・神谷旭(25)の場合
「ところで旭君はおっぱい星人なわけだけど」
ゴッ!!!(足の小指を机の脚に叩きつけた音)
「いったあああぁぁぁ!?」
「うわ、痛そ~」
「あの悶絶ザマ、分かるわ」
「旭君、大丈夫ですか?」
あまりにもあんまりな早苗さんの突然の問題発言に動揺してしまい、俺の足の小指に甚大なダメージががが……絶対折れたコレ。
「それで旭君、貴方おっぱい星人よね?」
「この状況でなおその話題を続けるつもりですか……!?」
いくら俺と楓と早苗さんと瑞樹さんの四人しかいない宅飲みの最中だからって、もうちょっとこう遠慮ってもんがあるでしょう。いやそれ以前にもう一言二言でいいから俺の心配をしてほしい。
「だってほら、旭君ってばあたしと話すときは絶対に一回は見るでしょ?」
ツンツンと指で自身の胸を突く早苗さん。今見てしまったのは、早苗さんの視線の誘導があったためなのでカウントしないでもらいたい。
「確かに」
「結構見てますよね」
瑞樹さんと楓からの追撃。……楓からその件に関して深く追求したいという雰囲気を感じられないのが唯一の救いではあるが、いくら酒の席だからって……。
「……見てしまうことは間違いありませんから、否定はしませんよ」
とはいえこの三人を相手にして強引に話題を変えることも出来ないだろうし、素直に白状して迅速にこの話題の終了を目指す。
「楓ちゃんを選んだってことは、その好みは大きさ依存ってわけじゃないのよね?」
「………………」
完全に無意識的に隣に座る楓を見てしまった。
「? ……うふふ」
しかし当の本人は何故自分が見られているのか理解していない様子で、キョトンと小首を傾げてからとりあえず微笑んでいた。……気付いていないのか気にしていないのか、俺から尋ねる勇気はない。
「あたしはね、そんな旭君に一言、言いたかったわけよ」
ぷはーっ! と勢いよく飲み干したビールの缶を机に叩きつけながら、早苗さんはビシッと俺に向かって人差し指を突き付けた。
「夜はちゃんと楓ちゃんの胸で楽しんでるのよね!?」
「はいこの話題しゅーりょおおおぉぉぉ!」
完全に話す内容がとっちらかってるじゃねぇか! 一部も隙もなく酔っぱらってやがるよこの人! 真面目に話を続けようと思った俺が間違いだった!
「いいから白状しなさいよ~! 楓ちゃんってば81よ81! あのカリスマJKの城ヶ崎美嘉ちゃんより大きいのよ!」
「知らんがな!」
結婚したからとはいえ嫁のバストサイズなんか知らないし、妹の友人レベルの女の子のバストサイズなんて余計に知ってるわけない。アイドルとして世間に公表していたとしても、それを完璧に把握してたら色々とアウトである。
「それでどうなの楓ちゃん」
「楽しんでもらってますよ~」
「おいコラ」
人が必死になって話題を終わらせようと頑張ってるのに、我関せずといった感じで何してるんだ二人とも。聞くんじゃない瑞樹さん、そして話すんじゃない楓。
「旭君ってば本当に私の胸が大好きで~ベッドに入ると真っ先に私の胸に顔を埋めてきて~」
はい終わり終わり!!!
・神谷旭(18)の場合
「………………」
「……あの、ですね」
「はい」
「……ごめんなさい、その、出来心だったんです」
「はい」
「はぁとちゃんに『男の部屋に入ったらこれだけはやっとけよ』と言われて……」
「はい」
「まさか、えっと、本当に見つかるとは思わなくて……」
「はい」
「………………」
「………………」
「……三浦あずささんと四条貴音さん、お好きなんですか?」
「ころしてくれ」
恋人になったばかりの楓を自分の部屋に上げたその日に、本棚の目立たないところに入れてあったアイドルの写真集が見つかるなんて、拷問を超えて処刑以外の何物でもない。先ほどから「いっそころせ」という単語がグルグルと脳内を巡っていた。
「その、ごめんなさい、隠してあるのをわざわざ……」
「あやまらないで……」
もっとしっかりとしたところに隠しておかなかった俺が愚かなのだけど、隠したらそれはそれでやましい気持ちがあるのではないかと思った俺がそれ以上に愚かである。いやそこは隠せよ。やましい気持ちがあったことには間違いないんだから。
「………………」
そしてそんな写真集を無言でパラパラと捲っている楓が怖い。何が怖いって、何故か怒っている様子も不満な様子も一切なくて、本当に興味本位といった雰囲気で読んでいるのが逆に怖かった。
「えっと……か、楓?」
「……えっと、その」
何故か写真集と俺へ交互に視線を向ける楓。
そして一体どうしたのかと思った矢先――。
「こ、こうですか……?」
――そこには、写真集のあずささんと同じようにお腹の辺りで腕を組んで胸を強調するポーズを取る楓の姿が。
……え? 何? 夢? いやこんな健気すぎる女の子が恋人なんて夢のようではあるけれど、そんな都合のいい夢を見てるのか俺は?
