居酒屋で愚痴を聞くだけの簡単なお仕事です   作:黒ウサギ

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美嘉ねぇで行こう。


城ヶ崎美嘉と言う名の処女ビッチ

 人生は何が起こるか分からないのが面白い。

 東北の実家にいる祖父が口癖のように呟いていた言葉を思い出す。

 確かにこれから先に起こる事が分かっているとありがたみもないし楽しみも無いだろう。例えば二手に渡れている道があったとする。左に曲がれば石に躓き、右に曲がれば人と出会う。仮に前者を選び左に行けば転ばぬように石を避けて歩けばいいし、右を選んだ所でその人と何かが起こるとは限らない。

 だけど人は経験して成長する生き物である。石に転び痛みを知る事で成長し、人と出会い交流を深める事で人生に花を咲かす。

 まぁだからと言って何だと言う話なのだが。

 

「だーかーらー、私に勉強教えてって言ってるの!」

 

 東北の祖父さん、こうした場合はどうするのが正解なのか俺に教えて欲しい。

 目の前にピンク色の髪をした、いわゆるギャルと呼ばれる女性がいる。確か名前は城ヶ崎何某。如何せんそこまでクラスメイトと交流があるわけでも無いし、正直目の前の女は苦手な部類に入るので記憶に関わろうとしなかっただけだ。

 そんな苦手な何某さんがこうして、態々放課後に俺に手紙を残し呼び出したという事は思春期の男子として、幾ら接点が無かったとしても少しばかりは期待してしまうのもしょうがないだろう。なのにこれだ

 

「すまん城ヶ崎、俺ピンク色を目にすると失明する体質だから・・・」

 

「断るにしてもその言葉は説得力皆無だって分かるでしょ・・・」

 

 だって正直に面倒臭いと言うと確実に怒るだろうお前。なんて口にはしないが思っている。

 そもそも城ヶ崎に勉強を教える事で俺にはデメリットしか生まれない。周囲の男子からは妬みの視線を向けられることになり彼女と仲のいい女子からも同様の視線を受けると言っても過言では無いだろう。

 俺は高校生活は何も騒ぎを起こさずにゆっくりとのんびりと過ごしたいのだ。にも拘らずこうして厄介の塊と言っても良い城ヶ崎に勉強を教えるなんて死ねと言っているのかこいつは。

 

「城ヶ崎って割と物騒なんだな・・・」

 

「何か黙り込んだと思ったら変な事言わないでよ・・・」

 

 だって俺に死ねって・・・言ってませんでしたね。俺の考えの中の城ヶ崎のイメージだとそうなるんだけどなぁ。

 一先ず手元に置いてあるコーヒー牛乳をズズズと吸い込む。

 余談であるが城ヶ崎は俺の机の上に足を組んで座っている。見た目もそうであるが仕草の一つ一つがビッチっぽい。

 チラリと城ヶ崎の顔を見てみると

 

「ちょっとぉ、幾ら私が綺麗で可愛いからって無断で足を凝視するのは許されないぞ★」

 

 なんて事を抜かしてきたので思わず鼻で笑ってしまった。

 確かに目の前の少女は可愛いし綺麗であるのは認めよう、伊達にアイドルとして売れている訳では無いのも分かる。

 だけど親戚の従姉の家に住んでいる俺は既に女体でがっつり興奮する思春期なんてものは既に消え去っているのだ。あの人すっごい美人でスタイルも良いのに酒好きでダジャレ好きでもう中身おっさん何だもん。一周周って同姓としか思えてこない様になってきた。割とやばい。

 しかし城ヶ崎はそんな事などいざ知らず。鼻で笑われた事に腹を立てたのか立ち上がってこちらに顔を近づけてくる。

 

「は、鼻で笑うなんて失礼じゃないかなー★ましてやクラスメイトが勉強教えてって頼み込んでるのに承諾してくれないなんて軽く酷いと思うな!」

 

 勢いよく近づいてきたことで軽く、彼女から柔らかな、甘い匂いが鼻孔を擽る。如何せんその手の物には慣れていないのだ。慣れているのは駄目な従姉の身体ぐらい。そもそも女性特有の甘い匂いと言うのがなれるものでも無いだろう。

 さておき、どうして城ヶ崎の勉強の手伝いを了承しないのかと言うと、先も述べた通りに周りの視線が面倒に繋がるからと。

 

「俺にだってプライベートの時間と言うものがあってだな」

 

「えー、現役JKアイドルの私と過ごすことよりも優先する事があるのー?★」

 

 現役男子高校生(DK)である俺にだってプライベートが欲しい時だってある。ましてや俺は誰かに物を教えるのが得意と言う訳では無いのだ。教えるとしてもどこそこが間違っていると指摘するか公式を教えるだけ。

 

