かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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朝霞リョウマのダブルバレンタインアタック!(作者が死ぬ)

同時更新の『アイドルの世界に転生したようです。』の方もよろしくお願いします。


高垣楓と甘く蕩ける2月

 

 

 

 前置きとか前フリとか全てすっ飛ばすが、二月十四日はバレンタインである。

 

 起源元ネタ云々はこの際置いておくとして、日本では一般的に女性が好きな人や恋人にチョコレートやプレゼントを渡すイベントとなっている。ハロウィンの時と同様に企業の戦略的なものが見え隠れするが、遡れば土用の丑から続く日本の伝統みたいなものである。

 

 そんなバレンタイン。女性との関わりが少ない男性には少々縁遠いイベントだが、ありがたいことにこちらの業界で仕事をしていると共演者やスタッフの方からチョコレートを貰う機会が多い。当然、他の人たちにも大量に配られている義理チョコだが、それでもアイドルや女優から貰えるのだ。恋人がいる身でも嬉しいものは嬉しい。

 

 ……という話を以前同窓会の席で高校の友人にしてしまい、数年ぶりにコブラツイストをされたのは笑い話ということにしておこう。手加減が一切無い上に周囲もタップを認めてくれなかったので本気で骨を折られるかと思ったが、その辺も合わせて久しぶりに学生気分を味わえた。

 

 しかしながら、当然楓のことは話していないし、公表していないのだから話せない。

 

 だから今回語るのはそんな楓とのバレンタインの話。友人たちには話せない惚気話を存分にさせてもらおうと思う。

 

 

 

 

 

 

 ――明日を楽しみにしててね?

 

 昨日の晩、楓が告げたその言葉に、俺は「分かった」と頷きながら内心ではてと首を傾げた。

 

 毎年のこと故にバレンタインを忘れるようなことはないので、多分そのことを言っているのだろうと当たりは付けていた。しかし「楽しみに」というのはどういうことだろうか。

 

(……まぁいいか、どうせ明日になれば分かることだし)

 

 既に夕飯も入浴も終え、既にベッドの上。後は寝てしまえば否応なしに明日だ、すぐに分かるだろう。

 

 ピッタリと隙間なく体を寄せてくる楓の頬を一撫でしてから、俺も目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで翌朝、迎えたバレンタイン当日。

 

 

 

 俺は楓からのチョコの口移しで目を覚ました。

 

 

 

「……んっ……んん……」

 

 眼前には目を閉じた楓の顔があり、ミルクチョコレートと共に楓の舌が俺の口内に侵入していた。

 

「………………」

 

 寝起きであまり深いことを考えることが出来ない俺の頭は、チョコの甘さと粘膜を擽られる快感から本能的に楓と舌を絡ませていく。

 

 俺の口の中のチョコが楓の舌で転がされ、まるで自分の舌の代わりに楓の舌でチョコを溶かしているようだった。自分と楓の唾液で溶けたチョコを、乾いた喉を潤すようにコクリと嚥下する。

 

 そして自分の口内のチョコが無くなると、更なる甘みを求めてそのまま楓の舌を押し返して逆に彼女の口内へ侵入していった。

 

「んむっ……」

 

 より奥へと舌を伸ばそうと無意識的に背中と後頭部に腕を回してグッと引き寄せると、ぼんやりとした視界で目を瞑ったままの楓がピクリと震えるのが分かった。

 

 しかし残念ながらそこにチョコは残っていなかった。それでもほんのりと残る甘みと快感を求めて舌を這わせ――。

 

「んっ……おはよう、旭君」

 

「……おはよ」

 

 ――そこでようやく精神的に目が覚めた。

 

 楓は俺の体の上に覆い被さっており、二人の唇を繋ぐ銀色の糸は僅かにチョコの色が混ざっていた。

 

「うふふ、美味しかった?」

 

「……いやまぁ、美味しかったけど」

 

 チョコも楓も。

 

 ただ二十五年生きてきて一二を争うレベルで衝撃的な目覚めで、楓と初めて夜を共にした翌朝の衝撃に負けてなかった。

 

「とりあえず、一から説明してもらってもいいか?」

 

「その前に、もう一ついかが?」

 

「………………先に説明で」

 

 文字通り甘美な誘惑に負けそうになったが、正直歯止めが効かなくなりそうだったのでグッと我慢する。

 

「旭君、毎年色々な人からチョコレートを貰うじゃない?」

 

「……まぁ、こんな業界で、知り合いも多いしな」

 

