かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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バレバレなことを引っ張り続けるスタイル。


私たちの父親って誰ですか?

 

 

 

「それじゃあ二人とも、ママとのお約束、覚えてるかな?」

 

「じむしょでは、おとなしくする」

 

「はい」

 

「きょうのママは、ママじゃなくておねーちゃん」

 

「はい。二人ともよく出来ました~」

 

 昨日教わったことをお姉ちゃんと共に復唱すると、ママは私たちをギューッと抱きしめながら褒めてくれた。復唱するだけで高垣楓にハグして褒めてもらえるとか、きっと前世の私は自分でも知らないところで人類救済レベルの徳を積んでいたに違いない。

 

 

 

(……私は、どうだったかなぁ……)

 

 

 

 さて、早速だけどお話は一週間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 私たち姉妹は四歳になった。しかし未だに自分たちの父親が誰なのか分からない。

 

 週に一度、ママがお仕事に疲れてぐっすりと寝てしまっている最中に行われる秘密の姉妹会議で度々議論が交わされるが、イマイチこれといった父親の候補として考えられる男性の名前が出てこないのだ。

 

「ぎょうかいのひとだったりするのかな……?」

 

「それすらわかんないよね……」

 

 うんうんと四歳の双子が頭を悩ませるが、生憎答えなんか出てくるはずがなかった。

 

(せめてママの交友関係ぐらい把握出来たら良かったんだけどなぁ)

 

 

 

 そんなことを考えていた矢先の出来事であった。

 

「ねぇ、椛ちゃん、月ちゃん、ちょっといいかな?」

 

「「なに? ママ?」」

 

 居間のソファーに並んで座ってテレビを観ていると、ママが話しかけてきた。どうやら双子として生まれてきた私たちは意識せずとも双子のように反応が同じになってしまうときがあった。不思議なものである。

 

「あのね、二人にお願いしたいことがあるの」

 

「「おねがいしたいこと?」」

 

 手を合わせてコテンと首を傾げるママに、私たちも同じようにコテンと首を傾げた。

 

「実はね――」

 

 

 

 ママの話を要約すると『今度一緒に事務所に来てほしい』というものだった。

 

 というのも諸事情により、いつもママが仕事中に私たちの世話をしてくれる事務所の人がウチに来れなくなってしまったのだ。事務所ぐるみで私たちの存在を世間に秘匿している故に、こうしたちょっとした予定の変更にすぐ対応することが難しいらしい。

 

「だからね。今度の週末は、ママのお仕事に付いてきてほしいんだ」

 

「……それってつまり」

 

「ママがアイドルしてるところ、みれるの!?」

 

 それはそれで願ったり叶ったり。折角ママの娘として生まれ変わったというのに、結局『高垣楓(アイドル)』をしているママは画面の向こうでしか見たことがなかったのだ。

 

「やったやった!」

 

「ママがアイドルやってるとこみれる!」

 

 姉妹揃ってぴょんぴょんと飛び跳ねて全身で喜びを表現する。こういった感情表現を素直にしても、四歳だから全く恥ずかしくない。

 

「喜んでくれてママも嬉しいわ。……でも二人に、ママからお願いがあるの」

 

「「おねがい?」」

 

「そう。ちょっと変なお願いなんだけど……ママのお仕事に付いてくるときだけ、ママは『ママ』じゃなくて『お姉ちゃん』って呼んでほしいの」

 

「ママじゃなくて……?」

 

「おねえちゃん……?」

 

 随分と不思議なお願いごとに姉妹揃って再び首を傾げるが、その理由はすぐに悟った。

 

((なるほど、私たちを『娘』じゃなくて『妹』っていう設定にするのね))

 

 確かにそれならば私たちみたいな子どもがママと一緒にいてもおかしくない。実の姉妹じゃなくても『親戚の妹のような子たち』という設定にすれば彼女の血縁関係的な矛盾もないだろう。

 

 ……まだおじいちゃんとおばあちゃんには、会ったことないけど。

 

「ダメ?」

 

「ダメじゃないよ、おねーちゃん」

 

「ママじゃなくておねーちゃん、わかった」

 

「ありがとう……二人ともいい子~!」

 

 素直に了承した私たちを、ママはギューッと抱きしめた。

 

 このように、ママは事あるごとに私たちのことを抱きしめてくれた。素直にママの言うことを聞いたときや、逆にいい子過ぎて寂しそうにしているママのためにわざと転んだときも、いつもママは私たちのことを抱きしめてくれる。

 

 それはまるで、私たちがしっかりと()()()()()()()ことを確認しているようで……。

 

「……それでね、先にママ、二人に謝らないといけないの」

 

「「?」」

 

「……お仕事の場所でね、ママは二人のことを『親戚の子です』って嘘をつかないといけないの」

 

 それは……まぁ、そうだろう。そうしなければ私たちに『お姉ちゃん』と呼ばせる意味がない。おかしな話ではない。

 

 当然のことだと納得する私たちだが、そんなことを考えているなんてママは知る由もない。

 

「本当はね……ママも嘘をつきたくないの。みんなに『二人は私の自慢の娘です』って言いたいの」

 

 そう言いながら、ママはより一層私たちをギュッと抱きしめる。

 

「でもゴメンね。()()()()なの。少しだけ……少しだけ許してね」

 

 ……今はダメ……?

 

「……うん、だいじょうぶだよ、ママ」

 

「ママがうそをいっても、わたしたちはママのことだいすきだよ」

 

「……ありがとう、椛ちゃん、月ちゃん」

 

 ママの言葉に引っかかりを覚えつつ、しかし今は少しだけ震えているママの身体を、お姉ちゃんと一緒に抱きしめ返してあげるのだった。

 

 

 

 

 

 

 そんな経緯があり、私たちは晴れて『高垣楓の妹のような親戚の双子』という設定でママの所属するアイドル事務所であり、国内最大規模の老舗芸能事務所でもある346プロダクションへと初めてやってきたのだった。

 

(す、すご~……!)

