単に三人のお話が纏まらなくて辛いから、逃げてるだけ!
梅雨、止むことが無いのではないかと思えるほど、雲が空を覆い、雨水が振り続けるこの季節。個人的に一番苦手な季節である。カビ生えるし、服は濡れるし。
そんな季節でも、仕事はやって来る。
「新田とアナスタシア、渋谷と本田と島村の5人がCDデビューか……」
渡された資料を流し読み、これを持ってきた武内君を見る。
「まずは新田さんとアナスタシアさん。この二人はCPの中で一番組み合わせが良い二人だと私は思います。本田さん、渋谷さん、島村さんについては、前回の城ヶ崎さんのバックダンサーとしてデビューした事で大勢に知られることになりましたし、タイミング的にも宜しいかと」
それを聞いて、部長の方を見るが、あの人はニコニコ笑顔を絶やさずに期待しているよとだけ言ってきた。
では千川はと見てみるが、彼女は彼女で何も言わずに笑顔でいるだけ。二人には既に話は通っているものと考え、最後は自分の答えを聞くだけなのだろう。
「そもそも、俺に見せなくても武内君と部長が許可したなら言うことは無い。精一杯頑張るとするよ」
資料を返して立ち上がる。そうと決まればこちらも仕事あるのみである。三人の方は武内君に任せて、俺は二人組の方に向かう事にした。
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「で、どうしてこうなった」
二人に会いに行く前に、一服して行こうと思い喫煙所に。時間にして10分位しか掛かってない筈なのだが、その短時間の間で何故ここまで混沌になっているのか
「新田、この面子の中でお前だけはおかしな方向に進まないと信じてたのに…猫耳とか、前川のキャラが薄れるだろ」
「にゃ!?みくはその程度じゃ薄れないよ!!」
「いや、このまま新田とアナスタシアが猫耳着けてデビューして見ろ、前川消えるぞ割とマジで」
それだけ、猫耳を着けた二人の破壊力は高い。割といい案なのではないかと武内君に告げようと思ったが、前川に涙目で服を掴まれて止めてくれと懇願されたので諦める。
「で、何の集まり?」
話を聞くに、三人組がいるのだから新田とアナスタシアのグループにもう一人追加出来ないかと他のメンバー(主に前川、赤城、城ヶ崎の三人)が詰め掛けて来たとか。
それを聞いて、未だにアナスタシアに抱き着いてる赤城の脇に手を入れ持ち上げる
「武内君がもう言ったかも知れないけど、今回はこの5人で決定してる。例えお前らがゴネても結果は変わらない」
その言葉に、何人かは沈んだ顔をする。頭では理解しているのだろう、でも心がそれを許さない。難儀なものである。抱えた赤城をそのまま肩車して、廻る
「きゃー!はやーい!」
全力で回して、少し酔ったが何とか持ち直す。赤城を地面に下ろしてから改めて周りを見る。
「今回は総合的に判断していった結果だ。気に入らない結果かも知れないけど、今はそれを飲み込んで糧にしろ」
それだけ告げて、新田とアナスタシアに声を掛けて外に連れ出す。
「お前らもお前らで不安あるかも知んないけど、このプロジェクトに参加した時点でお前らもプロだ。笑顔で、楽しく、自身の為にもファンの為にも、頑張れ」
未だ沈んだ顔をしているアナスタシアの頭を撫でながら、なるべく笑顔で話し掛ける
「まぁぶっちゃけこの後全員CDデビューするし、遅いか早いか、それだけだ」
「えっと…、それ私達に言っても良いんですか?」
ん、まぁ新田とアナスタシアが黙っててくれれば問題ない話だろうと笑う。俺が笑ったことで二人も少しだけ笑顔になった
「そうと決まればほら、レッスン行くぞ。トレーナーさんとどうレッスンしてくか決めないとな」
「はいっ、頑張ります!」
「私も、頑張りますっ」
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「私神楽さんちょっと苦手かなー」
その言葉が聞こえてきたのは、偶然だった。プロデューサーに差し入れに飲み物を持っていこう、そう思い彼のいる部屋に向かうために、部屋に入ろと同時に、聞こえてきた
「あ、ちひろさん」
いち早く私に気付いた凛ちゃんが、声をかける。皆もそれに続いて会釈をしてくるが、少しだけ空気が悪かった
「ねぇちひろさん、神楽さんって仕事してるの?」
そんな空気の中で、みりあちゃんが問い掛ける。なんと言うか子供特有の真っ直ぐな質問に少しだけ戸惑ってしまい
「詰まるってことは、もしかしてしてないんじゃ…」
未央ちゃんまでそんな事を言い出すのだから大変。それを皮切りに皆が愚痴を漏らします
「私も、その…、少しだけ怖くて…、苦手です…」
「私は以前お菓子を差し入れに行ったら、痩せろとだけ言われて…」
「でも、確かに何考えてるのか分かんない感じかな…。プロデューサーとはよく話すけど、神楽さんは滅多に顔合わせる機会無いし…」
「そもそも、みくたちにちょっと厳しすぎるにゃ!もっとこう…、なんと言うか優しくしてほしいにゃ!」
皆が思い思いに言葉を並べて、それが私の心を蝕んで行きます
「もう辞めちゃえば良いのに」
そんな中で、李衣奈ちゃんの言葉で頭に血が登り思わず手を出してしまう所で
「千川さん、流石にそれはいけません」
プロデューサーに腕を取られました。でも、やり場の無い怒りが声となって飛び出す
「貴方に、神楽の何が分かるんですか!どうして辞めろなんて簡単に言えるんですか!あんなに頑張ってる人に、あんなに貴女達を思っている人に!」
李衣奈ちゃん自分の言葉の重さに気付いたのか、俯いて黙り込みました。顔は見えませんが、足元に水滴が滴っています
「にょわー、皆もあんまり悪口言ったらめっ!だよー?」
「神楽さんは、確かに余り顔だししないし、厳しい事もいっぱい言うけど。それは私達の事を思っているからなんだよ」
きらりちゃんと美波ちゃんがそう言ってくれて、私も落ち着いてきました。取り乱した事で少し恥ずかしくなり、回れ右をして部屋を飛び出します。
(なんで私がこんな思いをしなければならないんですか!神楽さんのせいです!)
逆恨みに近い感情を抱きながら、私は彼を探して歩き回った
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どうしたものかと、首に手を当て考える。先輩は目立つ事を良しとしない。だから基本的に表に立つのは自分で、先輩はそれを陰で支える事を選んだ。だけど、今回はそれが裏目に出てしまっている。未だ泣き止まない様子の多田さんを新田さんと諸星さんが慰めている時に、渋谷さんが声を出した
「ねぇプロデューサー、出来るのなら神楽さんの事を教えてくれないかな」
「わ、私も知りたいです!多分、直接聞いても教えてくれないでしょうし……」
絶対教えないだろうなと苦笑して、先輩の今まで行ってきた仕事を話す
「先輩は自分よりも二年ほど早く入社していて、まだ新米な自分にプロデューサーのあれこれを教えてくれました。」
思い出すのは初めて346に来て、挨拶回りの時に出会った場面
『渋い顔してんね君、アイドルの前に君が笑顔にならんと仕事にならんぞ?』
そう言われてから、毎日笑顔の練習をするようになった事を思い出し笑う。
「先輩はとにかく凄い人でした、元アナウンサーの川島瑞樹さん。元婦警の片桐早苗さん。他にもどうやったらスカウトに成功したのか疑問に思う人達をアイドルにしてきました」
そんな人達に囲まれて、仕事が出来て、思えば恵まれていたのだろう。