 以前はそれほどでもなかったのだが、楓と知り合ってからはアイドル部門の知り合いが増えた。346のアイドル部門は全員女性なので、イコール女性の知り合いが増えたということだ。だからと言って貰えるチョコの数が比例的に増えるわけじゃないが、少なくとも減る要因は無いと思っている。

 

 去年で言えば川島さんや片桐さんなど楓の飲み会メンバーからはだいたい貰っているし、意外なところだと加蓮ちゃんからも貰っていたりする。

 

 割りと色々な人からチョコを貰い、ここまで来ると今度はホワイトデーのお返しが大変なのだが今は関係ないので置いておこう。

 

「特に去年はいつも以上に色んな人からチョコを貰ってたモテモテな旭君に――」

 

 微妙に棘があるなぁ……。

 

 

 

「――誰よりも先に私からの愛を伝えたかったの」

 

 

 

 ………………。

 

()()()っと早く()()()を渡せるのは朝から一緒にいる私だけの特権だから、『貴方のことを一番愛しているのは私なんだ』って……急にどうしたの?」

 

「何でもないことはないんだけど、何でもない」

 

 なんかもう色々と反則である。

 

 俺が色んな人からチョコを貰うことを咎めるのではなく、その中でも自分が一番なのだと行動で示そうとする楓が可愛すぎて思わず抱き締めてしまった。

 

 俺の楓可愛すぎ問題に一人うち震えるが、一つだけ疑問……というか、気になったことが。

 

「多分だけど、この口移し誰かの入れ知恵だろ?」

 

「えぇ、奏ちゃんよ」

 

「やっぱりかキス魔(はやみ)か……」

 

 案の定裏で手を引いている奴がいた。楓に余計なことを吹き込みよってからに。今度一度ガツンと「ありがとうございました!」って言ってやらんといかんな。

 

「ふふふ、それじゃあもう一つ」

 

 そう言うと楓はサイドテーブルに置いてあった小さな箱からチョコをつまみ上げ、あむっとその薄い唇にくわえた。

 

「あ、いや、魅力的なお誘いではあるんだが……」

 

 『寝起き』『チョコの口移し』『楓の柔らかい肢体』と三拍子揃ってしまっているので今は色々と昂ってマズイ。ぶっちゃけこのままではチョコだけですまなくなって……。

 

「んーっ……」

 

「………………」

 

 目を瞑り、文字通り甘いキスを待つ楓を前にして抗いがたきことこの上なく。

 

 

 

 とりあえず、遅刻はしなかったとだけ言っておく。

 

 

 

 

 

 

「……っていうのが、今朝の俺と楓のやり取りです」

 

「早苗ちゃん」

 

1310(ヒトサンヒトマル)、容疑者確保」

 

「ちょっと待って!?」

 

 能面のような表情の川島さんの指示により、同じく能面のような表情の片桐さんが俺の両手首にガチャンと手錠をかけた。当然本物ではなく小道具だろうが、自分の手首に手錠がかけられている光景なんて撮影の現場以外で一生見たくなかった。

 

「そっちが話せって言うから話したのにこの仕打ちは酷くないですかね!?」

 

 だから言ったじゃないか! 聞かない方がいいって!

 

「はぁ……やっぱり興味本意で聞くもんじゃなかったわね」

 

「これはアレよね、潰しちゃいけないって分かっててもニキビを潰したくなるアレに似てるわね」

 

「わかるわ」

 

「いいからさっさとこれ外して!」

 

 向こうで凄い良い笑顔を浮かべてる財前がこっちに来る前に早く!

 

 

 

 無事手錠を外され、財前がつまらなさそうな顔で離れていったことで危機は去った。

 

 ホッと安堵しつつ、割とお馴染みとなったカフェテリアのテーブルに二人と共に着く。

 

「酷い目にあった……」

 

「ごめんなさいね」

 

「ほら、お詫びのチョコよ」

 

「一応、ありがとうございますとは言っておきます」

 

 お詫び、というかここ数年貰っている義理チョコを二人から受け取る。別に文句があるわけではないが、二人ともお店で買った如何にも義理といったラッピングのチョコである。

 

「それにしても旭君、楓ちゃんのことを知らない人も割といるとはいえ結構な数のチョコもらうわよね」

 

「ほとんど義理ですけどね」

 

 こんな業界だから、繋がりが増えれば義理も増える。

 

 ついでに俺の予想ではあるが、アイドル部門の子たちはアイドルという職業故に『個人的に誰かにチョコレートを渡す』というシチュエーションがあまりないので、それに憧れて知り合い且つ手頃な男性である俺にチョコを渡しているのではないかと思っている。

 

 その証拠に十時や三村は「これは本当に義理なのか……?」と若干勘ぐってしまうレベルで気合の入ったチョコレートケーキを持ってきたりする。まぁこの二人の場合はお菓子作りが趣味らしいから義理でも力を抜けない性分なのだろう。

 

(……どう思う?)

