かえでさんといっしょ   作:朝霞リョウマ

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今年もやってきましたバレンタイン!


私と神谷旭くんのちょっとだけ変化した日常のお話

 

 

 

 二月十四日。それは日本の女性にとって『チョコレートと共に男性への愛を告白する』ための日、すなわちバレンタインデーだ。

 

 勿論全ての女性が愛を伝えるわけではなく、友だちや職場の同僚への親愛を込めて義理チョコを渡すこともある。私も毎年現場のスタッフさんへチョコレートを配っていたが、それは以前の話。ここ数年はスタッフさんへの義理チョコを用意していない。

 

 今の私がバレンタインのチョコレートを渡すのは……最愛の男性ただ一人。

 

 

 

 

 

 

 ついにやって来たバレンタインデー当日……ではなく、その前日。今年のバレンタインは残念ながら平日だったため、私がオフでも小学生である旭君は学校があった。そこでその前日の日曜日に、私は旭君を自宅に招いたのだ。

 

「いらっしゃい、旭君」

 

「お、お邪魔します……!」

 

 既に私の部屋には何度も訪れているはずの旭君が、今日はいつも以上に緊張している様子だった。小学生ながらかなりの演技派俳優として名高い神谷旭が、こうも緊張を隠しきれていない様子がとても新鮮で、その理由が私を意識しているからだと思うと胸が高鳴ってしまって仕方がなかった。カッコいいのに可愛いとか、私の恋人最高じゃない?

 

 廊下を歩きながら「外寒かった?」「凄い寒かったです」なんてたわいもない会話をしつつリビングへ。ここで旭君にはソファーに座って待ってもらい、私は二人分の飲み物を持ってくるというのがいつものおうちデートの流れだった。

 

「楓さん」

 

「ん? なぁに?」

 

 キッチンへ向かうところを呼び止められて振り返ると、そこにはこちらに向かって小さな紙袋を差し出す旭君の姿が。ピンク色のリボンがあしらわれた随分と可愛らしいその紙袋に、私は一瞬(お茶菓子でも持ってきてくれたのかな)なんて呑気なことを考え、そしてその正体に気付いてハッとした瞬間にはもう遅かった。

 

 

 

「ハッピーバレンタイン、楓さん」

 

 

 

「っ……!」

 

「えっと、その、ウチで姉さんが凛さんたちと友チョコ作ってて、俺もそれに交ぜてもらって、結構手伝ってもらっちゃったんだけど、い、一応俺の手作りです」

 

 少し頬を赤く染めて照れくさそうに笑う旭君。

 

「………………」

 

「……え、えっと……」

 

「……もう、旭君はズルいです」

 

 まさか旭君の方からチョコレートを渡されるなんて微塵も考えていなかった。だから私よりも先に渡されてしまったことに対して少しだけ不満を抱きつつ、しかしそれを圧倒的に上回る喜びで胸がぎゅーっと苦しくなってしまった。

 

「……や、やっぱり変でしたか……?」

 

「そんなことありません。私、すっごく嬉しいです。本当にありがとうございます」

 

 少しだけ心配そうな表情を浮かべる旭君に向かって両手を差し出す。それを、私がチョコレートを受け取ってくれるものだと判断した旭君がこちらに近付いてきて――。

 

「えいっ」

 

 ――油断した旭君を、私は真正面から抱き締めた。

 

「むぐっ!?」

 

 普段からスキンシップを欠かさない私たちだが、旭君はこうやって正面から抱き合うことを恥ずかしがってしまい、やんわりと拒絶されることが多かった。きっと身長差ゆえにこうして胸に顔を押し付ける形になってしまうことが恥ずかしいのだろう。

 

「本当にありがとうございます、旭君」

 

 セーターに包まれた私の胸の谷間に顔を埋める形になっているため、旭君からの返答はモゴモゴという空気が漏れる音しか聞こえてこなかった。もしかして苦しいのかもしれないが、それでももうちょっとだけ、このカッコよくて可愛い私の最愛の人をギューッと抱きしめていたかった。

