居酒屋で愚痴を聞くだけの簡単なお仕事です   作:黒ウサギ

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高垣楓:纏

楓さんの告白から三日経った。

彼女は店に訪れる事無く、俺も事務所に近づいていない。

合わせる顔が無いのも理由だが、周りに悟られたく無かった。

しばらくはこのままで良いのだろう。彼女も俺のことを忘れてくれる、その気持ちが間違いだったと気づいてくれる。

 

(辛いなぁ…)

 

俺の気持ちを伝えたかった。

彼女と一緒の未来を作りたかった。

幸せにしてあげたかった…

 

(情けない、自分で決めた事じゃないか…)

 

今更考えを改めた所でどうする。

もう泣かせてしまったのだ。断ってしまったのだ。

 

「人間って、めんどくさいなぁ…」

 

「まるで自分が人間じゃないみたいな言葉を吐かないで下さい…」

 

「ん、千川か。営業前なのにどうした」

 

千川が一人でやってくることは珍しい。基本的にPと飲みに来るわけだが

 

「何か、用でもあんのか…?」

 

「よくお分かりで。私の口からお話しする前に、こちらをご覧なって下さい」

 

そう告ると一冊の…これは週刊誌?

何か嫌な予感がする。慌てて本を取り、付箋が貼り付けられた部分を開く。

 

「千川…、これ本物か」

 

出来るなら冗談であって欲しい。

冗談ならば、今なら笑って終わらせることが出来る。

 

「冗談でこんな物を作ったりはしません。正真正銘の本物です。明日出回る前の物を持って来ました。」

 

週刊誌には

俺と

楓さんの

3日前の全てが記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

「明日楓さんが会見を開きます。そこで全てを伝えるつもりの様です」

 

何も考えられない、考えたくない。

こうならないために自分の気持ちを押し殺した。

彼女から離れたのに…

 

「成る程、Pさんが私を向かわせた意味が分かった気がします」

 

千川が何かを言っている様だが、もうどうでもいい。

覚悟なんて出来ていなかったでは無いか。いざこんな事になったらこのザマだ。

 

「神楽さん歯を食いしばって下さい」

 

どうせなら素直に楓さんぶるっふぇ!」

ービタン!

と盛大な音と共に椅子から転げ落ちる。

 

「もう一発!」

 

胸ぐらを掴まれ無理やり顔を挙げられて、反対側の頬を殴られる。

二度もぶたれた!お前はブライ○さんか!

 

「何すんだよお前!」

 

「誰かが言いました。『顔面を叩く際はどちらの頬も殴りなさい』」

 

やだ怖い。

軽く恐怖を千川に抱いていると、両頬を掴まれて伸ばされる。やめて!

 

「何をしているんですか貴方は!」

 

「何って…迷惑掛けて…落ち込んで」

 

三度目の平手打ち。勢いで倒れこみ、その上に千川が馬乗りして来た。

 

「迷惑なんてのはこの際どうでもいいです」

 

「いや、どうでもよくな」

 

四度目

 

「私が言いたいのは!楓さんを何故悲しませたのか!それが聞きたいんです!」

 

「……悲しませたくは無かった」

 

五度目

 

「悲しませたく無いなら何故断ったりしたんですか!」

 

何故?

 

「お前にわかるもんか…」

 

「えぇ、わかりませんしわかりたくもありません!ですが答えなさい、何故振った!」

 

「俺だって好きで振ったわけねぇよ!あんな綺麗で、一緒にいて楽しい人を好き好んで振るわけねぇだろ!」

 

「じゃあ、なんですか?楓さんがアイドルだから振ったと?」

 

「あぁそうだよ!彼女はアイドルだ、俺みたいなのがそばにいるだけで週刊誌は取り上げる!」

 

六度目

 

「ふざけるな!彼女がどれほど辛い思いをしているのか、知っててそんな事を言ってるんですか!」

 

「楓さんは今家から出て来ていません。私達は電話越しでしか連絡を取っていません。でも、彼女は泣いていました!週刊誌に取り上げられた事で事務所に迷惑をかけてしまうと、貴方に迷惑をかけてしまうと!」

 

あの人は…

俺のことよりも自分の心配をするべきだろう!

 

「何で貴方のことを心配するかわかりますか?貴方が好きだからです!」

 

「アイドルが恋して実るわけないだろ…」

 

七度目

 

「勝手に決めつけ無いで下さい!誰がそんな事を言いましたか?貴方が勝手に決めつけただけでしょう!確かに、楓さんは有名になって、私達の大事なアイドルです。でも、アイドルである以前に一人の女性です!人間です!誰かを好きになります、誰かを嫌いにもなります!それが悪いことですか?そうだとしたら間違ってるのは世の中です!」

 

「目を覚ましなさい神楽悠人!貴方の本当の気持ちを言いなさい!彼女がどうであるかではなく!貴方の、一人の男性の気持ちを!」

 

そんなもん…決まってんだよ。最初から分かってんだよ…。俺は、俺は…

 

「世界で一番楓さんを愛してる!」

 

愛してる、誰にも負けないほどに彼女を、高垣楓を一人の女性を愛してる!

 

「愛してるなら良いじゃ無いですかそれで。アイドルだろうが俳優だろうが何時かは恋して結婚して家庭を築くんですよ?何ですか、神楽さん何時の時代の人ですか?」

 

物凄い言われ様である。

でも、この気持ちを本当に伝えてしまって良いのだろうか。

 

「悩む必要無いじゃ無いですか…。楓さんはアイドルを辞めてでも貴方と一緒にいたいと仰ったのでしょう?男ならそれを受け止める位の器量を見せて見なさいな!」

 

「いや、アイドルを辞めるんだぞ?そんな事をさせたら申し訳ないだろ…」

 

「馬鹿たれ!アイドル辞めても関係ありません!私達346はこの件を全力で応援するつもりです。そもそも私達の事務所は恋愛禁止なんてしてませんし」

 

いやそこは禁止しとかないとPがやばいだろ。色々と。

 

「そもそもですよ?女性はアイドルに憧れたりもしますけど、好きな人の一番。好きな人のアイドルなれればそれで良いんです」

 

そんなものなのか…

しかし、千川に目を覚ましてもらった。

覚悟がなんだ。決意がなんだ。そんなもん幾らでも掌返してやるよ。

 

「俺は楓さんが、好きだ」

 

「はい」

 

「楓さんを愛してる」

 

「知ってます。なら貴方はこれから何をすべきですか?」

 

「彼女を迎えに行く。気持ちを、本当の気持ちを伝えに行く」

 

「GOODです。でも迎えに行くのは明日の会見の時にしてください」

 

「は?何で?」

 

今すぐ楓さんの所に行って伝えたいんだけど…

 

「全国、いや世界に伝えなさい。貴方が楓さんを愛してることを。そうすればうちの事務所も更に有名になります」

 

「台無しだよ!……ったく、やっぱお前悪魔だわ…」

 

「悪魔で結構です!可愛いうちのアイドルの為なんですから鬼でも悪魔でも何にだってなりますよ」

 

男前である。なんでこんな良いやつなのに彼氏居ないんだろう…。

 

「分かったよ、お茶の間のみなさんに見せつけてやるよ」

 

「それでいいんです。全く、慣れないことしたら疲れましたよ…。今度なんか奢って下さいよ?」

 

「了解。なんでも奢ってやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は間違っていたのかしら……

答えの決まっている問いをひたすら考える。

今私は控え室にいる。週刊誌に載った事について、全てを伝える為に。

彼との関係を、壊してしまう事になるかも知れない。でも、私は間違っていない。

 

「楓さん、行きましょう」

 

プロデューサーにも事務所にも迷惑を掛けてしまう。

アイドルも辞めなければならないだろう。そうなったら素直に身を引いて、実家に帰ろう。

 

「プロデューサーさん、ごめんなさいこんな事になって」

 

「謝る必要無いですよ。貴方の気持ちは知っていましたから。プロデューサーとしての気持ちは何てことをしてくれたのかと思います。でも、一個人としては素直に尊敬しますよ」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

最後まで、プロデューサーは優しい。私が彼を好きになっていなければ、違う立場であったらイチコロだったと思う。

 

「楓さん、全てを伝えてください。」

 

「はい。」

 

「俺も出来る限りのフォローはします。事務所も応援します」

 

「はいっ」

 

 

 

 

 

『つまり、彼とは何も無かったと言うことですか』

 

『この写真で高垣さんが涙を流しているのは何故でしょうか』

 

『ホテルから2人が出て来たと言うタレコミがあるのですが、それは本当ですか!』

 

様々な質問が飛び交う。

私が言う資格は無いのかも知れないが、今をときめく346のスキャンダルだ。彼らからしたら鴨ネギ状態なのだろう。

 

『黙ってないで答えて下さいよ!何の為の会見なんですか!』

 

罵倒も、受け入れる。

 

『こちらの男性は何かやましい事でもあるのでしょうか!』

 

でも、でも!

