「はぁぁぁ……」
お、お姉ちゃんのため息が重い……まるで物理的な重さを伴っているのではないかと思ってしまうぐらい重い……。
「お、お姉ちゃん大丈夫……?」
「大丈夫って言いたい……」
「つまり大丈夫じゃないんだね……」
目に見えて落ち込んでいるお姉ちゃんに、私が出来ることが何かあるだろうかと考える。励ましの言葉は昨日から散々投げかけてきたから、既に効果は薄いだろうから……。
「……ぎゅ、ぎゅー!」
とりあえず『私がしてもらったら嬉しいことをしてみよう』という考えの下、ソファーに座って項垂れるお姉ちゃんの身体を横からギューッてしてみることにした。少なくとも私が落ち込んでいるときならば、お姉ちゃんやママにギューッてされたらばすぐに立ち直れるんだけど……。
「えっと、どうかな……? 元気出る……?」
(……私の妹、可愛すぎない……!?)
「お、お姉ちゃん……わっ」
反応が無かったので失敗したのかと思ったが、突然ギューッてされ返されてしまった。
「大丈夫だよ、月ちゃん。ありがとう、元気出たよ」
「そ、そっか、ならよかった」
お姉ちゃんが落ち込んでいた理由は、昨日のママとの会話が原因だった。
――え、えっと……ごめんなさい。
――ママ、そういうつもりはなくて……。
――ただ……椛ちゃんと月ちゃんが……。
――アイドルになったところを……見たかっただけで……。
お姉ちゃんの完璧な推論に対するママの反応は……それはもう本当に申し訳なさそうな否定の言葉だった。
――はへぇ……?
そしてこれがそれに対するお姉ちゃんの反応だった。自信満々に語った『私たちを芸能人にすることでパパに合せようとしていた』という推論が完全に否定されてしまい、一瞬ポカンとしたお姉ちゃんだったが、徐々にその表情は真っ赤に染まり……。
これ以上はお姉ちゃんの尊厳のためにやめておこう。私目線からはとても可愛らしかったのだが……可哀想は可愛いとはよく出来た言葉だと思う。
結局私たちは『神谷旭さんがお父さんなのでは?』ということをママに問いただすことが出来ずに今日を迎えてしまったのであった。
「まさかママがそんな考えなしに私たちをアイドルデビューさせようと思ってたなんて想定してなかったよ……」
そもそもこういう考えに至るきっかけになったのは『隠し子である私たちの存在を公にするメリットは何があるのか』という疑問を抱いたことだった。私たちはずっと『高垣楓の子どもの存在がバレるデメリット』以上のメリットがあるのだとばかり考えていたというのに……。
「まさかハイリスクノーリターンだとは思わないじゃん……」
「ママ的には少なくともノーリターンではなかったと思うよ」
娘の可愛い姿が見れるという点に関して言えば、正直私も同じようなことを考えていたので強く批判できないのだけど。
「と、とにかく」
お互いがお互いの癒しとなったギューッが終わり、お姉ちゃんはコホンと一つ咳ばらいをした。
「今はこっちに集中しよう。正直今の私たちにとっては父親なんかよりも大事なことなんだから」
「うん、そうだね」
父親のことも気がかりではあるが、今の私たちにそんなことを考えている余裕なんてないのだ。
私たちのデビューステージ本番まで、残り三十分を切っていた。
イベント会場は大型ショッピングモールの一角。三階まで吹き抜けるエントランスに設置させてもらえた特設ステージで、今日私たち双子アイドルユニット『カナリア』はデビューするのだ。
「……なんか、落ち着いたら緊張してきちゃった」
「私も」
お姉ちゃんと顔を見合わせてクスリと笑い合うが、お姉ちゃんの顔は少し引き攣っているように見えた。きっと私も同じ顔をしていることだろう。
「「……大丈夫」」
そう口にする私は、そして同じ言葉を口にするお姉ちゃんは、お互いにきっと大丈夫じゃない。
それでも、お互いがお互いを大丈夫と鼓舞することで、私たちはきっと大丈夫になれる。
コンコンとノックの音。
「そろそろスタンバイに入ります。……お二人とも、大丈夫ですか?」
迎えに来てくれたプロデューサーさんが、私たちの顔色を見て心配そうな表情を見せる。
「「はい、大丈夫です」」
「……分かりました。緊張をしてもかまいません。失敗だっていくらしていただいても大丈夫です。だから……楽しんで、ステージに立ってきてください」
「「……はいっ!」」
プロデューサーさんの言葉に、私たちは大きな声で返事をした。
本番が始まる。
『『皆さん、初めまして』』
『私はモミジ』
『私はユエ』
『『私たちは「カナリア」というユニット名でデビューさせていただきます』』
『『よろしくお願いします』』
お姉ちゃんと並んで頭を下げる。ダンスよりも歌に特化した私たちは、元気さよりも可憐さをアピールするため、ステージ上では少しだけ瀟洒に。
しかしその内心では想定外の事態に泣きそうになっていた。
(……よ、予想よりもお客さんの数が多いんだけどぉ!?)