「そんな中で、一番凄いと感じたのは…高垣さん主演の『籠の鳥』のシナリオを作り上げた事でしょうか」
「籠の鳥って、楓さんが初めて主演として抜擢されたあの映画の!?」
驚きの声を挙げた本田さんに頷きを返す。世間には知られていないが、あの作品は先輩の昔の黒歴史である。ひょんなことから酒の席で漏らしたその話がまさか映画化されるなんて、誰も想像して無かっただろう
「あれ凄い動員数だったよね…、楓さんが有名になった火付けって話が出るくらいだし」
誰に聞いても絶賛されるその映画を先輩は世に生み出した。他にもシングルCDの作曲、ジャケット写真の構成、大型ドームのライブ企画。その全てが成功し、そんな先輩を憧れてついて行った自分
「先輩の話はここまでで、皆さん、私から言えるのは誤解しないで下さい。先輩は確かにあまり此処に居ませんが、皆さんの為に動いています、勿論私も」
少しだけでも、先輩の印象が良くなるように話をした。が
「神楽さんめっちゃ凄いじゃん!ていうか私パンフにサイン欲しい!」
「我も魔道書に印を残して…(私も欲しいです…)」
印象良くなり過ぎたのかも知れません…。これは話をした事がバレでもしたら、大変ですね…。そう思いながら、逃げる様にこの場を去った
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ココ最近CPの面子の接し方が尊敬と言うか、憧れというかなんと言うか皆お目目キラキラ状態である。以前スカウトしてきた橘ちゃんも仕事終わりにはこんな目をしていたなと苦笑しながら、戸惑いながら、デビューに向けてあちこちを駆け回っていた。が
「何やねんこれ」
思わずエセ関西弁になる程にびっくりした。現在346にある喫茶店にて立てこもりが発生中。首謀者は前川で他に城ヶ崎と双葉が参加している。目頭を抑えていると、そのまま目隠しをされてしまう。
「ふふっ、だーれだ?」
忘れる筈の無い声を出した女性の手を振りほどき、軽く頭にチョップする
「変な疑いかかると面倒だから、あんま親しくすんなって言ったでしょ」
頭を抑えながら舌を出して、お茶目な雰囲気を出す楓さんに苦笑しつつ、隣に立っていた大和に状況を訪ねる
「ハッ!犯人の要求は未だ不明でおり、現在は給仕をしながら立てこもりを続けております!」
「責任負うから、取り敢えず壊滅してきてくんない?重火器の使用も許可するから」
「良いのでありますか!?」
良いよと言おうとしたら楓さんにつねられた。流石に冗談である
しかしこのままでは普通に迷惑なので、如何したものかと考えていると彼が来た。タイミング良すぎないかなと彼を見ていると
「私が呼びました」
なる程楓さんが連絡してくれたのか。ありがとうございますと感謝を告げ、泣きながら主張を続ける前川の捕獲に向かう
「みくだって、頑張ってるのにっ!何でみくじゃないの…、みくだってデビューしたいよ…」
その言葉に胸が痛む。彼女達のデビューは決まっているが、決まるまで何もしてあげることも出来なかったのも事実。
頑張ってるのは知っている、前川は合格の知らせを受けた時に、俺が今まで見てきたどの子よりも喜んでいた。悪い事してるなと思いつつ、背後から高い高いする
「にゃっは!?え、何!神楽さん!?」
奇っ怪な声を出して捕獲した前川と、双葉を両脇に抱え込みバリケードを飛び越えて武内君の元に向かう。
「ほら、胸のうち全部ブチまけろ。この際だ、CP全員不満あんなら喋っとけ。今なら何でも答えるし、武内君にも届くかも知れんぞ」
そう告げると、決意したのか本田が一歩前に出てきて
「サイン下さい!!」
思ってたのと違う言葉が紡がれた。
どういう事なの……
ちょっと息抜き。
相変わらず楓さんのヒロイン力ぱない