 

 そしてそのままの体勢でスンスンと旭君の髪の毛の匂いを嗅いだりしていたら、気が付けば五分ほど時間が経とうとしていた。このままずっとこうしているのも捨てがたいが、それでも()()にあるわけでもない二人きりの時間を()()にも出来ない。本当に名残惜しいが、旭君を私の腕の中から解放する。

 

「ごめんなさい旭君、思わず強くギュッてしちゃいました。苦しかったですか?」

 

「……む、むね……むねが……や、やわ、やわ……」

 

 なんだか酸欠と興奮で色々とダメな感じになってしまっていた。そんな姿も可愛いなんて感想を抱きつつ、とりあえず彼の手を引いてソファーに座らせてあげるのだった。

 

 

 

「落ち着きました?」

 

「い、一応……はい……」

 

 改めて暖かいココアを淹れて持ってきてあげると、それを飲んで旭君はようやく落ち着きを取り戻したようだった。

 

「ふぅ……楓さん、あぁいうのは、その、あんまりよくないと思うんですよ。俺、前にも言いましたよね?」

 

「あら? でもそれは『人前で抱き締めないでください』っていう意味じゃなかったですか?」

 

 以前、お互いの現場が近くになったため旭君のところへ遊びに行って、そこでギュッとしたら「人前でこういうのはダメです!」と顔を真っ赤にした旭君に割と強めに怒られてしまったことならばしっかりと覚えている。

 

「他の人の目がないことがおうちデートの利点なんですから、こういうときぐらいもっとギューッとしたいです」

 

「こういうときぐらいって、結局正面からのハグ以外はするじゃないですか……」

 

 後ろから抱き着くのは軽いスキンシップレベルだと私は主張したい。

 

「……それとも旭君は、本当に嫌でしたか?」

 

 もしかして照れ隠しではなく本気で嫌がってたのか、という一抹の不安が過る。今更相思相愛だということを疑うつもりはないが、それでも過度なスキンシップが本当に嫌いだったかもしれない。

 

 しかしその不安は、ふいっと目線を逸らして唇を尖らせる旭君の表情によって否定された。

 

「……うふふっ。二人きりなんですから、恥ずかしがらなくてもいいんですよ?」

 

「いや、その、一応俺にも、小学生男子なりに、男のプライドというものがありまして……」

 

 このまま押し続ければ、旭君の方からハグをしてくれるようになるまで押し切れるのではないかとも思ったが、今は許してあげます。

 

「それじゃあ、この話は一旦置いておきましょう」

 

 そろそろ今日旭君を我が家に招いた目的を果たすことにしよう。

 

「はい、旭君。ハッピーバレンタインです」

 

 それは勿論、旭君にバレンタインのチョコレートを渡すことだ。一番最初のインパクトは旭君からの逆チョコレートで全て持っていかれてしまったが、それでもチョコレートに込めた愛情ならばきっと旭君にだって負けていない。

 

「……ありがとうございます、楓さん。毎年、本当に嬉しいです」

 

 ピンクのラッピングがされた箱を受け取ってくれた旭君は、きっと彼なりに落ち着いた大人の振る舞いをしようとしたのだろう。しかし先ほどのことも相まって満面の笑みになりそうになる表情を、必死に押し留めようとするとてもおかしな表情になってしまっていた。俳優『神谷旭』が私だけに見せてくれるそんな表情に、再び優越感に似た感情が胸に満ちてくる。

 

「はい! 今年も頑張りました! ほらほら、開けてみてください」

 

「分かりました。それじゃあ楓さんも、俺からのチョコ開けてみてください」

 

 ということで、二人同時にお互いからのチョコレートの箱を開けることになった。

 

「「……せーの!」」

 

 同時に箱を開ける。旭君の手元には私からの生チョコトリュフが、そして私の手元には旭君からのシンプルなハートのチョコレートが。

 