 

(かな子ちゃんはともかく、愛梨ちゃんはちょっと怪しい気がするのよねぇ……)

 

(でも愛梨ちゃんも愛梨ちゃんでよく分かってないような気もするし……)

 

 何やらお姉さま方が目の前でヒソヒソと密談をしているが、女性の内緒話に首を突っ込んでも碌な目に合わないのは目に見えているので、大人しく店員(ウサミン)がバレンタインの義理チョコサービスと称して持ってきたホットチョコレートドリンクを飲みながら待つのだった。

 

 

 

 

 

 

 さて、そんなわけで一日の仕事を終え、自室にて本日の戦果(貰ったチョコ)報告である。

 

「本当に沢山あるわねぇ……ふふっ、旦那様が人気者で私も嬉しいわ」

 

 俺が持って帰って来た紙袋の中身を覗きながら楓は笑う。今朝はそのことで若干嫉妬していたくせに、現金なものである。

 

「それじゃあ私からも。はい、旭君」

 

「あぁ、ありがとう、楓」

 

 ピンク色のハートのラッピングがされたチョコを手渡される。今朝食べたチョコがデパートで購入できる既製品だったのに対し、これは毎年貰っている楓の手作りチョコ。制作過程をみられるのが恥ずかしいからという理由でわざわざ三船さんの部屋にお邪魔して作らせてもらったらしい。

 

「それじゃあ俺からも。今年はヘネシーのXOだ」

 

「わーい!」

 

 帰ってくる途中に買ってきたブランデーボトルを取り出すと、まるでお土産にケーキを買ってきてもらった子供のように喜々としてキッチンへグラスを取りに行く楓。

 

 ここ最近は楓からバレンタインにチョコを貰い、それをつまみとして一緒にお酒を飲むというのが定番となっている。楓もそれを見越して摘まめるサイズのシンプルなものを作るようになった。「自分で作ったバレンタインのチョコを自分で食べるのか」と思わないでもないが、それが俺たちの楽しみ方なのである。

 

「はーい、お待たせ」

 

 チェイサー用も含めてグラス四つと水差しをお盆に乗せて持ってきた楓がソファーに座る俺の横に腰を下ろした。

 

 早速ブランデーの栓を開けてグラスに注ぐ。お互いに何も言わなくてもストレートだと分かっていた。

 

「「乾杯」」

 

 香りを楽しんでから一口味わい、改めて楓からのチョコを開く。どうやら今年はトリュフのようだ。

 

 早速一つ食べようかと手を伸ばすと、それに先んじて横から伸びてきた楓の指がチョコを摘まんだ。

 

「はい、旭君」

 

 右手の人差し指と親指でチョコを摘まみ、左手を下に添えながらこちらに差し出してくる楓。

 

「あ~ん」

 

「……あーん」

 

 指ごとチョコを咥え、指先についたココアパウダーを舐め取ると楓は擽ったそうに笑った。

 

「美味しい?」

 

「……手作りだけど、愛情は今朝のチョコの方が感じられたかな」

 

「ふふふ、えっち」

 

「失敬な」

 

 何を今さらと思いながら、チョコを口に咥えた楓の腰を抱き寄せるのだった。

 

 

 

 

 

 

 楓が作ってきてくれたチョコは程好い甘さでブランデーとよく合った。旨いつまみがあるとお酒が進むのは当然のことであり。

 

「うふふふ~」

 

 楓がほにゃほにゃと酔っ払うのに時間はかからなかった。

 

「旭君~」

 

「はいはい」

 

 ベタベタとくっついてくる楓の頭を撫でながらもグラスを重ねる。

 

 それにしても、楓は俺と二人きりで飲むといつもより酔うスピードが早い気がする。川島さんたちの話だと割りと強い方らしいのだが。

 

「それはね、私が旭君に酔ってるからなの」

 

「いきなりどうした」

 

 唐突に真顔になってそんなことを(のたま)う楓。

 

「私はいつも旭君に酔ってるけど、こうして二人きりでいるとその分旭君が回るのが早くなっちゃうの」

 

「何そのアルコールみたいな扱い」

 

 全くこの酔っ払い、何を言い出すのかと思ったら……。

 

 

 

「俺の方が楓に酔ってるに決まってるだろ」

 

 俺も酔っ払いだった。

 

 

 

 何故か俺も同じように楓と二人きりで飲むと酔うスピードが速くなるのである。

 

