((じ~……))
「うーん、もしかして警戒されてる……?」
私たち二人のココアを用意してくれる旭さんを、私たち二人はソファーの影からジッと観察する。彼の行動を警戒しているわけではなく、彼の存在そのものを見極めようとしているのだ。
(どうおもう……?)
(やっぱりわかすぎるっていうのはあるけど……)
それでも、私たちは彼から感じる『違和感』がどうしても気になっていた。
「それで楓さん、この子たちはどうしたんですか?」
「私の親戚の子たちなの。今日はお姉ちゃんが頑張ってアイドルしているところを見てもらおうと持って、連れてきちゃいました」
「え~意外! 楓さんでもそんなことするんですね!」
「お姉ちゃんしてる楓さん、なんか可愛いですね」
「うんうん」
旭さんからの質問に答える形で、私たちを事務所に連れてきた理由を説明するママ。トライアドの三人もそれに納得してくれたらしく、一安心である。
「へぇ、ってことは今日は収録ですか? 生で高垣楓の歌声を聞けるなんて、羨ましいなぁ」
「はい! 午後から収録で、午前中は……あ」
「「おねえちゃん?」」
突然ママが固まった。
「どうしたんですか?」
「ご、午前中は……打ち合わせ……でした……」
ちょっとママぁ!? もしかして私たちを連れてくるっていうこと気を取られ過ぎてて自分のスケジュール忘れてたの!?
「え、え、ど、どうしましょう……」
「流石に打ち合わせに子どもを連れて行くのはマズいですもんね」
「大人しそうな子たちですからいいんじゃないですか?」
「いやいや、絶対つまんないだろ。可哀想だって」
狼狽えるママに凛ちゃんと加蓮ちゃんと奈緒ちゃんが一緒になって頭を悩ませてくれていた。
別に私たちならば打ち合わせの間ぐらい大人しく座っていることは可能だが、ママたちからしてみれば私たちはただの四歳児。『待たせておく』という選択肢はまず選ばれないだろう。
「私たちが一緒に……って言いたいところですけど」
「これから事務所出ないといけないもんね」
「……あっ!」
ワンチャン、トライアドの三人と一緒にいるという選択肢もあるのではないかと思ったがその望みも潰えてしまい、しかし何かを閃いたらしい奈緒ちゃんが手を叩いた。
「兄貴確か今日暇だよな!?」
「おい人聞き悪いこと言うな。台本読みするために時間を空けてもらっただけだよ……けどまぁ、確かに仕事してないっていう意味では暇ではあるけどな」
「「だいほんよみ?」」
「旭君はね、俳優さんなの。テレビや舞台で演劇をする人。凄い上手なんだよ、私たちも旭さんの演技大好きなんだ」
そういえば旭さんは何をしている人だったんだという疑問を、膝を折って私たちと視線を合わせてくれている加蓮ちゃんが教えてくれた。先ほどよりもニコニコしているような気がするけど……おやおや?
「えっと……その、旭君……」
「……はぁ、楓さんにそんな顔されて断れる人なんていませんよ」
困り顔のママに苦笑した旭さんは、膝をついて私たちと視線の高さを合わせた。
「どうかな、モミジちゃん、ユエちゃん。もし良かったら、楓さんお姉さんがお仕事している間、お兄さんと一緒に遊んでくれないかな?」
「「………………」」
チラリと一瞬お姉ちゃんと目を合わせてから……私たちは同時にコクリと頷いた。
「……いい子だね、二人とも。偉いぞ~」
ニコリと笑った旭さんは、ポンポンと優しく私たちの頭を撫でた。
((……あれ?))
……とまぁ、そんなやり取りを経て、私たちはママの打ち合わせが終わるまで事務所の一室で旭さんに面倒を見てもらうことになったわけだ。……わけなんだけど。
(おねえちゃんもかんじたんだよね)
(うん、もちろん)
元は他人だった私たちだが、今ではすっかりと双子として感覚がそっくりになっている。だから先ほどの感覚も当然のようにお姉ちゃんも感じていた。
(あれってなんだったんだろ……?)
(うーん、いわかんとまではいかないけど……)
お互いに言語化出来ない不思議な感覚に首を傾げる。
何かが引っかかっているというかなんというか……?
「はいどうぞ」
「「ありがとうございます」」
「うーん礼儀正しいなぁ……四歳でこれとは将来有望だ」
旭さんが入れてくれたココアを受け取り、お姉ちゃんと並んでソファーに座ってフーフーと冷ましながら飲む。……これ、インスタントだけどかなりお高い奴では? こんなのがしれっと置いてあるとは、流石は老舗芸能事務所……お金のかかり方が違う……。
そもそもこの応接間みたいに豪華な部屋が控室っていうのもなかなか信じられない。旭さんが大物俳優で個室があてがわれているのかとも思ったが、どうやらこれがこの事務所での一般的な控室らしい。本当にどれだけお金があるんだこの事務所には。
((……まぁ『高垣楓』の事務所だし、これぐらい当然だよね!))
