かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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四月ですがホワイトデー直後のお話。


私が神谷旭くんのお世話をする話

 

 

 

 前回のあらすじ。

 

 旭君が私の胸を見たり触ったりしたら、オーバーヒートして倒れちゃいました。

 

 

 

「そ、それは本当に大丈夫だったの……!?」

 

「はい。すぐに目を覚まして『屁のツッパリはいらんのです』って」

 

「え……それ、本当に旭君が言ったの……? 旭君本当に何歳……?」

 

 すっかり熱も下がった翌日。お昼を事務所のカフェテリアで済ませながら、ホワイトデーの出来事を瑞樹さんに話して(のろけて)いた。

 

「しかし家事が出来る男の子はモテるとは言うけども、まさか小学生のうちからそれを実践出来る子がいるとはね」

 

「ただのカッコ可愛い俳優さんってだけじゃないのが、流石旭君ですよね」

 

 自分で出来ると自信満々に言い切っただけあって、旭君はしっかりと我が家の家事をこなしてくれた。

 

 部屋の掃除をすればしっかりと掃除機だけでなく雑巾がけまでしてくれたし、料理だってシンプルな素うどんだけど作ってくれた。洗濯物だって……。

 

「そうそう聞いてくださいよ瑞樹さん」

 

「さっきから聞いてるじゃない」

 

 旭君は本当に全ての家事をしてくれた。そう、()()()()()()()()()までしてくれたのだ。

 

「部屋で寝ているように言われたんですけど、やっぱり気になるじゃないですか」

 

「そりゃあね。子どもに家事を任せておいて、大人が横になってるっていうのは気が引けるし」

 

 そちらの理由もあるが、好いた男性が自分のために働いてくれているところを見たいと思うのが女心だ。

 

「旭君ってば、乾燥が終わっている洗濯物の中から私の下着を見つけて顔を真っ赤にして固まってたんですっ。すっごくソワソワしてて、出来るだけ触らないように、それでいて慎重に丁寧に扱おうとしているところが本当に可愛くて可愛くて……」

 

「本っ当にいい趣味してるわ楓ちゃん……」

 

 正直なことを言うと、流石の私も自身の下着を畳まれることに若干のためらいがあった。しかし出来るだけ視界に入れないようにしつつ、しかし気になってチラチラと私の下着に視線を向けてしまう旭君の姿が可愛すぎてそんなことどうでも良くなってしまった。

 

「おかげで私も心の栄養が十分に取れて、こうしてすっかりと体も良くなりました。旭君がお世話をしにきてくれたおかげです」

 

 旭君と結婚したらこういう風に家事を分担するんだろうなぁと考えるだけで、顔のニヤケが治まらない。せめて今日の撮影の仕事が終わるまでは我慢しなければならない。

 

「随分と楽しそうな思いをしたみたいね。ちょっとだけ心配してあげた私がバカみたいじゃない」

 

「ごめんなさい、瑞樹さん」

 

「謝るのは私じゃないでしょ」

 

「………………」

 

 

 

「旭君、風邪で寝込んでるんですって?」

 

「本当に申し訳ないと思っています」

 

 

 

 そう。そうなのである。

 

 今朝になり、熱が下がったことと昨日はありがとうという旨のメッセージを送ったところ中々既読が付かず、お昼頃になって返って来たメッセージが『かぜでねてます』というシンプルすぎる七文字だった。これには思わず「やってしまった」と頭を抱えてしまった。

 

「だから謝るのは私じゃないでしょって」

 

「はい……なので、今日の仕事が終わってからお見舞いに行こうと思っています」

 

「……お見舞いに、行くのね」

 

「はい」

 

 私の言葉に、瑞樹さんはピクリと眉を動かした。

 

「……平日の夕方だから、きっと親御さんもいるでしょうね」

 

「はい」

 

「それでも、行くのね」

 

「はい」

 

 一つ一つ、確認するように尋ねて来る瑞樹さん。その意図が分からないほど、私も鈍いつもりはない。

 

 世間から見た私と旭君の関係は、お互いがお互いのファンということになっている。そして同じ事務所に所属している仲間で年の離れた友人という認識にもなっているはずだ。

 

 ……けれどここまで年の離れた友人が、たかだが風邪を引いたぐらいでお見舞いに行くだろうか?

 

 例えば相手が一人暮らしで外出が出来ないというのであれば、必要なものを差し入れに行くかもしれない。けれど、相手は実家暮らしの子どもだ。それをわざわざお見舞いするために直接訪問するなんて、きっとそれは()()()()()()()()()()()

 

 私は、その意味を理解しているつもりだ。

 

「風邪を移しちゃったからその責任を感じて……っていうわけではないのよね」

 

「それも少しはありますけど……いつかはお話をしないといけないことですから」

 

 私が風邪を引いたこと、それを旭君に移してしまったこと、それはきっと神様がこのタイミングだとおっしゃっているのだろう。私はそう考えた。

 

 

 

 今日、私は、神谷旭の両親に……二人の関係を話す。

 

 

 

 そう、覚悟を決めたのだ。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、ごゆっくり~」

 

「………………」

 

 パタンとドアが締められる瞬間、見えた旭君のお母様はとてもいい笑顔をしていた。

 

(……覚悟、決めてきたんだけどなぁ……)

 

 結論から話そう。

 

 

 

 ――あっさりと認められてしまった。

 

 

 

 両親ともに突然高垣楓(わたし)が訪れたことに疑問を浮かべつつ歓迎してくれて、そして『実は神谷旭君と真剣に交際をさせていただいています』という悪い冗談にしか聞こえない告白をあっさりと信じてくれて、あまつさえ受け入れてくれたのだ。

 

(……うん、とても良いご両親でした)

 

 しかし、思わず遠い目になってしまう程度には肩透かしを食らってしまった。

 

 いや、だって、私が言うのもアレだけど、小学生の息子に恋人ですよ? しかもそろそろ二十代を折り返す大人の女性ですよ? 普通もうちょっと警戒というか、嫌な顔しません?