「わっ! これって生チョコですよね!? これって作るの大変なんじゃないですか!?」

 

「バレンタインのために、私の毎年勉強してますから」

 

 多種多様なアイドルが在籍していることで有名な346プロのアイドル部門。その中でお菓子作りが得意な子たちは、この時期になるとバレンタインのチョコレート作り教室を開いてくれるのだ。我ながら真面目に授業を受けてる勤勉な生徒だと自負している。

 

「寧ろ旭君のチョコはしっかりとハート型になっているのに、私のチョコがそんなのでごめんなさい……」

 

「そんなこと思わないです! 俺のは、その、凝ったこと出来ないので、せめて形ぐらいは……って思ったんです」

 

 私も最初はシンプルにハートの形にしようかとも考えた。けれど()()()()()がやりたくなってしまったので、こうして()()()()()のチョコレートにしたのだ。

 

「旭君、早速一つ、()()()()()()()()()()

 

「はい、それじゃあいただきます……え?」

 

 旭君の手元の箱からチョコレートを一つ摘み上げる。このまま手で『あーん』をしてもいいのだけれど……。

 

「旭君、あのね」

 

「は、はい……?」

 

「私は、いつだって本気ですから」

 

 

 

 そんな宣言をして私は()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「……んっ」

 

 そしてそのまま、旭君に向かって自分の唇を突き出した。

 

「……え、えっ、えええぇぇぇ!?」

 

 私のこの行動の意味が分からないほど初心ではなかった旭君は、それを理解した瞬間にまたしても顔を真っ赤にした。

 

「だ、だから楓さん! そういうのは! ……っ」

 

 当然、抗議の声をあげようとして……何かに気付いたように息を呑んだ旭君。きっと私の目を見て、そして直前の私の言葉を思い出して、気付いてくれたのだろう。

 

 

 

 クリスマスの日から、私はずっととある不安を抱えていた。

 

 それは、我慢しきれずにしてしまった旭君との初めてのキスを、旭君は『私が罪悪感に駆られてしたものではないか』と勘違いしていないか、という不安だった。

 

 あのときの私の頭の中に『罪滅ぼし』なんて言葉は一切存在しなかった。それはそれで別の問題がありそうだが、それでもあの瞬間だけは、ただ純粋に『神谷旭という男性が愛おしかった』のだ。彼の唇が我慢できなくなるぐらいに。

 

 だから私は、今年のバレンタインのチョコレートと共に旭君に示したいのだ。

 

 私の本気の想いを、この唇に乗せて。

 

 

 

「………………」

 

 甘い。咥えたチョコレートから、ほんのりとした甘みが滲んでくる。

 

 もしかしてダメだったかと、諦めて口から離したくなる。

 

 それでも祈るように、私は唇と共にチョコレートを旭君に差し出す。

 

「……楓さん」

 

 私の名前を呼ぶ旭君の声に、思わず私は目を瞑ってしまった。

 

 

 

「俺も、いつだって本気ですから」

 

 

 

 

 

 

「んっふふふふふふふふふ~!」

 

 

 

「うわ、なんかデジャヴ」

 

「これはバレンタインに相当いいことがあったわね」

 

「そうなんですよ~早苗さん瑞樹さん! 旭君にですね、チョコを()()()()()()、私が()()()()()()()()んですよ~!」

 

「……それは、喜ぶようなことなの?」

 

 

 

 私はもう、今度こそ疑わないし、不安になんてなったりしない。

 

 高垣楓と神谷旭は、ちゃんと愛し合っているのだから。

 

 

 




椛&月「「あっまっ!」」

椛「うわぁ、ある程度のイチャつきは私たちも見慣れてるけど……」

月「流石にコレは、相当アレね……」

椛「しかも成人女性と小学生男子だから、なんというか絵面が……」

月「大変いいものを見せていただきました……」

椛「え?」

月「本当にもう色々と滾るよね!!」

椛「なんでもないとすら言わないの!?」

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