かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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一応ホワイトデーの話?


俺が高垣楓さんのお世話をする話

 

 

 

「か、楓さん……!?」

 

「……お願いします……旭君……」

 

 顔が熱い。手にしたタオルをギュッと握り締め、今目の前に広がる光景がまるで夢なのではないかと錯覚してしまいそうになる。

 

 しかしそれは紛れもない現実で――。

 

 

 

 ――楓さんの絹のように白い背中が、俺の眼前で露になっていた。

 

 

 

 衣服は何も付けていない。辛うじてパジャマのズボンは履いているが、楓さんの上半身は紛れもなく裸だった。

 

 そんな煽情的としか表現のしようがない楓さんが、寝室のベッドの上で俺を待っているのだ。少し手を伸ばせば触れることが出来る距離に上半身裸の楓さんがいて、そして楓さんは()()()()()()()を待ってくれているのだ。

 

 ここで楓さんの背中に触れても、彼女は怒らない。もし背後から抱き締めても、前に回って身体を見つめても、きっと楓さんは怒らずに受け入れてくれる。

 

「旭君……早く……ね……?」

 

 そんな催促の言葉が、楓さんの口から熱い吐息混じりに零れる。

 

 俺はゴクリと音を立てて生唾を飲み込みつつ、震える手で楓さんの背中へと手を伸ばし……。

 

 

 

 改めてどうしてこのような状況になったのか、茹り始めた頭の片隅で思い返す。

 

 

 

 

 

 

 ホワイトデーを翌日に控えた日曜日、俺はバレンタインデーのときと同じように楓さんの自宅マンションへと向かっていた。勿論おうちデートをするためであり、お互いにホワイトデーのお返しをするためでもあった。

 

 先月のバレンタインデーはお互いにチョコレートを贈り合うという少々変則的なことをしたため、お互いに何も言わなくてもホワイトデーはプレゼントを渡すということになったのだ。

 

 そんなわけで、俺は姉さんたちの手伝いを借りつつ他の人へのホワイトデー用のクッキーを大量生産し、それとは別に楓さん用の力作のマカロンを完成させた俺は、とある理由からいつも以上にルンルン気分で楓さんの自宅マンションへとやって来たのだった。

 

 その理由というのがコレ、なんと楓さんの部屋の『合鍵』である。

 

 バレンタインのおうちデートの別れ際に「これからはもっと気軽に来ていいですよ」という言葉と共に楓さんから手渡されてしまったのだ。

 

 手のひらに握らされたそれが鍵であることに気付き、そして楓さんの言葉の意味を理解した瞬間、『恋人の部屋の合鍵を貰った』という喜びと『高垣楓の部屋の合鍵を持っている』という重大な責任感が同時にやって来て、色々な意味で心臓が破裂しそうなぐらいドキドキしてしまった。

 

 正直自分の家の鍵よりも慎重に取り扱っている楓さんの部屋の鍵を使い、エントランスロビーの自動ドアを抜ける。いつもはここで楓さんの部屋の番号を押してインターホンを鳴らして中から鍵を開けてもらって……という手順を踏むのだが、今日からはそれら全て短縮することが出来る。

 

 そうしてスムーズに楓さんの部屋の前までやって来たのだが……ここで俺の心の片隅の悪戯心がこんなことを囁き始めた。

 

 

 

 ――恋人同士なんだから、こっそりと家に入って驚かせてみるのはどうだろうか。

 

 

 

 理性は『恋人同士とはいえ弁えなければいけない一線がある』と反論しているのだが、それでも一度湧き上がった悪戯心はムクムクと急激に成長していった。

 

 何しろ、最近は楓さんからのアプローチが強くてずっと押されっぱなしなのだ。……いや恋人同士になってから一度も押し返せた記憶はないが、小さな悪戯でもいいから楓さんより優位に立ってみたいのだ。その発想自体が既に負けているような気もするが、それでも勝ってみたいのだ!

 

 そんなわけで、理性を押しのけ悪戯心と共にいざ実行へと移る。

 

 インターホンを鳴らさずに合鍵を使って鍵を開け、そーっとドアを開けて中に入り鍵をかける。一応小声で「お邪魔しまーす……」と言いつつ、ゆっくり靴を脱いで廊下を進む。

 

 さて楓さんは何処だろうかと考えるまでもなく、リビングの方から生活音が聞こえてきた。間違いなく楓さんはリビングにいるだろう。

 

 どのように楓さんを驚かせようかと考えつつ、少しだけリビングのドアを開けて中の様子を確認しようとして――。

 

 

 

「……よいっしょっと……ふぅ……え?」

 

「えっ」

 

 

 

 ――リビングで着替えをしていた楓さんとバッチリ目が合ってしまった。

 

 偶然俺は楓さんが上の服を脱いだ瞬間にドアを開けてしまい、偶然楓さんは体をドアの方へと向けていて、そして偶然楓さんは()()()()()()()()()()()

 

 その結果、俺は真正面から、楓さんの、身体を……!

 

 

 

「……きゅぅ」

 

「旭君!?」

 

 

 

 

 

 

「うふふっ、旭君のえっち」

 

「本当にごめんなさい……!」

 

 深々と頭を下げて楓さんに謝罪をする。楓さんはニマニマと笑っているものの、それが逆に俺の中の罪悪感を強めていた。

 

 そしてそれと同時に『女性の裸を見てしまって興奮して気絶する』という失態をしでかしてしまった自分自身に対する羞恥心で本当にもう穴がなくても地面に埋まりたい。

 

「旭君も男の子ですもんね。それでもコッソリ覗くのはお姉さん感心しません。見たいのであれば恥ずかしがらずにちゃんと見たいと……」

 

「お願いですから叱るのであればしっかりと叱ってください……!」

 

 その優しさと甘さが今は辛かった。

 

 ……あれ?

 

「なんか顔が赤くないですか……?」

 

 楓さんの顔をよく見てみると、頬が紅潮していた。まさか俺に裸を見られたことを恥ずかしがって……とも考えたが、なにやら息も少しだけ荒いような気がした。

 

「……まさか楓さん」

 

「……バレちゃいました?」

 

 テヘペロっと舌を覗かせる仕草が超かわいい……じゃなくて!

 

「熱あるんですね!?」

 

「ちょ、ちょっとだけですよ? さっき計ったら三十六度九分でしたから……」

 

「完璧に熱じゃないですか!」

 

 慌てて脱ぐタイミングを失っていた上着を脱いで楓さんの肩にかけ、彼女の背を押して寝室へと向かわせる。

 

「ほらベッドに入って暖かくして!」

 

「で、でもまだ色々とやることがあって、昨日出来なかったお掃除とかお洗濯とか……そもそも旭君が来てくれたんですから……」

 

「俺のことはいいんですよ! それにそれぐらいだったら代わりに俺がやります!」

 

「……え? で、出来るんですか?」

 

 振り返った楓さんがとても意外そうな表情を浮かべていた。まぁ確かに、世間一般の小学生男子にそのような家事スキルは普通期待出来ない。

 

「昔、教育番組にレギュラー出演してたときに家事は出来るようになったんです」

 

 それは子ども向けの『おうちの人のお手伝いをしよう!』というコンセプトの教育番組で、おかげで掃除や洗濯や裁縫は一通りやり方を覚えて、ついでに簡単な料理も出来るようになった。ピーラー無しで野菜の皮を剥けたりする。

 

 

 

「だから今日のおうちデートは……そ、そう、新婚さんごっこです!」

 

「新婚さんごっこ!?」

 

 

 

 自分でもとんでもないことを口走ったという自覚はあるが、今は俺の羞恥心よりも楓さんをゆっくりさせることが最優先だった。

 

