私たち姉妹のアイドル化計画は、意外にも順調に進んでいた。
一時期、私がお姉ちゃんとの才能の差を感じてプチ凹みしてしまうこともあったが、旭さんからのアドバイスで考え方を切り替えた結果、まぁなんとかお姉ちゃんの足を引っ張らない程度には成長した。
事務所的にはあの『久川凪・颯姉妹』以来の双子アイドルユニットということで、上層部もそれなりに力を入れてくれているようであり、大々的にデビューイベントを行うことも決定している。
その事実を知ったときはまたプレッシャーに押し潰されそうになってしまったが、ママやお姉ちゃんの後押しもあって今ではしっかりと向き合えるようになった。……べ、別にママにギューッてされていい匂いだなぁとかおっぱい柔らかいなぁとか、そんな感じに流されたわけじゃないんだからね!
何はともあれ、高垣姉妹のアイドルデビューは目前にまで迫っていた。
「今日は二人のために、特別な人をコーチとしてお呼びしています!」
そんなタイミングで、ダンスレッスンの先生が突然そんなことを言い出した。
「「特別な人?」」
姉妹揃ってコテンと首を傾げる。
「そう! お二人もきっとよく知っていている人。お二人のデビューをずっと心待ちにしていて、それでお二人の成長を認めて自分からレッスンのコーチを名乗り出てくれたお人です!」
それはつまり……。
((これは『特別コーチの高垣楓です』って言ってママが入ってくるパターン……))
「よっす! 神谷奈緒だ! 二人とも、久しぶりだな!」
「「……わぁ! 奈緒さんだ!」」
反射的に謝罪の言葉が口にから漏れ出そうになったが、それはそれで失礼になってしまうためグッと堪えた。代わりに心の中でしっかりと謝罪しよう。
本当にごめんなさい。
それはさておき、神谷奈緒ちゃんは二年前から変わらず『Triad Primus』のメンバーとして活動する346プロダクションを代表するアイドルの一人である。事務所に見学へと来ていた私たちと出会うたびにお菓子をくれたり色々と可愛がってくれていた彼女であるが、最近ではそれまで以上に有名になってしまい最近ではめっきりテレビの中の存在となっていた。旭さんの妹なのだから妹キャラなのかと思いきや、実際は面倒見のいい姉御キャラ。ユニットメンバーである凛ちゃんや加蓮ちゃんに弄られている姿がファンの中では有名ではあるが、通が推すべきところは歌唱中に見せる真剣な眼差しである。普段の様子はキュートアイドルなんて揶揄されているものの、逆にステージで見せるその眼差しはまごうことなくクール。正真正銘カッコいいという意味合いでのクールである。実際彼女のファンは男性と同数の女性から成り立っており、神谷奈緒夢女子たちによる非公式ファンクラブも存在するほどであり……。
(月ちゃん、抑えて)
(はっ)
どうやら思考が双子のお姉ちゃんにまで流れてしまっていたらしい。マズいマズい、完全にオタクになっていた。
「二人がデビューするって話を聞いて、あたしも何か手伝えることがあればいいなって思ったんだ。二人とも、デビューイベントはデビュー曲だけじゃなくて『お願いシンデレラ』も歌うんだろ? そっちの面倒をあたしが見てやるよ!」
そう親指を立てながらニカッと笑う奈緒ちゃん……いや奈緒さんは、確かに夢女子が溢れかえるほどのイケメンぐらいだった。兄である旭さんとよく似た顔立ちであるのに、彼とは方向性の違うイケメン具合が醸し出されていて……って、そういえば奈緒さんと旭さんも双子の兄妹だったっけ。
「よし、それじゃあ時間も限られてるしビシバシいくぞ! 二人とも、準備はいいか!」
「「はいっ!」」
「へへっ、良い返事だ!」
何はともあれ、神谷奈緒直々のレッスンである。気合入れていくぞー!
「………………」
「えっ、ごめ、大丈夫か月!?」
めっちゃすばるたぁ……何となくそんな気はしてたけど、さては奈緒ちゃん、分類的には脳筋じゃな?
「月ちゃんは……その……私たち二人の中では可愛さ担当なので……」
「……断固抗議するぅ……お姉ちゃんだって……可愛いでしょ……」
「お、おう、お前たち本当にお互いのことが大好きだな……」
お姉ちゃんの微妙にフォローになってないフォローに抗議の意思を見せると、奈緒ちゃんは引き攣った笑みを浮かべた。奈緒ちゃんもお姉ちゃん可愛いって思うよねぇ!?