お母さんも奈緒お姉ちゃんも、アイドルの先輩たちは皆一様にデビューステージをこんな風に語っていた。曰く「全然お客さんはいなかったわ」「少し寂しいかもしれないけど、逆に緊張せずに気楽にやれるって」と。だから私もお姉ちゃんも『ステージは大きいけど、精々十人ぐらいお客さんが座っててくれたらいいな』ぐらいに考えていたのだが。
しかし、どうやら私たちは自分たちを
(まぁよくよく考えたらそうだよね! 何せあの『高垣楓』の親戚が事務所肝いりでデビューするんだもんね!)
事務所もかなり気合を入れて告知をしてまくった結果……出来上がってしまったこの人だかり。数えることは怖くて到底出来ないが、座席は満席。吹き抜けとなっているため上の階からも視線を感じる。……少なくとも、総勢百の視線はあってもおかしくなかった。
頭を下げながらも、マイクを持つ方とは反対の手で繋いだお姉ちゃんの手が緊張で震えているのに気が付いた。でもこの震えの半分ぐらいは多分私も震えているのが原因だった。
頭が真っ白になりそうになる。改めてこんな人数の前で歌うのかと、冷静になればなるほど恐怖が頭を埋め尽くす。緊張に顔が歪むのを取り繕うことすら出来ない。
(ママ……ママ……助けてママ……!)
心の中で思わずママに助けを求めてしまうが、昨日も言ったようにママはお仕事で不在。せめてその姿を一目見れば、ママが観てくれてくれれば、少しはこの恐怖が紛れたかもしれない。
だから私とお姉ちゃんは、そこにママがいないと分かっていても、ママを探してしまった。
後で怒られると分かっていても、視線がキョロキョロと動いてしまう。
きっと今の私たちの姿は滑稽に見えることだろう。緊張している小学生ということで微笑ましく思われているかもしれないが、ステージの上に立つアイドルとしては既に赤点だ。
転生者だろうと何だろうと、今の私たちは正真正銘の小学生。泣きたくなるぐらい緊張してしまって、助けを求めるように親の姿を探してしまって――。
((……あ、旭さん))
――ストンと、緊張が抜け落ちた。
「「………………」」
自分でもビックリするぐらい、まるで煙のように緊張が消えてしまった。繋いだ手の震えは止まり、浅くなっていた呼吸も深くなり、視界が一気に広がったような気がした。
(見に来てくれたんだ、旭さん)
(そういえば見に来てくれるって、約束してくれたもんね)
(あはは、なんか旭さんの方が緊張してるみたい)
(あんな表情の旭さん、初めて見た)
(私たちのこと、心配してくれてるんだね)
(安心させてあげないとね)
言葉にしなくても、手を繋いで隣に立っているお姉ちゃんの考えることなんて手に取るように分かった。だって私も同じことを考えているのだから。
((……やっぱり、そうだったんだね))
――ママとお話する旭さんの目は、愛する人を見る目じゃなかった。
(嘘つき)
――私たちとお話してくれる旭さんの目は、愛する娘を見る目じゃなかった。
(嘘つき)
((そんな心配そうで、それでいて誇らしげで、優しい目をする人なんて))
ママ以外にいるとしたら、それは
MCの人に促され、私たちは手を離して所定の位置に立つ。
大丈夫、今ならちゃんと練習通りに動ける。歌える。
だから。
((そこでちゃんと、見守っていてね))
私たちの、お父さん。
・神谷旭は高垣椛と高垣月の父親である。
追記
・旭と楓は前世(本編)の記憶持ち。
・記憶が蘇ったことで結ばれた。
・旭の年齢が年齢(13歳)だったため、お互いに秘密にすることにする。
・旭は演技という名の嘘の仮面を被り続けていた。
・二人のアイドルデビューの姿が心配すぎて父性で仮面が剥がれた。
・今後はアイドル母俳優父アイドル娘の家族ものにシフトする予定だった。
姉妹転生編は今回で打ち切ります。
次回から別のお話書きます。
4/16追記
まずは謝罪を。
この度は告知なく更新出来ずに申し訳ありませんでした。
先月まで連載していた推しの子パロディ編を打ち切ったことで気が抜けていて、今回の更新日を完全に失念していました。
『かえでさんといっしょ』の投稿自体は続ける予定ですが、今回を期に一度休載をさせていただきます。
思えば最近の今作は我ながら迷走を続けていたと感じてます。一度時間を置き、改めてしっかりと自分が書きたいと思う文章を考えてみます。
更新再開は6/14の楓さんの誕生日を予定しております。
もしそのときまでこの作品を覚えていていただけるのであれば、是非そのときはお付き合いよろしくお願いします。