「お、おおおお嫁さんが風邪を引いたのであれば、家事をするのは……お、おおお夫の、夫のやきゅ、役目です! だだだ、だから、楓さんは、寝ててください!」

 

「そそそそうね、きょ、きょきょ今日の私はあしゃ、あしゃひ、旭君の……おっ、おっ、お嫁さんね!」

 

 憧れのベテラン俳優さんに初めて舞台稽古を見てもらったときでもこんなに噛まなかったってぐらい噛んだし、それに負けないぐらい楓さんも噛んでいた。

 

 

 

「……うん、旭君のお言葉に甘えて、今日は本当にお願いしようかしら」

 

「はい、任せてください」

 

 寝室のベッドに腰を下ろしてようやく納得してくれた楓さんに、ドンと自分の胸を叩いて応じる。

 

 ……基本的に子どもの自分は大人の楓さんに対して、してあげられることなんてたかが知れている。だから楓さんの体調不良になったというのに不謹慎かもしれないが、今この状況がとても嬉しかった。

 

「それじゃあ早速一つ、旭君にして欲しいことがあるのだけど、いい?」

 

「はい! 何でも言ってください!」

 

「実はさっき、汗を拭くために服を脱いでいたの」

 

 ……ん?

 

「でも慌てて服を着ちゃったから、まだ背中がベトベトなの」

 

 ……んん?

 

 

 

「……旭君に、背中を拭いて欲しいな」

 

 

 

 

 

 

 ここまでが回想。そしてここからが現実である。

 

「ど、どうですか……か、楓さん……」

 

「んー、いい感じですよー」

 

 意を決して楓さんの背中を優しくタオルで拭くと、楓さんは気持ちよさそうな声を出した。その声は何故か若干艶っぽい。自分で聞いておいて、背中を拭くのに何がどういいのか。そして楓さんも楓さんで一体何がいい感じなのか。

 

「……手を回して、前の方も、拭いてくれていいんですよ?」

 

「っ!? ……じょ、冗談を言う元気があるようで、安心しました」

 

「……うふふっ、そうですね、冗談ということにしておきましょうか。……今は」

 

 今はってなんですかぁ……!?

 

(いや本当にこれから先も楓さんを愛していくと心に決めた身としてはいつかはそういうことが出来るような関係になっていきたいとは考えているけどもそれでも今はまだ俺は子どもだからちょっと早いというか刺激が強いというかこの状況で既に色々と辛いというか背中越しにさっき見ちゃった光景を思い出していやダメだダメだダメだダメだ……)

 

 

 

 ぷにっ

 

 

 

「「っ!?」」

 

 下を向きながら無心になって背中を拭いていた俺は、右手の人差し指に伝わって来た柔らかい感触に現実へと引き戻された。

 

 慌てて手を引きつつ顔を上げると、どうやら前を向いていなかった俺は楓さんの脇腹付近を拭いていたらしい。

 

(……つまり、今、俺が触ったのは、もしかして、まさか)

 

 顔が馬鹿みたいに熱いのに額からはダラダラと冷汗が流れてきて、なんか鼻の奥がツンッとしてきたような気もして……。

 

 そんなことを色々と考えて、しかし思考は真っ白な俺に、振り返った楓さんは――。

 

 

 

「……うふふっ、やっぱり、触りたかったんですね」

 

 

 

 ――恥ずかしそうな、しかしとても優しい表情で、笑っていた。

 

 

 

「……きゅぅ」

 

「旭君!?」

 

 

 




椛「お父さん、二回も気絶してる……」

月「女性の体に慣れてない感じが初々しいね」

椛「うぅ、なんか今回えっちな感じで、ちょっと苦手だなぁ……」

月「このままこの感じが続くのかな……どこかでオチがあると思うんだけど」

椛「で、でもお父さんにはお母さんの看病頑張ってもらいたいね!」

月「ちょっとだけ、昔私たちが風邪を引いたときのことを思い出すね」

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