 

(こ、これがアイドルの事務所……!?)

 

 前世で見た特番で346プロダクションの特集が組まれたことがあったため、大きな事務所であるという知識はあった。……しかし実際に訪れてみるとその規模の大きさに圧倒されてしまった。現在四歳児の身体であるということを差し引いたとしても、少し大きすぎる。

 

 まるで高級ホテルのロビーのような広さを持つエントランスを見上げながら、私たち姉妹はママに手を引かれて歩く。

 

「二人とも、ずっと上向いてたら危ないからちゃんと歩きましょうね」

 

「「うん、おねーちゃん」」

 

 ママに注意されるものの、どうしても色々なところに目移りしてしまう……あ! アレこの前のママのステージのポスター!

 

 

 

「……え、えぇ!? 楓さん!?」

 

「え、誰?」

 

「どこの子?」

 

 

 

「「っ!?」」

 

 そんな突然の声に、私たちは揃ってビクリと振り返った。

 

 そこには、ママと手を繋いで歩く私たちを見ながら驚愕する三人の少女の姿があった。

 

(……と、『Triad Primus』だあああぁぁぁ!?)

 

 それは『渋谷凛』『北条加蓮』『神谷奈緒』の三人からなるアイドルユニット。『高垣楓』が最推しであることに不変だが、それなりにアイドルオタクであることも否定しない。特に346プロダクションのアイドルはみんな大好きだけど……その中でも彼女たちトライアドプリムスは楓ちゃんの次ぐらいに推していたアイドルだった。

 

「こんにちは。今日はちょっと事情があって親戚の子を連れてきちゃいました」

 

「し、親戚の子かぁ……ビビったぁ……そんなことはないだろうけど、一瞬楓さんの子どもかと思っちゃったよ……」

 

 目に見えて狼狽していた奈緒ちゃんのそんな言葉に、思わずママと繋いだ手をギュッと強く握ってしまった。

 

「いや、流石に楓さんの子どもにしては大きすぎるんじゃないかな……」

 

「そ、そうだよな、そりゃそうだよな」

 

「へ~、楓さんの親戚っていうだけあって可愛い~」

 

 私たちと視線を合わせるように、加蓮ちゃんがその場にしゃがみ込んだ。

 

「こんにちは。私は加蓮。お名前聞いてもいい?」

 

「……もみじです」

 

「ゆえ、です」

 

 名前を尋ねられた私たちは、それに素直に答えながらも揃ってママの影に隠れるように動いてしまった。『娘であることがバレてはいけない』という考えから無意識的に動いてしまったのだが、偶然にもそれは『人見知りをしている子どもの反応』のようになってしまった。結果として不自然な行動ではなかったため、セーフ。

 

「二人とも、何歳なのかな~?」

 

「「よっつ」」

 

「ん~二人とも可愛い~!」

 

 少々意外な反応だったが、私たちの可愛さに加蓮ちゃんがメロメロになっていた。

 

 ……なんて言うと少々自惚れているようにも聞こえてしまうが、私たちは楓ちゃんの娘なのだから可愛くないわけがないのだ。私ですら普段から双子の姉の顔にメロメロになっているし、気を抜くと鏡に映った自分の顔にすら見惚れてしまいそうになるほどだ。

 

 自分の可愛さが褒められるということは、それはすなわちお姉ちゃんやママの可愛さを褒められることと同義なのである。存分に褒めて欲しい。

 

「あ、いたいた。おーい奈緒」

 

 そして更に聞こえてきた声。今度は男の人の声で、果たしてどんな芸能人が……なんてことを考えていた私の思考は、それに反応した奈緒ちゃんの言葉によってフリーズしてしまうこととなった。

 

「ん? どーしたのさ――」

 

 

 

 ――()()

 

 

 

((……え?))

 

 その発言に、思わず思考が固まった。

 

 奈緒ちゃんの……兄?

 

(え、いやいや、そんな……だって)

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 これは前世で実際に奈緒ちゃん本人が『あたしは一人っ子だから』という発言をしたのを覚えているから間違いない。

 

(お姉ちゃん、これって……!?)

 

(まさか、これが……!?)

 

 私たち姉妹の中で、一つだけ『父親の存在を探す手掛かりになるかもしれない』という結論に至った事柄が存在した。

 

 それは『私たちという存在そのものがイレギュラーなのであれば、同じく私たちの記憶にないイレギュラーな存在が手掛かりなのではないか』ということだ。記憶にない『神谷奈緒の兄』という存在はこれに合致している。

 

(まさかこの人が……!?)

 

 勿論それが確定だとは思っていない。まだ彼とママとの関係すら分かっていないのだから。しかし、こんな明らかなイレギュラーな存在なのだから、警戒しないわけがなくて……!

 

「ちょっと聞きたいことがあって……あっ、楓さんこんにちは……そちらの子は?」

 

「楓さんの親戚の子だって」

 

「へぇ、可愛い子たちだな」

 

 ……どうやら違うらしい。()()()()()()()()()けれど、それでも自分の娘を見たときの反応には到底思えなかった。

 

 それに、そもそもである。

 

 

 

「俺は神谷旭。()()()()()()()()だ」

 

 

 

 ……いくら何でも、若すぎるでしょ。

 

 

 




・姉妹は普段、事務所スタッフに面倒を見てもらっている。

・神谷奈緒には兄が存在する。

・神谷奈緒の兄は、現在十七歳である。

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