「……ご、ごめんなさい、私なんかじゃ全然物足りないですよね……」
「いや絶対にそんなことないから!」
寧ろ俺の頭の中から三浦あずささんが吹っ飛んだ。……それはそれで三浦あずささんに失礼かもしれないけれど、この楓の行動がそれだけ衝撃的だった。
「よ、喜んでくれたのであれば……う、嬉しいです」
「………………」
……なんだろう、先ほど以上に気まずい空気になっているような気がするが……何故か先ほど以上にとても心地よかった。
「……写真撮ります?」
「撮ります!」
・神谷旭(11)の場合
楓さんとのお付き合いが始まって一ヶ月、俺は勇気を出して彼女に言った。
「あの、楓さん」
「はい? どうかしましたか?」
「……抱っこ、やめません?」
「!!!???」
それは初めて見る楓さんの表情だった。目を大きく見開き、呆然と口を開き、思わず演技のお手本にしたくなるぐらい『ショックを受けている顔』だった。
「な、なんでですか……!? も、もしかして、旭君、私のこと……」
「だ、大好きです! 楓さんのことは大好きです! それは絶対に揺らぎません!」
「旭君……!」
涙目になってしまった楓さんがそんな悲しいことを言うもんだから、思わず必死に否定したら感極まった表情の楓さんにギュッと抱きしめられてしまった。
「だ、だから抱っこは……その……!」
「どうしてですか?」
……多分、これは直接口にして言わないと分かってもらえない。何も言わず楓さんに察してもらおうなんて虫の良すぎる話だ。
しかしこれは自分で口にするのも恥ずかしいことだ。だから出来れば言いたくなく、無理と分かっていても理由を説明せずにいきなり抱っこの拒絶から入ったのだが……。
「………………」
悲しそうな表情の楓さんと自分の羞恥心を天秤にかけるが、そんなもの皿の上に乗せるまでも無かった。
「……楓さんの……が……から……」
「え?」
「だから、その……抱っこされると――」
――楓さんの胸が顔に当たるから……。
「………………」
俺の勇気を出した告白を聞いてキョトンとしていた楓さんだったが、その言葉の意味を段々と理解していったらしく徐々に笑顔へと変わっていった。
「……旭君ってば、そんなことが気になってたんですか?」
ニコニコと。それはもう輝くようなニコニコの笑顔で、楓さんは俺は離すどころがより一層強く抱きしめた。そのせいで、先ほどから顔に当たっていた彼女の胸の柔らかさが更に分かってしまう。
「うふふふふっ、旭君もしっかり男の子だったんですね」
「そ、そういう反応をされたくなかったから、言いたくなかったんですよ……!」
そうだ、俺だって男なのである。十一歳といえば既に女性の身体に興味のある年頃なのである。
それが自然なことだということは理解している。それでもそれを直接大好きな女性に対して素直に告白できるかどうかは別の問題なのだ。
「私は全然気にしてないですから、もっと素直に喜んでくれてもいいんですよ?」
「素直に喜べないから言ってるんですってば……!」
素直に喜ぶことが出来ない。それはすなわち内心ではめっちゃ喜んでいるということだ。包み隠さず本音を言えば、今だって楓さんの柔らかい体に触れあうことが出来て凄い嬉しいし、なんだったらもっと自分からギュッとしたい。
……自分で言うのも何か違うような気もするが、それは性に興味を持ち始めた小学生男子には辛すぎることなのだ。
「はい、ギュ~ッ!」
「ふむぐ」
結局俺はまともな抵抗をすることが出来ず、結局楓さんのされるがままに、彼女の胸元に顔を埋めるのであった。
……羨ましいだろ、と思わないこともない。
楓さんは楓さんだから好きなんやで。
まぁそれはそれとして大きな胸も好きだけど(真顔)