 

「彼は悪くありません」

 

私がやっと口を開いた事で、静まり返る。

 

「彼は悪くありません。それに、私も悪いことをしたとは思っていません」

 

フラッシュが開かれる。

開き直ってるんじゃ無いぞ!貴方はファンを裏切ったんですか!

色々な言葉が飛び交う中、私は彼のことを考えていた。

今何をしていますか?

貴方は笑顔でいてくれてますか?

 

「ファンの方々を裏切る真似をしました。確かにその通りです。申し訳ありません…」

 

『謝ればいいと思っているんですか!』

 

『こちらの男性の事を、何か教えてください!』

 

教えるわけ無いじゃ無いですか。

私の大事な人を、矢面に立つ様な真似はさせたく無い。

でも、そんな考えも

 

「どーも皆さん!噂の男性神楽悠人です!26歳独身彼女募集中!ごめん嘘、楓さんが彼女になります!」

 

何てことを言いながら入って来た彼の顔を見て、砕かれた

 

 

 

 

 

 

 

眩しい眩しい。フラッシュやめなさい。

会場に入ってお望み通り自己紹介したらカメラもマイクもこっちを向いて来た。

ここからは俺の、一世一代の大勝負。

その前にまず

 

「煩いわぁ!」

 

黙ってくれお前ら。

静まり返った会場のど真ん中を通り、彼女の元に向かう

 

「おっすP、ぶち壊しに来たわ」

 

「おう、待ってたよ。精一杯世間様を驚かせてやってくれ」

 

そう言いながらマイクを渡してくる。本当に俺には勿体無いほど出来た友人だよ。

あーあー、マイクチェック。

 

「高垣楓さん。俺、神楽悠人は貴方のことを愛しています」

 

伝えると、彼女は口を押さえ、無いてしまった。

 

「泣かないで下さいよ。綺麗な顔が台無しです」

 

目元をそっと拭う。

それでもその目からは絶えずに涙が流れ出す

 

「だって、悠人さん、私の事振ったじゃ無いですかぁ」

 

「あれは、申し訳ありません。貴女の事を考えたらそうした方が良いと思ったんです。

でも、もう逃げません。自分に素直になります。」

 

ーー楓さんの笑顔が好きです。

ーー楓さんと過ごす時間が好きです。

ーー楓さんとのしょうもない会話が好きです。

ーー楓さんと飲むお酒が好きです。

ーー楓さんの事が、好きです。

 

伝えるたびに、周りからフラッシュが飛び交う。

それが、どうした。

 

「楓さんがいないと、俺はもうダメな男になりました。そばにいて下さい、俺だけのアイドルになってください」

 

そう伝え、俺は懐から小さな箱を取り出す。

 

「高垣楓さん。俺、神楽悠人は世界で一番貴女を愛しています。この気持ちに偽りはありません。」

 

その箱を、彼女に向けて開く

 

「嘘……嘘……っ!」

 

「嘘なんかじゃありません。

楓さん、俺と結婚してください」

 

ここまで来てごめんなさいだったらどうしよう。俺ただの馬鹿になっちゃう。

そんな思いは杞憂だった様で。

 

「私で、よければ。よろしくお願いします…!」

 

そう答えてくれた。

そんな彼女を抱き締める。もう離さないと、言葉にしないで行動でしめす。

 

「良かったよぉ…良かったよぉ…!」

 

「楓さん子供見たいですよ」

 

「子供でも、良いです!」

 

良かった、本当に良かった。

そんな中、空気を読まずに周りが騒ぎ出す

 

『大スクープだ!高垣楓の結婚!』

 

『直ぐに本社で記事にしろ!』

 

『いいぞいいぞ!数字が上がる!』

 

もう、邪魔すんなよな…

もういい空気だ空気。

 

「楓さん、左手を出してください」

 

「はいっ!」

 

差し出された左手を、優しく手に取り。その薬指に指輪をはめる。

 

「ピッタリですね。これで私は悠人さんの物ですっ」

 

「ここでサイズ合わなかったらどうしようもないですよ。流石に調べておきました。」

 

P様々である。

あぁ、幸せだ。

これからを考えるだけで、自然と顔が緩む。

これから楓さんは忙しくなるかも知れない。アイドルを辞めるにしろ、続けるにしろ。

でも、そばで支えることが出来る。彼女の為に役立てる。

そう考えるだけで、とても幸せだ。

 

「と言うわけでお茶の間の皆さん!俺達結婚します!」

 

見せつけてやる。

彼女は俺のアイドルだと、見せつける。

パチパチと、まばらではあるが喧騒の中拍手が聞こえた気がした。




あ、終わらなかった…

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