「でも二人とも、あたしの想像以上に動けてたぞ! その歳でそれだけ動けるんだったら、言うことなしだ!」
肝心のレッスン内容に関しては、どうやら奈緒ちゃん的花丸を貰えたらしい。
レッスンがひと段落したため、全員レッスン室の床に腰を下ろして小休憩タイム。プロデューサーさんは何やら電話がかかって来たので離席しているため、奈緒ちゃんと私たちの三人だけとなった。
「改めてありがとうございます、私たちのために時間を作ってくれて」
「ありがとうございます!」
「あーいいっていいって、本当にあたしがやりたかっただけだから。……二人のこと、本当に応援してるんだ。あたしも……そんでもってついでに兄貴も」
「「……旭さん?」」
突然旭さんの名前が出てきたので、再び姉妹揃って首を傾げる。
「……本当は、これ二人に言っていいのか悩んだんだけどさ」
「「っ!?」」
突然、表情に影を落とした奈緒ちゃんに、私たちは思わず息を呑んでしまった。
「黙ってるみたいだし、あたしが言うことじゃないのかもしれない」
え、待って。ちょっと待って。
「でもあたしは……二人は知っておくべきだと思うんだ」
この展開って、まさか……!?
「……兄貴、めちゃくちゃ楓さん推しなんだよ」
「「……え?」」
「でもって、楓さんとよく似た二人のことも滅茶苦茶推してるらしいんだよ」
「「……はへぁ?」」
なんか滅茶苦茶変な声が出てしまった。こんな意味のない音までもがシンクロする双子って凄い……じゃなくて。
「「お、推しですか……?」」
「うん、推し。めっちゃ推し」
「「そ、そうなんですね、てっきり……」」
「ん?」
「「あ、いえ、なんでもないです」」
てっきり『旭さんが私たちのお父さん』とかそういう話になるのかと思った。最近アイドルデビューに意識が向き過ぎていて『芸能界で私たちの父親捜し』がすっかり頭から抜け落ちてしまっていたため、不意打ち気味の展開に焦ってしまった。
「それで、えっと……」
「旭さん、楓お姉ちゃんのことが好き……ってこと?」
「そうそう。
「「へぇ~……」」
高垣楓が超絶トップアイドルなのは確定的に明らかだから、旭さんがママのファンでも別におかしいことはない。寧ろ自然の摂理である。
……なんてことはさておき、正直なことを言うとちょっと意外といえば意外かもしれない。だって旭さん、
「それで二人は楓さんの親戚で、楓さんに似てるだろ? だから……っていうと二人に失礼かもしれないけど、それでも絶対に推すって家でも意気込んでるんだよ」
「な、なんだか照れるなぁ……」
どちらかというと、私たち姉妹の方が旭さんのファンだったりするし、憧れの人から推すと言われるのは少し恥ずかしい。いやママも応援してくれてるんだけど、なんというか別腹っていうか……。
「……あの、奈緒さん、一つ聞いてもいいですか?」
「ん? なんだ?」
「旭さんって、
「え?」
「お姉ちゃん?」
突然、お姉ちゃんが奈緒さんに奇妙な質問をした。
「えーっといつ頃からなんだろうなぁ……一時期兄貴の部屋に入らなくなった時期があって、久しぶりに入ったら楓さんのグッズがあってビックリした記憶があるから……」
「………………」
ゆらゆらと頭を揺らしながら思い出そうとする奈緒ちゃん。そんな姿も可愛くて気になるのだが……今はそれ以上に、奈緒ちゃんを真剣な眼差しで見つめるお姉ちゃんのことが気になって仕方がなかった。
「……あぁそうだ、思い出した。事務所に入ってすぐに聞きたいことがあって部屋に入ったから、多分『兄貴とあたしが事務所入りするちょっと前』ぐらいだと思うぞ」
えっと、それはつまり……
「………………」
「でもいきなりどうしたんだ? 兄貴のファン歴なんて気になるのか?」
「……はい、それはもう、私たちだって高垣楓のファン歴が長いんですから! 負けてられません!」
「あははっ、そっかそっか、二人も楓さんのこと大好きだもんな」
実際ファン歴で言えば前世を加算できる分だけ私たちの方が確実に旭さんよりも長いと思う。
(……でもお姉ちゃん、本当になんでこんな質問したんだろ)
お姉ちゃんも高垣楓
奈緒ちゃんからの返答も何もおかしなことはなく、七年前といえばママがトップアイドルとして一番メディアに映っていた時期だ。旭さんがママのファンになるきっかけとしては何もおかしな話ではない。
そう、きっと旭さんも
「……そ、それでさ」
「「?」」
「あ、あたしも一つ、聞きたいこと……というか、お願いしたいことがあって……」
何故か恥ずかしそうに自分の頬を掻く奈緒ちゃん。
「……ま、前みたいにさ、その……な、奈緒お姉さんって、呼んでくれていいぞ……?」
「「………………」」
それはつまり……呼んでってことじゃな?
「「奈緒お姉さーん!」」
「あわわわわっ!?」
突然のキュート属性奈緒ちゃんにやられてしまった私たちは、先ほどまでのやり取りを全て忘れて奈緒ちゃんに抱き着くのだった。
(……七年前)
(それはつまり……)
・神谷旭は高垣楓の熱烈なファンである。
・神谷旭は少なくとも七年前からのファンである。
・高垣椛と高垣月は現在六歳である。
いつも いつも いつも
私はあなたに
愛されていたんだね
私を見つけてくれて
ありがとう
私を選んでくれて
ありがとう
『always』THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS