう。やさしさでそうしてやったつもりだが、何やらウソップは慌てているらしく、すっかり恐怖心から平静を失くしている。

 いつも通りと言えばそれまでだ。

 あまり気にせず、ゾロを呼んで歩き出す。

 

 「それじゃ、さっさと買い出し終えて出航しようぜ。行くぞゾロ」

 「おいウソップ、海兵に見つかるかもしれねぇが上手くやれよ」

 「ハッ!? よく考えりゃこれって、一人になるのまずくねぇか!? ちょ、待った! やっぱりおれも一緒に行動した方がいいと思うんだ!」

 「今更何言ってんだ」

 「船で合流しようぜ」

 「だから待てって!」

 

 普段は喧嘩ばかりしていてもこんな時ばかりは呼吸を合わせ、そそくさと去っていく。

 ウソップが背後から声をかけるが別れ際はあっさりしたものだった。

 

 珍しい姿だが肩を並べて歩き、市場を進む。

 目の前にある風景を眺めて、思いのほか和やかに話している。

 顔を見合わせはしないが声も穏やかだ。

 

 「あいつはいつまで経ってもうるせぇ奴だな。そんなにびびるこたァねぇだろ」

 「ま、気持ちはわからんでもないぜ。そういやさっき変わった奴を見たんだ」

 「変わった奴?」

 「でっけぇ斧を義手にしてる男だ。ありゃカタギの眼じゃなかったな」

 「斧だと?」

 

 サンジが伝えた言葉を受けてゾロの眉間に皺が寄る。

 それを目視で確認したせいか、わずかにサンジが訝しむ顔を見せた。

 

 「おまえも見たのか? まぁやけに目立ってやがったからな」

 「見ちゃいねぇが……前にそんな男と会ったことがある。あいつは海軍に捕まったはずだ。まさか同一人物ってことはねぇだろうな」

 「別にどっちでもいいだろ。同一人物だったら困ることでもあんのか?」

 「めんどくせぇって思っただけさ。腹いっぱい食ってさえいりゃ負ける相手じゃねぇ」

 「へっ、そうかい」

 

 ポケットに両手を突っ込んでサンジが笑う。

 なんとなくそりは合わない人間だが実力は認めている。確かにそう簡単に負ける人間ではない。

 斧の男はすぐに忘れ、それ以上に強烈な印象を与えられたのが金棒を持つ美女だった。

 

 「しっかしあの美人はすごかった。おまえらが来なきゃ見失うこともなかったのによ。せっかくなら声かけとくべきだった、惜しいことしたな、ありゃ……」

 「どうせ話したとこで結果は同じだろ。気にすんな」

 「そりゃどういう意味だ」

 「てめぇに口説かれるような女なんざ居るわけねぇだろ」

 

 そう言われて即座にサンジの顔色が変わった。

 和やかにしていたと思ったらいつもの攻撃である。反撃しないという選択肢はなかった。

 

 「カッチーン……! どの口が言ってんだ、レディファーストすら知らねぇヘボ剣士が! なんならナンパ勝負でもしてみるか? 勝つのは間違いなくおれだ。男としての魅力なら段違いでおまえに差ァつけてんだよ。格の違いってやつを教えてやる!」

 「知るか、一人で勝手にやってろ。おれは興味がねぇ」

 「はは~ん。さては負けるのが怖ぇんだな?」

 「何?」

 

 一度火が点けば当人同士では止められず、さらに苛烈な様相となっていく。

 ついに二人は足を止めて睨み合いを始めてしまった。

 

 「おれがおまえに負けるわけねぇだろ」

 「ほほう、ずいぶんでかく出たじゃねぇか。言っとくがそりゃこっちのセリフだ」

 「後悔すんなよ。逃げるなら今の内だぜ」

 「そりゃおれに勝てた時の話だろ。あり得ねぇ。発言には気をつけた方がいいんじゃねぇか?」

 「おまえ相手じゃそれも必要ねぇな」

 

 周囲の視線も感じず睨み合って、数秒経って同時に顔を逸らす。

 荒々しく歩き出し、買い物を急いで、決着は後回しになりそうだ。

 

 「とにかくまず買い出しだ。船に運んでから始める。いいな?」

 「参りましたの練習でもしてたらどうだ? すみませんでしたでもいいぜ」

 「んだとコラ?」

 「正論を言ったまでだろ」

 

 二人の歩調はますます速くなっていく。その姿は周囲にある雰囲気とは程遠い。

 彼らにとっては当然のことでも、周りの視線は驚いていたようだ。

 全く気付かない二人は凄い剣幕で買い物を続けていった。

 


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