 

 お父様もお母様も「「どうかウチの息子をよろしくお願いします」」と物分かりが良すぎて逆にこちらが「本当ですか? ほ、本当にいいんですか?」と何度も念を押してしまったほどだ。

 

 私も別に反対をされたかったわけじゃない。しかし「人の息子をよくも」とか「子どもに手を出すなんて」とか「この犯罪者」とか色々言われる覚悟をしてきた身としては、なんというか、こう……。

 

 ちなみに同席していた旭君の姉である奈緒ちゃんは、終始固まっていた。私が家を訪ねてきたときから、旭君との関係を話し終わるまで、常に固まっていてリアクションが皆無だった。そんな彼女の姿を見て、ご両親の軽さに「えっ、もしかして私の方が間違ってる?」と困惑していた私はほんの少しだけホッとしてしまった。

 

「……うぅん……」

 

「っ」

 

 遠い目をしていた私を、旭君の声が現実に引き戻した。

 

 お母様に通された旭君の部屋。ベッドへと視線を向ければ、そこには苦しそうに横になる旭君の姿があった。どうやら寝ているようで、当然私が入ってきたことにも気付いていない。

 

 起こさないようにそっとベッドに近付いて、膝を折って旭君の枕元にしゃがみ込む。

 

(……酷い汗)

 

 汗ばんでじっとりとした前髪をかき分けると、額には冷却シートが貼られていた。しかしそれも効果があるのかないのか、真っ赤な顔の旭君はとても苦しそうだった。とても昨日まで私が患っていた風邪と同じものとは思えない。

 

「……ごめんなさい、旭君」

 

 私の代わりに家事をしてくれたというのに、風邪を移して恩を仇で返すことになってしまった。こんなに苦しそうな目に合わせてしまった。

 

(……もう一度、私に移せば治るかしら)

 

 人に移すと治るというのは昔からよく聞く話である。私の風邪が一日でスッカリ治ってしまったのも、旭君に移してしまったからだろう。

 

 だからここでもう一度私に風邪を移せば、旭君の風邪は治るかもしれない。今もこうして苦しそうに魘されている旭君の代わりになれるかもしれない。

 

 視線が、旭君の唇で止まった。

 

(……私、やっぱり酷い大人だな)

 

 今こうして苦しそうな旭君の姿に、少しドキドキしてしまっている。昨日、私の身体を拭くときの旭君も同じような感情を抱いていたのだろうか。

 

 早く旭君が治りますように。そんな願いに、自分の欲望を少しだけ乗せて、私は自分の髪を耳にかけながら旭君に顔を寄せて……。

 

 

 

「……かえで、さん」

 

 

 

 ……旭君に名前を呼ばれて、止まった。

 

「……はい、楓さんですよ」

 

「かえでさん……」

 

「はい、ここにいますよ」

 

 旭君は目を開けていない。きっとまだ夢の中。

 

 こんな悪夢に魘されてもおかしくない状況なのに、それでも彼の夢の中に自分が現れたことが、なんだかすごく嬉しかった。

 

(これは、旭君の風邪が治ってから、起きてるときに……ね?)

 

 チョンと、旭君の唇に触れた。

 

 

 

「……それじゃあ、やっていきましょうか」

 

 さてここからが本番だ。

 

 旭君の部屋に通される際、お母様から「旭の身体を拭いてあげて欲しい」というお願いをされてしまったのだ。本当はお見舞いだけでなく色々とお世話してくれたお返しをしたいと考えていた私は、当然二つ返事でこれを快諾。

 

 要するに、お母様公認で旭君の身体を拭くことが出来るのだ。

 

「さっそく昨日のお返しをすることが出来そうですねっ」

 

 今からするのはお世話だ。昨日のお返しに、旭君のお世話をするだけなのだ。当然そこに下心なんてない。ないったらない。

 

 だから。

 

 

 

「……ゴクリ」

 

 思わず飲み込んでしまったのは、生唾ではない。

 

 

 

 

 

 

「おはようございます、楓さん」

 

 おはようございます、旭君。もうすっかり良さそうですね。

 

「はい。昨日母さんから話は聞きました。わざわざお見舞いに来てくれたんですね」

 

 当然です。旭君も私のお世話をしてくれたんですから、そのお返しです。

 

「……凄く嬉しいんですけど、何も覚えていないのが残念です」

 

 うふふっ、旭君、とてもよく寝ていましたからね。

 

「……それで、その、母さんに俺たちのことを話したこととか、色々と聞きたいことがあったんですけど、その前に一つだけ」

 

 はい、なんですか?

 

 

 

「……今日の楓さん、いつも以上にご機嫌ですね?」

 

 ……うふふっ。

 

 

 

「なんか、いつも以上に肌艶がいいというか……えっ、楓さん!? なんでそんなに笑ってるんですか!? ちょっと楓さん!?」

 

 

 




月「……えっ!? 両親への告白イベントこれで終わり!?」

椛「まぁ、おじいちゃんとおばあちゃんだったら……確かに」

月「普通こういうイベント、もうちょっと山とか谷とかあるはずなのに……」

椛「でも認めてもらえたんだから、よかったじゃん!」

月「そうだけど……」

椛「うん! 今日もお母さん楽しそうでよかった!」

月(お母さん、どちらかというとお父さんフェチだけど、見ようによってはコレ、ショ……)

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