「むっ、それは譲れないわ。私の方が旭君に酔ってメロメロよ」

 

「俺の方がメロメロでベタ惚れだっての」

 

「違いますー、私の方がベタ惚れですー。こうやって抱き締められると胸がキュンキュンしちゃう私の方が旭君のことが好きなんですー」

 

「いーや俺ですー。こうやって抱きしめて一ミリでも楓と近づいていたいぐらい俺の方が楓のことを好きなんですー」

 

「人当たりがよくて周りの女の子から割と人気があるのにそうやって私のことを一番に好きでいてくれる誠実なところが大好きなんですー!」

 

「俺だってお前のその普段は割と子供っぽい癖にお酒を飲みながら醸し出す色気を俺だけに見せてくれる可愛いところが大好きなんですー!」

 

「……え……そ、そう?」

 

「あぁもう可愛いなぁ!」

 

 酔っ払い同士とはいえ二人揃って頭の悪い会話をしているなぁと意識の片隅には冷静な自分がいるが、身体は楓を膝の上に乗せてケミカルクンカー娘(いちのせ)ばりに首元をハスハスしていた。俺は何をやっているんだとも思わないでもないが、そんな自分(カエデスキー)も嫌いではなかった。

 

「よし、それじゃあどっちか好きか決着をつけましょう」

 

「臨むところだ。俺がどれだけお前のことを愛してるか分からせてやる」

 

「……愛してる」

 

「あぁもう愛くるしいなぁ!」

 

 頬に手を当てて照れる楓の体をこれでもかとギュッと抱きしめる。

 

「……本当にありがとうな、楓」

 

「? 旭君?」

 

「朝目が覚めたら楓がいて、こうやって手の届く距離に楓がいて、俺を大好きだって言ってくれる楓がいる。それだけで俺は本当に幸せだ。チョコが無かったとしても、俺はお前からの愛を疑わないよ」

 

「……私も同じよ」

 

 楓の腕が俺の背中に回る。懸命に彼女も俺を強く抱きしめようとしてくれていることが分かって、それが猶更愛おしく感じる。

 

「朝目が覚めたら旭君がいて、こうやって手の届く距離に旭君がいて、私を大好きだって言ってくれる旭君がいる。……バレンタインのチョコだけじゃ、きっと私の愛は伝えきれない。だからこれからも何度だって貴方に伝え続けるわ」

 

 

 

「「……私はアナタを愛しています」」

 

 

 

 楓との口付けは、チョコなんか無くてもとても甘かった。

 

 

 

 その後、俺と楓の愛の三本勝負は一勝一敗一引き分けでドローとなったとだけ言っておく。

 

 

 

 

 

 

 二月十四日

 

 今日は旭君と恋人になってから四回目のバレンタインデーであり、旭君と一緒に暮らすようになってから初めてのバレンタインデー。

 

 朝一番に旭君に会うことが出来るという利点を生かし、奏ちゃんのアイディアを取り入れて寝起きの旭君にチョコの口移しを試みてみた。結果は遅刻寸前になってしまったものの大成功で、旭君はとても喜んでくれた。

 

 夜はいつもと同じように、私が作って来たチョコをおつまみにお酒を飲んだ。しかし旭君と二人きりで飲むお酒はとても美味しくてついつい飲みすぎてしまい、喋った内容が少々記憶から抜け落ちてしまった。

 

 それでも、旭君から「愛している」と言われたことだけはしっかりと覚えている。

 

 あぁ、本当に幸せだ。これからもずっとずっと、旭君を愛し、彼から愛される日々を過ごしていきたい。

 

 

 

 

 

 

「……っていうのが、昨日の俺と楓のやり取りで……あの、川島さん? 片桐さん?」

 

「構わん、やれ」

 

日本海式(ジャパニーズオーシャン)竜巻(サイクロン)原爆固め(スープレックスホールド)ォォォ!!」

 

「ちょ、まっ……ンゲボッ!?」

 

 

 




 「開幕ぶっぱは基本」って(エロ)い人が言ってた。

 何気に作者初のキス描写。ヤダ勉強不足が露呈してる!

 とりあえずイチャイチャさせておけばいいかとおもいました(小並感)

 ただし作者は自身でダメージを受けた模様。アイ転の方も合わせてダメージ二倍! さらにドン!

 来月までにダメージが抜ければいいなぁ……。



『どうでもいい小話』

 五年近く放置してたツイッター復帰しました。アカウントは作者ページにて。

 進行状況裏話小話余談各種サブカルその他諸々呟きたいと思います。どうぞよろしく。

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