納得。
「さてと、それじゃあ何して遊ぼうか」
優しい笑顔を浮かべながら私たちの対面に座る旭さん。
「……おにいさん、なにかしなくちゃいけないんじゃないの?」
「だいほんよみ、しなくていいの?」
いくら私たちが体裁上四歳とはいえ、旭さんの邪魔をするのは忍びなかった。だからお姉ちゃんと共にそれを伝えると、一瞬キョトンとした旭さんは「あははっ」と笑った。
「ありがとう、でも大丈夫。こう見えてお兄さん、俳優として凄いんだよ。演技が上手すぎて『プロの嘘つき』とか『天才詐欺師』とか言われちゃうぐらい」
それは……誉め言葉なのかな……?
「……そうだ、二人にもお兄さんの俳優っていう仕事がどういうものなのか、簡単に分かってもらえるものがあった」
そう言って旭さんはタブレットを取り出すと、何かをタップして私たちに向かって画面を向けた。
「二人とも、絵本は好き?」
「ごめんなさい椛ちゃん月ちゃん、お待たせしました! 旭君も二人の面倒を見てもらって……あれ?」
「おにいさん……! つぎこれよんで……!」
「そのつぎはこれ……!」
「はいはい、順番に読みますよー」
「……あらあら、二人とも楽しそう」
「あ、楓さん。お帰りなさい」
「「……はっ!?」」
旭さんの絵本の読み聞かせに夢中になっていた私たちは、ママの声で我に返った。壁に掛けられた時計を見てみると、なんと二時間も経っているではないか。
「ありがとう、旭君。もしかしてずっと二人に絵本を読んでいてくれたの?」
「はい。俳優っていう職業がどういうものなのかを分かりやすく説明するつもりだったんですけど……どうやらお気に召してくれたようで」
「旭君の朗読劇は凄い人気ですものね。二人とも、絵本はどうでしたか?」
「「すごかった!」」
まるで本当に四歳児のような感想になってしまったが、本当にそうとしか表現のしようがなかった。
正直な話をすると、私は朗読劇というものを舐めていたところがあった。所詮絵本を読むだけなのにそこまで大袈裟にする必要があるのかと考えていた
だから、本物の俳優が本気を出して絵本を読むとこんなにも違って聞こえてくるなんて思いもしなかった。
場面に合わせて声の抑揚だけではなく読むスピードも少し変化させていて、当然登場人物のセリフも少しずつ変化があった。それでいて決して別人の声を無理に出そうとしているわけではなく、あくまでも
楽しい。もっと聞きたい。それが私たちの純粋な感想だった。
「お気に召してもらえたようでよかった。……もし良かったら、今度の朗読劇も見に来る?」
「「いいの!?」」
すっかりと旭さんの朗読の虜になってしまった私たちは、旭さんからのそんな魅力的な提案に目を輝かせてしまった。
「え、いいんですか……?」
「はい。身内チケットっていうのがありまして、とりあえず奈緒辺りに渡そうと思ってたんですけど……どうせアイツは来ませんし。あ、低年齢向けの朗読劇なので未就学でも大丈夫ですよ」
「「いくいくいきたい!」」
前世とかそういうアレコレを全て忘れて私たちは四歳児そのもののようなリアクションをしてしまった。それぐらい私たちは夢中になってしまったのだ。
「ありがとうございます、旭君。二人のことを見ててくれただけじゃなくて、チケットまで」
「いえ。俺も喜んでくれる子にチケットを上げたいですから」
「「わーいわーい!」」
「うふふ、二人ともすっかりはしゃいじゃって」
ママと旭さんからの生暖かい視線もなんのその、私たち二人は体の年齢に精神が引っ張られて無邪気に喜ぶのだった。わーいわーい。
((……あれ?))
「……どうおもう?」
「ママのうたってるすがた、すごくきれいでかっこよかったね……」
それは本当にそう。やっぱり高垣楓の歌唱は神。……じゃなくて。
「またいわかんかんじたでしょ?」
「うん。へんなかんじした」
初めてママの仕事現場を目撃したその日の晩も恒例の深夜姉妹会議が行われたのだが、議題は勿論昼間の旭さんとのやり取りだった。
「なんなんだろ……いやなかんじではないんだけど」
「なにかをみおとしてるような、そんなかんじ……」
お姉ちゃんがどうだったかは知らないが、少なくとも前世も含めて私はこういう頭を働かせるようなことは苦手だった。そもそもそんなに勉強が得意だったら過労死するほど社畜するようなブラック企業には務めるようなことにはならなかったし。
「あさひさん、わるひとではない……よね?」
「わたしもそうおもう。えほんよんでるときのあさひさん、すごいやさしいかおしてた」
少なくとも私たちをどうにかしようというとか、ましてやママをどうこうしようとしている感じはしなかった。
「はじめはわたしたちのパパをさがすてがかりになるかとおもってたのにね」
「けっきょくそっちのてがかりはなにもなかったね」
ふぅと二人揃って嘆息しつつ、旭さんがおススメしてくれて、帰りにママが買ってくれた
((……あれ?))
・神谷旭は