「それに教えてもらうってんなら先生を頼った方が良いだろうに。向こうは本職だぞ」

 

「頼んでみたんだけど、それよりも単位のお話とか服装のお話とか・・・」

 

「説教されるから逃げて来たと」

 

 たははと苦笑する城ヶ崎であるが、正直笑い話で済む話では無いだろう。確か城ヶ崎はアイドルの仕事で授業に出れなかった場合、課題やテストでその単位を補填する事になっていた筈なのだが、それすらままならないなんて笑えない。無関係な俺ですら笑えないんだからやばい事この上無い。

 

「だから、ね?お願いします!私に勉強を教えてください!★」

 

 両手を合わせて頼みこんでくる城ヶ崎に俺は

 

「だが断る」

 

 自分のプライベートを優先する事に決めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 住まわせてもらっている従姉の部屋に帰る、従姉も城ヶ崎と同じくアイドルを生業としており、こうして自分と同じ時間帯に帰っている事は殆ど無い。帰ってくるのはもう少し日が暮れてからで、泊りがけの仕事でもない限りは日を跨ぐ前に帰ってくる。

 

「ただいま」

 

 今日は確か温泉旅館にお酒を飲みに行ってくると言っていたので、従姉の分の食事を用意する必要は無い。なので今日は自分一人分の食事を作ることにする。

 冷蔵庫の中身を確認してみれば、中を埋め尽くすのは殆どがお酒。古今東西様々な日本酒が入っており、それを見て軽く眩暈を覚えそうになる。食材よりも酒の方が多いのだ。

 作る事は諦めて、偶には良いかと外に食べに行く事にする。

 制服から私服に着替え、財布と携帯を持ち外に出る。

 梅雨が明け、夏が始まるこの季節。日が沈むのも遅くなり、更に気温も高いままである。近くにファミレスで済ませよう。そう判断して歩き出す。

 仕事帰りのサラリーマンや買い物終わりの主婦達が多く見られる商店街を抜けて、駅に辿り着く。安くて腹一杯になれるのでよく利用するサイゼに到着する。のだが

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 如何せん混雑し過ぎであった。幸いにして自分が訪れた時にはちょうど席が空いていたので良かったのだが、そのあと続々と人が訪れて席が埋まっていき、何の縁か見知らぬ男性と顔を合わせる形で相席する事になっている。

 祖父の言葉を借りるのであれば人生はこういった縁があるから面白いというのだろうが、せめてこういった時は強面の男性よりも女性の方が良かったと思ってしまうのはしょうがないだろう。

 

「お待たせしました、ハンバーグセットのお客様」

 

 なんてことを考えていると、注文した商品が届けられる。が

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 真ん中に置かれたソレを二人して眺める。如何せん目の前の男性も同じ商品を頼んでいたようで、届いたこの商品が俺と男性どちらの物か分かったもんじゃない。

 

「どうぞ・・・」

 

「そちらの方が先に来ていたので、貴方からどうぞ・・・」

 

 まぁ先に来たのは自分の方であるし、この料理が自分のだとは思うのだが、如何せん目の前の男性のハンバーグを見る目がキラキラしていて辛い。

 ただこうして見ているだけだと冷めてしまって勿体ないので自分が食べる事に。

 焼きたてのハンバーグにナイフを入れると肉汁があふれ出る。それを見て空腹が加速し堪らず頬張る。

 目の前の男性にも料理が届いた様子で、仕事の為に広げていた書類を脇に置き食事にいそしんでいた。

 ふと、その書類の一部に目が留まる。

 

「城ヶ崎の、プロデューサーってやつですか?」

 

 ぽつりと零れるように呟いたその言葉に、目の前の男性は律儀に反応し頷いてくれた。

 本当に城ヶ崎のプロデューサーであるらしく、今も城ヶ崎の仕事が終わり彼女を送り届けた後に食事に来たらしい。

 そんな彼の最近の悩みは城ヶ崎が勉強を疎かにしていることが気がかりらしい。なんでも城ヶ崎曰く勉強よりもアイドルしてる方が楽しいとか何とか。その言葉を聞いて思わず頭を抱えてしまう。自分でもやばいと思っていて声を掛けて来たのにアイドル業優先するとはやはり脳内お花畑系アイドルはレベルが違った。

 

「・・・・・・貴方は、城ヶ崎さんと同じクラスなのですよね」

 

「まぁとは言っても城ヶ崎の事なんて全く知らないんですけどね」

 

「無礼を承知で頼みたいのですが、城ヶ崎さんの勉強を見てもらう事などは・・・」

 

「無理です無理。俺はそもそも物事を教えるような人間じゃないですし、それに俺にもプライベートってもんが・・・」

 

「勿論、それなりの謝礼は容易させてもらいます「犬でも豚でも好きなように呼んでください」・・・」

 

 金の力には勝てなかったよ・・・。


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